「そろそろ、行きますか?」
みんなが頷き、障子を開けて隣の部屋を見ると、樹雷皇阿主沙様や内海様、船穂様、美沙樹様もこちらを見る。
「うむ、水鏡へ行くか。瀬戸殿をいつまでも走らせておく訳にもいかぬだろう。」
「そうですね。でも、さっきの顔凄く怒っていて、怖かったんですけど・・・。」
「店内モニターカメラで見ていたよ。確かに、なかなかああいう顔はしないな。」
内海様が、また嫌な笑顔を浮かべる。船穂様と美沙樹様は、凄く楽しそうにわらっていらっしゃる。
「お店に迷惑掛けるわけにいかないので、店内から転送するようなことはできませんか?」
店を出たところで、瀬戸様に捕まりでもして、それが生放送されたり、瀬戸様のちょっかいの対象になりでもしたら逃げ込む場所がなくなるし。
「ふふふ、瀬戸様には内緒ですわよ。」
船穂様が奥の部屋へ通じる戸を開け、渡り廊下を歩くと、そこに転送ポッドがあった。気がつかなかったが、よく手入れされた美しい中庭があった。ちょうど樹雷皇阿主沙様達が飲んでいた部屋から見える。なんとなく僕がいた山の木々に似ている。立ち止まってみていると、
「この中庭は、わたくしの故郷の山を模して阿主沙様が作ってくれました・・・。」
船穂様の、ほんのり紅指す頬が美しい。
「あなた、船穂様は、阿主沙様が武者修行の折に強力な敵の前に負傷されて、海賊の人間狩りに遭っていた船穂様のお父様を助けられ、ご自分の傷が癒えるまで看病してくれた船穂様を地球から連れ帰ってしまいましたのよ。」
水穂さんが耳打ちしてくれる。遠く離れた土地の風景を模して、寂しくないように作ったのだな。皇家だから、様々な確執や心地よくないやりとりもたくさんあっただろうに・・・。
ちょっと気の毒そうな表情になっていたのだろう。船穂様が続けて話してくれる。
「阿主沙様は、その言葉に違わず、この1千年近くわたくしを護り通してくれました。」
美沙樹様も船穂様の横に並んで庭を見ている。樹雷皇阿主沙様の顔が赤い。
「お姉様、また地球に行きましょうね。」
「ええ、今度は曽孫(ひまご)の顔を見に行きましょう。」
うわ、こっちに矛先が・・・。
「さ、さあ、とりあえず店を出ませんか。そうだ、大将にお礼言ってきます。」
耳が熱い。廊下を戻って、店の大将にお礼を言うと、二人して丁寧に言葉を返してくれる。また来させてくださいと言って、廊下奥へ戻る。
「さきに、平田兼光夫妻と、将哉君と希咲姫ちゃんをご自宅へ転送した方が良いのでしょうか。」
「ここは、隠密度の高い二点間転送ゲートになっているのでな・・・。まずは全員天樹の皇家の間入り口に転送されるぞ。」
ニッとイタズラっ子のような表情の阿主沙様。4名ずつ転送ポッドに入り、順次転送されていく。僕の番が来て、一樹と柚樹と共に転送されると、そこは巨大な樹がそびえ立ち、その樹をうまく利用して作られた、皇家の間入り口だった。
「本当に、大きな樹ですね。」
見上げても、空の彼方に樹があるだけで、その上端はまったく見えない。平田兼光夫妻と将哉君と希咲姫ちゃんは、別の転送ゲートから自宅近くへ帰って行った。一緒に行こうとする立木謙吾さんを僕は、手を握って呼び止めた。思いつきは田本さんの得意技である。
「立木謙吾さん、瀬戸様とのネタに使わせてもらいますのでご同行をお願いします。」
例の関わってはいけない系の笑顔で言った。
「え~、僕をですか?」
また、船穂様と美沙樹様のお二人が楽しそうな表情をする。立木謙吾さんは、見事に顔に縦線状態の表情だった。
「そう言わずに。何かあればお姉様が強烈な一撃を放ってくれますって。それに、立木謙吾さんがいてくれると心強いですし。」
