原作を放って置くとバッドエンドになるんですが、どうしたら良いですか?   作:月の光

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えっと、投稿が遅くて本当に申し訳ございません。

最近のソシャゲは面白いですよね。
それをやってると時間がなくて……
ソシャゲの闇ですよね。特にガチャ。
これは本当に怖い……

皆さんは節度あるソシャゲ生活を送ってください。
私ですか? もう手遅れです。末期です
それでは……またいつか




54_零冶『いつものアレだ』ミスト『何だアレですか……』

 海鳴公園……とても広く海沿いに均等に並木が植えられ、美しい海に面した公園、海から吹く風が心地よくカップルだけでなく、家族連れにも人気のスポットである。休日は人通りも多く、カップルがよく待ち合わせをしたりする。

 

 そんな公園の片隅にあるベンチに今、一人の少女が膝を抱えて座っている。

 

「……」

 

 その少女の名は八神ヴィータ。夜天の書の守護騎士である。彼女は途方に暮れていた。その理由とは……

 

――はぁ、買い物一つこなせねぇで何が守護騎士だ……

 

 守護騎士はこれぽっちも関係ないが、彼女は自身の主である八神はやてからミッション(おつかい)を頼まれていた。

 

~八神家、朝のワンシーン~

 

「ええか、ヴィータ? 今日はルナテイクの発売日や。絶対に買ってくるんやで?」

 

「分かってるよ。はやて」

 

「忘れたらあかんよ? ええか? 絶対に忘れたらあかんよ? フリやないからな?」

 

「不利? なあ、シグナム。何が不利なんだ?」

 

「さあ、分からん。だが、それを手に入れておくことで戦いが有利になるのではないか?」

 

「そんな訳ないでしょう。ルナテイクは子供向けのファッション雑誌よ」

 

「まあ、ある意味ではそうかもしらんけどな(ヴィータと葵ちゃんの恋愛対決的には)」ボソ

 

「どうしたの? はやてちゃん」

 

「なんでもないでシャマル。とにかくや、頼んだで。ヴィータ」

 

「おお、任せとけ!」

 

~八神家、朝のワンシーン END~

 

 

――あんなに息巻いておいて、結果はこのざまだ……

 

 ヴィータは甘く見ていた。たかだか本一冊を買うくらいなんでもないと。午前中は趣味のゲートボールを楽しみ、昼食にはやてに作ってもらった弁当を食べてからでも大丈夫だと高を括っていた。

 

 だからこそ予定通り趣味仲間の爺ちゃん達にちやほやされながら、ゲートボールを楽しみ。はやての弁当に舌鼓を打ったあと、近くの本屋に向かった。

 

 しかし、そこはルナテイクが完売していた。だが、それでも焦りはなかった。次の本屋で買えばいい……そう思ったから。気を取り直して次の本屋を目指した。しかし、次の本屋もその次の本屋でも既に完売していた。四件目の本屋を過ぎたあたりから焦り始めた。

 

 その後、思いつく限りの本屋を片っ端から回ったが、全て売り切れだった。確かにルナテイクは人気のファッション雑誌だ。しかし、発売日当日……それも午前中に売り切れるほどではなかった。では何故、どこでも売り切れていたのか? それはそのに移っている二人のモデルのせいだった。

 

 その二人の容姿に魅了された大人がいつもなら一冊だけを買うところ、二冊・三冊と購入。いつもは立ち読みで済ましていた者も迷わず、購入した。その結果、尋常ではないスピードで売り切れた。

 

 その日ルナテイクは休みであったため、問い合わせはなかったが。翌日は電話が鳴り響き、問い合わせが殺到したとかどうとか。

 

 とにかくヴィータは本屋を求めて駆けずり回った。途中でいちごのカキ氷を食べていた子供とぶつかり、頭からかぶっても気にせず走り回った。そして、ヴィータが知りうる最後の希望が海鳴公園の近くの本屋だったが、結果は惨敗。ヴィータのミッションは失敗に終わった。

 

――こんなんじゃ、はやてに会わせる顔がねぇよ……私はどうしたらいいだ……こんなことなら

  午前中に買いに行ってれば……

 

 たらればを言い出したら切りがない。そんなことヴィータも分かっているが、そこまで頭が回らない。それほどまでにヴィータは弱っていた。しかし、そこにある人物が声をかけた。

 

「あれ? ヴィータさん? どうしたのこんなところで蹲って」

 

「え?」

 

 ヴィータが顔を上げるとそこには

 

「零…冶」

 

「こんにちは」

 

 前髪で目を隠し、ビン底眼鏡を掛けた零冶がいた。もっともこの零冶は影分身体だが……零冶は学校帰りのため、聖祥の制服を着て、背中に鞄を背負っていた。ヴィータはベンチから降り、零冶に駆け寄った。

 

「うわああん! れええじいい!」

 

「うわ!」

 

 ヴィータは零冶に抱き着いた。零冶は倒れないようにヴィータを抱き止める。

 

「助けてくれ! 零冶! もうどうしたらいいか分かんねんだよ!」

 

「う、うん。分かったから。まずは落ち着いて、ヴィータさん」

 

 零冶は子供をあやすようにヴィータの背中をさすった。しばらくそうしている内に落ち着いたヴィータをベンチに座らせる。ヴィータは自分の取った行動を思い返して恥ずかしかったのかの頬がほんのり赤かった。

 

「それでどうしたの?」

 

「ああ、実は」

 

 ヴィータは事情を説明した。

 

「なるほどね。どこに行ってもルナテイクが売り切れたんだ」

 

「そうなんだよ。はやてには絶対に買ってくるように言われてっから。どうしたらいいか

 分かんなくて」

 

『まさか、俺と葵のせいじゃないよな?』

 

『ははは、そんな訳あるに決まってるじゃないですか~』

 

『そんな言い回し初めて聞いたわ!』

 

 零冶と念話をしているミストも実は影分身体である。影分身は使用者が身に着けている物も一緒に生成される。そうでないと服なども再現されないため、素っ裸になってしまうからだ。また、このミスト(影)が消えた際は見聞きした内容もミスト本体に返ってくる。

 

「う~ん、そうだなぁ」

 

