あ、これR15だから(今更)
「型番はM―015。ほう、名前の由来はこの型番か」
目的の培養ポッドが3人の目の前に存在する。東悟守の名前の載ったポッドのバイタルモニターには【éxito】の文字が点滅しながらも、今なお光っている。
「……っんだよ、これ!」
ノイトラの苦しそうな悲鳴に近い叫びが部屋中に木霊する。目の前のものを否定するように目を背ける。握った拳が行き場を探しているのかわなわなと震えていた。
そんな彼の肩にザエルアポロは優しく手をかける。それは残酷であり、優しくもある。眉間が寄る。しかし顔は怒りではなく悲しみに染まっていた。
「これが事実だ。グリムジョーは確信を持ってるようだな」
「あぁ……外れてくれりゃあ良かったよ」
ザエルアポロの言葉に続けてグリムジョーは呟いた。冷たく培養ポッドを見つめる彼の顔は、無表情ながらあらゆる感情を周囲に知らせていた。怒り、悲しみ、そして喪失感で溢れかえっているのが二人にはわかる。同じ時を生き抜いた者だからこそ、わかってしまうのだった。
「多分、あいつの記憶がないってのもこれなんだろう」
「だろうね。彼のあの才能を考えれば」
「おい待て、お前ら何言ってんだ! もしかして守の事が言いてぇのか!」
まだ信じられないノイトラの悲痛な声が外にまで響く。子供の主張にも似たような認めたくないという思いがこめられた彼の叫びに、ザエルアポロはその手に持っていた資料を手渡した。そこに書かれた現実を見せ付けるように、変えられない真実を知らせるために。
「ここに書かれた彼の名前も、その資料も紛れもない事実だ。目を背けるな。僕は君達だから信用してここに連れてきたんだ」
ザエルアポロの言葉にノイトラは崩れ落ちた。信じていたものに裏切られたように、彼は大地に拳を思い切り叩きつける。並の人間なら何もなかったが、彼は破面でありその中でも十刃だ。その力に耐えられることもなく、地面には小さなクレーターが出来てしまう。
「ざっけんな! ふざけんなよ!」
霊圧が荒ぶりだす。それは彼の心を表現しているようだ。燃え滾る炎のように、逆巻く嵐のように、霊圧は辺りのものを吹き飛ばす。培養ポッドが割れ、中から人だったものが流れ出る。空気に当たったからか、一瞬で腐食を始め、溶け出していった。その光景が痛々しく見え、ノイトラは視線を下に向けて人だったものから背ける。
「霊圧を抑えろ。確かにここからなら藍染にもばれないだろうが、崩れ落ちれば流石に大変なレベルの地下にいるんだ。生き埋めになりたくはないのでね」
手を差し伸べながら、少し諭すようにザエルアポロは語りかける。その出された手を少しの間凝視し、ノイトラはその手を掴んで立ち上がる。
「……悪ィ」
彼の謝罪に何も言わずただ頷くザエルアポロ。その姿を見たグリムジョーは成長したんだなと感じる。
以前は他の生命なんて自分のおもちゃとしか考えてなかったような男だ。兄を屑としか見ないマッドサイエンティスト。それが彼だったはずだ。だが今の彼はどうだ。他人を慈しんでいるではないか。
これこそ、守の力なのだろう。
彼こそが破面達の心を担っているのだろう。グリムジョーはそう結論付けた。東悟守という存在がいたからこそ、十刃はこうやって仲間意識を持っている。
「あいつは、海みたいな奴だよ」
「あ? 海?」
ぼやくようにグリムジョーが思い出を口にする。守という存在を理解した時の思い出を語る。自分の彼への評価、そして思いを。
「あぁ……海で体をプカーって浮かべると、すんげぇ気持ちいんだ。さんさん太陽の下、冷てぇ塩水を体に浴びながらな。あいつはまさに海だよ。それくらい、俺達はあいつに救われたんだと思う」
虚とはそもそも現世を荒らす悪しき霊体だ。何らかの理由で堕ちた人間の魂の成れの果て。霊体の胸に孔が開き、霊体が霧散し再構成したものが虚となる。
これは死神が魂葬すれば回避できるものだが、それが間に合わない存在こそが虚になるのである。
