IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
セシリアが決闘宣言した後。具体的には全ての授業が終了する時間に、センクラッドの意識は情報の海から現実へと浮上した。
オラクル細胞にその時間に集中を途切れさせる様、意識的に指示を飛ばした結果である。便利なものだな、オラクル細胞とは。と改めて感心しつつ手にした資料集を閉じ、視線を上にあげると同時、意図せずしてセシリアの視線とガッツリぶつかり合った。
先の発言からというもの、こちらに向けられる視線の多くは心地が良い敵意や侮蔑であったが、セシリアの視線には余りそれらが含まれていない事に気付き、おや?と首を微かに傾げた。一体どのような心境の変化があったのだろうか。
疑問を持ちながら首を微かに傾げた事で、セシリアからは「何か用か?」と見えたらしく、靴音を微かに鳴らしながら歩み寄ってきた。改めて見ると、体重移動は素人のそれではない。少なくとも、キチンとした訓練は受けているようだと判断するセンクラッド。
「ちょっと宜しくて?」
「どうした、オルコットさん?」
「ここでは、ちょっと……」
大勢居る場所では話せない事か、と理解したセンクラッドは、わかったと頷いて場所移動を承諾した。暫く歩いて、傍から見たら誰も居ない屋上に誘導されたセンクラッドは、何の用かな?と言った。
すると、セシリアは頭を深々と下げ、「先の発言、申し訳ございませんでした」と謝った。
え、何この娘いきなり謝ってるの?と思い、事情を聞くと、冷静さを失っていた事に加え、皆の居る手前、引っ込みが付かなくなった事を挙げてきた為、センクラッドは成る程、と納得した。
ただ、センクラッド自身は「高校デビュー失敗のヤンキーかよ……」とツッコミを入れたかったのだが、寸での処でオラクル細胞が全力でストップをかけていたので事無きを得ていたり、セシリアはセシリアで面子の問題で場所を変えて謝るだけ謝っていたりと、結構な問題点は残っていたのだが、どちらかというとこの後が問題だろう。
それでは、とセシリアが屋上から下の階への階段がある扉を開けて消えた事を確認してきっかり10秒程数えた後も消えない気配に対して、溜息をつきながら言葉を放った。
「……覗き見は感心しないな」
「あら、バレてたの?」
水色の髪をした少女が、セシリアが出て行った出口からひょっこりと顔を覗かせた。少女というには色んな意味で些か肉体が育ちすぎているのが気になるところだが、それを指摘したらセクハラで何処かに訴えられる気がした為、心に秘める。
セシリアが挨拶する声も気配も無かったというのに、隠れる場所なんて何処にも無い筈の空間から出てきた少女に対し、肩を竦めて言葉を紡ぐセンクラッド。
「微々たるものだが気配が漏れていた。といっても、漏らした、という方が正しいか」
「わお、それにも気付いていたの。一体どうやって気付いたのかお姉さんに教えてくれないかしら?」
「わおって……いや、あの程度なら普通に気付けるが」
「そうなの。私はてっきり赤外線とかそういう物で探知していると思ったのだけど」
「……人型でそんなギミックを搭載しているのは、俺が知っている限りではキャスト位しか居ないよ」
ゲンナリとした表情を作り出しながらも内心では冷や汗をかいていた。
この少女はセンクラッドの肉付きの薄い身体を見て、何らかの機器を使って気配を察知したと推測したに違いないが、それは間違いだ。
センクラッドの元の体は人間だったが、非道な人体実験でデューマンに似た体組織に変化させられ、その後世界を移動し、紆余曲折を経てオラクル細胞を取り込んだその身は、既に人の域から逸脱している。
悪意や害意、殺意等を明確に察知する『眼』に加え、オラクル細胞で構成された身体は常人の知覚能力を遥かに凌ぎ、幾千幾万の戦場で培った勘によって、何時如何なる状況下においても死角は文字通り存在し得ない。
そして、それらをこの場で言う程愚かでは無い。無いのだが、グラール太陽系で世話になった傭兵会社リトルウィングに所属しているチェルシーと話しているみたいでどうにも調子が狂う。お姉さん属性って凄いなと的外れな感想を抱いた瞬間に気付く。
この少女がチェルシーみたいな性質だとしたら相当な厄介事に巻き込まれる気がする、と。
「それで、何の用だ? まさか覗き見が趣味で、それを満喫していただけでした、というわけでもなかろう」
「そうだとしたら?」
「ドン引きです」
