IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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※念の為ですが、一夏の過去は公式で明記されておりません。


38:一夏と対話

 ツーマンセル・トーナメントまで既に一週間を切った初夏。蒸し暑さが徐々に徐々にIS学園内まで侵食してきており、生徒達も薄着になってくる時期。

 今年の夏は猛暑になるでしょう、とインターネットでお天気お姉さんが言っていたというのに、センクラッドはいつもの黒尽くめである。上下スイーパーノワールとか気が狂ってるんじゃないかと突っ込まれそうな格好をしているのにも拘らず、汗一つかいていない。シールドラインによる温度調節機能に加え、オラクル細胞が適切と感じる温度を拡大した結果だ。そもそも肉体的な意味で汗なぞ元より出るわけも無い。

 今現在の放課後、センクラッドは珍しい事に自室から出ていた。護衛としてロビンフッドが居るからというのもある。ただ、それを知らない者達からすれば独りで出歩いているように見えるのは当然で、好奇の視線がザックザックと刺さってきている。

 無表情、かつ視線を気の無い風に装って移動させる様にオラクル細胞に指示していなければ、辟易とした表情や渋面を作っていただろう。

 さて、センクラッド達が向かっている先は第1アリーナ。ツーマンセル・トーナメントで居残り練習をしている一夏と箒、セシリアと鈴音が居る筈なのだ。一週間を切った今現在において、6時~24時まで開放されているアリーナだが、それ故に1組1組が借りれる時間というものは著しく制限されている。

 なので、裏道というか抜け道として、手札がバレても問題ない者達が時間帯をずらして借りるという手段があった。それを一夏達は採った。

 IS関連の行事は、IS学園のそれにおいても国の代理戦争と言っても差し支えは無い。殺気立つ生徒も多少以上、中々未満の数で居る為、一夏達が採る行動というのは、どちらかと言えば非常識な、そこまで重要視していない者達にとっては常識的な部類に分けられるものだが、名より実を取るタイプの面子であった為、さして問題にはしていなかった。

 Aピットに入ったセンクラッドが、備え付けのタブレットでアリーナ内を観察してみると、今は一夏と箒の訓練をしているようだ。セシリアのビットが空中を切り裂き、箒がそれらを悉く避けつつも攻めあぐねているのは、鈴音の堅実な龍咆の援護射撃によるものが大きい。

 近接一辺倒である一夏を捌きつつ、龍咆を箒の進路上に置く手腕は流石としか言い様が無い。

 

「……予想通りか」

 

 小さく嘆息する。

 ラウラと一夏の喧嘩を仲裁した際に、一夏の負の感情が強く湧き出たのを視た事が有る。

 不用意な発言をしたと気付いたのは、その直後だった。強い方が勝つ、その言葉に一夏自身へ向けた怒りを発していた。

 後日、一夏の戦績や成績を楯無から許可を得て見たが、散々なものだった。

 専用機に助けられているような戦績に、筆記の点数は低空を維持。コレでは一夏が浅草で言っていた『皆を守る』なんて夢のまた夢だろう。

 一夏の置かれている立場は非常に危ういのは、外部にいるセンクラッドでも十分に理解出来る。女尊男卑の風潮を、ISを女性のみに扱わせたいISの神秘化・神聖化をしている人種からすれば眼の上のタンコブどころではない。いつ殺されてもおかしくない。

 各国家間では国籍の取引が水面下でありそうだし、解剖まではされないだろうけれども、モルモット扱いはほぼ確定だ。

 一夏もそれに気付いている。

 だから、力が欲しいのだ、眼に見えた強い力が。それは別に良い、力を求める事は何ら悪い事ではない。

 だが、タブレット越しに見る一夏の動きは酷いものだった。

 安定性がない。

 セシリアと戦った時よりも被弾率が増えている。

 焦りばかりが先行しているようにしか見えない。

 

「もう少し早く来れば良かったのか、それとも気付くまで待てば善かったのか。難しいところだが……まぁ、良い」

 

 どうせ俺は浅慮で短慮だ、と、何やら不穏当な言葉を鼻へと抜けさせ、センクラッドはコツコツとピットからアリーナへ繋ぐエレベーターに乗った。

 振動も殆ど無く、割とすぐにドアが開いた。

 視界に広がる銃弾とエネルギー弾の嵐。アリーナの土が凄まじい勢いで吹っ飛び、焦げ、均されていくのを視て、センクラッドは思わず懐かしいと感じてしまった。グラール太陽系で起きたSEEDとの戦争でも似た様なのがあったな、と思い出しているのだ。

