火竜(サラマンダー)も異世界から来るそうですよ? 作:shoshohei
〝ノーネーム〟本拠の最上階、大広間にて、十六夜、ナツ、ハッピー、ジンは話し合っていた。
いや、ジンが一方的に十六夜に叫んでいた、というほうが正しいかもしれない。
「どういうつもりですか!?」
「〝魔王に御困りの方は、ジン=ラッセルまでご連絡ください〟────キャッチフレーズはこんなところか?」
大きな窓際に腰を下ろし、十六夜の月を眺めながら話す十六夜に、ジンは妙な苛立ちを覚えながら更に叫ぶ。
「全然笑えませんし、笑い事じゃありません! 魔王の力は十六夜さんも理解できたでしょう!?」
「ああ。あんな面白そうな力を持った連中とゲームで闘えるなんて最高じゃねえか」
ジンは絶句して十六夜を見る。十六夜は軽薄に笑いながら、窓際から腰を上げて大広間にある椅子へと移動した。
ジンは震えた声で十六夜に問いただす。
「お……
「ジン、落ち着いて……」
「止めないでくれハッピー。これは今聞いておかなきゃいけないことなんだ!!」
「いいや、これは破滅願望じゃない。コミュニティを強くするために必要な
作戦? とジンとハッピーは振り返る。
十六夜は椅子の上でふんぞり返りながら、
「先に確認しときたいんだがな、御チビ。お前は俺達を呼び出したとして、
まあ本当にそうなのかは分からねえが、と言う十六夜の言葉に、ジンは気圧されたように黙り込んだ。
旗や仲間の奪還、魔王を倒すことは望んでも、『どうやって』魔王を倒すためにコミュニティを大きくしていくかの、未来設計図が彼には無かった。
彼は自身のありったけの知恵を振り絞る。
「ま、まず……水源を確保するつもりでした。新しい人材と作戦を的確に組めば、水神クラスは無理でも、水を確保する方法はありましたから。それに関しては十六夜さんが想像以上の成果を上げてくれたので素直に感謝しています」
「おう、感謝しつくせ」
「……。話を進めますけど、ギフトゲームを堅実にクリアしていけばコミュニティは必ず大きくなります。『塵も積もれば山となる』……その理論で、例え分かりやすい力がない同士が呼ばれたとしても、力を合わせればコミュニティは大きくできます。ましてやこれだけの才ある方々が揃えば、どんなゲームにも対抗できたはず」
「期待一杯、胸一杯だったわけか……呆れた奴だ。そんな机上の空論で再建がどうの、仲間を取り戻すだのと偉そうに言ってたのかよ。こりゃ期待はずれか」
「な、なにを」
「ギフトゲームに参加して力を付ける? そんなもんはそもそもの大前提だ。基礎なんだよ。俺が聞いてるのはそんな足元じゃない。
「………!!」
「やれやれ。ここまで答えを提示しなきゃ分からねえとはな。答えが分からなきゃ先生にすぐ答えを求める頭の固い生徒ちゃんかよ」
肩を竦めながら首を左右に振るう十六夜を見ながら、ジンとハッピーは言葉を呑みこんだ。
末恐ろしい男だと、つくづく思う。
この男ならば、自身の目的のためならば悪魔だって計略に嵌められそうだ。
十六夜の言葉に大きな衝撃を受けなるジンを見据えながら、十六夜は椅子から立ち上がる。
「俺達には名前も旗印もない。コミュニティを象徴できる物が何一つないわけだ。それじゃ組織を、口コミですら誇示できない。だからこそ俺達を呼んだんだろう?」
「………、」
「今のままじゃ、郵便配達で署名するとき、名前なしの宛先不明で物を出すもんだ。〝ノーネーム〟ってのは名無しのその他大勢のことを言うんだろ? それじゃあ誰も信用しない。『名前もない奴が吼えるな』……その一言で返されるのが落ちだ。その絶大な重荷を背負ったまま、お前は栄華を誇った先代を越えなきゃいけないんだ」
「先代を……超える……!?」
雷にでも打たれたかのような表情になるジン。
彼は自身が憧れた先代のリーダーを思い浮かべ、それを自身が越えるべき壁だと思うと身ぶるいした。あまりにも高すぎる壁だと。
考えることすらできなくて────考えるのが怖くて逃げていた壁。皆を背負いながら越えなければいけないと思うと、辛くて、怖くて、逃げていた壁。
それを今、突きつけられていた。
十六夜は呆れたように下へと俯いたジンの顔を見ながら、先を続ける。
「名も旗もないとなると、そりゃあもうリーダーの名前しか売るものがないよな?」
ハッとなって顔を上げるジン。同時に十六夜の意図に気付く。
ハッピーもその意図に気付いたのか、今まで茫然として開けなかった口を戦慄きながら開く。
