いちごの世界へ   作:うたわれな燕

16 / 21
第十六話

 西野を送る事になったわけだが、西野『だけ』を送ると近い未来に大変な事が起こると俺の勘が叫んだため、東城を待つ事にした。

 

 西野は、いいよと言ってくれたが、その後に小さくッチという舌打ちのような音が聞こえたので、いいよと思っていない事が分かる。

 

 原作でもこんなに露骨な態度を取っていただろうか…。まぁ、今更原作どうこう言っていても仕方のないところまで来てしまったような気もけどな。

 

 と、そんな事を考えながら東城を待っていると、男子や女子に囲まれて困った笑顔をしている東城が校門にいる俺と西野に気付いたようで、周りにいた男子と女子に何かを言ってこっちに走って来…!!

 

 ふぅ……東城がドジっ子だということを忘れていた。転びそうになりながら、東城が小走りで駆けて来る。

 

「はぁ…はぁ…二人とも待っていてくれたの?」

 

 こんなちょっとの距離を走っただけで息を切らすとは…東城、もう少し運動した方がいいかもしれないぞ?

 

「うん、そうだよ。というか、東城さんモテモテだね〜♪」

 

「そ、そんなんじゃないよ!私がメガネ取ったからみんな珍しがってるだけだよ。それに、西野さんの人気には勝てないよ。さっきもなんか凄い声が聞こえたし…」

 

「う〜ん…確かにあれは凄かったかな?って、そんな事はいいの!東城さん一緒に帰れるの?」

 

 西野のその言葉に、残念そうな顔をする東城。言葉にしなくてもその顔で分かる。一緒に帰る事が出来ないということだろう。おそらく、後ろの男子達女子達とどこかに行く事になったんだと思う。

 

「ごめんね。これから皆でご飯を食べに行く事になったの。二人とも、本当にごめんね。待ってくれていたのに…」

 

「気にするなよ東城。俺達は一緒の高校に行くんだし、これからもたくさん話は出来る。だけど、あいつらとは今日で最後になるかもしれないんだし、行って来いよ。てか、西野もクラスでそういう話が出たんじゃないのか?」

 

「誘われたけど、あたしは行かないよ。淳平君は?」

 

 西野の質問に首を横に振るだけで応える。クラスで何かをやるなんて事は聞いていないし、大草は女子に連れて行かれ、小宮山は家に即帰ったからな。

 

「なら、いいじゃん。淳平君はあたしと一緒に帰るの♪」

 

 そう言って、俺の左腕に自分の腕を絡めてくる西野。こいつ、段々と原作のさつきに性格が似て来てないか?というか、目の前の東城が怖いから離れてくれ…。

 

「……」

 

 東城は無言で俺と西野の腕が絡んでいるところを凝視してくる。それを俺は頬をヒクつかせながら見ていることしか出来なかった。

 

「東城さーん!まだ〜?」

 

「綾ちゃ〜ん!早く行こうよ〜!」

 

 と、そこに後ろの奴らから東城に声が掛かる。前のが女子のモノで、後のが男子のモノだ。

 

「と、東城。呼ばれてるみたいだぞ?」

 

「……そうみたいだね。それじゃあ、真中君、西野さん。私行くから」

 

 そう言って、『笑み』を浮かべて東城は俺と西野に背を向けて、後ろの集団の中へと入って行った。

 

「じゃ〜ね〜。よし、それじゃあたし達も帰ろっか♪」

 

「……そうだな…」

 

 西野も東城のあの『笑み』を見ただろうに……西野も東城も、性格が変わり過ぎだろ…。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 それから俺は真っすぐ家に帰る気がない西野に連れ回され、結局いつもと同じ時間になるまで外で遊ぶ羽目になった。それを嫌とは感じないんだが、西野に振り回されるので疲れるのだ。

 

 遊びまわって気が済んだのか、ついさっきやっとの事で西野を家まで送り届ける事に成功し、俺も自分の家へと帰るために重い足取りで歩いていた。

 

「…結局いつもと同じ時間、か。それに……」

 

 と、顔を上げてみる。6時を回っているのに、空はオレンジ色のまま。三月になったせいか、日が長くなってきたようだ…。

 