 尤も、アレと比較するなら規模は遥かに下回っているが。

 最初に気付いたのは、鈴音だった。

 

『え、ちょ、待った!! ファーロスさんが来てる!!』

 

 プライベートチャンネルによってその場にいる全員が聞き、模擬戦を中断した。

 手をヒラヒラさせるセンクラッドに、一夏達が不思議そうな表情を浮かべて寄って行く。一夏の感情は……仄かな黒い輝きを持っていたが。

 

「すまんな、模擬戦中に」

「別に大丈夫だけど、何の用? あ、私と闘り合うって事?」

「全くそんなつもりはないので精々残念がってくれ。一夏を借りたいんだが。あぁ、後でなら終わるまで待っても良い」

 

 ぎょっとし、次いで気まずい表情になる一夏。心や感情が読めるらしいのだ、自分の心なぞお見通しだろう。言われるのは忠告か説教か。そんな捻くれた考えになる程度には、一夏は焦燥感でイッパイイッパイになっていた。

 普段はそういう事を考えるタイプではないのに。原因は言うまでも無くラウラとの一件である。

 

「――皆、悪い、ちょっと行って来る」

「すまんな。ピットまで戻ろうか」

 

 そう言って、センクラッドは身を翻してエレベーターに乗った。一夏は溜息を押し殺して、飛翔する。その飛び方は、何処か不安定な心を映し出していた。

 数分後。

 ISを解除した一夏とセンクラッドが向き合って立っている。

 ピリピリした雰囲気の一夏に、表情が無いままのセンクラッド。何処から視ても重い雰囲気である。姿を隠して横に居るロビンフッドなぞ「めんどくせぇ、かえりてぇ、何この修羅場」と思ってすらいる。

 此処に整備課の生徒達が居なくて良かった。ツーマンセル・トーナメント直前の為、該当者のみがアリーナを使用可能になっている。もし居たらセンクラッドは「事あるごとにイチャモンつけるKY星人」とか言われていただろう。

 

「それで、俺に用って?」

「言い忘れていた。お前さんが不快になると思うが、良いか?」

 

 随分ハッキリと物を言う人だ、と一夏は苦笑する。まぁ、そういう人なんだ、今更だろう、セシリアや鈴の時もそうだったんだろうし、と納得するこういう時の一夏は、大人だ。

 頷いた一夏に、そうか、と呟いて、センクラッドは、

 

「判らない事があってな」

「判らない事?」

「あぁ。判らない事だ。俺がボーデヴィッヒさんに言った、強い方が勝つ云々でお前さんは、俺ではなく自分自身に憎悪を向けていた。敵意ではない、憎悪だぞ。そんなに自分を憎むのは、そうだな……この星に来てから色々な人を視てきたがお前さんが一番酷かった。何がお前さんをそうさせた?」

 

 別にあの言葉でどう思おうがセンクラッドからしてみれば大事ではない。問題となるのは感情ののベクトルだ。正論だろうが何だろうが、聞きたくない言葉を他人から言われれば、僅かなりとも苛立ち以上の感情が出てくるのは人として当然だろう。

 だが、一夏の負のベクトルは全て、一夏自身とラウラに向けられていた。自身へ7割、ラウラへ3割。

 異常とまではいかないが、変だ。

 そう指摘された一夏は、思わず苦い表情を浮かべる。

 ラウラが指摘し、センクラッドが心を、感情を読めると認めた時点で、言い訳を考えれば良かったのだが、無意識下で遠ざけたいという想いがあった為、それが出来ていなかった。

 だが、言えない。言えるわけが無い。

 思い出すのは、過去。

 

 人質となった自分。

 至る所で倒れた人々。

 甲高い音を立てていた銃撃戦。

 震える手で取った重い銃。

 ガチガチと歯が鳴る自分。

 朱色よりも黒く見えた大量の血。

 泣きそうな表情で手を差し伸べていた千冬姉。

 

 それらが脳裏に焼きついて離れない。それらが心に焼き込まれて離れない。

 あの日、織斑一夏は死に、あの時、織斑一夏が生まれたのだ。

 