 ヴィータの事情を聞いた零冶は腕を組み考える。ヴィータはそんな零冶を捨てられた子猫のような目で見つめる。

 

「多分だけど、家に二冊あると思うから母さんに聞いてみるよ」

 

「ほ、本当か! つーかなんで二冊もあんだよ」

 

「ちょっと……ね」

 

 零冶は苦笑いしながら、答えた。

 

「電話してくるから、待っててくれる?」

 

「おう! 分かった!」

 

 零冶はヴィータにそう言うと、公衆電話を探し、その場を離れた。ヴィータは晴れていく零冶が見えなくなるまで、ずっと見つめていた。零冶を見送ったヴィータはベンチに座り、しばらく待っていると

 

「あら? ヴィータ。何しているの? こんなところで……」

 

「あ? なんだ、葵かよ」

 

 買い物袋を持った葵が現れた。

 

「なんだとは不愛想ね」

 

「悪りぃけど、今お前に構ってるほど暇じゃねぇんだ」

 

「ふぅん……まあ、私も暇じゃないからいいけ「お待たせ、ヴィータさん」え?」

 

 葵は【いいけどね】と言いかけたところで急に零冶が現れたことで思考がフリーズする。

 

「あっ、桜羽さん、こんにちは」

 

「え? あっ! うん、こんにちは」

 

 葵はフリーズしながらも、何とか零冶の挨拶を返すことができたが、未だに考えがまとまっていない。

 

「挨拶はいいから! どうだったんだよ、零冶」

 

「うん、大丈夫だって」

 

「まじか! じゃあ、早速行こうぜ!」

 

 そう言って零冶を手を取り、動き出そうとするヴィータ。葵の視点から見たら、今のやり通りはどのように見えるだろうか? 自分の想い人と自分と同じ人に好意を持った恋のライバルが海鳴公園というカップル御用達の待ち合わせ場所で会合している。

 

 2人のそれはカップルの待ち合わせのように見えただろう。

 

――え? どういうこと? ええ? なんで零冶君がヴィータと待ち合わせしているの?

  何でその隣は私じゃないの? 待って! 行かないで! 私を置いて行かないで!

 

「待っ「待って、ヴィータさん」ふえ?」

 

 葵が零冶達を呼び止めようとしたところで零冶が被せるようにヴィータを止めた。

 

『どうしたんですか? マスター』

 

 流石の零冶の行動に疑問に思ったミストが零冶に聞いた。

 

『葵の誤解を解いておく』

 

『おや? おやおや? おやおや、おやおや! もしかして葵ちゃんに誤解されたくなくなり

 ましたか? 遂にマスターも葵ちゃんを意識するようになりました? 

 ええ、ええ! それは喜ばしいことです。これでマスターにも春が来る!』

 

『そんないいもんじゃない。いつものアレだ』

 

『何だアレですか……』

 

 いつものアレとは虫の知らせ(シックスセンス)のことだ。あのまま、葵に誤解されたままでいるとこの先の未来で零冶にとって都合の悪いことが起きる。その予感を知らせてくれたのだ。

 

「どうしたんだよ? 零冶」

 

「いや、折角桜羽さんにあったから少し話をしたくて」

 

「ええ!?」

 

――零冶君が私と話したいって! う、うれしいよおお! えへへ~。

 

「そんなもんいいからよ!」

 

――そんなもんとは何よ! 零冶君との時間は貴重で大切な時間なのよ!

 

「大丈夫だよ。別にルナテイクは逃げたりしないから」

 

「ルナテイク? 逃げる? どうしたの?」

 

「うん、実はね。ヴィータさんが八神さんからルナテイクを買ってくるように言われたらしんだ

 けど。どこの本屋も売り切れたんだって」

 

「あ、そうなんだ……」

 

――そういえば、はやてがヴィータに買い物を頼んだって言ってたわね。ということは、

  私も学校帰りじゃ買えなかったってことよね? 予約しておいてよかった~。

 

「そんで途方に暮れてここに居たところに偶然零冶が通り掛かったんだよ」

 

「そう! そうなのね! 偶然! たまたま! 偶発的にここで出会ったのね!」

 

 葵は満面の笑みでヴィータに掴みかかり、確認をする。

 

「お、おう。そうだけど……どうしたんだよ?」

 

――よかった! なら二人は別に付き合ってる訳ではないのね! これで安心してお家に帰れる。

  蒼乃と一緒に零冶君を愛でることができるわ! ふふふ♡

 

「それで事情を聞いて、さっきそこの公衆電話で家に電話かけて、母さんに確認をしたんだ」

 

「え? 何を?」

 

「2つあるルナテイクをヴィータさんに譲れないかって」

 

「あれ? じゃあ、さっきの大丈夫って?」

 

 先ほどまで満面の笑みだった葵は雲行きが怪しくなるにつれて、その笑顔に陰りが現れた。

 

「うん、さっきOKをもらったよ」

 

「だから、これから零冶の家に行くんだよ」

 

――やっぱりいいいいい!! ダメよ! 私だって行ったことないのに! ヴィータに

  先来れちゃう!

 

「じゃ、じゃあ私も、ッ!?」

 

 私も行くと言いかけたところで葵は言いよどむ。

 

――ダ、ダメよ私! ルナテイクを買った後は直ぐに家に帰って一緒に見ようねって蒼乃と

  約束したじゃない! 蒼乃との約束を守らない訳には……で、でもここでヴィータの

  抜け駆けを見過ごすことなんて……うう! 私はどうすれば

 

 葵が蒼乃との約束と零冶の家に行くことの二択に頭を悩ませているとどこからともなく声が聞こえてきた。

 

?「ダメですよ、蒼乃との約束を破るつもりですか?」

 

 白のワンピースを着た天使の恰好をした自分が話しかけてきた。

 

葵「そうよね。ここで約束を守らないと蒼乃に示しが付かないもの。ここは断腸の思いで」

 

 葵が零冶の家に行くことを諦めようとした途端、別の方向から声が聞こえた。

 

?「あら? 別に良いじゃない? 優しい蒼乃ならきっと許してくれるわ。

  それよりもここでヴィータに先を越されてしまうことのほうが問題よ。

  いいの? 零冶君をヴィータに取られても?」

 

 悪魔の恰好をした悪魔な自分が誘惑する。

 

