IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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えきすとら・やはり俺の投影バトルは間違っている。(後編)

「さぁてと。そんじゃ、そろそろやろうぜ、怜治」

「どうしてこうなった……」

 

 トントンと一定のリズムで朱色の魔槍で己の肩を叩いていたクー・フーリンがゆっくりとした動作で、獣が人へと飛び掛かる直前のような、そんなイメージを持たせる構え――身体中のバネを限界まで双脚へ収縮させ、槍を地へと這わせた独特な下段の構えを見せる。その表情は隠し切れぬ愉悦の笑みを浮かべていた。

 対する怜治はシロウと似た自然体――つまり両足を肩幅と同じ間隔を取らせ、だらりと両腕を下げる事であらゆる方向からの攻撃を受け流せる防御寄りの態勢を取る。オラクル細胞は既に戦闘状態へと即時移行させながらも、その表情はやる気が出ない……というよりもげんなりとして引き攣った笑みを浮かべている。

 避けられぬ戦いだとは自覚している為、怜治はクー・フーリンの特性と技能を思い返して呟く。

 

「あー、クー。一つ質問があるんだが、俺は一体『どれ』を使えば良い?」

「あん? 得意な獲物を使えよ」

「いや、使えるのが多すぎてな」

「オレの事を良く知っているなら、もうわかってんだろう? それがお前の獲物ってんならハナシは別だがな」

 

 にべもなくぶった切ってくるクー・フーリンに、暫し迷った素振りを見せながらも、不承不承といった風に頷く。

 

「なら一つ頼みがある。様子見の一撃を見せてくれ。そうしたら出すから」

「あ? よくわかんねぇな……んじゃま、様子見の一発目、行くぜ――」

 

 台詞の半分を置き去りにした直後、風斬り音とジジジッという何かが焦げ付いたような音がほぼ同時に響き渡る。

 ゼロからトップスピードにシフトする為にかかった時間はコンマ以下。そして狙った箇所はよりにもよって心臓。ロビンフッドとシロウが反応を見せるも、最速ではない彼等には到底間に合わない速度でクー・フーリンは槍を突き出す。

 だが、穿つ筈の怜治の身体はその場には既に無い。

 クー・フーリンよりは遅い速さ。それでも常人では見切れもしない早さでその場所から右に僅か半歩の位置へと移動してみせたのだ。

 ()()()()様子見の一撃を紙一重よりも薄く、しかし確実で精確なタイミングでかわされた事に満足気な笑みを浮かばせ、次いで尻上がりな音階で口笛を吹いた。万が一にも反応出来なければ寸止めにしよう、とは思っていたのだ。それをキッチリ反応し、わざとギリギリかすめるようにしてかわしたという事は――

 

「やるじゃねぇか」

「……流石に当たったら痛いからな。それに、威力が知りたかったのもある」

 

 左から聞こえる素直な賞賛に対して、怜治はげんなりとした表情を崩さずに何処かズレた事をあえて言った。

 シールドラインの防護能力を凌駕しかねないその威力を掠らせる事で、どの位の強度が必要なのかを把握したのだ。勿論、シールドラインのではなく、武器の強度だ。流石に弱い武器で突っ込んだ挙句にフォトン刃ごと叩き斬られでもしたら、それは幾らなんでも間抜けにも程がある。部屋を崩壊させず、最悪したとしてもIS学園に影響が出ない位のランクと強度を持つ武器を探り当てるには、この方法しかなかった、だから採ったのだ、脳足りんで無謀極まりない方法を。

 その御陰で耐えられる強度と、ついでにシロウに対しての嫌がらせも行える事が判ったので良し、と頷いた怜治に対し、クー・フーリンは踵を返しゆっくりとした足取りで元いた場所へ戻りながら確認の為に口を開く。

 

「んで、そのままか?」

「まさか。幾ら俺でも素手で切り抜けられるとは思っていない。約束通りに出すぞ」

 

 元の位置へと完全に戻り、槍を担いだクー・フーリン。

 隙はある。

 ……あるが自分の早さでは距離が隙を消している。

 故のあの構え。全くもって厭らしいが彼らしい。

 ならばと。嗚呼ならばと。

 両腕を限界までだらりと弛緩させる。握り込んでいた両の拳を僅かに広げる。転送準備は既に整っている。後は不要な言葉を呟くだけ――

 

「――I am the bone of my sword」

 

 怜治の低い声が部屋に響き渡る。青白い粒子が白と黒へと変色し、一対の夫婦剣が怜治の手へと現出。軽く握りしめ、一つ二つと振り、白の短剣をクー・フーリンへと向け「さぁ、今こそ始めよう。俺たちの戦いをな」と朗々とした声で言い放つ。

 直後、二者は眼を驚愕に瞠り、一名はこめかみあたりまで引き攣らせ、結果として三者三様の声が怜治の耳朶に入り込む。

 

「投影、魔術……だと!?」

「な!? マジ!?」

「……ああ……怜治……君と言う奴は、本当に――」

 

 驚愕の表情を浮かべ、困惑の声をあげた2人はこの時点では気付いていなかったが、シロウは肩を盛大に落として落ち込んでいた。魔術回路を持たずして投影魔術を行使できる道理は無い。

 となると、考えられるのはただ1つしかない。

 

