シルヴァディアに奏でた幻想夢   作:杉崎つかさ

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ファンタジーとは言っても、RPGを意識した話にしていくつもりです。

ゲームを普通に通した話のような作品に仕上がる事を祈って更新していきたいと思っています。


物語の始まり
新米騎士


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--

 

 

「てやぁぁぁぁああ!!」

 

 

 

目の前に対峙するモンスターに、勢いよく斬りかかる少女の叫びが草原に広がる。

 

 

少女の一撃はモンスターを弾き飛ばし、その命を狩り取るものだった。

 

 

 

 

「ふぅ……これで、依頼は完遂…かな?」

 

 

少女はモンスターを倒した証として、その額に生える立派な一本角を回収して立ち上がる。

 

 

 

 

 

このモンスターはギルトバ。

 

 

 

少しゴツゴツとした鱗に覆われた二本足の魔物で、強靭な顎と角を武器とするが、比較的弱い魔物である。

 

 

しかし、数が多く、家畜や畑を荒らして回るといった被害が相次ぐ為、今回の依頼が発注されたのだ。

 

 

 

 

 

 

今や世界には、数えきれないほどの魔物が存在する。

 

 

人々はその魔物から村や街、国を守るために、勇英騎士団(ファートルム・ナイト)を発足した。

 

 

 

今や世界中に広がった騎士団は、かなりの数となっている。

 

 

 

彼女もまた、新人ではあるが騎士団の1人である。

 

 

 

 

 

「魔法とか使えたら、戦うのも楽になるのかなぁ……」

 

 

 

彼女は自分の剣を見つめ、溜め息を吐く。

 

 

 

騎士団は主に魔法い(メイジ)剣士(ソルジャー)、そして弓兵(アーチャー)に分類される。

 

 

経験の浅い新人などは、剣士から始めるのが基本だ。

 

 

そして、実力の向上と共に自分に合ったスタイルを見つけて行く。

 

 

彼女はまだ経験が浅いどころか、この依頼が初めての実戦になる。

 

 

 

今はどう願ったとしても、自らの剣に頼るしかないのが現状であった。

 

依頼を済ませた彼女、ティアは村への帰路へとつく。

 

 

 

「ふぅ…流石にちょっと疲れちゃったな」

 

 

ギルトバとはいえ、実戦の緊張感で神経を過剰に使ってしまっていた。

 

それもあって、普段より疲れが来るのが早まっていたのだ。

 

 

 

 

ティアが現在拠点としている村はシラルドと言い、村長の家に大きな風車がある以外には、これと言って特徴が無い村だ。

 

 

 

ここを拠点とする理由は至って簡単であり、彼女ティアがここの生まれである事が大きいだろう。

 

 

 

 

何事も無く、無事に村へと帰り着いた彼女は、一目散に村長の家へと駆け込んだ。

 

 

「おぉ、ティアか…依頼は終わったのかの?」

 

 

 

村長であるシバは、立派な白い顎鬚を撫でながらティアに向き直る。

 

 

 

「うん、これでいいのかな?」

 

 

ティアは懐から袋を取り出し、先ほど仕留めてきたギルトバの角を取り出した。

 

 

シバはそれを手に取り暫く眺めると、ティアに優しげな笑みを見せる。

 

 

「うむ。これで完全に…とは行かないまでも、被害を減らす事は出来たじゃろうて。ほれ、これが今回の依頼の報酬じゃ」

 

 

 

そう言って、既に用意されていた小さな袋をティアに手渡す。

 

 

その際に、金属のぶつかる音が聞こえた為、これがお金である事は容易に想像がついた。

 

 

 

「わ…初めての報酬だぁ……ありがとう、村長さん!」

 

 

 

自分で仕事をやり遂げた達成感と感動により、少しだけ涙が出そうになったが、グッと堪える。

 

 

「やれやれ…礼を言うのはこちらのほうじゃろうに」

 

 

 

ティアのそんな様子に、呆れたように肩を竦めるシバ。

 

 

 

「だって、自分1人で仕事をこなせたんだよ? 嬉しいに決まってるじゃん!」

 

 

ぷくっと頬を膨らませる様は、彼女の少女らしいあどけなさを、より一層引き立てる。

 

 

 

「ほっほっほ…ティアはまだまだ子どもじゃの」

 

