それと、嗚呼婚姻届・・・。
「さっき瀬戸様から連絡がありましたのよ。アルゼルの最高評議委員長御自ら、あなたに会いに来てキーを渡したことや、さっきの諸々の記録を報告しました。瀬戸様、アルゼルの惑星系を梅皇に固定すると言ったら、樹雷と、GPの駐留軍がいらないって喜んでましたわ。対外的に、まずいこともあるけれど、伝説の類いも多いからなんとか押し通しておくわ、アイリちゃんにも言っておくわね~ですって。」
あははは、そうすか。と軽く返す。まあ、僕の立場上、瀬戸様には行動筒抜けなんだろうな。ああ、でも皇族の名だたる方々も似たような状態かも知れないな・・・。
「なに・・・?、これからは瀬戸様に黙っておきましょうか?」
この人なんでこんなに賢いんだろう。にこっとした表情だが、目は笑っていない。ベッドに一度腰掛けて、四つん這いで僕の方に寄ってくる。ヒョウとか、チーターのようなネコ科の猛獣みたいである。
「いいえ、たぶん、こちらの動きを知っておいてもらう方が、今は動きやすいでしょうし・・・。何かの時には、まだまだお世話にならないといけませんしね。」
水穂さんの方に、身体を横に向けて起こし、右手で頭を支える。目の前に胸の谷間が見えた。
「あらあら、銀河支配でもなさるのかしら?」
右手を突っ張り、身体を起こして、天木辣按様の姿になる。
「・・・いいえ、あなたを今から襲って、瀬戸様の手の届かない、遠い遠いところへみんなで逃げ出すんですよ・・・。」
口の端をつり上げて、悪党顔になる。そのまま水穂さんに口づけして、上から覆い被さった。食らいつきたくなるほど、水穂さんが愛おしく思う。
「怖いわ・・・。ふふ、でも、水穂負けない。」
結構な力で、下から押しのけられかけ、そのまま横向きに向き合う。
「遥照様と、アイリ様の娘さんですからねぇ・・・。今度美守様にいろいろこっそり教えてもらおうっと・・・。」
「うふふ、情報戦ではあなたは赤子同然ですわ。」
そのまま、腕を回して抱きしめてしまった。
「美しい方だ。僕にはもったいないけど、どうか、一緒にいてください。」
「・・・・・・ずるいですわ。わたしだって・・・。」
明かりはゆっくりと暗くなり、吐息と衣擦れの音は、日付が大きく変わる頃まで続いた。
がしゃこん、と押すタイムカードは、ちゃんと8時28分だった。ふっふっふ、遅刻ぢゃないぞと。おはようございます、金曜日はお世話になりました、と声をかけながら自分の席に座った。案の定、いっぱい付せんがパソコンの画面に張り付いている。今日は、それは少しだけ後回しだったりする。机を拭き終わった水穂さんと、住民課に行く。
「すみません、婚姻届ください。」
「あ~、田本さん、誰かにあげるのだったら、駄目ですよ~。」
結構冗談を言い合う、同僚にそう言われる。
「ほっほっほ、おらが出すのだよ。」
「え~~~~~っっっ。」
住民課全員が、驚天動地を絵に描いたような驚き方をしてくれる。他のお客さんが、びっくりしてこっちを見ている。おそるおそる、といった感じで僕の前に婚姻届を出してくれた。確か、水穂さんは本籍がこっちだから・・・。ふたりの印鑑を押して提出した。
「ほんっっと~~に良いんですね。」
と言うその視線は、水穂さんに向いている。
「ええ。」
顔を赤らめて、うつむく水穂さん。芝居がかってるぞぉ~、とか心の中で突っ込んでみる。声に出すと・・・。いやいや、やめておこう。あとが怖い。もちろん今は田本さんの格好で、普通の半袖ワイシャツに、スラックスないつものカッコだった。柚樹さんは足下に、一樹は肩口に乗った気配がある。
と言うわけで、自分の席に戻って、付せんを片付け始める。緊急性のあるものは無さそうである。この暑い時期、高齢者の方は、熱中症で倒れることも多く、そう言う通報も多いのだ。ひどい熱帯夜の次の朝なんか、トイレに行くのを嫌がって水分を取らず、さらにエアコンもかけないまま寝てしまい、朝起きられなくなった例もたくさんある。今日はそんな通報もないようだった。いろいろ電話しているうちに、午前10時を過ぎていた。
