稲妻の王子   作:heavygear

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さあ始まりました。



第一話 第三王子インドラの暴走

 第一話 第三王子インドラの暴走

 

 

 

 ここはダエーワ国の首都タヒト。

 美しい白亜の王城を中心に、茶色と赤色、そして砂色に彩られた大きな都市。

 現国王ディヤウス4世の統治に民の不安も少なく、焼ける太陽の日差しもなんのその平和な時間が流れていました。ちなみに今のお昼の気温は40℃と、太陽さん容赦なしです。

 街に設けられた大きな水路には、人や荷物を乗せた細長い船が行き来し、洗濯をする主婦達の明るい声が響き、涼をとるため泳ぐ子供達の姿もあります。夏を感じさせる光景ですね。

 広く作られた表通りには、人や荷車が行き交い、身体の大きな象の姿も見られます。表通りに建ち並ぶ店先からはカラフルに染め上げられた布の日除けが飛び出し、日陰を確保すると同時にお客を引き寄せようとする努力でしょうか、派手なものや奇抜なものが悪目立ちし、目でも楽しめる状況でした。

 

 

 

 さて、都市部の人々が賑やかかつ穏やかな日常を謳歌している中、白亜の王城ではドロドロでギスギスとした楽しい権力闘争が勃発中です。

 次代の王に相応しい王子は誰か?

 と、いくつかの派閥に分かれて、貴賎問わず皆様お過ごしの御様子です。

 

 長兄であり、仙術の才能もあるブラウマ派。

 軍人系列から愛される次男ヴァバナ派。

 

 この2つの派閥がもっとも大きく、四男タローマを推す派閥は少々圧され気味でした。

 

 インドラ派?

 

 んなもんねーよ(笑)。

 

 5歳のタローマにさえ二人も許婚がいるのに、許婚が一人もいない第三王子を誰が推すの?

 

 ついでに変人だもの、あの王子様(笑)である。

 

 

 

 さてさて、影でアホの子扱いされているインドラは如何お過ごしでしょう。

 離宮に設けられた庭園で、白い子象アイラとまったりぼんやりしておりました。ルンギーと呼ばれる腰巻のみという裸同然の凄い格好をしていますが、一応王子様なので、離れた位置に護衛と侍従が控えています。こちらも、暑さの所為でしょうか、やる気のない表情でのんびりしていました。

 

 庭園の中央には水が引き込まれ、プールや池が作られており、土の部分は青々とした植物に覆われ、蓮や様々な花が育てられています。植えられた南国風な木の影で、飼われた孔雀や猫が涼んでいました。

 

 クソ熱い中、アイラと楽しく水遊びでもしたのでしょう、インドラはちょいと休憩な御様子。

 アイラは長いお鼻を使って未だ水遊び中です。プピュ~ッと放水活動。自分にシャワーしてみたり、虹を作ったりしてはしゃいでいます。

 鼻ホースから暴発した水がインドラに飛び、濡らしたりしますが、既にびしょ濡れなので無問題でした。

 

 浅いプールに足を突っ込み、9歳のインドラ王子は頬杖をついて考え事してますよのポーズです。

 すらりとした手足、健康的な小麦色の肌、母親譲りの真っ赤な長髪は濡れ、インドラ王子の事を知らないショタなお方達は胸がキュンとしそうなお姿でした。

 

 アンニュイなポーズを決めているだけにしか思われていないインドラ王子ですが、実は本当に考えこんでしまうお悩みな事がありました。

 

 インドラ王子には、前世の記憶があったのです。

 

 いわゆる転生者ってヤツですね。

 

 しかし、前世の記憶を全て覚えている訳ではないようです。前世の名前はおろか、家族構成や友人関係、職業等、重要な部分がちっとも思い出せません。周囲の評価が半端な上に、前世の記憶も半端とは、インドラ王子は半端(パ)ないです。半端な記憶だからこそ、今生の父母や自身の環境を受け入れる事が出来たとも言えるのではないでしょうか。まあ、良い悪いの問題はインドラ王子自身が感じる事なのでコメントは控えさせていただきます。