 

「村長から見たら私はまだ子どもですよー! いいじゃない、これくらい喜んだって…」

 

 

「儂は咎めたりなぞしておらんぞ?」

 

 

「それは分かってるけど…言い方って物があるでしょ!?」

 

 

「子どもは子どもじゃ。現に、今も子どもじゃしのぅ」

 

 

 

そうしてまたシバは笑いだす。

 

そんな村長の態度に、ティアは益々頬を膨らませていく事となった。

 

「それじゃ、私はこれで帰るね?」

 

 

「いつでも仕事に来てくれて構わんよ。依頼はたっぷりあるからの」

 

 

 

あれからそんなに経たないうちに、ティアは村長の家を後にする。

 

 

 

帰り際にシバが依頼の受注書をハンカチの様に、ひらひらとしているのを横目に家を出た。

 

 

 

 

ティアはさほど離れていない自分の家の扉を開くと、荷物を置いて装備を外す。

 

 

 

ティアの身に付けている鎧や剣は、騎士団入隊時に配布されたものである。

 

 

 

 

身を守る能力としてはあまり大きな期待は出来ないが、胸を覆う金属の一枚板の上衣と、スカートに魔物の皮を急所を守る様に貼り付けた下衣がある。

 

 

しかし、これは騎士団の正装というわけではない。

 

 

これはあくまでその場繋ぎのものであり、装備などは自由に変えても構わない。

 

 

 

ティアも素材が集まれば、鍛冶屋に依頼して武具を新調しようと考えている。

 

 

 

 

それらを外し下着姿という、ラフな格好に着替えると、そのままベッドに横になった。

 

 

 

 

「うーん…明日は何をしようかな………」

 

 

 

寝転がりながら身体を伸ばし、軽く筋肉をほぐす。

 

 

まだ、そこまで遅い時間ではないが、程よい眠気がティアを襲う。

 

 

 

「ふぁ…ぁ………そうだねぇ、明日の事は、明日…考えよぅ………」

 

 

大きな欠伸をし、発する言葉は呂律が回っていない。

 

 

 

そのまま枕に顔を埋めると、ティアの意識はゆっくりと夜の闇の中に沈んでいくこととなった。

 

 

そして、次の日、ティアは早い時間に起きると適当に動きやすい服を引っ掴み、それに着替える。

 

 

 

そして剣を持って家から出た。

 

 

 

 

 

家の裏に来るとティアは、剣の基本の型、素振りを始める。

 

 

日が登り、表に人の気配が増え始めた頃に鍛錬を終えた。

 

 

 

「ふぅ…今日はこのくらいかな」

 

 

額に浮かぶ汗を拭うと、家に戻って汗を流す。

 

 

 

武具を身に付けて彼女は村へと出た。

 

 

 

 

「ティアちゃん、おはよう。頑張ってるみたいだね!」

 

「おはようございまーす! 私なんてまだまだですよ」

 

 

「おはようさん。ティアちゃんが騎士団か…世の中分からないものだね」

 

「おはようございます。むぅ…それって褒めてるんですか? それとも貶してるんですか?」

 

「あっはっは。褒めてるんだよ、これでも」

 

 

 

村の人達は気さくに話しかけてくれる。

 

それに応える様に、ティアも明るく返していた。

 

 

 

「ティアちゃん、おはよう」

 

「あ、ソニアおばさん。おはようございます」

 

「ちょっと頼みたい事があるんだけれど…いいかしら?」

 

 

 

ソニアは道具屋を営んでおり、ティアも昔からお世話になっていた人物の1人だ。

 

 

 

「頼みたい事…ですか?」

 

「ええ、あの人ったら珍しくお弁当を忘れていったのよ。私が届けようにも、モンスターが危なくてちょっと…」

 

 

 

彼女の主人はティアと同じく騎士団の1人であり、この辺りの警備を任されている人物でもある。

 

 

騎士団にはこういった地域を警備する人たちと、それとは別に、依頼をこなしながら各地を点々としている人たちとに別れる。

 

 

 

若い騎士団は、各地を回る事によって経験を積んでいく者が殆どである。

 

 

 

「わかりました。私が届けてきます」

 

「ありがとう! 助かるわ」

 

 

 

ソニア手を顔の前で合わせ、笑顔を見せる。

 