そう、思い出したのだ。ナントカ重工業のお金をどうされたのか?と柾木家で聞いていたのを。その瞬間、顔が青ざめた瀬戸様は尋常な様子ではなかったし。この際、水穂さんの般若顔は、とりあえず棚上げである。
「樹雷の鬼姫対、経理の鬼姫の代理戦争か。これは見物だな。」
にやりと笑う、阿主沙様と内海様。
「では、瀬戸を呼ぶぞ。」
なにやら、決死の覚悟に似た声音の内海様である。こちらもその気迫が伝わってきて、息をのむ。しばらくすると、天樹皇家の間のかなり遠くから、こつりこつりと靴音が聞こえてくる。僕の頭の中では、RPGの最終ボスキャラ出現のテーマが鳴り響いている。
「あらあら、わたくしったら、こんなところに来てしまったわ。ここは・・・、ええとぉ・・・・・・、樹雷皇阿主沙様、船穂様、美沙樹様、内海様、こんにちは。」
エプロンを着けた、女性用作業服のような物だろうか?金髪で褐色の肌の女性が深々とお辞儀していた。手にはモップを持っている。そこにいる僕を除いた全員が溶けたアイスクリームのように脱力した表情だった。
「あらあらあら、水穂さんに、立木謙吾さんに、皆様こんにちは・・・・・・、この方はどなたでしょう?初めてお目にかかりますわ。」
ゆっくりとした口調でしゃべる女性だった。水穂さんが脱力モードから復帰して慌てて紹介してくれる
「・・・こちらは、九羅密美兎跳様ですわ。世仁我の方です。世仁我は樹雷にならぶ軍事国家で、九羅密家は、樹雷皇家と同様に世仁我を統べる一大勢力です。美兎跳様、こちらは、田本一樹様です。」
水穂さんが必要最小限のことを教えてくれる。でも、またそんな重鎮がどうしてモップを持って・・・?。
「初めまして、田本一樹と申します。数日前に皇家の樹と契約して、本日皇家入りの儀式が終わった者です。どうぞよろしくお願いします。」
「これはこれはご丁寧に。なんだか西南君と似ているわね~。」
ひくくっと引きつった笑顔の水穂さんだった。九羅密美兎跳様と紹介された女性は、その言葉と同様に深々とお辞儀をしてくれる。そして、背伸びして僕の頭に手を伸ばす。頭をその手でなでなでしてくれた。なぜか、そうしなければならない気がして、スッと膝を折って立て膝になり頭をたれた。
「う~ん、西南君の五分とは違うけれど、なぜか似てるわ~。」
ずどどど、と誰かが駆けてくる気配がして、聞き知った声がした。
「おのれ!、今度は美兎跳様に先を越されたわ!。」
ようやく瀬戸様が到着したようだった。廊下の奥を見ると追跡部隊が疲れて壁に寄りかかっている。うわぁ、お疲れ様・・・。テレビクルーは、息を切らせながら何とか映像を撮っている。田本一樹確保!とか、そんな字幕が出るんだろうなぁ。美兎跳様の手が離れたので立ち上がると、瀬戸様が抱きついてくる。大きな胸がぎゅっと僕の胸に当たる。
「あのぉ、大旦那様が見ていらっしゃいますけどぉ・・・。」
と言いながら、阿主沙様と内海様を見ると明後日の方向を見ている。
「うふふ、もう、離さないわよ。」
そう言う目があるとか、テレビの放送がある、とかまったく気にしていない様子である。さすが瀬戸様。それに、なんだかピンク色というか、赤黒い感じの情念の炎に包まれた気がする。
「さ、さあ水鏡に行くのではありませんか?」
「くっ、しょうがないわね。み~んな一緒に行くわよ!」
瀬戸様がそう言った瞬間、巨大な転送フィールドが出現して、僕たちを含め、廊下で倒れ込んでいる追跡部隊の面々を含み転送がかかった。そして転送された先は、息をのむような広大な丘。緑の香りと澄んだ空気が心地良い。そこに一挙に数十人が転送されてくる。すでに結構な人数の女官さんやら、執事の格好をした方々やらで大宴会の準備が済んでいる。様々な、見たこともないような料理に酒が、大量に準備されていた。