 赤ん坊の姿で自我が目覚めた時は悪夢と感じ、乳離れするまでの時間は黒歴史レベル、中途半端な前世の記憶がある事が苦痛を彼に感じさせたようです。

 ライトな小説の主人公だったら、前世の記憶を元にNAISEIチートしようぜってなものですが、インドラは行動を起こしませんでした。

 前世と違う言葉や文字を覚えたり、王族として敬われる事に萎縮したり、習い事に日々追われたりと、環境に慣れる事に忙しくてチートする余裕が欠片もなかったようです。このヘタレめ。

 

 お悩み事は、どうして前世の記憶を持っているのだろうという事でした。まあ、考えるだけ無駄なので次に進んで下さい。

 

 

 

「そろそろお時間です、インドラ王子」

 

 考える人のポーズ終了のお知らせが侍従の口から発せられました。結論は今日も出ず、本当に考えるだけ無駄になりましたね。アイラに至っては、『もっと遊ぼう』とちょっぴり寂しそうです。

 

「ゴメンな、アイラ。明日また遊ぼうな」

 

 絶賛濡れ鼠なインドラは、城勤めの象使いにアイラを託すと、侍従にタオルでグルグル簀巻きにされ運ばれて行くのでした。真夏日とはいえ王子に風邪でもひかせた日には、侍従の首なんか物理的に飛んでしまうので、健康管理面ではみんな真面目に対応するようです。雑な扱いされているのは黙っておきましょう。

 あっという間に自室に運ばれたインドラは、侍従達にフリチンにされ、職人芸的な速さで綺麗な絹の衣に着替えさせられました。文句言う暇なんてありません。侍従さんはプロなのですから。

 先程までは腰巻き一丁のお姿でしたが、着替えさせられた今の格好は正装のようです。

 

 パジャマと呼ばれる風通しの良いバルーンパンツを穿かされ、上着にクルタと呼ばれる襟なしのゆったりとした大きな長袖シャツを着せられ、チョンデリと呼ばれるロングショールを首にかけられました。パジャマは白く、クルタとチョンデリはワインレッドな赤と結構お洒落さんです。

 長袖長ズボンって暑っ苦しく感じますが、これらは風通しの良い縫製ですので実は快適な衣装なのですよ。但し、白いパジャマは大事な部分が透けて見えちゃう危険性がありますので、着る時は注意しましょうね。

 乱れた髪も綺麗に結いなおされて準備完了のご様子となり、インドラ王子は離宮を出ました。

 

 行く先は城の大広間のようです。

 そこには父であり国王でもあるディヤウス4世をはじめ、王妃ティヴィーと第一王子ブラウマ、第二王子ヴァバナと第四王子タローマ、末っ子の第一王女クンティーと続き、端に母である側妃リティが座しておられました。

 皆さんお派手な民族衣装です。王様が一番派手なのは言うまでもないですね。金糸の刺繍が施されたチョンデリを頭に巻き、手首足首に金の輪を付け、首には金の首飾りを3つもかけておられます。

 女性陣達は身体のラインが判るワンピースタイプの服の上に大きめの布を身体に巻きつけるような民族衣装を着ておられます。

 

 大広間には幕をかけた舞台が設置されておりました。

 冷やした飲み物や新鮮な果物を乗せた膳が横一列に配置され、舞台を観賞するようにディヤウス4世を中心に王家一同揃っております。この様子だと、これから観劇か見世物のお時間なのでしょう。

 インドラが遅れた事を謝罪しようとしましたが、気にしないで早く席に着けと言わん雰囲気で、ディヤウス4世に視線で促されました。

 どうやら遅刻ではないらしく、特に咎められることはないようです。インドラがクッションの置かれた定位置に腰掛けますと、ディヤウス4世はパンパンッと二度手を打ちました。

 

 舞台の横に佇む劇団長らしき男が一歩前に進み、挨拶を含んだ軽い口上を述べ、幕が上がります。

 

「……それではお楽しみ下さいませ」

 

 『ナーナランジャ』というタイトルの劇が始まりました。

 

 

 

 劇は伝統的なもので素晴らしいものなのですが、古い言い回しが所々多い難しいものでした。内容はよくある昔話が題材で、学のある大人は必ず一度は観る人気作ですが、子供達には少々辛い仕様のようです。小難しい文化芸能作品と言っても良いでしょう。

