天地無用!~いつまでも少年の物語~。   作:かずき屋

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やっぱりおっさんは、いろいろ突然のことなんだけど、怖かったりするのです。

それでも遠く星さえ瞬かぬような場所に行きたい・・・。




遠くにある樹雷7

 「あなた、ちょっと散歩しませんか。」

 「今日はいつもより涼しいから良いですね・・・。」

岡山も今日は満月だった。たまに遠くを走るクルマのヘッドライトが見えるくらいである。ウルサいのは蛙の鳴き声くらいである。あ、そうだと思って、ちょっと山に近い場所まで水穂さんの手を引っ張って連れて行く。少し歩くと、小川があるのだ。水が綺麗で、川の流れがあまり激しくないところだと、蛍がひとつふたつと光っている。昔はそれこそ天の川のように蛍が飛び交っていた物だけど、いまはかろうじて、ひとつかふたつ光っているのを見ることができる。まだ、ほてって熱いアスファルトに手を置いて、道に座ってみた。僕の右側に水穂さんも座る。

 「昔は、蛍はもっと飛んでいたんですけどね。」

満月の明るさに、天の川は負けてしまっているけれど、それでも綺麗な夜空だった。冬の空の透明感とまでは行かないが、夏も美しく星は見える。田舎の良いところだと思う。

 「あなた・・・。こういう物がまったく見えないような遠いところへ行く可能性が出来ましたけど、良いんですか本当に。」

静かな声だった。暗いので顔ははっきり見えない。

 「ああ、それなら、僕はワクワクしています。もっと違う物に出会えるかも知れない。そう思うと皆さんと出会えたことはとても幸運に思えます。」

ちょっと間を置いて、付け加えてみる。

 「・・・気を悪くされたらごめんなさい。あなた方ほど聡明で賢い人々と出会ってしまって、時々だまされてるんじゃないか、と怖くなることがあります。」

ふわっと何かが身じろぎする気配がある。

 「・・・ええ、もちろんそんなことはないはずですが、例えそうであったとしても、このままだまし続けて欲しいと思います。本当にごめんなさい。年を取ると、何かが自分の前から去って行ってしまうことが極端に怖いのです・・・。ましてや人が去って行ってしまうなんて・・・。」

空の星がちょっと涙でゆがむ。おっさんは、若いときほど気持ちに任せて突っ走れないのだ。

 「そうですわね、ぶっちゃけた話、最初は、瀬戸様にまた変なモノ押しつけられたと思いましたわ・・・。お父さんもお母さんも、なんでわたしなのよ、お爺様、お婆様まで・・・。いくら樹雷の保養地扱いの星って言ったって、初期文明の星よ。そこで船穂の種もらって皇族って言ったって・・・。ほら、皇族承認の儀で天木家が取った態度、わたしにそれがなかったとは正直言えませんわ。・・・でも、あなたと一緒にいると私はわたしでいられた。そして、日を重ねるごとにわたしの中であなたは大きくなっていった。」

ぎゅっと腕を取られて、水穂さんの頭が肩に乗っかる。さらさらと長い髪が背中を流れていった。

 「私はあなたと一緒にいたい。だから、だますなんて言わないで。」

いつも水穂さんが使っている、微香性の香水とわずかな汗と、夏の田んぼの水の匂いが混ざり合って鼻をくすぐる。背後に、急に人の気配が現れる。暗い緑色の光が僕の淡い陰を田んぼに作る。感じる気配は4人だった。

 「僕達を樹雷に運んでもらって感謝こそすれ、だますなんて心外ですよ。司令官殿。」

籐吾さんが左側に座る。そして、その隣に神木あやめさん、茉莉さん、阿知花さんが座った。柚樹さんが、籐吾さんと僕の間からぐりぐりと頭を入れて、膝の上に乗る。銀毛が月の光に煌めく。そのまま膝で丸くなる。完全無欠の甘えるネコだった。

 「だって、あまりにも上手くいきすぎているような気がして、さ。ほら、目が覚めたら全部夢だったとか・・・。」

 「あら、わたしとのあの夜も夢だったと?」

 「ほほお、僕とのあの夜も夢ですか。」

左手の甲の宝玉もゆっくり明滅する。

 「僕との夜を夢なんて言うなんて!。ひどい。」

 「・・・・・・ごめんなさい。全部、ぜ~~んぶ、身に覚えがあります。」

左右で、うんうんと二人が頷く。きらっと一瞬宝玉も瞬く。

 「嬉しい、そうだね、嬉しいんだよね。あの天の川さえも、数秒で超えられる力があるんだよね・・・。ありがとう。」

我ながら支離滅裂だな。身体も立場もそんな気がするけれど。蛍が、もう一匹増えて、3匹がゆっくりと明滅して飛んでいた。もう1匹蛍が増えた、稲穂の裏に回って・・・、と見ていたら、目の前の田んぼの真ん中に光が止まって、見る間に大きくなっていく。ざ、と全員が身構え、立ち上がろうとした。

 「びっくりせんでもええぞ。話をしたいだけじゃ。攻撃はしない。我はアルゼルの最高評議委員長、アマナックじゃ。」

その光は人型になり、足下にある光の輪で浮いたような状態になった。立派な白いヒゲを蓄え、白髪の痩せたおじいさんが現れた。着ているものは、簡単な貫頭衣のように見える。腰に複雑な文様の帯を巻いている。腰が曲がったような様子もなく、痩せてはいるが、その醸し出す雰囲気は体格ではない、巨大なものを感じさせた。気圧される、という言葉が脳内を巡った。

