あああ、ごめんなさい。
「天地君、さっきはほんとにご協力ありがとう・・・・・・お?。」
リビングの池が見えているガラス戸の隣に、アイリさんと、柾木家に転移してきた美兎跳さん、先ほどの肌が褐色で金髪の若い女性が床を水浸しにしながら正座している。3人ともうなだれている。その前で、恰幅の良い胸に勲章のような物を付けた女性が、左右に歩きながら、静かだけど、重く感じる声でお説教をしていた。その迫力に、鷲羽ちゃんや阿重霞さん、魎呼さん、ノイケさんに砂沙美ちゃん、天地君は、リビングの対面式キッチンのところへ避難して、黙って座って見ている。なぜか、瀬戸様のディスプレイまで空中に出現して、その説教ぶりにあっけにとられている様子だった。ラノちゃんに至っては、不思議そうな顔で僕を見上げている。
「・・・ああ、こんにちは。お疲れ様でした。」
いつもの作務衣のような上着に、下はジーンズ姿の天地君が、ホッとしたようなそれでいて複雑な表情をして出迎えてくれる。チラチラと左手のお説教も見ながら、である。その様子と僕の声に、みんながこちらを向く、ああ、これで状況が変わるとでも言いたげな顔だった。瀬戸様のディスプレイが、そそそ、とまるで歩いてくるように寄ってきた。
「カズキ殿、何となく様子はわかるけど、どういうことか教えてくださる?」
別に、そうしなくても良いのだが、左手の甲を口に当てて、そっと言う。
「鷲羽ちゃんあたりが、映像取ってませんかね・・・?」
その小声を聞いた鷲羽ちゃんがラノちゃんくらいの大きさになって走ってくる。しかもラノちゃんの反対側に立って、なぜか僕の手を握る。瀬戸様がそれを見てひくくっと頬を引きつらせていた。
「・・・こほん、・・・いえね、見せてはもらったんだけど・・・。」
と言うわけで、かくかくしかじかと美兎跳さんのワープアウトの様子、それと、池の藻や水草を垂らして、ぐっしょり濡れて正座しているあの若い女性が、宇宙艇で柾木家の池に落っこちてきた様子などなどを瀬戸様に小声でお話しした。
「ちなみに、アイリ殿はわかるよね。ホウキ持って転移してきたのは、世仁我の九羅密美兎跳殿、さらに宇宙艇で落っこちてきたのは、世仁我の九羅密美星殿だよ。そして説教しているのが、世仁我の長老婦人会長であり、銀河アカデミー校長の九羅密美守殿。もうちょっと説明すると、美兎跳殿の娘が美星殿。」
しゃべる声と、仕草はいつもの鷲羽ちゃんだったりする。少女っぽくなくて、そこいら辺は銀河随一の哲学士だなと思う。
「なに、その目は?」
ジロリっと見上げる鷲羽ちゃん。
「そのカッコ、可愛いですけど、き~っちり銀河一の天才科学者の迫力が漏れ伝わってきていますよ。」
「あっはっはっはっは、鷲羽殿に、そこまで言えるのはカズキ殿以外にはいないわ。」
扇子を口元にあてて、大声で笑ってる瀬戸様だった。
「いや、ほら、わたしってさあ、やっぱりぃ、知性というかさぁ、そういうモノがどうしても隠しきれないのよねぇ。」
なははは、と額から汗を一筋流しながら。ポンといつもの鷲羽ちゃんに戻った。
「少し前だけど、ちょっとした次元改ざんの実験中に1300年前の樹雷の某皇族と皇家の船を次元断層に引きずり込んだしなぁ」
魎呼さんが頬杖をついて、ぼそっと言う。鷲羽ちゃんは、ぴきっとまた石化モードだったりする。
「天地様は、高校の先生になったりして、収拾が大変でしたわよね・・・。」
阿重霞さんが、お茶をすすりながら魎呼さんに調子を合わせていた。この2人、仲が良いのか悪いのかよくわからない。
「天地兄ちゃんの、女装、とっても綺麗だったんだよ!。阿重霞お姉ちゃんと、砂沙美でお化粧手伝ったんだから。」
う、それ、ちょっと見てみたい。でもなんで女装?
