原作を放って置くとバッドエンドになるんですが、どうしたら良いですか?   作:月の光

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前回投稿してから一年以上も開けてしまった……
投稿が遅くなり、大変申し訳ございません。

丁度一年前くらいに仕事が忙しくなって、書く暇がなくなり、
仕事が落ち着いた頃には書く気力がなくなってしまっていました。
ですが、何とか再開したい思っています。
更新速度についてはあまり期待しないでいただけると幸いです。

堅苦しい挨拶は抜きにして、楽しんでいたければと思います。

では、最後に一言……

読者の皆様……待たせたな!(サムズアップ)


空白期3
53_ミスト『今まで黙っていましたが、実は……』零冶『何だ? 急に改まって』


 人はどんな時に走るだろうか? スポーツをしている時? 何かから逃げる時? むしゃくしゃしている時? 衝動的に? 世間の理不尽を感じた時? バイクを盗んだ時? 急いでいる時? 理由は様々あるだろうが、大抵の場合はスポーツや急いでいる時などが挙げられるだろう。

 

「はっ! はっ! はっ!」

 

 そして、ここにも息を切らしてひたすら走る少女が居た。

 

――どうしてこうなっちまったんだ! こんな事ならもっと早くに出撃しておけば!

 

 そう後悔をしながら走る赤い髪の少女。三つ編みにした長い髪を左右に揺らし、肩に彼女の愛用のハンマーを担ぎ、脇目をふらずに走った。彼女は急いでいた。

 

『くそ!』

 

『落ち着け、ヴィータ! 焦りは禁物だぞ!』

 

『分かってるっつの!』

 そう声をかけたのは彼女のデバイスであるグラーフアイゼンに追加インストールされたソーディアン・コア人格のイクティノスだ。彼女は見た目こそ幼い少女だが、その実は古代ベルカ時代の戦乱を生き抜き、多くの敵をなぎ倒してきた鉄槌の騎士。数多の戦いを経験し、数々の窮地を脱してきた歴戦の騎士だ。

 

『ああもう! 魔法が使えりゃちっとはましになるのによ!』

 

『仕方があるまい。状況が状況だ』

 

 魔法とは彼女を彼女たらしめるのに不可欠なものだ。数々の窮地を脱してきた彼女も今の現状に焦っているのはその魔法が使えないこともその理由の一つだろう。魔法が使えないのはここが魔法の使えないフィールドだからだ。

 

 その額に浮かぶ、おびただしい汗と頭から垂れる赤い液体が彼女の焦りを物語っている。

 

『あった! あそこで最後だ!』

 

 そして、彼女は目的地である扉の前にたどり着いた。

 

「はぁ、はぁ。すぅぅっ……はぁぁ」

 

 ヴィータは扉の前に立ち止まり、息を整える。

 

『ここになきゃ、もうはやてには会えねぇな』

 

『大丈夫だ、ヴィータ。きっとまた会えるさ』

 

『……そうだな。私……この任務が終わったら、はやてにいっぱい褒めてもらうんだ』

 

『その意気だ。大丈夫。問題ない』

 

『よっしゃぁ! 行くぜ!』

 

 二人して死亡フラグを乱立させる。そして覚悟を決めて、彼女は勢いよく扉を通った。扉を通ったあと、ヴィータは標的を探すため、周りを見回す。そして、彼女は標的を発見した。

 

『居た!』

 

『よし、行け! ヴィータ!』

 

『うおりあああ!』

 

 彼女は戦士としての身体能力を活かして標的に急接近する。これが最後のチャンス……これを逃せば自分にはもう未来はない。

 

 

 大切な仲間との大事な時間。

 

 

 命を懸けても守りたいな人と掛け替えのない時間。

 

 

 最近気になりだした男の子との甘酸っぱい時間。

 

 

 そんな明るい未来を信じて彼女は全力で走った。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません! 子供向けファッション雑誌のルナテイクありますか!」

 

「あら、ごめんなさいね。もう売り切れちゃったのよ」

 

 現実は非常である。店員さんの言葉を聞き、ヴィータは膝から崩れた。彼女の頭から滴り落ちるイチゴのシロップが床を濡らす。どうやら走っている途中でカキ氷を持った子供とぶつかり、頭からかぶったらしい。なんでこの真冬にカキ氷食ってんだと思いもしたが、ちゃんと弁償した。

 

 彼女の本日のミッション【O☆TSU☆KA☆I☆】は失敗に終わった。

 

 

 

 時はさかのぼり、ヴィータがO☆TSU☆KA☆I☆に失敗した日の昼。一人の少女の絶叫が私立聖祥大付属小学校の屋上に鳴り響いた。

 

「な、なんですってええええ!」

 

 その絶叫の声の主はアリサ・バニングス。

 

「ア、アリサちゃん。声、声大きいよ」

 

「そんなことどうだっていいのよ! その話本当なんでしょうね! なのは!」

 

 アリサはそう言ってなのはに詰め寄り、両肩を強く掴み、前後に揺らす。

 

「う、嘘じゃないよ。ちょっ! アリサちゃ、やめ!」

 

「ア、アリサちゃん。気持ちは分かるけど、落ち着いて」

 

「ええい! 離しなさい! すずか! 大体なんであんたはそんなに落ち着いてるのよ!」

 

「驚いているアリサちゃんを見たら、逆に落ち着いちゃって」

 

「それよりアリサ! なのはを離してあげて!」

 

「ああ……綺麗なお花畑が見えるの……そっちに行けば良いのかな~?」

 

「なのは! 逝っちゃダメええええ!」

 

 そんなコントが繰り広げられる中、はやて達はと言うと

 

「どうや? 私の予想通りのやろ? 二人の反応」ドヤァ

 

「うぅ~! すずかのほうが逆に取り乱すと思ったのにぃ!」

 

 はやてはドヤ顔で勝ち誇り、アリシアは頭を抱えて悔しがる。

 

「これでアリシアちゃんのお弁当のおかず一品ゲットやで!」

 

「から揚げ! から揚げだけは見逃して!」

 

「2人とも賭け事はやめなさいよ……」

 

「2人のことはどうでもいいから! 葵ちゃんもアリサちゃんを止めるの手伝って!」

 

「さあ、言いなさい! なのは! 早く!」

 

「もうやめて! アリサー! なのはのライフはもうゼロよ!」

 

 なのは達は平和な日常を送っている。もっともなのはだけは今瀕死の状態だが……やっと落ち着きを取り戻したアリサはなのはを離し、なのははその場にぐったりと項垂れる。すずかと葵は敷いているシートになのはを寝かせ、フェイトはなのはに膝枕をする。

 

 しばらくすると、なのはも目を覚まし、フェイトとユリっていたら、葵からツッコミを受け、顔を少し赤くしてお弁当を広げ、昼食を取り始めた。

 

「で、さっきの話は本当なんでしょうね。嘘だったら承知しないわよ」

 

「うん、嘘じゃないよ」

 

 アリサはお弁当のおかずを箸でつまみ、なのはに確認をする。

 