 「そっちの嬢ちゃんは、瀬戸殿と何度も交渉に来た水穂さんじゃの。」

僕の隣に視線を向ける、アマナック最高評議委員長と名乗るおじいさん。視線を向けられた水穂さんは、それと分かるほど驚いて、両手を口に当てていた。

 「・・・・・・まさか、そんな。アマナック委員長、なぜこんな辺境の惑星に?」

さすがの水穂さんも驚き、とっさに言葉が出ないようだった。僕は、アマナック委員長の足下の光に照らされた、水穂さんの顔と、アマナック最高評議委員長と名乗る光の人型を交互に見た。このおじいさんが、頑固だと言われていた惑星の最高権力者なんだろうか。

 「いや、の、評議委員会全会一致で、そこのカズキ殿に我らの持つ技術を譲ることに決めたのじゃが、実際本人に会ってみたくなっての。我らが持つ超長距離ジャンプ技術なら簡単なことだしのぉ。」

 「ええと、確か鷲羽ちゃんの防衛ラインが幾重にも・・・。」

この間の海賊は戦闘用アンドロイドをようやく一体と、本人ひとりだけ送り込めたと言っていたけど。

 「白眉鷲羽殿だろ、連絡済みじゃよ。古い付き合いだしな。」

アマナック委員長はあごひげを撫でながらそう言った。ちなみに、鷲羽ちゃんって、一体いくつなんだろう。たまに、もの凄く高齢の人のような雰囲気があるけれど・・・。気を取り直して、挨拶せねば。

 「遠いところをわざわざありがとうございます。僕が田本一樹です。このたびは、余計なことをしちゃったようで・・・。」

そこまで言うと、評議委員長は手を振って、にっこり笑う。

 「先ほどから失礼とは思ったのじゃが、水穂殿と話していた内容はすべて聞かせてもらったよ。我らの決定は間違っておらなんだと確信したところじゃ。」

 「あの、誤解を恐れずに言わせて頂ければ、この宝玉が暴走して・・・。銀河系のオリオン腕を消してしまうわけには行かず・・・。」

 「それで、あっちこっちの赤色巨星とか褐色矮星とかに余剰エネルギーを捨てておったのじゃろ?」

ニッと笑って言うアマナック委員長。お見通しということなんだな。となれば余計に変な脚色とかは要らないだろう。

 「はい、まあ、そのとおりです。死を覚悟したモノをまた時間の牢獄に繋ぎ止めることになるだろうことに少しばかり良心の呵責を感じながら・・・。それに、生かしてあげるという傲慢な心持ちがあったことも否定はしません。」

 「正直なやつじゃ。おまえさんは、そこまでの力があって、たとえば、遊びで恒星系を消し飛ばしてみようとか思わなんだのかのぉ?」

表情からは、意思が汲み取れない。つかみ所の無い人ではある。ならば、そのままを言う方が良いだろう。水穂さんを見ると、静かな微笑みを浮かべながら黙って僕を見ていた。籐吾さんも同じ。どうせ、樹雷のあのおばさん、いやお姉様もどこかで聞いているんだろうし。

 「そうですねぇ、銀河連盟どころか、樹雷にさえもケンカふっかけて、見事に勝てるらしいですね。でも、そんなことより、僕はあの天の川の向こうへ飛びたいんです。銀河が幾重にも重なって、まるでDNAの二重螺旋のように見えるという、超銀河団を見てみたいんです・・・。それに・・・。」

 「それに・・・。何かの。」

欲望や煩悩などからはほど遠い、静かな、泉が湧くように思える声だった。

 「僕は、物が壊れたり、人が死んだりするのよりも、何かが生まれたり、何かを作ったりする方が好きなんです・・・。それと、恒星だけではなくて、惑星にも余剰エネルギーを捨てたのは、小さな頃に見た、某アニメーションで赤茶けて滅びかけてた、この地球の画がトラウマになっていて・・・。あなた方の星を見たときにそれが思い出されてしまって・・・。自然が、水が、緑が復活するのが見たかったんです。そのオーバーテクノロジーのことは僕は知りませんでしたから、ともかく一度は、どうなったのか見に行くつもりでした。」

頭を掻きかきだけれど、まっすぐ、アマナック委員長の目を見てそう言った。言った内容は、それ以上でもなければ、それ以下でもない。まったくそのまんまである。アマナック委員長は、目を閉じて、顔を少し上に向けて、さらに何かを考えているようだった。ゆっくり頷くと口を開いた。

 「・・・・・・われらは、すでに地球時間で言うと、数億年以上の歴史を持っている民族である。たとえば、この惑星系の第四惑星への干渉の記録も残っておるな。そう、我らは、永い年月、我らの技術文明を伝えられる者が現れるのを持っていたのじゃ。ようやくその時が来たと認識した・・・。その第一歩として、これをお主に託そうと思う。」

右手の平を上に向け、青白く光る炎のようなものを手のひらに出現させた。そのまま僕の方に、右手をまっすぐ差し出す。その場が、ほんのり青白く明るくなった。受け取れってことだよね、と周りを見回す。水穂さんも、籐吾さん達もうんうんと頷いている。両手を伸ばそうとして途中で一度止めた。

 「・・・あのぉ、すみません、それ、この宝玉みたいに暴走したりしませんよね?」

左のもみあげくらいから、冷や汗がつ~っと頬を伝って落ちていく。超空間航行中とかに、トイレ行くみたいにジタバタするのはごめんなのだ。カクッと水穂さんや籐吾さんが、ズッコケてくれる。

 「大丈夫じゃ、これは超長距離リープシステムの起動キーじゃよ。まあ、お主の身体そのものが生体キーになるのじゃが、の。」


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