 と、そんなどうでもいい事を考えていると、信号機のあるところまで来ているのに気付いた。そして、その信号機というと青から赤になったばかりのようで、止まっていた車が走り出すのが横目に入った。

 

 はぁ…ついてない。この信号機は赤から青に変わる時間が長く、近所では有名なムカつく信号機だったりする。だが、そんな信号機の下で待ちぼうけを喰らったのは俺だけではなかったらしい。

 

「…東城……」

 

「真中君…」

 

 向こう側で俺と同じように赤信号によって足止めを余儀なくされていたのは、東城綾その人だった。

 

 たくさんの車が俺と東城の間を通り過ぎていく中で、俺は東城を、東城は俺を見ていた。

 

 そして、やっと信号が青に変わり足を動かそうとすると、東城が小走りでこっちに向かって駆けてくるのに気付く。

 

 こんな時、漫画やアニメではお約束としてドジっ娘属性を持つ女の子が転びそうになるが……。

 

 と、そこまで考えた時には既に俺の足は動きだしており、予想通り横断歩道の真ん中辺りで転びそうになる東城を助ける事になった。

 

「わ、とと…あ、ありがとう、真中君」

 

「……いいけど、今度からは気を付けろよ」

 

「うん。ごめんね」

 

 東城が眉を下げて謝って来る。いや、怒ってるわけじゃないんだが……それより、まずはここから離れる事が先だな。

 

 横断歩道の真ん中で抱きあっている男女…どう考えても恥ずかしい事限りない。

 

 東城の謝罪に「いいよ」とだけ返して、東城の片手を掴んで東城が来た方に向かって歩を進める。手を掴んだ後ろで、東城が「ま、真中君?」と疑問と緊張を孕んだ声で俺の名を呼んでくるが、今はそれを無視してここから離れることだけを考える。

 

 少し行ったところに公園があったような気がするので、そこに向かう事にして早歩きになりながら歩を進めた。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「ごめんな。勝手にここまで連れて来て」

 

「ううん!大丈夫だから気にしないで」

 

 そう言って、両手でホットレモンを飲む東城。俺達は、公園のベンチに座りながら入口近くにあった自動販売機でそれぞれ買った缶コーヒーとホットレモンを片手に話している。

 

「打ち上げは楽しかったか?」

 

「うちあげ??もしかしてご飯の事かな?」

 

 東城のそれに、首を縦に振って応える。やっぱり、缶コーヒーはブラックだな。手に持つ缶コーヒーを口に運んで傾ける。

 

「えっと、楽しかったよ?今まで話した事のない人達と話せたし、ご飯も美味しかったから」

 

 缶コーヒーを口から離し東城に顔を向けてみるが、言葉とは裏腹に微妙な顔を東城は浮かべていた。だが、それを追求しても東城が困るだけだと思うので、話を変える事にする。

 

「ふ〜ん……なら、俺も今度そこに行ってみるかな?東城、その時は案内頼むな」

 

「…う、うん!その時は任せて!ちゃんと案内するから」

 

 東城の顔から微妙なソレは消えて、頬に朱を散らせて少しだけ興奮している東城になった。東城の顔にいつもの笑みを戻らせる事に成功したのを喜ぶのと同時に、その店に行く時は西野も付いて来るんだろうな、と確信に近い何かを感じた。

 

「あぁ、頼む」

 

「うん♪」

 

 笑みを浮かべて、両手で持つホットレモンの缶に口を付けて、ちびちび飲んで行く東城。それを横目に俺も片手に持つ缶コーヒーを口に運びグイッと流し込む。

 

 それから、俺と東城は他愛のない話を続けた。勉強会の事、デートの事、受験の事、東城の書いているノートの事、と本当にいろいろだ。

 

 中には、この一ヶ月の間の事ではないモノもあったが、その時には聞き役に徹して難を逃れた。そして、今日西野と帰った事の話になると、東城が東城『さん』になってしまったとだけ言っておく。

 

「西野さんばっかりズルいよ。私だって、真中君と帰りたかったのに…」

 

 東城さん。そういう事は、俺がいない時に話すのが常識です。とは、さすがにツッコめない。

 