内線が総務課から掛かってきた。お、森元女史である。
「なんか、今日、婚姻届出したんだって?いま役場中が大変なことになってるわよ。」
第一声がこれだった。
「ほっほっほ。まあ良いじゃん。二人して霞ヶ関行ってきたし。お付き合いもしていたし・・・。そうだ、推薦状お願いしちゃっていいですか?」
ああ、はいはい。もう作って送っちゃったわ、と森元女史は返してくれる。助かります。どうもありがとうございます。とお礼を言った。そうだ、あさって柾木勝仁さんの100歳の慶祝訪問である。祝い状を作成し、新札で祝い金を用意してもらうよう会計課にお願いして、お祝いののし袋も準備した。祝い状に押印するために、副町長に式典用の町長印を借りに行く。そのついでに、町長室を覗くと町長は不在だが秘書の大谷さんがいた。
「明後日、100歳の慶祝訪問です。午前10時にどうぞよろしくお願いします。」
わかってるわ、町長に確認しておくからね、と大谷さんが言ってくれる。そのまま総務課に寄ると、全員の視線が集中した。ひとりだけ、天地君だけが苦笑いと気の毒そうな笑顔が同居した表情だった。そのまま天地君のところに歩いて行く。総務課の視線は、そのまま僕を追いかけてくる。
「天地君、昨日ちょっとだけ、例の子のところに寄ってきたんだ。元気そうだったよ。またあとで話するから・・・。」
そう言うと、ハッとした顔をする。そのまま福祉課に帰って、祝い状を作って、式典用の町長印を返し、額縁に入れて、持ち運び用の袋に入れると準備万端整った。あとは明日、記念品が業者から届くとOKである。もちろん先週発注済み。
お客様の対応やら、なにやらやっていると、もうお昼だった。月曜日は忙しい。またも、水穂さんが、お昼ご飯、天地君と一緒に食べましょ、と言ってくれたので、トイレに入るフリをして一樹へ。
「いつもすみません。それに昨日、剣士のところに行ってきてくれたんですか?」
やっぱりお兄ちゃんは気になるんだな。歳の離れた兄弟だから、なおさらだろう。こいつのせいで、僕はあまり食べられないから、どんどん食べてね、と赤い宝玉を見せる。お茶と、一口二口つまむのでもう充分だったりする。ちょっと悲しそうな顔をする水穂さんだった。天地君には、一樹の映像を見せて、剣士君は元気だし、向こうでなんとか自分の居場所も見つけたようだよ、と伝えた。
「ちょっとホッとしました。頭で、納得はしているとは言え、むごい話だとずっと思ってましたから・・・。」
「そうだよねぇ。まあ、彼なりに頑張ってるみたいだし・・・。それに時間ができたらまた見に行ってくるからね。」
ええ、是非お願いします。と、にっこり柔らかい笑顔である。うん、あの女性陣やきもきしてるんだろうなぁ。とちょっと思ったりしてみる。
「ご飯もちゃんと食べさせてもらってるようよ。でも夜中に、なぜか水晶掘ってたわ。」
水穂さんが、そう付け加えた。天地君は、斜め上を向いて考えている。
「あいつ、魎皇鬼見てるから、水晶に異常にこだわりがあって・・・。昔、魎皇鬼に良く乗せてたからかなぁ。」
ちっちゃな剣士君と、魎皇鬼ちゃんの手を両手で持って、天地君が散歩している様子が想像出来て、何となくほんわかする。剣士君と、魎皇鬼ちゃんがチョウチョ追っかけて天地君の手を振り払って走り出しちゃったり・・・。テレポーテーションした魎呼さんにつかまって泣き出したり・・・。水穂さんと顔を見合わせて、ふふふと微笑んだ。
「・・・どうしたんですか?」
「いやぁ、天地君がちっちゃな剣士君と、魎皇鬼ちゃん連れた姿を想像したら微笑ましくて・・・。」
