「...む、また夢の中かな?」
目の前に広がる何もないのっぺりとした空間、この前と同じように夢なのだろう。確か成人になったお祝いとやらでモヴィーの家で酒呑みまくって酔いつぶれてそのまま寝てしまったのだ。我ながら失敗したと思う。
とりあえずアルコールがまだ少しぬけていないことを確認して何をするか考え始めた。
大きな災害や魔物などは来ていないようだし、地脈も豊かに通っている。やることは限られているし、魔力
の調整でもしておこうという結論に至った。
人に転生して、すぐにやったことは自分の魔力と筋力を抑える為のストッパーを作り出すことだった。
これは自分の鱗と甲殻と混沌の魔力を混ぜ合わせ作り上げたもので、装着すると筋力、魔力共に人間よりも少し上ぐらいに抑えてくれる。ヨロイカブトとの戦闘で逃げ出したのはその場の雰囲気もあるが、これを外す余裕が無かったからもある。
「やっぱりこれ、少し大き過ぎるか?」
ストッパーの大きさは大きいベルトのようなもので、すぐに取り外しは出来ないようになっている。なので今度は小さな首飾りのようなデザインに作り替えた。中央にある大きな宝玉が目を引く美しい物となった。これなら取り外しも簡単にできて装飾品としても使える、なかなか満足ができる仕上がりとなった。
「なかなか良いものを造れたのではありませんか?」
突如後ろから声がしたが、前に聞いた声なので今度は敵意をもたず、ゆっくりと振り向いた。
「何をしに来たんですか、大地神様よ?」
「あなたへ、伝言を伝えに来たのですよ。あなたの母の手がかりが見つかりましてね。」
『母の手がかり』
その言葉を聞いたとき、目は見開き胸は高鳴った。
喉から手が飛び出る程欲しい情報がそこにあるのだ。
興奮しない方がおかしいと言えるであろう。
「速く!速く教えて下さい!」
「はいはい、そう急かさないのですよ。昔の文献に、こんなことが書かれていました。」
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「昔々、この世界は『混沌』の魔力で満ち溢れていました。その混沌は聖なる神が住む『天界』、邪なる神が住む『魔界』、そしてその間に天界と魔界に挟まれていて、人間などがいる『地上世界』を作り出しました。残った混沌の欠片は龍となり、我々を作り出したという訳です。」
「この世界で良く伝えられているおとぎ話ではないですか。何で今更?」
「はい。ですがこのお話には色々な続きがあるのです。その中で気になった部分を」
「混沌の龍は我々を作り出した後、一匹で寂しいかったのか、新しく生命をその身に宿しました。生まれた卵は本来ならば1000年経てば産まれるはずでしたが、早く孵化させるために『100年間動けなければそのままその卵は孵化して、動いてしまえば後1000万年は孵化しない』という魔術を自分にかけました。そのまま99年が経ち、もう少しで産まれるというところで混沌の龍はほんの少し動いてしまったのです。動いたためか、卵は転がり、魔界に落ちていったというわけです。」
「...と言うことは、俺がその卵というわけか。」
「はい、そう言う事になります。あなた様の母は古の祖なる神になります。」
この混沌の魔力はそう言うことか。魔界にいたのはそう言うことか。
「...なら俺とあなたは姉弟ですか?」
神を作り出したのなら俺は全ての神の弟になる。
「いえ、私達はあなた様が少し前にしていたように鱗などの体から作られた存在で、正確には子ではありませんね。私があなたの姉になって欲しいのであれば、なってあげますよ?」
ニコッと微笑み、返答に困る質問をしてきた。善良そうに見えてなかなか意地悪なことをする。
「あー..大地神様を姉に持つなど恐れ多くてできませんよ。遠慮しておきます。」
「あら、そうですか?....あ、そろそろ帰らなくては。気が向いたらまた来ますからね。さよなら~。」
そういい残してまた消えてしまった。掴みどころの無い人だな。さて、やることもないのでもうそろそろ起きるか。
