シルヴァディアに奏でた幻想夢 作:杉崎つかさ
ギルトバ
二本足の巨大な鱗(甲殻)を持つモンスター
額の角と強靭な顎が武器
だが、決して強いわけではない
腹部が弱点
ギルドルバ
ギルトバのボス
通常サイズより大型で、力も強い
下手に挑むと返り討ちに逢いやすい
ギルトバと同じく、腹部が弱点
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森の傷痕
「はあぁっ!」
次の日の朝、太陽が登りきった後の森に威勢の良い少女の掛け声が響く。
一晩じっくりと体を休めたティアは、昨日新造したばかりの装備に身を包み、ギルトバの巣窟となってしまった森へと足を踏み入れた。
少し足を踏み入れただけで、草食モンスターの骨があちらこちらに転がっているのが見受けられた。
その骨の数は肉食のモンスターが大量に住み着いている事を表すには十分過ぎる代物だ。
そのモンスターの亡骸を辿り、糞や獣道、木の幹に刻み込まれたギルドルバの縄張りのサインを確認しつつ、慎重に歩みを進めていた。
いくら雑魚扱いされているモンスターと言えども、囲まれたり、大勢に襲われたら駆け出しであるティアには荷が重過ぎる。
暫く歩みを勧めた所で、数匹で纏まっているギルトバのグループを発見した。
その群れは何かを夢中になって喰らい付いている。
ギルトバの体が邪魔をしてそれが何かは確認する事が出来ないが、生々しい肉の引き千切れる音と、彼らの足下に広がる赤い液体が生き物少し大型の生き物であるという事が分かる。
だが、一頭のギルトバが頭を振ってその肉を引き千切った際に、足の隙間から人間の腕がはっきりと覗き込んだのだ。
ティアはそれが何かを理解した瞬間、居ても立ってもいられなくなり、それが迂闊だと知りながらも声を上げてギルトバの群れへと突き進んだ。
手前のギルトバの背中を甲殻ごと二つに斬り裂き、その正面のギルトバを勢いに任せて蹴り飛ばす。
食事を邪魔されたギルトバも黙って居るわけがなく、血に濡れた牙を剥き出しティアをも喰らおうと大口を開ける。
だが、あと一歩の所で斬り裂かれていたギルトバの半身が邪魔をして足を取られ、彼女に届く事は無かった。
自分の仲間の死体に足を取られ、僅かに体勢を崩したギルトバを一閃で斬り割く。
体側からけたたましい量の血を噴き出し、ギルトバは地面を転がりそうな勢いで倒れ込んだ。
「あっ…!? くっ!」
ティアの背後から、回り込んだ一匹が角を突き立てて飛び掛かって来ていた。
しかし、人間の反応速度には限界があり、咄嗟に身体を動かしたにも関わらず、左肩を角が掠めていった。
傷は深くないが、肉を抉られた分痛みが激しい。
にじり寄るギルトバ達に剣を向けるが、自分が後退しているのがよく分かる。
「弱気になっちゃダメ…大丈夫、今のは悪くなかった。不意打ちだったけど、避ける事が出来たじゃない…!」
恐怖に打ち勝つため、自分に言い聞かせる。
深く息を吸い込み、大きく息を吐く。
大丈夫…私なら、やれる!
「掛かって来なさいよ。私だって、理想だけを追い求めているような馬鹿じゃないの!」
震えていた切っ先はギルトバへと向けられた。
その動きに反応して、痺れを切らしたのか先頭の一匹が大きな口を開いて向かって来る。
「はああぁぁァァァッ!」
ティアは、恐れる事無く、その大きく開かれた口へと、自身の剣を突き刺した。
外殻とは違い、柔らかな感覚が気持ち悪い。
しかし、その一撃で勝負は決した。
仲間が半分以上も殺られ、ティアを強敵だと認めたのか、ギルトバ達は低い唸り声を上げながら後退していった。
「に、逃げて…くれたの?」
今になって震え出した足では支えきれず、その場にへたり込んでしまう。
ギルトバの群れはそのまま振り返ることなく、深い森の中へと姿を消していったのである。
「…痛っ!?」
死闘から張っていた気が抜け、負傷した肩の傷口に痛みが戻る。
ギルトバの口の中の剣を抜き、血を払い落として鞘へと納め、出血の止まっていない肩の傷を抑えながら木へと凭れ掛かった。
一息吐いた後に、腰のポーチから回復薬の入った瓶を取り出し、栓を抜いて口の中に流し込む。
「うぇ…やっぱり、変な味」
だが、効果は存分に発揮したようで、肩の激痛も随分と和らいだようだ。
全身の疲労感もマシになっている。