 

「それで、カーテスさんは何時もの場所に居るんですよね?」

 

「ええ、お願いね」

 

「はい!」

 

 

 

カーテスの居るいつもの場所とは、昨日ティアがギルトバを対峙した草原にある丘の上の事である。

 

 

この辺りの地形は凹凸が少なく、丘の上からだと広く見渡す事が出来るからだ。

 

 

 

ティアは弁当を受け取ると、村の出入り口へと向かった。

 

 

村から伸びる道の脇に丘はある。

 

丘には一本だけ大きな木が生えており、村を出てすぐでも場所は確認できた。

 

 

 

道といっても、人が通るから草が生えなくなった程度のものだ。

 

 

草原の中にチラホラとモンスターの姿も見えるが、今は討伐より優先するべきものがある。

 

 

なるべくモンスターから目立たぬよう、ティアは少し駆け足で丘を目指して進んだ。

 

 

 

「えぇー…冗談でしょ?」

 

 

 

漸く丘に辿り着く、と思った矢先にギルトバの群れが行く手を遮る。

 

 

しかし、回り込もうにも丘を上がるにはこの場所しか無い。

 

 

 

ティアは覚悟を決めて剣を握り、構えた。

 

 

「でやぁ!」

 

掛け声と共に剣を振り下ろす。

 

 

その一撃は、背甲殻ごとギルトバを斬り裂いた。

 

 

 

仲間を殺られたギルトバは、当然反撃をし掛けてくる。

 

 

「わ…わっ、たっ!」

 

 

 

 

ギルトバの振り回す角を回避して、更に一撃をお見舞いする。

 

 

その後も確実に数を減らしていき、勝てないと悟ったのか、残っていたギルトバはその場から逃げ出した。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ………た、助かったぁ…!」

 

 

ティアは疲労で少しだけよろめく身体を剣で支えてしゃがみ込む。

 

 

「いやぁ、中々やるじゃないか」

 

 

背後から掛けられた声に、ティアは振り返る。

 

 

 

「見ていたんなら助けてくださいよぉ…」

 

 

「ティアの実力と言うものを見ておきたくてな。すまないね、お疲れ様」

 

 

 

この人こそがお弁当を届ける相手であるカーテスさんその人である。

 

 

カーテスは笑いながらも小さな瓶をティアに手渡した。

 

「これ、何ですか?」

 

 

「回復薬だ。疲れくらいなら吹き飛ばしてくれるだろう」

 

 

 

ティアは瓶の栓を抜き、中に入っている液体を飲み干す。

 

 

すると、先ほどまで感じていた痛みや疲れが、最初から無かったかのように消え去ってしまった。

 

「変な味ぃ……」

 

その何とも言い難い味にティアは顔を歪める。

 

「はっはっは、良薬は口に苦し…ってね。効果は高いんだから贅沢は言えないさ」

 

 

 

渋った顔をしているティアとは対象的に、カーテスはあっけらかんとして笑っていた。

 

 

 

「それで、僕に用事かな? 理由も無しにこんな所へは来ないだろうし…」

 

 

「あっ! そうだった…あの、これ!」

 

 

 

カーテスに言われて、ハッとしたようにポーチを開き、頼まれていた弁当を手渡す。

 

 

「あー…忘れていたのか。うん、ありがとう」

 

 

「いえ、そんな…!」

 

 

「お礼は……そうだね…折角だし、君みたいな新人騎士団には必要だろう。今手持ちにある分だけだけど…」

 

 

 

そう言ってカーテスが取り出したものは先ほどの瓶と同じ物だった。

 

 

「あの…カーテスさん。これって…」

 

 

瓶を指差しながら問い掛けるティアに、カーテスは優しい声で説明をする。

 

 

 

 

「この緑色の液体が入った物が回復薬。これはさっき飲んだから分かるよね?」

 

 

逐一確認を取るカーテスに、ティアは頷いて答える。

 

 

 

「よし、それならば次だ。この薄い紫色の液体が解毒薬だね。余程の毒じゃない限りは、これで十分な筈だ」

 

 

「…解毒薬なのに毒みたいな色してますね」

 

 

「僕も最初は思っていたさ。まぁ、これを2つ、回復薬を3つプレゼントしよう。」

 

 

「いいんですか!?」

 

