IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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注:SIDE表記有
委員会・束視点


EX―IS11:それぞれの思惑

 ツーマンセル・トーナメントが市営のISアリーナで開催される事が決定された日。

 世界各国とリアルタイムで会議をする為に投影していたホログラムを解除し、極めて不機嫌な様子でIS国際委員会日本支部のIS議事室から足早に出た男が居た。

 ヴォルフラム・フォン・ヴァイツゼッカーだ。

 自室として使っている二枚開きのドアを開け放ち、ソファーにどっかりと体重を投げ出したヴァイツゼッカーは、ネクタイを外してフローリングに叩き付けた。

 この男が此処まで荒れるのは稀有と言っても良い。

 本当は眼の前のテーブルを蹴り上げる位はしたかったのだが、流石にそこまで醜態を晒すわけにはいかないと遅すぎる自制を効かせた結果、何とか深呼吸を数度する事で、怒りを鎮める事に成功していた。

 大荒れしている原因は、IS国際委員会と大国達の――この場合の大国とはISを多数所持している国家を指す――極めて珍しい利害の一致に寄るものだ。

 IS国際委員会は、国家や企業がISに関してのルールを破った場合に制裁を加える事が可能な機関である。他国や他企業を出し抜くのが基本のこの世界において、IS国際委員会は眼の上のタンコブにも等しい存在だ。

 尤も、それはあくまで表の世界だけで見れば、という前置きがつく。

 実際は有る程度以上の規模にまで発展した機関や国家は、必ず亡国機業が何らかの形で介在している。故に、今回も出来レースめいたものであった。

 だが、そうだとしても納得できるかと言われれば納得出来ないのだ。

 

「愚か者どもめ……」

 

 今回の会議は、余りにも眼に余るものであった。

 ツーマンセル・トーナメントの開催場所の変更。

 異星人に対する調査の本格化。

 この時期に滑り込みの様相と呈して投じられた2つの提案は、賛成多数にて受諾されてしまった。

 

 先日起きた正体不明機による異星人襲撃事件の表向きの全容を知る者達と、真相を知る者達との認識の差異は、実はそれ程大きくは無い。

 表向きだけを知る者なら、センクラッドがした事はビーム砲をレーザー砲で相殺したという事実だけである。翼が生えようが何をしようがたかがそれだけという認識だ。その翼も明らかに肉体から出たものではなく、高純度エネルギーで形成されたフェイクだと判断していた。

 真相を知る者ならば、センクラッドがした事は上記の捏造に加えて、精々が通常手段では視認困難なスピードを持ち、素手と超高熱の炎を使ってISを破壊したという事実。

 そして真実を知る者、知らぬ者双方の共通した見解である『護衛者の能力』がセンクラッドと同程度である可能性が高いという事。

 驚異的ではあるが、彼らは空を飛べない。少なくとも空を飛んだという事例は無い。可能性としては多少考慮しても良いが、様々な観点から見ても速度としては競技用レギュレーションのIS程度だろう、という予測が立てられていた。理由としては、センクラッドが近接攻撃を仕掛けた際に慣性制御や重力波を用いた動きではなく、単純に肉体のみで行った可能性が高い事が挙げられる。それはそれで脅威となるのだが。

 つまり、現時点でのセンクラッド達は、多少なりとも脅威となる可能性はあるが、ISと比較してみると広範囲攻撃を防げるものではないし、核のように汚染物質を撒き散らすわけでもない。そして何よりも、人数が少ない。勿論、織斑千冬から『護衛者は複数存在する』という情報が入ってきてはいるが、それでも何百何千と入るにはスペースが足りない。

 よって脅威度は1人につき競技用レギュレーションを施されているISの2機連携と同位置に置かれていた。

 もしこれをセンクラッドを深く知る者達が聞いていたら。

 例えばグラール太陽系ならばエミリアやシズル、イーサン等の稀代の英雄達。

 例えば極東支部ならばシックザール支部長や第一部隊の元隊長である雨宮リンドウや現隊長である神薙ユウ等の英傑達。

 その彼らからすれば楽観視にも程があると眉を顰めるか、或いはその時点では妥当な判断だと頷くか、俺はもう知らないとばかりに乾いた笑いが出るなりするだろうが、地球側にはセンクラッド達の実力を知る者は居ない。