「じゃあ本当にライさんが仮面を外したんだ……」

 

「うん。あっ、あとライって名前はなるべく出さないようにって言ってたの」

 

「分かった。確かアスベルさんだよね」

 

「そうやで、ど・れ・に・し・よ・う・か・な」

 

 はやてはアリシアのお弁当のおかずを運任せで選びながら答えた。

 

「から揚げ以外……から揚げ以外」

 

「か・み・さ・ん・の・い・う・と・お・り」

 

「かみさんじゃ、誰かの奥さんになっちゃうでしょ」

 

 はやての細かいボケに葵がツッコミを入れる。そして、アリシアの祈りも空しく、から揚げが神に選ばれた。

 

「ほな、これいただきや」

 

「私のきゃら揚げぎゃあああああ!」

 

「アリシアうるさいわ。それで……ごほん、その……素顔のほうはどうだったのよ」

 

 アリサは咳払いをした後、少し頬を赤く染めて聞いた。

 

「そうね、とても整っていて。そこらへんの芸能人より、カッコよかったわよ」

 

 アリサの質問に葵が答える。

 

「そーそー……街を歩けば10人中11人が振り向くくらい。私のから揚げちゃん……」

 

 アリシアは落ち込みつつ、葵の言葉を補足する。

 

「その謎の1人は誰やねん! あと冗談やてアリシアちゃん。タコさんウインナーいただくわ」

 

 はやてはアリシアのボケに即座に突っ込みを入れ、タコさんウインナーを箸でつまんだ。

 

「ホント! ありがと、はやて! えっと……お化け的な奴?」

 

「いや私に聞かれても……」

 

 アリシアに笑顔が戻り、フェイトに話を振った。急に話を振られたフェイトは苦笑いで答える。

 

「まあようするに! それくらいイケメンってことだよ!」

 

「おぅ、力技で締めおった」

 

「くっ! お化けも振り向くイケメンだなんて……」

 

「ってアリサちゃんが珍しくボケたで」

 

「いいな~皆。あっ写真とか無いの?」

 

「そうよ! 写真よ! あんたらのデバイスとかいうのに残ってないの?」

 

「えっと、どうかな? レイジングハート」

 

[すみません。隠し撮りを試みたのですが、ジャミングを張っていたのかまったく

 映りませんでした]

 

「てか、なのはちゃん。レイジングハートに何させてんねん」

 

「え! ち、違! レイジングハートが勝手に!」

 

「どこぞの王様のような言い訳してもダメやで、王様は一人で十分や」

 

「誰よ。王様って」

 

「あっえっとね」

 

 アリサの疑問になのはは少し考えたように答える。

 

「今回の事件で出会った子たちなんだけど、はやてちゃんが言っている王様はディアーチェちゃん

 で、他にもシュテルちゃんとレヴィちゃんとユーリちゃんって子が居てね」

 

 なのははアリサに聞かれたことに答え、アリサとすずかは次に何を食べるか弁当箱に目を落とし、その言葉に耳を傾けている。しかし、そこでなのはの口から爆弾が投下される。

 

「4人ともアスベルさんの娘さんなの」

 

 

カラン×2

 

 

 箸がシートを引いた床に落ちる音が周りに響いた。なのはの言葉の危うさにいち早く気づいたのは葵、少し遅れてはやてとフェイトが気づいた。そんな中

 

「から揚げ、うまっしゃあーッ!!」

 

 アリシアは美味しそうにから揚げを頬張りリアクションを取っていた。

 

「う~ん、ちょっと違うかな~。プラズマウマッシャー! うん! これだ!」

 

 しかし、自分のリアクションに納得がいかなかったのか、リアクションをやり直していた。そんなアリシアはさておき

 

「なのは、その言い方はちょっと……」

 

「え? ……あっ」

 

 フェイトに指摘をされ、ようやくなのはも自分の発した言葉の危うさに気が付いた。しかし、時すでに遅し。なのはの口から放たれたその言葉は意味を持ち、アリサとすずかの耳から入った言葉は神経を伝わり、脳へと届いた。

 

「ねぇ、なのはちゃん。それってどういう意味かな? かなぁ?」

 

「ひぃ!」

 

 すずかは笑顔でなのはに聞いた。文脈で見れば優しく柔らかいはずなのに冷たく重量感のある言葉がすずかの口から放たれる。なのはは思わず小さな悲鳴を上げる。

 

「あれ? どうしたのなのはちゃん? 黙ってちゃ分からないよ? ハヤクオシエテホシイナ」

 

 なのはは顔を青くし、がたがたと震えだした。それを見ていたはやて達も顔を青くする。たった一人を除いて。

 

「次は何にしようかな~。卵焼き? ハンバーグ? よし! 卵焼き! 君に決めた!」

 

 アリシアはのん気に弁当のおかずを吟味していた。しかし、そんなことを気にせず、すずかはなのはを凝視する。その瞳が若干赤くなっているが、夜の一族とは関係ない……と思いたい。

 

――おとなしいすずかがここまで怒りを露わにするなんて。大人しい人ほど怒ると怖いって言う

  けど本当ね。

 

 葵の言う通り、大人しい人ほど起こった時に怖いものだ。それを身をもって体験したなのははどうやってこの状況を看破するかその一点に集中をする。しかし、それをする上で知っておかなければならない情報がある。それは――

 

「……」

 

 未だに何の言葉も発せず、俯いたままのアリサだ。先ほどの例もあり、きっとアリサは怒り狂い、先ほどとは比べ物にならない仕打ちを受ける可能性が高い。ゆえにアリサの状況を知らずしてこれ以上の言葉を発することはできない。これ以上の爆弾を投下しないためにもなのははすずかのほうに顔を向けながら、アリサを横目でちらりと見た。しかし

 

「え?」

 

 意外な光景を目にしたなのはは思わず言葉を漏らし、横目ではなくしっかりとアリサに振り向いた。それにつられたすずか達もアリサの方へ振り向くとそこには

 

 

ポロッ ポロッ

 

 

 無言で大粒の涙を流すアリサの姿があった。

 

「ア、アリサちゃん?」

 

 すずかは怒りで我を忘れていたが、アリサの様子を見た瞬間、今度はその怒りをも忘れて、アリサに声をかけていた。

 

「あっ! ごめん……急に泣いたりして、そうよね。私たちと違って大人なんだもん。恋人の

 1人や2人いたっておかしくないわよね」

 

「いや、2人おったらあかんと思うけど」

 

 はやては動揺しつつもアリサの言ったことのおかしなところにツッコミを入れる。

 

「ましてあんなに素敵な人だもん。結婚してたっておかしくないわ。なのに私ったら

 まだチャンスがあるなんて思い込んで勘違いしてバカみたいよね」

 

 アリサは涙を手で拭いながら、言葉を漏らすが止めどなく涙があふれてくるため、その行動はまったく意味をなさない。

 

「ア、アリサ。一旦落ち着こう? ね?」

 

「それでも好きだったのよ……好きになっちゃったのよ。危ないところを助けてもらってから。

 ピンチの時に助けに来てくれる王子様のみたいで、あの光景が頭から離れないのよ」

 