かつての仲間の口調を真似しながら、一歩下がってショックを受けた様な演技をすると、少女はコロコロと笑って首を振った。
「覗き見するつもりは無かったの。ただ、珍しいツーショットが見れたから、ちょっとね」
「それを覗き見と言わない根性が凄いな。俺なら素直に言うが」
「素直だといけない事もあるのよ、女の子にはね」
「そいつはクレイジーだな」
「でしょ?」
この言葉遊びめいた会話は何時まで続くんだろうか。何と言うか、チェルシーと二人でグラール太陽系を『デート』して回った時も似た様な会話があった気がする。
あの時は危うく秘密を話しかけて消されるところだったな、とトラウマになりかけた過去を思い出して背筋が凍りつきそうになったセンクラッドだったが、気を取り直す為に首を振って、目の前の少女に聞く事にした。
「……で、もう良いか?」
「何が?」
「いや、そこできょとんとした表情を作られても困るんだが。俺に用事が無いなら帰らせて貰うぞ」
そう確認すると、「せっかちな男の子は損するゾ?」と切り返された。
「ゾじゃねぇよ」と突っ込みたかったが、何だかそう言う風に誘導されている気がした為、グッと堪えて、こちらにまで被害が及ぶ前に退散しようと口を開こうとしたセンクラッドだが、「お姉さんが此処に来た理由は」と続けられてしまったので、口を閉じて聞くことにした。
「貴方に挨拶する為、かな」
「俺に挨拶? 何故そんな事を?」
「生徒会長というのは色々あるのよ」
その言葉に驚くセンクラッド。生徒会長はIS学園最強でなければならない、と千冬から手渡された資料集に明記されていた事を思い出したからだ。そして疑問が一つ氷解した。つまりこの少女は――
「成る程、俺をダシに使う気か」
「あら、わかるの?」
「お前さんの隠蔽技術より遥かに下のそれを持つ気配が三つ、さっきからこちらを伺っているからな」
気付いて当然、という風にさらりと言った瞬間、一つの気配が遠ざかり、一つの気配は留まり、一つの気配は開き直ったのか殺気を丸出しにして生徒会長へと疾走する為に姿を現した直後、額にガツン、と何かがぶつかり、昏倒した。
「……扇子にしてはまた重い音が出たな」
「別に何も仕込んでないわよ? 痛そうな音を出しただけで」
「つまり技術か」
その言葉に婉然とした笑顔で応える生徒会長。なんか調子狂うなぁと思いながら、倒れた女子生徒を見たセンクラッドは若干の後ろめたさを感じて即座に視線を生徒会長の方へと戻した。多分アレは狙ってやったのだろう、
「あー、倒れ方、まずくないか?」
「エッチ」
「流石に大の字で気絶しているとは思わないだろうよ」
センクラッドの指摘通り、気絶した女子生徒はこちら側に足を向けて大の字で倒れていた。
「――見えたッ」とかそういうLvを遥かに超えていた状態で倒れているとは流石にセンクラッドも予想していなかった。オラクル細胞をフルに駆使した戦闘や索敵状態ならいざ知らず、普段ではそこまで感じ取れない。というよりも、一々把握するのが大変だからフィルタリングをかけているのだ。
それはともかくとして、この状態。十中八九狙ってやったのだろうが、意地が悪い上に技術の無駄遣いが過ぎるぞこの女、と呆れるセンクラッド。
留まっていた気配も、あんなんやられたら溜まったものじゃないとばかりに消え去ったのを感じ取り、溜息をついた。
ダシにされて良い気分じゃない、と言う風に溜息をついたのにも関わらず、この生徒会長は飄々とした感じで、
「さっきから溜息着き過ぎじゃないかしら? 幸せが逃げちゃうゾ?」
「誰のせいだと思ってるんだ、誰の」
「あら、私?」
心外な、とばかりに頬に手を当てて見せる生徒会長に、いよいよもってコイツメンドウゼェと感じるセンクラッド。
「……で、お前さんを狙う気配も消えたし、何か話したい事が無いなら俺は帰るぞ」
「もう帰るの? もう少しゆっくりしてけば良いのに」
何かマジでこの生徒会長メンドウゼェ、と言わんばかりに溜息をついてその場から立ち去ろうとしたセンクラッドだが、ふと気付いて振り返り、言った。
「もう自己紹介は必要ないと思うが、一応言っておく。俺の名はセンクラッド・シン・ファーロス。グラール太陽系デューマンだ、生徒会長」
「あら、自己紹介してくれるの?」
「そっちが挨拶云々言ってただろう。それに、ここでしなかったら何時するのかわからないからな」
確かに、と微笑み、生徒会長は名乗りを上げた。
「IS学園生徒会会長にしてロシア代表の更識楯無よ、ファーロスさん」
