さて、またどうなりますことやら。
晴れ時々樹雷
夏の夜は、太陽にたやすく自らの支配するモノを明け渡す。午前5時過ぎには明るくなってくる。一樹の邸宅から、僕と水穂さんは僕の部屋に行き、転送フィールドに包まれ、水穂さんは帰っていった。もう一眠り、と思ってもさすがに目が覚めてしまった。生体強化のおかげでなにやらあっちこっちが強くなっている(笑)。パソコンを起動して、メールチェックでもしよう。地球のOSを起動して、普通にネットサーフィンして、大量のメールをいちおう確認して大半をゴミ箱に入れる。ほとんどがスパムメールだった。
樹雷OSを起動する。こちらはMMDからのメールがいくつかと、樹雷の皇家の工房から決済完了メールが来ている。そう言えばと思って、ボストンバックに入れていた通帳とカードを取り出す。通帳を開けると、やっぱり見たことのない桁数まで行ってる数字が見える。この間の決済した引き出し額は居酒屋含めて3回。居酒屋の飲み代は、地球の感覚から言っても、安く上がっている。あの料理で、あれだけ飲んでこれだけなら本当に安い。大将ありがとうと、手をあわす。今回は、皇家の船にいろいろ積んだ代金だから、二回の決済はやはり多額である。地球だと、かなりの広さのホールが建つレベルだろう。しかしながらその額を補って余りある額が振り込まれている。銀河レベルで、言うなれば高速道路の収納元締めになってしまったということなのだろうな。カードは、地球で使っているカードと一緒に財布に入れておく。通帳は、一樹のブリッジに金庫作ってもらって、入れておくことにした。そんなこんなで、シャワー浴びて身支度して朝ご飯食べて、出勤時間になる。田本さんとしては珍しいけれど、余裕を持って西美那魅町役場に到着した。タイムレコーダーを押して席に着くと課長はすでに来ていた。水穂さんはすでに来て、課内の机を拭いてくれている。柚樹さんも足下にいる気配がある。いちおう、一樹はお留守番である。そうそうお土産もあったんだった。
「おはようございます。」
そう言いながら、女子職員にお茶請けにしてねと、お土産を渡す。5分ほどすると始業のチャイムが鳴った。直後に内線が鳴る。
「おはようございます。企画課の岸川です。」
「あ、おはようございます。」
うわ、やっぱり岸川さんだ。昨日買い物見られたし・・・。
「あの、田本さん、クルマ盗まれてませんか?」
「え?なんで?今日乗ってきてるよ。」
「昨日の夜、上竹町のコンビニで見たことのない背の高い男の人が、田本さんのクルマ乗っていったから。ナンバー○679だよね。」
「そうだけど、何かの見間違えじゃない?」
「う~ん、そうだよね。今日乗ってきてるの駐車場で見たし・・・。ごめんね~。」
うおお、あぶね~~。やっぱり光学迷彩はこまめに掛けよう。
やはり月曜日である。様々な電話がかかってくる。先週から暑くなってきているなと思ったら、やはり町営住宅に住むお年寄りが、熱中症で救急搬送されたと社会福祉協議会から電話が来る。介護サービスを受けているお年寄りだったので、息子さんに連絡もすぐにできて病院に向かったそうである。そんな対応、補助金申請に、ケース会議とこなしていると昼になり、いつものお弁当を頂き、午後から隣町で会議で、とやっていると気がつくと終業時間。思い出した。再来週に柾木勝仁さんの100歳慶祝訪問がある。すでに県にも報告済みなのでなんとか偽装しないといけない。祝い品の手配と祝い状を作って、と段取りしていると午後6時過ぎ。今日は特に残業というわけでもないので片付けして、帰宅する。家に着くと、母が食事の準備を終わり風呂に行こうとしていた。
「ただいま~。」
「ワイシャツとスラックス、ちゃんと連絡した?」
忘れてた。いつか取りに行かないと・・・。樹雷に。
「うん、洗濯して送ってくれるって。時間はちょっとかかるみたいだよ。」
「そう、なら良いけど。」
「あのね・・・。」
「なに?」
「いや、何でも無い・・・。」
「もうすぐご飯だからすぐ降りてくるんだよ。」
うー、水穂さんのこと、なかなか言い出せないではないか。二階の自室に行くと、待ってたように一樹が飛んでくる。
「おかえりなさ~い。今日は、柾木神社に行く?」
「うん、行くよ。一樹も行くかい?」
「うん!」
と話しているのは皇家の船。しかもミニサイズ。必要とあらば全長350mの恒星間宇宙船になる・・・。嗚呼、地方公務員の堅く質素な生活は今いずこ。そう言いながら楽しくてしょうがないのだけれど。しばらくして夕食を食べて、ちょっと歩いてくると言って、光学迷彩をかけ見えなくなっている一樹と柚樹、そして田本さんの格好の僕はジャージに着替えて外に出た。自宅からしばらく歩いて、誰もいないことを確認してから光学迷彩を解いてもらって、走り出す。たぶん、他の人には速すぎて見えないと思う。アニメの忍者もののように裏通りから山のそばを走る。何かの気配が背後に感じられる。同じように速い。