 故に、この流れは必然とも言えた。

 ただ、その程度ではないと予測を立てている者も当然ながら存在する。

 ヴァイツゼッカーや倉持等の表側の人間や、亡国機業に半ば属している形でいるデュノアや、スコール達亡国機業そのものだ。

 篠ノ之博士と共に作業したとは言え、ISの記録装置の改竄を行っているし、未だに大量の手札が残されている可能性があると、織斑千冬から警告がきている。

 更に言えば、グラール太陽系惑星人はセンクラッドだけではない。グラール太陽系の軍事組織に関わる者達の人口をカウントしなければなるまい。

 それらに眼を瞑るのは下策というもの。

 しかし、人類には見たいものを見たがり、見たくないものからは眼を背ける悪癖がある。表側の者達に関してはそれが如何無く発揮され、裏側の者達は篠ノ之束と、他ならぬセンクラッドが鮨屋で語った言葉によって、動く事を決めたのだ。

 大荒れに荒れるヴァイツゼッカーだが、ふと部屋に人が居る事に気付き、獣のように息を吐き出した。

 

「それでミューゼル。一体何の用だ? 今の俺は余裕が無い。手短に話してもらいたい」

「私達は引き続きバックアップを担当する事になったわ」

「……保険か」

 

 その言葉に是と返すスコール。壁に背を預け、腕組みをしている彼女は映画のワンシーンのように映えていた。その表情はかすかに険しいものだったが。

 単独者、或いは組織絡みのダブルスタンダートは悪手ではあるが、人類全体としてみるならばそうでもなくなる。グラール太陽系の情報をある程度入手している彼らからすれば、人類と程度の差はそれ程開いていないと確信している。

 護衛にして研究対象が、重要人物を暗殺しようとする程の組織力を持つテログループを単独で壊滅せしうる力を持つというのは、人類では決して辿り着けない領域で有る事は確かだが。そんな人物は地球上では、映画や小説でしか存在しない。

 尤も、それが嘘だという可能性もある為、軽視する者も多数いた。

 

「ミューゼル」

「何?」

「貴様はどう思う。我々がやろうとしている事は、信頼している者を背後から銃で撃ち抜くよりも下種だ」

 

 IS学園に在籍する者達からの情報で、彼らは利よりも情で動くと推測が立てられ、篠ノ之博士によってその推測が確信へと強化された。

 それにより、静観から異星人のデータ取得へと意見があっという間に傾いたのである。

 ファーストフェイズが完了し、セカンドフェイズへと移行した段階であると篠ノ之博士から発表された時には、倉持やデュノアでさえも顔色を僅かなりとも変えたものだ。

 結局、篠ノ之博士の言を全て事実と認定したIS国際委員会と各国首脳陣は、異星人に対する調査の本格化と、異星人に対する半示威的行為として、ツーマンセル・トーナメントの会場と規模を拡大する事にした。

 アレは、本当に人類にとって正しい事だったのか。

 

「少なくとも私はやってみる価値があると思うわ」

「最悪彼らと敵対する事になってもか?」

「危険を恐れては何も得られない。貴方も私も、そういう風に生きてきた筈よ」

 

 そう告げられては二の句は告げられないのは確かで、憤然とした呼気をゆっくりと吐く事で、ストレスを軽減させた。

 

「それに、敵対前提で行動するというわけではないでしょう? 彼等の精神面の調査が一段落した以上、次のプロセスへと進むのはおかしいことではないわ。それに、篠ノ之博士が珍しくこちらの意図に沿って動いている」

「……世界規模での利害の一致、か。人類初だな」

 

 そう皮肉めいた口調で呟いたヴァイツゼッカーと、普段の表情を消して真剣味を足したミューゼルはその通りよ、と肯定してみせる。

 

「全てが巧くいくとは限らない。でも、だからといって何もしないのは愚策でしょう。ISが女性にしか扱えないディスアドバンテージがある以上、グラール太陽系の技術は重要よ。均して見れば、男女平等まで持っていける可能性もある。私達はそう考えている」

「入手出来ればな。そもそも基礎技術が追いついていない以上、俺も倉持もその意見には懐疑的だ」

「私もそう思う。けど、何時かは追いつく。それに、時間が限られているのは、貴方も判っているでしょう?」

 

