2014年12月26日13時00分―東京湾沖 トゥアハー・デ・ダナン発令所。
マデューカスは演説をテスタロッサ達に流すと共に指示を出していた。
レーダーが上空から落下してくる巨大質量体を捕らえたからである。
「急速潜航!急げ!」
マデューカスがそう叫ぶと同時に、バラストタンクに高速で海水が取り込まれ数秒で潜航を開始、ものの数分で水深600mまで達した。
―直後に巨大質量体が海面に落下し、衝撃が襲ったのであった。
「なるほど」
そして時間は現在、テスタロッサは発令所に戻り、マデューカスより艦の損害状況を確認していた。
「艦に損傷は?」
「衝撃により船体に多少傷はつきましたが、航行、戦闘に支障はありません」
「外部の状況はどうなってますか?」
「先ほど、タートルを浮上させました。
間もなく映像が来るでしょう」
テスタロッサの質問に淀みなく答えるマデューカス。
タートルはトゥアハー・デ・ダナンが保有する有線操縦式の小型無人艇である。
サイズや形状がウミガメに似ていることからこの名が付けられており、ほぼ完全無音で水中を泳ぐ事が可能である。
また、トゥアハー・デ・ダナンが潜水したままタートルを海面に浮上させることで外部と通信を行ったり、海上の光学映像を得ることが可能だ。
「映像、来ます」
通信主の声と共にタートルからの送られてくる映像がモニターに映る。
衝撃により焦土と化した東京にそれはあった。
種子のような見た目の建造物である。
現在は花が開くようにしてにパーツを展開しており、そこをズームして見ると甲板やミサイル発射管のようなものが見て取れることから建造物が要塞の類であることがわかる。
「巨大構造物を敵対勢力の要塞と断定。
これより、本館はあの要塞に向けて攻撃を仕掛けます。
浮上と共にECS(電磁迷彩システム)を展開、トマホークの発射を」
「よろしいので?」
攻撃を仕掛けるということはこの戦争に介入する事である。
この世界の情勢などを良く解っていない状態で介入するのは出来れば避けたい所ではある。
だが、テスタロッサがあのような大規模な破壊行為を見て、冷静でいられるはずが無いことはマデューカスを含めたトゥアハー・デ・ダナンの乗員全員が知っている。
「わかりました」
マデューカスはため息をつくと同時に砲雷長へと指示を出した―。
―同日13時25分―東京市ヶ谷‐クルーテオ城。
揚陸城―地球の衛星軌道上に展開する巨大な宇宙艦であり、艦そのものを落下させる事で質量兵器としての役目を持つ。
「何事だ」
東京へと降下した揚陸城の主であるクルーテオ伯爵は自身の居城を襲った振動に声を上げた。
『敵からの攻撃です!、橋頭堡にミサイルが着弾!!』
「消火作業を急がせろ。
周囲にいた敵は揚陸城落下により焼き払われた筈だ。
一体どこから…」
壁面に投射されているモニター内で慌てた様子のオペレーターに告げると顎に手を当てて考え込む。
『恐らく、潜水艦で海中に潜っていたのだと思われます』
壁面に新たな画面が投射され、そこに軍服姿の少年が写る。
スレイン・トロイヤード。
クルーテオに仕える少年である。
「流石は地球の劣等民族と言うべきか…。
こそこそと隠れて攻撃とは卑怯な手を使う…。
トリルラン卿に回線を繋げ」
スレインの言葉を聞くと共に、クルーテオはスレインにそう告げた。
同日13時50分―静岡県 清水港・トゥアハー・デ・ダナン ブリーフィングルーム。
「…っと言うのがこの世界の歴史というわけよ」
「なるほど…」
トマホークを用いて要塞へと攻撃を加えたあと、トゥアハー・デ・ダナンは海域を離脱し、静岡県清水港へと寄港していた。
今し方、ブリーフィングルームで千紗からこの世界で繰り広げられている戦争の歴史的な背景を簡単に説明してもらったところである。
1972年、アポロ17号が月面に着陸。
地球と火星を繋ぐ古代文明の遺跡「ハイパーゲート」を発見。
地球から火星へレイレガリア博士を中心とする調査団が派遣されて移民が始まり、先史文明の超科学的なエネルギー源「アルドノア」を基にした社会が発展していく。
一方で、火星の開拓が進むにつれて火星開拓民と地球との間には摩擦が生じていく事になる。
1985年、レイガリア博士、自らを皇帝と自称し火星に帝政国家「ヴァース帝国」を建国。
1999年、レイレガリアの息子、ギルゼリアが新皇帝に即位。
ヴァース帝国を率いて地球に宣戦布告。
人類史上初の星間戦争が勃発するが、その結果ハイパー・ゲートは暴走し月は崩壊。
地球側は大惨事に見まわれ、ギルゼリアも戦死する。
2000年、地球と火星の間に休戦協定が結ばれる。
『そして2014年、火星から親善大使として来た姫様が暗殺され、戦争が再開…か…』
などと和哉が考えていると―艦内にけたたましくアラートが鳴り響く。
レーダーが海上を飛行する物体を捉えだのであった。
同日 13時55分―静岡県沖
―スレインはスカイキャリア‐この世界の人型機動兵器用の輸送機‐を用いて、それを運搬していた。
『ネズミの分際で揚陸城へと攻撃を与えるとは…なかなか狩りがいがあることをしてくれる』
モニター越しにそう呟いたのはトリルラン卿。
クルーテオの友人である火星騎手‐ザーツバルムの配下の一人であり、現在はクルーテオの揚陸城に身を寄せる食客である。
現在、スレインにはトリルランから二つの指示を受けている。
