IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
古い置時計が午前6時に針を進め、ボーン、ボーンと朝が来た事を告げ、天蓋付きのベッドで眠っていたセンクラッドが長い睫毛を震わせ、目覚めた。
大きく伸びをし、欠伸を噛み殺しながらベッドから降り、ペタペタと素足で歩いて何時もの様に冷蔵庫から初恋ジュースと命名されたジュースを取り出して、コクリコクリと呑む。
相変わらずペイラーは良い仕事をする、と満足気に頷きながら、ターミナルと呼ばれるゴッドイーター専用の情報端末装置の前に立ち、誰かからメールが着ていないかチェックをする。
「……?」
おかしい、今日の曜日でこの時間ならコウタからバガラリーの寸評と、ロシアから極東支部に完全に転属したアリサからの愚痴メールが届いている筈なのだが。アリサはともかくとして、コウタはおかしい。見終ったら即メールという男だった筈。
それに、ジーナから『デート』のお誘いが無いとは。アレか、最近吸収された特殊部隊ブラッドの生き残りと親睦を深める為に、カノン共々誘ったのか。というかカノン誘うのやめてくんねぇかな。俺に対して何故か誤射率半端無いんだが、どうよそれ。そんなに俺の事が嫌いなのかアイツは、って……
と、ここまで考えて、気付いた。
「あ。あー……うわぁ……」
誰も居ないのを良い事に、センクラッドはゴミ箱に初恋ジュースを投げ入れてから、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「俺どんだけ極東支部に馴染んでたんだよ……」
ここに来る前の世界に馴染み過ぎだろ俺、ユウに引継ぎしてたじゃん俺よぉ……と羞恥心の余りベッドにダイブして転がりまくるセンクラッド。今日も平常運転の様だ。
暫くして、こうしてもアレだと気を取り直してドレッシングルームに行き、今日の服装はどうしようかと悩み始めた。
ドレッシングルームと言っても、実際に服が並んでいるわけではない。
身の回りの物は全て、ナノトランサーと呼ばれる次元倉庫に格納してあるのだ。そこに格納してあるものを網膜に投影して選んでいくというスタイルを採っている為、スペースを取らないし、どこでも一瞬で着替える事が出来るという便利な代物だ。
センクラッドが所持している服装を含めた装備は膨大な数にのぼる為、もし実体がここにあったとしたら、全ての部屋が埋め尽くされてしまっていただろう。
一度ワープしたらその世界に戻れない事に気付いたセンクラッドは、どの世界においても服と装備、ついでに飲食類をコンプリートするが如く集め、買い漁った。
最初の世界では武器やシールドラインは勿論、服装も男女問わず買い漁るなり、集めるなりし、グラインダーと呼ばれる強化物質でしこたま強化していた。
次の世界では極東支部に在籍していた時代に、基本種どころか、接触禁忌種や指定接触禁忌種を絶滅させるかの様な獅子奮迅の働きを見せていたが、何のことは無い。根底に有ったのは強い使命感でもなく、ましてや某女狙撃手みたいに生き急いでいるわけでもなく、ただ単純に服と装備と飲食類が欲しいからという物欲でアラガミを大量虐殺していただけである。
センクラッドを信頼していたアリサ達が聞いたら卒倒し、一時は敵対していたシックザール支部長が聞いたら頭を抱え、元隊長であるリンドウが聞いたら苦笑するような事実だが、正に知らぬが仏、である。
しかし、どの服が良いかと考えるとやはり悩ましい。今の気候に合わせた服装というと、シャツだけだと今度は寒々しく見えるし、コートは重く見えるが、はてさて。
まぁ、スイーパーノワールの上下セットで良いか。と決めた瞬間、着ていた水色ストライプのパジャマが一瞬にしてグレーシャツとブラックコートを羽織り、メタリックブラックのシューズとズボンを着用している状態に変化した。
何とも便利なものである。ジューダスコートを着ても良かったのだが、春先でヘソ出しというのは余りにも寒々しいという判断の元で選んだ服装がほぼ全て黒なのはどうなのだろうか、という思いもあったが、やはり自分は色彩センスは無いし、黒が一番好きだから仕方が無い、と開き直って、ドレッシングルームから出た。