 完全に嫌がらせだ。

 シロウに対して。

 お前さん戦闘中にこんな事言ってんだぜ?的なノリの。

 

 ナノトランサーから取り出す方法と、固有結界から剣を投影する方法は、過程こそ違えど結果だけ見れば酷似している。

 と言う事は、だ。クー・フーリンが怜治が持つグラール太陽系で発掘された干将・莫耶を弾き飛ばしでもしようものなら、自身で考案し、自身を律する為の、自身の人生を表した詠唱やガワだけの再現を客観的な視点から延々と見聞かされ続けるという恥死もしくは憤死しかねない状況に、今陥かけているという事に他ならない。

 だが、クー・フーリンもロビンフッドもそんな事は知らない。

 

「怜治が投影魔術を使えるとは、ねぇ。しかもよりによって干将・莫耶(それ)かよ」

「そんなんじゃあない。俺のコレは上っ面だけの真似事だよ。内に何も宿ってはいない、虚しいものだ」

「真似事で投影魔術が使えるわけねぇだろ」

 

 そりゃそうも言われるだろう、魔術じゃないのに詠唱なんて、何も宿る筈がないのだから。ただ、あの詠唱は魔力を通す必要が無い。内にあるイメージを具現化する為のキーワードに過ぎないし、怜治の詳しい身の上話はシロウだけしか聞いていないのだ。故に、初見ではまず完全にはバレる事は無く、誤解を植え付けて実力を見定めさせない効果はあるだろう……そんな事をしても、聖杯戦争がある魔術の世界の住人達にしか意味が無いわけだが。

 加えて言えば、グラール太陽系で発掘、或いはデータを復元した武具は当然ながら魔術的要素は一切存在していない。その為、外面のみのコピーと言っても良い。勿論、切れ味や強度は過去へと突き進む神秘の変わりに、未来へと疾走している科学の力で同等程度にはある。当然ながら夫婦剣としての機能までは再現出来ていないが、そこまで望むのは酷だ。その代わりにフォトン強化による永続的な総合能力の向上が出来るのが利点として挙げられるだろう。

 まぁ、コレがバレた日には、全方位から怜治って本当にバカだな、とツッコミを喰らうのだが。

 

「そんじゃま、こっからはマジだ。行くぜ?」

「いつでも」

 

 返事を聞かずして、クー・フーリンは疾風と化して怜治との距離を最適なものへと変化させ、必殺足らしめる一撃をタイムラグなぞ無いと言わんばかりの速さで繰り出していく。

 突けば弾き、弾けば払う。払えば斬り、斬れば避ける。肘や膝、拳と足刀等、自らの肉体をも駆使して一撃を届かさんと攻撃するその様は、神話となった者特有の動きだ。

 しかし、怜治とて尋常ではない。

 重量という意味でも、技という意味でも重い槍の一撃を、時には捌き、時には弾き、或いは寄りにも寄ってシールドラインを纏わせた腕で強引に弾いて軌道を逸らし、体術には体術で合わせていく。

 古代の英雄と互角に打ち合う事が出来る怜治は、人でも魔術師でも到底為し得ない、謂わば神域に達している。

 その証拠にフェイントを見破り、本命の攻撃を逸らし、時にはカウンターを狙い、或いは今度は此方の番だと言うように、フェイントを交えた本命の一撃を叩き込もうとしている様を見て、力量が不足しているなんて、誰が言えるだろうか。 

 それが人外と戦い続け、幾度と無く世界を救った男の証だ。

 その証を真正面から受け止めているクー・フーリンの表情は、歓喜の一言に尽きる。予想よりも遥かに手強いのだ、強敵と死力を尽くして戦う事を何よりも喜び、尊ぶ英雄が、この状況で喜ばない筈が無い。

 

「同じ武器でもシロウとは全然違う剣筋だな。面白ぇ、ここまで付いて来れるとは思わなかったぜ、怜治?」

「それは良かった。だが、俺としてはもうイッパイイッパイでな、そろそろ勘弁して貰いたいと思っているわけで」

「抜かせ。息1つとして乱してない奴が言う事じゃねぇな」

 

 クー・フーリンの指摘通り、怜治は息1つ乱していない。全力で打ち合っている筈なのに、力む事なく自然に声を出している怜治は異常そのものだ。

 といっても、種を明かせば簡単な事だ。

 スタミナが限界に達すれば何らかの物質での補給が必要になるが、限界まで挙動に影響が出ないようにオラクル細胞がコントロールしている。限界が来てしまえば、空気が多量に必要になり、何でも良いので物質を喰らったりしない限りは挙動に多大な影響が出る。逆に言えば、限界ギリギリまではどのような動きをしても問題ないという事にも繋がるのだが。

 げに恐ろしきはオラクル細胞である。

 それが周囲にどのように見えるかと言うと、まぁ、手抜きとも捉えられかねないわけで。

 

「シロウ、アンタ本当に稽古つけてた側? 弓教えてたわけじゃないんだよな?」

「……私も些か自信が無くなってきたよ」

 

 引き攣った笑みで確認してきたロビンフッドに対し、苦笑を浮かべて返すしか出来ないシロウ。怜治から多くを聞いていたとは言え、それはあくまで聞いただけだ。アーチャーとしての自分の剣の腕と同等位だと思っていたのも仕方の無い事だろう。

 

「けどまぁ、大将にゃ悪いけど」

「あぁ、別段勝てないわけではない」

 

 シロウ達はクー・フーリンが勝つだろうと踏んでいた。

 怜治の強みは左眼による攻撃の特定と、オラクル細胞による驚異的な身体能力をもっての回避と攻撃、もっと言えば無限の自己進化能力とそれに伴う自己強化だ。能力だけで見れば破格も破格、神話の世界にも、SFの世界でも劣る事無く届かせるモノ。

 では、純然たる技術だけで見ればどうだろうか?

