稲妻の王子   作:heavygear

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先に謝罪します。

今回おっさん率高いです。

さて、インドラ王子の運命は如何に!?


第五話 聖蓮天王の護法紋

 

 

 ここはダエーワ国の首都タヒト……の、賑やかな表通りでの事。

 

 真昼間からお酒を呑んでいるルンギー(腰巻)一丁の酔っ払いが歩いています。

 

 男は肩で風を切るように歩き、地元民はそんな彼にぶつかったりしないよう道を空けました。

 避ける住人達の目に、その人物は怖い者に見えたのでしょう。絶対目を合わせようとはしません。そりゃそうだ。その人物は、ムキムキマッチョで髪型はモヒカン、腕脚背中に刺青がある世紀末な外見の爺様なのですから。

 

 はい、導師サンガムですね。

 

 お顔は真っ赤で、時折意味不明な言葉を発する、見事な酔っ払い状態でした。御機嫌だぜーってなご様子で、スパイシーな肉料理を出す露店をハシゴしては、酒をゴクゴクと呑み歩き、とっても幸せそうなご様子です。

 

「うぃ~~っ。朝も早よから酒が旨いっとくらぁ……げぇ~ふっ」

 

 いえ、もうお昼ですよサンガムさん。

 この様子だと、朝からずっと呑み歩いていたようですね? 吐く息どころか体臭まで超酒臭いです。人が避けるのも仕方がありません。ついでに通りで店を出す連中からは『またこんな時間から呑んでるよ』や『今日で3日連続』等と呟かれる始末。ダエーワ国では『酒は嗜むもの、呑み過ぎは嫌われるもの』が常識ですので、周囲から冷たい目で見られても仕方ありません。それに見た目からしてアウトな爺様です。こんな爺様がダエーワ国最強の格闘家なのですから世も末といえましょう。

 

 あっちへふらふら、こっちへふらふらな最強の爺様に、渋い表情の住人達。

 しかし、嫌な事というのは次から次へと起こるものです。

 

パオオオオオオオオオオオオオオオン……ッ!!

 

「うわーーーっ! 暴れ象だぁっ!」

 

「ひえぇぇっ! に、逃げろぉっ!!」

 

 サンガムが進もうとする遥か前方から暴れ象出現。

 買い物客や通行人達が慌てふためいて逃げ惑います。当然、暴れ象並みに怖そうなサンガムを避けて……。

 荒れた空気に触れ、格闘家の血が騒いだのか、サンガム爺様は空になった酒瓶を捨て、闘いの構えをとりました。

 

「げ~~~~っぷ、象と殺りあうのは久しぶりじゃのぅ。クククッ……ッ!? ヌウゥッ」

 

 とんでもない発言をする爺様は、騒ぎのする方へと構えたまま千鳥足で向かいます。が、サンガムの背はかなり低いため、逃げ惑う人波に視界を邪魔され、なかなか相手の姿が確認できません。その事にイラつきながらも足を動かします。アルコールの効果も上乗せされ、表情は完全に赤鬼状態でした。怖いです。

 

ドドドドドドッ……。

 

 暴れ象の足音が近付きました。

 しかし、地面から伝わる震動は小さなもの。成獣の象ではなさそうです。

 

「ぬ?」

 

 ついでにサンガムが聞きなれた声まで響き、爺様は眉を寄せました。

 

「いやあああっ!! 止まって! 止まってぇぇっ!! お願いだからあぁぁっ!」

 

パオオオオオオオオオオオオオオオン……ッ!!

 

「インドラ王子の象が暴走したぁーっ! みんな逃げろぉっ!!」

 

 暴れ象の正体はアイラのようでした。

 そして何故か、導師シンバがしがみついていたのです。たぶん、止めようとしたのでしょうね。まったく、止められていないようですが……。

 

 やれやれと首を振ると、ていっとサンガム爺様は4メートル上空へと跳躍しました。

 凄いジャンプ力です。さらに空中で二回転半ひねりを披露し、アイラへと飛び蹴りを放ちます。

 

「静まれぇぇいっ!」

 

ドカッ!!

