「ようツカサ、部活は決まったか?」
クラスメイトに声をかけられて司はぼんやりしていた意識をしゃんとさせた。
昼休みの教室はそれぞれ思い思いの席に着き自由に時間を過ごしている。クラスの半分程は教室を出て学食や他の場所で昼食を取っているようだ。
司は自分の席で朝軽く握ってきたおにぎりを食べていた。
声をかけてきたのは級友であり寮で同室になったルームメイトの高木信繁。
親しみやすい雰囲気の少年だ。
社交性が高くもうクラスに溶け込み交友関係を広げている。
どちらかと言えば人付き合いが下手な司を心配しているのかクラスでもよく声をかけてくれた。
入学からそろそろ一ヶ月近く経つ、みんなそれぞれ新しい環境に馴染み始めた頃だが、いまだに司は麻帆良の環境に困惑していた。
田舎の小学校とは何から何まで違う学生生活に馴染みのないクラスメイト。さらにはまだあまり接触はないが麻帆良にいる魔法使いたちの存在。
司を悩ませ戸惑わせるものには事欠かない。
そんな司を心配して信繁は司とよく話し、級友たちとも交流を持たせるようにしている。おかげでその容姿から男子生徒の間で浮きがちな司も平穏な学生生活を送れている。
司にしてみればありがたくて感謝しきれない。
そのような訳で彼の昼食も司が用意している。
もっともそんな手の込んだものではなく大抵はおにぎりとかサンドイッチなど短時間で作れるものだ。
寮生活では食事は司が、掃除洗濯は信繁が分担しておこなっている。
信繁に言わせれば『ご飯を作ってくれる人は神に等しい』とありがたがりその他の雑用は率先しておこなってくれる。たいした料理をつくっているわけではない司としては恐縮する限りだ。
「やっぱ女子と一緒の部活がいいだろ。なんで麻帆良には共学の中学がないんだ? せっかくの青春が男まみれの灰色になったらどうしてくれるんだよ。なぁ?」
隣の席にどっかり座り込み話しかけてくる。聞いてみると昼食はもう食べたそうだ。
おにぎりはかつお節に限るなと絶賛された。
それはともかくと信繁は話を続ける。
「おまえ確か武術をやっていたんだろ? ならそっち系か?」
自己紹介で多少武術をやっていると言った。
けれど麻帆良に来てからはほとんど鍛錬をしていない。麻帆良になれるのに手間取ったのと修行場所を探すのにも苦労したせいでもある。
つい先日刀子や桜咲刹那と稽古をしたがたった一月で自分の腕が予想以上になまっていることを実感して愕然とした。
身体能力そのものはたいして落ちてはいないが、勘が微妙に狂っている。たったそれだけで自分では驚くほど弱くなったと評価していた。
刹那には尊敬され刀子には褒められたが、母だったなら容赦なく叱っただろう。
普段は息子に大甘な母だが剣術に限れば鬼のように厳しい人なのだ。勘を鈍らすなどたるんでいた証拠だと叱られる光景が目に浮かぶ。
そして確かに司は最近他のことばかりに気を取られていて故郷では毎日行っていた基礎のトレーニングさえサボりがちだった。言い訳さえ出来ない。
剣道部や格闘系のサークルをいくつか思い出し、無理かと思い直す。
一般人に混じってサークル活動をしたぐらいで鍛え直せるとは思えない。本気でやるなら一人で修行するか刀子か桜咲刹那と立ち合った方がよほどいい。
「武術はやらないと思う。それほど好きなわけでもないし」
そう取り繕う。まさか要求されるレベルが違いすぎて役に立たないとは言えない。
今度から時間を見つけてせめて基礎トレーニングぐらいはしようと決める。それだけでもだいぶ違うはずだ。もしくは学園長である近右衛門に相談して修行場所の都合をつけてもらおう。
「そっか、剣道着とか似合いそうなのになぁ。写真撮ったらたぶん売れるぞ」
「男の剣道着姿なんて誰が喜ぶんだよ」
剣術もやっていたということは話してあるが、そこでなぜ剣道着が似合うし写真が売れるになるのかと言いたい。少なくとも男に向ける話題ではない。
「おまえは特別だからな。おまえの写真は売れるんだよ。いやマジで」
実はさっそく隠れてファンクラブじみた行動をしている男子生徒たちがいるらしいと教えてくれた。
司は隠すことなくうんざりした表情をする。都会の人間の行動はときどき司の理解を超えていく。一生徒のファンクラブなどつくってなにをする気なのだろう?
