おそるおそる出してみます。
婚前旅行の始まり始まり~♪。
「柚樹さん付いてきてる?」
「おお、おるぞ。」
声と共に姿を現す柚樹ネコ。持ってきたボストンバッグを持ち上げる。
「それでは、行ってきます。」
「うん、それじゃぁ気をつけて行っておいで。」
目を細めてにっこり笑う鷲羽ちゃん。まあ、裏はないんだろうなきっと。
視界が一瞬ゆがみ、転送されたのは守蛇怪のブリッジだった。そう思ったのは、以前一樹との処女航海の折に瀬戸様に言われたことを思い出したから。守蛇怪のブリッジはサークル状になっていて、西南君が席に着くと、福ちゃんがポンと中央部に飛び乗った。福ちゃんを中心として搭乗員みんなが向き合う格好だった。
「田本様、水穂様、こちらへおかけください。」
見ると西南君の後方に三席用意されていた。柚樹が右端に座ったので、その隣、水穂さんはその隣と自然と席が決まった。
「皆様、それではそろそろ出発しますが、俺が艦長なので実は何が起こるか分かりません。どうぞよろしくお願いします。また、今夜は、守蛇怪の宿泊スペースを後ほどご案内しますのでそこでおくつろぎください。」
振り返った、西南君が申し訳なさそうな表情で説明する。くくく、と雨音さんが笑っていて、リョーコさんは、若干あきらめ顔、霧恋さんは静かに端末を叩き出航準備を進めているようである。まあ、何が起こっても一樹もいるし、柚樹もいる。と思って隣に座った柚樹を撫でていると、ブリッジ中央に陣取っている福ちゃんがみゃうみゃう!と、ここに私だっていると自己主張し、瑞樹ちゃんが私だっているもん!とちょっと怒ったように言っている。一樹も僕だってここにいるよ!と言っている。
「はいはい、みんないるよね。ごめんね、それじゃあ頼むよ。」
みゃ!と手を上げる福ちゃん。リョーコさんがうらやましそうにこちらを見ていて、ネージュさんは不思議な目線でこちらを見ている。
「艦長、守蛇怪メイン反応炉内圧力正常。臨界に達します。各補機反応炉内も圧力正常こちらは臨界を越え通常使用領域です。」
霧恋さんが鋭くシステム全体の状態を読み上げる。
「火器管制系異常なし。」
「鷲羽様からの離床許可出ています。亜空間キー取得しました。」
「銀河連盟からの航行許可着信。」
「システムオールグリーン、いつでも発進可能です。」
「守蛇怪発進!」
西南君の号令の元、静かに離床する感覚があった。もちろん各種光学迷彩やら、不可視フィールドやらは張っているのだろう。となりで、水穂さんは端末を起動して、どこかと通信している。
「水穂さん、瀬戸様ですか?」
「はい、そうです。樹雷到着の時間には、いろいろ準備しておくわ、ですって。」
ブリッジの全員が一斉にこちらを見て、一様に心底気の毒そうな表情をする。
「そうだ、超空間航行、ちょっと待ってくださいね。」
ちょっと思いついたのだ。
「え、でも田本さん急いでいるんじゃあ・・・。あと5分ほどで超空間ジャンプ可能位置ですが・・・。」
「それだけあれば大丈夫かな。一樹、この間天地君のお風呂でいじっていた、超空間航路のマップ出せるかい?」
目の前に、この間の超三次元マップが浮かび上がる。そうそう、通常超空間航行航路がこれだから、上位超空間航路は、これ。で、今回提案した航路がわずかにずれた、これ。うん、この超空間航路上での上位超空間航行ならさらに30%程度速い。
「水穂さん、このデータを鷲羽ちゃんに送ってください。」
守蛇怪のブリッジ前方にあるディスプレイに鷲羽ちゃんが応答する。
「鷲羽ちゃん、このデータ使える??」
ぎらりんと光る鷲羽ちゃんの目。
「・・・まったく、この子は・・・・・・。また林檎殿に頼んどくからね。霧恋殿、今から新上位超空間航行プログラム送るから、それでいっとくれ。」
「・・・・・・鷲羽様からの新上位超空間航行プログラム着信、およびダウンロード完了。」
「霧恋さん、どうですか?使えますか?」
と言って、ディスプレイから視線を移して前を見ると、ドン引き表情の西南君ほか、守蛇怪ブリッジの皆様。
「今すぐ辞表が出せたらと思ったことが、今まで二回あったけど、三回目・・・いや、守蛇怪の時もだから四回目だわ・・・。」
顔に縦線が出そうな、暗い表情でぼそぼそ霧恋さんが言っている。
「鷲羽様に、バカな子と言われてる田本さんですから・・・。」
水穂さんが霧恋さんのとなりにしゃがんで肩に手を置いている。ええ、ええ、バカな子ですとも。
「艦長、新上位超空間ジャンププログラム使用可能です。」
やれやれと言った表情でリョーコさんが西南君に告げる。
「・・・新上位超空間ジャンプしてください。」
「新上位超空間ジャンプ。」