一つは、アセイラム姫が暗殺された場所―新芦原にトリルラン卿のカタクラフトを運搬、可能な限り支援を行うこと。
もう一つはクルーテオ城に攻撃を加えた潜水艦を探し出し、可能であれば破壊するというものである。
「つっ!」
唐突にスカイキャリアの高度をあげるスレイン。
一瞬後に、先ほどスカイキャリアがあった場所を銃弾が走り抜けた。
同日13時51分―静岡県 清水市
『やっぱり、そう簡単に攻撃を当てさせはくれないか…』
既に住民は避難したのか人の気配のなくなった街中―。
和哉の乗る、クレイモアは地面に伏せてボフォースASG96-B 57mm滑腔砲を構えていた。
もともと狙撃は宗介と同じ部隊にと所属するクルツ・ウェイバーが得意とするものであるがあいにく彼は同僚のメリッサ・マオと共に、休暇中である。
「だが、第一目的は達せた」
宗介が言う第一目的とはトゥアハー・デ・ダナンに向かって飛行する敵機の注意を反らすことだ。
「そして、これから第二目標の達成に向けて戦闘を開始する」
「了解!」
宗介の言葉に応える和哉。
コックピットのメインモニターには輸送機から降下してくる敵機動兵器を映されている。
頭部からは一本角のような部品を生やし、大きめの外套を纏ったような見た目の機体だ。
だが、それよりも一層目を引くものは機体の大きさであった。
『デカい…』
モニターに映る敵機動兵器―この世界ではカタクラフトと呼ばれるものを見ながら和哉は思う。
その全高16m、平均的なASの倍近い巨体である。
動力源に火星で見つかったと言われるアルドノアドライブを使用しているからか機体はかなり大きかった。
カタクラフトが着地すると同時に、機体の表面を薄い膜のようなものが展開する。
それを確認すると同時に和哉は意識を集中させ、ラムダドライバを発動させた。
トリルランの専用機であるニロケラスが機体表面に展開したのは特殊フィールドである次元バリアは光線を含めた全ての物理現象を吸収、消滅させるというものである。
この特性故に、展開すれば直接視界を得ることが出来ない。
そのために「鷹の目」と呼ばれる浮遊型の外部カメラを散布して視界を得ている。
「ネズミ共のカタクラフトか…随分と矮小な機体だな!」
鷹の目から得られる情報から目の前で武器を構える二体のカタクラフトが小型なものであると判断したトリルランは次元バリアを展開した巨腕を振り下ろし、眼前のカタクラフトが展開した何かによって弾かれた。
「バカな!!!」
目を見開いて驚愕するトリルラン。
前述の通り、このニロケラスの次元バリアは光すら吸収、分解する最強の盾である。
鷹の目からのデータを受信する僅かな隙間や足裏を攻撃する以外にこの機体にダメージを与える皆無だ。
『トリルラン卿!』
「ぐぉぉぉぉっ!!!」
最強の盾である次元バリアを何らかの方法で突破された事により、一時呆然とするトリルラン。
スレインの声にはっとなるが既に敵カタクラフトは目前まで迫り、手にした銃で攻撃を繰り出していた。
不可視の力場を纏った銃弾が次元バリアを突破して、衝撃がコックピットを襲う。
敵カタクラフトが小型であり、使用する銃も小型であることも幸いしてとなり、今のところは致命的なダメージは受けていない。
それでも、このまま攻撃を受け続けていればどうなるかわからない。
「スレイン!撤退する!!援護しろ!!!」
「了解です!!」
敵を背にして逃亡するなど火星騎手としてあるまじき行為ではある、だか彼はその身に重大な使命を帯びているためにここで、死ぬわけにはいかなかった。
それ故の判断であった。
和也が火星カタクラフトと戦闘を繰り広げている最中、宗介は敵大型輸送機‐スカイキャリア‐に向けて頭部のAM11 12.7mmチェーンガンと前腕部のXM18ワイヤーガンを用いて牽制を行っていた。
ラムダドライバを使用するには凄まじい精神力と集中力を必要とする。
それ故にこの輸送機を和也が行う戦闘に介入させるわけにはいなかった。
「やはり機銃ではあまりダメージは無いか」
しかし、運んでいたカタクラフト同様に大型の輸送機に機銃では大してダメージを与えることは出来ず、宗介は呟く。
その時である、輸送機がミサイルを発射したのは。
「させるか!」
ミサイルに向けて、機銃を放ち迎撃。
爆発と同時に目を焼かんばかりばかりの閃光発生した。
同日 14時05分―静岡県沖
『くそ!何故地球人如きが我がニロケラスの次元バリアを突破できるのだ!!』
閃光弾を使用して、その場を離脱したスレインとトリルラン。
スカイキャリア内、無線越しにトリルランの激高した声が響く。
「トリルラン卿、ここはクルーテオ卿へ指示を仰ぐべきでは無いでしょうか?」
「ふざけるな!」
スレインの言葉にトリルランは更に怒りを露わにする。
『下等な地球種などに遅れを取ったとあれば末代までの笑い物だ!!』
「つっ!」
大声で怒鳴りつけるトリルランにスレインは耳が痛くなるのを感じる。
それ故にトリルランの呟いた『だいいち、クルーテオ城へと戻っていたら…あいつ等を始末出来ぬだろう』っと言う言葉も聞こえなかった。
随分と遅くなりましたアルドノア・パニック第三話となります。
トリルラン卿のニロケラスとの戦闘を書かせて貰いました~。
次回はヘラスをぶつけてみようかと考えついたりします