「下手な女子より美人だからな。そういうこともあるさ。ああ俺はやってないから安心しろ」
「君がもしそんなことをしたら部屋から叩き出すよ」
自分の写真を撮って見ず知らずの他人に売るような人間と一緒に生活など出来るわけがない。
その台詞に信繁はいささか居心地悪そうに顔を引きつらせた。
実は小遣い稼ぎになるかもと連中に接触はしたのだが、一度取引をすると際限なく深みにはまりそうな危機感を感じて撤退したのだ。
これは言えないなと信繁は内心謝りながら表面上はもちろんだと肯いて見せた。
「なんだい。部活の話しかい? ボクも混ぜろよぉ」
おっとりとした顔に穏やかな笑みを浮かべた級友が司の前の席に座った。
肥満体が見苦しくなくむしろ恰幅がいいと形容したくなるほどはまっている。
どこか気品があり上品に見えるのは穏やかな表情のせいだろうか。
実際実家は公家の血を引く名家らしい。
「おお、まろ。今日の学食はどうだった?」
「うん、日替わり定食がいいねぇ。味もまぁまぁでボリュームもある。学食のおばちゃんはよくわかっているよ」
信繁の問いに「やっぱり昼食はがっつり食べないとね」とダイエットなど眼中にない感想を述べる公磨。
司のおにぎりを見て「それだけじゃ物足りなくない? ポテチ食う?」と持っていたお菓子を勧めてくる。
どちらかと言えば小食気味な司は遠慮した。
お菓子の袋を開けてぱくつきながら公磨が話し始める。
「実はボクも部活で迷っているんだよね。誘われてはいるんだけどそこは新設の部で男ばっかりらしいんだよ」
「誘われているってどこだよ?」
「ん? 興味ある? 『麻帆良美少女同好会』っていって人気の女子の写真撮ったり会報売ったりするらしいんだけど」
「あれ? それって新設か? 確かそんなのがあったような」
信繁が首をひねる。
公磨がお菓子を食べながら説明した。
「元は『麻帆良アイドル写真部』から分派したメンバーで構成されているんだって、なんでも行動方針でもめて別れたらしいけど」
あまり興味なさそうな態度に信繁が訝しげになる。
「おまえ好みの所だろうに、興味なさそうだな」
「だって男ばっかなんだよ? そりゃボクは女の子大好きだけどさ。写真だけ見て満足するのって違うと思うんだよ」
「どうせなら女の子がいて、ついでに仲良くなった方がいいと?」
「どうせノブもその口だろ?」
『ノブ』とは信繁の愛称だ。
同志よ。と意見の一致した二人はがっしり握手を交わす。
これも美しい男の友情なのだろうか。欲望と煩悩まみれの握手にしか見えない司はどうにも空気についていけない。
「というわけでツカサ。なんかいいところないか?」
「なんで僕に聞くのさ」
「この面子なら女受けが一番良いのはおまえだろう?」
「ツカサは美人だからね。たぶん女子校エリアに行っても普通に違和感ないよ。ボクが歩いていたら即座に通報モノだろうね」
自虐ネタを眼鏡を光らせて話す公磨。そこはかとない哀愁が漂った。
さすがに通報はされないと思うが周囲の視線を集めることは間違いないだろう。場違いなものを見るような視線が突き刺さるのは居心地がさぞ悪いに違いない。
「俺でも無理だ。俺はなぜか女子に人気がない。小学校の頃からそうだった」
「ノブは下ネタ自重すればそこそこ人気あったのにね。顔は普通なんだからさ」
公磨によれば信繁は女子にも男子と同じように下ネタトークを全開で話すため小学校時代嫌われたらしい。
この二人は麻帆良の小学校からそろって男子中等部に上がったのだ。
「その点、ツカサは美人で真面目だから女受けいいだろ?」
期待の視線が二人から向けられるが司は自嘲っぽく暗く笑った。
「……僕はどちらかといえば女子のおもちゃだったから。女受けとか関係ない気がする」
小学校時代の女子にあまりいい思い出はない。
引っ張り回され、いじり倒され、さんざん振り回された。
「暗い青春だったんだな……俺たち」
「そうだねぇ……世間はデブに厳しいし」
「女顔にも厳しいよ……男扱いされないもの」
下ネタ下品男。
デブ眼鏡。
女男。
男三人そろって暗く黄昏れる。
今なら魔王だって呼べそうな気分だった。
「暗い過去と決別して明るい中学時代を送るためにも、女子と仲良くなれる部活に入るべきだと俺は思う!」
信繁が気を取り直して場を仕切る。
「賛成だよ。やっぱり生活に彩りが欲しいよね」
公磨も同意する。
そして二人の目が『なんとか出来ない?』と司に向く。
二人は物静かで押しが弱いが頭の回る司を結構評価していた。
付き合いは短いがこいつは頼れる奴だと考えていたのだ。
そんな二人の評価に気がつかずになんで僕に解決を求めるのだろうと思いながらも司は考える。
女子と合同の部活で女子と仲良くなれるもの。
武術系はだめだろう。