 

「パッ!? ォォン……ッ!」

 

「っ!? ちょっ! きゃぁぁっ!」

 

ズズゥゥ~ン……ッ!

 

「ぐぇっ!」

 

 サンガム爺様のビューティフォーなキックを受けアイラは地響き発てて倒れました。

 爺様の強烈な蹴りに、胴体にしがみついていた導師シンバが当然巻き込まれます。爺様、狙って蹴ったね?

 アイラを蹴った反動を利用し、バク転かまして華麗に着地する導師サンガム。やだ、なんか格好いい!

 

「いったい何を騒いでお……っ!?」

 

 状況を聞きだそうと口を開きかけた導師サンガム。

 何故か、突然その表情が一気に青くなります。

 

「ウオエエエエエエェェッ!!!」

 

ゲボボボボッ……ビチャビチャッ!

 

「痛た……っ!? ぎゃああああああああああああああ……っ!」

 

 嘔吐する爺様。泥酔状態であんだけクルクル宙を舞ったら気分も悪くなるでしょう。やだ、なんか格好悪い!

 アイラの下から抜け出そうとした導師シンバ不幸。

 酸っぱい匂いの混じる酒臭い汚液を頭からジャバジャバと被る破目になったのですから……。

 まさにエンガチョ。

 

 兎も角、これで暴れ象による騒動は鎮静化しました。

 

 

 

 後片付け等が終わり、時は日も沈もうとする夕暮れ時。

 ボコられて絶賛気絶中の象のアイラを、シンバの自宅にある庭に寝かしてから、お茶で口を漱ぐゲロ吐き爺。

 

「ふぅ……で? お前らは何故、あげなトコ(あんな所)で暴れちょったんじゃ?」

 

 場所をシンバの自宅に変え、入浴してさっぱりした彼に質問するサンガム。

 汚液を浴びせられたシンバの表情は怒りでかなり引きつっていましたが、すぐに気持ちを抑えて、事情を説明します。

 

「それがねぇ。変な話なのよ。お休みをいただいた翌日、お城に顔を出したら、アイラちゃんを預かってくれって急に言われたの。それもおかしな事に、インドラ王子からじゃなくって、ティヴィー王妃様からなのよ。変でしょ? お城の象舎に預けておけばいいのに……。しかも、信じられない事に象使いがアイラちゃんを外に放り出そうとしているの」

 

「随分とおかしな話じゃな。王子があんだけ可愛がっちょったアイラを一頭だけ外に放るとは?」

 

「でしょう? 突然の話だったし、アイラちゃんも可哀想にしょんぼり落ち込んでるのよ。喧嘩でもしたのかしら? 理由を聞こうにもインドラ王子に会わせてもらえなかったし……。それに、アイラちゃんの事放り出せないでしょ。仕方ないからその日は預かったの」

 

「流石に王子の象を他の人間に『代わりに預かれ』なんぞ言えんしのう」

 

「そうなのよ。一晩ぐらいなら良いかなって、思ってたの。それで翌日、インドラ王子を訪ねようとしたけれど、どういう訳か離宮に入れてくれないのよ。古びたところの改修工事と部屋の模様替えを行ってるからって、わたしを追い返そうとするの。失礼な話よねぇ。模様替えの助言ならわたしに相談してくれればいいのに」

 

 長話になりそうな気配に、顔を顰める導師サンガム。女性口調で話す導師シンバにうんざりもしていました。ついでに吐いた後という事もあり、気分が欠片も優れません。

 

「長くなりそうなら、ワシャ帰るぞ」

 

「待ちなさいって。相変わらずせっかちさんねぇ。話はこれからなんだから」

 

 席を立とうとするサンガムを引き止めるシンバ。渋々、座りなおして、耳を傾けるのでした。

 

「じゃったら、早う言わんか」

 

「そうそう。わたしを追い返した相手も変なのよ」

 

「お前以上に変なヤツが城に居るのか?」

 

「あんたね、鏡でも見たら? まあ、いいわ。続けるわね。どういう訳か僧侶に追い返されたのよ。僧侶よ。僧侶っ! 絶対変だと思わない?」

 

「なんじゃ。どうせアレじゃろ? 王子の奇行がなくなるよう祈っちょるつうオチじゃろ?」

 