そんな虚は、記憶や知能は残って他者との会話も出来る。が、心は失っているためかと本能にのみ頭脳を駆使している事がほとんどだ。だからこそ、虚の成れの果てである破面の彼があぁやって他者に優しさをみせている。それも自身の配下ではなくほぼ対等にあるべく十刃に対して。その行為どれほどのものか。
それほど、守という存在は彼らに大きな影響を与え、彼らの中で大きな存在となっているのだろう。
暫くの沈黙。静寂がこの場を支配していた。誰も何も言えず、何と言えばいいのかわからなかった。
だが、そんな時
「にしてもどうするよ。藍染」
グリムジョーはそんな空気なんぞ関係ないというように会話の口火を切った。二人は思い出した。そう言えばこいつの司る死は破壊だったなと。
破壊とは全て悪い事ではない。破壊によって得られるものも存在するのだ。今この時のように。
「とりあえず資料を渡しておくから目を通してくれ。僕達が藍染に対して行動を起こすにしても、これを読んでからでも遅くない」
「守とは言わねぇんだな」
「当然。何か問題があったかい?」
「いんや、一切ねぇよ」
3人はその白い歯が見えるほどの笑顔を向けあう。そこでザエルアポロは確信をした。二人に伝えておいてよかったんだと。二人じゃなければだめだったんだと。
その後、とりあえずノイトラの霊圧でボロボロになった地下研究施設から遁ずらを図った。勿論、二人に怒られた。
☆
「……で、どこに行ってたんだ?」
「えっと、知り合いのお店で店番をですね」
その日の夕方。第三の宮にてお説教が行われていた。勿論、怒られてるのは守である。怒っているのは知れた事。ハリベルである。
ここ最近全然守と絡んですらいないというフラストレーションが溜まっているからとりあえず理由をこじつけてでも二人になりたかったとかそういうのではない。純粋に彼が心配だったからだ。本当である。
「全く。お前は出会ってから一度たりとも落ち着いた姿を見た事がないな」
「そ、それは俺もまだまだ夢見る少年のような心をですね?」
「……そんなお前が殺したいほど愛おしい」
「はい! 大人しくします! はい!」
吐息のように囁かれた。怖い。実際怖い。反射を起こしたように守は宣誓をした。背筋をピーンと伸ばし手を上げて叫ぶ。まるで運動会の体育委員会の代表みたいだ。
ハリベルの長い指先が守の頬へ触れる。まるで壊れ物を扱うように優しく触れられた場所がこそばゆい。
「私が嫌いか?」
「そ、そうじゃないぞ? 嫌いならそもそもここにいないし」
「なら一番好きか?」
「極端だなおっ?!」
おい。という前に、彼の口は塞がれてしまう。覆いかぶさるように抱きついてきたハリベルを受け止めつつ、守は地面に背中を預けた。唇には生暖かい感触が感覚神経を通して脳に伝達される。湿り気のある彼女の唇が守のファーストキスを奪ったのだ。
ネチャリという厭らしい音が二人の触れ合った唇から聞こえる。粘り気のある唾液が二人の口内を行き来し交わる音だろうか。彼女の舌が守の口の中に入ってからというものその音は常に彼らの耳に響いていた。
頭がクラクラするほどの熱いベーゼ。二人の舌が絡み合い、一つにならんとお互いを求めて中へ入っていく。何かアクションをする毎に二人の吐息が互いにかかる。生暖かい空気が違いの呼吸で肺へと送られていく。それすら味わうようにハリベルは守を求めた。
口を覆うようにむしゃぶりつく彼女はやはり破面。獣のような妖艶さを醸し出していて守はただされるがままになっている。行き場を失った腕が彼女を抱きしめるかどうかわからず空中で制止していた。
声の揚がるような呼吸。ジワリと汗ばむ体。守の額には彼女の汗がピチャピチャと雫となって落ちてきていた。
口が離れていく。彼女の舌はまだ名残惜しそうに守の舌と絡んでいて、ついに離れてもその唾液が二人を結んでいた。