 フェイトの言葉も空しく、アリサは抑えていた気持ちが堰を切ったようあふれ、話を続けた。アリサの脳裏にはライに出会ってから今に至るまで思い出が駆け巡っている。すずかと一緒に誘拐され、誘拐犯に乱暴されそうになったところに颯爽と現れた仮面をつけた不思議な男性。

 

 自分はまだ清い体のままであること。今もすずかと親友でいられること。全ては彼のおかげであると思っている。だからこそ翌日のなのはと彼が再開する場に同席し、彼のことをもっと知ろうとした。そこで知った彼の趣味趣向を知り、彼に合わせようと料理を習い始めた。

 

 その場でライが一緒に料理が出来たら楽しそうだと言ったからだ。もちろんそれを聞いたなのはやすずかも同じく料理を覚えるため、日々努力はしている。しかし、アリサのまじめさはそれの比ではなく、自宅の料理長に教わることから始まり、料理の専門的な知識を身に付けていった。

 

 しかし、その日以来彼に会うことはなかった。アリサもそれは覚悟していた。だが、いつか彼と一緒に料理をすることになったら、その時に恥を掻かないために。彼に笑顔で食べてもらうために。そんな日を夢見て努力を怠ることはなかった。

 

 だが、しばらくしてなのはや葵が魔法絡みで彼と出会ったことを知り、生まれて初めて嫉妬を覚えた。そして何故自分は魔法が使えないのかとその変えようの無い事実を嘆いた。それでも自分にできることは今の努力を続けることだけだと。そう信じて一層の努力を続けた。

 

 しかし、なのは達からライの話を聞くたびに彼のことを知れる喜びを感じつつも、嫉妬から胸にトゲが刺さったようにチクりと痛みを感じることが多々あった。それでも諦めずに料理の勉強を続けた。それが魔法が使えない自分と彼とを繋ぐ、唯一の接点だからだ。

 

 だが、先ほどのなのはの言葉を聞き、自分の努力は無駄だったと思ってしまった。彼を思い、彼と一緒に料理をし、彼に食べてもらうこと。それだけを夢見ていた彼女の一途な思いが。努力の結晶が。思い出と共に音を立てて崩れていった。だからこそ怒りを通り越し、ただ涙を流すことしかできなかったのだ。

 

「私って……ほんとバカ」

 

 そう言って、アリサは両手で顔を覆うよう俯き、涙を流した。そんなアリサの姿を見て、誰もが狼狽えていたが、そんな中一人だけ行動に移したものがいた。

 

「アリサ、落ち着いて」

 

 その一人とは葵だ。葵はアリサに近付き、正面からそっと優しく抱きしめた。

 

「葵……」

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

「葵……ふえぇぇぇぇん」

 

 葵に優しく抱き締められたアリサは感情を抑えきれず、声を出して泣き出した。

 

「大丈夫よ、アリサ。あなたは勘違いをしてるだけだから」

 

「ふぇ? 勘違い?」

 

「そうよ。だから落ち着いて聞いて?」

 

「……うん、分かった。聞く……」

 

 それから葵によってより正しい説明がなされ、それを聞いたアリサは最初は安堵した顔になったが、すぐさま自分のさっきの行動を思い出し、みるみる顔を赤く染める。すずかも早とちりした自分に反省しつつ、少し頬を赤くした。微妙な空気がその場を包んだ。

 

「……」

 

 すずかはすぐに立て直し、箸を拾い、お弁当に口をつけ始めた。しかし、アリサは顔を赤くし、黙って俯いている。

 

「ア、アリサちゃん。ごめんね。私の言い方が悪くって」

 

「いえ、気にしないで。早とちりしたのは私だもの。それになのはの国語力を考えれば、

 すぐに気づけたはずだわ」

 

「ご、ごめんね」

 

 ディスられたなのはも自分に非があるため、素直に受け入れた。

 

「いいって言ったでしょ。というかもうこのことに触れてほしくないんだけど」

 

「わ、分かったの」

 

「誤解が解けたようで良かったわ。一時はどうなることかと思ったし」

 

「悪かったわね、葵。制服汚しちゃって」

 

「大丈夫よ。そのうち乾くわ」

 

「なんだか、葵ちゃん。お母さんみたいなの」

 

「確かにお母さんみたい」

 

「葵ママ?」

 

「誰がお母さんよ。そんな年じゃないわ」

 

――あっでも、前世を含めるとそんな年なのよね。ちょっと落ち込むわ。

 

 葵はその事実に凹んでいると。

 

「さっき言ったディアーチェちゃんがはやてちゃん、シュテルちゃんが私、レヴィちゃんが

 フェイトちゃんにそっくりなの」

 

「ふ~ん、それも魔法なのかしら?」

 

「私も詳しくは分からないんだけど……それでね、今度その子たちを紹介したいから、

 アスベルさんのお家に行こうと思うんだけど」

 

「「その話もっと詳しく」」

 

 アリサとすずかは食い気味になのはの話に反応した。

 

「う、うん。えっと……詳しくも何もそのままの意味なんだけど……」

 

 なのはは助けを求めて葵の顔を見る。

 

「2人とも少し落ち着きなさい。なのはが引いてるわ」

 

「え、ええ、そうね」

 

「べ、別に興奮してないもん」

 

 葵に言われた2人は顔を赤くして言った。

 

「まったくもう、なのはの言った通りよ。昨日アスベルさんに2人をシュテル達に紹介して

 いいか聞いて、許可をもらったの。それにいつでもお家に遊びにきていいとも言ってたわ」

 

「なら今日の放課後に行くわよ!」

 

「善は急げ言うしね!」

 

「い、いや昨日今日で行くのはどうかな?」

 

 フェイトはノリノリの2人に若干引き気味になのは達に確認を取った。

 

「ん~? まあ、ええんとちゃう? あまり間を開けんのも逆にどうかと思うし」

 

「それにいつ来てもいいって言ってたしね」

 

 フェイトに聞かれたことにはやてとアリシアが答えた。

 

「なら決定ね! 今日の放課後にアスベルさんに、じゃなかったなのは達のそっくりさんに

 会いに行くわよ!」

 

「おぅ……本音が隠せてへん」

 

「まあ、気持ちは分かるけど」

 

 はやてとアリシアはアリサの言葉に苦笑いしつつ、答えた

 

「あっ、ごめん。今日は私パス」

 

 そんな中、葵がアリサの提案に断りを入れた。

 

「あら? 何か用事?」

 

「ええ、今日は大事な……とても大事な用事があるの」

 

 葵はアリサに聞かれたことに神妙な顔つきで答えた。

 

「そうなんだ。聞いても大丈夫?」

 

 すずかは葵の表情から只事ではない雰囲気を読み取り、確認を取った。

 

「ええ、今日は……」

 

「今日は?」

 

 途中で言葉を切る葵になのはが繰り返す。

 

「ルナテイクの発売日だがら、買って帰って蒼乃と一緒に零冶君を愛でるという大事な

 用事があるの!」

 

 

ズコー!

