稲妻の王子   作:heavygear

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今回は難産でした。
楽しんでいただければ幸いです。

インドラ王子のお話はっじまるよぉ~っ。


第四話 第三王子の危機

 三馬鹿トリオ――いや、三馬鹿王子の集いから3ヶ月程が経ちました。みなさん如何お過ごしでしょうか。

 

 10歳の誕生日を迎えたインドラ王子は、通常運転で奇声を発しながら華麗なステップで踊りまくり、日々を健やかに送られております。子象のアイラも順調に成長しているようで、ただ大きくなるだけでなく、4本の牙が少し立派になっている模様。

 

 金髪碧眼のヴィシュヌ王子は、雨季の終了と共にスダイン川を船で北上し、山だらけのクルマー国へと無事帰られました。山登りは鬱になると愚図っていたとかいないとか。

 

 元気溢れる黒い肌のシヴァ王子は、考えなしの行動をしまくり、港湾都市ミンマヤの大使館員達を困らせまくったあげく、南国シャンカーラに強制送還されたそうです。ミンマヤ大使館に滞在中のインドラ王子に、度々遊びに来ては、習い事の時間を尽く妨害したと言いますから、強制的に帰国させされて当然だったのでしょう。

 

 港湾都市ミンマヤにて三者三様色々ありましたが、今では文通をする仲良しさんになったようです。

 

 

 

 三王子の交流は、三国にとっても一応の利益があったと言えるでしょう。三馬鹿トリオじゃなければ、もっと国同士の結びつきが強化されたでしょうに……。

 各三国の王達はこのように思っているでしょう。

 

『なんで、我が国の問題児同士で仲良くなるんだ? 我が国には、彼奴等より出来る子供達がいるのに。何故だ!?』

 

 と、三馬鹿王子の評価は低いようですね。性格に難ありの三人に外交なんて任せられませんし、まだ子供ですから外交役として不十分なのは当たり前です。

 

 それでも、三国の交流が活発になったのは事実。

 三馬鹿トリオのおかげで、三国の優秀な外交役は国家間の様々な交渉を行い易くなったので、その点は儲けものでした。

 特に、貿易交渉に力を入れられるようになった事は、三国の王達にとても良い結果を与えてくれたのですから。

 

 各国の代表する輸出品は以下のものです。

 

 ダエーワ国は、米や麦等の食料品。

 クルマー国は、茶葉と鉱物資源。

 シャンカーラ国は、良質な木材と砂糖。

 

 整備が不十分な陸路や、船による水運での物資輸送は、自動車や飛行機のないこの世界では大変な事業であった事でしょう。

 しかし、三国が整備や警備を協力する事によって、不足している資源を補いあうだけでなく、互いに商業的利益をもたらしたのは、僥倖と言えます。三国の外交役さん、グッジョブです。三国の兵隊さん、これからも商路の安全を守ってくださいね。

 

 近い将来、『三国安全通商条約』なんてものが結ばれそうです。

 なにせ、元々隣接していない国同士で、三国共に離れていましたから、これからの関係に要期待ですね。

 

 ちなみに、重要物資の1つである塩は、海塩と岩塩により三国それぞれ賄えているとか。おっと、これは余計な豆知識でしたね。

 

 

 

 ここはダエーワ国の首都タヒト。

 

 雨季が終わり、雨の少ない乾季になり、過ごし易くなりました。

 まあ、乾季が終われば、あの灼熱地獄の夏に突入なのですが、今は穏やかな季節を堪能しましょう。

 

 ここ最近、首都タヒトのお住まいの人々が口にする話題で、インドラ王子の名が出る事が多くなりました。勿論、良い噂等ですよ。舞踏歌劇のプロデュースでの成功が一番多い話題なのは言うまでもないですね。

 

 なにせ、以前の王子と言えば、貴公子ならぬ『奇行子』でしたから。あっ、今も離宮で『ポオゥッ!』とか『アオッ!』と奇声を発して踊り狂ってますから、『奇行子』のままでした。これは失礼。

 

 

 

 曲の合間に奇声が混じった音楽が離宮から流れる、今日この頃。

 

