IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

9 / 57
07:教師との歓談

 剣道場に響き渡った楯無の声。男顔負けの腕を持つ剣道大会優勝者と異星人の試合は異星人の勝利と言う事を告げたのだが、誰も動こうとしなかった。動けなかったとも言えるかもしれない。

 残心を解いたセンクラッドは、竹刀を床にそっと置いて、一夏に抱きかかえられている箒を暫くの間じっと視た後に「大丈夫か」と呟くと、二人に歩み寄り、箒の面具を取ってあちこちに触れて一つ頷いた。

 そして、眉根を寄せてこちらを見ている一夏に、

 

「大丈夫だ、問題ない。軽い脳震盪を起こしているだけだ。じきに目覚める。心配なら保健室に連れて行けば良い……いや、運ぶか。織斑一夏、だったな。そんなに心配なら、確か……お姫様抱っこ、だっけな。それで運ぶと良い。背負うのは駄目だ、慣れていないと頭が揺れる」

「あ、あぁ、わかった」

 

 その発言の直後、一部で「いいなぁ」という声が上がっていたが、双方に取ってそれぞれの意味で至極どうでも良い事だろう。

 判りやすいというかそのままというか、とにかく「俺、すんごい心配してます!!」という表情を浮かべていた一夏はそもそも聞いていなかったし、センクラッドはセンクラッドで「ならお前らがやれよ……」とズレた考えをしていた。後者の考えは極めて一部の人間にはドンピシャだったが、それこそどうでも良い事だ。

 かくして、一夏は箒をお姫様抱っこをし、立ち上がるのを見届けると、センクラッドは楯無に顔を向けた。

 

「更識、場所がわからないだろうから案内してやってくれ。それと……案内したらすぐ戻るんだぞ」

「――わかったわ」

 

 天狗ではなく、身の丈に合った自信をセンクラッドに粉砕された箒の付き添いをするのは、パートナーの一夏だけで良いだろう、というセンクラッドの配慮の大体を汲み取った楯無は、大人しく一夏を先導していき、センクラッドも自室への帰路が途中までは同じなので、ついていく事にした。

 暫く、靴音だけが人気の無い通路に響いていたが、気絶している箒の頭を揺らさぬよう気をつけながら歩いていた一夏が、センクラッドの方を向かずに聞いた。

 

「なぁ、ファーロスさん」

「ん、何だ?」

「箒と戦っていた時の事なんだけどさ」

「あぁ」

「ええっと、デューマンって、なんというか……腕が伸びる種族なのか?なんか、その……伸びていたような気がしたから。腕が」

 

 自分でも変な事を言ってると判っているのだろう、視線は箒と正面を交互に見ながら聞いている一夏の表情は、物凄く微妙な表情をしていた。楯無は飄々とした表情を浮かべていたが、内心では好奇心の塊のような状態で耳をゾウの様に大きくさせていた。

 それに対し、センクラッドは事も無げに返した。

 

「デューマンにそんな特性は無い」

「じゃ、アンタの特技なのか?」

「そうだな、俺の特技……と言えば良いのかは判らんが、まぁ、そんなもんだ。別に大した事じゃない。お前さんでも出来ると思うぞ」

 

 あっさりと答えたセンクラッドだが、実際はオラクル細胞を励起させて腕を瞬間的に伸ばしている為、グラール太陽系の種族には絶対に不可能な事である。人型という意味では唯一かもしれない。似た様な存在であるリンドウにソーマ、特異点と称されたアラガミの少女であるシオですら、そんな事は出来ない。その発想は無かったとも言う。

 

 んな事出来るのか?という顔をしている一夏に、センクラッドは涼しい顔で、

 

「関節を外して、後は気合だ」

「いや気合だ、って……」

「まぁ、体の構造は似た様なものだろう、なら出来ると思えないか?」

「いや、出来るかもしれないけど……マジで?」

「あぁ、マジ、だ」

 

 重々しく頷くが、内心では「コイツ本当に信じてやったら神過ぎる」と、トンデモナイ事を考えている辺り、全く以って迷惑かつ最低な野郎である。

 自室へと通じる階段を上る為、三人と別れたセンクラッドは、自室に戻る途中に千冬が居る事を察知し、階段を上りきってから右手を向くと、予想通り千冬が壁に背を預けていた。