 

「おらッ!! そろそろマジになった方が良いぜ?」

「言いたい事は十二分に判ってはいるんだが、すまないな、現状ではコレが俺の精一杯だ」

 

 徐々に。

 徐々に徐々に、魔槍が怜治の身体を掠り始めていた。クー・フーリンが放つ刺突や斬撃を怜治の手足で打撃として変化させて通しているが、それでもその回数は数十合に1度から増やしてきているのは、接触する度に輝度を増し、フォトンを波打たせて威力を拡散し、無効化している黒色に輝くシールドラインで確認出来る。

 如何に攻撃が何処から来ると判っていても、場当たり的に対応していれば何時かは被弾するのは自明の理。

 先ず、圧倒的に読み合いの能力が足りていない。先読みの更にその先を行く、数手でも十手でもなく、数十、数百の想定をし続けながら戦う事が、或いはそれに勝る予知めいた直感を持ち得る事は、神薙怜治にも、グラールの英雄であるセンクラッド・シン・ファーロスとして見ても出来ない。出来ていないのではなく、出来ないのだ。現状では、でもなく、単純に不可能と置き換えても良い。

 生まれて17年目まで、闘争の無い環境で育っていた神薙怜治に、先読みの先天的ないし後天的な素質が付与される事はまず在り得ない。それに、戦闘日数で考えれば実質的に見て5年にも満たない程度では覆しようが無い差がある。

 しかも怜治が経験した戦闘経験のその殆どは、人間にカテゴライズされている者達ではない。

 寄生型生命体・邪神・アラガミと、人外の存在と戦い続けていたのだ。無論、ヒューマンの中でも最強の実力を持つ英雄であるイーサン・ウェーバーやキャストの中でも最高峰の実力を誇るレンヴォルト・マガシとも剣を交え、それらを退けた事もあるし、ローグスと呼ばれる盗賊達や暴走したキャスト部隊とも交戦し、その全てを打倒している事から、何も相対した全ての存在が人外というわけではない。

 だが、比率で考えればそんなもの、1:9にも満たない程、些細なものだ。自身と比肩しうる能力と武器を持つ人型の化け物や英雄と戦う回数が殆どなく、自身よりも遥かに下の実力を持つ人間と戦った回数すらも少ない。

 最も致命的と言えるのは、知識が足りていない事。

 一時は魔術師、魔法使いが存在する世界に飛ばされた怜治だが、その在り方や英霊達の事は全くと言って良い程判っていない。理解する時間もなくループへ潜りこまされ、マスターとしての戦い方を学んだ程度だ。

 故に、近接戦闘をこなしているように見えても、対人戦において純粋な強さを誇る元英霊達と戦うには、余りにも経験と知識が足り無い。いかに能力があろうとも、力があろうとも、人外になろうとも、想像力や応用力があろうとも、それらが欠如していれば如何ともしがたいハンデとなる。

 そして、シロウの考察通り、戦況は怜治にとって徐々に不利なものへと推移していく。

 魔槍によって強かに打ち据えられた結果、シールドラインのエネルギー残量が目に見えて減る、つまり初めてのクリーンヒットに僅かばかりの焦りを滲ませた怜治が大きく退いた直後、それは起きた。

 

「かかったな」

「むっ!? そうか、ルーン魔術があったなッ」

 

 大きく退く為に足を後ろへと逃がしていた筈が、硬直したのだ。まるで、背後に退いてはいけないと足が拒絶するように、或いは障害物がその足元にあるかのように。

 クー・フーリンが修めたとされる18の原初のルーン魔術の1つに、自身と相手の距離を一定以上、或いは一定以下にしないものがある。それを仕込んでいたのだ。

 気を逸らすという意味でも、行動の制限をするという意味でも十分な役割を果たしたルーン魔術に臍を噛みながら怜治は武器を構えなおそうとして――

 周囲に炎が奔った。

 

「炎のルーン……アンサズまでも使うのか。大盤振る舞いだな全く」

「コレ位なら、まだ余裕だろう?」

「重ね重ね言うが、無茶を言うな」

 

 怜治を半包囲するようにして豪熱の火炎波を発現させたクー・フーリンだが、それが意図せずして怜治を追い詰めていく。移動ルートを制限する為に放った炎だが、怜治の左眼には、炎全てが殺気を伴っている為、その動き全てが必要以上に視えている。オラクル細胞によって全てが五感を持つ状態の怜治にとっては、邪魔でしかない。多大な集中力が必要となればなるほど、怜治の動きは精彩を欠いていく。フィルタリングをかけ直そうにも、戦闘中にそれを実行する事は不可能に近い。集中力を欠いた状態でそんな事をすれば、痛撃を連続して貰ってシールドラインがダウンし、最悪、左眼の暴走を引き起こすだろう。