「お疲れ様~。」
天地君だった。残業、今までかかってたんだ。
「あ、お疲れ様です。今まで残業だったんだ?」
ざざざっと長く伸びた雑草をかき分け、目の前にあった岩を跳び箱の要領で飛び越える。
「ええ、来週危機管理関連の会議がうちの町であるので、その準備です。」
天地君はそう言いながら、山際の切り通しの斜面に駆け上がり、そのまま張り付くように走っていく。
「あー、大変だねぇ。そう言えばうちの課も、要支援者台帳関連で呼ばれていたんだったわ。」
邪魔な用水路を飛び越え、一瞬、天地君が走る斜面の高さと同じ高さになった。
「頼みますよ~、忘れずに来てくださいね。」
などと会話しながら、走ると言うよりほとんど飛びながら、パルクールどころではない動きで柾木神社に着いた。
「じっちゃん、ただいま。」
同時に、僕もごあいさつ。
「こんばんは~。」
普通に、帰ってくるとガララと開ける戸の音だろうけど、二人とも土煙を上げて砂利を蹴立てて止まっている。手近の竹箒で砂利をならして直す。
「そういや、天地君ご飯食べたの?」
「いえ、まだなんで食べてきます。」
たたたっと走って下の正木家に帰って行く天地君。遥照様が神社の社務所から出てきて、いつもの練習が始まった。ひと通り形を復習して、遥照様相手に模擬試合。さすがに強い。何とか一矢報いねばとおもっても、さすがに経験値が違うなぁと思う。僕のような者でもなんとか相手になる程度にはなりたいモノだなと思っていると、天地君が社務所に上がってきた。剣士君も一緒である。二人ともなぜか表情が硬く見える。
「やっぱり、遥照様は強いですね。今はまだ無理でも、何とか足下くらいにはなれるでしょうか・・・?」
「天木日亜殿の記憶もあるから、そのうちなんとかなるかもしれんの。」
肯定とも否定とも取れる微笑みで言ってくれる。表情からなかなか真意が読み取れない人である。結局、練習あるのみだろうなぁ。
「田本さん、今日はちょっとお願いがあります。」
やりとりを聞いていた天地君が、意を決したように話し始めた。
「実は、剣士はあと3日ほどで、旅立たねばなりません。」
「どこか海外か、もしかして宇宙?」
雰囲気からして、遠いところのようだった。
「いいえ、この世界に隣接する世界。皆さんの言う、パラレルワールドです。剣士は、生まれたときから、契約によって15歳になる歳にはそこに還ることが決まっていました。」
「・・・・・・。」
この21世紀に、ましてや超光速航行ができる技術が宇宙にあるというのに、そんな理不尽な契約なるモノがあることが信じられなかった。
「あの、鷲羽ちゃんに頼んで、どうにかならないのかな?」
「剣士が生まれてから、この15年、様々な方法を探してきましたが、次元間のバランスをとるためどうしようも無いことだそうです。」
15年間、この驚くべきテクノロジーを持つ一族が、様々なことを試してみても解決策は無かったというのならその通りなのだろう。
「なんか、こう非常に理不尽なモノを感じますが・・・、ここの皆さんがそう言うのなら剣士君をその世界に送る以外に解決策はないのでしょう。」
剣士君はうつむいたままである。遥照様もとても苦しそうな表情だった。
「で、僕に頼みたいことと言うのは何ですか?」
少し明るい表情になった天地君が口を開いた。
「田本さん、ときどき亜空間転移のエネルギーチャージに次元間移動をしてるそうじゃないですか。」
「う、なぜそれを・・・?」
いちおう、鷲羽ちゃんと水穂さんくらいしか・・・、あ、昨日、派手に5隻も戦艦連れて転移したんだっけか・・・。
「で、その移動先次元が、ちょうど剣士が行く世界なのです。」
剣士君が顔をあげて、悲しそうな表情のまま、少しだけ口元をほころばせる。
「おお、あの人型メカが飛んでるあの世界?」
「鷲羽ちゃんの話では、どうもそのようです。なので、時々見に行ってやって欲しいのです。ただし、極力手は出さないで欲しい・・・、そう言うお願いなのです。」
「そりゃ、見るだけだったら良いけど、でもひどい目に遭ってたりしたら放っておけないよ?」
「田本さんの優しさは分かります。でも、そのために様々な訓練を剣士は積んできたのです。一人でも生きていけるように、サバイバル術は、じっちゃんと山籠もりで。もちろん剣術もじっちゃんからたたき込まれています。さらに、料理をはじめとする家事などはノイケさんと砂沙美ちゃんから。」
そういえば、剣士君は、凄く身体の切れが良い動きをしている。小さな頃からそう言う訓練を受けているとしたら、頷ける動きだった。