 最初の五分で、第二王子ヴァバナと第四王子タローマは熟睡し、十分後には第一王女クンティー爆睡。第一王子ブラウマは素晴らしい劇だと小声で賞賛しながらも三十分後に舟を漕ぐ始末。子供の中で寝ずに観賞しているのはインドラ王子だけでした。

 

 ……テンポ悪いな。いや、言い回しが古くて無駄に間延びしているように感じるんだ。物語にあまり関係ない小話も途中に入る事も展開を遅くさせてる。もう少しテンポ良く纏められないものかね? スロー過ぎて、観ているだけでストレスが溜まりそう……

 

 と、楽しんでいる大人達を横目に、インドラは内心酷評中。

 劇の内容自体、インドラは書物や詩等で既に知っているため、退屈に感じるのでした。

 前世の記憶にあるアニメやドラマに比べると、ストーリーは兎も角としてテンポの悪さばかりが目につくのです。その所為でしょう、劇の内容が途中からどうでもよくなってしまい、劇の感想と違う事を考えていました。

 

 ……なんだかなぁ~っ。魔法のある異世界に転生したって話なら、普通は中世ヨーロッパ風の世界だろう?

 なんで『インド風』なんだよ?

 まあ、餓えずにお米が食える環境に産まれたのはラッキーだけどさ……

 

 興味なさげに観劇を続けるインドラの内心は複雑なようです。

 妾腹とはいえ、王族に生まれ、餓えの心配がない豊かな生活を送っていますが、王族の苦労や責任等を敏感に感じており、将来が不安でいっぱいなようでした。

 眉を寄せて前を向くインドラの横顔をちらりと見て、ディヤウス4世はほうと関心します。王様誤解してますよ、誤解。

 

 ……ほぉ。他の子達は寝ておるのに、コヤツだけは真剣に観ておるわ。ボンクラと思っていたが、成長しておるのだなぁ……

 

 ディヤウス4世は瞼を閉じ、インドラの成長の日々を思い出そうとしました。

 

 ……3つの頃には言葉を流暢に話すようになり、すぐに文字も書けるようになって、あの時は神童を授かったと騒いだものだ。

 しかし、書物が読めるようになった途端、坂道を転げ落ちるように『並み』の子に落ち着いてしまった。

 ぬか喜びであったなぁ~っ……

 

 ……仙骨があると判って、ブラウマのように教師を付けたが、灯かりの術しか出来ぬくらいの期待はずれ振りであったし……

 

 ……身体を動かすのが好きなようだから、武術を学ばせてはみたが。

 弓はダメ、槍もダメ、剣もダメ、棍棒ならばと、やっぱりダメ。

 4つの頃から舞踏ばかりしておったからなぁ。癖がついてしまったのか、格闘術以外どうにも伸びる気配がないときた……

 

 ……去年アイラを引き取った時も困ったものだったな。

 象使いの後ろを鴨の子のように引っ付いて、象の扱いを学び、アイラの世話を自分でする始末。

 象使いの仕事なぞ王子の仕事にはないと叱ったものだが、聴かぬ……

 

 あれ?

 ディヤウス4世の表情がどんどん渋くなってゆきます。思い出すんじゃなかったと言いたいような表情ですね。

 

 ……まぁ、未だ子供だ。成人するまでには王子として落ち着くだろうよ……

 

 ……落ち着くのか? お、落ち着くよな?……

 

 心配する様は、少々親馬鹿のようです。

 ちなみに、側妃リティ様におかれましては、『愛情は注ぐけど男の子は基本放任主義でしょう』と主張しておられます。権力に興味がないリティ様でした。インドラ王子の明日はどっちだぐらいに不安要素を持つ母親ですね。劇が中盤に差し掛かる頃に夢の中へと突入してたりします。

 

 ……ふふん。子がボンクラなら、その母もボンクラね……

 

 と、王妃ティヴィーは少し優越感に浸ってたり。

 

 ……ブラウマが寝る程退屈な劇なのに。どうしてインドラは眠らず真剣に観ているの? どこか楽しめる箇所があったかしら? ブラウマと違って、振りじゃなく、劇の内容を理解しているみたいだし……どうにも腹立たしいわね……薄気味悪い象の事といい、このボンクラは行動も含めて本当読めない子だわ……

 