「まさか……ジンの名前を売るってこと?」
「おお、正解だ青猫。猫にしちゃよくできましたーってとこだな」
馬鹿にしたような態度にむすっとする。
ジンはその会話を傍らで聞きながら、確かにその手段は有効なのだろうとも思う。
例えば、星霊最強個体でありながら最強の太陽神である白夜叉。
彼女は〝サウザンドアイズ〟の一幹部に過ぎないのに、その名前は古今東西に知れ渡るほどに強大だ。名の売れたリーダーは、時として旗印に匹敵する。
〝打倒魔王を掲げたジン=ラッセル〟
その名を掲げたからには、今回のギフトゲームはチャンスと言える。
相手は聞く話では、飛鳥や耀のギフトに手も足も出なかったというではないか。
もはやこれは勝機しか見えていないギフトゲームと言えるだろう。
打倒魔王を掲げたコミュニティが、魔王傘下のコミュニティを倒したと周囲に広めることができれば魔王本人は当然、魔王に苦渋を呑まされ、復讐を誓ったコミュニティ。その他同じく打倒魔王を志したコミュニティさえも引き込むことができる。
同じ目的を持った仲間を増やすチャンスでもあるのだ。
十六夜は両手を大仰に振って示す。
「今のコミュニティに足りないのはまず人材だ。
ニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべながら、十六夜は両手を広げ、窓際に移る月を背に、緑髪の少年に問う。
「黒か白か、お前はどちらを選ぶ?」
凶悪とも軽薄とも、相反する二つの意味を内包した笑みの十六夜の問いに、ジンは下を俯いて拳を握りしめていた。
何も十六夜の作戦が納得がいかないわけではない。
寧ろ彼の作戦には賛成だった。聞いた直後はそのまま首を縦に振ってしまいそうだった。それほどまでに非の打ちどころがない作戦だったのだ。
ではなぜ即答できないのか。
単純に、悔しいのだ。
自分が目の前の男の問いかけに答えられないことが。目の前の少年の作戦よりも良い作戦が思い浮かばないことが。
ジンは齢十一歳だ。だから知識量でも、思考でも劣るのは仕方ない。
そう言って逃げるのはいくらでも簡単だ。
しかしその結果が今の〝ノーネーム〟だった。
その考えが、黒ウサギをこの三年間傷つけてきた要因だった。
そうならないように、二度と彼女の足枷にならないように同士が来たら精一杯頑張ろうと決心していた。
自身には武力的な力はないと分かっているからこそ、新しく来た同士達が認めてもらえるようなリーダーでいようと思っていたのに、簡単にその想いは踏みにじられた。
歳の差では十六夜が上でも。
この場所で育ってきた時間は、ジンの方が圧倒的上だった。箱庭で培ってきた時間は、ジンの方が上なのだ。
なのに、いわば十一年分の差を、十六夜は軽くひっくり返す。それが堪らなく、どうしようもなくジンには悔しかった。
下を向く彼の心に、悔しさがにじみ出てくる、溢れ出てくる。
気が付けば下唇を噛み締めて、血が出るほどに強く噛み締めて。
手が『痛い』と感じるほどに強く、強く握りしめていた。
「……っ……」
「ジン……」
案ずるような視線を向けてくれるハッピーの心遣いは嬉しいが、しかしそれが逆に自分が矮小だと思わせるようで、更に何かが溢れてくるが、それの存在を否定した。
だって、それを肯定したら。
それが際限なく溢れてしまうから。
そんな彼を見た十六夜は、つまならそうに息を吐きながら、
「こんなことで一々めそめそしてたんじゃ先が思いやられるな」
「……っ……っく……」
何も言い返せないことが、悔しい。
この男の言う通りなのが、この上なく悔しい。
でも、何もできない。
そんな自分が、一番悔しい。
気が付けばそれはあふれ出し、自身の目を濡らしていた。
でも、それが気付かれたくなくて、声も殺して必死に耐える。耐えるしかない。
そんなジン達のやり取りを、今まで腕を組んで黙って聞いていたナツは、瞑っていた目を静かに開けてジンへと近づく。
「なあ、ジン」
返答は無かった。
返答を返すことすらできなかった。構わずナツは続ける。
「オマエ、この〝ノーネーム〟のこと、どう思ってんだ」
「……………え?」
「どうなんだ」
静かな声音。
昼間の時とはまるで別人のような声音で突発的な質問をされて、面食らってしまうジン。
彼は下を向いたまま、少しの間考え込む。
そして。
「……せつ……です……」
ここが外だったならば、風が吹けばそれで消えてしまいそうなほどの声。