数回に渡る上擦った呼吸の後、ハリベルはその唾液を美味そうに飲み込んだのち、ペロリと舌舐めずりをした。褐色な肌だというのに紅くなった頬がよく判るほど高揚しているのが見て取れた。
「私のことが好きか?」
「き、嫌いじゃねぇよ」
妖艶に光る彼女の瞳を見る事ができず腕で顔を隠し、視線をそらす。流石に守も意識せざるを得ないほどの事だ。思春期やら青春やらが到来している彼からすれば願ってもないシチュエーションではないだろうか。
「ならもう一度」
「ちょっと待てストップ! これ以上は俺が持たない!」
再び迫ってくる顔へ流石に待ったをかける。エロ魔人な彼でも恥じらいはあるらしい。
「好きだよ。あぁ好きさ。大好きだよ。でもそれは家族としてだ。お前も、じいちゃんも、グリムジョーやノイトラも、皆好きだ。そういう括りの好きなんだよ」
「そうか。ならこれで私への好意のレベルも上がったんじゃないか?」
「お前それどこで知った」
「最近のテレビは凄いと思わないか?」
把握したとため息と共に守は自分の額にビンタをかます。入れ知恵がひどいとかより、こんな知識を手に入れたのがハリベルというところに頭痛が起きたのだろう。まるで二日酔いのスタークのように顔色が悪い。
「とりあえず。起き上がっていいか?」
「次はベッドでだな」
「ちげーよバカ。発情期娘」
「あぁ、何故かその言葉が快楽的に聞こえる」
「お医者様ぁー!! お医者様いませんかー!?」
先ほどの事が嘘のように吹き飛んだ守のキレッキレな反応。いつもどおりに戻ったことは残念だが、いつもどおりの方が彼らしくていい。と嬉しそうに自分の頬に手を当てるハリベル。何か素振りが人妻のようだ。というかこれであらあら何て言えば完全に人妻だ。
「そんなお前も好きだぞ。守」
「ほんとドストレートだなおい!」
「さぁ、続きと行こう。ムラムラしてるんだろ?」
「キャー助けてー! おかーさーん!」
「なに? 赤ちゃんプレイか? もう……しょうがない」
「ちょっと黙っていただけません?」
この後、ウルキオラのいる第四の宮に逃げ込む事で事なきを得る。が、彼は後に思った。あれは多分据え膳だったのでは? と。非常に勿体無い気もあれば、ホッとしている自分もいるという何と言う面倒くさい奴。
結論。東悟守はヘタレである。
☆
守が虚夜宮へ来てからというもの、十刃は段々彼へ興味を持ち、そして仲良くなっていった。特にグリムジョーやノイトラはその中でも著明で、彼らほど他の十刃とつるんでいるところなど見た事がない。だが、守という存在が“ありえない光景”をありえるものにしてみせたのだ。彼の功績は大きいだろう。
だが、そんな中、最後まで警戒していた破面がいた。
それが何を隠そうハリベルなのである。
彼女は自分の従属官を守るために藍染の傘下にくだった破面の紅一点。虚でも人間のように男が強い女が弱いというものがあり、彼女はそんな女性破面を守るために十刃となったのだ。
男とは野蛮であり、何もかもを奪っていく存在。それが彼女の確信していたものだ。
だが、彼女の持論は簡単にぶち壊される。
「なぁお姉さん。俺とデートしてくれません?」
守がドストレートに口説いてきたのだ。
今まで、【男は野蛮であり、何もかもを奪っていく存在】だとばかり思っていた彼女からすれば、口説いてくるなどとは思ってもなかったのだ。選択肢すらないと思っていたのだから。
「それは命令か? 東悟守」
「え? 違うけど」
余計にわからない。彼はいったい何を考えているのだろうか。ハリベルには彼の心情が全く理解できなかったのだ。今思えばただ素直にナンパしていただけかと笑い話ですむだろう。
「なら何故?」
「いや、お姉さんめちゃくちゃタイプだし」
タイプ? 私の刀剣がか? 今までなかった事象に、頭がパンクしそうになった彼女は、とりあえず守とデートする事になった。