 時折混じる奇声に顔を顰めながらもディヤウス4世は上機嫌でした。

 国を治める王が抱える悩みは多々あれど、クルマー国とシャンカーラ国を相手に良好な貿易関係を今回結べた事に、機嫌を良くしていたのです。

 武具を作るために必要な鉄、船や家具を作るために必要な木材が、金属と木材の少ないダエーワ国に以前より多く輸入されるようになり、ディヤウス4世の掲げる富国強兵政策に弾みがついたと言えるでしょう。

 上機嫌なのは当然です。

 

 さて、ディヤウス4世の評価に対して、不満を持つ御方がおりました。

 

 ティヴィー王妃様ですね。

 

 理由は言わなくてもお解りでしょうが、ここは敢えて説明しましょう。

 自分の子供を差し置いて妾腹の子であるインドラ王子が、多くの民達から高評価を得るなど許し難い屈辱なのです。

 第一王子ブラウマと第二王子ヴァバナは、貴族出身の文官と武官から期待を寄せられていますが、民衆からの評価は低く人気がありません。

 酷いのになると、『第二王子と第四王子の名前ってなんだっけ?』と民衆に名前を覚えてもらえない始末。

 もっと酷くなると、『第四王子とか居たの?』と、存在すら民衆から忘れ去られる状態である。

 

 キレる。キレる。ぶちキレるっ!

 

 血圧上昇。怒り心頭。アイツを殺してワタシ達は生きる!

 

 アイツの名前は、『インドラ王子』っ!

 

 と、完全逆恨み状態に突入したティヴィー王妃様でした。今なら修羅と化して、邪魔するヤツ等を駄々っ子パンチで滅殺できそうなくらい怒っていらっしゃいます。怖いですね。

 

 ……憎い。インドラ王子が憎い。あのボンクラ絶対、ぜぇ~~~~ったいっ許さないっ!!

 しかし、あのボンクラは異様に悪運が強いのが問題ね。

 今まで色々仕掛けたけど、どういう訳かほとんど効果が出なかったわ。

 直接手を下せば、私は構わないけど、可愛いあの子達の地位が危うくなるし……

 

 冷静さを取り戻そうとティヴィー王妃様は、執務室へと向います。ゆっくりと席に座ると目を閉じ、これまで行ったインドラ王子への妨害工作を思い浮かべました。失敗から学ぶってやつですね。

 

 

 

 嫌がらせその1。まともな教育係を与えない。

 

 超がつくくらいの問題児や、やる気のまったくない無能を教師役として押し付ける作戦である。

 

 インドラ王子は前世知識の影響だろう、物覚えも良く、三歳で読み書きが出来るようになり、『神童』と呼ばれ、ティヴィー王妃は苛立った。

 そこで、『読書』しかさせない無能を教師役にしたら、笑えるぐらいに学力が落ち、『平均よりちょい上』程度に落ち着いた。ここまでは成功と言える。

 しかし、舞踏と武術の教師選択を誤ってしまった。強烈な個性を持ち、興味のない相手に一切関わらない性格をしている導師サンガムと導師シンバである。方向性は違うが、二人共見た目がドン引きレベル。まず子供は絶対泣いて近付かないだろう。

 だがしかし、普通でないインドラ王子には通じない。それどころか、鬼人変人の二人がインドラ王子を気に入り、熱心な教育を施すという大失敗と言える結果となった。

 総合評価30点。

 

 

 

 嫌がらせその2。親から離して精神的に追い詰める。

 

 後宮ではなく、離宮にインドラ王子を隔離。親の愛情を感じ難くさせ、心が歪んだ子供にする怖ろしい作戦である。

 

 頭の中身が万年お花畑の母リティ側妃を、『継承争いに巻き込まないようにする処置』と口先三寸で騙くらかして、乳離れと同時期に離宮へ隔離するところまでは問題なく成功。周囲を忠誠心の低い使用人と護衛の兵で囲んで、愛情を感じない状況に持っていった。

 しかし、自我が始めから成形されてようなインドラ王子にはどうにも効果が薄い。

 ある程度の知識や人生観を初めから持っていたため、冷たい人間関係の状態に落とし込まれても、耐えれる下地があったのだろう。寂しくて泣くといった行動を一切とらない。普通なら精神的に不安定な状態になるだろうに。