 しっかり目を開け前を向くインドラ王子の顔を胡散臭そうにチラ見しておりましたとさ。ついでにインドラ王子を後継者の列から排除する方法を考え始める始末。一生懸命演じる劇団員達哀れなり。

 

 

 

 幕が下り、二時間ちょっとの『ナーナランジャ』が終了しました。

 八人中五人が熟睡とか、劇団の方ごめんなさい状態ですね。そうそう、寝ている方々は、終了間際に王様や妃にそっと起こされています。面子って大事ですからね。

 

「王子様方には、まだ早う御座いましたようで、此度の公演大変心苦しく存じます」

 

「よい。これも経験のうち。気にするな」

 

「はい」

 

 子供達を居眠りさせた事を悔やむ団長を宥めるディヤウス4世。『ナーナランジャ』を演ずるよう依頼したのがディヤウス4世だったので、特に処罰を与えるような事はないようです。

 後ろに控えていた侍従から、金のたっぷり入った袋を渡され、ほっと一息の団長でした。

 報酬を頂いたことだし、さっさと立ち去りたい気分の団長ですが、そうは問屋が卸さない事態になります。はい、王妃ティヴィーがそうします。

 観劇そっちのけで悪巧みを思いついた王妃ティヴィーが団長に話しかけました。

 

「あなた達の『ナーナランジャ』は素晴らしかったわ」

 

「ありがとう御座います」

 

「でも、インドラ王子はあなた達の『ナーナランジャ』に不満があるそうよ」

 

「「えっ!?」」

 

 王妃ティヴィーの発言に、インドラ王子と団長はビックリした声を上げます。おっと反論する暇はやらねぇぜとばかりに、王妃ティヴィーは早口気味に続けます。

 

「あなた達の演技が悪いとインドラ王子は思っているわ。この子は舞踏とか芸事に五月蝿いの。そうだわ! 良い事を思いつきました! インドラ王子があなた達に演技を指導するの。きっと『ナーナランジャ』をもっと素晴らい演劇へと昇華させる筈よっ! 素適な事だわっ! ねぇ、皆もそう思うでしょう?」

 

「あっ、あの……」

 

「……それはないだろう、ティヴィーよ」

 

「っ……」

 

 突然の無茶振りに戸惑うインドラ王子に、悪い冗談だと嗜めようとするディヤウス4世。王妃のあんまりな物言いに絶句する団長。このまま圧しきらんとばかりに眼力籠めて、察しの良いブラウマと脳筋ヴァバナへとアイコンタクトを送る王妃ティヴィー。

 

 ……このボンクラに徹底的な大恥かかせて王位継承権を剥奪するわよ! 協力しなさいっ!……

 

 ……イエス、マムッ!! ×2……

 

 この間僅か一秒である。

 

「僕も母上の意見に賛成するよ。インドラは芸術の才があるからね」

 

「そうだそうだ。よくわからんが、母上と兄じゃのいうことはただしい」

 

 察しの悪いヴァバナは取り合えずブラウマの尻馬に乗ったようです。

 

「お前達、何を馬鹿な事を……」

 

 おかしな流れを止めようとする我らが国王様ですが、ここで寝惚け眼の第一王女クンティーの発言に邪魔されます。

 

「みゅぅ~、インドラにーたまが“げき”をすりゅの? みたいっ!」

 

「よしっ! インドラ、『ナーナランジャ』を監督せよっ!」

 

 親馬鹿降臨。

 可愛い娘のお願いは絶対なのである。

 

「「えぇ~~~っ!!?」」

 

 インドラと劇団長の悲鳴が大広間に響くのでした。

 ちなみにリティ様のお言葉は暢気かつ非情なもので、『頑張ってね』の明るい一言だけだったとか……。

 

 

 

 翌日、インドラと劇団長はどうにかしてくれと言わんばかりの表情で互いに頭を抱えていた。

 演劇でメシを食っている団長ははっきり言って面白くない。なにより、発言したのは王妃であったが今まで積み重ねていたものを否定されたのである。正直面白くない。

 しかし、王の命が下った以上やらねばならぬ。

 困ったものである。

 子供に難解の劇を監督させようなんて無謀だと考えていたし、不様な演劇を披露しようものなら物理的に首が飛ぶ。自分だけならいいが、下手をすれば劇団員全員の首が跳ね飛ばされる恐れがあるのだ。

 劇団長は王様に執り成してもらいましょうと、インドラ王子に必死に頭を下げた。

 

「冗談じゃありませんよっ! 『ナーナランジャ』は本来、大人向けの演劇なんですっ! 無理です。どうか御慈悲をっ! 団員の中には王子くらいの子供だっているんですっ! 助けて下さいっ!」

 

 土下座を通り越して、五体倒置状態である。

 

「………」

 

 ……困った。どうしよう?