葵「そ、それは嫌だけど。蒼乃との約束破る訳には……」

 

天「そうです。先にした約束を破るような姉になってはいけません」

 

悪「でもこれをきっかけに零冶君とヴィータが付き合うことになってしまうかもしれないわよ?」

 

葵・天「「それはダメ!」」

 

悪「そうでしょう? だったら蒼乃にはちゃんと謝って、ちょっと学校の用事で遅れたって

  言えばいいのよ」

 

天「約束を破るばかりか! 蒼乃に嘘をつくつもりですか!」

 

悪「嘘も方便よ。蒼乃には後でちゃんとお詫びをすればいいの。懺悔なんて後でいくらでも

  できるわ」

 

天「そんなことをすれば私は蒼乃に嘘をついたこと一生抱えていくことになるんですよ!」

 

悪「反省はするわ。でも後悔はしたく無い! 零冶君を取られるくらいなら私は

  一生嘘つきでもいい!」

 

 口論が激しくなる天使と悪魔を見て、うろたえることしかできない葵に幼い少女の姿をした自分が話しかける。

 

幼「あの~、だったらルナテイクを一冊ヴィータちゃんに渡せばいいんじゃないでしょうか?」

 

葵・天・悪「「「え?」」」

 

幼「そうすれば、蒼乃との約束を守れますし、ヴィータちゃんも零冶君の家に行かせなくて

  済むんじゃないですか?」

 

葵「確かにそうだけど……」

 

天「これは全部必要なものですし……」

 

悪「そうよねぇ……そもそもなんで私がヴィータのために我慢しなくちゃいけなのよ」

 

幼「逆に言えば私が我慢すればいいだけですよ? 蒼乃との約束も零冶君も守れます。

  最悪ママにお願いすれば再度入手可能ですし。まあそれは最終手段ではありますが」

 

悪「むぅ……」

 

天「私が我慢すれば良いだけならむしろ楽です」

 

葵「……決まりね。悔しいけど、ここは観賞用をヴィータに渡しましょう」

 

悪「ちょっと! そこは保存用でしょ。いついかなる時も零冶君を愛でるために!」

 

天「意義あり! 観賞用に何かあった時のための保存用です! ここは使う用一択でしょう!」

 

悪「あんたバカァ? 使う用は零冶君の顔写真を切り貼りしてコラ画像作ったり、写真を

  引き延ばして抱き枕作ったりする計画だったじゃない! 一番重要でしょうが!」

 

天「それなら観賞用の写真をコピーすればいいじゃないですか!」

 

悪「それじゃ画質が落ちるでしょ! 妥協は許さないわ!」

 

幼「はいはい、二人とも論点がずれてますよ。それは後で吟味しましょうね」

 

 こうして葵の中で結論を出し、葵は鞄からルナテイクをビニール袋に入ったまま取り出した。それを一目見て唇を血が出るんじゃないかと思うほど強く噛みしめ、意を決してヴィータに話しかける。

 

「はぁ……ヴィータ。ルナテイクなら私のを」

 

 葵が【譲るわよ】と言いかけたところで一羽のカラスが葵の前を低空飛行で横切った。

 

「「え?」」

 

 すると……なんということでしょう。カラスの悪さによって手に持っていたはずのルナテイクが姿形もないではありませんか。呆然とする葵とその光景を見ていたヴィータ。

 

「えっと、いいの? 桜羽さん。さっきのカラスが何か持って行っちゃったみたいだけど……」

 

 零冶に言われた葵はカラスの去っていったほうを見ると血の気が引いたように青い顔をした。

 

「ま、待ちなさい!」

 

 葵は一目散にカラスを追いかけた。それに釣られるようにヴィータと零冶もカラスを追いかける。

 

――もう散々だわ! 何なのよこれはあり得ないでしょ! 百歩譲ってヴィータに取られるなら

  良いけど。いや良くないけれど! 断腸の思いで渡すことを決めたルナテイクをアンタに

  渡す訳には行かないのよ!

 

 葵は制服のポケットから彼女のデバイスであるサファイアを取り出した。

 

「お、おい、葵! それはまずいだろ。零冶もいるんだぞ」

 

「はっ!?」

 

 ヴィータは葵の行動を見て慌てて止めた。葵は後ろにいる零冶をちらりと見て、慌ててサファイアをしまう。

 

――そうだったわ。これじゃ魔法は使えない。零冶君がいなければ……って何を考えてるの私!

  くっ! 一瞬でも零冶君がいなければと考えてしまった自分が腹立たしい!

  それもこれもあいつ(カラス)のせいよ!

 

 葵は視線で人を殺せるなら百人は殺せるのではないかを思うほどの眼力でカラスをにらみつける。しかし、幸い本一冊という重量の入った袋を咥えたカラスはその重さから高度を上げることはできず、二階建ての家の屋根の高さでふらふらと飛んでいる。

 

 しばらくカラスを追いかけていると不意に零冶が話しかける。

 

「あれは桜羽さんにとって大切なものなのかな?」

 

「え? う、うん」

 

 後ろを走っていた零冶に急に話しかけられた葵は短く零冶に返事を返すと、零冶は走る速度を上げ、葵の横に並ぶ。

 

「そっか、なら取り返さないとだね」

 

 零冶は背中に背負った鞄から四角い箱を取り出した。その大きさは子供の手のひらサイズで一般のものをより一回り小さかった。

 

「トランプ?」

 

 葵とその後ろを追いかけるように走っているヴィータもなぜ今トランプを取り出したの疑問に思った。しかし、零冶は二人の疑問を差し置いておもむろに箱から四枚のカードを取り出した。そして、左手の人差し指と中指、中指と薬指に一枚を挟み、右手も同じようにトランプを指に挟んだ。

 

 零冶はふぅと一息つくと鋭い眼光でカラスを見た。正確にはカラスの加えているビニール袋を射貫くように凝視した。その気迫に葵もヴィータも一瞬息を呑む。そして零冶は両手の四枚のトランプを同時に投げた。

 

 するとトランプは左右から弧を描くようにカラスへ向かって飛んでいきカラスの加えているビニール袋の持ち手の輪の左右部分に命中した。するとビニール袋の持ち手はまるで鋭利なナイフで切ったように切り裂かれた。

 

「すっげぇ!」

 

 本来トランプ投げでビニール袋を切り裂くことはまず不可能だ。だが零冶は四枚のトランプを使い左右から挟みこむように命中させることでハサミの要領でビニール袋を切った。その一ミリのずれも許さない絶妙なコントロールと風やカラスの動きを読み、見事に命中させるのはもはや神業である。

 

 急に重さの変わったカラスはバランスを一度崩したがすぐに立て直し、そのまま飛び去った。そしてルナテイクの入った袋は下へと落下を始めた。

 

――ああ! あのまま地面に激突したら零冶君のお顔がくしゃくしゃに! いくらヴィータに譲る

  奴だとしてもそれは認められないわ!

