唐突だが、とある日のこと。
空座町から遥か西に離れた土地、九州の北の地に守がいた。いや正確には観光に来ていたというのが正しいだろうか。
「ったく。本当にあいつらは全く」
少し不機嫌そうなその顔は、まさに拗ねてますと言わんばかりのものだった。それもそのはず、空座町の福引券で団体旅行券が当たったというのに、皆総じて行かないといったのだ。急なこともあったからだと少しは思ったが、それでも一人として来ないのは拗ねても仕方がない。
「ったく。本当に全く持って不甲斐ない奴らだ。これじゃあ全然楽しくない」
と言いつつもその土地の名物を両手一杯に買い、口に食べ物を含んでいるあたり満喫してないわけじゃなかった。
しかし寂しいのに変わりはなかった。長い時間の間過ごしていた仲間と旅行すら出来ないとは思っても見なかったのだ。いつも暇しているような奴らなのに何故今日に限って賛同者が一人としていないのか。
あのグリムジョーやノイトラでさえも、賛同はしてくれなかったのだ。
ちなみに、バラガンは腰が痛いからと非常に残念そうに断っていた。寂しそうにバラガンの元から自分の部屋に帰る守の後姿を見て泣きそうになっていたのは従者達だけの秘密だ。
「なんつーか、一人だけはぶられた感満載でイライラするなぁ。いったい何があるってんだよ今日」
佐世保バーガーを咀嚼しながら、守はそんな愚痴をこぼす。仕方がないので今回の旅行をめいっぱい楽しんで皆に自慢して悔しがらせてやろうと考え、九州の大地を駆け巡った。
「よし。俺と一緒に旅行できなかったことを後悔させてやろう」
幸福な日々というのは、そう長くは続かない物だというのを知らないまま・・・・・・。
☆
「さて、今回呼んだのは他でもない。死神についてだ」
虚園の宮の中枢、そこには破面を指揮する男が住んでいた。名を藍染惣右介といい、死神であった。破面の皆が守と一緒に旅行にいけなかった根本的な理由こそが、彼がかけた徴収にあった。守以外にかけられたその徴収は参加しなければならないと再三言われたもので、バラガンを除く十刃は全員参加していた。
「なんや、また二刃は欠席かいな」
「全く」
藍染の言葉をさえぎるように呟いたのは同じく死神である市丸ギンと東仙要だった。この三人の死神こそが、今
ギンはいやみな笑みを浮かべながらニヤニヤと呟き、その返しに要が不満を持ちながら鼻息を荒く吐いた。そんな二人を手で制し、優しく返した。
「そう言ってあげるな。彼もまだ私達に慣れていないのだろう。そんな事よりも君達のうちの誰かに空座町に行ってもらいたい」
相変わらずすまし顔をする愛染に対し、少し不機嫌な十刃達。何やら非常に文句の言いたげな、それでいて上司なので何も言えないようなそんなサラリーマンの葛藤を表現した顔で見つめていたのだ。それもそのはず、彼らの姿を見ればよくわかる。
あの睡眠大好きのスタークが夜中まで遊ぶ為の人生ゲームをわきの下に抱え、相棒のリリネットもトランプを残念そうに抱きしめていた。
いつもは生真面目なハリベルが九州の旅ガイドブック《フルカラー版》を悔しそうに眺める始末。本当に珍しいことは起こるものだ。
ウルキオラはただ只管に無表情のまま、くま○んのぬいぐるみを凝視している。その後姿は非常に哀愁が漂っているように見えた。
ノイトラは一レフカメラを構えながら、レンズ越しに映る虚構をつまらなそうに見つめている。今ならカメラマンに転職できるかもしれない。
グリムジョーは背もたれに身体を預け、天井を見上げており、都度「めんたい」やら「ひよこ」等と呟いていた。食いしん坊である。
ゾマリはその無表情な顔を無理やり歪ませながら小さく「たるんどる」と呟き、手に持っている[ハウ○テン○ス~花祭り開催]のビラを涙で濡らしている。
ザエルアポロは何も気にせず綾取りをしていた。しかし、その綾取りの内容が、「山岳」「ロープウェイ」「月見」「城」「兜」の順なのはいったい何故だろうか。
アーロニーロは自身のパソコンの○チャンネルにて、「九州旅行オジャン。うちの上司が俺達を過労死させようとする」というスレを立てていた。既に700レスもある。
一番ひどいのはヤミーだ。何が酷いのか、それは彼の手に持っている虫取り網やフリスビーなどを見れば一目瞭然。彼が一番楽しみにしていたのがわかるんじゃなかろうか。麦藁帽子の彼の姿が想像できないかもしれないが、今本当に麦藁帽子を被っているのだ。
「なんや、皆俗世に染まりすぎと違います?」
「別にいいさ。彼らにも彼らの時間がある」