 ティヴィー母上の冗談であれば良いけど、アレ絶対本気の目だ。

 きっと俺の失敗を見越してあんな事を命じたに違いない。

 父上は父上でクンティーに激甘だから、気合を入れてやらないと後で大変な事になりそうだし。

 どうしたもんかねぇ……

 

 インドラは考えました。

 十中八九、大恥をインドラにかかせて、低評価に自信のある自分の後継者候補の順位を最底辺まで下ろす罠に違いないと。

 劇団長の考えるように、不様な演劇をしようものなら、リティ母上共々王城から放り出される可能性すらある。

 同時に、クンティーに甘いディヤウス4世が命を出した時点で、絶対に断れない状況に追い詰められているのだ。

 

 ……あっ、詰んだ……

 

 側妃リティの実家ぐらいしか後ろ盾がないインドラには、後がありませんでした。ご愁傷様です。インドラが思案中の間、劇団長は五体倒置状態でシクシクと床に涙の池を拵えておりました。

 

 ……だいたい、大人向けの『ナーナランジャ』を5つのクンティーが楽しんで観るなんて、出来るのか?

 よっぽど噛み砕いた内容にしないと駄目だろうし。

 あぁっ! どうしたら良いんだっ!? 悪ふざけにも程があるっ! 無茶苦茶だよっ!

 っ!? そうか、無茶苦茶か……

 

 おや、何か思いつきそうですね、インドラ王子。

 

 ……無茶苦茶に、ぶっ壊してしまえば良いんだっ!! ……

 

 うおぉいっ!?

 ついに御乱心されましたか、インドラ王子?

 しかし、インドラの表情は真剣です。

 

 いい歳したおっさんの泣く姿にいい加減耐えられないのか、インドラは劇団長を立たせて、こう言いました。

 

「私に良い考えがあるっ!」

 

 親指をグッと立てるインドラ王子のイイ笑顔に、戦慄を感じる程の不安に襲われる劇団長37歳であった。

 

 

 

 あっという間に二ヶ月が経過しました。

 前回と同じ大広間での公演です。

 劇団長は既に五体倒置状態で神に祈りを捧げまくる現実逃避中のようで、仕方なくインドラが舞台前挨拶役となっていました。

 そのインドラの表情も硬いものです。

 それは、インドラ王子プロデュースだけでなく、観客が大勢いた事です。

 

 ディヤウス4世を始めとする王家御一同、文官含む大臣一同、将軍含む武官35名、高僧8名、大商人12名、名の売れた歌人4名、近隣諸国からの賓客16名、お世話役70名と、とても大盛況ですね。

 

 王妃ティヴィーの根回しでしょう。悪辣ですね。

 プロデュースに失敗すれば、インドラ王子は大変な目に遭う事間違いなしです。

 

「いやぁ~、『ナーナランジャ』を観るのは久しぶりですなぁ」

「聞きましたか? インドラ王子が監督されたそうですよ」

「王妃様のお話では、素晴らしい演劇に監修されてるとの事。これは期待できますなぁ」

「隣国からも色々な方達も大勢招待されてますし、きっと度肝を抜く演出を魅せてくださるに違いありませんな」

 

 以上、大勢の中からの素適な言葉でした。

 

 ……嵌める気満々じゃないかっ……

 

 インドラの頬が引きつるのも仕方ありません。

 視線を舞台袖に向けますと、幕内の俳優陣も少々緊張しているようです。

 しかし、逃げる事は許されません。

 

 インドラは3回深呼吸をしてから、舞台前挨拶へと向いました。

 

「御集まりの皆様、こんにちは。ダエーワ国第三王子インドラです」

 

 合掌し軽く頭を下げます。

 大広間からざわめきが消え、多くの視線がインドラへと突き刺さりました。泣いて逃げ出したくなる程のプレッシャーです。足も心なしカタカタ震えてしまいます。

 ふうと、一息吐いてインドラ王子は顔を上げると、両手をゆっくりと広げ、高らかに宣言しました。

 

「皆様、どうか楽しんでくださいっ!