「……すまん、何だって?」
「代表が珍しいの? 学生でも実力があれば国の代表も出来るのよ」
本気で驚いたセンクラッドに対し、少しだけ勝ち誇った様な感じで胸を張る楯無。大きな胸がIS学園特有の白い制服を押し上げて存在を主張していたが、驚いた箇所が違う為、センクラッドはそれをスルーして指摘する。
「…………いや、そうじゃなくてだな……」
「日本人なのにロシア代表という事? IS搭乗者は自由国籍を取得して他国の代表も出来る制度があるのよ」
「………………いや、そこでもなくてだな……」
「あ、名前が難しかったとか? さらしき、たてなしよ。たてなしが名前で苗字がさらしき、ね」
小首を傾げて言う楯無に、申し訳なさ一杯といった表情で、言葉を選ぼうとしているセンクラッドだったが、やがて諦めた風に、
「……………………いや、ええと、うん。もっかいフルネームで頼む」
「さ・ら・し・き・た・て・な・しッ」
「…………………………いや、そうじゃなくて……あぁ、すまん。はっきり言った方が良いな。どう書くんだ?」
え、そこに喰い付くの?と本気で意外そうな顔をしている楯無に対し、センクラッドは顔だけじゃなく体を楯無が居る方向に戻して指摘した。
「ぶっちゃけどう書くかわからんような奴は、確かDQNネームという奴だったと思うから正確に記憶しておこうと思っただ、け……」
ピシリ、と石化した楯無。あ、しまった口が滑ったとばかりに口に手を当てて、逃げるような足取りでその場を後にしたセンクラッド。
しまったなぁ、そこまで言う事じゃなかったんだが、つい言ってみたかったんだよなぁ、と思いながら、早足で階段を降りていくセンクラッドに追いすがる気配を感じ、色々諦めて首だけを向けると、こめかみに青筋を走らせた楯無がやたら足早な癖に足音を立てずに迫ってくるのを見て、頬を引き攣らせた。アレは宜しくない、軽くホラーが入っている。
そんなホラーな感じで横に並んだ楯無は、当たり前といえば当たり前なのだが、開口一番でセンクラッドを非難した。
「置いて行くなんて酷いじゃない! 私を捨てる気!?」
「だからそういうところが名は体を表すつってんだよ!! バッカじゃねぇの!? バッカじゃねぇの!! もしくはアホか!!」
「二度もバカって言ったわね!? 貴方が回りくどく言ったのが悪いでしょう!!」
赤っ恥をかかされてキレ気味かつ割と本気で涙目な楯無。真っ向から対抗してキレるセンクラッド。千冬がいたら「ガキかお前ら……」と呆れているだろうが、いたのは先生では無く、下校途中の生徒達であり、楯無と異星人という珍しい組み合わせに、これまた珍しい痴態(?)を見て眼を丸くしていた。
その後も喧々囂々と言った感じの下らない口喧嘩で盛り上がっていた二人だが、その途中いきなりセンクラッドは自室へ戻る廊下から、階段で外へ出る為に進路変更した事に気付く楯無。
「だから、貴方のその眼帯は似合わないから他のに変えた方が良いって言ってるの!! ってあら、自室に戻るんじゃないの?」
「でっかいお世話だバカッタレ。織斑一夏が篠ノ之コウキに連れていかれる気配を察知したので見に行くだけだ」
「どんな気配察知能力よそれ……ってコウキ? え?」
流石に眼を丸くして驚く楯無に、企業秘密だと呟いて気配元を辿るセンクラッド。どうやら剣道場に行くらしいな、と言う呟きを受けて、楯無は「あら、面白そうね」と事実上の付いて行く発言をした。
「いやもうホントにお前さん頼むから帰れよ。生徒会長なら引きこもって大人しく雑務処理しとけよ」
「その口調がやはり素なのね。生徒会長だけど今は忙しくないの」
「素で話してやってるんだよ、有り難く思え。春先一番にデッカイ嘘つくな。この時期生徒会が忙しくないとかどんだけお前さん要らない子扱いされてんだよ」
「そんなわけないでしょう、有能な人材が山ほど要るのよ」
「お前さん今絶対に意味が違う言葉を発しただろ。イントネーションが地味に違っていたから俺は誤魔化されないぞ」
盛大な音を立てて舌打ちを響かせた楯無に、コイツ絶対俺の事ゲスト扱いしてねぇな、アレか、さっきの屋上での一件でか、と思いながら頬を引く攣かせるセンクラッド。
自業自得である。
しかし、こんなにやたらめったらに騒がしい二人が剣道場に入る直前にはお互い無言になったのは、中の様子が気になったからだろう。
ガヤガヤと女子生徒達の話し声が聞こえるのを受け、センクラッドはそっと扉を開けた。