(『ならこの議会止めてくれませんかね?』)
ここにいない皆のムードメーカーの口調を真似しつつ心の内で毒づく十刃達(しかし相変わらずウルキオラだけはくま○んを見つめ、「・・・・・・くまも○」と呟いていた)。とりあえず数日の宿泊を彼が一人の為日帰りで帰ってくることを聞くと余計に残念になる十刃がそこにいたのだ。
「それで、だ。君達のうちの誰か二人に空座町に行ってもらい、調査をしてきてほしい」
「なら俺が行くぜ。少しフラストレーションが溜まってるんでな」
「愛染様。自分が出ます」
すぐに名乗りを上げるヤミーとウルキオラ。その二人を見て藍染は非常に満足していた。良い部下を持ててよかったと思っているに違いない。
「では頼むよ。詳しい指示は要に聞いてくれ。要、よろしく頼む」
「ははっ」
早々に終わった会議にする意味があるのかと疑問を持つ破面達だが、過ぎたことに一々文句を言っても今更なのだ。仕方がないこと。しょうがないから守の旅行土産と旅行内容を楽しみにしながら枕を濡らした。
ヤミーの枕が一番汚くなったのは仕方がない。バッチィ。
☆
「おぉおおお、これが鹿児島の活火山、桜島かぁ~」
そんな絶賛不機嫌な十刃達を置いて、守は鹿児島に来ていた。ザエルアポロが丹精込めて作った時空跳躍機を使用し、九州のあらゆるところを見て回っていたのだ。こういう機会でしか使わない代物だった為、今は大変重宝されていた。なんせ数日かけて回るはずの九州旅行を日帰りでしなくてはならないのだ。
理由? ハリベルとバラガンが非常に心配したからに決まっているだろう。
孫大好きバラガンも旅行に行きたかった。非常にだ。もうその執念は一瞬己のぎっくり腰を無理やり治療するほどだ。しかし、そんな荒療治では持続するわけもなくあえなく断念。そんな彼が言ったのは自分の腰よりも先に、数日の一人での外泊は危険だから日帰りにしなさいの一言。まさに孫好きの鏡なお爺ちゃんであった。
ハリベルも一人での外泊は危険だからと同じように日帰りにしておけと口をすっぱくしていった。まぁ本当の理由は九州の女を引っ掛けてデレデレすると思ったからである。アーロニーロの、九州の特に博多の女性は可愛いという情報が自分にとっての最大の脅威だったからだ。案外心配性である。
「櫻島大根をお土産に持っていこう。絶対に旨いぞ~」
桜島の写真を撮り、近くの店で大根を箱事買う。もうそれは大人買いのレベルと呼んでいいのかわからないくらいだ。なんせ20箱も買う馬鹿がいるだろうか。普通いない。
「ぼ、坊主平気か?」
「ん? 大丈夫大丈夫。俺鍛えてるから。よっと」
軽々と一箱数キロはするそれを二十箱揺らす事無く持ち上げて、次のスポットへと移動する。大きな風呂敷を巻いて飛ばないようにすると時空跳躍機を使って宮崎に飛ぶ。化学の発展に貢献すれば絶対に印税とかいろんなところで大切にされるに違いない。
「・・・・・・ふぅ」
空を眺める。思えば虚園に来て既に数年の月日が流れた。初めは何もわからず右往左往しているところをあの藍染惣右介に助けてもらい、破面と出会い、そして今が存在している。何故行き成りあのような所にいたのかも知らずに、家族の事も思い出せず、ただいまの生活に幸福を覚え、ただ只管に生きているだけ。
自分の存在すら、記憶をたどっても思い出せないでいた。
「・・・・・・ま、いいか」
だが、そんなこと守には関係なかった。過去がどうした? 今があるじゃないか。未来があるじゃないか。過去の柵に囚われる必要はない。忘れているのならそのまま忘れていれば良い。
グリムジョーとノイトラと、そして皆で馬鹿騒ぎをしていればいい。
今はそれだけで充分幸せだ。他の事なんて深く考えても変わらない。
守はそんな彼らしくもない思考が頭の中で繰り広げられていた。よくも分からない難しい言葉を使いたいお年頃なのだろうか。それは誰にも分からない。
とりあえずは、皆へのお土産をいっぱい買うことにしようと決心したのだった。
☆
「・・・・・・ギン、例の彼はどうだい?」
「んー、僕の見る限りでは充分成長してますね~。これなら充分使えるんとちゃいますか?」
「そうか。ならば時が来たと、言うことだね?」
「そういう事になりますな~。いやぁ、本当に・・・・・・
「そうだね。既にこの二つの計画は最終段階へとシフトした。後は彼を壊すだけだ」
「本当に、隊長はえぐい人ですわ~。僕ならビビッて腰抜かしますがな」
「心配要らないさ。計画に狂いは生じない」
この時期が織姫云々のときです。
いろいろと面倒くさい