 

 すると葵の横にいた零冶は身を少し沈ませると急に加速した。

 

「「なっ!」」

 

 その速度に葵達も驚愕した。零冶はみるみる内に落下するルナテイクに追いつくと回り込むように振り返り、優しくキャッチした。

 

「ふぅ……これで問題無しだね」

 

 零冶はにこやかに微笑み葵にルナテイクの入った袋を渡した。呆然としていた葵だったがその零冶の微笑みを見て顔を赤面させた。

 

「あ、ありがとう。零冶君」

 

――このルナテイクは永久保存版ね。何せ零冶君が奪い返してくれた本だもの。

  これはヴィータに譲れないわ。他のにしましょう。

 

 葵はルナテイクを鞄にしまう。

 

「すげぇな、零冶! 何だ今の! トランプのやつ! あと急に速くなったやつ! なぁ!」

 

 ヴィータは興奮気味に零冶に駆け寄った。

 

「お、落ち着いてヴィータさん。ちゃんと説明するから」

 

 零冶がヴィータを両手で制すとビニール袋を切り裂き、地面に落ちていた四枚のトランプを回収した。

 

「今のはトランプ投げって言って、手品師(マジシャン)のテクニックの一つだよ。

 まぁ色々な投げ方があるんだけど、僕のは少しアレンジしてるよ」

 

 そう言ってトランプを指で挟み、実演をして見せた。すると放たれたトランプは少し離れた場所にあった木の柵に突き刺さった。

 

「こんな感じで、結構威力があるから周囲に気を付けないといけないんだけど」

 

「すごいね……どうしてこんなこと出来るようになったの?」

 

「将来どんな職業についても困らないようにいろんな技術を学んでるんだ。

 さっきの移動も縮地といって武道の技術なんだ。昔武道を習っていたことがあって」

 

「へぇ~、スゲーな。その年でもう将来のこととか考えてんのか?」

 

「時間は有限だからね。それに少し齧った程度の技術だから大したことはないよ」

 

 零冶はトランプを回収するとヴィータが声を掛ける。

 

「まあ、何かひと悶着あったけど解決してよかったな。そんじゃ零冶。おまえの家に行こうぜ」

 

「あっそれなんだけど「あ! お姉ちゃんと零冶お兄ちゃんだ!」えっ?」

 

 葵は慌ててヴィータを呼びとめようとしたところで最愛の妹の声が聞こえ、そちらに振り向いた。すると蒼乃が零冶君に抱き着いた。

 

「こら蒼乃。急に走り出したら危ないぞ」

 

「えへへ~、ごめんなさい」

 

 蒼乃は零冶に抱き着いたまま、笑顔で言った。すると少し遅れて葵の母親である美咲が零冶に声をかける

 

「もう、蒼乃ったら。ごめんなさいね。零冶君」

 

「いえ、蒼乃は軽いですから大丈夫ですよ」

 

「ふふ、ありがとう。それにしても葵、なんでこんな場所にいるの?」

 

 葵が学校から帰る場合、本来通らないはずの道にいるのだから美咲の疑問はもっともである。

 

「あはは、実は色々あって」

 

 葵は事情を美咲に話した。

 

「それは災難だったわね。零冶君とヴィータちゃんも葵のためにありがとうね」

 

「いえ、困っている人を助けるのは当然ですから」

 

「ああ、つってもあたしは何もしてねぇけど。それより零冶、早く行こうぜ。日が暮れっちまう」

 

「まだ遅い時間じゃないからそんなに急がなくても大丈夫だと思うけど……」

 

「ヴィータちゃんと零冶お兄ちゃんどこに行くの?」

 

「ちょっと事情があってな、これから零冶の家に行くんだよ」

 

「ええ~! 蒼乃も行きたい! 零冶お兄ちゃんのお家!」

 

「こら、蒼乃。わがまま言っちゃダメでしょ」

 

 美咲は蒼乃をたしなめるようにいった。

 

「行きたい行きたい行きたい行きたい~!」

 

「零冶君に迷惑でしょ、ダメったらダメよ。」

 

「やだ! 行きたい! 絶対行くんだもん!」

 

「はぁ~、こうなったらきかないのよね」

 

 美咲は困った顔をして、零冶を見る。

 

「美咲さん、僕は別に構いませんよ」

 

「そう? ごめんなさいね零冶君。葵、蒼乃と一緒に行ってあげて。私これから夕飯の買い出し

 があるから」

 

「分かった! こっちは任せて!」

 

「え、ええ。お願いね」

 

 やる気満々の葵に若干引きつつ、美咲はその場を離れ、買い物へと向かった。

 

――最高の展開だわ! まさかこんなことになるなんて驚きよ! あのカラスはもしかして

  恋のキューピットだったのかしら!