「……ごめん、ファーロスさん。それだけは言えない」

「ふむ……なら、質問を変えよう。自分を憎むというのは、誰かを憎むよりもプラスにならない事は、判っているのか?」

「判ってる、それ位判ってるよ。でも、コレが俺の生き方なんだ……」

 

 絞り出すように言葉を外気に晒した一夏とその言葉は、酷く乾いていた。表情もこそげ落ち、まるで幽鬼のようだ。

 一夏のその表情と感情を視たセンクラッドは、無表情のまま、

 

「歪んでいるな」

 

 バッサリと斬って捨てたセンクラッドに、罅割れた、力ない苦笑を浮かべる一夏。そんな事は自分でも判っている。自分が誘拐された時に、自分の無力さを思い知り、この学園に来て自分の無知加減を思い知った。

 生きている限り証明し続けなければならない。織斑千冬の弟である事を、織斑一夏である事を。

 それが出来ないのなら、人をやめるしかない、千冬姉が言っていたように。

 だが、それは出来ない。あの日、自分は誓った筈だ。心が死んだとしても、約束と自らに課した誓いは果たさねばならない。それは、義務感に近い魂の律動と本能の衝動。

 正しく織斑一夏は、歪んでいる。

 

「ただ、俺はそれで良いと思う」

「――え?」

 

 一夏を斬り捨てた筈のセンクラッドが言う、言葉。

 無意識に歯を食い縛りかけていた一夏は、弾かれたようにセンクラッドに視線を向けた。

 小さな、本当に小さな。苦いものを交えてだが、笑っていた。それは、どこか懐かしむような、悼むような、そんな笑顔。

 

「俺の身内にな、お前さんとは少し違うベクトルの奴だが似ているタイプがいる。ガキの頃にどうしようもないクラスの災害に巻き込まれたせいで歪んじまってな。何もかも自分のせいだと言い続けて、誰かを救う為に奔走して。その『誰か』が誰を指すのか判らんまま救うという行為だけに執着した奴がいる」

 

 開いていた眼を閉じ、笑みはそのまま、諳んじるように、謳うように言葉を紡ぐセンクラッド。

 未曾有の大災害に巻き込まれ、ほぼ自分だけが生還し、死人の為に生き続けなければならないと、この身は誰かの為に生きなければならないと強迫観念に突き動かされ、誰にも泣いて欲しくないという想いと祈りを胸に、セイギノミカタになった男。

 その広い背中でマスターを庇いながら、傷だらけになりながらも月の聖杯戦争を共に駆け抜けた、或いは敵対した錬鉄の英雄。

 

「もう1人、そいつとは違うベクトルの奴がいてな。これもガキの頃にどうしようもないクラスの災害に巻き込まれたせいで歪んだ奴なんだがな。コレもまた酷くてなぁ。何もかも他人のせいにし続けてな、手当たり次第襲う奴で対処に困った事がある。今は更正しているが、いや酷かったぞ、アレは」

 

 異世界へと転移し、人体実験を課せられ、復讐心と他者に対する憎悪と誰も助けてくれなかったという身勝手な絶望だけで生き延び、自分が味わった気持ちを共有させる為に虐殺や襲撃を繰り返そうとしていた自分。正に対極だと苦笑する他ないセンクラッド。

 

「そんな奴らでも、生きていられるんだ。宇宙は……広いんだ、一夏。お前さんは地球全体から見れば、その心は間違っているかもしれない。だがな、そんなもの、俺達から見れば個性と片付けられるモンだ。お前さんは、お前さんがやりたいようにやれば良い。全ては自分に跳ね返ってくる事を忘れなければ何をやっても良い。その結果、お前さんがどうなろうともお前さんの責任だがな」

「……もし、俺の考えとファーロスさんの考えが対立したら?」

 

 一夏の言葉は、意地めいた想いと僅かな期待が籠っていた。

 センクラッドの言葉は、一見聞こえが良い言葉だ。だが、対立した際どうなるかまでは言っていない事を、一夏は気付いていた。

 そして、異星人ならではの答えを求めていた。救いとなるかもしれない言葉を。

 

「まずは話し合う。無理なら力で、面倒なら逃げる。そこは、どんな世界でも変わらんよ」

 