 

「お弁当のお礼と、先輩からの差し入れだ。受け取ってくれるかな?」

 

 

 

どう考えても断る理由は見つからない。

 

 

ティアは元気良く「はい!」と答えると、薬の入った瓶をそれぞれ受け取った。

 

 

 

 

「そうだ。ついでに一つ頼まれてくれないかな?」

 

 

思い出したようにカーテスが口を開く。

 

 

 

「はい?」

 

 

「最近この辺りのギルトバが活発になってきているんだ。もしかしたら、近くにギルトバのリーダーである『ギルドルバ』が居るかもしれない」

 

 

「ギルドルバ…ですか?」

 

 

「あぁ、この事を村長に知らせておいてくれないか?」

 

 

「はい! わかりました!」

 

 

「それじゃ、頼んだよ!」

 

 

 

 

 

--------

 

 

村に戻る最中、何度かギルトバとの戦闘を行なった。

 

 

何度も戦えば、当然動き方や弱点なども見えてくる。

 

 

ティアが気付いた事は、ギルトバの腹部。

 

どうやらこの部位が一番柔らかいという事だった。

 

 

 

とは言っても、動きまわる相手に正確な狙いを付ける事は難しい。

 

 

 

 

「分かっただけマシかぁ…でも、弱点を狙わなくても倒せるんだよね。無理に狙わない方がいいかも…」

 

 

自分の中で結論を出し、再び村への帰路を辿り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティアは村に戻ると、真っ先に道具屋の前に向かう。

 

 

 

「ティアちゃん、渡してきてくれたの?」

 

 

「はい! ちゃんと渡して来ました」

 

 

「ふふっ…ありがとう。それで、お礼なんだけど…」

 

 

「そんな、いいですよ。カーテスさんにもいただきましたし…」

 

 

「あら、貰っていたの? そうね…なら、パンはどうかしら? さっき焼いたばかりよ」

 

 

 

ソニアは一旦家の奥に入ると、香ばしい香りのするパンを持って戻って来た。

 

 

 

差し出されたそれを受け取ると、不意にお腹の虫が鳴き出した。

 

 

恥ずかしそうに顔を俯かせるティアを、ソニアは穏やかな笑顔で眺めていた。

 

 

 

「うぅ…いただきます」

 

 

「ふふふっ…どうぞ、召し上がれ」

 

 

 

 

パンを両手で掴んで、もくもくと頬張る様はさしずめ、小動物の様である。

 

 

「ティアちゃんには頬袋があるのね。新発見だわ」

 

 

パンを頬張って膨らんだ頬を、ソニアが手のひらで包み込み、すりすりと手を動かす。

 

 

 

「ひゃ、ひゃめっ…ひゃめへふははい…」

 

 

 

 

ティアは口の中のものを飲み込めずに、満足に言葉を発することが出来なかった。

 

 

パンを食べ終えると、ソニアにお礼を言って道具屋を後にする。

 

擦られていた頬を摩りながら、次に向かう先は村長の家。

 

カーテスから聞いた話の報告をするためだ。

 

 

 

「村長、いますか!?」

 

 

「焦らんでも儂は逃げたりせんぞ、ティア」

 

 

勢いよく開いた扉に驚く事もせずに、シバは微笑みを浮かべている。

 

 

 

「して、どうしたのかな?」

 

 

「あ、はい! さっきちょっとしたお使いでカーテスさんの所へ行ったんですけど、その時に村長に伝えておいて欲しい事がある…って」

 

 

シバは少しだけ顔をしかめ、いくつか頭の中に考えを巡らせていた。

 

 

 

「ふむ…言うてみい」

 

 

「最近ギルトバが活発になっているのは、近くにギルドルバが現れたからじゃないか…です」

 

 

「なんと……やはり、ギルドルバか」

 

 

「やはりって……」

 

 

 

シバの口振りは、ある程度の目星が付いていたというような物だった。

 

 

 

「うむ、長く生きればそれだけ経験する事も多い。前にギルドルバが出た時も、この様な感じだったのぅ」

 

 

まるで思いを馳せるかのように、穏やかな声で言った。

 

 

 

「前は誰が退治を…?」

 

 

「あの時は…新人だった頃のカーテスじゃったかの」

 

 

「カーテスさんが!?」

 