まず男が多いだろうし、真面目に強さを追求するところなら女子と仲良くするような雰囲気ではない。
スポーツはどうだろうと考えて否定する。
真面目に取り組んでいる部活ならやはり女子と仲良くなる雰囲気などないだろう。
それに種目によっては男女別の活動ということも十分ありえる。
なら文化系か……。
それなら交流を目的としたサークルも多い。武術やスポーツほど目的だけに熱心ということもないだろうし、男女別になる事もないだろう。
「文化系で女子が多くて、男子が入っても違和感なくて、比較的活動がゆるいところが狙い目、かな?」
司の回答とそれに至った説明に信繁と公磨が納得したように肯く。
「さすがツカサ。俺たちの諸葛亮だ」
「ボク的には竹中半兵衛がおすすめ。半兵衛ちゃん好きだし」
「半兵衛ちゃん?」
アニメのキャラだと公磨は答えた。かなり萌えるらしい。
「とりあえずその条件の文化部はどこだ?」
信繁が問いかけると公磨が宙を見てぽつりぽつりと候補を挙げる。
「……演劇部は美人が多いと思うけど」
「たぶん真面目に演劇の練習するから、女の子と仲良くしている暇がない気がする。真面目に活動しながら仲良くなるなら別だけど。演劇に興味ある?」
司の問いに二人とも曖昧な笑顔で首を振った。
演劇などろくに観たこともない。
「天文部……星空を女の子と一緒に見るのってありっしょ」
「星座なんてろくに知らんが、それだとまずくないか?」
信繁の言葉に公磨が『ダメか』と呟く。
「占い研、女子って占い好きだし」
「俺が占い研入るって言ったら引かれないか?」
どう考えても女子がメインの部活だ。男子などほとんどいないだろう。
信繁の指摘に『きっとボクは門前払いかも』と公磨は軽く自嘲する。外見は普通の信繁が引かれるなら外見に問題のある公磨は問題外になるだろう。
信繁や公磨が問題なく迎え入れられて女子と仲良くなれる部活をと考えると意外に少ない。
たかが文化部と侮ったわけではないがよく考えると活動内容になんの興味もない人間が入っても場違いで肩身が狭いだけだろう。
二人の視線が司に向く。
そろそろ行き詰まったらしい。
司は少し考えてから麻帆良見物で目にしたある光景が頭に思い浮かんだ。あの場所で活動する部活動なら人数は多いだろう。
湖に浮かぶ図書館島。
島一つが巨大な図書館であり、そこは半ば迷宮化していると噂の麻帆良が誇る秘境である。
女子もおそらくいるだろう。男子だって少なくないはずだ。
そしてきっかけと度胸と行動力さえあれば女子と仲良く活動することもあり得なくない気がする。
「二人とも本は読む? 読書は好き?」
唐突な司の問いに二人は少し考え込んでから答えた。
「俺は嫌いではないな。小説とか好きだし」
「ボクは歴史物が好きかな。本も結構読むよ」
司は特にジャンル問わずに気が向けば読む雑食派だ。
「なら図書館探検部はどうかな?」
文化系のサークルでは規模が大きく。中学生だけではなく高校生や大学生も参加している。
本好きや探検好きが集まる部活なので女子も男子もなく人数が多い。
好きな本を通じて女子と親しくなることもありだし、迷宮と噂される図書館島を探検するときに女子に同行するのもありだ。
ここなら信繁も公磨も違和感なく入れるだろう。もちろん司もだ。
そして女子と一緒に行動してもそう不自然ではないだろう。危ない場所で女子を手伝ったり、重いものを持ってあげたりとアピールする機会もあるだろう。
信繁は勢いよく司の背を叩いた。司は思わずよろけた。
「さすが俺たちの諸葛亮! 俺はおまえを俺たちの軍師と認めるぜ!」
「いやいや、ツカサは半兵衛ちゃんの方でしょ。ちょっと気弱で物静かなところが」
二人とも笑顔で司を賞賛する。
信繁は運動神経も良いので探検活動でも活躍できそうだし、公磨はこう見えて教養派だ。図書館なんてむしろ彼の独壇場だろう。
そして司も問題ない。
本も好きだし、探検活動も問題なくやれるはずだ。
「よし、とりあえず三人で見学にでも行くか? 確か体験入部はまだやっていたと思うが」
「確か体験探検コースってのがあったはずだよ。後で予約入れよう。ツカサもいいっしょ?」
見知らぬ部活に一人で行くのも気が引けるのでこの二人が一緒だと心強い。
司も同意して三人で図書館探検部に見学を申し込むことにした。
オリキャラ男子メンバー登場。
ネギま!って男子生徒がほとんど名前無しのモブキャラなんですよね。
おかげで女性主人公だと主要キャラと恋愛させようとするとネギかフェイトかコタロウぐらいしかいない。あとは先生たち……既婚者が多いから高畑か瀬流彦くらいか?
男少なすぎ……。
男子校に男の娘な司を突っ込んだら絶対に浮くだろうという確信の元、彼をサポートする友人たちの登場です。