「え~~、大変だったんですよ。魎皇鬼はトンボやチョウチョ追いかけ始めると、池に落ちるわ、畑から転げ落ちて、道も無視して走り出すし。剣士もそれ見てるから、あぶなっかしいのなんの・・・。」
「あはは、そりゃ大変だ。クルマにでも跳ねられたら大変だからねぇ・・・。」
「ええ、魎皇鬼は、宇宙船のコンピューターユニット兼ジェネレーターだから、鷲羽ちゃんいわく、その程度でどうにかなるモノじゃない、らしいんだけど、剣士は生身の人間だし・・・。魎皇鬼だって、クルマにぶつかってもクルマの方がへこんで、血一滴流さず、みゃんみゃん言って走って行くから、見た目ホラーだし、クルマの方が気の毒だし・・・。」
「は?魎皇鬼ちゃんって、宇宙船?」
「ええ、西南君の守蛇怪、福のお姉さんですけど。」
何をいまさら、みたいな顔で言われた。そう言えば、先々週、一樹の種を樹雷に運んで、一樹と一緒に帰ってきたんだっけ・・・。
「まだ先々週、なんだよね。一樹の種もらったの。しかもその二日後に柚樹さんと出会ったし。」
おっさん、年取るはずだわ、時間が経つのが思いっきり速く感じるよって頭を掻いた。
「あら、まだ45年しか生きていない人の言うことではありませんわ。」
うみゅみゅ、このひと最近言うことが厳しいのだ。しかし、水穂さんは何歳なんだろう・・・。
「たしか、遥照様が900歳越えてるんでしょ?水穂さんは・・・・・・。」
「女性に歳のことを言うと嫌われますわよ。」
げしっ、と脇腹に肘鉄食らう。田本さんだからあまり痛くないけど。
「沈黙は美とも言いますよ。」
さらっと天地君はそう言った。そして、例の人の悪い笑顔になる。んにゃろ~、こいつ、やっぱり女性の扱いは心得ている。なんか微妙に悔しい。あ、でも僕とは年期が違うなぁ。
「なんですか、その納得顔は・・・?」
「たくさんの女性に囲まれている人は、やっぱり年期が違うなぁと、たった今、納得した次第でございます。」
あ、かわいい。天地君、真っ赤な顔している。
「いや、結果的にあーなってるだけだし・・・。」
「ねえ、水穂さん、確かノイケさんって・・・。」
「ええ、天地君の正式な許嫁ですわ・・・。瀬戸様が関わってますけどね・・・。」
思いっきり含みがある言い方だし。
「許嫁・・・。すっごいポジションですね。それに、良く気がつくし綺麗な人ですよね~。僕は水穂さんが好きだけど。」
あたしは綺麗じゃないのね云々言われないための先制攻撃。水穂さんは、特にコメントしない。目を閉じて無表情を装っている。
「婚姻届出しちゃったそうですね。お二人とも、結婚は墓場かも知れませんよぉ~~。」
天地君が、ニヤリと笑って言う。ちょっとだけ、ギクッ、と思った。
「そういや、樹雷で瀬戸様に夫婦漫才はあとにしてって言われたような気もする・・・。」
「わたし、お母さんに泣きながら電話したし・・・。」
「勝手にどっか行かないでって、ほっぺた叩かれたし・・・。」
顔に縦線書きたい気分だったりする。
「あはは、幸せそうですね。」
天地君の左のこめかみから汗がつ~っと落ちていく。ぴちちち、とか小鳥の声が聞こえてきた。一樹の邸宅の窓から見えたが、遙か遠くを見たことのない大型動物が、ずどどどど、と群れで移動しているのが見える。それなりに、とんでもない広さの空間を固定しているんだっけ・・・。
「あ、そうだ、こっちと樹雷で結婚式の予定なんで、来てね。招待状送るから。」
気を取り直して。
「たしか、樹雷の方は、瀬戸様プロデュースでしたっけ?楽しみですね~。」
ビシッと音が出たのかと思うくらい、水穂さんのこめかみに青筋が立っている。さらに、色が変わるくらい下唇を噛んでいる。
「え~っと、やっぱりおもちゃにされるんでしょうか・・・?」
「しらないっ!」
水穂さんが、ふくれてそっぽを向いた。天地君が微妙におろおろしていたりする。