今度は冷蔵庫から配給ビールを手に取ってグビグビと呑みながらソファーに腰掛け、さて今日は何をしようか、と大きなのっぽの古時計をぼんやりと見つめていた時。コンコン、とノックが部屋に響いた。
ソファーから立ち上がり、コツコツと靴音を響かせてドアを開けると、予想した顔が一瞬にしてぽかん、とした表情を浮かべた。
「早いな。早速どこかの政府と会談の要請が?」
「……この部屋は?」
「俺の愛用している部屋を再現しただけだが、何か問題があったか?」
そう切り返されると何も言えなくなるのは仕方が無い。元々センクラッドの要望に応えた結果用意された部屋だ。
しかし生徒に限らず、毎年ぶっ飛んだ人間を相手にしてきた千冬でも、ここまでする人物を一人を除いて見たことが無かったので、若干気圧され気味に呟いた。
「い、いや、問題は無いが、しかし、一日で此処まで変わるとは……」
「まあ、あくまで再現しただけだ。俺がいなくなる時はこの部屋は元通りになるから安心してくれ」
「そうか……それなら良いんだ」
朝から疲れた、という顔をしている千冬。気にするなと言ったのに何でこの女はそんな顔をしてるのか、誰にも俺は迷惑かけてない筈なのだが……と言いたげなセンクラッド。センクラッドがマイペースなだけである。
気を取り直して、表情を改める千冬。何やら話があると察し、センクラッドは顎で背後にあるシックな黒テーブルを示した。
千冬がテーブルに付き、センクラッドは冷蔵庫からゴルドバジュースを取り出し、予め用意してあったグラスコップに注ぎ、テーブルに置いて対面に座った。
「ゴルドバジュースというものだ。ポピュラーなもので旨いぞ」
「……………………」
「いや、本当に旨いから。毒入って無いから」
だからそんな引きつった顔で飲もうとしないでくれ、と溜息をつくセンクラッドだが、前回しでかした事を思えば仕方ないだろう。
最も、味覚は殆ど同じという事を会見の時に説明しているので、後は勇気だけが必要なのだが、そうは言っても異星人のものだ、躊躇せざるを得ないのは判っているのでこれ以上は言わないでおこうと判断した。
恐る恐るコクリ、と一口飲み「おや、これはイケるな」と判断したのか、更に二口飲んだ千冬にどこか微笑ましさを感じて唇の端を上げかけるが、相手の言葉によって引き締められる事になる。
「単刀直入に言うが、技術交流や提供は可能か?」
「不可能ではない。が、かなり難しいな」
やはりきたか、という互いに思う言葉は同一。ピリッとした緊張感があたりに漂う。
「難しい、とは?」
どう説明しようか、と悩むセンクラッド。
会見で話した事を使って尤もらしく説明せねばならないのだが、どこまで通用するか。交渉事は俺の本分じゃないんだが……というかそもそも元々学生だし、戦闘も本分じゃなかっただろうよ俺、と内心は愕然としながらも表には決して出さずに口を開く。
「技術的に再現出来るかどうか、というのもあるが、恐らくそれは努力次第で解決できると思う。問題は惑星法だ」
「惑星法? そういえば会見で言ってたな、惑星法に引っかかる恐れがある為、と」
まぁぶっちゃけそんなものは無いのだが、あるようにしておかないと厄介なので、センクラッドはそうだと肯定し、記者会見でした通りの説明をなぞり始める。
「簡単に言うと、そうだな。文明、或いは精神的な熟成度が一定以下の場合、その惑星を含む太陽系は絶対不干渉領域になる。逆に一定水準を満たした場合は、こちらからコンタクトを取る、という法がある。これに連盟しているのはグラール太陽系の他に様々な種族や国家がある。会見で説明していない種族だとアサリ、トゥーリアン、リーパー、ドラコニアン、ケンダーあたりか、代表的なのは」
その言葉に、ほう、と頷き、だが視線は鋭くなる千冬。
「他の種族の話は後で聞くとして、ネックはやはり精神的の方か」
「ご名答。文明Lvが一定以上の場合は俺達を発見する事は出来るが、そうでない場合は発見できない。この問題はISの台頭によりクリアしたと言えるだろう。だが、精神的にはどうかな?」