 自室に戻りがてら手を軽く挙げて挨拶すると、千冬も挨拶を返してセンクラッドに追従してきた為「……また何かあったのか」と思いながらも止めはしなかった。

 暫く歩いて、ふと気付く。自分の受け持っている生徒の心配はしていないのだろうか、と。

 

「それで、篠ノ之の見舞いにはいかないのか?」

「一夏が行ったのなら問題ないだろう。矜持を破られた事にショックを受けるだろうが、一夏が傍に居るなら立ち直るさ。それよりも、どういう風の吹き回しだ?」

「まぁ、この世界の人間の戦闘力はどれくらいか知りたかった、というのもある」

「どうだった?」

 

 ちょっと待て、と言い、自室の扉を開けて中へ入れと促した。ズカズカと入り、テーブルに着いた千冬を見ながら、センクラッドはドアを閉めて冷蔵庫を開け、ゴルドバミルクを取り出してマグカップに注いで千冬に渡した。お互いに慣れたものである。

 

「これは?」

「前回あげたジュースのミルク版だ。ゴルドバミルクと言う。旨いぞ」

 

 そうか、と言ってコクリと一口呑み、驚いた表情を浮かべてセンクラッドに聞いた。

 

「ゴルドバというのはメーカーの名前なのか?」

「いや、生物の名だ。ちなみに肉も旨い」

「ほぉ……」

 

 今度食べてみたいものだ、と言う表情に思わず小さく笑みを浮かべるセンクラッド。何やら餌付けしている気がするからだ。今度振舞うとするか、と考えながら、話を元に戻した。

 

「話を戻すが、篠ノ之箒の力が平均とは考えてはいない。ネットでの情報を見る限り、この星の大体は護身術を学んではいないと推測されるからな」

「それで?」

「まぁ、箒は学生にしてはやる方だと思う。ただ、それだけだな」

 

 言外に敵ではないという事を指し示すセンクラッド。ふむ、と顎に手を当てて思案する千冬。

 

「オルコットはどうだ?」

「視てみないとわからんな。一夏と戦えば判る筈だ」

「戦ってみたいとは?」

 

 その言葉に肩を竦めて首を横に振るセンクラッド。その手には乗らんよという意味を込めた動作に、そうか、残念だと呟く千冬。

 暫く、ミルクを呑む音と時計の針のカッチコッチと動く音が部屋に響き渡る。それは、穏やかな時間の流れを感じさせ、両者の心を柔らかく解していく役目を果たしていた。

 

「――センクラッド。オルコットと織斑、どちらが勝つと思う?」

「それに関しては幾つかの疑問点が残っているので、解消させてくれてからで良いか?」

「答えられる範囲なら」

 

 そうか、と呟いて立ち上がり、冷蔵庫から配給ビール缶を二本取り出しながら、

 

「まず、一夏に専用機がつくか否か」

「専用機は倉持技研が製作していて、最悪でも当日には届くそうだ」

「最悪でも当日、か……」

 

 千冬は此処で嘘をついた。実際は、篠ノ之束博士が倉持技研から半ば強奪といった形で受け取り、独自の改良を施している最中である。

 センクラッドは、千冬に配給ビールを一缶渡す際に、質問をした。

 

「それは、世界で初の男性操縦者だからか?」

「そうだ」

「……そうか」

 

 やはりモルモットか、と内心で呟くが、流石に家族の前でそれを言うという野暮な事はしなかった。変わりに、内心で思った事を嚥下する為にビールのプルタブを開け、中身を流し込んだ。

 ゴクリ、ゴクリと二飲みし、

 

「一夏は実戦を経験しているな」

 

 何気ない一言。だが、質問というよりは断定の形を採ったそれは、千冬の言葉を詰まらせるに足る重さを持っていた。

 

「どこで経験した? いや……してしまったと言った方が、良いか」

 

 眼帯に覆われている眼には織斑千冬という個の苦悩と後悔、そして懺悔という感情や思考が映し出されていた。ただ、その形までは把握出来ていたが、流石にその内容までは見通せなかった。

 この眼はそこまで万能ではない。精々、殺気や敵意を伴った攻撃が何処に来るか、或いはどういう感情やどの種類の思考をしているか位だ。それも負の感情しか読み取ってはくれず、日常生活では不便極まりないのだ。たった少しの悪意にも反応するこの眼に慣れるまで、センクラッドは相当苦労したのだが、それはまた別の話だ。

 

「……何処でそれを?」

「剣道場で篠ノ之と剣を交えた時にな。久しぶりの試合にしては妙に落ち着きがあったし、篠ノ之から一本取られる直前に『技』を仕掛けていた。仕掛けられた方は気付いていなかったが」

