いちごの世界へ   作:うたわれな燕

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第四話

 さて、あの後西野に捕まった俺達がどうなったかというと……。

 

 『俺の隣にいた東城に興味を持ったのか』はたまた『俺が東城と一緒にいたから興味を持ったのか』それは分からない。

 

 分からないが、とにかく西野は俺の隣にいた東城に話しかけた。

 

 昼休みに俺にしたのと同じように自己紹介をする西野。東城はいきなりの事にまごついていたが、何とか自己紹介を終えた。

 

 そして、俺は右に東城、左に西野を連れて歩いている訳なんだが……。

 

「ねぇねぇ、東城さんって淳平君と同じ4組なんだよね?」

 

「う、うん、そうだけど…どうして?」

 

「うん。えっとね東城さんって、いつもテストの成績が良いじゃない?だから覚えてたんだ」

 

「あはは……で、でも、西野さんの方こそ知らない人はいないんじゃないかな?クラスの男の子達が学校のアイドルって言ってるの良く聞くから」

 

 俺を挟んで会話をする二人。西野は俺を待っていたらしいんだが、なんでだ?

 

 俺は確かに友達の女の子数人で帰れって言った筈なんだが…。まぁ、西野が待っていてくれた事に、少しだけ嬉しいと感じてしまったのも確かだけどな…。

 

 あ、ちなみに東城はメガネと髪を元に戻している。屋上では、誰もいないからメガネと髪を解いてリラックスしているんだそうだ。

 

 リラックスしていると、創作意欲が湧くとも教えてくれた。でも、リラックスするためにあそこに上るのは止めた方がいいと俺は思う。

 

 東城って何気ドジだった気がするし……落ちたら洒落にならないからな。

 

「でも、びっくりしたよ。淳平君を待ってたら、東城さんも一緒に来るんだもん。ねね、どうして?」

 

「ふぇ!?いや、その、えっと……」

 

 東城はその質問に俺と西野の間に目をキョロキョロと走らせる。東城、そんな事をしたら何かあったって言ってるようなもんだぞ。

 

「はぁ……東城とは学校の屋上で偶然、会っただけだよ。職員室に今日遅刻した事を言いに行った帰りに、屋上で空気を吸いに行こうと思って、その時にな」

 

 本当は東城に会いに行くつもりだった〜なんて事は口が裂けても言えないな。職員室には昼休みに行ったんだし……。

 

「ふ〜ん……偶然…ね。ま、淳平君を信じるよ。それに、東城さんと友達になれたんだし、これはこれでラッキーかな」

 

「えっと…あ、ありがとう?」

 

 西野のそんな言葉に、語尾に?を付けてしまう東城はおかしくはない。

 

 というか、東城の家の方向が西野の家の方向と一緒だとは俺も思わなかった。そこら辺の情報って俺知らないからなぁ…。

 

「あ、そうだ!ねね、今度勉強教えてくれない?あと2週間でテストだし、もう少ししたら受験じゃない?あたし数学弱くて……だから、東城さんに教えてもらいたいんだけど…駄目かな?」

 

「駄目じゃないよ。うん、今度一緒に勉強しましょう」

 

「あ、その時はもちろん淳平君も一緒ね。淳平君って頭そんなに良さそうじゃないし♪」

 

「えッ!?真中君も!?」

 

「……西野、俺はお前にどういう風に見られてるのか、分かった気がする。…あと、東城。俺が一緒じゃ駄目…か?」

 

「あはははは!冗談だよ、冗談。ホント、淳平君って面白いね♪」

 

「そ、そそそそんな事ないよ!私は真中君と勉強したいよ!うん!」

 

 はぁ……西野はカラカラと笑いながら俺の腕をグイッと掴み、東城は東城で、俺に必死になってそう伝えてくる。

 

 学園のアイドルと隠れ美少女。そんな二人に挟まれている俺は、きっと幸せな奴なんだろうな……。

 

 西野が俺を面白いと言うが、俺は特に何もしていない。それに『真中淳平』の顔はカッコよくもないが、面白くもない筈だ…いや、そうであって欲しい。

 

「面白いって何だよ…それから西野、頼むから俺の腕を掴まないでくれ…それは何かと心臓に悪い……東城も、そんな必死にならなくてもいいんだぞ?言いたい事はちゃんと伝わってるから」

