2000年12月20日―メリダ島沖―20km地点 トゥアハー・デ・ダナン 発令所
「しかし…ラムダ・ドライバの量産が可能になるとは思いもよりませんでしたよ」
潜水艦《トゥアハー・デ・ダナン》‐‐男性‐リチャード・ヘンリー・マデューカスが呟く。
「ええ、私もまさか彼女の言葉が本当だとは思いもしなかったです」
そんなマデューカスの呟きに答えたのは、彼の隣の席に座ったあどけなさが残る少女であった。
肩口まで伸びた銀髪を三つ編みにした少女である。
テレサ・テスタロッサ、《トゥアハー・デ・ダナン》の艦長を勤める少女である。
テスタロッサは三つ編みを弄りながら前方でタブレット端末を触る女性を見る。
長い黒髪を無造作に括り、金属フレームの眼鏡をかけた若い日本人だ。
杉原千紗…テスタロッサ達の所属する組織《ミスリル》の技術スタッフで数々の技術革新を起こしたことで有名な人物だ。
実を言うなれば千紗は転生であり、生前は発明家であった。
彼女の起こした技術革新のほとんどが生前の彼女の発明を転用したものだ。
『常人であらば作り得る事が出来ないオーバーテクノロジー…。
彼女は間違いなく…ウィスパード』
だが、そんな事は知らないテスタロッサはそんなことを考えていたりする。
ウィスパード…囁くもの意味を持ち、この世に存在しない知識…俗に言うオーバーテクノロジーに精通した人間の事である。
千紗から正面にあるモニターへ視線を移す。
そこに映っているのは二体の人型である。
アーム・スレイブ…ASと略される事の多い人型機動兵器―いわゆるロボットである。
一機は白を基調とし、青をサブカラーにしたもの。
もう一機は白を基調にサブカラーを赤としたもの。
二体とも人間で言う口の部分がハードポイントとなっており口にくわえられた単分子カッターが忍者を彷彿とさせる機体である。
青いサブカラーのASがアーバレスト。
赤いサブカラーのASがクレイモアと名付けられている。
「それでは二機ともラムダ・ドライバを起動してください」
タブレットを見ながら千紗が耳に装着したインカムに向けて言葉を発する。
それと同時に背面装甲にある放熱ユニットが開き次の瞬間ー、二機の間で何かがぶつかったような衝撃派が発生した。
ラムダドライバ、使用者の精神を物理世界に介入させるオーバーテクノロジーである。
「ラムダドライバ、二機とも出力、安定。
ユニゾンシステムが正常に作動しているみたいね」
タブレットに表示されるデータを見て、千紗は満足そうに頷く。
ユニゾンシステムとは千紗が開発したシステムで搭乗者間の精神を共鳴させる事によりラムダドライバの出力を上げたり、安定させる為のものである。
今回、千紗がトゥアハー・デ・ダナンに乗り込んだ目的の一つがこのユニゾンシステムの試験運用にあった。
「相良軍曹、神崎軍曹。
いいデータが取れたわありがとう。
ラムダドライバを停止させて」
「「了解」」
千紗がそう言うと艦橋のモニターにプロテクターを装着した二人の少年の姿に切り替わる。
一人は頬に傷を持つ無表情な少年。
相良宗助―幼い頃からゲリラや傭兵として世界各地の戦場を回ってきた凄腕の兵士である。
もう一人は、神崎和哉―あどけなさが残る少年だ。
千紗の幼なじみであると同時に彼女同様、転生者である。
転生前はプロのゲーマーをしており、ロボット戦闘ゲームではあらゆるゲームにおいて無敗と称される空白と対等に渡り合えた程である。
―同時刻、クレイモア コックピット内。
「んっ?」
ラムダドライバを停止させると同時に和哉はそれに気づく。
和哉達の周囲の空間が歪んでいるのだ。
『これは…』
インカム越しに宗助の焦ったような声が聞こえてくる。
どうやら宗助の方からもこの空間の歪みが見えているらしい。
っということは、現在見ているのは和哉が見ているものは幻覚ではないらしい。
『メサイヤ1、何が…起こっているの?』
「こちらメサイヤ1、そちらからも空間の歪みは確認できるか?」
『えっ、ええ…』
千紗の声もまた、焦りを含んでいる。
『軍曹』
一体、どうしたものかと考える和哉の耳に何者かの声が聞こえてくる。
その声の主はクレイモアのAIであるフレイアだ。
「フレイア、どうした?」
『空間の歪みが拡大、ワームホールを形成している模様です!』
「『なっ!』」
フレイアの報告に和哉は驚愕の声を上げる。
インカム越しにテスタロッサや宗助達の驚愕した声が聞こえる。
同時に激しい閃光が歪んだ空間から溢れ、クレイモアとアーバレスト、トゥアハー・デ・ダナン はこの世界から姿を消したー。