「そう、か……」

 

 あいつめ、とひび割れた声で呟いた千冬の表情と感情は、何処までも哀しげだった。踏み込んだ事を聞いてしまったな、と呟き、センクラッドは眼を閉じて千冬の質問に答えるべく、己の考えを口にした。

 

「実戦を経験している凡人と、実戦を経験していない天才。どちらが勝つと言ったら、どちらも勝つし、どちらも負けると言える。ここまでならまだ勝率は決められないが、取り合えずはここを代入してみようか。この場合は両者に当てはめれば良い。織斑一夏は、凡人かはともかくとして実戦を経験している。オルコットは代表候補生だが実戦経験者ではない」

「その根拠は?」

「実戦に身を置いた者なら、その匂いや振る舞いが視て取れる。アイツはそれが無い。それに――」

 

 実際には、センクラッドの眼にオルコットの魂に強い怨嗟の鎖が絡み付いていないという事を眼で確認していた事も相まって、そう判断していた。

 

「それに。一度実戦に身を置けば、あんな慢心そのものといった態度は演技でもそうそう出来なくなるものだ。そうだろう?」

「確かに」

 

 顔を見やった結果、どちらともなく苦笑した。やはり、お互いに思うところはあるようだ。

 特に千冬からしてみればブラコンと呼ばれても仕方が無い位は弟を溺愛していた。それを極東の猿だの何だのと好き勝手言われれば、教師としての自分も姉としての自分もセシリアは赦し難い存在に映ったのだろう。

 それを思い出してきたのか、フツフツと怒りが込み上げてきている千冬を視て「あぁ、これは明日あたり授業が鬼な事になるんじゃないだろうか。まぁ、ガンバでファイトさ」と、自分には関係ない為、内心で一組に向けて無責任な応援を送るセンクラッド。

 ちなみに同時刻、セシリアの背筋にゾクリとしたものが走ったそうだ。

 翌日、センクラッドの読み通りに鬼教官と化した千冬が一組を震え上がらせていたのだが、それはまた別のお話。

 

「オルコットの慢心、一夏の実戦経験、それに一夏は人類初のIS男性操縦者。勝ちは十分にある」

「待て、人類初の男性操縦者と勝率の底上げには関係するのか?」

 

 試すように言った千冬を見て、当たり前だろうと頷くセンクラッド。

 

「人類初の男性操縦者なら、最高の環境が与えられるだろう。俺ならそうする」

 

 そうか、と答える千冬。センクラッドの読みは冴えていた。

 あの篠ノ之束自らが作成しているのだ。ピーキーかもしれないが、相当な機体が仕上がるのは自明の理。そう思いながら、千冬は、

 

「ならつまり、一夏が勝つと?」

「可能性はある。後は一週間の間にどの位まで伸びるか、だな。一夏が凡人なら勝率は三割、天才なら半々だ」

「成る程、十分だな」

 

 たった数十分の搭乗時間を加味してこの勝率なら上出来だろう、とお互いに認識の齟齬が無い事を確認しあった結果になった事に、お互いが満足した。

 ただ、千冬の方が引き出された情報量が多い分、千冬の負けかもしれないが、別にこれは明確な勝負ではないので脇に捨て置く。

 

「ならセンクラッド、賭けるか?勿論、非公式のものとして、だ」

「ふむ、何を賭ける?」

「そうだな……勝った方が負けた方に何か奢る、でどうだ?センクラッドが勝てば私が日本食を奢り、私が勝てば、そうだな、手ずから料理を作ってくれ」

「それは……お前が作ると言う事か?」

「なんだ、もう勝った気でいるのか?」

 

 ここで、センクラッドは特大の地雷に向かって万歳特攻した。

 

「まさか。千冬が料理出来るとは思ってない。俺が勝っても負けた状態なんてごめんだ、か……ら…………」

 

 もうなんというか、お見事、と言うしかない位のお手本特攻だった。

 思わず「まさか」の前に「フッ」という鼻で笑う仕草を追加していたのだから、弁解の余地は無い。

 だがしかし、たった独りで百鬼夜行に挑む事に匹敵する位の困難なミッションを自ら作り上げてしまった事に後悔は挟めない。

 センクラッド・シン・ファーロスも、神薙怜治も、後悔を殆ど挟まない事を信条としているのだから――!!