 

「どうした怜治、マジでやんないとそろそろ死ぬぜ?」

「イッパイイッパイだとさっきからずっと言っているだろうよ。つーか殺そうとすんな、約束はキッチリ守れ」

 

 淡々と返す怜治だが、内心では盛大に困っているのだ。ルーン魔術を自在に操り、神速で襲い掛かってくるクー・フーリンを相手にするなぞ、考えてもいなかった。科学技術的な意味合いではまだまだ余裕があるとは言え、肉体的には申し分無いほどの本気状態だというのに、押されるのは先にも言った通り対人戦の経験と対英霊戦の知識の不足からきている。

 このまま押し切られるのはどうにも癪に障るのだが、打つ手が無いのも確かだ。

 あー無理かなコレは、と諦念しかけたその時、具体的には狙撃銃の初速に勝り、重機関銃の秒間発射数に勝る剣戟が1分程響き合った後、唐突にクー・フーリンは大きく退いた。同時に、ルーン魔術を解除したようで、炎がかき消え、足が後退出来る事を確認した怜治が終わりか、と思ってクー・フーリンを見詰めた途端、背筋が粟立つのを自覚した。

 唇が紅い三日月のように裂けた笑顔は変わらず、だが質が違う。冷たさが全面に押し出されている。2番目に強いのは怒気というのは、眼を通さずとも理解している。

 要は、マジギレ手前という奴だ。

 

「ええっと。その、コレで分けってわけじゃあないよな、その顔は」

「まだまだ全然不完全燃焼だ。おい怜治、時間をくれてやるから、本気を出せ」

「……いや、まぁ、本気じゃないというのは先も言った通りだが、そういう事を指しているわけじゃないようだな」

「当然だろう。打ち合って一発目で判ったぜ? 培っている筈の年月の重みがまるで足りてねぇ。技も地べたを這い回るか天賦を鍛え上げたものかはこの際どっちでもいいが、単純に浅い。それなのに、身のこなしだけが異様にサマになってる。とくれば、何らかの制限を課しているって事だろ。武器のせいか、封印を課しているのかまではわからねぇがな」

「……だからお前さんとは打ち合いたくなかったんだ……」

 

 ガクリと肩を落として盛大に落ち込む怜治。重みや技に言及された通り、怜治の武器の扱いについては十分な伸び代がある。本命と呼ぶべき武器の種類が別にある事に加え、武器にセットしてある『ディスク』が差し込まれていない事が大きな要因だ。

 だが、ディスクを併用すると言う事は、技術的な意味で全力を出す事になる為、難色を示す怜治だったが、構いやしねぇと言わんばかりの獰猛な笑顔を見せているクー・フーリンにとっては大歓迎なわけで。

 

「というかな、本命の武器とかそういうモノじゃなくてな、俺としては使いたくない、そう、SF的な意味での技術的な領域のハナシになる上に、俺の実力とは胸を張って言えないからもうちょっと抑え目に……あぁもうわかったわかった、全力戦闘を望んでるもんなお前さんは。フォトン・アーツを仕込むから少しだけ時間をくれ」

「おう」

 

 怜治は不承不承、干将・莫耶を地面に突き刺した後、両手を前に突き出して「トレース・オン」と呟いた。自身の考えた詠唱を他人が呟く度にシロウはベコベコに凹んだ表情を浮かべざるを得ず、隣にいたロビンフッドが「まさかシロウって未来の大将?」なんて言ってきた為「違います、全然違います」と丁寧口調で返していたりする。

 両手の中に現出したのは、暴風で刀身が外部から見えないように細工されている大剣だった。

 全力という意味合いの言葉を受け取ってニヤニヤと笑っていたクー・フーリンも、凹んでいたシロウも流石にその大剣には表情を消し、鋭い視線で見ざるを得ない。

 

「……おいおい、何処かで見た獲物だな。魔力は無いようだが、一体どういうカラクリだよ」

「良く似た別物だよ。魔力の代わりに別の元素で機能している、お前さん達から見れば紛い物かもしれんが、強度は折り紙付きだ」

「怜治、オマエ、本当に何者なんだ? 干将・莫耶を投影し、挙句の果てにはエクスカリバーまで出したときたもんだ。まさかとは思うが――」

「絶対無い。シロウが俺の未来とかそういうハナシじゃない。強いて言えば、コレは科学の力だ」

 

 予想した通りの言葉が来たので、違うと断言したついでに投影魔術じゃないと遠まわしに暴露した怜治は、内心ではもう既に「何で俺投影のマネなんてしちゃったんだろうか。考えてみると今の俺ってスゲェイタイ奴じゃねぇか」と今更ながらに後悔していた。そりゃそうだろう。道端で大人がハドウケンやカメハメハのマネをする所業に似たナニカをしているのだから。

 ちなみにシロウはようやく得心がいったとばかりに頷き、だが微かに眉を寄せていた。以前言っていた「カリバーンもエクスカリバーも2つある」の言葉はコレか、と。まぁ、後1種類のエクスカリバーが何を指すのかは判らないのだが。

