執行人たちの剣が届く前に、俺はエセルに用意させて置いたアトラック=ナチャの術式を開放する。
これはアル・アジフの記述で、クモの化物の力を真似た糸による捕縛術式だ。
通常なら糸やひも状の物を媒介にして使うのだが、俺の場合は自身の力で練り上げた、不可視の糸を使う事にした。
その糸は、俺の意思に従い縦横無尽に動き出し瞬時に執行人、司教、村人を雁字搦めにしていった。
ついでに口も閉じるようにさせたので、くぐもった声が聞こえるが気にしなくても良いだろう。
俺はその出来に満足し、エセルに次の指示をする。
「ふむ、さすがアル・アジフ使い勝手の良い術だ。エセル、捕縛し終わったら魔法知識を収集して来い、余(俺)は、彼女と会話を楽しんで来よう。」
「イエス、マスター。」
エセルはそう返事をし、一番大きな民家に歩いて行った。
エヴァはこちらを目を丸くしながら見ていた。俺は、エヴァを見ながら彼女の前まで歩いて行った。
「初めましだな、エヴァンジェリン・マクダウェル」と挨拶する。
エヴァは呆然として返事が返って来ないので、俺は話を進める。
「助かりたいか、『え・・・』助かりたいかと聞いたのだ。エヴァンジェリン・マクダウェル」
エヴァはまるで今まで聞いた事の無い言葉を聞いたという表情をした後
「・・・・なんで、助けてくれるんですか?」
と、驚きと恐れと期待が混ざり合った様な顔で、か細く聞いてきた。
「貴女がほしいのだよ、・・・余の者になれ、エヴァンジェリン・マクダウェル」
と俺は真正面から行く事にした。
それを聞いたエヴァは、初め何を言われたのか解からないとばかりに呆然としていたが、次第に顔に赤みが差して来て目を泳がせながら色々言ってきた。
「あああ、あたし、きゅっ、吸血鬼です!!」とアワアワしながら言って来る。
「知っている、余も人外だ。」と平然と返してみる。
「かか、身体もこんなだし、多分もう成長しません・・・」自分の身体をちらりと見ながら残念そうに言って来る。
「安心しろ気にしていない、余はロ○コンだからな!」とたぶん意味は解からないだろうが、堂々と言い放つ。
「あの、えっと、しょ賞金首です」
「ふむ、余が如何にかしよう」
「・・・あの・・・その・・・えっと・・」とエヴァはパニックになっているのか目がグルグルになっている
「それで、答えを聞こうか、エヴァンジェリン・マクダウェル」
と、俺はエヴァの頬に手を当て、瞳を覗き込むようにして聞いてみる。すると、ぽろぽろと涙を流しながら、
「・・・助けて・・くだ・さい・・貴方の・物に・・なるから・・・」
と、つっかえつっかえ答えが返って来た。
「諒解した」
俺は石の杭を消し去り、エヴァを抱き上げ抱きしめてやる。初めは、驚いてもぞもぞしていたが、暫らくすると、
「ああぁ~~~~~、ゎあぁぁぁ~~~~」と声を上げて号泣しだした。
取り敢えずエヴァの頭を撫でながらこの後どうするかを考える。
考えがある程度まとまる頃には、エヴァは寝息を立てていた。
なのでお姫さま抱っこで抱き直し、取り敢えずエセルと合流するかと考えた時、丁度、後ろからエセルの気配が近づいてきた。
「収集完了しました、マスター。」
と俺に報告した。俺はエセルに振り向きながら、
「記憶の改竄もしくは、消去の術式は在るか?」
「イエス、先ほど収集して来た物の中に該当する物があります。それとも、魔道になさいますか」
俺はしばし考え、
「魔法にしよう。魔道は十全に使えるようだからな、この世界の魔法がどんな物か試すのに丁度良さそうだ。それに使えなければ魔道に切り替えれば良いだけだしな。」
「では、マスター。こちらの魔法についての知識を渡します。」
俺は、エセルから知識を受け取り、それを整理する。
《大体は魔道と同じようだ。ただ魔法発動体と呼ばれる物がいるらしい。呪文や魔法式の演算はエセルに任せれば一番効率が良いだろう。最悪、適当に唱えればエセルが意訳してくれるから、魔法名さえ言えば如何にかなりそうだ。発動体も魔杖剣で如何にかなるだろう。》