 小馬鹿にした表情でサンガムは話を終らせようとしましたが、シンバの次の言葉に表情を険しく変えます。

 

「そりゃ離宮からブツブツ祈りを唱えてるような雰囲気だったけど。……って、話を戻すわね。お城であまり見かけない僧侶の事なんだけど、僧侶も変な人達なのよ。『全身刺青だらけの僧侶』なの。怪しいと思わない?」

 

「なに?」

 

「だ~か~らっ、あんた以上に刺青だらけの僧侶だったのよ、そいつら。そりゃもう、頭の天辺から足の先まで、意味判んないくらいグチャグチャした刺青塗れなのよ。変でしょう? ……って、どうしたの怖い顔して?」

 

 シンバの語った『刺青だらけの僧侶』に心当たりがあるのか、サンガムは腕を組んで唸りました。

 

「ぬう……まさか……?」

 

「なに考え込んでるのよ? めっずらしぃ~っ。もしかして、その僧侶達ってあんたの知り合い?」

 

 興味が湧いたのか、茶化すように質問するシンバ。

 しかし、サンガムはそれには怒らず、唸りながら頭を抱えました。

 

「むむむ……お前が会うたんは、僧侶の一派で最も古い護法紋施術師じゃ……。これはもしかすると……っ!」

 

 そして、刺青だらけの僧侶について心当たりを発言し、何かを想像したのか、さらに顔を顰めます。

 

「護法紋って……。あんたの身体にしてあるお呪いの刺青よね? 護法紋施術師……って、なんでそんな連中が離宮に居るのよっ!? って、ちょっとあんた! 殊更怖い顔して、どこ行くつもりよっ!」

 

 急に立ち上がり家の外へと飛び出すサンガム。後を追ったシンバは、庭で空を見上げているサンガムにすぐに追いつきます。しかし、シンバは空を睨むサンガムの行動がよく解りません。

 

「……やはりか。………アイラが取り乱したんも、アレが原因かの」

 

「ちょっとっ!! なに一人で悟ってんのよ!」

 

 訳を問うシンバに振り返りながら、空の一点をスッと指差すサンガム。

 

「なに指差………っ!? なっ、なに? なんなのよ? あれはっ!?」

 

 サンガムの指差した先には、満月が浮かんでいました。

 

 そこに浮かんでいたのは、見慣れた白いお月様ではありません。

 

 紅い点。

 

 そう、白い月の表面に、紅い小さな光が15個も浮かび上がっていたのです。

 

 そして、その小さな紅い点を始点として、何かの図形が3つ描かれようとしていました。

 

「まさか……?」

 

「そう、そのまさかが行われようとしちょる」

 

「で、でも、アレって大昔の御伽噺なんじゃっ!?」

 

「確かに昔の話じゃな。じゃが、ワシは月にあの文様が浮かび上がった所を一度だけ見ちょるっ!」

 

「せっ、聖蓮天王の護法紋?」

 

 緊張した表情でシンバはサンガムに問いました。

 頷きを一つ返し、サンガムは言葉を続けます。

 

「どこの馬鹿たれ共かは知らんが、三箇所で同時に『聖蓮天王の護法紋』を刻んじょるっ! あの生還者が百年に一度出るか出ないかの『人殺し』の護法紋をじゃっ!!」

 

「で、でも、それがインドラ王子とアイラちゃんに何の関係が……っ!? そ、そんな……まさか?」

 

「一箇所は王子に間違いなかろうて。おそらく過酷な痛みに苦しめられちょる王子の叫びが、絆を結んじょるアイラに届いたんじゃろうな。あん儀式は、満月が浮かぶ前日から執り行うからのう」

 

 苦い表情で立つサンガム。

 

「お前の額にあるティラク(赤い涙滴型の点)は普通の刺青じゃろ?」

 

「えぇ。仙骨の開眼祈願でみんな(平民と奴隷以外)してるからだけど……。それが何?」

 

「痛かったかの?」

 

「大した事なかったわ」

 

「生爪や生皮を剥がされたり、短剣で身体に何百と突き刺された経験はあるかの?」

 