 

 

 重苦しい空気から一転して惚気に変わったことになのは達はずっこけた。

 

「そ、そんなんだ。それは大事な用事だね……」

 

「ええ! 今日という日をどれほど待ち望んだことか! 昨日の夜は興奮して眠れなかった

 くらいよ!」

 

「遠足が楽しみで眠れない小学生か!」

 

 はやては興奮した葵に興奮気味にツッコミを入れる。

 

「ま、まあまあ」

 

 フェイトは興奮したはやてをなだめる。

 

「そう言えば今日はルナテイクの発売日だったね。私もお母さんに買って来てもらえるように

 お願いしたんだ」

 

「あ、家もリニスにお願いしたよ」

 

「楽しみだね~。やっと月無君の素顔が分かるよ」

 

「私も鮫島に頼んだわ。私としては葵がどんな感じになっているか楽しみだわ」

 

「私もお姉ちゃんにお願いしたよ。どっちも楽しみだな~」

 

 なのは達も葵とは別の意味でルナテイクの発売を楽しみにしていた。

 

「ああ、家もや。ヴィータにお願いしたで。ヴィータの反応が楽しみや」

 

 はやてはなのは達とはまた別の意味で楽しみにしていた。

 

「と言うか。帰りに買うって間に合うの? ルナテイクって結構人気だから、売り切れたりして」

 

 アリサは少し悪戯気味に葵に言った。

 

「大丈夫。既に予約済みよ! 今日は授業が終わったら直ぐに取りに行くわ!」

 

 アリサの指摘に葵を即答した。

 

「だったら別にその本屋に寄ってからでも良いんじゃないかな? どこで予約したの?」

 

「駅前のデパートと商店街の本屋と海鳴公園の近くの本屋よ」

 

≪なんで三か所!≫

 

「当然でしょ! 一つ目は観賞用。二つ目は保存用。三つめは使う用よ!」

 

「使うって何に!」

 

「そりゃもちろん……その、色々よ」

 

 葵は顔を赤らめ俯いた。

 

(一体何に使うつもりなのかな?)

 

 なのはは小声で確認を取った。

 

(本を使うと言ったら~)

 

 アリシアは右手を顎に当てながら言った。

 

(何だろう?)

 

 アリシアと鏡のように考え事をする。

 

(そりゃ……ねぇ)

 

(う、うん)

 

 アリサとすずかは何かを察したように顔を赤らめて俯いた。

 

(そりゃ決まっとるやろ、本を使うと言ったら)

 

 はやてはニマニマとにやけながら、言った。

 

「あっ! 分かった!」

 

 閃いたフェイトは満面の笑みで語りだした。

 

――ちょ! フェイト変なこと言うじゃないでしょうね!

 

――ちょっと待って! フェイトちゃん!

 

 アリサとすずかはフェイトが突拍子もないことを言い出さないかハラハラした。

 

「枕の下に敷いて、その子の夢を見るんだ!」

 

「なるほど! 納得なの!」

 

「私も今度やろうかな~」

 

 アリサとすずかはフェイトの答えを聞いて、ずっこける。

 

――紛らわしいのよ!〈紛らわしいよ!〉

 

「無理やろ? アスベルさんの写真ないやんか」

 

――あんた(はやて)もか!〈はやてちゃんもか!〉

 

「残念ながら外れよ。もちろんそれもやるけど」

 

――≪やるんかい!≫

 

 声に出していないとはいえ、ツッコミばかりで若干疲れ気味のアリサとすずかはため息をつきながら、お弁当へと目線の落とす。

 

「そんな訳だから、悪いけど今日はパス」

 

「分かったわ」

 

 葵とアリサがそう締めくくり、残りの昼食を再開し、お昼休みが終わった。そして、その日の放課後、なのは達はアリサとすずかを連れて、アスベル達の住むマンションへと足を運んだ。

 

 

 

「ここがアスベルさんの住んでるマンションだよ」

 

「ここが……」

 

「おっきなマンションだね」

 

 アリサとすずかはなのは達に連れてこられたマンションを見上げながら言った。

 

「それじゃあ、チャイム鳴らすね?」

 

 なのはがアスベルの部屋の番号を押そうとすると

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「まだ心の準備が!」

 

「え? あっうん」

 

 アリサとすずかに止められたなのははチャイムを押すのを止めた。

 

「「すぅ~はぁ~、すぅ~はぁ~」」

 

 アリサとすずかは同時に深呼吸をしていると

 

「あれ~? フェイトとアリシア達だ~。お~い!」

 

≪え?≫

 

 なのは達の後ろから声をかけられた。振り返るとそこにはアスベルに肩車をされたレヴィが左手を挙げて手を振っていた。よく見るとアスベルの右手はレヴィを羨まし気に見つめるユーリの左手と手を繋ぎ、アスベルの左手はまっすぐなのは達を見つめるシュテルの右手と手を繋いでいる。

 

 ちなみにシェリアは右手で買い物袋を持ち、その空いた左手はディアーチェの右手が繋がれてた。

 

≪……≫

 

 あまりの見慣れない光景になのは達は言葉を失うなのは達。自分たちにとって思い人であるアスベルが自分たちにそっくりな相手が手を繋いだり、あまつさえ肩車をしている光景を目の当たりにして、呆然とする。

 

 更にアリサやすずかは心の準備中にその光景を目の当たりにしたことで、思考が完全に停止した。

 

 なのは達が固まっていると離れたところにいたアスベル達は歩み寄り、すぐ傍まで近づいた。

 

「こんにちは、ナノハ。昨日ぶりですね」

 

「……え? あっうん。こんにちは。シュテル」

 

 シュテルはアスベルと手を繋いだまま、空いた左手で自分のスカートを軽く摘み、少し持ち上げなのはに挨拶をした。それを機になのは達はそれぞれ現実に引き戻されたが、アリサとすずかは今だに固まっていた。

 

「何しに来た? 子鴉」

 

「そないつれないこと言わんとてや、王様。仲良くしようや」

 

 ディアーチェははやてに悪態を付きつつ、言い放った。しかし、右手は依然としてしっかり繋がれたままである。

 

「ふん、貴様と馴れ合う気など毛頭無い」

 

「そない姿で言われてもなぁ」

 

「なっ! これは違う! 家臣共が父上とばかり仲良くしていて、母上が寂しそうだから

 仕方なくだな!」

 

 ディアーチェは慌てて否定したが、右手を離そうとはしない。

 

「ふふ、ありがとう。ディアーチェ」

 

「ふ、ふん、王として当然のことをしたまでだ」

 

「優しいんやね。王様♡」

 

「その気味の悪い言い方を止めよ。貴様に言われても微塵も嬉しくないわ。子鴉」

 

「乙女に気味の悪いなんて、ひどいわ! 私泣いちゃう」

 

 ヨヨヨと言いながら、嘘泣きをするはやて。ディアーチェはそんなはやてを冷たい目で見る。

 

「ふん、貴様程度の演技に騙されるものなどいるかアホめ。我を騙したければその三倍は

 持って来い」 

 

