さすがに、飲み過ぎになるか、田本さん。
「瀬戸様からは、何とか逃げられたんだけど、樹雷皇阿主沙様や船穂様、美沙樹様、内海様がお隣にいらっしゃってるよ。」
参ったなぁと、頭に手を当てて部屋に入っていく。
「ここは、瀬戸被害者の会の総本山ですから。」
そうやって人の悪い笑顔をするのは、立木謙吾さん。
「本当に助かりました。あれで捕まっていれば、今頃どうなっていたことやら・・・。」
「たぶん、今夜はずっと一緒、でしょうね~。」
夕咲さんが料理を口に運びながら、ふふっと笑っている。そうそう、本日のメインイベントだ。
「希咲姫ちゃん、この間はありがとう。」
そう言いながら空けてくれた席に座る。ここは掘りごたつのような感じで、足を降ろして座れるので楽である。ソフトドリンクに手を付けずにうつむいている希咲姫ちゃんである。
「ほら、将哉(まさや)、希咲姫ちゃん取られちゃうぞ。」
は?将哉?そう言うのは立木謙吾さんだった。
「こいつ、僕の甥っ子でして。なあ、ほらご挨拶だよ。」
案外樹雷も狭い。そう思った。
「こんにちは。立木将哉と言います。よろしくお願いします。」
さすが。この歳でしっかりご挨拶もできるのか。しっかりした目鼻立ちで、鼻が高い。この子はイケメンになるだろう。しかも樹雷だから、しっかり鍛えられるのだろうし。しっかり目を見て話すのはご両親のご教育も良いのだろうな。
「希咲姫ちゃん、カッコいい彼氏もいるじゃないか。」
ぷるぷると頭を振る。たぶん、この子もよくわかっているけど、気持ちがどうにもならないのだろうな。賢い子だ。
「僕と一緒にいるとねえ、もれなく、あんな怖い瀬戸様とかとお話ししなきゃならなくなるよ?」
「そうねえ、私なんか、100年くらい行き遅れたし。」
あごに人差し指をあてて上目遣いに考えている水穂さん。あれ?もうトラウマじゃないんだ。しかしこの人いくつなんだろう?ジト目で水穂さんを見る。まあ、僕の場合は、それ込みでこの人を受け入れたのだし。別に良いんだけれど。
「あと10年くらいすれば、将哉君も充分、希咲姫ちゃんを守ってくれるだろう。そうだよね、将哉君。」
「はいっ。」
そう、それこそ真夏の夜の夢。希咲姫ちゃんには、何か、僕がとてもカッコいい人に見えてるんだろうな。平田兼光さんが微妙に寂しそうな顔をしている。
「この人も、さっきからこうなんですよ。」
夕咲さんが、困ったような顔で答えてくれる。
「男親としては、だなぁ・・・。こう、何か寂しいものだな。」
そうだろうなぁ。この歳で結婚だのなんだのと。だまって平田兼光さんに注いだ。
「なんか、でもしっかりしたナイトがついているようじゃないですか。」
そう言って柾木家のあの笑顔を真似てみる。しっかりこちらを見据える将哉君。
「さあさ、皆さん飲んで食べましょ。僕は、あまり食べてないのでお腹がすきました。」
女将さんを呼んで、適当に何品か追加した。
「立木謙吾さん、急に拉致したし、ごめんなさい。驚いたでしょ?」
「いいえ、まあびっくりはしましたけど。」
ちょっと顔が赤い。この人も魅力的な顔立ちだし、彼女もいそうだけどな。
「僕は、もともとややこしい人なので、それ相応にややこしい人でないと耐えられないかも知れませんし。」
と言いながら、水穂さんを見る。ひくくっとほほが引きつっている。
「そうだろうのぉ、わしもややこしい方だがの。」
そう言いながら姿を現す、柚樹ネコ。膝に乗ってきて丸くなる。
「ねえねえ、僕は?僕は?」
そう言いながら、立木謙吾さんの懐から現れたのは、何と僕の皇家の船、一樹である。さっきよりも小さくなっている。
「え、新型戦艦の艤装は終わったんですか?」
困った表情の立木謙吾さんが、腕組みしながら答えてくれる。
「ご希望の機器や、様々な施設の積み込みや設置、外装の取り付けは終わったんですが、細かい機器間のリンク設定や制御系の調整が・・・・・・。さっき拉致られたので間に合わなくなりました。」