 それに、親馬鹿気味のディヤウス4世が小まめに離宮へ顔を出していたので通じなかった。

 インドラ王子が転生者だと知らないティヴィー王妃から見れば、王子は初めから頭がイッてる子供にしか思えなかったので、一応成功。

 総合評価60点。

 

 

 

 嫌がらせその3。離宮に動物を放り込んで、住み慣れた環境を変え困らせる。

 

 ダエーワ国で不人気ペットである猫を放出し、日常を気まぐれな猫に翻弄されるがいいという可愛い作戦である。ティヴィー王妃も実はアホではないかと疑問が浮かぶ策であった。猫だけでなく孔雀、さらに見た目が不気味で屠殺寸前だった白い子象も投入。流石に王城に毒蛇放出はアウトなので、毒のある動物は無理でした。

 ちなみに、ダエーワ国の人気ペットは犬です。犬と猫どちらを飼うと聞かれれば、10対1で犬派が圧勝するのが、ダエーワ国ペット事情だったりします。

 にゃあにゃあ五月蝿い猫の泣き声に苦しむがいいと、猫嫌いな犬派のティヴィー王妃はご満悦。

 

 結果、大失敗。

 嫌がるどころか嬉々として猫や孔雀と『ニャーニャー』戯れ、白い子象はアイラと名付けて騎乗する始末。

 貴重で高価な象をただで与えるという大失策である。

 その上、離宮を大嫌いな猫がうろついているため、ティヴィー王妃自身が離宮に近づけなくなるという間抜けぶりを披露。

 総合評価0点。

 

 

 

 嫌がらせその4。難解な伝統演劇を子供でも解る演劇にプロデュースさせる。

 

 第一話から第二話を参照。

 ティヴィー王妃の策は失敗に終る。

 総合評価マイナス100点。

 

 

 

「むっきぃぃぃぃーーーーーーっ!!!」

 

 あ、キレた。

 嫌がらせが通じ難いインドラ王子ですから、ティヴィー王妃が思い出すだけで苛立つのは仕方ありません。側に置いてあったクッションをバスンバスン叩いて、怒りとカロリーを燃焼し始めました。

 

「ほぉぉあぁたたたたたたっ! あーたたたたたっ、ほわっちゃああぁーっ!!」

 

 布地が裂け羽毛が飛び散るまでストレスを発散させるティヴィー王妃様。近くに控える侍女達は、王妃様の錯乱ぶりに全員ドン引きです。

 しかし、奇声を発する連中が多いのは、この国のデフォルトなんでしょうか?

 あまり知りたいと思いませんが。

 

 

 

「…………おほんっ」

 

 場を誤魔化すかのような咳払いをする微妙な表情の男性が、般若の表情なティヴィー王妃様の気を引きました。

 

「あぁん?」

 

 なんだテメェな怖い顔で、ティヴィー王妃様は来訪した男を睨みました。蛇に睨まれた蛙の如く、男は嫌な汗がダラダラ噴き出しそうになります。いや、もう全身汗だく状態になってます。

 

「………あら、イヤだわ。わたくしとしたことが……おほほほほほほ」

 

「は、はぁ」

 

 採り合えず笑って誤魔化すティヴィー王妃であった。

 

 

 

「……それで? なんの用かしら、グンダル殿?」

 

「はい。ディヤウス4世陛下が城を離れておいでなので、王妃様に一応の御報告をと思いまして参りました」

 

 グンダルと呼ばれた男はそう言うと、巻物状の書類を恭しく捧げました。それを侍女が受け取り、ティヴィー王妃へと届けます。

 

「そうですか。どれどれ……」

 

 侍女を通して渡された書類に目を向けるティヴィー王妃。グンダルは跪いたまま控えます。

 

 このグンダルという男は、これまたパンチの効いた人物でした。

 長い布を身体に巻きつけた僧侶を思わせる衣装で、頭もツルツルに剃り上げられております。ここまでならまだ平凡で通じるでしょうが、このグンダルという男が異様に見えるのは全身隈なく施された刺青でした。