「真中君。今度本屋さんに行こうね。絶対だよ!」

 

「お、おぅ…」

 

 こういう時の東城には逆らっては駄目だとここ何日かで悟った俺だった。

 

「フフ♪」

 

「何でそこで笑うんだよ?」

 

「えっと、こんな風に私が誰かに強く何かを言うなんて、ちょっと前までなら考えられなかったなって思って」

 

 そう言って、東城はさっきまでの怖い笑みではなく、いつものような自然で優しい笑みを浮かべてクスクスと笑う。そして、ベンチから立つと俺の目の前に立つ。

 

「これも全部真中君のおかげなんだよ?地味でクラスの皆からも声を掛けられなかった私に声を掛けてくれて、お家まで送ってくれて、勉強会にも誘ってくれて…本当に、真中君には感謝の気持ちでいっぱい」

 

 両手で持つホットレモンの缶を片手に持ちかえて、『いっぱい』のところで両腕を大きく広げる東城。そして、頬に朱を散らせた笑みを俺に向けてくる。

 

「だから……ありがとう、真中君」

 

「…どういたしまして」

 

 俺はそう返すのがやっとだった。何で、今日一日でこんなに可愛い笑顔を二度も見なくちゃならないんだ。本当に、誰かに背中刺されるんじゃないか??

 

「そ、それから……これからもよろしくお願いします」

 

「よろしく…な」

 

 頬を人差し指で掻きながらそっぽを向いて応える。すると、クスクスという笑い声が前から聞こえ、顔を前に戻すと東城が片手を口に当てて笑っていた。

 

 それを見て俺も声を上げてハハハと笑う事にした。そして一頻り笑い終えた後、東城が「あ!」と声を上げて俺に近寄って来た。

 

「どうした?」

 

「第2ボタン…西野さんにあげなかったんだ……」

 

「あげなかったって言うか、何も言われなかったからな」

 

 そう言えば、原作では西野が『真中淳平』の第2ボタンを歯で噛み千切るというイベントがあったが、この世界の西野は特に欲しいとは言わなかった。

 

 けど、思いだしてみれば西野の奴、俺の制服をチラチラ見ていたような……もしかして、ボタンが欲しかったのか?

 

「……真中君。真中君の第2ボタンを私にください!」

 

「お、おぅ……別にいいけど…」

 

 そう言うと、東城は本当に嬉しそうな顔をして俺の制服に手を掛けた。…手を掛けた?

 

「ううん…固くて取れない……」

 

 いやいや、俺が取るから離れろって。ごそごそと俺の制服に手を掛けて、ボタンを外そうとしている東城の顔は真剣そのもの。

 

「と、東城。俺が取るからさ、だから…」

 

「恥ずかしいけど……えいっ」

 

 東城は、俺の言葉が聞こえなかったのか頬に朱を散らせたまま、顔をボタンに近づけると、ボタンに食い付いた。はむはむと口を動かしながら、俺のボタンを外そうとする東城。

 

 原作の西野は直ぐにボタンを噛み千切る事に成功したが、東城は「あれ?」や「むむ〜!!」と言って、まだ噛み千切る事が出来ない。

 

「……東城、取るなら早く取ってくれ。頼むから…」

 

「ふぉんなふぉといふぁれへも〜」

 

 ……お願いだ神様、この苦行を今すぐ終わらせてくれ。頼む…。

 

 それから数分後、やっとボタンを噛み千切る事に成功した東城は幸せ〜といった表情で、そのボタンを大事そうに頬に当てている。

 

 そして俺はというと、精魂付き果てたといった感じでベンチにぐったりと座り、制服に目をやると東城が頑張って噛み千切った部分に染みが出来ているのに気付く。これは、東城の……何を考えているんだ俺は…はぁ…。

 

 そして、俺は東城を家まで送る事を伝え、東城が大丈夫だよ、と遠慮する前にベンチを立ち、東城の家の方向に足を進めた。

 

 後ろから、タタタと小走りで近づいて来る東城に顔を向けず、日が落ちそうになっている空を見上げる。来月から高校生、か…。はてさて、何が起こるか今から楽しみであり、不安だな。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。