 珍しく饒舌に、真剣に説くミューゼル。現在の基礎技術を完全に無視したオーバーテクノロジーの塊であるISに、それ以上であろうグラール太陽系の技術を手に入れる事は、女尊男卑を是としない男女の目標にさえなり始めている。

 常々、篠ノ之束は『世界は不平等である』と公言していた。それは、人類社会における真実だ。それは、ミューゼル達もヴァイツゼッカー達も深い部分を含めて理解している。

 だが、だからといって眼に見える不平等を強いるつもりは全く無い。それは結局、新たな代替手段が見つかった途端に、予測はつくが途方も無い混乱と破滅をもたらすからだ。

 世界を降し、ISの存在を理解させるだけの力はあっても、世界を納得させる意思がISには無かった。

 そして、篠ノ之束が個人である以上、ミューゼル達組織に属する者達とは相容れる事は絶対に無い。

 故に、何時か来る協定の破綻と、篠ノ之束との対決を見越して、ミューゼル達は動いているのだ。無論、相手はそれを理解しているだろうけれども。

 

「それと、束博士からの伝言。1年生の準決勝から決勝戦のいずれか。そう予告してきたわ。それも、瞬間的にレギュレーションを切り替えられる代物だそうよ」

 

 一瞬、意味を咀嚼しかね、だが理解してすぐに呻き声が漏れた。

 それは、再襲撃の予告。

 

「馬鹿な……」

 

 獣のような唸り声を上げ、憤怒の表情を浮かべるヴァイツゼッカー。

 レギュレーションを切り替えられるISというものは、詰まるところ競技用にかけられている制限を半分以上カットした状態のISを襲撃に用いるという予告に他ならない。以前に篠ノ之束が差し向けたゴーレムは、あくまで競技用のレギュレーションに合わせた代物故、織斑一夏を含めた学生操縦者達でも持ち堪え、異星人に瞬殺されたのだ。

 競技用として制限されている部分は、シールドエネルギー等の実防御力、速度、量子変換領域、センサー、武装用のPIC等、パイロットの接続度合い等、多岐に渡り、総合的な性能を数値化して一定数に納まる範囲でパラメータの割り振りをしなければならない。無論、軍用レギュレーションですら制限されている部分は多分にあるが、その程度は軍用の比ではない。

 コアからのエネルギー供給は最低限に抑えられた結果、速度もシールドエネルギーも低次元で纏まっているし、量子変換領域に至っては一国分の総火力分から僅か10分程度の経戦能力へと抑えられている。ただ、その制限がある故に制限された基礎能力を更に削ってまで量子変換領域を拡張するラファール・リヴァイヴが開発されたわけだが、今は割愛する。

 センサーに至っては広大な範囲を捉える事が可能な為、制限を最初からかけている状態だし、パイロットの認識能力も同様に抑えられている。

 そして、それらを制御するレギュレーションは、基本的にはIS操縦者単独では変更できない。国家がIS国際委員会に届け出を出して、初めて切り替えられる。アラスカ条約でコアが軍用と競技用及び研究用とでそれぞれ個数制限が定まっているのは二重の抑止力としてだ。

 自在に切り替える事が出来ない故に、世界全体が監視を行っている。もしそれが露見した場合、即座に全方位から物理的・政治的な攻撃を仕掛ける事が出来る。

 真の意味で、ISは核に代わる抑止力である。

 

「篠ノ之博士は、死人を出すつもりか?」

「それは無いわね。ISを用いて死傷者を出すのは、今はリスクが高すぎる」

 

 ISを用いての死者数は0である。コレは驚異的な数字と言える。

 古今東西、あらゆる兵器や道具は、意図しない動作を含めれば必ず死者が出るものだが、ISには未だにそれが無い。黎明期を過ぎた状態に達しているというのに、だ。

 それがどれだけ驚異的なものであるか、政府も企業も理解しているが故に、研究し続けているのだ。

 だが、今回のケースはどうだろうか。

 市営アリーナ上空から強襲し、アメリカ軍を打ち破り、アリーナ上空に張られているバリアを破壊してセンクラッドを攻撃する。当然、IS操縦者は瀕死或いは死亡し、センクラッドの周囲に配置されている首脳陣は被害をモロに喰らうだろう。

 そうなれば、終わりだ。いや、終わりの始まりだ、ISと篠ノ之束、そしてそれらに関わった者達の。

 