 日本の893もビックリな外見です。顔は兎も角、舌にまで刺青をするとか異常に感じますね。普通の感性をお持ちの方なら絶対お近づきになりたくない人物上位に立つでしょう。

 

「あら? これは珍しい」

 

「お気づきになりましたか」

 

「えぇ。モールア鉱も貴重ですけど、まさかグドュルドリュルルの樹液まで流れてくるとは……これは、すぐにでも陛下にお教えしないといけませんわねぇ」

 

「はい。モールア鉱はクルマーから、グドュルドリュルルの樹液はシャンカーラより、隊商を通じて我が国に届いて御座います」

 

 書類には貿易により貴重な品が入手できたと記載されているのでしょう。

 重要事案らしく、ディヤウス4世に報せを早馬で送る許可を王妃様から貰おうと、グンダルは執務室に参じたようです。

 

「それでは、ディヤウス4世陛下に早速報せを……」

 

「お待ちなさい」

 

 早馬の手配に動こうとするグンダルを、ティヴィー王妃を手で制しました。

 

「何故に御座います? グドュルドリュルルの樹液は、その特性から日持ちいたしませぬ。早く陛下のお耳に入れ、御裁可していただきませんと」

 

「よいのです」

 

「し、しかし」

 

 貴重なグドュルドリュルルの樹液は保障期間が短いようですね。何に使う樹液なのでしょうか?

 

 ティヴィー王妃のお考えが解らず、刺青塗れで判り難いグンダルの顔に戸惑いが浮かびます。

 

「時にグンダル」

 

「はい」

 

「10年に1度……いえ、100年に1度の大役を受けてみる気はないかしら?」

 

「は?」

 

 新しい悪巧みでも浮かんだのでしょうか?

 それはもう、あなたこそ魔女だと言いたくなるような黒い笑みを王妃は浮かべているのです。

 若干引き気味のグンダルは、今すぐここから立ち去りたい気分でした。見た目と違い、ナイーブなグンダルですね。

 

 しかし、『100年に1度の大役』という魅力的な餌が目の前に吊るされ、逃げるに逃げられない状況です。

 

「お、王妃様。そそそ、そのたた大役というは、もっ、ももももしかして」

 

 先程までの帰りたい誘惑が消え、感極まったかのようなグンダルは緊張しまくりの問いを発しました。

 いったい何が彼をそのようにさせたのでしょう?

 

「グドュルドリュルルの樹液があるのです。当然、『聖蓮天王の護法紋』を試みるに決まっているでしょう?」

 

「っ!? せっ、聖蓮天王の施術を、この私めに執り行なえと仰られますかっ!?」

 

「えぇ。あなたは我がダエーワ国一の護法紋施術師でしょう? グンダル……お前以外の誰が『聖蓮天王の護法紋』を刻めるというのです?」

 

 会話から察するに、このグンダルという護法紋施術師の男は、『護法紋』と呼ばれる刺青を刻む事を生業とする『刺青彫師』のようです。

 そして、『聖蓮天王の護法紋』を刻むというのは『100年に1度の大役』と言われる程の凄い事なのでしょう。きっと、護法紋施術師にとって名誉のある偉業なのでしょうね。王妃の言葉に、グンダルの瞳が少年のようにキラキラ光を放っているではありませんか。これは危険です。夢を馳せたグンダルの瞳を見て、王妃はニヤリと内心微笑みました。チョロイぜコイツな気分でしょう。

 

 しかし、グンダルはハッと我に返り、ティヴィー王妃に問いました。

 

「名誉ある大役っ、是非とも受けとう御座いますっ」

 

「そうでしょうそうでしょう」

 

「それで、『護法紋』を刻む勇者はどなたで御座いましょうか?」

 

 デカイプロジェクトを受けただぜ、ヒャッハーーッな顔のグンダルはワクテカが止まらないのでしょう。凄くイイ表情で、刻む対象の名前を確認しました。

 

「インドラ王子」

 

「…………えっ?」

 

 王妃の挙げた名前に、滾った情熱が一気に冷める想いのグンダル。物凄い間抜け面での『えっ?』でした。

 