 どこぞの慢心王のようなセリフを言うディアーチェ。しかし、右手は離さない。

 

「やっほー! フェイト、アリシア」

 

「あっうん、こんにちは。レヴィ」

 

「やっはろー!」

 

「こら、レヴィ。そんなところから失礼でしょ。降りなさい」

 

「は~い、お母さん」

 

 よっと掛け声を言いつつレヴィはアスベルの頭の上で前転するように前のめりになり、くるりと一回転したのち地面に着地した。

 

「ボク! カレーに着地!」

 

「華麗の間違いですよ。レヴィ」

 

「そんなところに着地したら、足がべとべとになっちゃいますよ」

 

「それにもっと静かに降りれんのか貴様は」

 

「ぶーぶー! なんだよ、もっと褒めてくれてもいいじゃんか~」

 

 シュテル、ユーリ、ディアーチェの三人に言われたレヴィは頬を膨らまして、ふて腐れた。

 

「レヴィ、危ないからもうしちゃダメよ?」

 

「大丈夫。この程度で怪我するボクじゃないよ」

 

「もう……アスベルも黙ってないで、注意してよ」

 

「ん? ああ、分かった」

 

 シェリアに言われたアスベルは了承し、レヴィを見つめ、真剣な顔つきでレヴィを呼んだ。

 

「レヴィ」

 

「何? お父さん」

 

 レヴィはアスベルのほうへ振り返り、じっとアスベルの顔を見つめる。

 

「今日はショートパンツだから良いけど、スカートの時にやるなよ」

 

「は~い」

 

 アスベルの見当違いの忠告に返事を返すレヴィ。

 

「そっちじゃないわ。アスベル」

「そっちじゃないです。お父さん」

「そっちじゃないです。お父様」

「そっちじゃないぞ。父上」

 

 シェリア達はそんな二人にシンクロ突っ込みを入れる。

 

「冗談だって。レヴィ、よく聞いてくれ」

 

「うん」

 

 アスベルはユーリ達と繋いでいる手をほどき、レヴィの前で膝を折って目線の高さを合わせる。

 

「確かに今のくらい動きならレヴィは怪我をしないかもしれない。でも、その動きをユーリ達が

 マネして怪我をしたらどうする?」

 

「うっ! そ、それは……」

 

「それともユーリ達が怪我してもかまわないのか?」

 

「そ、そんなことないよ!」

 

「もちろんそんなつもりが無いのは分かってる。だけど、レヴィが行った行動がきっかけで

 怪我をさせてしまうかもしれないんだ」

 

「うん……」

 

「だから、危ないことは自分のためにも、相手のためにもしちゃいけないんだ。分かるな?」

 

「……うん、分かった。気を付ける」

 

「よし、良い子だ」

 

 アスベルはレヴィの頭に手を置き、優しくなでる。

 

「えへへ~」

 

 頭をなでられたレヴィは笑顔になり、その光景を見ていたユーリ達はすこし不機嫌な顔になった。

 

「お父さんはレヴィに甘い気がします」

 

「そうかな?」

 

「はい、私もお父様はレヴィに特別甘いと判断します」

 

「甘やかすと優しいは別物だぞ。父上」

 

「ほら、この子達のほうがわかってるわよ」

 

 シェリア達に指摘されたアスベルは腕を組み考える。

 

「う~ん、まああれだ。バカな子ほど可愛いってやつ」

 

「「「「ああ、なるほど」」」」

 

 アスベルの回答に納得したシェリア達だったが

 

「いや~可愛いだなんてそんな」

 

 レヴィはまんざらでもない様子だ。

 

「うぅ、私はあそこまでバカにはなれません」

 

「あそこまで行くともはや特殊能力ですね」

 

「そんな特殊能力いらぬわ」

 

「大丈夫、皆もとっても可愛いわよ」

 

「ありがとうございます。お母さん」

「ありがとうございます。お母様」

「感謝する。母上」

 

 まるでずっと過ごしてきた幸せな家庭のようなやり取りをするアスベル達をなのは達は羨ましそうなまなざしで見つめていた。

 

「なんや、普通に幸せな家庭って感じやな」

 

「そうだね」

 

「それで、そちらの2人は?」

 

 そんな中シュテルはいまだに固まったままのアリサとすずかについて聞いた。

 

「あっ、そうだったの。2人ともそろそろ戻ってきてよ」

 

「「はっ!」」

 

 2人はなのはに声を掛けられてようやく現実世界に帰ってきた。

 

「なのは? あれ? 今憧れの人にようやく会えたけど、実は結婚していて、子供が四人

 いましたっていう光景の夢を見ていた気がするんだけど?」

 

「偶然だね、アリサちゃん。私もちょうど同じ夢を見ていたよ」

 

「えっと気持ちは分かるけど、夢じゃなくって現実で、でも結婚はしていないよ?」

 

「なのは、その説明じゃよくわからないと思うよ?」

 

「せやで、それじゃ、また余計な誤解を招くで?」

 

「久しぶりだね。アリサ、すずか。元気だったかい?」

 

「ひゃい! 元気でした!」

 

 急にアスベルに声を掛けられたすずかは緊張した面持ちで答えた。

 

「ラ、ライさんもお元気そうで――」

 

 続けてアリサが答えようとしたが、スッとアスベルの人差し指で口を防がれた。

 

「その名前は禁句だよ? アリサ」

 

 アスベルはそう言って軽くウインクをする。そんなことをされたアリサは顔を真っ赤にして静かに頷いた。

 

「今日はこの子達に会いに来てくれたのか?」

 

「あっ、はい」

 

 アスベルに聞かれたなのははそう答えた後、シュテル達の方を向いて言葉を続けた。

 

「えっと、2人が昨日話した。私たちの友達の」

 

「月村すずかです。よろしくね」

 

「アリサ・バニングスよ。それにしても本当にそっくりね」

 

 なのはに紹介された2人はシュテル達に自己紹介する。

 

「ご丁寧どうも、私はシュテル・スタークスです。以後お見知りおきを」

 

「ボクはレヴィ・ラッセル。よろしく」

 

「我はディアーチェ・K・クローディアである。世界の覇者たる我に出会えたこと感謝するが

 良い」

 

「そんな言い方しちゃダメですよ、ディアーチェ。えっと、ユーリ・エーベルヴァインです。

 よろしくお願いします」

 

 シュテル達もアリサ達に自己紹介を終えた。

 

「シェリア・バーンズよ」

 

 自己紹介をしたシェリアはゆっくりとアリサとすずかに近付き、耳打ちをする。

 

(私は別にアスベルとそういう関係じゃないから安心して)

 

((あっ、はい))

 

 シェリアにそう言われた二人は顔を少し赤くして、頷いた。

 

『シェリア、余計なこと言うな』

 

『良いじゃない別に。私だってアリサちゃん達と仲良くしたいのよ』

 

『そこまでなりきらなくったって良いんじゃないのか?』

 

『雰囲気作りは大切なのよ。ボロを出さないためにもね』

 