「ならば、どうやって襲撃をかけてくるというのだ? 異星人を攻撃すれば、周囲に被害がいくのは判っているだろう」

「そうね、異星人を攻撃するのなら、ね」

 

 ミューゼルの意味有り気な言葉に、思わず食い入るような視線を飛ばすヴァイツゼッカー。

 どういう事だ、と呟いた言葉が空気と同化する直前、

 

「1年生の決勝か準決勝、織斑一夏と篠ノ之箒ペア、ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルル・デュノアペア、或いはセシリア・オルコットと凰鈴音ペア、更識簪とファラ・ジャクリーンペア、このいずれかの戦いになるでしょうね」

「――まさか……」

 

 疑念から解答へ。

 罅割れた声が、転がり落ちた。

 衝撃から驚愕へ。

 篠ノ之束の人となりを知っている以上、それは有り得ないと思いつつも、認めざるを得ない。

 つまり、篠ノ之博士は身内ですら――

 

「そう、異星人と有る程度接点があるものを攻撃した場合、彼等は100.0%の確率で助けに入る」

「利と情を確定させる事、制限を解除した軍用レギュレーションの有効性の実証、辺りか?」

「それだけではないでしょうね。それと、現状想定される組み合わせなら、貴方も手札があるでしょう? 織斑一夏と篠ノ之博士なら必ず動く手札が」

 

 見透かされているのは当然とは言え、それを今出して良いものか。いや、出さざるを得ないだろう、篠ノ之博士が襲撃をすると予告し、その中にアレが混じっているのならば。

 ある意味丁度良いのかもしれない。彼らが帰還する為のエネルギーが溜まるのは、夏頃と宣言していた。既に1~2ヶ月程度しかない。

それまでにどうにかして片鱗でも良いからグラール太陽系の技術を入手しなければならないのだ。

 篠ノ之博士が世界を転がし始めてから5年以上が経過した。混乱の傷跡は未だに癒えず、新たな偏見や差別によって世界は歪な状態に変化した。

 あの忌々しい兎を防ぐ手段は無い。後手に回るしかないその状況と環境が、ヴァイツゼッカーを酷く苛立たせる。まるで不思議の国のアリスだ。

 兎の指示に従って動く世界。とんだ嫌味な世界だが、それももうすぐで終わりだろう。いや、既に兎の手から離れかかっていると見ても良い。異星人の来訪の時点で、既に計算は狂っている筈なのだから。

 リスクは膨大、リターンは極小から極大のいずれか。プラスアルファは自分達の手腕と兎の妨害度合いとセンクラッド率いる異星人達の個人的な良心具合、そして異星人と交流を深めたIS学園に属する者達。

 もし、センクラッド達が簡単にこちらを切り捨てられるのなら、最悪人類とグラール太陽系の戦争になり、勝ち負けはともかくとしてISは前面へと押し出され、今以上の女尊男卑になるだろう。だが、そうでないのなら――

 脳裏に様々な検証を立てては破棄する工程を幾度もこなした末、ヴァイツゼッカーは腹を括り、覚悟を決める。

 

「判った。VTシステムを稼動させる。時間が無いのも事実だしな」

 

 ヴァルキリー・トレース・システム。

 モンド・グロッソで無敗の女王として君臨し続けた織斑千冬を初めとする、IS適正がSである5人のヴァルキリー達の過去を再現するシステムだ。これを発動させれば競技用レギュレーションでの最適化された動きが再現出来るようになる、画期的なシステムであった。

 しかし、それを披露した当時、速攻で篠ノ之束博士が「ISが持つ進化の多様性を損なわせる粗悪品」と異を唱えた為、違法化した代物でもある。

 本来違法と化したものを衆人観衆の前で公表するような真似なぞ、破滅以外なにものでもないのだが。

 ヴァイツゼッカーと倉持は酒の席でとは言え、センクラッドから聞いている。グラール太陽系の技術の1つに、VTシステムと似通ったシステムを用いている事を。それが当たり前と肯定されている事を。

 IS学園生徒会と織斑千冬から流れてきた情報を統合するに、ほぼ必ず食いつくと睨んでいた。

 そうなるかどうかは、ツーマンセル・トーナメントと襲撃の状況次第だが。制御が効かない部分は兎だけ。そして予告もあるのならば対策は幾らでも取れる。

 