「インドラ王子と言ったの。解る? 我が国の第三王子インドラぁっ!」

 

「………ハッハッハッ、またまたご冗談を。『護法紋』は勇者たる男の苦行なので御座います。インドラ王子はまだ10歳と、お若こう御座いまするに………。やややっ、これは失礼っ! どうやら、このグンダル。王妃様の冗談を真に受けてしまいましたっ! ハッハッハッハッ! これはお恥ずかしい」

 

 10歳のインドラ王子が勇者な訳ないじゃんと爆笑するグンダル。下手をするとあまりもの痛さで死亡する恐れのある『護法紋』の刺青を苦行と軽く説明します。凄く痛いので、子供には無理だって話ですね。

 冗談を真に受けたのだと、大口を開けて笑いました。

 

「……もう一度言うわね。インドラ王子」

 

「ハッハッハッ―――ぅえ?」

 

「インドラ王子っ!」

 

 ヤベェ、コイツマジだぜな王妃の瞳に、グンダルは恐怖しました。

 嫌な汗がドバドバ吹き出ます。

 衣を脱いで絞ったら、たっぷり水が出る事間違いなし。

 

「それで、グンダル? 生きたまま鳥葬されるのと、五体を牛に引き裂かれると、どちらがお好みかしら?」

 

 さらに逆らえば死刑と暗に言われるグンダル。

 グンダル絶体絶命のピンチである。

 

「よ、よろしいので?」

 

「グンダル?」

 

「はっ! すぐに準備に取り掛からせていただきますっ!」

 

 わかってんなオイと睨まれ、王妃にグンダルは降りました。

 メンタル弱そうなグンダルはティヴィー王妃の命を受けてしまったのです。インドラ王子、逃げてーっ。

 

「あ、そうそう」

 

「はい」

 

「あなたの偉業を嫉妬して邪魔をする者達が出そうですね。どうしたものかしら? そうだわ、あなたに護衛をつけましょう。当然の処置よね、グンダル? ついでに側女もつけますので、細かい事に気を取られず準備ができるでしょう。『聖蓮天王の護法紋』に集中して下さいまし。おほほほほっ」

 

 捲くし立てるように話を纏めるティヴィー王妃。

 見張りまで付けられたグンダルは、疲れきった表情で王妃の執務室からようやく退出しました。

 グンダルの内心は乱れに乱れる始末です。

 

 

 

 護法紋とは?

 

 これはただの刺青ではない。

 古くから伝えられる秘術であり、勇者のみが刻む事が許される勇気の証である。

 仙術や武術が世に出る以前に生み出された尊い技術でもあった。

 

 

 

 歴史あり。

 

 かつての人類は力が弱く、魔物や人喰いの鬼族といった存在達によって苦しめられ、ただ滅びの日を待つだけであったと言う。

 悪鬼羅刹の手により、人類の都市や文明はいくつも滅ぼされ、血と涙が大地を赤く染めてゆく。

 だが、人類は諦めることなく、身体を鍛え、知恵を付け、武器を生み出し、抵抗を続けた。

 

 護法紋は生存競争の果てに人類が編み出した古き技術の1つなのだ。

 

 反撃が始まる。

 

 護法紋の加護を得た若者達に導かれ、人類は少しづつ勝利を収め、生存域を取り戻した。

 生き残りを賭けた戦いは激戦続きであり、多くの命が散った。

 その中に、人類を支えた偉大なる賢者も含まれており、知恵の多くが失われる事となる。

 人類は諦めない。

 仙術や武術といった新たなる武器を生み出し、戦い続けた。

 

 小さな集団が集まり、村から街、街から国となって、統率された強い軍隊を持つようになる。

 

 そして、人類軍は雪と氷に閉ざされた山脈の向こう側へと魔物や鬼族達を追い払った。

 

 これ以降、魔物や鬼族達を見る事は減り、人類は安息を得た。

 

 と、ダエーワ国周辺諸国に語り継がれている。

 

 

 

 勇気の証を刻む護法紋は、闘いを生業とする武士、人の上に立つ王侯貴族にとって、大変重要なものとして残ったのだ。

 

