試合登録を済ませてから部屋に戻った悠里は、毎日欠かさず行っている修行のルーチンを行っていた。
それも今ようやく終わり、大きく息を吐きだしベッドに体を預けた。
気付けばそろそろ闘技場の公式放送の時間である、戦闘日を早めに設定したので当日の放送で発表されてもおかしくない。
ベッドに寝っ転がりながら、悠里はテレビの電源をつけた。
『戦闘日決定!215階闘技場にて10月2日午後3:00スタート!』
暫く経つと悠里の予想通り対戦相手が発表されていた。
なんと相手はギド。
今の悠里ならばゴンが戦った時のようにパネル剥がしなどの搦め手を使わなくとも、単純にオーラ量が違いすぎるので正面からの力押しで勝てる相手だ。
しかしそうできない理由があった。
(だけどなー、そうするとサダソとリールベルトが戦ってくれなさそうだ。)
そう、自分が勝てないと分かれば新人狩り専門の奴らは絶対に試合を挑んで来ない。
「ちょうど良いレベルの念能力者」を求めている悠里には、実力が分かっている彼らとの試合は中々に貴重だったのだ。
(仕方がない。”発”を弱めながら使って訓練もしつつ、ある程度接戦に見えるように奴らの戦い方に付き合ってやるか。)
悠里は貴重な機会を失わないように本来の実力を出さない事を決めた。
明らかに未だ戦ったことがない相手にも関わらずナチュラルに見下しているが、原作で実力を知ってしまっているのでそこは仕方がないだろう。
後は万が一にも当日に体調を崩したりしないよう、十分に休息をとるだけだ。
内に小さな闘志を燃やし試合に向けて準備を進めていく悠里だった。
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「はじめ!!」
『さあ!今日はなんと!二回連続不戦敗のユーリ選手が初めて試合に登場です!対するギド選手は既に5勝しているベテラン選手!今日はどういった戦いが繰り広げられるのでしょうか!?』
審判の開始の合図と共に実況がテンション高めに喋り出す、それに吊られるように観客もボルテージを上げていき今や会場の熱気は最高潮だった。
「ボウズ...初戦が俺で良かったな...俺は非力だから死ぬことはなかろう。」
そしてギドは開始の合図があった後もその場から動かず、ゴンと戦った時と同じような台詞を言いながら懐から取り出した独楽を構えている。
『でました!舞闘独楽!コマを自在に操り敵を攻撃するという、彼独自のスタイルです!』
奇しくも解説も原作同じような事を言っている。
こちらはもしかすると各選手毎に紹介文のテンプレのようなものがあるのかもしれない。
悠里は一度転生を挟んでデジャヴを感じるというレアな体験をしながらも、ギドの構えを見てオーラを弱めた。
前に決めた通りある程度はくらってやるつもりだからだ。
「
ギドが能力名を叫びながら杖のような物の上で複数の独楽にオーラを込めてリングに解き放った。
喧嘩独楽さながら互いにぶつかり合い独特の金属音を鳴らす舞闘独楽。
自分以外の「発」は初めて目にする悠里は興味深くそれを観察していた。
だが、特に「円」を展開するわけでもなくただ正面の独楽だけを見続けるのはかなりの悪手だ。
「ぐっ...!」
「クリーンヒットォー!」
悠里は背後からの攻撃に反応できず、衝撃に思わず呻き声をあげた。
そこまでのダメージは無いのだが、突然の事で声を上げてしまった事と仰け反ってしまった事で審判にクリーンヒットを宣言されてしまった。
(雑魚キャラ扱いされてはいたが舞闘独楽も最低まで出力を抑えた纏ではガードできないレベルの攻撃ではあるわけか、“弱くはない“な。)
ギドの実力を少しだけ上方修正する。
(だからもう油断はしない、俺は技術でお前の能力を破ってやる。)
悠里は内心でそう決めると「円」を使いながらひたすら回避に専念し始めた。
華麗に独楽を避け続ける悠里にギドはどんどん独楽を増やしていく。