「・・・砂沙美ちゃん、それは言わない約束だろう?女子校なんかに潜入するのはもうこりごりだよ。」
天地君も、言い訳する方向が若干ずれているような気がする。興味津々と僕の顔に書いていたんだろう、なぜか微妙に顔を赤らめている。そう、でも、いつもの柾木家にもどりつつあった。
「わたしもぉ、穴掘り頑張ったんですから。それにぃ、GPへの報告書も大変だったんですよぉ。」
池の藻と水草を頭から垂らし、それから水をしたたらせて、美星さんとか言う女性が会話に加わる。右手をグッと拳に握って一生懸命と言うのを表現している。
「何をどんなに報告したのやら・・・。ねえ、・・・アイリ殿。」
頃合いと思ったのか、鷲羽ちゃんが、アイリさんへ話を振った。こちらへ、四つん這いで這ってくるアイリさんである。それに合わせて、みんなでリビングの床に座った。
「わたしは、GP軍の方はあまり感知しませんから。そうですわよね、美守先生。」
妙に、「軍」の一言を強調して言うアイリさんである。それに、あれだけ怒られていたのに、即座に立ち直って、微笑む様子は、いつもの綺麗なアイリさんだった。
「・・・ほほほ、この人達に何を言ってもしょうがありませんわね・・・。あの者達は、鷲羽様をあんな扱いしたのと、この地球に手をかけたしっぺ返しを今返済しているところですわ。西南君と簾座へ行ってもらっていますの。帰ってくる頃には、充分な経験をしていることでしょうね。・・・吟鍛を通じて皆には本当に良く言って聞かせましたから・・・。」
「暴れん坊には、しつけをしないとねぇ。」
鷲羽ちゃんが、美守殿と呼ばれた女性をじっとりと粘った視線で見て言った。
「本当に・・・。師父様のしかけも、深い想いもよく知らずに・・・。まあ、鷲羽様も鷲羽様ですがね・・・。」
ちゃんと言いたいことは返すタイプらしい。一瞬、交錯する視線に、青い火花が散ったような気がした。
「く、栗原先生とかも、ですか?」
なぜか天地君が微妙におびえた顔で言った。ええ、そうよ。と美守殿と言われた女性は穏やかに返している。それを聞いて、大きく安堵している天地君だった。なにやらいろいろあったらしい。
美守殿と呼ばれた女性は、さっきから「だからあなた方は・・・なのよ。お分かりかしら、本当に配慮とか、考えとかないのかしらねぇ」と渋く重い声で、嫌みたっぷりに怒っていた女性とは思えない、年を経た、柔らかな物腰の物言いだった。しかし、その裏には、膨大な何か深いものを感じてしまう。どことなく瀬戸様と同じニオイがする。まあ、それをいっちゃぁ、水穂さんも同類だな。でも水穂さんよりも一枚も二枚も上手なんだろうな。くわばらくわばら・・・。と、そう思いながら、なんとなく水穂さんを見たら、頬をひくひくと引きつらせて僕を横から睨んでいた。
「どうせ、瀬戸様や美守様に似てるとか思ってたんでしょ!。」
ぷ~っと少しむくれているのがとても可愛い。
「・・・ええ、似てるなぁ、と。でも、僕はそう言うところも含めて、水穂さんが好きですから。」
最近悟ったのだ。下手におどおどするより、言い切った方が勝ちと言うことに。それに、妙にいろんなアストラルと融合しちゃったので、なんだか腹も据わってしまったのだ。ぽ、と頬を赤らめる水穂さんをみんなが見て、おおお~~、ぱちぱちぱちと拍手が上がった。
「そう言えば、川流ももちゃん、鬼ノ城紅君と無事に帰ったんだろうか・・・。」
天地君が、ふと遠い目をしてそう言った。それに、あ、と言う顔をして立木謙吾さんが口を開く。
「え?ももとおっしゃいました?うちのお婆ちゃん、立木ももと言うんですけど・・・。それに、鬼ノ城紅は、ずっと昔から、うちのお婆ちゃんに付き従ってる闘士ですが・・・。」
「あ~、じゃあ、無事に帰っていったんですね。って、ええええ~~~~!。」
かなり驚いている天地君だった。案外宇宙も狭いもんだな~と妙に納得してしまう。
「ええ、いまだに少し記憶が錯綜する部分があるらしくって、学園の生徒会のみんなは元気かなぁ、とか、科学部に回す予算はほどほどにしないと、とか、つぶやくことがあります。あと、先生に会いたい・・・。と泣いていることもあります。その先生って誰?って聞くと、目が覚めたようになっていつものお婆ちゃんに戻るんですが・・・。」
その話を聞いて、魎呼さんと阿重霞さんの額に青筋が浮かび上がる。ガッと腕をクロスさせ、大きく頷き、何かを誓い合ってるようだった。ノイケさんと砂沙美ちゃんは、あ~あ、またやってるよ、という顔だった。天地君は、額から一筋、汗がつつ~~っと流れ落ちている。鷲羽ちゃんと同じく石化モードだったりもする。
「美星、あなた、とりあえずお風呂入ってきなさい。美兎跳様もどうぞ。おもちになってましたほうきは厳重に保管しておりますので。」
柾木家を取り仕切る、ノイケさんが絶妙のタイミングで風呂を勧めている。素直に、美星さんと美兎跳さんは、それじゃあ、お母様お風呂に行きましょう。天地様のおうちのお風呂、広くて気持ちいいんですよぉ、とか言いながら風呂に行った。なんとなく、玄関を開けて出ていく音を聞いていると、まだ挨拶をしていないことに気付いた。
「・・・遅くなって申し訳ありません。田本一樹こと、柾木・一樹・樹雷です。どうぞよろしくお願いします。」
「まあ、ご丁寧に。わたくしは、九羅密美守と申します。今日は、うちの一族の者がご迷惑をおかけして、本当にごめんなさい。・・・・・・それじゃあ、わたくしも着替えて参りますわ。」
落ち着いた、少ししゃがれた声でそう言って、ゆっくりとした深いお辞儀をしてくれる。美守様が、2人のあとを出て行った。あからさまにホッとした顔をして、あぐらをかいて座り直すアイリさん。パンツ見えるって。謙吾さんと籐吾さん、天地君が微妙に視線をずらす。
「まあ、着替えですって。美守殿も・・・女よ、ねぇ。」
ディスプレイの瀬戸様と石化が解けた鷲羽ちゃんが、年増の奥様よろしく、おほほほ、とやっている。ちらり、ちらりとこちらを見ている。そこに柾木勝仁様、遥照様が入ってきた。