 落胆。

 答えは常識一辺倒で、近道は無いと宣言されたようで、一夏は身勝手にも落胆していた。身勝手だという事は自覚している。でも、何かあるんじゃないかと思うのが、人の性だ。

 自分に無いものを幾つも持っている目の前の異星人なら、或いは。そう考えるのは仕方ない事だ。

 

「相互理解に近道なんて無いさ。あるとしたら、まぁ、心を直接通わすとかだが、流石にそれは出来ないだろう」

「確かにそりゃ、まぁ……」

「それによしんば出来たとしても、それで拗れる可能性もある。見たくも無い欲望だの絶望だの過去だのを視たら、嫌悪感が先に来てもおかしくない。心がある以上は、仕方ない事、だと思うが」

 

 苦味を増した笑みに、一夏は過去にそういう事があったのだと推察した。結局、近道等無いと言う事を教えられて肩を落としていた一夏だったが、センクラッドに軽く肩を叩かれて、知らずに下がっていた視線を戻すと、

 

「焦るな、一夏。お前さんはまだまだ子供だ。子供が背伸びしても火傷をするだけだ。さっきも言った通り、お前さんは、お前さんがやりたいようにやれば良い。子供は素直で真っ直ぐなのが一番さ。まぁ、まずは自分の事だけを考えてみるのが近道だろう」

 

 その声は、センクラッドが思っている以上に優しい、そして後悔の響きを伴っていた。表情は変わらず、だが声に乗せた想いは強く、そして優しい。

 こういう言葉をかけてくれる大人って俺の周りにいなかったなぁ、と思う一夏が、何の気なしに。

 

「何か、ファーロスさんて」

「ん? 何だ?」

「いや、お父さんみたいだなって」

 

 ビシリ。

 と固まった。ギギギギギギ、と油が切れた機械のような首の動かし方をしながら、センクラッドは、平坦な表情で平坦な声を出そうとして、盛大に失敗した。オラクル細胞で制御し直さないと、駄々漏れっぱなしな位には、動揺している。

 

「こ、この場合は、お兄さん、ではないのか?」

「うーん、どちらかといえば、お父さんぽいかなって。達観しているところもあるし、懐広そうだし、千冬姉と上手く付き合ってるし」

「い、いやいや、ちょっと待とうか。流石に27歳でお父さん呼ばわりはキツイものがあるぞ。というか千冬と上手く付き合えるってなんだ、普通だろう」

「普通じゃないから言ってるんだけどなぁ。だってあの千冬姉だぜ?」

 

 苦笑する側される側が入れ替わり、マジかよと呻く中年手前と千冬姉の傍若無人ぷりを制御出来たり対等に付き合えたりするだけでそいつは大人通り越して親世代、みたいな事を言う少年。

 余談だが、護衛役のロビンフッドは蹲って腹筋を全力で使って笑いを堪えていた。あんまりな言葉を言い放った一夏と、あんまりだと言う表情を浮かべたセンクラッドに、思わずコントかとツッコミかけていたりもした。

 まぁ、出来ないから我慢して蹲っているのだが。護衛はどうしたシャーウッドの森の守護者。

 

「いやまぁ、言いたい事はわかる、凄い判るんだがな、あの独身女帝に関してそう言いたいのは」

「だろ?」

「でもな一夏、流石に親は無いだろう、親は。俺に育児の経験は無いんだぞ」

「じゃあ、保父さんとか?」

「無茶振りも良いところだろうそれも。俺が保育園で働くとかナンセンス過ぎる」

 

 どんどん脱線していくが、この場に止められる者は居ない。念話はサーヴァントでなくなったロビンフッドは出来ないし、透明化している状態で服なぞ引っ張ろうものならカメラに映る。気付けの殺気を飛ばしたら一夏にバレる、その為、ロビンフッドは完全に観客と化していた。

 シロウがこの場に居れば、やれやれと肩を竦めてセンクラッド達の会話の路線を元に戻せるのだが、生憎現在は更識簪と緑茶を飲んでいる為、此処には居ない。

 故に、どんどん脱線していく。

 

