英雄伝説 空の軌跡異聞録~異界に舞い降りた不死鳥   作:聖剣抜刃

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今度はエステルの母親の視点から書いてみました。原作中では既に故人なので色々と考えて悩みました。自分なりに娘を思う母親の心情を書いてみたつもりです。


閑話 「レナ・ブライト」

レナ・ブライトは何時もの通り、娘エステルと共に台所仕事に打ち込んでいた。何かと留守にしがちな夫、カシウスの帰りを待つ一方で愛娘のエステルにあれこれと教育をしつつ、娘の成長に日々目を細めていた。嘗て百日戦役で破壊された町並みは遊撃士と軍の協力体制の下着実に復興を遂げており、自身も百日戦役で命を落としかけ九死に一生を得た事、それに起因する心の傷も大分癒え、娘や夫と共に平和な人生を歩んで行く事を夢見ていた。

 

しかしそれは、ある人物の唐突な登場である意味崩されたと言える。しかしその人物は寡黙ながらも非常に好人物であり、何よりも夫カシウスと固い信頼関係で結ばれた。レナ自身もその人物の過去を知る内に人となりを理解し、家族として迎え入れると言う夫の意見に無条件で賛成した。

 

(あの子・・・・イッキはどうしているのかしらね・・・・)

 

義理の息子となった一輝がレナたちの下を旅立って数ヶ月が過ぎており、それに程無くして夫カシウスの再び軍の重要任務に就く事となり旅立って行った。この広い家はまた、レナとエステルの二人に戻ってしまっていた。

 

レナは一輝を信頼してはいたが、やはりレナの中で一輝は『息子』であり、まだまだ保護者の監督を必要とする年頃でもあった。一輝は「この世界に関し見聞を広げ、人の助けになりたい』と言う言葉には大いに賛同してはいたが、やはりまだ成人に至らぬ彼の年齢を考えて色々と考えを巡らせていたのだった。

 

(あの子は強い。並みの軍人や遊撃士よりも。そう・・・あの人よりも強いかも知れない。)

 

(でも・・・・あの子の眼には深い哀しみが宿ったまま。あの子が『別の世界』から来た『女神の聖闘士』で、元いた世界で地獄の様な、いいえ地獄そのものと言える世界を見続け、その中で只管に世界に人々や自身の仲間や兄弟、そして『女神』を護る為だけに戦い抜いて来た事を知った時は驚いた。こんなに広い世界であんなに哀しそうな瞳をした子には出会った事が無かった。)

 

(私やエステルに出来る事は何なのか、何があるのか・・・・。それをこの数ヶ月で色々と考えさせられた。)

 

レナが考え出した結論は、夫カシウスや娘、エステルと共に一輝の帰る場所を作り、何時でも一輝がその身を、心を休める時を与えていこうと言う考えであった。一輝の傷は恐らく誰にも想像すら出来ないほどに大きく、深いもの。その傷を癒せるのは『友』や『家族』そしていつか一輝に再び現れるであろう『伴侶』しかいない。その為に必要な事は何なのか。

 

(私やあの人、エステルがあの子・・・・イッキの支えになる。そうすれば、あの子は何度でも飛び立てる。・・・・いつか、あの子が本当の意味で飛び立つ為に。)

 

レナの表情には何時しか物柔らかな微笑が浮かんでいた。それはまさしく『慈母』の笑み。自ら受け入れし存在を至上の愛と真心で包む笑み。それは図らずも一輝が命を掛けて護り抜いた至高の存在である『女神アテナ』と同じものであった。

 

(そして・・・・・)

 

傍らでいそいそと作業に勤しむエステルを見つめる。

 

(この子も何時か、自分の意思で飛び立って行く。そして苦しみ迷いながらも、自分の道を見つけて、歩いていく。)

 

私達は彼らの帰る場所を作り、何時までも待ち続ける。夫カシウス、息子イッキ・・・そして娘のエステルが疲れ傷付いた心と翼を休め、傷を癒し、再び自身の意志で大空に羽ばたくその日まで。この家が、この時が何時までも彼らの心の支えであり、寄る辺である様に。我知らずレナは祈りを捧げていた。

 

(大いなる空の女神、エイドスよ。愛する夫カシウスが、愛する息子イッキが、愛する娘エステルが・・・・いつも健やかで強くありますように。そしてその翼が決して折れぬ様、私に彼らを癒す力を・・・・お与え下さい。)

 

空を覆っていた雨雲は何時しか風に乗って消えようとしていた。その狭間から日の光が降り注いで来る。それは万物全てを癒す光。人の世を、生きとし生ける全ての世を照らし、癒し、包む暖かな光だった。レナは窓からの空を見上げた時、ふと何かが見えた様な気がした。

 

それはほんの一瞬ではあったが、確かにレナはその表情を見た。黄金の光に包まれ、あらゆるものを照らし、包み込む癒しの光の中に微笑む『女神』の姿を。

 

 


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