苦い表情を浮かべる千冬。そう来ると思っていたのだろう。センクラッド自身もあの記者会見で噴飯物の踊念仏だなぁ、と思う程の『決死の覚悟を決めた新聞記者』を観ているし、千冬もその場に居たのだ。幾らなんでもあれはひどすぎる。
「ISの台頭によって価値観が変わった、その混乱からまだ立ち直っていないように見える」
「すぐ立ち直るさ」
「なら、その後でも十分だろう。今教えることはない。それに、あの記者会見だけではない。インターネットで拾った情報によると、世界のどこかで紛争が必ず起きており、世界全体で平和を維持した年数が無い。その事から見るに人類は十分未熟だと思う。勿論、これは俺の個人的な見解に過ぎないがね」
にべも無くバッサリと斬って捨てたセンクラッドに対し、何か言いかけた千冬だが、「それに」とセンクラッドが続けた事と、その直後の言葉で口を閉ざすことになる。
「会見で言った通り俺にそんな権限は無い。どの道、一度帰還して報告しなければならないんだ。そしてその結果次第ではこの太陽系を避ける事になるかもしれないし、本格的な使者を立てて交流するかもしれない。いずれにせよ、本国に戻らなければならない」
「……成る程」
「まぁ、あのブンヤだけで人類の総意を決める程、我々も愚かじゃないし、世界全体で紛争があっても平和を維持している地域もあるという事は先のインターネットを通して知った……だが、あのブンヤを参加させたのは失敗だったな」
まさに、ぐうの音も出ないだろう、これで厄介事は回避出来た嗚呼良かった良かった、と思うセンクラッド。
だが、ここで不用意な一言を放ってしまう。言わば……
「まぁ、ISに関しては興味はある」
「興味?」
「純粋な興味だ。インターネットで検索して驚いたが、世の中を引っ繰り返す程の性能を秘めた戦略兵器は余り眼にかかれないからな」
「……センクラッドの世界でもか?」
言わば、
「そうだなぁ……巨大な人型兵器は色々と知っているが、あそこまで小さいのは見たことが無かった。むしろ皆無だ」
言わば。
「なら、会ってみるか?技術交換はともかくとして、引き合わせる事は出来ると思う」
「まぁ、会ったところで技術的な話は出来ないと思うが……って良いのか?」
言わば、彼は自分で地雷を埋設して自分で力一杯踏み抜いてしまった。もう何というか、取り繕うのは上手かもしれないが、学習出来ない馬鹿者である。何とかの魂は百までと言うものだ。
彼からしてみたら、どんな人物か気になっただけで、ISを作ったのは相当な男嫌いのババァとかオバサン達で、リーダーは有り得ない位の美女だが相当なメンドクサイ奴、位としか予想していない。
その予想はやや的中していたのだが、『相当なメンドクサイ』なんて可愛いもので、『歩く大天災』という名が相応しい人物で、センクラッドが転移で逃げ切るまでに相当な厄介事を持ち込んでくる美女だったりするが。
「構わない、向こうも話したがっているだろうしな。ただ連絡が取り難い奴でな……」
「急かしているわけじゃないし、話すのは何時でも良いさ。暫くは滞在しているから、相手のスケジュールが空いたらで良い」
「わかった、ならセッティングが終わったら教える、それでいいな?」
「あぁ、それで良い」
ある意味言質を取った形なのだが、知らぬが仏だろう。現時点でのセンクラッドは「千冬は相当なコネを持ってる女帝」としか思っていないし、まさか眼の前の美女が人間やめちゃいましたクラスの化け物で、その親友が単独でISを作っていて、シズルやエミリアに迫れる程の天才だとは予想すらしていない。
こうして、自分で厄介事のフラグを建ててしまったセンクラッドだが、本人がその事に後悔するのはもう少し先の事。
「そうだ、センクラッド。ISの授業とか見てみたいか? 許可が出ている授業なら見れるのだが」
「技術云々が絡まないなら見てみたいが、良いのか? 機密だろう?」
「言っただろう、許可が出ている授業なら、と。それに、報告するならきちんと判断して欲しい。判断材料は多いほど良いだろう?」
成る程、なら是非も無い、と頷くセンクラッド。結局この後、なら数日後に行われる入学式から、というやけに詳しい日程を決められ、「もしかしたら俺、余計な事言ったんじゃないか」と思い始めるのは、何時もの事である。