『まあいいが……』

 

「立ち話もなんだし、皆。家に上がっていって、一緒にお茶しましょう?」

 

「良いんですか?」

 

 シェリアの提案に申し訳なさそうにアリサが確認を取った。

 

「もちろんよ♪ ねっアスベル」 

 

「ああ、構わないよ。折角来たんだ、ゆっくり話していってくれ」

 

「それではご厚意に甘えさせていただきます」

 

 そして、なのは達はアスベル達の部屋に案内された。

 

「それじゃ、適当にくつろいでいいから」

 

 部屋に招かれたなのは達はテーブルへと案内された。

 

「シェリアはお茶を出してくれ。俺は適当に何か作るよ」

 

「分かったわ」

 

 そういってアスベルは台所に向かう。するとアリサがアスベルに声を掛けた。

 

「あっ、あの!」

 

「ん? なんだ、アリサ」

 

 アリサに声を掛けられたアスベルは振り返り、アリサを見る。

 

「わ、私にもお手伝いさせて下さい」

 

 アリサは顔をほんのり赤くし、言った。

 

「いや、ゲストに手伝ってもらう訳には……」

 

「その……家ではあまり手伝わせて貰えないので……言い方は悪いんですが、練習させて

 もらいたくて」

 

 それもそのはず、アリサは所謂お嬢様だ。それも超が付くほどのお嬢様である。本来であれば、料理など学ばなくとも家の使用人やお抱えの料理人に作ってもらうため、それこそ一生料理をしなくとも生きていける。もっとも家が没落しないことが前提だが……

 

 しかし、アスベルと一緒に料理することを目標にしたアリサは家の料理の手伝いをすることが多くなった。とは言え、手伝わせてもらえるのは調味料の分量を量ったり、それら調味料をかき混ぜたりする程度のあくまで危険のないことだけあり、包丁や火を使った調理は手伝わせて貰えない。

 

 理由は単純、料理人たちにとっては仕事であり、アリサは手伝いに過ぎないからである。料理人たちは料理することで給料をもらっている。にもかかわらず、雇い主の娘に料理させてしまっては仕事を放棄していると言われても否定できなくなてしまう。

 

 そもそも料理中にアリサに怪我をさせてしまっては職を失い兼ねない。しかし、雇い主の娘である以上無下にはできないため、もっとも危険がなく、簡単なことをやってもらうしかない。もっとも雇い主にアリサに教える分の給料をもらえば話は別だがそれはアリサの本意ではない。

 

 アリサにとって料理を覚えることはあくまでアスベルと一緒に料理をしたいという願望を叶えるための必要行為だ。理想を言えば、対等に料理ができるようになり、子供達やペットの犬と暖かな家庭を築き、幸せそうに一緒に料理をすることだが、それはひとまず置いておくとして。

 

 理想を叶えるためには経験が必要だ。それが例え、本来の目標である人であっても貪欲に経験を欲した。まあ、アスベルと一緒に料理をするという願望が入っていることは否めないが……

 

「……そう言うことなら、少し手伝ってもらえるかな?」

 

「ッ!? は、はい!」

 

 アスベルから許可をもらったアリサは満面の笑みを浮かべる。その花の咲いたような笑顔を見たなのは達は新鮮な顔つきでアリサを見ていた。

 

「あんな顔のアリサちゃん初めて見たの……」

 

「確かに……」

 

「アリサちゃん……良かったね」

 

「少しドキッとしちゃったよ。私女の子なのに……」

 

「アリシアちゃん、これがギャップ萌えや。普段ツンツン、後でデレデレ、

 通称TU☆N☆DE☆RE」

 

 本当はなのは達も手伝いたいところだったが、お昼休みの件があったため、今回はアリサに譲った。アリサにとってはまさに怪我の功名である。

 

「なるほど、あれがTU☆N☆DE☆RE……ですか」

 

「なにそれ? 美味しいの?」

 

「阿呆、食べ物では無いわ」

 

「じゃあ、ディアーチェもTU☆N☆DE☆REなんですね」

 

「我がいつデレた!」

 

 そうして、アリサはアスベルから渡されたエプロンを身に着け、キッチンへと入る。アスベルはというと既にエプロンを身に着け、必要な材料を取り出していた。

 

「それじゃ、パンケーキを作ろうと思う」

 

「はい」

 

「俺はホイップクリームを泡立てるから、そこにあるレシピ通りに材料を取り出して、

 分量通りに分けてくれ。果物は冷蔵庫の一番下、調味料はそこの戸棚だ。レシピの分量は

 二人前だから気を付けて」

 

「分かりました」

 

 そう言われたアリサは人数分の計算をして、レシピ通りに分量を量っていく。その間アスベルはボウルに生クリームを入れ、泡立て器を使い、泡立てる。

 

「あっ、ハンドミキサーじゃないんですね」

 

「ああ、俺の場合こっちのほうが早いからさ」

 

 そう言って、アスベルは物凄い速さで泡立て器を動かす、ボウルの中の生クリームはアーチを描くように空中を舞う。アスベルは更にボウル自体を横に回転させた。すると生クリームは八の字を描くように空中を舞った。

 

「な! あれは八の字混ぜ(スカイ・エイトアーチング)!」

 

「知ってるの! はやてちゃん」

 

 それを見ていたはやては席を立ちあがり、驚いた顔を見せる。

 

「まさかあれを拝める日が来ようとは……」

 

「とにかく、すごい技ってことは分かったよ……」

 

 子供達の中では一番料理のできるはやての反応を見て、取り合えず一緒に驚いてみるフェイト。しかし、アスベルはそれに留まらなかった。ボウルの回転を更に速め、八の字を描いていた生クリームは更に高く、螺旋を描くように空中を舞う。それはまるで二体の龍が天に上るかのように。

 

「あっ! あれは天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)!」

 

「知ってるの! はやてちゃん!」

 

 なのははセリフの使いまわしではやてに聞いた。

 

「言ってみただけや」

 

「言ってみただけか―い!」

 

 アリシアははやてのボケにツッコミを入れる。

 

「貴様ら、我らの家まで来て何故漫才をしている?」

 

「流石はお父様です」

 

「略して『さすおと』だね!」

 

「刺す音? い、痛そうです」

 

 シェリアはそんなやり取りをしていると子供たちを見て、微笑ましそうな顔で紅茶をトレイに乗せ、なのは達の前に並べる。

 

「アスベル。あまり調子に乗っちゃダメよ?」

 

「ああ、皆が良い反応するから、つい。アリサ、砂糖をくれるか?」

 

 アスベルが話しかけたが、アリサからの反応は無かった。アスベルに見惚れて、アリサはポ~としていた。

 

「アリサ?」

 

「はっ! はい、砂糖ですね!」

 

 もう一度アスベルに声を掛けられたアリサは分量通りに分けた砂糖を慌てて、アスベルに差し出す。しかし、その際に手が触れあい。

 

「ひゃあ!」

 

 アリサは砂糖の入った皿を上に放り投げてしまう。

 

「おっと」

 