テヘッって感じで頭を掻く。
「あうう、一樹が飛んでるってことは、いちおう地球への帰還は・・・。」
「コアユニットだけでも可能ですので、そっちの修繕は終わってますから帰れますよ。」
思わずホッとする。年次有給休暇は月曜日分は取っていない。
「と言うことは、次回樹雷に来るときに本格稼働と言うことですね。」
「謙吾さん、私たちの、おうちの方は?」
水穂さんが心配そうに聞いている。そういえば船内で一泊しないと帰れない距離と航行時間だったような気がする。一樹の以前の内部はただの広大な自然の空間だったので、最悪寝袋持ち込んで野宿か、ブリッジでねるか、と言うことになる。よくぞ聞いてくれたという表情で立木謙吾さんが話し始めた。
「ご邸宅の方は最優先で設置、建築しましたので問題ありません。自動調理器や専用養殖池、畑や野菜工場、畜産工場、生態環境循環リサイクルシステム等はすでに稼働しています。今のままでもほとんど補給なく十数年以上の無補給航行が可能です。」
「ああ、なるほど、補機システムがまだなんですね。」
大型常温縮退炉とか、それと対になる新型コンピューターとか。全自動兵器工場とか。と指折り数える立木謙吾さん。そんなの積んだの?と言わんばかりの目で水穂さんがこちらを見ている。いいじゃん。好きにして良いって言ったじゃん、とちょっと後ろめたい顔をしてみる。
「ええ。まあそれで、飛びながら調整しようかなぁとか・・・。思うんですけど・・・。」
なんでこの人顔を赤らめるんだろう・・・。なんとなくむちゃくちゃ、ややこしい問題が浮上してきているような気がする。水穂さんのこめかみに青筋が浮かんでいた。ねえねえと一樹がうるさく目の前をパタパタ飛んでいる。
「・・・うん、一樹もややこしいねぇ。」
意味が分かったのか分からないのか知らないが、何か喜んで部屋の中を飛び回っている。
「もしかして、地球まで一緒に来る、または、来たいと?」
こっくりと頷く、立木謙吾さん。
「ええっと、様々なトップシークレットが渦巻く地球ですが・・・?」
そうだよね、水穂さんと見ると、見たこともない鬼のような形相だった。頭に五徳(三本足の鉄瓶受け)を反対にかぶって、その足の部分にろうそくを挿して火をともして、
五寸釘と金槌持たせれば、恨みはらさでおくべきか、状態であった。しょうがないので平田兼光さんの方を見ると、
「まあ、大丈夫だろう。どうせ瀬戸様はその辺、計算尽くだろうよ。それに立木林檎殿も、柾木家に来ているのだろう?」
まあ、あの瀬戸様だからなあ。さっきの憤怒の形相を思い出して身震いする。そう言えば、あのハイエナ部隊、もとい、経理の鬼姫も一度柾木家を訪れている。
「じゃあ、それはそうとして、帰りはどうするんですか?」
「それは大丈夫です。僕の第三世代艦(樹沙羅儀)で帰ります。実は、亜空間固定されている一樹カーゴスペースに搭載済みだったりします。あ、言い忘れていましたが、樹雷皇阿主沙様と瀬戸様には許諾を得ています。」
力が抜けたように、テーブルに微妙に突っ伏す水穂さん。
「・・・水穂さん、ほら、瀬戸様が絡んでまともにいったことが無いじゃないですか。」
さっきのお礼も兼ねて、手を握りながらそう言って慰めてみる。
「自分が当事者だと、これほど引っ張り回されるとは思いませんでしたわ・・・。」
とりあえず、してやったりと逃げおおせたような気がしていたが、瀬戸様の手の上で踊っていただけのような気がしてきた。に~~っひっひっひと笑う瀬戸様が脳裏に浮かぶ。瀬戸被害者の会のカードはそう言う意味で強力なカードなんだろうな。女将さんが何品か料理を運んでくる。飛び抜けて美味というわけではないが、ホッとする料理である。うん、このお店はここに来たら時々来よう。ビアグラスに注いでもらった酒を飲む。さすがに少し、いやだいぶ酔ってきた。料理もみんな食べたようで、皿も空いている。