 

「じゃから…」

 

 

シバの目が怪しく光ったようにも見えた。

 

それに気付いたティアには嫌な予感が頭を過る。

 

 

 

「どうじゃ、ティア。お主がギルドルバを退治してくれんかの?」

 

 

村長は真っ直ぐな瞳でティアを見つめる。

 

「…怖いのなら別に構わん。無理に戦っては怪我をするかもしれんし、最悪……」

 

 

村長はその先の言葉を続けることは無かった。

 

 

やがて、俯きがちだったティアは、ゆっくりと顔を上げた。

 

「…や、やります! 私に…私にやらせてください!」

 

 

少し、震える手を抑えるように握り締め、同じように真っ直ぐな瞳を村長へと向けた。

 

「おっと…忘れるところじゃった」

 

「………?」

 

 

 

頭上に疑問符を浮かべるティアを横目に、シバは部屋の隅に置いてあった、拳よりも一回りほど大きい石を3つ机の上に移動させた。

 

 

そのうちの一つを手に取り、ティアの目前に差し出す。

 

 

 

「これはな、シラルド鉄鉱と言う鉱石じゃ。名前くらいは聞いた事があるじゃろう?」

 

 

ティアは頷く。

 

 

シラルド鉄鉱とは、この辺りで採れる世間に出回っている一般的な鉄よりも良質な金属を含む鉱石だ。

 

それ故に、この地域の特産物でもある。

 

 

これだけの大きさと量があれば、剣一本分くらい作る事は出来るだろう。

 

 

 

「これを鍛冶屋に持っていって、自身の装備を整えるといい」

 

 

「そんな…いいんですか?」

 

 

「儂からの餞別じゃよ。それに、その剣で戦うのは少々骨が折れるじゃろうしな」

 

 

 

老いた見た目とは裏腹に、子どものようないたずらな笑みを浮かべた。

 

 

確かにティアの持つ剣は、斬れ味なんてほぼ無いに等しい。

 

それも其の筈、騎士団の新人に配られた剣は溶かした銅を型に流し込んだだけの粗末な作りの物だからだ。

 

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

ティアは鉱石を受け取り、シバに向かって頭を下げる。

 

 

 

「何、カーテスの時と同じ事をしたまでよ。ほら、行きなさい。剣を作っても、手に馴染ませねばならんじゃろう」

 

 

「うん、本当にありがとう! シバさん!」

 

 

 

 

シバは嬉々として家を飛び出していくティアの後ろ姿を、どこか懐かしむような目で眺めていた。

 

 

 

ティアは街の隅にある鍛冶屋へと向かう。

 

 

鍛冶屋はワーグという男が営んでいる。

 

 

元々はこの村の者ではなかったらしいが、鍛冶屋として働くのに適した場所を探してここに辿り着いたと聞く。

 

 

鍛冶屋の前まで辿り着くと、ティアは大きな声を張って呼び掛けた。

 

「ワーグさん、いますかー!」

 

 

両手が塞がっているためノックが出来ず、仕方なしに。

 

 

 

「ワーグさーん!」

 

 

「そんなに大声を出さんでも聞こえておるわ! 馬鹿者!」

 

 

「ひゃいっ…ゴメンなさい……」

 

 

 

扉を勢いよく開き、中からボサボサとした髪の中年の大男が姿を現した。

 

 

 

「ったく…それで、何の用だ?」

 

 

その目は冷やかしだったら怒る程度じゃ済まないぞ…と言っている。

 

見えるではなく、言っている。

 

 

 

「あ、あの…えっと…こ、これを村長から頂いて……」

 

 

 

その目にビクビク震えながらも、両腕で抱えているポーチの中から鉱石を取り出した。

 

 

それを見ると、ワーグの表情は一変して真面目な顔となる。

 

 

 

 

「なるほど…これは中々いいものじゃないか。後の話は中でしよう」

 

 

「あ、はい!」

 

 

 

鉱石をじっくりと確認して顔に笑みを浮かべると、工房の中へと入っていく。

 

 

それに続くように、ティアも扉を潜った。

 

 

「わぁ…!」

 

 

 

初めて工房の中へと入ったティアは、感嘆の声をあげる。

 

 

 

炉の前に置いてある水槽の中に、幾つかの農具が冷やされていた。

 