 

「それじゃあ、行こうか」

 

「うん!」

 

 そういって零冶が先導すると蒼乃は当たり前のように零冶の横に移動し、手を繋ぐ。

 

「お姉ちゃんも!」

 

「ええ、今行くわ!」

 

 葵は小走りで蒼乃の横につき、手を繋いて歩きだす。

 

「仲いいのなお前ら……」

 

 ヴィータは零冶達を見て独り言ちる。そんなこんなで零冶の家へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 零冶に案内された葵達は玄関前で零冶の家を見上げていた。

 

「ここが僕の家だよ」

 

「ここが零冶君のお家……」

 

「なんつぅか普通だな」

 

「何かおかしいかな?」

 

「いや別に変じゃねぇけどよ。ついこの間すげぇでっけー家に行ったことがあったから、

 反応に困っただけだ。やっぱこれが普通なんだよな」

 

 ヴィータが言っているのはバニングス家や月村家のことだ。少ない友人の家の半数ほどが大きな屋敷だったことで彼女の中の判断基準が曖昧になっているのだ。

 

「それはそうでしょう。ああいうのはレアケースよ」

 

「だよな……」

 

「零冶お兄ちゃ~ん……蒼乃疲れちゃった~」

 

「そうだね。早く中に入ろう」

 

 零冶が玄関の扉を開けた。

 

「ただいま」

 

「おかえり、零冶」

 

 すると零冶の母、愛里が出迎えた。

 

「さ、入って」

 

 零冶が促すと葵達も玄関をくぐった

 

「「「お邪魔しま~す」」」

 

「は~い、いらっしゃい、あら? 葵ちゃんと蒼乃ちゃんも一緒なの?」

 

「うん、電話の後でたまたま会ったんだ」

 

「そうなの? じゃあこの子がヴィータちゃん?」

 

「あ、はい。八神ヴィータです」

 

 ヴィータは軽くお辞儀をして挨拶をすると愛里はヴィータに近付き、頭を撫でる。

 

「あ、あの?」

 

「零冶に聞いた通りね……ヴィータちゃん!」

 

「は、はい!」

 

 愛里の鬼気迫る雰囲気にのまれて大きな返事を返す。

 

「お風呂に入っていきなさい」

 

「はい?」

 

 ヴィータは何を言われたのか分からないといった顔をする。

 

「髪、ベタベタじゃない。折角綺麗な髪なんだから大切になさい。お風呂は沸かしてあるから」

 

 それもそのはず、ヴィータはルナテイクを探して街を走り回っていた時にカキ氷を食べていた子供にぶつかり、頭からかぶっていたのだ。

 

「こんくらい大丈夫――」

 

「ダメよ。これ、結構時間立ってるでしょ」

 

「いやでも」

 

「デモもへったくれもクーデターもないわ」

 

「それはデモ違いだよ。母さん」

 

「零冶、ツッコミを入れている暇があるなら着替えを持ってきて」

 

「了解」

 

 愛里に言われた零冶は玄関を上がり、靴をそろえる。

 

「ヴィータさん」

 

「な、なんだよ……」

 

「そうなった母さんはしつこいから諦めたほうがいいよ」

 

 そう言い残した零冶は着替えを取りに二階へ上がっていった。

 

「マジかよ……」

 

「さぁ、ヴィータちゃん! お風呂に行くわよ!」

 

 愛里はヴィータを脇に抱え、靴を無理やり脱がした。

 

「え!? ちょっ! 葵! 助けてくれ!」

 

 ヴィータは葵に助けを求めるが――

 

「「……」」

 

 葵の蒼乃は目の前で起きている出来事について行けず、唖然としていた。

 

「あ、葵ちゃんと蒼乃ちゃん。ちょっと待っててね」

 

「「あ、はい〈うん〉」」

 

 そのままヴィータは風呂場へと連行された。

 

「ちょっ! 自分で! 自分で脱ぐから!」

 

「まあまあ、よいではないか。よいではないか」

 

「それぜってー使い方間違ってるから!」

 

「あ~れ~、お助けぇ~」

 

「それ多分あたしのセリフだからー!」

 

 そんな漫才みたいなやり取りを終え、愛里は玄関へと戻り――

 

「さ、二人とも上がって頂戴」

 

 何事もなかったように葵達を迎え入れるのだった。

 

 愛里はリビングへと案内すると

 

「急にお邪魔してすみません」

 

「いいのよ。適当に腰掛けてね。今飲み物を用意するわ」

 

「あ、蒼乃もお手伝いする~」

 

「ふふ、じゃあお願いちゃおうかしら」

 

「でしたら私も」

 

「蒼乃ちゃん一人で大丈夫よ。葵ちゃんはゆっくりしててね」

 

「……すみません。ではお言葉に甘えて」

 

 葵は申し訳なさそうに言われた愛里は笑顔を作り、蒼乃と一緒に台所へと向かった。葵は一人残り、リビングを見回す。

 

――ここが零冶君のお家なのね。きちんと片付いていて掃除も行き届いている。

  とってもオシャレな空間……ここで零冶君は毎日すごしているのね。

 

 リビングの中を歩き、想い人のことを思い浮かべる。そしておもむろに深呼吸を始める。

 

――ああ、ほんの少し零冶君の匂いがする。つまり今私は零冶君に包まれているといっても

  過言ではないわ。※過言です

  そういえば、ヴィータがお風呂に入っているのよね。零冶君も入ったことのあるお風呂に……

  妬ましい。妬ましいわ。気遣いができる零冶君は素敵だけど、それは私にだけ向けて欲しい。

 

 そんな妄想をしていると蒼乃が飲み物をお盆に一つのコップを乗せてリビングにやってきた。

 

「こぼさないように……こぼさないように……」

 

 そんな蒼乃を見てほっこりとする葵。

 

――ああ、なんて素敵な空間なの。蒼乃の頑張っている姿を見ながら、

  零冶君に包まれている。 ※包まれてません

  今日は運が悪いと思っていたけれど、そんなことはなかった。最高の一日だわ。

 

 葵がそんな気持ちに浸っていると

 

「あっ!」

 

 足元が見えていなかったため、少しの段差に蒼乃は躓き、転びそうになった。

 

「蒼乃!」

 

「とと、危なかった~」

 

 しかし、蒼乃は何とか態勢と整え、転ばずにやり過ごした。葵がホッとしたの束の間。

 

「あれ、お飲み物は?」

 

 そう、蒼乃がお盆に乗せていたコップが消えていた。

 

「え?」

 

 葵はすぐにコップを発見した。そのコップは宙を舞い、自分の方へと向かってくる。中の飲み物と一緒に。葵はまるでスローモーションのように向かってくるコップをぼんやりと見て。そして

 

「「……」」

 

 頭から飲み物をかぶった。それはもう見事に。

 

「あら、大変。タオルタオル」

 

 愛里は急いでタオルを取りに行く。

 

――何なのかしら? 人が折角いい気分に浸っていたのに……これが蒼乃じゃなかったら、

  文句の一つも言うんだけど。

 