「ないわよ。修行中に生爪が剥がれた事は何度かあるけど……って、そこまで痛いの? その護法紋って?」

 

「うむ。護法紋を刻むっちゅうんは、そういう痛みと戦う事なんじゃ。ワシの身体に刻んじょる『双虎猛将の護法紋』でさえ、凄まじい程の激痛での。あまりもの辛さにワシでさえガキのように小便垂れて泣き喚いたもんじゃ……」

 

 自身の腕を擦りながら、サンガムは自嘲気味にそう語りました。

 

「あんたが泣く? 冗談でしょ? たかが刺青如きに?」

 

 シンバのティラクとサンガムの護法紋は形は違えど同じ刺青に思えたでしょう。

 しかし、皮膚に浮かぶ色合いはまったく違うものでした。不自然な程、鮮やか過ぎるのです。まるで、昨日今日施したかのような美しさです。普通の刺青であれば、老化や皮膚の弛み等が原因で色褪せたり、図が歪んだりするものですが……。

 護法紋にはそういった劣化がありませんでした。

 

 サンガムの護法紋をまじまじと眺め、シンバは護法紋の持つ異常さにようやく気付きました。今までのシンバは、『ジジィのくせに、肌のお手入れがしっかりしてるわ』ぐらいにしか思っていなかったのでしょう。まあ、嫌いな相手の身体をジロジロ眺める趣味がなかった事も原因でしょうが……。

 

「護法紋を舐めるでないっ! 護法紋はの、余程の気力がないと耐えられん、自殺行為とも言える厳しい刺青なんじゃよ。耐えきれんヤツはみんな途中で死ぬか狂う……。刻まれる痛みに悶え苦しみ、最後は自害を望むのじゃ……。たかが刺青と侮る馬鹿は皆死んでしもうたわい」

 

 手で顔を押さえ、俯くサンガム。過去に犠牲者を見たのでしょうか?

 やるせない表情です。

 

「護法紋をティラクで済ますんであれば、命に関わる程酷いもんではないが……。月に文様が浮かぶ護法紋の儀式は『聖蓮天王の護法紋』以外なかろう。最悪じゃ」

 

「……」

 

 何時もふてぶてしい男が俯く様子に、シンバは言葉を失いました。

 

「『聖蓮天王』はの、ワシの『双虎猛将』よりも刻む場所が多い。さて、幼い王子が耐えきれるもんかの?」

 

「っ!? で、でも、護法紋施術師だって、仙術使いの一派なんでしょ? そうだわ! 癒しの術があるわ。癒しの術とかで、痛みを減らしたりできるんじゃなぃ……?」

 

 首を左右に振るサンガム。

 

「護法紋を刻むっちゅうんは、その行為自体が仙術の儀式の一つなんじゃ。いや、仙術の祖じゃったかの? まあ、ええわい。癒しの術なんぞ途中で使うたら、護法紋の加護は得られず、ただ痛いだけの刺青に成り果てるわっ!」

 

「あんたが勝手に熱くなるのはいいけど……。インドラ王子がそれをされるのって、ちょっと考え過ぎじゃない? あくまでそういう可能性があるって事よね?」

 

「普段寺院から出らん護法紋施術師が離宮に詰めちょるのにか? 3日前に視察へと出立した王と側妃、姿を見せん王子、外に放られ暴れるアイラ、月に浮かぶ護法招来の文様……。これでも可能性が低いと思うかの? 第一、ティヴィー王妃は『インドラ王子を殺したい』程嫌っちょるっ!」

 

「確かにティヴィー王妃はそんな感じだけど。そこまでするかしら?」

 

「するじゃろうの。今までは、なんだかんだ言うても王の目が届いておったんじゃよ。お前さん、気付かなかったかの? じゃが、今回はそうはゆくまいて。今回、王は視察に信用出来る連中をかなり連れて出立しちょる。王子の守りが弱くなっちょるんじゃ。最近は王妃の様子も大人しいから安心して呑んだくれておったが……。まさか、この時を狙うて仕掛けてくるとはの。ワシも耄碌したもんじゃわい」

 

「あんた元々耄碌してるじゃない? でも、どう動いたら良いのかしら? 下手に動いたら、私達も王妃に潰されるわよ」

 