「VTシステムが外部から作動する可能性は?」

「それが出来るのはコア情報を掌握している篠ノ之博士ぐらいだろう、トリガーはあくまで搭乗者だからな。仮にシステムに気付いていたとしたら、即座に研究所もろとも吹き飛ばされている筈だ」

「確かに。なら、まだ可能性は十分にあるわね」

 

 兎に支配された世界を覆す、逆転の布石。閉塞した世界に新たな風を吹き込む為の、起死回生の一手。

 そうなる為に、手段を惜しむ事はしない。

 この後、ヴァイツゼッカーの部屋の光が消えるまで、2時間程度を要する事になる。

 

 

 SIDE 篠ノ之束

 

 解析。

 仮説。

 検証。

 結論。

 破棄。

 

 普段ならば電子音すら響かぬ多重窓と多数の機械に囲まれて幾多もの実験をしている筈の篠ノ之束であったが、ここ連日は全く違った行動を採っている。御陰で愛する妹の為に作成している第四世代ISは8割がた完成のところで放置され、警戒レベルも自身に危害が及ばない限り、対抗措置を取らず……というよりも気付く為の警告メッセージや音すらも停止させていた。

 此処まで必死、或いは熱中するのは実に2ヶ月ぶり。異星人が地球付近へとワープアウトしてきた時点以来だ。

 今回も、異星人に関する調査と検証である。

 作業を中断させられた事による苛立ちは勿論ある。だが、それを消し飛ばす程、今回の検証は重要なものであった。

 即ち、センクラッド・シン・ファーロスとは『何』か?

 人型である以上、人型の限界というものはある。細胞をオーバークロックしようが、肉体を変質させようが、限界と言うものは必ず有るものだ。それは遥か昔、自分自身に課した実験で理解している。

 限界は、必ず有るのだと。それ故に人は何かで代用するのだと。

 だが、それは結局のところ、地球上での仮説(常識)に過ぎない。彼等にそれを当て嵌めた事はナンセンス以外なにものでもない。

 それを思い知ったのは、無人機を使ってセンクラッドを襲撃した時だった。無人機からのデータを直接受け取る為に、自身とリンクさせていた時の事だ。

 今でも思い返せば、ゾクリと悪寒が脊髄から脳髄へと駆け抜ける。

 アレは、人ではないナニカだ。

 

『やぁ。お前さんは誰だ?』

 

 あの時、見抜かれたと悟った。直感で理解した。意に介さず、危険があったとしても揺るがなかった心にヒビが入った。脳髄反射的に攻撃コマンドを打ち込んだのは早計だと思ったが、止められなかった。リンクしていた無人機越しに、酷く強い悪寒が溢れ出た故に。

 

『誰だと聞いて黙っているのは、まぁ、無人機だからという理由にしておくが。取り合えず、視ているお前さんに伝えておこう――』

 

 次いで起きたのは、激しい衝撃と、画面の暗転。

 ゴーレムとの電子的、感覚的なリンクをカットする直前に、呼気が停止した。

 網膜に投影された画面一杯に、端正な男の顔で埋め尽くされる。

 睫毛の数まで精確に読み取るゴーレムの機能が、衝撃によって機能不全を起こした。

 

『――服代替わりだ、精々、良く視ておけ』

 

 淡々と。嘲笑も無く、温度すらなく。

 無数の衝撃と熱が、『束』の全身を打ち据える。

 口からは大量の涎と共に絶叫が撃ち出され、結果として喉が切れた。

 ゴーレムの全身が次々と機能不全に陥り、与えられた衝撃を殺す事も出来ずに、まるで木偶の様に打ち据え、焼かれ、分解されていく。

 ここで、束はようやくフィードバックを切る事を思い出し、覚束ない思考でようやっとその部分をカットし、残りのゴーレムにデータを収集後撤退、不可能ならば自爆と命令を下して、椅子から転がり落ちるようにして倒れた。

 体中が幻痛によってヒクヒクと痙攣し、ガクガクと足が震え、歯はカチカチと鳴り響き、涙腺から大量の水分と塩分が放出された。

 蛙のような姿勢で倒れている自分を、何処か遠くから眺めている感覚。それらを緩和するのに実に3分もの時間を無駄にした。

 