「ご、ごめんなさい。お姉ちゃん」

 

「ううん、大丈夫よ蒼乃。怪我はない?」

 

 葵は笑顔で蒼乃に話しかける。

 

「うん、蒼乃は大丈夫」

 

「そう、よかった」

 

 愛里がタオルを持ってきて、葵に渡す。

 

「すみません、愛里さん」

 

「いいのよ。それより――」

 

 愛里は葵の髪や制服を見る。

 

「このままじゃ染みになっちゃうし、髪も洗わないと。葵ちゃんもお風呂に入って行きなさい」

 

「え? いいんですか!?」

 

 葵は食い気味に聞いた。

 

「もちろんよ。ヴィータちゃんと一緒になっちゃうけど」

 

「大丈夫です! 是非入らせてください」

 

「蒼乃も入りたい!」

 

「ええ、もちろんOKよ」

 

「やったー」

 

 そんなやり取りをしていると

 

「どうしたの? ずいぶん賑やかだねって桜羽さん。大丈夫?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「零冶。悪いけど葵ちゃんと蒼乃ちゃんの分の着替えも持ってきてくれる?」

 

「分かったよ。じゃあこれヴィータさんの分」

 

 ヴィータ分の着替えを愛里に渡し、再び着替えを取りに戻る。

 

「それじゃ着いてきて」

 

「「はい(うん)」」

 

 愛里は二人を脱衣所に連れて行く。

 

「制服はこっちで洗っておくから、脱いだ服はそこの洗濯機に入れおいてくれるかしら」

 

「すみません、よろしくお願いします」

 

「それじゃ、ごゆっくり」

 

 愛里が脱衣所から出ると葵は服を抜きながら風呂場にいるヴィータに話しかける。

 

「ヴィータ、悪いけど私達もご一緒させてもらうわ」

 

『あ? どうしたんだよ急に』

 

「頭からジュースかぶっちゃったのよ」

 

『マジかよ……そりゃ災難だったな。お互いに』

 

 そんなやり取りをして葵と蒼乃は風呂場に入った。

 

「悪い葵、もう少しで終わるから待ってくれ」

 

 ヴィータは頭を洗っており、今まさに洗い流していることだった。

 

「気にしないで大丈夫よ」

 

 髪の泡を洗い流し終えたヴィータは場所を葵に譲り、浴槽へと移動した。

 

「ほら蒼乃、ここに座って」

 

「うん!」

 

 葵は先に蒼乃を洗う。すると蒼乃が

 

「このシャンプー、零冶お兄ちゃんの匂いがする~」

 

「ええ、そうね」

 

――零冶君このシャンプーなんだ……今度から私もこれにしようかしら?

 

 蒼乃を洗い終え、蒼乃を浴槽へ浸からせると突然、脱衣所の方から声を掛けられた。

 

『桜羽さん』

 

「ひゃい!」

 

「ど、どうしたんだ? 葵、変な声出して」

 

「き、気にしないで」

 

『驚かせてごめんね。着替えは籠の中に入れておくから』

 

「あ、ありがとう。ごめんね、迷惑かけて」

 

『大丈夫だよ。それじゃゆっくりしていってね』

 

 そう言い残し零冶は脱衣所から出ていった。

 

――ヤバイわこれ。心臓に悪い。れ、冷静に考えたら、私に零冶君のお家で裸になっている

  のよね。ああ、急に恥ずかしくなってきちゃった。

 

 葵は顔を真っ赤にさせて、体を洗い始めた。

 

「おい、葵。大丈夫か? 顔真っ赤だぞ? のぼせたか? まだ風呂入ってねぇけど」

 

「え、ええ。大丈夫よ。ちょっと興奮しているだけだから」

 

「それ大丈夫なのか?」

 

 葵も体を洗い終え、湯船に浸かる。

 

「ふぅ、良いお湯ね」

 

「葵も風呂好きなのか?」

 

「ええ、好きよ。ヴィータも?」

 

「いや、あたしじゃなくてシグナムがな」

 

「へぇ~、そうなのね(そういえばそうだった気がするわね)」

 

「蒼乃もお姉ちゃんと入るお風呂が好き~」

 

「私もよ~蒼乃~」

 

 葵は蒼乃に抱き着きながら頬ずりする。

 

「ほんと、仲いいよなお前ら」

 

「当たり前でしょ。姉妹なんだから。ねぇ~」

 

「ねぇ~」

 

「姉妹……か」

 

「あなたとはやても似たようなものじゃない」

 

「そうありたいとは思うけどよ。やっぱあたしたちは守護騎士なんだよ。姉妹じゃなく、主従の

 関係じゃねぇといけねぇんだ。シグナムにも『お前は主に甘えすぎだ』ってよく言われるしな。

 守護騎士になった時から人並みの幸せなんて……もう望んでねぇよ」

 

「……そんなこと言っていいのかしら。ヴィータがそんな気持ちなら零冶君は私が貰っちゃうからね」

 

「最初から零冶とはそんなんじゃねぇよ。どうせあたしたちはそう遠くないうちにミッドチルダに

 移り住むことになるしな」

 

「……そう」

 

 葵はヴィータの諦めたような顔をじっと見つめる。

 

「だから、まあ。それまでは零冶と仲良くして行きてぇと思ってる。けど、それ以上は

 求めちゃいけねぇんだ。それにあたしはこんな身なりだしな。今は同じくらいでも、

 この先あいつは成長してどんどん身長の差も開くだろ? そんなんじゃ親子……よくて

 兄妹位にしかみえねぇよ」

 

「ヴィータ。ラ……アスベル兄さんなら「それ以上言うな。葵」」

 

「その間の話ははやてから聞いてる。だから言うな、あたしの決心が揺らいじまうだろ」

 

 ヴィータが言っているのはアスベルがプログラム体であるシュテル達を人間にしたことだ。

 

「蒼乃、難しい話分からないよ~」

 

「ええ、ごめんね。蒼乃」

 

「……湿っぽい話しちまった。わりぃな蒼乃。まあ、零冶とはそれまでの関係だ。

 寂しくは……あるけどよ」

 

 先に上がると言い残しヴィータは浴室から出ていった。

 

「ヴィータちゃん。何か悲しいことがあったの?」

 

「ええ」

 

「大丈夫?」

 

「私に蒼乃がいるようにヴィータにはヴィータの大事な人がいるもの。大丈夫よ、きっと……」

 

「私たちもいるもんね! それに零冶お兄ちゃんも!」

 

「ふふ、そうね。それじゃもう少ししたら私たちも上がりましょうか」

 

「じゃあ蒼乃100数える!」

 

 蒼乃が1から数え始め、ところどころ葵がフォローし100数え終えた二人は浴室から上がった。葵は用意してもらった着替えを見て重大なことに気づいてしまった。

 

――こ、これは! まさか! ど、どうしてこれがここに! こんなことがあり得るの? 

