「そういえば、田本さん、今日は何のご用でこちらのお宅へ来られたんですか。」
霧恋さんが前髪を耳へたくし上げながら、不思議そうな表情で聞く。
「いえね、柾木勝仁さんが百歳のお誕生日を迎えられると言うことで、祝い金と祝い状が県と町から出るのでそのお話に来たんですよ。ちなみに、職業は地味を絵に描いたような地方公務員です。」
「それで、急転直下あのようなことに・・・。地方公務員ということは、お生まれはこのお近くなんですか?。」
「ええ、ここからクルマで15分ほどの金光町の外れです。学生の時に県外に出たきりで、あとはずっと金光町に住んでいます。」
我ながら完全無欠の岡山県民であるといえる。
「今も気持ちは、日曜日の午後八時からのリフォーム番組の決まり文句です。なんと言うことでしょう、みたいな(笑)。」
「そ、そうなんですね、それはお気の毒に・・・。」
あれ、結構受けるはずなんだけどな・・・。テレビの番組知らないのかな?。
西南君、眠そうにこっくりこっくり船をこいでいる。
「あらあら、西南ちゃん、もう帰る?。」
ふと時計を見ると、もう10時を回っていた。西南ちゃん帰るわよと、膝と言うより太ももを揺する。お、今晩OKのサインか?(爆)。眠そうな目の山田西南君の手を引いて立たせて、
「それではみなさん、今日はお世話になりました。西南ちゃんと一緒に帰ります。」
「西南君、来週また来るかい?。今度は鳥鍋を用意しておくから。」
「え、天地先輩、鳥鍋ですか?いきますいきます。是非呼んでください。」
なんだか好物だったらしい(笑)。ふらふらとした足取りで、途中あちこちに蹴躓きながら、そのたびに霧恋さんに手を引かれたり、腰回りをがっしりと持ってもらったりしながら帰って行った。なんだか異常に危なかったしい印象が残る。さて、自分もそろそろおいとましなければ。
「天地君、今日はいろいろありがとう。柾木勝仁さん今日はお世話になりました。そろそろ自宅に帰ります。・・・天地君、ここの番地って何番地だったっけ?運転代行呼ぶから・・・。」
「え~と、ちょっと待ってください。」
鷲羽ちゃんに目配せすると、鷲羽ちゃん、また例の空中キーボードをポチッとなと操作する。OKらしく天地君がうなずく。
「上竹町16○4番地の21です。」
いつも使っている運転代行業者へ電話をかけて番地を告げて来てもらうことにする。ちょうど混み合っている時間帯らしく20分ほどかかるという。先ほど用意してもらった服に着替え、洗って返すと言ったけれど、半ば強引にノイケさんに借りていた天地君の服を取り上げられてしまう。
「どうもすみません、それではよろしくお願いします。」
例の眼鏡をかけると、懐かしいお腹周りが帰ってくる。
「身体の変調を感じたりしたら、遠慮なく電話をかけてくるんだよ。天地殿と私の番号を入れておいたから。」
「今日は謝ってばかりなんですけど、本当に重ね重ね済みません。お世話になります。」
一升瓶を肩に担いだ魎呼さんやノイケさん、勝仁さん、鷲羽ちゃんにちょっと眠そうな砂沙美ちゃんにまで送ってもらって玄関の戸を閉めた。その瞬間、なぜかとても遠いところに放り出されたような気がしてちょっと不安になる。今までのあの雰囲気は嘘だったかのように静まり返る。天地君の言葉通り、僕のクルマは家の裏手に駐めてくれていた。
まだ時間があるので助手席を開けてシートに腰掛ける。天を仰ぐと、天の川を始め昔学校で習った星座が見えている。小さな頃、親の言うことを聞かず、怒られついでに外に閉め出されることが良くあったのだが、泣きわめかずに黙って夜空の星を眺めていたそうである。
あまりにも美しく、宝石をばらまいた様に見えて全く見飽きない星空。某宇宙戦艦が膨大な距離の星の海をわたって、地球と目的地の星を往復し、汚染された地球を救うあのテレビアニメを見てから星々の間の膨大な距離を計算しようとして、家にある計算機の桁数が足りない悔しい思いをしたり、人類最速のスピードを獲得した初の惑星探査船ボイジャーでも、一番近い恒星系のアルファ・ケンタウリまで一生をかけても行けない事実を知って絶望したり、そんな少年時代だった。
SFマニアなら一度は考える、光の速度を突破する方法を妄想したりした。先ほどの某アニメならワープ航法と言い、スペースオペラ系ならハイパードライブとか、宇宙船内にブラックホールを抱え縮退炉と言わせ、光速突破するものもあった。
こういうことを考え始めると、本当に時間を忘れてしまう。ぼ~~っと、青く光って見える星や赤く光って見える一等星を眺めていると、あそこへ行って間近で見てみたいと言う狂おしい想いが胸に満ちる。ああ、どうしてこんな時代に自分はいるのだろう・・・。
いつもの想いに思考がループしたときに、星々の明かりを打ち消す人工の明かりが二つ見え、運転代行業者が到着した。
「あの~すみません、田本様ですか。お待たせしました、とびうお運転代行です。」
「はいそうです。それじゃぁこれで。」
運転代行業者にキーを渡し、助手席に乗り込む。業者が運転席に乗り込み、キーを挿してエンジンをかける。その刹那一瞬まぶしい光が車内に満ちるが、すぐに車内灯がおぼろげにつくいつもの車内にもどる。
「今の何なんですかね?。」
さっきの人々の仕業のような気もするけれど、とにかく疲れているし、ほかに何にも起こらないしで、気にしないことにした。
「さあ?。」
やる気のない眠そうな声で答える。
夕方からの出来事はすべて嘘で、現実はこっち!と言い張るように、べべべべべ、と小さな三気筒エンジンは快調に安っぽいノイズと共にアイドリングしている。
「金光町○○地区の○○番地までお願いします。」
半分うとうとしながら、そこ右、そこ左と言っているうちに自宅到着。お金払って、鍵を開けてはいると、すでに両親とも就寝していた。自室に入って着替え、横になると意識は現実を手放した。
始まりの章・終わり