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目を覚ますと時計の針は午前3時を指していた。
覚えていた最後の時刻が11時だったか。
早く家に帰った方が良いだろう。酔いつぶれて寝ている2人を避けて家の方面に走る。が、やはり足はふらつき、何度も転びそうになりながら家についた。
「ただいま~」
そう言いつつ扉を開くと鬼のような形相をした母が立っていた。 こ れ は や ば い 。
「アノ~ン?かなり帰るのが遅いわよ?」
「すいませんでしたっ!!!」
言い終わるか終わらないかの時、一瞬で膝から崩れ落ち、手を地に着けてひれ伏した。ここまで恐怖を感じたことはないように思えた。だが母の顔からは怒りの表情は消え、いつもの優しい顔になっていた。
「まあ、いいわ。早く風呂入って寝なさい。」
「え!いいの?」
びっくりした。まさか何のお小言も無いとは想像すらしなかった。
「いいわよ、あなたもう成人なんだし。この村からも出て行ってしまうしね。」
よし、怒られ無かっただけで成人になって良かったというものだ。
その後風呂に入り、着替えて床に着いた。
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起きたのは午前9時、今日は両親に進路の報告をするのだ。とりあえず顔を洗い、父と母のいる部屋に向かう。階段を下りて右へ曲がり、扉を開けると朝食を食べている最中だったようだ。
「おや、おはよう。昨日は遅かったな。」
「あら、おはよう。アノンも食べる?」
「んー、胃が痛いから遠慮しておく。それと、進路が決まった。俺は魔術を学びに行く。」
そう言うと父は『そうか。』と、言った。
「行くとしてもどこに学びに行くのだ?」
「モヴィーの叔父が先生をしている学校だよ。兄さんが家督を継ぐのだから、俺は魔術を学んだり色んな事をしたいと思うんだ。」
「ふむ、まあお前がしたいのであれば行っても良いが、何故そんな唐突に?」
「いや、実は前から考えていたんだ。けれど、反対されるのが怖くてなかなか言い出せなかったんだ。それに俺が宮廷魔導師として成功すればまたこの家を復興させて、またこの国最大の貴族に戻せる。」
「お前どこでそれを!?」
父は驚愕の色を隠せぬようだったが、気にせず淡々と話続ける。
「12の時、父さんが王都の図書館に連れて行ってくれた時に偶然見つけたんだ。曾々祖父さんの時にあらぬ罪に問われ、そのまま落ちぶれていき、このような偏狭の村の監視官長までに成り下がった。ここの暮らしが嫌だとは言わない、むしろ最高とも言える。だが俺は、間違った罪で罰せられた祖先の、無実を証明してあげたい。それが俺のやりたいことだ。」
話を終えた後、父はこちらをじっと見つめていた。その眼の裏にはどんなことを思っていたのだろうか。
「...お前は昔から間違いが嫌いな真っ直ぐで優しい子供だったな。そこへ行きたいのならば行くがよい。」
と、言って部屋を出て行った。風がふき、窓につけた日除けの布が揺れる。母はしばし呆然としていたが、我を取り戻した。
「..えーっと...あ、アノンご飯食べる?」
なにかを話さなければいけないと思ったらしく、遅めの朝食をすすめてきた。少し話したせいか腹も減っているのでそのまま朝食を食べる事にした。
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食べ終わり、自分の部屋に戻ろうとしていると、父が召使いになにかを運ばせているところだった。
「父さん、何を運んでいるの?」
少し古ぼけた本、何種類かの魔法道具などが倉庫から持ち出されている。父はやっとこちらに気づいたようで、指示をやめ、こちらに向かってきた。
「お、気づいたか。これはお前が行きたい学校の教科書だよ。元は私も通っていたから、持っているんだ。これで勉強してくれれば良い。」
父も父なりに考えてくれたようだ。
自室に持ち帰り、読んでいくと大半は魔界と同じで、魔法陣や医術などが発達しているようだった。これならかなり楽になる。
「よし、やってやるか。」
後1ヶ月、試験に向けて頑張る事を決意した。