  もしかして……いえ、もしかしてじゃない。これは確信だわ。零冶君……まさかあなたは!

 

 ここで葵に激震が走る。今までずっと謎だったのだ。いや分からないふりをしていた。認めたくなかった。だがもう認めざるを得ない。これだけの証拠が目の前にあるのだから。一体これからどんな顔をして零冶と合わせなければならいのだろう。

 

 気づかないふりをするべきだろうか? 無理だろう。基本的に嘘を吐くのが苦手の葵だ。絶対に顔に出てしまう。なら指摘をするべきだろうか? それも無理だろう。そんなことをすれば彼との関係が崩れかねない。ならばどうすれば? そんな思考が頭によぎるが答えはでない。

 

 そんな思考の海に沈みかけたが、最愛の妹の一声で現実に引き戻される。

 

「えへへ、この着替え零冶お兄ちゃんの匂いがするね。お姉ちゃん」

 

――やっぱりいいいい! これ零冶君の私服だわ! え~! いいのこれ、大丈夫?!

  そりゃ愛里さんの服はサイズが合わないから仕方ないけど! 零冶君の服がぴったりだけど!

  私の素肌に零冶君の私服が……ああ! 神様! 本当にありがとうございます!

 

「お姉ちゃん? 大丈夫?」

 

「ええ! 大丈夫よ! 蒼乃はお着換えできるかな?」

 

「できる~」

 

「それじゃ、お姉ちゃんと競争ね。よ~い……ドン!」

 

 合図と同時に蒼乃は零冶に用意された着替えを着ていく。

 

「うんしょ、うんしょ」

 

 蒼乃が着々と服を着ていくなか、葵は着替えを見て葛藤している。

 

天・悪「何をしているの(わたし)! 早く零冶君の服を着るのよ!」

 

 天使と悪魔が結託して欲望丸出しで葵を急かす。

 

――大丈夫よ、葵。これを渡したのは零冶君だもの。それはつまり零冶君公認ということ。

  むしろ変に意識してみないさい。零冶君に変な子と思われてしまうわ。

  平静を装いなさい。私ならやれる。やれるだけの妄想()があるのだから。

 

 意識しないようにしている時点で意識しているという矛盾を抱えながら、葵は零冶に用意された服に着替えていく。ちなみに蒼乃はとっくに着替え終えていた。蒼乃を連れて脱衣所を出た葵は零冶の待つリビングに向かった。

 

 リビングに入るとそこには

 

「はぁ~♡」

 

「えっと、ヴィータさん?」

 

「なんだ? 零冶」

 

「僕の顔に何か付いてる?」

 

「別に……何も……」

 

「そ、そっか」

 

 前髪のエクステを外し、目を露わにした想い人である零冶とその零冶を雌の顔で見つめるヴィータの姿があった。ヴィータの目にハートマークが見えるのは気のせいではないだろう。

 

――《どうしてこうなった?》

 

 零冶と葵の気持ちがリンクした瞬間だった。

 

 

 時はさかのぼること数分前。ヴィータが風呂から上がる前のこと。

 

「桜羽さん達の着替え渡してきたよ」

 

「ええ、ありがとう」

 

 零冶が台所に入ると愛里が葵の制服を洗っていた。

 

「何か手伝う?」

『悪いな、愛里』

 

「こっちは大丈夫よ。そうね……じゃあお茶菓子でも出しておいてくれる?」

『いえ、お気になさらず。しかしどういった経緯でこのような状況に?』

 

 零冶と愛里は口で会話をしながら、念話をするという器用なことをして、表面上は普通の親子の会話を演出している。それも葵とヴィータのデバイスがリビングに置いてあるからだ。

 

「わかった。そこの戸棚のでいい?」

『結論から言うと虫の知らせ(シックスセンス)が仕事した』

 

「ええ、お願い」

『いつも働きものですね。(虫の知らせ)は』

 

 零冶は戸棚のお菓子をトレイに見栄えよく並べ、愛里は制服の染みを落とす。その無言の間に零冶は念話で海鳴公園でヴィータに遭遇してから今に至るまでの経緯を簡潔に伝えていた。伝え終えたあと愛里はなぐさめの言葉を掛けた。

 

 ちなみにヴィータと葵が浴槽に浸かっている時の会話は実はこの二人には筒抜けある。別に盗み聞こうとしている訳ではない。ただこの二人の聴力が異常なのだ。

 

『……湿っぽい話しちまった。わりぃな蒼乃。まあ、零冶とはそれまでの関係だ。

 寂しくは……あるけどよ』

 

 そんな声が聞こえたところで、何かを思い出したように愛里が話しかける。

 

「そういえば、どっちが本命なの?」

『なかなか健気じゃないですか』

 

「別に二人はそんな関係じゃないよ」

『確かに……だが、自ら身を引くというなら願ったり叶ったりだ』

 

「そんなこと言って……内緒にしておくからお母さんにだけ教えてよ」

『零冶さんを幸せにしてくれるなら私はどちらでも構わないのですが……』

 

「絶対に秘密を守らないでしょ?」

『ミストも同じようなことを言っていたな』

 

「私が信じられない?」

『私たち二人の願いはマスターの幸せですから』

 

『ええ、私も愛里に同意します』

 

「このことに関しては無理」

『俺としてはお前たちが傍にいるだけでも幸せなんだがな……』

 

「ケチ、そういうところはお父さん似なんだから」

『その気持ちはうれしく思います。ですが……』

 

「誉め言葉として取っておこうかな」

『分かってる。俺だって今のままではいけないと思っているんだ』

 