しかし完成しているのか作りかけなのかは、ティアには分からなかった。

 

 

 

「さて、このシラルド鉱を使って何を作るんだ?」

 

 

「剣を…新しい剣をお願いします!」

 

 

「ふふっ…武具を作るのなんざ久しぶりだ。いいモン作ってやるよ」

 

 

 

ワーグの表情は喜びに満ちていた。

 

最近は、農具とかの依頼ばかりで武具を作る機会など殆どなかった。

 

 

そこに、ティアが新しい剣を…と、言ってきたのである。

 

 

 

「そうだ…剣を作る前に今使ってるヤツを見せてくれ」

 

 

「え…? あ、はい」

 

 

 

突然の事に疑問を感じたが、それもすぐに消え去った。

 

 

「お前の手を見せてみろ」

 

「はい」

 

 

 

ワーグは黙ったまま広げた手のひらと、剣の柄を見比べる。

 

 

 

「よし、今の物よりずっと握りやすいモンにしてやる!」

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 

自信たっぷりの声で、大きく笑いながら鉱石を溶かしに入る。

 

 

「ついでだ、この剣も役に立ちそうな姿に変えてやる」

 

「役に…ですか?」

 

「お前みたいな駆け出しには丁度いいかもしれないな」

 

 

 

銅でできた剣がどのように変化を遂げるのか、ティアにはイマイチ予想が出来なかった。

 

さて、どんな物が出来るのかと期待に胸が満ち溢れていた。

 

 

始めの頃こそじっくりとワーグの作業風景を眺めていたが、次第に部屋の暑さに耐えきれなくなり、一言断りを入れてから外へと出て行ってしまった。

 

 

 

「うにゃ~…まさかこんなに時間が掛かるなんて……やっぱり、型に流し込むだけのとは全然違うなぁ…」

 

 

 

身体から吹き出る汗を拭いながら、銅剣と製作中の剣の作り方の違うに感心する。

 

 

 

銅剣の製作は本当に簡単なもので、大量の溶かした銅を型に流し込んでいき、冷めるまで放置するだけ。

 

 

量産を考えた比較的安価な剣である。

 

 

 

一方ワーグの剣の作り方は、溶かしたシラルド鉱から不純物を取り除き、金属を精錬していた。

 

 

そこから何度もハンマーで叩き、形を変え、重ねては広げての作業を繰り返していた。

 

 

 

ティアが我慢できずに外に出てしまった為、ここから先の作業は見ていない。

 

 

外は既に日が沈み始めており、ティアの体感以上の時間が経過していたようだ。

 

 

 

 

「あの様子だと、まだまだ時間がかかりそうだしなぁ…いつも通りの訓練でもしようかな。……木剣でだけど」

 

 

 

剣を作って貰っているのだから仕方がない…と、気持ちを入れ換えてやる気を引き出した。

 

 

 

 

ワーグの作業を待つ間、ティアは一度自宅まで木剣を取りに戻り、鍛冶屋の裏で素振りを始める。

 

 

 

その後も普段と変わらない訓練を日が暮れるまで続けていた。

 

訓練を中断したのはワーグが工房から出てきてからだった。

 

 

タオルからも水が滴り落ちる程の、文字通り滝のような汗を流していた。

 

 

「くぁ~っ! 風が心地いいなぁ!」

 

 

そよ風が彼の濡れた肌を通り抜けていく。

 

 

それだけでも充分涼しく感じる事ができた。

 

 

「あはは…お疲れさまです」

 

 

ティアは身体を解している彼に歩み寄る。

 

 

 

「おう! 嬉しさのあまり本気でやっちまったよ。相応のモンは期待していていいぜ」

 

 

「本当ですか!?」

 

 

「もちろんだとも! そうだ、オマケの方も綺麗に完成したぞ」

 

 

 

 

彼の言うオマケが何なのか、イマイチ分からないといった表情のティアにワーグは中に入るように勧める。

 

 

扉を潜った先には、装飾こそ無いにも等しいが金属特有の美しさを漂わせる一振りの細身の剣が立て掛けられていた。

 

 

 

「すごい……綺麗」

 

手にとってみると、見た目より少しだけ重く感じた。

 

 

 

「どうだ、気に入ったか?」

 

自信たっぷりの声色で、悪戯に笑う。

 