 自己嫌悪に陥りながらも、怜治は左手1本でエクスカリバーを持ち、右手の中に1辺数cm程度の大きさの正方形型ディスクをナノトランサーから取り出した。何をするつもりだと訝しげに観察している観客2名にも見えるように、怜治はエクスカリバーの柄の部分にディスクを押し当てると、カシャリという硬質な音と共に、極自然に武器の中にディスクが消えた。

 同様に、地面に突き刺している干将・莫耶に対しても同じ事をして、

 

「ディスクチェック……エラー無し。フォトン・アーツ、オールリンクスタート……動作再現チェック、良し……オールチェック、クリア。いけるな」

 

 やれやれと、本当にやれやれとした動作を見せて、干将・莫耶をナノトランサーへと送還し、大剣を後ろ手に構えて怜治は言った。

 

「行くぞ」

「応」

 

 トンッ、と怜治の足元から余りに軽薄な足音を発した癖に、10メートルの距離は2メートルを切るまで縮まっていた。差し込んだディスクの効果なのだろう、その動きは先程までの何処か荒削りなモノを内包していたそれとは一線を画すものだ。

 クー・フーリンの魔槍はそれ以上の接近を許す事をせず、精確に怜治を穿つ為に突き出そうとして、即座に払いの動作へと変化させる。

 大剣で全身を槍に見立てたような刺突を行う事を選択した怜治に寸毫の迷いも容赦も無い。全ての関節が恐ろしく滑らかに動き、完成された動作に一部の乱れも無く、クー・フーリンを突き穿つ動作、それはシロウ達が息を飲む程、洗練されたものだった。

 大銅鑼の大音声にも勝る轟音と同時に、ミシリと空間と、クー・フーリンの腕から肩までが軋みを上げる。完成された技術に裏打ちされた体重と武器の自重を真っ向から跳ね除けた代償だ。

 疼痛に似た痛みを無視し、払いの動作を持たせた魔槍の勢いを利用し逆手に持ち替え、石突きを用いて怜治の顎を打ち抜く為に一歩前に出た。

 それに対し、怜治は払われた大剣に体勢を泳がす事無く、その勢いを利用して詰められた距離を離し、クルリと回転しながら斬撃を発し、魔槍を丁寧に弾く。直後に、タン、タタン、と軽いステップを踏んだ。弾かれる事を前提に右手へと移動していたクー・フーリンを視界の正面に収めるようにして移動したのだ。

 神速に反応する速度は変わらず、だが無駄が、隙が完全に削ぎ落とされた結果、容易に対応してみせる怜治に、クー・フーリンは僅かに驚いたと眼を見開いてみせる。

 

「おいおい、動きが全然違うな。別人のようだぜ?」

「コレ位は出来て当然だ、今の俺ならな」

 

 金属が打ち合う硬質な音が、幾十度も部屋に響き渡る。それは、秒単位で見て、双剣と槍を打ち合った回数よりも明らかに増えていた。かわす事も無く、完全に真っ向から打ち合えているという事実に、クー・フーリンは喜んで良いのか、侮られていたと怒るべきなのか判らなくなり、半々で割った表情で、

 

「冗談じゃねぇぞ、手抜きにも程があったんじゃねぇか」

「ふざッけんな、こっちは使いたく無かったんだぞ。コレは、俺のモノじゃあないんだからな。お前さん達と手合わせする時は俺の実力だけ(ピン)でやりたかったってのに」

 

 クー・フーリンの抗議を逆ギレ風味に返した怜治に、訝しげな視線を送る3名だが、それには答えずに応戦に専心する怜治。

 重機関銃の如くコンマの世界で襲い掛かってくる魔槍の技と速さは、普段の怜治ならばシールドラインを歪ませるに足るものだったが、今の怜治には届かない。先読みの能力が身に付かずとも、所持者を変えて延々と繰り返される闘争の経験を余す事無く記録しているディスクをオラクル細胞全てにダウンロードしている状態の怜治が被弾を許す筈が無い。

 線ではなく、点として7度、雷撃の如く繰り出される神速の魔槍を弧と線を描いた不可視の大剣で悉くを打ち落とし、仕返しとばかりに弧の描き方を変化させ、自らも点の一撃を加えるべく、腕を突き出す怜治。

 先程よりも遥かに精度が上がった刺突を抱え上げるように上向きに弾いたクー・フーリンは刺突を行う為に槍を前に突き出そうとするも、大剣が倍の勢いを伴って跳ね上げた経路を逆に辿りながら己の頭部を粉砕せんと叩き降ろされた事を知覚し、咄嗟にその進路上に魔槍を掲げて綺麗に噛み合わせた。互いの二の腕が2回りも膨れ上がり、鍔迫り合いの濁った音が物理的な重圧を伴った空気を更に淀ませる。

 表情を見られての打ち合いは、顔に出やすい怜治にとって勘弁願いたい弱点である故に、既にオラクル細胞に表情の固定を命じている為、あくまで内心で、という前置きがつくが、速さに加えて膂力も技術も尋常ではない、ついでに言えば魔術という未だに理解出来ていない未知の概念をも扱える厄介な事この上ない相手に舌打ちをかましている。

 しかし、それはクー・フーリンとて同じだ。速さに関してはこちら側に届いていないが、力では怜治が上回り、技はまるで別人のように様変わりしたせいで非常にやり辛い。

 