 導師サンガムはティヴィー王妃が護法紋施術師を招き入れて王子暗殺を計ると主張。

 だが、ただの教師でしかない自分達に、それが正しいか解らないと導師シンバは考えていました。王子の事を気にいってはいるが、薮蛇になる可能性も考えられ、妻子持ちのシンバはサンガム程踏み込めないのです。

 

「お前に耄碌扱いされるとムカッ腹立つのう。まあ、それについては、後で拳で解らせてやるから良いわい。ワシの読みはかなり当たっておると思うぞ。なにせ、『聖蓮天王の護法紋』に挑む者が現れたら、普通は噂ぐらい広がるもんじゃぞ? なのに、それがない。耳を済ませてみい? あの月の異常に皆が気付き始めて騒ぎだしておるわ」

 

 耳を済まさなくとも、街中が騒ぎ始めている事にシンバは気付いていました。

 しかし、導師サンガムの言葉が正しいかどうかは判断がつかないのも事実。

 

「わたしだって気付いてたわよ。……でも、そんな急に言われても、本当かどうかも解らないのよ? 仙術の事はある程度理解してるけど、護法紋の事まで詳しく知らないわよ! だって、仕方ないじゃない。正式な護法紋を刻む人ってほとんどいないのよ。ティラク以上の事をする人なんて、この国でも10人だっていないわ」

 

「じゃろうな」

 

「不安になる推測はもう沢山よっ! で? あんた……どうする気なの?」

 

 事態の重さに顔を強張らせる導師シンバは、導師サンガムを睨みつけました。推理が正しければ王子救出に動きたいけど、もし、サンガムの妄想であったら目も当てられません。真意を探る必要があるのですが、確かめる時間も少ないため、シンバはサンガムの瞳を確認しました。

 淀みのない男の目であります。

 

「殴りこみに行くに決まっちょるじゃろが?」

 

「はぁ~っ。あんたの勘違いだったらどうする気よ?」

 

「そん時ゃ……」

 

「その時は?」

 

「笑って誤魔化すわい」

 

「……最低ね、あんた」

 

 つまらない事での喧嘩が多い二人ですが、この時ばかりは違っていました。

 王子救出に向け、手を組んだのです。師弟愛&友情パワーが漲っているようですね。

 

 素早く準備を始める導師二人。

 鼻と耳が効くアイラを介抱して、気絶から醒まさせます。

 

「パオオォォ~~~ンッ!!」

 

 泣いていました。

 蹴られた後が痛いから泣いたのではありません。

 インドラ王子を想って泣いているのです。

 愛用のジャマダハルを腰に2本吊るし、鉄の兜と皮の胴着を身につけた導師シンバは、アイラが再び暴走しないよう宥めました。

 

「暴れないで、アイラちゃん。落ち着くのっ! これからインドラ王子を助けに行くのよっ! だから、落ち着きなさい」

 

「ぱおぉぉんっ」

 

「良い子ね、アイラちゃん。私達と一緒に行きましょうね。場所は、たぶん離宮でしょうけど……」

 

 シンバは気持ちを落ち着かせたアイラを優しく撫でます。そして、サンガムに視線を向け、呆れた表情になりました。相変わらずの姿です。裸同然の腰巻一丁スタイルでした。

 

「なんであんたルンギー一丁なのよ? 防具はおろか篭手すら着けてないじゃない。馬鹿なの? 死ぬの?」

 

「クククッ……青いのぅお前は。ワシにとって、この状態は既に武装した状態じゃ。紅鶴派カルーリカ使いにとって、最強の武器であり防具は、この身体じゃっ!!」

 

「「…………」」

 

 導師シンバとアイラは、唖然とした表情です。

 

「……さっ、行くわよ、アイラちゃん」

 

「ぱ、ぱおーん」

 

「ちょっ、その目はどういう事じゃお前らぁっ!!」

 

 導師二人とアイラは離宮目指して駆けるのでありました。

 

 

 

 さて、インドラ王子は如何御過ごしでしょうか?