体力を回復させたティアが次に取り出した物は、複数の葉っぱだった。
種類の違う複数の葉を口に含めると、咀嚼を始める。
「…………そろそろいいかな?」
暫く口を動かしていた彼女は、口の中で唾液と共に混ざり合った葉を手に戻し、肩の傷口へと塗り込んだ。
「にゃぐっ!? う、うぅ……」
初めこそ激痛が身体を走り抜けていったが、次第に痛みは霧散するかのように抜けていく。
薬草なら多少の怪我なら直ぐに傷口を塞ぐ事も出来るのだが、今回は擦り傷や何かとは怪我の度合いが違う。
痛みこそ抜けてくれたものの、傷口を塞ぐまでには至らなかった。
そのままにしておくわけにもいかず、包帯を取り出して傷口を覆うように巻き付ける
…だが、片腕で巻き付けるのは少し苦戦し、綺麗な見た目とは言えそうもない状態へとなってしまった。
「……まぁ、仕方ないよね」
自分の処置した箇所を見つめ、そう呟く。
他に巻いてくれる人が居るわけでもないので、そうやって納得する事にした。
傷口は塞げたのだから、結果オーライという考え方である。
ギルトバに襲われていた旅人は、やはりと言うべきか無惨にも喰らわれた内臓や肉の裏に骨が顔を覗かせていた。
「うっ……」
生々しい鉄の臭いと、赤く染まった地面が嗅覚と視覚から目の前の人の死を実感させる。
訓練生時代に、非情になれとキツく言われ続けていたが、いざそれと対面すると、とてもじゃないが感情を殺す事など出来なかった。
ギルトバ…モンスターも生きる為に人を襲うのは理解っている。
…わかっているのだ。
だからこそ、非情になり切れないというのもあるかもしれない。
ティアには、一方的にどちらが悪だと言い切る事が出来なかった。
それでも、戦う覚悟を決めた以上それを理由にモンスターを殺さないなんて甘えは許されない。
戦わなくて済むのならそれに越した事は無いが、それは難しいだろう。
人の言葉が通じる魔物は数少ない。
それも並の人間には相手をする事が憚られるような、伝説にもなる化物クラスの魔物くらいだと聞く。
地面に人が1人入るくらいの穴を掘り終えたティアは、亡骸を穴へと移す。
その際に何か身分を証明出来そうな物を探したが、何も見つからなかった。
「……粗末な物でごめんなさい。せめて、どうか安らかに」
木を組み合わせて作った十字架を突き立て、質素とも言える墓を作った。
その前で手を組み、気休めだと分かっていても名も知らぬ旅人へと祈りを捧げた。
名も知らぬ旅人の供養を終え、気持ちを切り替えて立ち上がった。
きっと、この先にこの森の長となっているギルドルバは居る。
森の奥を睨み付け、その歩みを進めた。
その途中、幾数回魔物に襲われた。
森の中や洞窟、草原や砂漠、その他にも魔物が縄張りとする場所はかなり広い。
森も深みへと入り込めば、日の光も満足に届かず薄暗くなる。
それが理由なのか、普段は夜行性であるはずのノディと呼ばれる、やや硬質化した羽毛に全身を覆われた、巨大な嘴を持つ大型の鳥の型をした魔物が活発となっていた。
ノディは訓練で何度か倒している。
群れに囲まれたのならば危険であったが、1匹、2匹が相手となれば大した敵ではない。
先程の反省を活かし、冷静に対応してこれを退けた。
「これは…!」
更に進んだ先に、ギルドルバが近くに居るという証を遂に見つけた。
「この傷…まだ、あまり時間が経っていない?」
大木に刻まれた縄張りを示す角のの痕。
ティアの身体に震えが走る。
怖い…
ギルドルバはギルトバの2倍以上の体格を持ち合わせた、群れのリーダーだ。
性格も大人しいとは言い難い。
事実、既にギルドルバの被害は村へと拡がっている。
もしかしたら、自分もあの旅人のように誰にも知られる事も無く、森の土へと還っていくのか…
怖い…
だが、それ以上に湧き上がる不思議な力にティアの恐怖心は次第に落ち着いていく。
震わせていたはずの肩も、いつの間にか震えは止まり、普段通りの自分の身体になっていた。
「それじゃ、始めようか…っ!」
鞘から剣を高速で抜き、身体を反転させて斬撃を放つ。
鈍い音と共に遮られた斬撃の先には、苔生した甲殻に鱗、ティアの腕よりも太い角が2本、そのモノ額から水牛の如く湾曲して伸びている。
ギルトバとは違う巨大な身体はまさしく、今回のターゲット…ギルドルバそのものだった。