「しかし、俺の槍を真正面から受け止めるなんざ、思いもしなかったぜ。前衛務めても良かったんじゃねぇの?」

「無茶言うな。この身体が無い上に記憶飛ばしていたんだぞ。自分を人間だと思い込んでいた状態では此処までやれん。ディスクも使えなかっただろうしな」

「俺達もクラス縛りがあったんだ、お互い様だろ?」

「そうかい」

 

 そんな会話を挟み、呼吸を合わせて互いに5メートル程バックステップで距離を取るも、半呼吸で即座に詰め直し、打ち合い続ける槍と大剣の応酬は苛烈さを増すばかりだ。クー・フーリンは不可視の大剣に対して有利な様に立ち回り、怜治は毒を伴う朱色の魔槍に対して最も有利な位置を取ろうとしながら、力と技を出し合っている。速さと戦闘経験で勝るクー・フーリンに互角の戦いを演じている怜治の動きは、ディスクの御陰もあってまるで別人だ。

 ディスクは、何もフォトン・アーツと呼ばれる偉人や英雄が考案し、戦時中に使い続けた技の再現をする為だけに使われているのではない。

 ディスクを武器に差込み、差し込んだ期間に獲得した戦闘経験を他者へフィードバックし、委譲する事が主目的なのだ。

 これは種族間で長い間、戦争をした事に起因している。

 幾らクローン技術や促成的に成長させる事が可能になったとしても、1から訓練するというのは時間がかかる。それを是とする風潮は無く、むしろ如何にそこをクリアするかが重要視されていた。

 そこで考案されたのが、ディスクシステムだった。

 訓練の過程を限度はあるが、ディスクに蓄積されたデータを脳にダウンロードし、擬似経験させる事で大幅に短縮する事を可能としたこのシステムは諸手を上げて受け入れられた。ただ、このディスクシステムが世に出たからこそ、グラール太陽系の種族間の戦争は大きく引き伸ばされたと言われているが。

 だが、このシステムにも弱点はある。

 例えば怜治の動きをディスクに収め、その辺にいる女子高生に取得させたとしよう。

 まず確実に初動で筋肉が断裂し、骨は粉微塵になり、神経は千切れてしまう。風圧等は衣類や皮膚にシールドラインを這わせれば幾らでも防げるが、肉体の強度と経験の不足を噛み合わせる事は幾らなんでも無理な為に、起こる現象だ。故に、素人にディスクを渡す際は、軍やガーディアンズが定めた、最低限度の経験を持つ、いわばLv1とも言える物のみが貸与、販売されている。

 怜治の場合はほぼ最初期から既に人間をやめている為、そういうダメージフィードバックを考慮しないで使える事が一番の強みにして、最大の武器と言っても良い。故に、遺跡や戦場で散った者達のディスクをその場で使用したり、発掘して即座にインストールして戦力の強化に努めた時期があった。

 

「……駄目だ、模擬戦じゃ勝てる気がしねぇ」

 

 乾き切った声と表情で怜治の動きを観察し、豊富な想像力で自身と怜治を戦わせた結果、諦めたロビンフッドに、黙って首肯するシロウ。強化魔術を用いずにデタラメな速さと強さを持ち、条件1つ変えただけでクー・フーリンと互角の戦いを演じている怜治にどう勝てと言うのだ。

 殺し合いならまだいけるだろう。シロウならば無限の剣製と壊れた幻想を用いての面制圧、ロビンフッドは罠とイチイの毒を用いた徹底的な長期戦を挑めば、勝ちを拾う事は出来よう。そこまでする機会が無いし、その気も無いので意味の無い仮定だが。

 

「しかし、今の大将の動き、自分のモノじゃないって言ってたけど、どういう事なのかねぇ」

「恐らく、だが。投影魔術には、全てとはいかないが担い手の経験を擬似的に憑依させる事が出来る。怜治もそれに近いものを行ったのだろう。あのディスクで」

「……じゃあ、あの武器使えば誰でも最強になれるんじゃね?」

「常人では身体が持たんだろう。相当の経験には相応の身体が必要だ」

 

 何気にシロウが真実を9割言い当てた時、戦局に変化が訪れる。

 ディスクの御陰で怜治に優位があるように見える戦いだが、実際は違う。ただの人が、ただの魔術師が、ただの戦士が神域に上り詰める為に、体力や魔力、時には命を用いて研磨・練成・精錬・強化しなければならないように、怜治もオラクル細胞によって強化している。

 魔力が枯渇すれば魔術は行使できない。体力が無くなれば動くこともままならない。命が消えれば死ぬしかない。それらは常識だ。

 その常識は、常識の範疇外に位置するオラクル細胞にも当て嵌まる。

 オラクル細胞は、あらゆる法則を無視した動きや進化を可能とさせる変わりに、膨大なカロリーを消費する。カロリーが無ければ理性を消してでも手当たり次第摂取する、それが唯一にして絶対の法則。本能と言い換えても良い。

 ドグン、と意思に反して脈動した自身の身体に、表情の固定化を停止させて顔を顰める怜治。

 戦闘状態を解除すれば余裕はまだまだあるが、戦闘状態を維持するならば持って後7分。アラガミを喰い荒らして補給していたように、眼の前の英雄を喰えと命じてくるオラクル細胞を意図的に無視し、

 

「悪いが、タイムリミットだ」

 