 視点を王子へと向けてみましょう。

 

「フルベユラユラ……ユラユラトフルベ……カムナガラタマチハエマセ……フルベユラユラ……ユラユラトフルベ――」

 

 満月の光を浴びて白く輝く王城。

 この辺りではまず聞かない不思議な音階の呪文が響き渡っております。

 

 いえ、それはまるで祝詞のようでした。

 

 離宮横にある鍛錬場から、その祝詞を唱える声が響いています。ドーム状に作られた天井に何故か大穴が開けられており、声はそこから洩れていました。

 何時もは離宮の庭に自由に放されている猫や孔雀達は、それぞれが檻に入れられ、鍛錬場を不安そうに見つめています。張り詰めた空気が場を支配しているのか、猫や孔雀達は皆押し黙っているかのようでした。

 

プツリップツップツッ……。

 

 針が皮膚に突かれる音。

 それは、祝詞のリズムに併せていました。

 げっそりと頬のこけたグンダルは、自身の流れる汗さえ拭わず、一心不乱にインドラ王子の裸身へ特殊な針を突き入れます。

 

「あと少しで終りまする。いましばらくの辛抱をっ」

 

「アググッ……ガハッ(ぎゃーーーーっ! 超痛ぇーーー!! 誰か! 誰か助けてくれぇっ!!)」

 

 それは異様な光景でした。

 知らない人が見たら、危ない宗教儀式にしか映らないでしょう。

 台座の上で男達に身体を押さえつけられ、特殊な針によって刺青を入れられる全裸の少年。

 少年が押さえ付けられている台座周辺の床には、白と黒の魚が円を泳ぐような姿をした陰陽を表す太極図、それを覆う五芒星と呼ばれる星型五角形、さらにそれを囲う八卦を表すような正八角形が描かれていました。

 祝詞を詠唱し続ける者は5人。星型五角形の鋭角に5人が立ち、交替要員でしょうか離れた位置に8人も控えていました。

 全裸で拘束されたインドラ王子は猿轡を噛まされ、呻く事しかできません。児童虐待ですよ。訴えたら勝ちますよ、インドラ王子。

 と、まあ随分とマニアックな光景でした。

 

 普段から大人びてるインドラ王子でさえも、そりゃあもう泣き喚きましたよ。

 

 思い出すだけでトラウマ級の事件です。

 

 ふと目が覚めたら、目の前にいるのが全身刺青だらけの僧侶達にビックリ。

 いきなり取り押さえられたかと思ったら、鍛錬場へと拉致監禁。

 全裸に剝かれた後、カミソリで坊主頭にされ、猿轡を噛まされる。

 その後、刺青を入れられる始末。

 あまりもの痛みに気絶失神失禁発熱頭痛のオンパレード。

 気絶しようが失神しようが、ズブリと針を突き入れられる痛みで覚醒。

 

 額から始まり、側頭部からうなじへ、首から背中へと向かい、両肩から両腕開始、二の腕から手の甲、尾てい骨から二股に別れて、太腿側面から両膝、両脛、足の甲と延々と針を突き入れられたのでした。

 

 脂汗ダラダラ、涙はボロボロ、鼻水と涎だって垂れます。下も垂れました。

 でも、苦しみは終りません。

 

 毒針で刺されるような痛みが延々と続くのです。しかも、身体の中をトゲだらけのムカデが這いずりまわるような感覚までプレゼントしてくれる始末。あまりもの辛さで死を覚悟しそうになる程、インドラをずっと苦しめぬいたのです。

 刺青された場所は高熱を発熱し、全身を焼くかのような痛みを与え、意識を何度も狩りました。

 

 インドラは抗います。

 

 しかし、鍛えているとはいえ所詮は子供。

 大人複数には敵いません。ついでに相手の見た目が不気味で超怖いです。ホラーです。夜トイレに行けないレベルでした。

 

「フルベユラユラ……ユラユラトフルベ……カムナガラタマチハエマセ……フルベユラユラ……ユラユラトフルベ――」

 

プツップツップツッ……。

 

「アガアアアアアァァッ(痛ぇーーー!! 誰か助けてぇぇぇっ!!)」

 

 何度も何度も声にならない助けを求めました。アイラ、両親、サンガム、シンバ、名前を覚えてないけど護衛の人達……。

 でも、助けは来ないのです。

 

 絶望。

 そんな暗い感情に苛まれてしまうインドラ王子。

 

 もし、次に耐えれない激痛が来たら死ぬかもしれない恐怖。

 逃げ場なしの状態でした。

 

『インドラッ!』

 

 お昼あたりでしょうか?