例によって、リョーコさんがエンターキーを叩くと同時に超空間航行に移行したようである。やっぱりショックもなければ古代の異空間も現れないし、衣服も透けたりしない。
「なんかねえ、やっぱり、こうワームホールに突入するビジョンとか見たいやねえ・・・。」
ぷっと吹いて笑う、西南君。
「そうですよねぇ。こう、でかいショックとか、シートベルトでぐるぐる巻きにしないと酔うとか・・・。」
だよねえ、と二人で頷き合ってると、水穂さんそのほかは、あきれ顔と微笑ましい顔との半々と言った表情で見ている。
「艦長、新上位超空間航行プログラムで到着時刻が3時間以上早くなりそうです。」
「ネージュちゃん、アイリ理事長にその旨、連絡してください。リョーコさん、確か、1万光年ほど跳んだところで航路乗り換えのため一度通常空間へ実体化しますよね?」
「そのとおりですわ、艦長。」
リョーコさんが端末を叩いて答える。
「じゃあ、その辺で時間調整も良いかもね。」
雨音さんが、ほおづえをつきながらけだるそうに言った。小声で、霧恋さんが雨音ダメじゃない!と軽く肩をぶつけて言っている。コホンと一つ咳払いをして霧恋さんが立ち上がった。
「しばらく、自動操縦になりますから、居住空間の説明をしておきます。皆様こちらへ。」
ブリーフィングルームのようなところに通され、霧恋さんから食堂および各種説明を受ける。ホワイトボードではないが、それぐらいの大きさのディスプレイで守蛇怪の居住空間が示される。やはり広大かつ巨大な空間があるようだ。
「守蛇怪も皇家の船と同じように、広大な空間が亜空間固定されています。食事は、そうですね、午後7時に、赤く点滅しているこの場所にある食堂で。宿泊については、この色がついていないところどこでもどうぞ。守蛇怪の居住空間マップ関係およびそのコントロール、宿泊場所のコントロールについては、この端末からどうぞ。地球のタブレット端末に似たものなので直感的に使えると思いますわ。」
そう言いながら、A4用紙程度の大きさの透明な板を手渡してくれる。水穂さんはその端末の右端に金属部分が三角コーナーのようにあり、そこをポンとタップしている。同じようにしてみるとそのディスプレイが起動して、現在地点が点滅している。
「あのぉ、この色のついていないところって、ほとんど全部のように見えるんですけど・・・。」
マップを見る限り、ほとんど小さな町レベルの居室が表示されている。他にも病院のような医療施設、農畜産物工場、守蛇怪の補給部分品製造工場、これはアスレチックジムに一体何人収容か分からないほどの巨大な厨房設備つき食堂。
「ええ、色がついているところが、まあ、私たちが居室として使っているところで・・・、もの凄く広大な空間が固定されていて、その空間にほとんど数十戸規模で上級士官クラスの家、艦長クラスで二十戸ほどの家が用意されています。」
「え、この光点一個一個が家なんですか。居室空間ではなくて?」
「ええ、鷲羽様の作ですから・・・。ここから遊歩道歩いても行けますし、その端末で指定すれば転送も可能です。」
なんだか説明している霧恋さんも複雑そうな表情である。色がついている「家」は全部で10戸程度しかなかった。下士官クラスの家や管理用アンドロイドやバイオロイドの収納庫みたいなものを入れると、何と西美那魅町とほとんど変わらないほどの戸数が見える。
「そうそう、大浴場だけは共有して使っています。すぐに転送で行けますので、ご夕食までお楽しみください。」
そう言って、霧恋さんはそのブリーフィングルームから出て行った。
「どれでも良いよって言われると、逆に気後れしちゃいますよね。」
横の水穂さんの顔をみる。慣れた様子でA4回覧板のようなタブレット端末を操作していた。
「それでは、わたしはここで、田本様は、ここでどうですか?皆さん結局何となく寄り集まって部屋にしているようですし。」
ポンポンと指定してくれたのは、上級士官クラスの家らしく、色がついている居室というか家の隣のようである。瞬時に転送ができると言っても、ここまで広大だとやはり人の気配は感じたい。
「一泊ですし、自分的には地球のビジネスホテルのような、狭い空間で十分なんですけど・・・。」
そうなのだ、あっちこっちへ旅行に入っているが、だいたいビジネスホテル泊まり。旅館系は仕事で引率するようなときくらいである。シングルのベッドで十分に広いし、ユニットバスで本当に十分。夕食は食べに出て、夕食場所から帰ってくる途中のコンビニ寄って500ccの缶ビールとおつまみ買って、持ち込んだパソコンでネットしたり、その地方独特のテレビ放送見たりするのが結構好きだったりする。
「うふふ、まあ、行ってみましょ!。」
腕を回されて、立ち上がらされて、水穂さんと転送される。