 淡々と、だが何処か切羽詰った風に呟き、大剣を翳して魔槍を受けきった瞬間、怜治は大剣を送還した。在り得ない消失に、僅かな、本当に僅かな、瞬時にも刹那にも満たないコンマ秒以下の世界で隙を晒したクー・フーリンは、ゾクリとした悪寒が背筋を疾った事を知る。

 

「トレース・オン」

 

 意味の無い言葉を呟き、微細な間隙を代償にナノトランサーから現出させた武器は、干将・莫耶だ。それを構え、自身から斬り込み、稲妻のような1撃・2撃・3撃の合計6連撃を受けきらせた怜治が、警告を発した。

 

「クー、避けろよ」

「何?」

 

 背筋の悪寒が、死を喚起する警報へと変わり、クー・フーリンは身構える。

 

「ブレード――」

 

 キーワードと脳波がディスクに届き、フォトン・アーツと呼ばれる『動作の再現』が始まる。

 力有る言霊が、怜治の内側から外側へと零れだすと同時に、怜治の身体がふわりと浮いた。フォトンが力場を用いて空間を操作し始めた証拠だ。

 手に持っていた武器はそのままに、怜治の胴体から数ミリ離した距離。

 そこからフォトンで構成された刃が無数に現れ、怜治の身体を中心として高速回転し、怜治自身もクー・フーリンへと迫ったのだ。

 咄嗟に構えていた槍で打ち払い、刃を粉砕するが、粉砕した傍から再生するのを見て、瞠目した。

 避けろという言葉は、コレの事か!!

 

「――デストラクション」

 

 身に纏わせた無数の刃がチェーンソー宜しく回転し、切り刻もうと迫ってくる怜治に、瞬き1つするかしないかの時間だけで、刃が届かないギリギリの距離まで離れる事に成功したクー・フーリンの足の速さはやはり、神速と呼ぶに相応しい。その移動速度に迫る勢いで突っ込む怜治のフォトン・アーツも大概だったが。

 そこから更にタン、と後ろへステップするように移動した後、微妙な高さで浮き続ける怜治の右、そして下へと、まるで地を這うような稲光と断言できる動きで滑り込み、魔槍を繰り出そうとするクー・フーリン。

 怜治の笑みの混じった声が、その頭上から振り下ろされる。

 

「そう来ると思ったぞ」

 

 その眼前に、刃が出現した。

 横回転していた刃が消失すると同時に、フォトンで固定していた体の向きを、クー・フーリンが居る場所へと瞬間的に振り向かせ、回転軸を90度変化させた刃が自身の身体付近から再出現させたのだ。

 身体の体勢を変える為に、無理に足のバネを捻るようにして使い、真横へと転がるようにして回避したクー・フーリンに、更なる追撃が襲う。

 構えていた干将・莫耶にフォトン刃が集り、時間差で振り下ろして、衝撃波を発し、それを槍で受け止めたクー・フーリンの槍が、腕が、肩が、腰が、膝が、足首が大きく軋みをあげた。余りの威力に強化している筈の腕に軽い痺れが伝わり、意図せずして弾き飛ばされかけたのだ。

 

「トレース・オン」

 

 未だ宙に浮かぶ怜治の手から干将・莫耶が消え去り、代わりとして収まったのは、先程送還した大剣だ。

 この距離は既に射程圏内、この一撃でケリがつく、そう判断しての、フォトン・アーツの使用。

 その判断は、クー・フーリン以外ならば正しかった。

 カチリ、とスイッチを押し込み、スタンモードへと変更させて思念を大剣に送ると、刀身に這わせていた暴風が消え去り、黄金の刀身が露出し、精神と生体電流をダウンさせる事に特化したフォトン粒子がその刀身に纏わり付いた。

 

「グラウンド――」

 

 フォトン・アーツを発動する為のキーワードを言葉として出しかけた怜治が、その直前にクー・フーリンの身体と魔槍にルーン魔術特有の輝きが宿るのを見て、表情をひきつらせた。アレは、強化のルーン。自身の魔力のほぼ全てと引き換えに自身の身体強化を行う魔術、その強さを、ステータス1ランク上昇の意味を、マスターであった怜治は知悉している。しているが、止まることは出来ない。

 1度発動したフォトン・アーツを強制停止させる事は出来ない。連撃として数段階に分けられたフォトン・アーツならば、その合間合間で発動させるか、ディレイをかけるか等は選択出来るが、たった今発動したフォトン・アーツはただの1連撃だ。

 結果が見えたな、と諦念した怜治は、言葉を放つ。

 

「――クラッシャー!!」

 

 通常なら存在の全てを断裂、切断、消滅させる白いフォトンと衝撃破の集合体が、大剣の刀身全てを使って爆発的な速度でクー・フーリンに迫った。瞬き1つするかしないかで到達し、直撃すればスタンモードによって精神と肉体の両方を昏倒せしめる攻撃。それを、クー・フーリンはかわした。

 否、かわした、というのは正確ではない。

 先の速さが神速だとするならば、今の彼の速さは神の領域を超えた魔速だ。コマ落としのように、クー・フーリンは怜治の背後に回り、その過程でグラウンドクラッシャーを回避したのだ。

 大剣を振り下ろした体勢の怜治に、背後に回ったクー・フーリンの槍を防ぐ事は出来ない。

 コツン、と槍で頭を軽く叩かれ、勝敗は、決した。

 