「というかお父さん、お父さんてお前さん……俺はアレか、皆のパパリンみたいなそういう感じなのか。俺としてはまだまだ子供だと思っていたのに」

「いやぁ27で子供ってのはどうかと思うよ? セシリアや鈴にも説教したって聞いたけど、ファーロスさんやっぱ大人になったって事じゃないの?」

「えぇ……嫌な年の感じ方だぞ、それは……アレだ、俺はまだ子供で、周りがもっと子供という意見はどうだろうか」

「それだと俺らなんて赤ん坊みたいなモノになるけど……」

「あぁ、そうか、そうだよな……でも俺、そんなに説教くさいか……?」

「説教というか諭すというか、そんな感じなのはあると思うよ。千冬姉からも諭された事があるって聞いたし」

 

 脱線する度、センクラッドがダメージを受ける珍しい構図が出来上がっていた。自分で説教癖に気付いていない辺り、とんだ大人である。年を食えば説教くさくなるものだが、それを自覚していないのは頂けないだろう。

 まぁ、自覚してオーバーキル寸前の精神状態、つまりガチ凹みしているわけだが。

 そんな状態のセンクラッドを見て、やや快活な笑い声をあげる一夏、笑われて割と本気で凹むセンクラッド。

 この場の雰囲気は、少なくとも柔らかくなったと言えるだろう。

 一夏の心の負の感情が、僅か以上、結構未満で減じた事を視て確認したセンクラッドが、次の手を打つべく、言葉を紡ぐ。

 

「――あーすっかり言い忘れていたが、一夏」

「え?」

「更識簪は判るか?」

「ええっと……この前、模擬戦で組んだ子かな?」

「そうだ。少し吹っ切れただろうからついでに言っておくが、あの子の事を気にかけてやってくれないか?」

 

 意外な頼みに、眼を瞬かせる一夏。どういう意味だろうか。もしかして、ツーマンセル・トーナメントで組んで欲しいとか、そういう事か。いやいや、そんな事をしたら内政干渉とかそういう奴なんじゃないか。それに、そもそも俺は箒と組んでいるしなぁ。

 此処まで考えて、ようやく一夏は相手が返答を待っていると気付いた。

 

「えっと、もうツーマンセルは相手決まってるんだけど……」

「あぁいやそうじゃない。あの子、事情があってな、お前さんを少し恨んでるんだよ」

「へ?」

「倉持技研て判るか?」

 

 そう言われて、一夏は記憶からその単語を発掘して諳んじてみせた。白式の研究場所にして、ISの傑作機の1つである打鉄の開発元だと。

 センクラッドはそれに頷き、

 

「打鉄弐式を開発しようとして、白式に人員の殆どを取られている状態だそうだ」

「……あぁ、それは、その……」

 

 苦虫を噛み潰し、気まずさを足して割ったような表情を浮かべる一夏に、苦笑しながら仕方ないんだと肩を叩くセンクラッド。

 

「まぁ、その子も悪いんだ。更識楯無という生徒会長が居るんだが、わかるか?」

「いやちっとも。変な名前だなぁって位には思ったかな」

「……お前さん、それ絶対に本人には言うなよ。いや、まぁ、とにかく居るんだがな、たった1人でISを組み上げたんだとさ」

「――はぁ!? いや、無理だろそれ」

「俺も無理だと思うんだが、公式ではそうらしい。で、妹である簪さんも、それを目指したわけだ」

「……えぇー……」

 

 今度は「それは、ちょっと、無理だって」と言いたげな表情を浮かべた一夏に、これまた似たような表情を浮かべて、先程同様に仕方ないんだと肩を叩くセンクラッド。

 正直どうかと思うのは2人どころか大体の者達の共通した見解だ。ただ1人で組み上げるなんて一体どんな無茶を通せば出来るのだろうか。逆に言えば楯無は天才だという証明にもなっているが、簪もそうなのかと言うと首を傾げざるを得ない。それ程までに、姉妹の才覚差は広く深い。

 

「有体に言えば、シスコンだ一夏。姉をコンプレックスとして思って、姉を超えたいと思うが余り、姉の軌跡をなぞっている。もう少し別の方向性でやれば良いのに、態々相手の得意分野で勝負するとは、正直ナンセンスだと思うが、まぁ、それはそれって奴かもしれん……ん、どうした一夏?」

「い、いや、何でも無いッスよ? 全然これっぽっちも何も思ってないッスよ?」

「何故半端な体育系の敬語を……まぁ良い。とにかく、まぁ、お前さんを逆恨みぽい感じで恨んでいるんだが、広い心で赦してやってくれ。ついでに言うとどうにかしてくれ」

「え。いや、いやいやっ無理だって!! アレしか会ってないんだよ俺、ほら、何と言うかそういうのって姉妹で決着つけた方が良いだろ? というかどうやってどうにかしろってんだよ」