 そして、湧き上がる憤怒と屈辱。

 

 ゴーレムを拳とそれに纏わせた超温度の炎で、あっさりと解体してみせた異星人。名は何と言ったか。覚える気が無く、記号で見ていた為に、名なぞ出て来る筈が無い。そんな事にも、怒りを感じる。

 ISを過信していたわけではない。異星人を過小評価したわけでもない。あの体躯から想定しうる可能性全てを検証した結果、あのゴーレムを送り込み、データを採って自爆させる筈だった。

 

 クッ。クックックックックッ。

 

 喉の奥が痙攣したような音を出して、束は笑っていた。

 淡々と。嘲笑もなく、温度すらなく。

 ただ笑うという動作を、束自身が命じていた。

 常識に当て嵌めて一体何と言ったか、この感情は。

 そう、確か――

 

「『面白い』だったっけ。あぁそうだ。コレって面白いんだ。面白いなぁ、本当に」

 

 ぼんやりと思い出すように、束は呟いた。

 そしてまた、

 

 クッ。クックックックックッ。

 

 喉の奥が痙攣したような音を出して、束は笑っていた。

 淡々と。嘲笑もなく、温度すらなく。

 常識に当て嵌めればそう有るべきだと、或いは、人の感情と言うものはそうであった筈だと。

 全く同じ笑い方で、全く同じ呼吸の回数をもって、束は笑っていた。

 

「けど、あぁそうだ、コレってやっぱり、ムカついた……って事になるのかな」

 

 3分の間、笑い続けた束だが、ピタリと喉の痙攣を収めて緩々とした動作で立ち上がった。或いは這い上がるようにして、とも言えるかもしれない動作で。

 表情は、万人が見て綺麗な、見惚れる笑顔だと判断できる形を取っている。一筋零れた唾液混じりの紅い液体を見なければ、誰もが魅了されたに違いない。

 だが、その心は全く違う形を取っていた。異星人に対して思う事は、負の感情と言う意味では此処に至っても殆ど無い。

 ただ自惚れていた自分への怒りが、血流となって全身を駆け巡っていた。

 世の中は退屈で酷く詰まらないものだと断じていた過去は消し去れない。それを念頭に置いて行動すべきだと、理性的な部分と感情的な部分が囁く。

 気付けば、2機のゴーレムは機能停止に追い込まれているが、そこに興味を抱かず、空中投影型ディスプレイを多重使用し、今しがた入手したデータを解析し始める。

 この日から、篠ノ之束は地球に対する興味が薄れ、真の意味で宇宙へと執着心を広げる事になった。

 

 そして、それから二ヵ月後の今。

 異星人と接触し、異星人にアレを渡した解析結果がようやく、出たのだ。

 まさか喰われると思っていなかったので、失敗したかと思っていたのだが――

 

「……まさか単細胞群体生物だったとは、ねぇ……流石の束さんも予想外だったなぁ」

 

 生物学的な意味で奇跡通り越して暴挙以外何者でもない事実に、半ば呆れ、半ば感心しながら呟く束。

 異星人がデータチップ兼ハックツールを喰った際、一瞬だけハックツールが機能し、相手の記憶――むしろ記録という方がシックリ来る――が断片的なデータとして研究ラボ代わりに使っている『我輩は猫である』にフィードバックしていたのだ。

 当初、日本語とグラール語らしき見たことも無い言語によって羅列された情報は意味を成さなかったのだが、2週間かけてグラール語の法則性を見出し、その順番に並べ替える事で、有る程度の情報として読み取れるレベルまで整形する事が出来た。

 

「でもまぁ、コレってどういう事なのかな」

 

 珍しく束は困惑していた。

 グラール太陽系星人というのは嘘ではないだろう。断片的なデータに幾つもの歴史が刻まれているし、行動の履歴も歯抜けだらけだがきちんと残っている。

 だが、読み取り不能(リードエラー)を引き起こしているエリアの最後の部分で、束は大いに混乱させられていた。幾らアクセスしても絶対に弾かれるのだ。自分でコレならば通り道を作って鍵を開けさせた方が楽だろう。

 その謎解きが楽しいので今は付き合っているが。

 

「グラール太陽系惑星人は未来の地球人である……うーん、それはないなぁ、生態系からして全く違うようだし、そもそも細胞からして造りが既に違うっぽいし。サンプルとして髪の毛とか貰った方が良いかなやっぱり」