「俺の負け、だな」

「あぁ」

 

 溜息混じりの敗北宣言を受け入れ、槍を虚空へと消したクー・フーリンの表情は、明るい。宝具の真名解放を使わなかったが、ルーン魔術を使ってまでの全力戦闘だったのだ、コレで浮かない顔をしていたらとんだ贅沢者だと罵られてもおかしくはない。

 逆に、ズーン、と落ち込んでいるのが怜治だ。

 

「……判ってたんだがな、ディスク使っても俺自身に先読みが備わっていないから、絶対何処かでミスって負けるのはさ。でもやっぱ悔しいものは悔しいわけだ」

「お、もっかいやるってのか? 良いぜ良いぜ、そういう気概合ってこそ伸びるってモンだ」

「いやいやいやいや、もうガス欠だ、飯喰わないとヤバイから。シロウ、急ぎで何か喰えるものを作ってくれ、オラクル細胞が悲鳴を上げている」

 

 部屋を元に戻しながら言った怜治の言葉に、首を傾げるシロウを含めた元英霊達。オラクル細胞の事をきちんと知らない事もあり、事の重要性に気付いていないのだ。

 故に、ナノトランサーからペロリーメイトを取り出して、包装紙ごとモグッシャモグッシャしながら、爆弾を放り込んだ。

 

「簡単に言うと、オラクル細胞に栄養が行き渡らなくなると、理性が消失して土だろうが人だろうが金属だろうが何でも喰い始めるから、出来るだけ急いでくれると助かる。優先ターゲットはお前さん達全員になってる」

 

 絶句した3名の内、逸早く立ち直ったのはシロウで、鬼気迫る表情で山盛りパスタをこしらえ始める。何気にこの場全員の生命の危機に陥っている事を把握したのだ、そうもなる。

 ロビンフッドは疑問を感じていた。怜治の身体の事を把握していないまま此処まで来ていたのだ、そろそろ話して貰いたいと思うのも道理だろう。

 

「そういや大将、オラクル細胞って、何?」

「自己進化と自己強化が可能な細胞の事だ。この細胞は心臓やら脳やら肝臓やら胃やらなんやら、とにかく全ての機能を単細胞で持っているんだよ。おまけに硬い。ドリルでも穴開かないし、銃弾も通さないし、猛毒とかの絡め手も殆ど効かない。で、今の俺の体の9割はコレで構成されている。ただ、コレにも弱点があってな。人外以上の動きが出来るようになるんだが、とにかくカロリー消費が酷くてな。カロリーが尽きると暴走状態になって手当たり次第、目に付くもの全てを喰うんだよ」

 

 で、今のターゲットはお前さん達な、と指差しする怜治に、思わずロビンフッドは一歩引き、クー・フーリンは顔を顰めた。吸血鬼を思い出したのだろう。2人の表情を視て、英霊なのに常人の反応だ、とズレた考えをしている怜治が、

 

「ああ、飯喰ってればそんな事もないし、喰わずとも地面の土やらフローリングやら、最悪服や武器を喰えばそうはならんし、今はシロウが飯を作ってるからな」

 

 視線の先には、割と全力で必死な感じのシロウが飯をドコスカ作っている。山盛りパスタが富士山盛りになり、特大皿を2つ程埋めてきているが、それでも作る手をやめようとしない。以前の食事で許容量がどの位かを何となく把握したが故の、トンデモ量を作っているのだ。

 ついでに怜治もナノトランサーからペロリーメイトを出しては食べる事をやめていない。この程度の量を喰っても焼け石に水なのだが、それでも喰わないと本気でヤバイ領域に到達している為、やめる事は無い。

 

「怜治、取り合えず第一陣だ」

「お、了解。少し行儀悪いが、まぁ、今回ばかりは我慢してもらうぞ。では、イタダキマス」

 

 と言って、怜治は上半身に纏っていた服をナノトランサーに送還し、おもむろに特大皿に盛り付けられたパスタに胸から突っ込ませた。

 直後、上半身からズゾゾゾゾゾゾゾと吸い込む音と、グチャリグチャリと咀嚼音が部屋一杯に響き渡った。

 口から喰うのがもどかしかったのか、上半身全部使って喰っているのだ。大分理性が飛んでいる証でも有る。

 

「うわぁ気持ち悪ぃ」

 

 と、顔を顰めるロビンフッドを筆頭に、良い顔をしていない3名に、すまんな、と謝罪しつつも、やめようとはしない。

 物の数秒で喰い切り、2皿目に取り掛かる怜治を見て、流石にアレな気分になったのか、クー・フーリンもロビンフッドも自室へと戻ると言って、位相をずらして自室へと消えた。

 残ったのは、シロウだけで、非難がましい視線を向けながらも作る手はやめない。

 

「……一応、全裸にならなかったんだがな」

「そういう問題ではない」

 

 溜息をついて、シロウは作ることに集中する事にした。

 以前に、もっとカロリーをくれとか、質より量とか言っていた意味を真に理解するまで、時間はかからなかった。

 尚、これ以降、怜治が投影魔術のみならず、魔術の真似事をする事は無かった。




※やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。はガガガ文庫にて発売中ですが、当作品とは一切関係がありません。

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