しかしそれでも悠里に攻撃は当たらない、そしてとうとう持っていた独楽を全て撃ち尽くしたギドはどうする事も出来ずにリングに立ち尽くしていた。
(そろそろ良いか。)
涼しい表情で独楽を避け続ける悠里だったが、相手に手は出し切らせたので勝負を決めよう最後にギドに話しかけた。
「面白い能力だけど、もう見切ったよ。それに他に新しい武器もないみたいだし、後は無防備なお前を倒すだけだね。」
そして言い終わるや否やギドに向かって突進した。
独楽を避けながら体勢を低くして上を見上げれば、ギドが軽くニヤけている。
顔が隠れているので正確には分からないが、あのマスクのシワの寄り方から考えると恐らくニヤけているのだろう。
待ってましたと言わんばかりだ。
「やるな...しかし、俺への攻撃は無駄だ!」
やはりというかその場で回り始めるギド。
恐らくこれが原作でも見せた竜巻独楽だろう、間近で見るとそれなりに迫力がある。
この技は舞闘独楽と違って使い方次第ではそれなりに強い技だ。
しかし強い分かっていながらも悠里は一度威力を確かめる為にあえてそのまま突っ込んだ。
『出たー!ギド選手の攻防一体必殺奥義!竜巻独楽ァーー!カウンター気味にユーリ選手にヒット!』
「3ポイント!」
『審判はクリーンヒットとダウンを宣言!これで4-0とギド選手優勢!』
今のを食らった事で一気に点差が開いてしまった。
審判が試合を早く終わらせるためにダウンまで取ったからだ。
原作でも審判が危険だと判断した試合はあえて早めにポイントを取らせるものもあるという事が書かれていた。
初戦であり傍目には防戦一方に見えていた悠里は審判に気を使われていたのだ。
このままではポイントで負けてしまう可能性が出てきた。
「くっくっく、この竜巻独楽をしながら相手への攻撃は独楽にまかせる、俺の黄金勝利パターンだ!」
悠里の複雑な心境を嘲笑うかのように、先程までの狼狽えっぷりは何処へやら、ギド独楽が全く当たらないことも棚に上げ急に饒舌になる。
ギドも悠里と同じ事に思い至ったのかもしれない。
こうなった以上は早く試合を決めなければならない。
悠里はもう一度ギドに向かって突っ込んでいった。
「何度来ても同じだ!
(まだ独楽を隠し持っていたのか?だけど無駄だ!)
ここですかさず悠里は
「なっ...!?」
ギドは驚きながら唐突に動きを止めた。
悠里の「発」の影響でオーラが乱れ
『おっとユーリ選手!またまたギド選手めがけて突撃だ!このままではまた竜巻独楽の餌食だが...どうするんだー!?』
「ぬ・・・くっ!」
上手くオーラを練る事ができずその場で回転し始めるギド。
発の発動が間に合わず竜巻き独楽でその身を守ることにしたようだ。
そんなギドの様子に悠里はご満悦だ。
(この少ないオーラで使っても相手の”発”の発動を妨げるほどの力・・・この“発“本当に気に入った。)
そして勢いをつけて拳を振りかぶり、ギドの足元に振り下ろした。
『な、なんとユーリ選手ギド選手の足元の床を破壊!それによりギド選手の回転が止まった!...すかさずパンチの連打!!そのまま...出た!バックスピンキック!ギド選手の顎に見事命中!』
「やれるか!?」
「...。」
悠里蹴りで思い切り吹き飛ばされたギドに慌てて審判が駆け寄ってくるが、その後大きく×の印を作る。
『なんと!なんと!ここに来てユーリ選手逆転!独楽の足場を破壊してしまうという見事な戦略勝ちです!!!』
『勝者!ユーリ選手!!!』
勝利宣言を聞き、悠里は軽く観客に手を振りながら上機嫌でリングを降りていく。
格下が相手とはいえ力押しはせず、キチンとした念の戦闘で勝てた。
それに自身の「発」に新たな可能性を見出すこともできた。今回の感覚を忘れず磨いていけば、格上に一撃を喰らわせることすら出来るものになるだろう。
悠里は今日の試合に大変満足しまがら部屋へと帰っていった:
次で原作前の修行パートは最後です。