 自分を呼ぶ声に、逝きそうになるインドラを現世に留める声が聞こえました。

 

 ……誰!? 誰でもいいから助けてぇっ!……

 

『インドラッ! 今助けに行くよっ!』

 

 初めて聞くのに聞きなれたような不思議な声が、熱にうなされる頭に響きます。

 

 ……あぁ、助けがくる……

 

 希望が芽生えます。

 不思議な声が、インドラ王子に苦痛に抗う気力を蘇らせたのです。

 幻聴でしょうか?

 それはインドラにしか解りません。

 しかし、不思議な声は途中で聞こえなくなりました。

 それでもインドラは耐えます。

 

 助けが来る事を信じて。

 

「パオオオオオオオオオオオオオオオン(インドラァァッ!)……ッ!!」

 

 声が、聞き慣れた象の泣き声がインドラの耳に届きました。

 

 ……っ!? あぁ、アイラだ……アイラの声だ……ここだ……俺はここに……い……

 

ワアアアアアアアアアァァ……。

 

ドカッ! バキッ! ズドンッ! バキャッ……。

 

「いかんっ! おい、先に行けっ!!」

 

「ちょっ!? いやああああぁぁ~~~っ!!」

 

 大勢が争うような物音が近付いてきます。

 その中に、アイラだけでなく、導師サンガムと導師シンバの声も聞こえました。何故か導師シンバの声は悲鳴で、こちらに飛んでくるような尾を引いた声でした。

 

ヒュウゥ~~~~~ッ……ガンッ! 『ぎゃんっ!』ヒュウゥ~~~~~ッ……。

 

プツッ……。

 

「ふう。終わりまし……たわらばっ!!」

 

「王子っ!!」

 

 最後の一針を終えたグンダルに渾身のドロップキックをかまして導師シンバが登場です。蹴られたグンダルは地面にバウンドし、5HITコンボと転がり、やり遂げたようなイイ表情のままガクリと気絶しました。

 どうやら、サンガムがシンバを天井にある大穴へとぶん投げたようですね。サンガム格好いい!

 

「「「「「「「「導師シンバっ!!」」」」」」」」

 

「ゼーゼーッ……あによ、あんたら?」

 

 予備に控えていた8人が、シンバを囲みます。

 ここに来るまでに妨害を受けたのでしょう。シンバは既にボロボロの状態でした。天井近くに一回ぶつかって負傷したかもしれませんね。鉄兜の天辺が思いっきり凹んでますが、ここは聞かないでおきましょう。

 

「聖蓮天王の護法紋っ」

 

「この儀」

 

「邪魔される訳に……ぎゃぼおぉっ!!」

 

「キシャアァァッ!!!!」

 

「ま、待てっ! まだ続きを……ひでぶっ!!」

 

「シャアッ!!」

 

「「「「「「ウギャアァッ!!」」」」」」

 

 8人が話し終えるのをガン無視して、シンバは手当たり次第にジャマダハルの刃のない部分で一人づつぶっ叩いてゆきます。

 あっという間に、仙術を戦いに使う暇もなく、8人の僧侶達は地面に転がりました。

 

「フルベユラユラ……ユラユラトフルベ……カムナガラタマチハエマセ……フルベユラユラ……ユラユラトフルベ――」

 

「ハァハァ……」

 

 残りは詠唱を続ける5人。

 王子を救うべく、邪魔するならば排除と彼らを睨みます。

 

「フルベユラユラ……ユラユラトフルベ……カムナガラタマチハエマセ……フルベユラユラ……ユラユラトフルベ――」

 

「?」

 

 しかし、抗う訳でも逃げる訳でもないようです。

 5人を無視して、シンバはうつ伏せで倒れる王子の元へ駆けようとしました。

 

ズズズズゴゴゴゴゴ……。

 