 

 名前:センクラ薙ド・神・ファーロ治

 種族:アラ日ル太陽ガ星ミ

 

「この部分から解析拒否となると、一体何が書かれている事やら。うーん、日本語に変換しているのがマズイのかな、いやいやグラール語に変換しても同じだったし、何なんだろうねぇ」

 

 備考:被検体唯一の生存者

 

「まいっか。それよりも――」

 

 そこで。

 響く筈の無い電子音が響いた。それは、彼女が張っていた網に引っかかったと言う意味だ。

 ソレに対して束の反応は神懸りと言っても良いだろう。

 発信物は倉持技研に預けていたコアからだった。『不正で有効な解析コード』を用いられたと報告しているのだ。その内容を流し読みしていた束は、やがて歓喜の表情へと変わる。

 

「無銘さんっていうんだ、あの男は。ふぅん、遺伝子タイプは日本人と酷似、コードブレイクしたわけでもなく、アクセスしてきた……と。凄いなぁ、束さんでも機材が無いと苦労するのに。インプラントによるアクセスってわけでも……あやっぱ違うのかぁ」

 

 此処に本人かその関係者が居れば、その独り言に秘められている危険性に顔を青褪めさせた事だろう。何せ、コアを解析しようとかけた魔術によって、表層上という前置きがあったとしても本人の脳が逆に解析されているのだから。

 この場合、逆探知という言葉が最も近いだろう。コアに対する解析が僅かなりとも成功した者達の所在から繋がっているネットワークまで全てを瞬時に探知する事が可能なコードを仕込んでいたのだ、全てのコアに、束が、単独で。

 普段ならば眼を走らせる程度には反応するのだが、今はそれどころではないので無視するつもりであった。

 しかし、不正で有効な解析コードという、矛盾めいたワードを設定しているケースは無視する事は出来ない。

 アレは『篠ノ之束にとって未知の領域や方法を用いたアクセスが成功している』という意味を持っているのだから。

 束が設定するファイアウォールを完璧に抜くソフトやハードが出たという事は、束自身に比肩する、或いはそれ以上の知能を持つ者という事でもある。つまり『仲間』なのだ、その者は。

 地球人ならば喜々として、異星人ならば歓喜を持ってその内容を読み解くのは、束ならば当然の結果である。

 ずっと、孤独だったのだから。

 

「んんん? 手段が解析魔術? 必要なものが魔術回路? 何コレ?」

 

 はて、と首を傾げて詳しい情報を得る為に、通り道を作成しようとした瞬間。

 ブツン、と情報ページが消えた。これ以上のアクセスは逆探知される恐れがあると踏んだのだろう。

 お互いに表層的なデータしか閲覧していなかったのを確認した束は、少し感心した風に呟く。

 

「手際が良いというか、気付かれたぽいなぁ。折角どんなのを記録しているか観れたのに」

 

 それは、脳へのハッキング行為。強烈な負荷をかければあっさりと脳死へと至らせる事が出来る、非人道的な業。だが、束はそんなヘマはしない。天災は天災である故に、人を殺さない。その価値が無いと知っているが故に。

 ただ、此方から一方的に知る事が出来るように、通り道を作ろうとしただけだ。

 普通ならば一夏が経験したような、ISに触れた時と同様の衝撃――あれもISのコアを人を繋ぐ通り道、いわば回路を作る為に起きる現象――が走るのでバレるのだが、相手が解析しているのならばそこを通り道として残させる事で、脳への負担は限りなく0に近づけさせ、結果的に探知されないまま情報を引き出す事が出来るのだ。

 

「惜しかったなぁ。でも、魔術とか解析とか、一体何だったのやら」

 

 わくわくするよねぇ、と、未知の領域に対する興奮によって笑顔の質を変える束。

 

「まぁ、次回に期待かな」

 

 今の束の眼には、無銘という男と、センクラッド・シン・ファーロスしか映っていない。

 織斑一夏も、篠ノ之箒も、織斑千冬でさえも。

 今の束の眼には、映っていない。

 それは初恋の情熱よりも強く、危険な輝きを宿していた。




ファラ・ジャクリーンは鈴音と対決していた黒人女子高生の名前です。

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