「そういうとこなの! ほんとそっくり」

『……意外です。てっきり必要ないと思っているかと』

 

 零冶はお茶請けの入った器をテーブルに置く。

 

「それはそうでしょ、親子なんだから。他に手伝うことは?」

『ミストにも言われたからな。前向きに考えている』

 

「もう大丈夫よ。零冶も着替えてらっしゃい」

『では、期待してもよろしいでしょうか?』

 

「分かった」

『だが、まだ小学生。人の気持ちは変わっていく。せめて中学までは待ってほしいな』

 

『分かりました。気長にお待ち致します』

 

 零冶は制服を着替えるため、自室ののある二階向かった。それと入れ替わるように風呂上がりのヴィータがリビングに入ってきた。

 

「あの、お風呂ありがとでした」

 

「い~え♪ 次から気をつけなきゃダメよ? せっかく綺麗な髪なんだから」

 

「あ、はい。了解……です」

 

「飲み物、アップルジュースで良いかしら?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「分かったわ。好きなところに座ってね。あとお茶菓子も好きなだけ食べて」

 

「了解です」

 

 愛里は台所へ向かうとヴィータは近くのテーブルの椅子に腰かけた。少しもしないうちに愛里が戻り、ヴィータの前にコップを置いた。

 

「はい、飲み物」

 

「どうも……です。いただきます」

 

「それと、はい」

 

 愛里は続けてヴィータの前に一冊の雑誌を置いた。

 

「あ、忘れてた」

 

「これのために家に来たのに?」

 

「いや、なんか色んなことがあったから……です」

 

「話し方……無理に敬語使わなくても大丈夫よ? いつも通り話して」

 

「えっと、いいのか?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

「じゃあ、そうするよ」

 

「ふふ。零冶から聞いたけど、大変だったわね。どこも売り切れなんて」

 

「そーなんだよ。10件くれぇ探して回ったんだけど。どこも置いてねぇし、カキ氷頭から

 かぶるしで最悪だったぜ」

 

「知らないおばさんにお風呂に入れらるし?」

 

「あー別にそれはいいんだけどよ。むしろ助かったっつか。なんだかんだベタベタして

 気持ち悪かったし」

 

「それは良かったわ」

 

「ったく、こんな本のどこがいいだかな? あたしには分かんねぇよ」

 

 ヴィータはそう文句を言いながら渡された雑誌に目を向ける。そこには先ほどまで一緒に風呂に入っていた見知った少女の姿があった。

 

「あ? これ葵か?」

 

「ええ、そうね」

 

 ファッション雑誌自体には興味の無いヴィータもそこに知り合いが移っているとなれば、話は別である。

 

「ああ……だからはやても絶対買ってこいって言ってたのか」

 

 そう言いながらおもむろにルナテイクのページをめくっていく。そこには一緒に移っている少年に目を奪われている葵の姿がちらほらと目についた。

 

――なんだ葵のやつ。零冶君零冶君って言ってるくせに他の男に夢中になりやがって。

  まあ、こいつも顔は悪くねぇと思うけどよ。そんなんじゃあいつは渡せな……ん?

  あたし今何を思った? これじゃまるで未練あるみてぇに……ああ! くそ!

 

 自分の中に芽生えた未経験の感情に戸惑いつつ、葵に対し怒りがふつふつと芽生えていく。そうしてページをめくっていると

 

「あっヴィータさん。お風呂上がったんだね」

 

 零冶がリビングに入ってきた。ヴィータは声のしたほうに目を向けると

 

「おう、サンキュー……な?」

 

 ヴィータはリビングに入ってきた零冶を見て固まった。そこにはいつも前髪で目元を隠した零冶ではなく、エクステを外し、目を出した零冶がいたからだ。そして、今見ている雑誌の少年と零冶を交互に見た。

 

「どういたしまして。って僕が用意した訳じゃないけど」

 

「私が急ピッチで用意しました」

 

 愛里がその豊満な胸を張り、ドヤ顔をしてきた。

 

「はいはい、ありがとう」

 

「最近息子がつれない……ぐすっ」

 

 ヴィータも零冶の素顔はどうなのかずっと気にはしていた。だが、いつか見せてくれるだろうと考え、自分から率先して聞くようなことはしなかった。零冶から見せてくれることが信頼を勝ちとれたことだと思っていたからだ。

 

 その零冶が素顔をさらし、目の前にいる……にも関わらず、零冶の素顔が非常に整っていたことや目の前の雑誌の少年と同じ顔であること。そして唐突に素顔をさらしたことでヴィータは戸惑いでいっぱいいっぱいだった。

 

「あれ? これ? お前?」

 

「あぁ……うん。そうだよ」

 

「お前……モデルだったのか?」

 

「あくまで臨時だけどね。桜羽さんのお母さんに頼まれたからしかたなく」

 

「へ、へぇ~。お前、こんな顔してたんだな」

 

「何かおかしなところあった?」

 

 零冶はヴィータの隣に座り、ヴィータの持つルナテイクをのぞき込む。

 

――いや! 近ぇよ! あれ? こいつこんな匂いだったけ? あれ? 何であたしこんな緊張

  してんだ? 心臓の音がうるせぇよ。何だこれ!

 

「特に問題無いと思うけど?」

 

「あ、ああ……良く撮れてんじゃねぇか?」

 

「そっか、良かった」

 

 ヴィータの言葉を聞き零冶は優しく微笑んだ。

 

 

ズキューン!

 

 

 そんな効果音が聞こえそうなほどその笑顔はヴィータの心臓を射抜いた。人が恋に落ちた瞬間である。途端にヴィータは雌の顔になり、零冶を見つめている。すると葵と蒼乃が風呂から上がりリビングに入ってきた。

 

「はぁ~♡」

 

「えっと、ヴィータさん?」

 

「なんだ? 零冶」

 

「僕の顔に何か付いてる?」

 

「別に……何も……」

 

「そ、そっか」

 

――《どうしてこうなった?》

 

 零冶の無自覚な笑顔(攻撃)が身を引くことを決心していたヴィータを落としてしまった。恋という不治の病に…… 零冶(アスベル)争奪戦にヴィータ参戦! まあ本人の自業自得なんですけどね。




時間があったら、没ネタを投稿します。

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