現世へおしのびでデートにむかう。公園へ行ったり、街中を歩いたりと、ありきたりな場所に初々しく二人で歩いただけ。途中で見かけたソフトクリーム屋でソフトクリームを食べただけ。だが、彼女からすれば全てが初めてのこと。視覚や聴覚などの五感から入ってくる情報が彼女に興味を芽生えさせる。初めて食べたソフトクリームの何たる甘さか。初めて見たビル街の何たる壮大さか。時折聞こえる風の音がどれほどのものか。守と握った手の暖かさ。彼から香る太陽のように優しい匂い。それがどれだけのものだったか。
五感全てでデートを楽しんだ。そう、楽しんだのだ。
破面が、心のないはずの破面が、心のそこから楽しんだのだ。
日も暮れ、人々が家へと帰っていく時間。それはデートの終わりの時間でもあった。ハリベルは我に帰るように守の手を強引に離した。違うんだと、自分は誇り高き破面だと。それと同時に心を失った存在なんだと。だから今まで感じていたものは違うものだと。
彼女は叫んだ。お前はいったい誰なんだと。お前はなんなんだと。自分の予想した答えを求め、彼女は守に問いかける。
しかし、返ってきた言葉は予想とは違うものだった。
「んー。じゃあさ、何だったらいい?」
「……え?」
「今日のデート滅茶苦茶楽しかった。折角のデートは良い思い出がいいからな。それで? 俺は何であってほしい? まさか宇宙人だなんていうなよ? 流石に俺も宇宙人は真似できねぇ」
「な……バカにしてるのか!」
彼の言葉にカチンと来たのだろう。馬鹿にしているとも取れる言動なのだ。怒って当然である。だが、その怒りは別の物へとすぐに変わった。
「何言ってんだ。俺はいつでも真剣だぜ」
「……は?」
「こう言っちゃあ何だけど。俺は真剣だ。俺は真剣にハリベルさんを口説いたし、真剣にデートしたんだぜ? 俺を、東悟守をなめるなよ? この真剣さがとりえなんだ」
夜だというのに、そこには太陽が存在した。輝いて見える彼の笑顔が、ハリベルには眩しかった。
彼女の失ったはずのものが、胸を強く打つ。不意に頬を伝う涙の雫。
ハリベルは、太陽のような彼になにかを芽生えさせたのだ。
「……なら、お前は。お前のままでいてくれ。守」
「おう! 任しとけよ。ハリベル」
☆
「あの時の守は私の王子様だ」
「いつにもまして乙女してますね。ハリベル様」
「今度こそ、操を立てる」
「そうっす! 立てましょ立てましょ!」
「ハリベル様、それ意味が違います。それにアパッチも知らないのに感化されるな」
次の日、第三の宮では朝からハリベルの自慢話が流れていた。もう守を我が手中に収めたとまるでゲームに出る世界制服を目論む魔王みたいなことを言っていた。ここで反発があればまだ救いがあったのかもしれないが、もう惚気にノリノリという始末。
「で、話題の彼は?」
「第四の宮で防衛線張ってらっしゃいますわ。ノイトラもグリムジョーも防衛戦だーっと一緒になって吼えてますの」
「……頭痛い」
三馬鹿が揃ったのもそうだが、あのウルキオラさえあの一員になるなど、アパッチの中でのクールが壊れた。どのレベルかというとクール・タチバナくらいには壊れた。
「……こういう感じのが、ずっと続けばいいんですのに」
「そうも言ってられないさ。
いつもとは違い、少し寂しそうに呟いたミラ・ローズの頭をスンスンは優しく撫でた。それはまるで今にも消えかかっている種火を、肩を寄せ合って消えないように守っているようにも見える。普段なら逆の立場にありそうだが、今回はそうも言ってられないようだ。
破面と死神の戦いが近づく。が、果たしてどちらが正しいのだろうか。
心を手に入れ幸せを感じている虚、その虚を滅ぼす死神。
何が正義で、何が悪なのか。今の彼、彼女らにはわからないもの。曖昧なものなのだろう。討ち滅ぼされるべきなのは、正義を執行する迷いなき善なのか。それとも、幸福をしった優しき悪なのか。どちらが正しいのか、誰にもわからない。
それこそ、心を持ったというもっともな証拠なのだから。
三刃のデート。需要があるなら書く。
さて、終盤に近づいてきましたね。
というか20話で終わりそうにないです。