「っ!? 地震っ!? ……え? なに、これ?」

 

 建物が突如揺れる事に驚きながらも、王子救出優先に右手のジャマダハルを捨て、王子に手を伸ばそうとするシンバ。

 何故か、『見えない壁』に阻まれて手が届かないのです。

 

パラパララ……ゴンッ! 『おうふっ!』

 

 天井が崩れ始めてきました。欠片が誰かに当たったようですが、シンバは見えない壁をドンドン叩いて壊れるか確認中でした。ジャマダハルで斬りつけてもビクともしませんね。

 

「なによ、これ? だったら、あいつらを」

 

 5人の仙術と思い、彼らの方へ向うシンバ。

 

「あだだ。死ぬかと思った」

 

「あんたっ!!」

 

「うわあっ!?」

 

 気絶から目覚めたグンダルの喉へとジャマダハルを向けるシンバ。どういう訳か、グンダルの身体は、首と身体が少し傾いている状態でさらに不気味です。詠唱を続けていた5人は詠唱を止め、何時の間にか土下座状態へと移行しております。

 

「インドラ王子をすぐに解放なさいっ! でないと、首が飛ぶわよっ!」

 

「ま、待て。もう私達にどうこうできる状態じゃないっ!」

 

「っ! ふざけたこと――」

 

 両手を揚げて降参ポーズのグンダルに、シンバはずずいっと迫ります。

 その時です。

 天より眩いばかりの光が差し込んで来たのです。

 

「……来た」

 

キイイイイイイイイイイイインッ!!

 

ガオンッ!!

 

 一瞬のうちに、インドラ王子の全身が青白い光の奔流に包まれました。また、地面がボコンっとめり込みます。

 

「何が来たって言うのっ!? 吐きなさいっ!

 

「天よりの加護。……陰陽五行八卦神仙道より護法の加護が招来する」

 

「加護? お、王子の刺青はせ、成功したって事?」

 

ガオンッ!!

 

 さらに地面が沈み、大地が揺れます。

 

「こればかりは解らない」

 

「なんですってっ!?」

 

「ここからはインドラ王子次第。……咲くか咲かぬかは、な」

 

 光の奔流が薄れ、インドラ王子の姿が浮かび上がりました。

 そのお姿は、まるで十字架に磔にされた聖人のようです。

 宙に浮き、十字の姿で直立しておりました。

 

「パオオオオンッ!」

 

「遅かったかの」

 

 アイラと導師サンガムがようやく駆け付けます。身体の大きなアイラを庇いながら戦ったのでしょう。双方共にボロボロです。

 

「パッ! パオオオオオンッ!」

 

ガツンッ! ガツンッ! ガツンッ!

 

 インドラを助けようと、バリヤーのような壁に何度も体当たりするアイラ。

 

「パオオオオン(インドラァァッ!)ッ!! パオオォォン(返事して!)ッ!!」

 

 宙に浮いたままピクリとも動かないインドラ王子。

 ドス黒いカサブタに覆われ、閉じた瞳からは紅い涙が零れていました。

 

 数分が経過しました。

 しかし、インドラは空中に磔にされたまま動きません。

 

「……今回も駄目だったか」

 

「「「っ!?」」」

 

バキッ!!

 

「めぎょんっ!」

 

 余計な一言を言ったグンダルをアイラは鼻で打ちのめします。瓦礫の上にひっくり返ったグンダルを放置して、アイラと二人の導師は、インドラ王子に呼びかけました。

 

 目を開けてくれ、と。

 息をしてくれ、と。

 

「「「…………」」」

 

 過酷な痛みを与える苦行の如き仕打ちに、ここまで耐えれたのが奇跡かもしれません。

 諦めムードなのか、つい導師シンバの両膝が崩れ落ちます。

 

「そんな……」

 

「パオオオオオオオオオオオオオオオン(インドラァァッ!)……ッ!!」

 

 満月の夜、アイラの叫びはタヒト中に響く程とても大きく響いたのです。

 

 月はただ、スポットライトのような光を3つ、地上に落とすだけでした。

 




少しひっぱり過ぎたかな?

誤字脱字があれば報告いただけると幸いです。

それでは、また。

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