 

「すまん、本ッ当にすまん。ゴルドバジュース二本で手を打って欲しい」

「良いだろう、だが次は無いと思え」

 

 訂正、百鬼夜行ではなく、どうやらただの哨戒任務程度の難易度だったようだ。

 こほん、と咳払いをし、センクラッドは、

 

「それはともかくとして、だ。俺が手ずから作るとなると、お前さんも手ずから、というのが正統な条件だと思うのだが、料理は出来るのか?」

「……………………出来るぞ?」

「おいなんだ今の間は」

「出来るぞ、バッチリだ。貴様に日本食の真髄を見せる事を約束しよう」

「そう思っているなら眼を合わせてもらおうか」

 

 そう言ってセンクラッドは視線を配給ビールへと泳がせている千冬の頬に手を当てて眼を合わせようとした。

 が、パチン、と手を叩かれ、

 

「この世界では、みだりに女性の身体に触れてはならないという暗黙の了解(ルール)があってな、今のはセクハラという。これで一つ賢くなっただろう」

 

 と、大変穏やかな口調で諭されたセンクラッドは、千冬の心に僅かな焦りを視て取った事もあり、攻勢に出た。

 

「お前さん、俺が日本語わからんと思って適当ぶっこいただろ今」

「そういう貴様こそ、言語が乱れているが翻訳機の故障か?」

「そうかもしれんな、日本語は難しいからな。で、さっきから眼を合わせていないが、それは礼を欠いているんじゃないのか?」

「それもそうだな、眼を合わせておこう」

 

 視線を合わせた瞬間、空間がギシリ、と鈍い音を立てた。

 それは、一夏や同い年の小娘共なら上からも下からも即座に大洪水かつ全体倒地な全力謝罪劇が始まる程の眼力を持つ者同士の視殺戦が始まった合図だ。

 その眼光は物理的な重圧すらも伴い、ギシギシと空間が圧縮と解凍をコンマ以下で繰り返して狂い叫ぶ程のものだったのだが、お互いにするだけ無駄だと言う事をわかっているのか、暫くしてからわざとらしい咳払いをし、居住まいを正した。

 

「まぁ、手ずから、は無しにして。お互いに飯を奢る、というので手を打たないかセンクラッド?」

「俺は一向に構わん、それでいこう。それでは、お互いにどちらが勝つか、同時に言おうじゃないか」

「では、せーの、でどうだ?」

「是非も無い」

「せーの」

 

 二人は同時に息を吸い、言葉を出した。

 

「オルコットに全額BETだ」

「オルコットに賭ける」

 

 

 間。

 

 

 痛々しい程の、間。

 

 

「……おい千冬、お前さんどういう事だ。自分の弟に賭けるんじゃないのか?」

「身内を贔屓せず、公正にモノを見るのが教師の鏡だと思わんか、センクラッド? それよりも貴様も貴様でアレだけ一夏を買っていたような発言をしたというのに、いざとなったら安パイのオルコットか、見損なったぞ」

「先も言ったが、一夏が凡人なら三割、天才なら半々だと言った。厳しく査定すればオルコットに決まっているだろう。というかお前さん今安パイつったな? いや絶対安パイつっただろ。ハナっから弟が負けるって思ってんじゃねぇか」

「分の悪い賭けをしてこそ男だろう」

「弟の勝利を願うのが姉だろう」

 

 ぐぬぬ、ぬぐぐと睨み合う二人。

 結局、センクラッドと千冬の妥協案として、センクラッドは「一夏がISの性能を活かせぬまま、敗北していく」に賭け、千冬は「一夏まさかの逆転負け」に賭けた。

 双方とも一夏の敗北に賭けているというのは同一であったが、負けるシチュエーションで賭けるという、一夏が聞いたら思わず泣いてしまうような酷い賭けであった。

 

 

 

 一方其の頃。

 

 

「ぶぇっくし!!」

「一夏、風邪か? 大丈夫か?」

「あ、あぁ、大丈ぶぁっくし!! ったく、誰か俺の噂してるんじゃねぇか、千冬姉とか」

「それなら良いが、風邪だったら大事だ、そろそろ寝よう」

「そうだな、ありがとな箒」

「い、いや、問題ない。幼馴染だからな、お互い様だ」

「そっか。ま、明日からお互い頑張ろうぜ」

 

 という、噂の渦中にいる者と、その幼馴染の会話が合るのは多分、古来からのお約束なのだろう、きっと。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。