 

「まぁまぁ、今は学校じゃないんだし」

 

「う、うん。ありがとう真中君」

 

 会話を続けながら歩を進める俺達。そして、先に東城の家の前に着いた。

 

 東城が俺と西野に頭をペコペコ下げてきたから、それをやんわり止めさせて「また、明日な」と言って東城の家を離れる。もちろん後ろで東城がどんな表情でいるのか想像しながらだ。

 

 次に、西野を家まで送り届けると「送ってくれてありがとう、淳平君。それじゃまた明日♪」と笑みを浮かべて家の中に入って行った。

 

 ……迂闊にも、西野のその笑顔に照れてしまったが、それを西野に悟られる前に西野は家の中に入ったので、俺のこれは見られなかった…と思いたい。

 

 はぁ…俺が『真中淳平』になってからまだ半日しか経ってない筈だが、疲れがどっと来ている気がする。

 

 これが、明日も、明後日も続いていくのか分からないが、続くとしたら……。

 

「楽しまないと損だよな」

 

 そう呟いてから、俺は『家』へと向かう。そうだ。俺は今『真中淳平』なんだから。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 翌日、俺は『自分の世界』に戻っている事を密かに願っていたが、それも叶わずに相も変わらず『真中淳平』の部屋で目を覚ました。

 

 そして、昨日はいなかった『真中淳平』の母親に挨拶をしてから、朝食を食べて玄関のドアを開き、鞄を肩に掛けて泉坂中学に向かって歩を進めていく。

 

 東城にあの小説の続きがどうなるのか、聞かないとな。あんな終わり方をされたら、凄く気になる。

 

 ……あ、いきなりで分からなかったか。実は昨日、屋上からの生徒用玄関に向かっている途中で東城の小説が書かれているあの『ノート』を借りたんだ。

 

 そして、昨夜遅くまでその小説を読んでいたわけで……寝不足気味だったりする。でも、あれは面白かった。本にするべきだと俺は思う。

 

 そんな事を考えていたからか分からないが、直ぐに泉坂中学に着くことが出来た。

 

 昨日は道を確認しながら、それも知らない所に向かうために遅くなってしまったが、今日は違う。道は昨日の内に覚えたからだ。

 

 直ぐに生徒用玄関に向かい、上履きに履き替えて自分の教室へと向かう。東城がいたら小説の感想を話すのもいいかもしれない。

 

 教室に着いた俺はドアを開いて教室の中へと入る。何人かから、「おはよう」と挨拶が来たので、俺も無難に「おはよう」と返しておいた。

 

 『真中淳平』が変わった事に気付くような人間は、『真中淳平』に近しい者達だと思う。

 

 それは、昨日帰ってから顔を合わせた母親だったり、大草や小宮山の友達だったりの事だ。

 

 母親には「俺もちゃんとしなくちゃいけないと考えるようになっただけだよ」と、大草や小宮山には「変わってねぇよ」と言おうと思う。

 

 違和感を感じるだろうが、それも日が経つにつれてなくなっていくと思うし、それが妥当だと思う。

 

 自分の席に着き、斜め横に顔をやると東城がこちらを見ていて、俺と目が合うと直ぐに逸らした。

 

 はぁ……東城のあの照れ屋というか、恥ずかしがり屋というか…まぁ、そこが東城の魅力の一つだと言えば、そうだと思う。

 

「東城」

 

「は、ひゃいッ」

 

「おはよう」

 

「あ……お、おはよう」

 

 挨拶は大事だからな。東城も頬を赤くしながらも笑みを向けてくれる。それが見れただけで俺は今日一日頑張れる、そう感じた。

 

 東城と話したいのも山々だが、大草と小宮山が席に鞄を置いて俺の席に近づいて来るから、東城とはまたあとで話す事にする。

 

 東城もそれが分かったのか、【また、あとで】と口パクで言ってくれた。それに頷いて返すと東城は顔を正面に戻し、文庫本を取り出して読み始める。

 

 すらっと伸ばした背筋、凛とした雰囲気、そして文学少女……これを大和撫子と言わないでどうするのか。

 

 そんな考えが頭に浮かぶ。だがそんな考えも、次いで現れた小宮山と大草によって遮られることになるのだが……。

 


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