 しかし、秘術は完璧に残ってはいない。

 悪鬼羅刹が如き魔の侵略により、それを伝えるものの多くが失われていた。

 効果のある護法紋はほとんど忘れ去られ、今では力を示す一種のステータスシンボルに成り果てていたのだ。

 

 施術の痛みに耐える事ができる強い者だと他者に解らせるためのファッションにまで落ちていたのである。

 

 『聖蓮天王の護法紋』は最も多く刻まれた護法紋であるが故に施術法は残っているが、近年多くの犠牲者を出した護法紋としても有名であった。

 兎に角痛いらしい。刻む時に与えられる痛みに、多くの若者が耐え切れず自害してしまった程である。

 

 そして、『聖蓮天王の護法紋』はファッションではない。『力』を持った刺青であり、人を選ぶ刺青である。『力』を受け入れられなくば『死』あるのみと、非情な護法紋でもあった。

 

 護法紋は仙術の基礎とさえ言われる技術である。

 

 その身に刻まれる刺青は、仙術における『五行仙脈地図』の一部なり。

 仙気と相性の良い鉱物や薬品を染料に混ぜ、身体に刻む。

 刻まれた者、仙術が如き奇跡起こすなり。

 

 要は、仙術に似た効果を起こす『回路図』を入れ墨する方法らしい。

 トンデモナイ刺青ですね。

 

 

 

 さてさて、そんな危険なものを刻まれそうなアホ――もといインドラ王子はどうしているのでしょうか?

 

 相変わらず能天気に踊っております。

 

 どうして、ここまで踊りが好きなんでしょう?

 前世でダンサーだったとか?

 

「ポォゥッ!」

 

 片手を股間近くに持っていき、アルファベットのKの字に近いポーズでダンスをフィニッシュ。

 

「すぅんばらすぅういぃぃっ!」

 

 相変わらずの女装姿な導師シンバが、ブラボーとばかり拍手喝采です。

 インドラ王子はイイ仕事したぜな表情ですね。

 

「掛け声を上げながら躍動感に緩急つけるなんて、と~ってもすんばらすぃわ、インドラ王子」

 

「うおっ!? あ、ありがとう、導師シンバ」

 

 抱きついて来ようとするシンバのおっさんから逃れつつ礼を言うインドラ。シンバの接近に思わずお尻がキュンと恐怖の反応を示すインドラ王子10歳であった。

 

 

 

「ぱおーん」

 

「大きくなったなぁ、アイラ」

 

「ぱお~~んっ」

 

 舞踏の授業が終わり、アイラの背中に乗ってのんびり休憩中のインドラ。庭園の水辺でホットな身体をクールダウンって感じですね。身体が一回り大きく成長したアイラの後頭部をナデナデしています。アイラも嬉しそう。

 

「おい、インドラっ!!」

 

 まったりした空気をぶち壊す声が響きます。ヴァバナ第二王子です。その横にはブラウマ第一王子が腕を組んで立っていました。王子が三人も揃いましたね。

 嫌味でも言われるのだろうかと内心インドラは考えましたが、無視しても良い結果にはならない事も理解しています。

 

「これはこれは。何か御用でしょうか、兄上?」

 

 象上から尋ねるインドラ。

 

「いいから降りて来い。話がある」

 

「そうだ、おりてこいっ」

 

 13歳と11歳の王子二人に促され、個室に移動します。アイラが寂しそうに『またね』と鼻を振り、後ろ髪が引かれる思いを感じインドラは渋々な状態でした。

 口には出しませんがインドラ王子は、この二人と距離を置いていました。相手もそうなのでお相子様です。

 

「『ごほうもん』をしってるか、インドラ?」

 

 ヴァバナ第二王子が質問します。ちょっぴり馬鹿そうな雰囲気です。

 

「はい。それがなにか?」

 

 書物によりインドラは多少の知識がありましたが、普通より痛い『成人の儀式』みたいなものと考えていました。仙術の指南役がいい加減な授業しかしていないため、インドラは護法紋について深く知りません。ティヴィー王妃の嫌がらせが効いているようです。

 

「僕達は勇気を示すために挑戦する」

 