 

「はい! こんな素晴らしい剣、ありがとうございます!」

 

 

「ふっ……上手く扱えよ」

 

 

 

心の底から喜ぶティアを見て、半日前の彼とはまったく違う笑顔をほんの一瞬だけ浮かべて見せた。

 

 

 

「あ、そうだ。ワーグさん、オマケって何ですか?」

 

 

剣を腰に納めながらワーグに向き直る。

 

 

「あぁ、ちょっとそこで脱いでくれ。俺は工房から持ってくるものが…」

 

 

「ななな、にゃにをっ!? なにを言ってるんですかぁ!」

 

 

ティアの耳には彼の言葉の前半分しか入っておらず、顔を真っ赤に染めて憤慨していた。

 

 

「うおぅっ!? き、急にどうした」

 

 

「どうしたもこうしたもないですよ!」

 

 

 

当の本人であるワーグには何の悪意も無く、「そこに鎧を脱いで置いていてくれ」という意味で言ったつもりなのだが、ティアには通じなかったらしい。

 

 

別の意味に履き違えて言葉を捉えた為、両者に食い違いが発生した。

 

 

 

「うぅ~! ワーグさんが説明不足なのがいけないんです!」

 

「あー…今回は俺の言い方が悪かった」

 

 

ワーグはその後どうにか誤解を解き、工房から金属のプレートの様な物を幾つか持ってきた。

 

 

 

「なんです? それ」

 

 

「目測で作った物だから調整が必要だろうが…」

 

 

鎧の装甲部にプレートを重ね合わせ、内側を少しだけ削ってはめ込んだ。

 

 

「多少重くなるだろうが、こんな銅の鎧なんかじゃ実際には役に立たないも同然だ」

 

 

「あれ…でも、これってシラルド鉱ですよね? 銅剣はどうなったんですか?」

 

 

彼が無言で指差す方向を見ると、少し大きめの金属板に動物の皮を貼り合わせた無骨なデザインの盾が立て掛けてあった。

 

 

「アレも芯はシラルド鉱の端材を掻き集めて作ってある。丈夫には丈夫だと思うぜ」

 

 

「~っ! ありがとーございます!」

 

「わっ! ちょ…お前、危ねえだろうが!」

 

 

至れり尽くせりのワーグの仕事っぷりに感極まって、彼の背中に飛び付いた。

 

口でこそああは言ったものの、そのガタイの良さで小柄なティアが飛び付いたくらいではよろめきもしなかった。

 

 

 

その後、ワーグから容易に引き剥がされたティアは、新しくなった装備を装着してみせた。

 

 

「…どうだ?」

 

「前よりは少し重いですけど…いい感じです!」

 

「そうか。だが、あまり鎧や盾に頼りきりになるなよ? もしもの時に対応出来ずに死んだ奴らを、俺は何人も見ている」

 

 

真剣な顔で諭すように言う。

 

完全に理解こそ出来なかったものの、この言葉にはとても重たい意味が絡まっている事は分かった。

 

 

「忠告…ありがとうございます」

 

 

「…お前さんにゃ心配無さそうだが、念の為にな。ほら、今日は帰ってゆっくり休め。その剣にも鎧の重さにも慣れないといけないだろう?」

 

 

「…えっと」

 

 

捲し立てるように話を進めて行くワーグに思考が追い付いていない。

 

やや困惑気味の顔を見たワーグは、一つ溜め息を吐いて言葉を変えた。

 

 

「…早い話が俺が疲れたんだよ。久しぶりに詰め込んだんだ…今になって疲労が押し寄せてきやがった」

 

 

作業中は逆に身体が軽かったんだがな…と、苦笑を漏らす。

 

 

 

「ん…分かった。じゃあまたね!」

 

 

「明日は俺は丸々休むからな。来ても相手出来ねぇぞ」

 

 

 

手を千切れんばかりに大きく振りながら去っていくティアに、多少面食らいつつ小さく手を挙げて返事を返した。

 

 

そして視界から姿が消えると、その身を返して家へと入って行った。

 

 

 

 

 

「…明日は筋肉痛確実だな」

 

自分の歳を考えずはしゃいでしまったと、そう痛感させてくる痛みを迎えるべく、彼は汗を流して布団へと潜ったのだった。

 


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