俺はエヴァを片手で抱き直し、右手に自分の魔杖剣<黄金の十字架剣>を呼び出す。
そして周りの人間に記憶消去と、改竄の魔法を掛けていく。
エセルにちゃんと魔法が発動しているか、効果は出ているか、魔道で確認させる。
「問題ありません、マスター。」
「そうかでは、ニトクリスの鏡を使ってエヴァを造り、死んでもらうとするか。」
ニトクリスの鏡と言うのは、幻と現実を曖昧にする術式だ。限りなく現実に近い幻、限りなく幻に近い現実を作り出す力がある。
その力と先ほどの記憶消去と改ざんの魔法。
これらにより、吸血鬼エヴァンジェリン・マクダウェルは、今日確かに処刑されたと歴史に記される事になる。
俺達は、処刑を見届け誰にも気付かれず村を出て大きな町に向かって転移した。
side エヴァンジェリン
目が覚めた・・・・夢だったんだ。安心したような残念なような。
あんな都合のいい事なんて現実にはありえないよね。と思いながら目をこする。
頭がしっかり働き出して自分がベットに寝ている事に気付く。
えっと思いながら横を見たら、金髪金色の瞳の青年が椅子に座り読書をしていた。
夢じゃ無かったんだ!と思うと同時に彼と話した内容や、抱きしめられながら号泣した事を思い出し、全身がカッとなって火照り出した。
たぶん顔はもう真っ赤だろう。
それで、シーツに潜り込もうとした時に気付いてしまった。髪や身体、服が清潔になっている事に、服にいたっては新品みたいだ。
もう完全にパニックだ。
彼に全身くまなく見られたとか、もうお嫁に行けないとか、関係ないかもう彼の物だしとか、穴が有ったら入りたいとか、いろんなことが頭の中を駆け巡った。
その時、いつの間にかベットの隣に彼がいて
「起きたか、身体は大丈夫か」
と聞いてきたので、あたしはシーツで顔を半分隠しながら、
「大丈夫です、助けてくれて有り難うございます。」
「気にするな、俺がしたいから、しただけだ」
「・・・それでも、嬉しかったです」
「ふむ、そうか」
と会話が終わってしまった。何か話題はないかと考え、ふと気付く、あたし彼の名前を知らない。
「あ、あの、お名前は何て言うんですか」
「・・・名前・・ふむ、名前か・・」
と彼は悩みだしてしまった。あたしは聞いてはまずい事を聞いてしまったんだろうかと焦った。
その時ドアから、
コンコンコンコン とノックが鳴った。
彼が入れと言うと、ドアが開き、
「ただいま戻りました、マスター。」
と鈴を転がすような声が聞こえ、黒のお姫様が部屋に入ってきた。
神秘的な黒髪に黒い瞳、黒い服、可愛らしい容姿と相まってお姫様のように見えた。
彼はまだ悩んでいるのか、ああ、と生返事をしていた。するとお姫様がたずねた。
「どうされたのですか、マスター。」
「名前を聞かれてな、どう名乗るか考えていたんだが・・・うむ、これでいこう・・・」
と彼はあたしをまっすぐ見て
「アレイ、アレイ・クロウ、アレイと呼んでくれ。でこっちがエセルドレーダ」
と彼、アレイがお姫様の頭に手を置いた。
「不本意ですが、エセルと呼んですださい」
とエセルが目を三角形にしながら言ってきた。
あたしは身体を起こして、
「エヴァンジェリン・マクダウェル、エヴァって呼んでください」
「あ~、エヴァ暫らく本名を名乗らないでくれ。」
と言われ、あの後如何したか教えてもらった。
「じゃあ、あたしもう賞金首じゃぁないんですね」
「ああ、賞金首なエヴァには討ち取られて貰ったからな」
「ありがとうごいます。アレイさん」
「さっきも言ったが、気にするな、・・・さて今後如何するか話合うとするか」
とアレイさんがテーブルの方に歩いて行った。そこにはいつの間にか食事が用意されていた。
あたしもベットを出てテーブルに向かう。
ああ、今あたしは幸せだと、感じながら。