 私が監督監修した演劇。

 

 『踊るナーナランジャ』をっ!!

 

 それでは、始まりますっ!」

 

ジャーンッ! ジャーンッ! ジャーンッ! アイィィエェェェッ! タラリラ~ッ……

 

 幕が開くと同時に、楽器が鳴り響き、舞台に俳優達が踊りながら集います。

 そして、軽やかにセリフを歌いながら、物語がスタートしました。

 

「なっ!? なんだぁ?」

「どうして舞踏を?」

「演劇ではなかったの? 何故、唄っているの?」

 

 ゆるりと楽しむ伝統演劇を期待していたのでしょうか、期待を裏切られた観客達に動揺が広がります。

 意表をついた突然の演出に、驚きの声がいくつも出ました。

 

 それもその筈、ダエーワ国周辺の常識では、演劇は演劇、舞踏は舞踏、歌唱は歌唱と別物で楽しむものであり、歌唱と舞踏を合わせることはあっても、その3つを組み合わせる舞踏歌劇の存在がなかったのです。いわゆるミュージカルですね。

 カルチャーショックを受けたといえるでしょう。

 

 戸惑う観客達に臆することなく、『踊るナーナランジャ』は進んで行きます。

 テンポを悪くする冗長な部分を削り、古い言い回しは唄いやすいよう今風に簡略化され、シーン毎にステップとリズムを変え、物語に緩急をつけていました。

 物語の内容は、古典文芸から大衆文芸へと変化しており、かなり解り易くなっていました。

 

「「「「………」」」」

 

 茫然自失。

 古典としての『ナーナランジャ』を知る者は、そんな反応でした。

 

「す、凄いっ。なにがなんだか解らないが凄い」

「なんか楽しくなってきた」

「『ナーナランジャ』って、こんなに面白い話なの?」

 

 しかし、ミュージカル風にアレンジされた物語に、小難しいものが苦手な者や新し物好きはぐいぐい惹き込まれてゆきます。

 

 喜怒哀楽の場面に合わせたバックミュージックとダンス。

 朗々と謳い出されるセリフ。

 ナレーター役だって唄って踊る。

 舞台背景を大きな布にする事による素早いシーンチェンジや、演舞を応用した派手な殺陣に、黒子を使った早着替え等々。

 

 観客達はどんどん惹き込まれてゆきました。

 そして……。

 

 

 

「以上を持ちまして、幕を下ろさせていただきます」

 

 『踊るナーナランジャ』が終わり、最後にナレーター役の言葉と共に幕が下ります。

 

「「「「「「………」」」」」」

 

 沈黙が場を支配し、後に。

 

ワアアアアアアッ!!!!

 

 直後にスタンディングオベーションとなりました。どうやら成功のようです。今回の公演準備で体重が10キロ近く落ちた劇団長37歳は滂沱の涙を流して、観客達の反応を喜んでいました。ええ、勿論五体倒置で。

 

「インドラにーたま、しゅごいっ! しゅごいっ!」

 

 第一王女クンティー様も大喜びの御様子。

 

「………」

 

 王妃ティヴィー様は、なにあれポカ~ンな御様子。

 

「はっはっはっはっ! インドラ王子、見事であるっ!」

 

 ディヤウス4世陛下大笑い。

 

 こうして、インドラ王子は大恥をかかずに……すんだ?

 観劇後はそのまま大宴会に突入ということもあり、ダエーワ国の威厳も無事守られたのでした。

 

 

 

 後日談がある。

 スマートになった劇団長37歳率いる舞踏歌劇団は、ひっきりなしに来る『踊るナーナランジャ』公演依頼に嬉しい悲鳴を上げていたとか。

 

 そして、ダエーワ国の文官が書き残した記録にはこう刻まれていた。

 

「インドラ王子は未来に生きている。凡人の私にはあの御方の御考えが理解できない」

 

 インドラ王子の黒歴史がまた1ページ刻まれたようである。




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