「ひょろひょろのおまえにはむりだろう?」

 

 自信たっぷりに胸を反らして発言する二人の王子。インドラにしてみれば、『これから我慢大会に出るぜ』みたいな宣言です。ヴァバナが挑発っぽい事を言ってますが、インドラはどこ吹く風。

 

「はぁ。お2人とも頑張ってください。では、私はこれで――」

 

 で、ある。

 正直な気持ちは、面倒なので帰れであった。第一、護法紋に興味がまったく湧かないのだ。それに前世の影響か、刺青に抵抗があるのも理由の1つである。

 

「まっ、待てインドラ!」

 

「そうだ、まてインドラ!」

 

「はい?」

 

 アイラのいる庭に戻ろうとするインドラを、二人の王子は留めようとしました。なんだか、必死っぽいです。

 

「ひょろひょろのおまえにはむりだろう?」

 

「はい。それで良いので。私はこれで――」

 

「っ!? ひょろひょろのおまえにはむりだろう?」

 

「えぇ。それで良いです」

 

 ヴァバナ第二王子の様子がどうにも変です。だって、同じセリフを繰り返すのですから。それに、インドラの反応が予想外なのか、ブラウマ第一王子もフリーズしています。

 

「ひょ、ひょろひょろのおまえにはむりだろうぅぅっ……うぅ、あ、兄じゃぁ」

 

 ヴァバナ第二王子は困った顔で、ブラウマ第一王子の肩を揺すって正気に返します。いったい何がしたいのか、インドラにはさっぱりです。

 

「……はっ! ……えっと、解ってないなインドラ。僕達は勇気を示すために挑戦するんだ」

 

「はぁ」

 

「ひょろひょろのお――」

 

「ヴァバナは黙ってろ」

 

「うっ。わかった兄じゃ」

 

 おかしな様子の二人に、インドラは渋い顔です。

 

「いいか、インドラ。僕達は勇気を示すために挑戦するんだ」

 

「えぇ。ですから頑張ってくださ――」

 

「ウガアアァァッ!!! お前も挑戦するんだよっ馬鹿っ!!!」

 

 頭を搔き毟ってブラウマが吠えました。あの親にしてこの子ありですね。

 

「え? いやです」

 

「「え?」」

 

「お断りします」

 

 いい加減面倒臭くなったインドラ。きっぱり拒否表明です。

 

「むっきぃぃぃぃーーーーーーっ!!! お前もやるんだよっ!!! いいか!!? お前も挑戦するのっ!!」

 

「ぇぇ~~~っ?」

 

 キレたブラウマにうんざりなインドラ王子です。ヴァバナも援護射撃をしようと行動しました。

 

「う、ひょろひょろのおまえに――」

 

「「それはもういいっ!!」」

 

「あうっ」

 

 インドラにまでツッコマれて涙目になるヴァバナ。

 顔を真っ赤にして、ブラウマは無理矢理話しを押し進めます。

 

「お前も護法紋をするのっ!! いいかっ! いいな!? はい、決定っ!!」

 

「ですから、お断り――」

 

「あーっあーっ、聞こえなーい聞こえなーいっ! 三人で挑戦っ!! はい、決定っ!!」

 

 終いには、両耳を塞いでまでインドラの返事を拒否する始末。駄々っ子相手に、もう手に負えません。

 

「決定っ! 決定~っ!! インドラの挑戦大決定~っ!!」

 

「あっ、兄じゃ。まってくれぇ」

 

 喚くだけ喚いて、二人の王子はインドラから逃げるように走り去りました。

 ポカーンな状況ですね。

 

「なんだ、あれ?」

 

 シヴァ以上にお馬鹿っぽい二人に、インドラはただただ呆れかえるのでした。

 しかし、この時のインドラには知る由もないのです。

 

 死者すら出す『聖蓮天王の護法紋』が自分に刻まれる予定だった事を……。

 




恐るべき罠に陥ったインドラ王子。

無事生還できるのだろうか?

失神さえ許さぬ激痛に襲われ、血液が沸騰しそうになるっ!

次回、聖蓮天王の護法紋。

正々堂々ステップ開始っ!


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