 しかし、アスベルは砂糖をこぼさないように器用に皿をキャッチした。

 

「ああ! す、すみません!」

 

「いや、大丈夫だ。それより、体調が悪いなら無理に手伝わなくても良いんだぞ?」

 

「だ、大丈夫です!」

 

「そうか? 無理しなくていいからな」

 

「はい……」

 

 アスベルにそう言われたアリサは返事を返し、再び材料の取り出しに戻る。

 

――何やってるのよ私は! せっかくアスベルさんと一緒に料理できてるのに……もう失敗は

  できないわ。しっかりしなさい、アリサ・バニングス。この日のためにいっぱい勉強した

  じゃない。

 

 アリサは一層の気合を入れた。砂糖を受け取ったアスベルは砂糖を加えながら生クリームを混ぜ、凄まじい速さでホイップクリームを完成させた。それと同時にアリサも材料の取り出しが完了した。

 

「それじゃ、俺がメレンゲを作るから、アリサは生地の元を作ってくれ」

 

「分かりました」

 

 アスベルとアリサは卵を割り、卵黄と卵白に分ける。アスベルは再び、泡立て器で卵白をかき混ぜ、メレンゲを作り始めた。アリサは薄力粉や卵黄をボウルに入れ、生地を作っていく。

 

「アスベルさん、これくらいで良いですか?」

 

「ん? ああ、そうだな。もう少し待ってくれ、俺の方もそろそろできるから」

 

「はい」

 

 アリサは作った生地を見ててもらい、アスベルに確認を取った。アリサは自分の頬が緩むのを自覚した。憧れの人とそんなやり取りができることに対して、心の底から喜んでいた。

 

「よし、メレンゲも完成だ。それじゃ、アリサの作った生地をこっちに入れようか」

 

「分かりました」

 

 アリサは自分の作った生地をアスベルのボウルに入れる。

 

――ふ、二人初めの共同作業みたい……

 

「じゃあ、ヘラでかき混ぜてくれ。泡をつぶさないように切るようにやってくれ。

 俺は焼く準備をする」

 

「分かりました」

 

 アリサは言われた通り、ヘラで生地を混ぜていく。

 

――ああ、良いわ。まるで夫婦みたい……

 

 アリサはニヤけながら、作業を続ける。すると焼く準備が終わったアスベルが戻ってきた。

 

「うまいじゃないか。結構料理するのか?」

 

「そ、そうですか? 一応手伝いでやらせてもらいってるので」

 

「そうか。アリサは将来良いお嫁さんになるな」

 

しょ、しょうれしゅか(そ、そうですか)? うれしいでしゅ」

 

 プシュ~と音が出ているかと思うほど、アリサは顔を真っ赤にさせる。

 

『マスター、今まで黙っていましたが、実は……』

 

『何だ? 急に改まって』

 

『ただ今、フラグ乱立中です』

 

『それさぁ、早く言ってよ~』

 

『だって、面白いんですもの』

 

『仕手られたな』

 

『ああ、それと』

 

『まだ何かあるのか?』

 

『なのはちゃん達が物凄い見てます』

 

『だからぁ、早く言ってよ~』

 

 ミストの指摘通り、なのは達、聖祥組が目を見開いて、じっとキッチンを見ている。

 

「やっぱり、私も手伝えば良かったの」

 

「そうだね。失敗したよ」

 

「私も料理覚えようかな……」

 

「私は食べる専門だから」

 

「アリシアちゃんはブレへんね~」

 

 そうしている内にアリサの生地が出来上がった。

 

「それじゃ、俺が焼くから。アリサは果物を切ってくれ」

 

「は、はい」

 

 そこでアリサに今まで以上の緊張が走る。さっきも言った通り、アリサは包丁を使ったことがない。使い方は勉強したから知っている。だが、実践は頭で思った通りにはいかない。踏み台に上り、包丁を持ったアリサは苺をまな板の上に置く。

 

――落ち着きなさい、アリサ・バニングス。大丈夫、うまくいく。まずは手を猫にして……

  あれ、猫の手ってどうだっけ? こう? なんか違う気が、ニャ~? 

 

 アリサはまな板の前で挙動不審になり、グーにした左手を顔の横にもってきて、猫の真似をする。その様子見ていたアスベルはアリサに声をかける。

 

「アリサ。もしかして包丁使うのは初めてか?」

 

「え! いや、そ、そんなことないです! 大丈夫です」

 

 アスベルに聞かれたアリサはさらに体が強張った。

 

――ど、どうしよう! バレたら終わっちゃう! せっかくの楽しい時間が。夢にまで見た幸せな

  時間が! 早く! 早く切らないと!

 

 右手にもった包丁をギュと握りしめ、震える左手で苺をもった。このまま切れば、間違いなく左手を切るだろう。しかし

 

「え?」

 

 アスベルがアリサの背後から優しく体を包むようにその大きな手でアリサの手を包み込む。その光景はまるで後ろから抱き着いているかのようだった。

 

「落ち着いて。まずは力を抜こう。確かに包丁は使い方を誤れば怪我をするけど。

 ちゃんと正しく使えば、問題ないから」

 

 アスベルはアリサの耳元でささやくように言った。

 

「は、はい……」

 

「それじゃ、行くよ」

 

 アリサの手はアスベルによって動かされ、左手で苺を抑え、苺を縦にスッと切った。

 

「ほらね」

 

「はい……」

 

 アリサは上の空だった。顔を紅潮させ、潤んだ瞳で顔の傍にあるアスベルの顔を見つめる。

 

「あの……」

 

「何?」

 

「もう一回お願いします」

 

「ああ、分かった」

 

 もう一度同じ体験をするアリサは幸せを噛みしめる。今まで努力をして来て本当に良かったと。願わくばずっとこの時間が続いて欲しいと。しかしその時間はすぐに終わりを告げる。

 

「こんな感じだ、もう大丈夫かな?」

 

「はい……ありがとうございました」

 

 アスベルはアリサから離れる。アリサはその体に残った熱を抱き締めるように左手を右肩に置く。

 

「譲るべきじゃなかったの。絶対に」

 

「私は理解したよ。チャンスは奪い取るものだと」

 

「料理を覚えよう。そして次こそあそこに立つ」

 

「情にほだされた数分前の私を殴りたり気分や」

 

「はやては料理できるでしょ? あれができるのは私たちのような素人だけだよ」

 

「おや、アリシアちゃんは食べる専門やろ?」

 

「ふふ、前言撤回だよ」

 

「いやいや、料理は奥が深いんやで。アリシアちゃんには無理や」

 

「言ったな~」

 

「ふふふ~」

 

 なのは達は笑顔で話している。うん、楽しそうだね!