「さすが瀬戸殿。すでに宴会の準備が済んでいるではないか。」
さすがに樹雷皇阿主沙様も驚いている。
「ふんっ、田本殿を連れ込んで、しっぽりと二人で飲もうかと思っていたのだけれど、みんな一緒に探してもらったんだからしょうがないじゃない。私の愛よ愛!。さあ、みんな飲むわよ~~~。もちろん無礼講よっ。いろいろ用意しているから楽しんでちょうだい!」
また地鳴りのような歓声が上がる。さすが瀬戸様太っ腹。あっちこっちで杯を打ちつけ合う音がする。
「美兎跳様、ここではお掃除は結構ですので、こちらをどうぞ。」
瀬戸様がそう言って指差す先には、地球で見るプリンの山と給仕の女官さん。まあ、嬉しいわと言って美兎跳様はさっそくプリンに手を伸ばしていた。水穂さんに向かって聞いてみる。
「さっきから気になっていたんですけど、美兎跳様って世仁我の重鎮でしょう?その方がなぜモップを?」
また水穂さんが耳打ちしてくれたことには、美兎跳さんも確率に偏りがあるタイプの人で、掃除をしているうちに自分の世界に入り込み、なぜか十数光年先で発見されたり、海賊船内から皇家の船まで無差別で入り込むことができるらしい。そのため顔はとても広いらしい。その能力を封じるには、持っている箒かモップを取り上げるか、好物のプリンで足止めするしかないらしい。この人もややこしい人である。
「瀬戸様、皆さんお呼びになったのはどうしてですか?」
「あら、みんなで食べて飲むと楽しいじゃない。」
当然でしょ?と言う口調だった。ある意味女郎蜘蛛みたいなイメージがあったのが思いっきり好転する。そう言う表情を見たのか、樹雷皇阿主沙様が口を挟む。
「あ~。田本殿、樹雷の鬼姫であることは変わらない事実だからな。」
ぬお、さすが樹雷皇阿主沙様。やっぱり女郎蜘蛛なのかな。水穂さんもだいぶ行き遅れたとか言っていたし。
「もお、阿主沙ちゃんったら。いいわ、許してあ・げ・る。」
樹雷王に向かって、投げキッスするのもこの人ぐらいだろうな。その投げキッスを左手でつかみ、憮然とした表情で、その左手をナプキンで拭いている。樹雷皇もノリが良い。クスクスと笑っていると、また瀬戸様が抱きついてきた。
「うふふ、かわいいわぁ。」
「瀬戸様、男性の胸筋や盛り上がった肩、引き締まった腰などはお好きですか?」
今度も僕を見上げて、当然でしょ?という表情をする。
「実は僕もなんです。」
そう言いながら、堅くなってかしこまっている立木謙吾さんを右手で抱き寄せる。えっ!と言う表情の瀬戸様や水穂さん、そして立木謙吾さん。
「水穂さんも僕の大事な人ですが、立木謙吾さんも僕の大事な人になってしまったようです。」
左手で、水穂さんを抱き寄せる。
「そして、あなたも・・・。ここに居る皆さんも、樹雷の皆様もみんな僕の大事な人です。ありがとう。ほんとうにありがとう。」
若干、酔って大変なことを言ったような気もする・・・が、だって、本心からそう思うもの。最後の方は、なんだかアイドルがライブ会場で言っているような発言だけど。
「あなた、飲み過ぎですわ。」
水穂さんが、困ったような顔で言う。でもそこそこ嬉しそうに見える。
「田本さん、駄目っすよ、本気になっちゃいます。」
約一名の真っ赤な顔に大胆発言、それを聞いた水穂さんの般若顔、そうして頭を預ける瀬戸様。一緒に転送されてきたテレビクルーは、ここぞとばかりにカメラを向けている。
「わっはっはっは、良いぞ田本殿。もっと飲め!」
そう言って内海様が、なみなみと注がれた木製ビアグラスを目の前に差し出してくれる。
「ありがとうございます!」
両手を立木謙吾さんと、水穂さんの腰から離して、内海様の持つ木製ビアグラスをいただく。二息くらいで飲み干した。うまいな。本当にうまい。