※警告※
話の都合上、激甚災害の描写があります。災害のPTSD等疑われる方はこのお話は読まないでください。
火球は恒星の向こう側に消え、しばらくしてから顔を覗かせ、日に日に大きくなってきていた。恒星の引力により、現在は第一惑星軌道手前なのでほぼ最大速度である。
天木日亜と、柚樹は光應翼を最大展開し、わずかでも第三惑星軌道から遠ざけるために計算上の最適ポイントに移動していた。
「日亜様、こちらの準備は整いました。ノアの箱舟計画発動します。」
リンクウ国王からの通信が入る。海賊に襲われていたときから数えて、すでに十年の月日が流れている。お后となる妻を迎え、その妻も臨月を迎えようとしてた。耐Gスーツのようなノアの箱舟搭乗者用防護服を身につけている。
「分かりました、国王陛下。船体が安定するまでの間、非常に大きな揺れに襲われます。くれぐれも対ショックベッドから離れないように全船にお伝えください。」
「了解した。幸運を祈る。」
短い通信であった。しかしながら天木日亜には、十年ほど一緒に研鑽を積んだリンクウ国王が経験を積み、歳以上の良い顔になったと満足していた。通信最後に二人はスクリーンで拳を合わせ再会を約束した。
他の皇家の船もいたら、柚樹が完調だったなら、と何度も考えたことの思考ループに入ろうとする自分を奮い立たせ、作戦の再確認をする。いま火球に対しては停止した相対速度であり、秒速40kmほどの速度を持つ火球に対して、最大出力で光應翼を展開し最適ポイントまで並走しながらゆっくりと火球の軌道を変える手筈であった。これで、第三惑星に対しては、重力的にほとんど問題ない距離を通過するはずであったが、残念ながらその衛星がちょうど火球と第三惑星の間に入る格好になる。火球との潮汐力により、衛星は湾曲され表面が割れ、内部の熱水が噴出することになる計算結果であった。
「日亜様、火球との相対速度を合わせる為の加速に入ります。」
「柚樹、銀葉化が進んでいるようだが、問題は無いのだな?」
「はい。力を使えばこのように葉が銀色になっていきますが、これで樹としての力が使えないわけではなく、不思議な心持ちです。樹雷に帰れれば津名魅様に診てもらえるのですが・・・」
「そうだな。樹雷か、思えば遠くにある故郷だな・・・」
真砂希姫に付き従って樹雷を出て、すでに50年に届こうかと言う年月が経った。
ついに火球は柚樹の真横に来た。表面は未だに煮えたぎる溶岩が外から見え、さながら地獄の様相を呈していた。
「柚樹、手順通り、光應翼を最大展開し並走しながら、推力をかけていけ。」
「了解しました。」
ブリッジ内の柑橘系の香りが強くなる。白とも銀色ともつかない半透明の膜が船の数百倍程度の大きさになり、火球を包み被さるように展開された。このまま最大出力で光應翼を展開しわずかずつ軌道を変え、第三惑星にも第四惑星にも影響を最小にして内惑星系の軌道を通過させる算段である。その後火球は、何回か楕円軌道をとりながら内惑星軌道に安定的にとどまるシミュレーション結果であった。
柚樹は、樹全体をほの白く光らせながら力を込めていく。柚樹と契約している天木日亜も同様にマスターキーを経由して気を込め意識を集中していった。表面が未だ柔らかいため、力を加減しながらゆっくりと力をかけていかないと、火球を突き抜けたり、分裂させてしまうことになる。そうなれば事は困難さを増す結果になる。
左奥方向から青い第三惑星が見えてくる。秒速にして40kmほどなのでさほどの速度ではないが、相対質量は非常に大きい。火球は徐々に元の軌道、第三惑星衝突コースから離れ始めた。
そして、第三惑星と最大接近したとき・・・。
第三惑星の大気が、潮汐力により大きな竜巻のように火球に伸びる。その間に割って入ったのが、後に「月」と呼ばれる衛星であった。第三惑星と火球の間に入り、ほとんど目に見えるように変形する。第三惑星側を向いた月の表面に大きな亀裂が入り、おびただしい量の土砂を含んだ熱水が、空色の水蒸気雲に覆われた第三惑星に落ちていった。第三惑星は、そのとき、どす黒い雲の領域が見る間に広がり、大気は、通常では見ることもできないような巨大な渦があちこちに生まれている。青かった星は、一瞬にして黒い土玉になった。