 

「な、なんだか怖いです……」

 

「これがナノハのプレッシャーと言う訳ですか」

 

「ふん、馬鹿々々しい」

 

「ふふ、平和ね~」

 

「それより、お父さ~ん。おなかすいたよ~」

 

 ユーリ達はなのは達を見て言った。

 

「ふふふ、もうレヴィったらしょうがないわね。もう少しでできるから待っててね?」

 

 アリサは笑顔でレヴィに言った。普段のキリッとした彼女はどこに行ってしまったのか……

 

「くっ、もう正妻気取りやで」

 

 はやては悔しそうに言った。

 

「アスベルさ~ん。私も手伝っていい?」

 

 アリシアはキッチンにいるアスベルに声を掛けた。

 

「ああ、構わないよ」

 

「やったー! 念願のチャンスを手に入れたぞ~」

 

「「「殺してでも、奪い取る」」」

 

「な、なにをする貴様ら~」

 

 そういってアリシアはなのは達に取り押さえられる。

 

「まあもう、終わりなんだけどさ」

 

 そういってアスベルとアリサは皿に乗ったパンケーキに盛り付けを行い、一皿ずつテーブルに運ぶ。

 

「「「「そ、そんな~」」」」

 

 なのは達はがっくりと肩を落とす。

 

「ほら皆、席について食べましょう」

 

 アリサの顔はまるで笑顔で言った。

 

「こ、これで勝ったと思うなよ~」

 

 アリシアは定番の負け惜しみを言った後、自分の席について、パンケーキを頬張る。

 

「こ、これは! プラズマ! ウマッシャ―!」

 

「姉さん、大袈裟だよ」

 

 そう言っていたフェイトもパンケーキを一口入れる。

 

「お! 美味しい!」

 

「え? そんなに?」

 

 二人の反応が気になり、なのは達も一口食べる。

 

「こ、これは!」

 

「た、確かに美味しい」

 

「お母さんが作ったみたいに美味しいの……」

 

 あまりの美味しさに驚愕するなのは達。

 

「レ、レシピを教えていただきたく!」

 

 はやてがアスベルに食い気味に聞いた。

 

「ああ、これだ」

 

 アスベルはレシピの写しをはやてに渡した。

 

「ありがたや、ありがたや」

 

 はやてはどこかの農民のようなことを言いながら、レシピを受け取る。

 

「それとこれに前に教えたアイスを乗せると更に美味しくなる」

 

「さ、最強や……アスベルさんはなんてもんを作ってしまったんや」

 

「そ、そんなに美味しいの」

 

 ごくりとのどを鳴らしながらアリシアがはやてに聞いた。

 

「美味いアイスと美味いパンケーキ。二つが合わさって」

 

「さ、最強に見える!」

 

 2人は息の合った漫才を披露している中。

 

「ん~! 美味しい!」

 

「ええ、さすおとです」

 

「アリサも大儀であった」

 

「お父さん! 今度はアイスもお願いします!」

 

「口に合って何よりだよ」

 

「お疲れ様。はい、アスベル、アリサちゃん」

 

 シェリアはそう言ってアスベル達に紅茶を差し出す。

 

「ああ、ありがとうシェリア」

 

「ありがとうございます。私もいい勉強になりました」

 

 アスベル達は紅茶を受け取り、紅茶を受け取り、カップに口を付ける。

 

「良い香りですね。ダージリンですか?」

 

「ええ、良い茶葉が手に入ったの♪」

 

 なのは達のやり取りを他所にアリサは紅茶を飲み、アスベルと作ったパンケーキを口にする。

 

「あっ美味しい」

 

「自分達で作ったと思うと感動もひとしおだよな」

 

「はい、そうですね。今度はもっと上手に作りたいです」

 

「その年であれだけできれば、十分だと思うけどな」

 

「いえ、私なんてまだまだです。アスベルさんまでとは言いませんが、人並みにはできるように

 なりたいです。なので……その、また教えてもらっていいですか?」

 

「ああ、構わないよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 アリサは満面の笑みでお礼を言った。それからしばらく全員で世間話をしていると

 

「そういえば、今日は葵がいないんだな」

 

「あっ、はい。葵ちゃんは他の用事があって」

 

 不意にアスベルが質問を投げかけるとなのはが答えた。

 

「アオイと言えば、今日買った本にアオイにそっくりな人がいましたね」

 

「あっ、それってルナテイク?」

 

「ええ」

 

「それ葵本人よ」

 

 今後はシュテルが疑問を投げるとすずかは答え、アリサが補足する。

 

「へぇ~、何か全然印象が違うな~」

 

「そうですね。何だかとっても幸せそうでした」

 

「うむ、相手の男に好意を持っているかのようだったな」

 

「流石は王様。正解や」

 

 レヴィ、ユーリ、ディアーチェの順で言った後、はやてが言った。

 

『好意ですって、マスター』

 

『何を今さら』

 

『自分で自分のファッション雑誌を買うのってどんな気持ち? ねぇねぇどんな気持ち?』

 

『そうだな。ちゃんと仕事をこなせていたかしるためにも確認が必要だな。また、仮に今後

 同じ仕事があった場合の悪い点を改善する点においてもやはり確認は必要だろう』

 

『つまんない回答ですね』

 

「あ~あ、早く見たいな~。リニスちゃんと買えたかな?」

 

「リニスなら大丈夫だと思うけど……」

 

「どうでしょう? 私たちが店に行った時にはほとんど売り切れていましたよ?」

 

「え? ホンマ?」

 

「ああ、残り数冊といったところだったな」

 

「午前中でそれでしたからね。午後にはもうないんじゃないでしょうか……」

 

「ということは葵は予約して正解だったってことね」

 

「あ~、ヴィータは大丈夫やろか? お昼食べたら買いに行くって言ってたなぁ」

 

 はやては天を仰ぐように顔を上に向ける。

 

「そうだわ、良かったら、読んでいく?」

 

 シェリアの提案に全員が乗り、ルナテイクを広げた。




没ネタコーナーです。

①アリサがなのはに掴みかかっているシーン

「2人のことはどうでもいいから! 葵ちゃんもアリサちゃんを止めるの手伝って!」

「さあ、言いなさい! なのは! 早く!」

「もうやめて! アリサー!」

 フェイトは涙目に鳴りながら、アリサにすがりつく。

「HA☆NA☆SE」

「なのはのライフはもうゼロよ! もうとっくに勝負(なのはは気絶)はついたのよ!」

「言え! なのはあああ!」


 はい、没ですね。キャラ崩壊しています。悪乗りしすぎです。


②葵が本の予約した話のシーン

「駅前のデパートと商店街の本屋と海鳴公園の近くの本屋よ」

≪なんで三か所!≫

「当然でしょ! 一つ目は観賞用。二つ目は保存用。三つめは使う用よ!」

「使うって何に!」

「そりゃもちろん! [ピー]したり、[ピー]したり。ああ、[ピー]するのも良いわね!
 でもやっぱり最初は[ピー]よね! それから[ピー]で[ピー]を[ピー]してから[ピー]
 に入れて[ピーーーーーーーーーーーーーーーーー]」

 ただ今、不適切な発言があったことをお詫び申しあげます。葵が落ち着くまでしばらくお待ちください。


はい、没ですね。キャラ崩壊しています。下ネタあかんで?


没ネタが以上です。冒頭のヴィータの話はどこに行ったのか……
次回はヴィータの話になる……と思うよ!

では

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