 

 じゃあお前のそのコンプレックスやら誓いやらも姉弟で決着つけろよ、とツッコミを喰らう機会は、当然だが無い。センクラッドは知らないのだから。まぁ、楯無か箒、千冬のいずれかが居たらツッコミを喰らっていたが。

 一方のセンクラッドも酷い。俺に任せろと言っておきながらコレである。簪に関してはシロウと一夏に投げたあたり、丸投げ精神が極まっているとも言えよう。所詮はゴリ押しで世界を救った脳筋の哀しい限界という奴である。

 

「簡単だ。口説け。落とせ」

 

 こいつ最低だ。

 

「なにそれひどい。いや違う、ファーロスさん、俺口説いた事無いんだってば!!」

「それは嘘だろう。箒さんや鈴音さんを口説いたと聞いたが」

「はぁ!? いや、口説いた事ねーし!! 誰だよそんなデマ広げた……もしかして、黛先輩かぁ!!」

 

 否定しようとして、暫く会っていない、自称新聞部のエースを思い出した。こう、青空で爽やかウザスマイルを浮かべている感じの。

 思わず後半で吼えてしまった一夏に驚く事も無く、センクラッドは頷く事で肯定し、

 

「お前さんは一度、週間IS学園新聞を読むべきだ」

「え、あれ? でもファーロスさん、一体どうやって……」

「あぁ、俺の部屋の前に毎回律儀に置かれているからな。一応全部保管しているし、今読んでみるか?」

「下さい」

 

 ナノトランサーから現出させたペーパーを半ば引っ手繰るようにして受け取り、血走った眼で速読している一夏が、

 

「……何ッだコレ……」

 

 と絶句する位には(一夏から見て)酷いゴシップな感じで書かれていた。よく千冬がキレなかったものだ。

 箒と鈴音が一夏を取り合って恋の鞘当をしているだの、千冬がセンクラッドの事を少なからず想っているだの、センクラッドが千冬を口説いているだの、女に興味が無い一夏はホモかもしれないだの、一夏が箒に『付き合ってくれ』と言わせたりしていただの、エライ酷い事を書かれているのだ。

 コレはキレても良いだろう、と言わんばかりに、顔に井桁を張り巡らせた一夏が、

 

「なんッじゃこりゃぁ!?」

 

 とやはり吼えるのは仕方ないのだろう、多分。きっと。

 まぁ、吼えても叫んでもそよ風にも感じていないセンクラッドが、プルプルプルプルと全身を震わせて遺憾の意を発動している一夏に、

 

「ほら、一夏。そこの見出しにお前さんが箒さんに付き合ってくれと言わせていると書いているだろう」

「こ、コレそういう意味じゃないよ!? ツーマンセル・トーナメントのパートナーって意味だと言われたんだ、っていやその前に俺と箒しかあの場所居なかった筈……え、どういう事なの……」

「おーい、一夏、取り合えず帰って来い」

「あで!?」

 

 軽く頭を叩かれて、正気に戻る一夏。

 苦笑しているセンクラッドが眼の前に居り、意識を飛ばして考えていた事に気付いて赤面した一夏を宥めるように、

 

「というわけで一夏。お前さん、口説くというよりも難易度が高い、仕向けるという行動が出来るんだ、いけるいける」

「む、無理無理無理無理!! だから、アレ違うんだって!!」

 

 途中から。

 本当に途中から「あぁコイツ遊んでるな」と気付いたロビンフッドがゴロリと横になってだらけているわけだが。一応、コッソリとイチイの矢を監視カメラと一夏達からは見えない位置に置いて凶悪なトラップを仕掛けていたりはするが、最早やる気は皆無である。

 それに気付くわけが無い一夏と、気付いても良いんじゃないの別にとスルーしているセンクラッドのアホな応酬は、一夏の口から「と、取り合えずツーマンセル・トーナメント終わってから話し合ってみるよ」と出るまで延々と続けられていた。

 精神的に疲労困憊になりながらもその後、待っていた箒達と模擬戦をしている辺り、一夏は割とダークな気分から開放されていたりするが、本人は気付いていない。


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