断片的にしか聞き取れないほどの小さな呟きは、やがて風船が膨らむようにしっかりと全体が聞き取れるほどに大きくなっていく。
溢れる感情を爆発させるように、少年は顔を勢いよく上げながら叫ぶ。
「……大切です。何よりも、どれよりも!! この命を賭けて守り通したい、どんなことがあってもこの〝ノーネーム〟の仲間たちだけは守り通したい!! そこが僕の、帰る場所だからッッ!!!」
それが、何もできない御飾り物と罵られる少年の心の裡だった。
顔を上げ、雫を振り乱しながら胸のロープを鷲掴んでジンは叫ぶ。
だけど、と彼は声のトーンを落とし、
「でも、でも、でもっ!! そんな〝想い〟だけじゃ何もできない!! 泣き叫ぶだけじゃ何も変わらない!! この修羅神仏が集うなんて言われてても、残酷なこの世界は力が全てだ!! 僕なんかじゃ、いつも、黒ウサギに頼るだけしかできないっ!! だってそれしかないじゃないか!! 祈るだけしか、願うだけしか僕にはできることがない!!! ……それだけしか、
言って、自分で自覚したのか嗚咽を漏らしながら泣くのを耐える。
ローブを皺くちゃにしながら必死に悔しさに耐える。
訪れる静寂。
皆一様に行動を停止してジンを見ていた。
そして数分ほど経った後、ナツは静かに目を閉じ、そして勢いよく目を開いてジンの胸倉を両手で掴み上げて己の目線の高さまで引き上げる。
「──がっ、げっ………!!?」
「な、ナツッ!!?」
ハッピーの叫びが響くも、胸倉を締めるかのようにジンを掴んで離さないナツは、ジンの目の奥にある瞳孔を睨みつける。
そして告げる。
「
燃え盛る怒り。
決してジンには向けることがなかった明確な怒気を孕んだその双眸を幼い少年に向かう。
火竜の瞳を向けられたジンは、締められている苦しみさえも忘れてナツの瞳の奥を見た。
「『黒ウサギに頼ることしかできなかった』? 『願うだけしか自分にはできない』? 言い訳してんじゃねえよ。お前はただ怖かっただけだ。必死になれば闘えたのに、黒ウサギを少しでも守ることができたのに、お前は仲間を背負うことが怖くて逃げ続けてただけだ。それをこの世界のせいにして吼えてんじゃねえヨ」
「────ぼ、くは………!」
「目を反らすな。目の前の現実から逃げるな、自分と闘え。お前には闘う力がある。仲間を想う心がある。自分の弱さを知る〝恐怖〟がある」
ナツの叫び。
それはジンの無力を糾弾することでも、黒ウサギに頼りきりだったことを嘲笑することでもない。
最後まで必死に抗おうとしなかったこと。
ただそれだけだった。
別にナツは、ジンが分かりやすい力を持っているとは思っていない。
彼はそんな次元の低い話をしているのではない。
彼が言う『力』とは、抗おうとする心を示していた。
「お前は、自分が弱いってことを知ってる。自分が足りない物を知っている」
ナツがつい七年前まで知らなかったことを、この少年はそれよりずっと前から知っている。
そのことが、ナツからしてみれば羨ましくも思えた。
ナツはジンを掴んでいた手を離すと、自由になった体がドサッと強く落ちる。
ようやく自由になった喉を押さえながら酸素を押さえて大いに咳き込むと、ジンはナツを見上げた。ナツはしゃがみ込んでジンと同じ目線に合わせると、
「だったら次はどうする? ────強くなれ」
「……強く」
「履き違うんじゃねえぞ。オレが言ってる強さってのは、
トン、と。
ナツはジンの心臓を優しく右の拳で突いた。
そこから、何か温かな感覚が彼の体に染みわたる。
「お前はオレ達の誰よりも弱さを知ってる。それは誰よりも強くなれるし、優しくもなれるってことだ」
「…………僕が?」
「そうだ。お前は誰も持ってない
「………本当に」
か細い声。
けれども、先ほどの声にはない、決して揺るがない芯が宿っていた。
「本当に、僕は強く……仲間を守れるくらいに強くなれますか?」
そんな言葉でも、不安は拭えない。
今まで弱いだの、寄生虫だのと罵られてきたのだから仕方がないのかもしれない。
ナツは、そんな彼の不安を拭うように歯を見せて二カッ、と笑った。
「当たり前だ!! お前はこれからどんどん強くなる。燃えてくるだろ?」
鼓舞するように拳を突き立てて力強く笑う。
彼に呼応するように、ジンも涙を拭いながら、強い意志を称えた瞳で答えた。
「……はい。僕は逃げない。仲間を背負って、僕は闘います」
なぜか自分はキャラを美しく見せる才能がないようですハイ……。
ここからちょっとペース上げて行かんとな。