天木日亜と柚樹は、計算上最も安定している軌道に火球を乗せ、第三惑星に向かう。柚樹は、今まで青かった葉の部分がほとんどすべて銀色の葉に変わってしまっていた。
「柚樹、大丈夫か?」
「はい、しかし、なぜか、意識が・・・・。」
「柚樹!。」
第三惑星を目指し航行していた、柚樹はぐらりと方向を乱す。
天木日亜は、慌ててサブコントロールシステムを起動し、柚樹を第三惑星のあの懐かしいアトランティスに向かわせた。皇家の樹が意識を失う状態は非常に希なことだった。やはり、50年前の時空振による事故の影響だと思えた。
第三惑星上空は、大荒れに荒れ、機体の安定が非常に難しい状態だった。降下するにつれ、二つあった大陸はほとんど水面下に没したように見えた。あのたくさんの箱船が、うまく水面下に潜んでいることを願うばかりだった。柚樹の意識が無い状態なので、柚樹の外殻外装は、嵐に吹き上げられた浮遊物と激突しほとんど吹き飛んでしまっていた。
天木日亜は、ついにアトランティスの王宮を見つけた。王宮近くにいくつかあった箱船もすでに流されてしまったようで見えない。荒れ狂う海面は見る間に王宮に迫っていた。
「あれは・・・。」
ふと、みると王宮の一室が明るく見えた。すべての人は箱船に乗るか、高地に避難するかシェルターに入っているはずである。まさかと思い、ほとんど墜落に近い状態で王宮を破壊しながら降りた。すでに柚樹のコアユニットしか無い状態であった。
「・・・日亜様・・・。」
「気づいたか柚樹。王宮に明かりが見えてな。ちょっと確認してくる。」
「危険です。すでにこの地には高さ100mを越える津波が向かっています。」
その制止を聞かずに、飛び出していく日亜。
窓は破壊され、嵐は容赦なく壮麗だった宮殿を内部から食い尽くしていく。ほんの数時間前様子は見る影もない。日亜は、思い出深い扉を開けた。
「あら、見つかってしまったのね。」
ドアの向こうは、キヌエラの私室であった。特に悪びれずに、いつもの笑顔で答える国王の母であった。
「キヌエラ様、何をなさっておられるのです。こんなところにいては非常に危険です。」
日亜も、やれやれといった口調で通り一辺倒の説得の言葉を言ってみる。
「リンクウ様にはここにいることを・・・。」
「言ってないわ。箱船に乗ったと思い込んでいるはずよ。」
「わたくしは先代王から、くれぐれもこの国のことを頼むと仰せつかっているのです。この国の最後かも知れない時を見届けるのは義務であり、私の希望でもあります。」
きりりと引き結んだ口の端は、わずかに震えていた。
「わかりました。それならわたくしも共に参りましょう。」
さらりとそう言いながら、キヌエラに手を伸ばし静かに抱きしめる。
「日亜様、すでに津波が5km圏内に到達しています。わたくしの内部に転送致しましょうか?」
「もう良いのだ、柚樹。私も充分に長く生きた。キヌエラ様と共にアストラルの海を旅してみようと思う。」
キヌエラの指に自分の指を交差させ堅く握る。キヌエラは安心した表情で日亜の胸に頭を預けた。日亜は少し背をかがめキヌエラの唇を自らの唇でふさいだ。
その瞬間、大量の土砂と共に濁流は二人を覆い、その宮殿だった場所は海底となった。
ふと目の前の柚樹を見ると、細かく震えるように葉が鳴っていた。
ゆっくりと現実感が戻ってくる。僕の眉間にはすでに七色のレーザー光はない。
「そのまま二人は海に飲み込まれてしまったのじゃ。」
さわさわと風もないのに葉が鳴る様子は、さめざめと泣く人のようだった。
「たくさんあった箱船も、最初の津波で木っ端みじんになったり、うまく水中に出られても僚船との衝突や大きな浮遊物との衝突で数はあっという間に減っていった。」
その様子を見るたびに、コアユニットはまるで凍るようにクリスタルに包まれていったと柚樹は言った。
「そうですか・・・。誰も経験したことのない惑星規模の災害なんですね・・・。」
だれも、そう、皇家の樹ですらそんな災害は見たことがないだろう。多くの命が水面に消える、その様子を知りたくなくても見えてしまったのだろう。マスターを亡くし、それにも倍加する命が消えていくのを見てしまったこの樹はあまりにも厳しい現実を受け止めてしまった。僕は自然に感情がわき上がり、涙があふれ出てくるのを止められず、膝をついて、銀の葉を茂らせた木の幹に腕を回していた。