IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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本日の活動報告で没にした設定やシナリオピースを公開しますので、気になった方はサラっと見て頂ければ。
逆に今後の展開でそれらが除外されるという事なので、見たくないという人は見ない方がオススメです。


36:生徒会にて会談

 虚がポットに残っている紅茶を面々に注ぎ終え、元の席へと座った事を皮切りにして楯無が口を開いた。

 

「IS学園内では生徒会……私と、織斑先生、山田先生、5組のボーデヴィッヒさんのいずれかが担当し、外に出る時はIS国際委員会が認定した護衛も含めて選出、という流れは聞いてる?」

「いや、まだ聞いてなかったな」

 

 千冬がセンクラッドにへの連絡が遅れた、というわけではない。これが決まったのはつい先日の事だから、一概に責める事は出来ないだろう。外部バックアップを決めるのに時間がかかったのが一番の原因だ。

 日本の打鉄弐式に関しては完成の目途が立っていない事があげられ、白式に関してはそもそも重要なサンプルで有る事で話にも上がらず、アメリカは軍用IS機を提示したが、護衛に必要な精密精緻な行動や攻撃が極めて難しい事や、周囲へのダメージ過多になる超攻撃・高機動型だった事で脱落し、中国は第三世代機の登録者の現在の実力が護衛に必要なそれとは剥離している為却下されたり、イタリアに至ってはそもそも最初から提示を行わずにフランスを支持していたりと、幾つかの波乱が巻き起こっていた。

 結局、イギリスとフランスがパイロットのデータ改竄と裏取引込みで選出されたのだが、ここでは割愛させて頂く。

 

「そう。それと、ファーロスさんが外出する場所や日程は、こちら側で決める事になったけど、良いかしら?」

「場所もか……一応希望は出しても良いのかな?」

「勿論。可能な限り意向には沿うわ」

「あぁ、それで良い。殆どそっち任せだったしな」

 

 そういえばそうだったわね。と呟く楯無だが、その言葉は相槌に過ぎない。実際はセンクラッドやシロウの表情や行動、言動を見る為の遊びでしかない。地球とグラールの試し試され、そう思って臨んでいる故の、言葉の運びでもあった。尤も、センクラッドは別に惑星監査とかそういう目的は一切無いので、不幸な事に楯無は背負わなくて良い苦労と使命を大量に背負い込んでいる状態に陥っているのだが、こればっかりは仕方が無いだろう。

 

「あと、そちらには余り関係無い事だけど、ISに関する法律が少し変わるわ」

 

 その言葉に、首を傾げるセンクラッド。シロウはすぐに検討をつけたようで、ふむ、と吐息混じりの言葉を唇の端から漏らしつつ、眼を少しばかり細めて楯無を見つめる。楯無が言葉を繋げようと口を開くも、何気ないセンクラッドの言葉でそれは首肯に変化した。

 

「IS展開に関して、或いは宇宙人に対してか」

「――その通りよ」

 

 頭の回転は普通以上にあるようだとアタリをつける楯無。割と考えれば当然の事でも、例え判っていたとしても口や態度に出さなければ無知と思われる事は良くある。そう言う意味では決してセンクラッドは愚鈍ではない。空気を読まないので帳消しとなっているだけで。

 

「後でプリントアウトして貰っても?」

「まだ内容がカッチリと決まっていないの。確定したら渡せるけど」

「判った」

 

 元々、法律の改訂は余り興味が無かったのだが、自分が今どのような立場にいるのか判っているからそう言っただけだったので、ある意味ほっとしているセンクラッド。

 読むのは俺でも出来るが、そこから先を読むのはシロウ達だしな、と全力で投げっ放しな考えを持っている事に気付いているのは、本人のみである。

 その本人は、こっそり立ち上がって虚に何事か話しているのだが、残念な事に緊張感を持って会談に臨んでいるセンクラッドは気付けなかった。

 

「私から質問、というか確認したい事があるんだけど」

「何だ?」

「貴方の護衛は何人いるの?」

 

 妥当な突き方だな、と、この時センクラッドは思った。ロビン以外に居るんじゃないか?と言外に聞いているのだろう。それに加えて、千冬から聞いている筈だ。下手に嘘をつけば面倒な事になると考え、センクラッドは口を開いた。

 

「千冬から聞いているだろう?」

「えぇ。でも、貴方の口から聞きたいの」

「2人だよ、今はな」

「シロウさんと見えざる護衛、かしら?」

 

 確かめるような口振りに、その通りだと頷き、カップを持ち上げて残量少なくない紅茶を口に含むセンクラッド。今後の事を考えると迂闊な事は言えないのは明らかだ。故に、カップの底を見つめて、つい、鼻から溜息をそっと出してしまう。

 コレが、決め手となった。

 視線を遮るとまではいかないが、飲む前のカップに入っている紅茶の残量と、ややカップの底側を見せてくるセンクラッドの行動から、楯無は心理戦や情報戦に向かないタイプだと確信した。今までの行動を鑑みる限りブラフではないという事も。

 そして何を考えているのか読み取らせないように立ち回れるのはシロウだけ、とも判断している。

 基本的にセンクラッド・シン・ファーロスとしても、神薙怜治としてもストレートな言動と行動で物事を解決してきたのだ、この手の心理戦や情報戦は極めて苦手と言っても過言ではない。勿論、様々な世界で体験した事により、良くも悪くも日本人らしくない思考や思想を持つに至ってはいるが、それとこれとは話が別だ。

 

「数日以内に会わせて貰っても?」

「何時でも構わんよ。早い方が良いなら今からでも良いし、トーナメント前に引き合わせる、という方向でも良い」

 

 そう言われた楯無は極自然な動作で時計を見た。既に14時を過ぎており、時間的に少々厳しいな、と判断する楯無。放っておけば溜まる一方の書類を処理したり、千冬と確認しなければならない案件があるのだ。

 惜しいが、今すぐ確認しなければならない事でも無い、護衛としての参加はトーナメント直前以降だし、と割り切った楯無は、センクラッドの言葉に首を振って答えた。

 

「今日は時間が無いから、トーナメント前までにそっちに行かせて貰うわ」

「良いだろう」

「それと、貴方の能力についてなんだけど……」

 

 楯無が言葉を濁したのは、単純に答えられる質問なのかどうかという確認である事に気付いたセンクラッドは頷いて肯定した。ただ、継いだ楯無の言葉で暗部に属する布仏姉妹も流石に表情を変えた。

 

「心が読めるわけでは、ないのね?」

「さっきも言ったがコレはそんなに便利なものじゃない。やれて、感情を読み取る程度だ」

「それだって十分凄いと思うけど」

 

 困ったように微笑みながら言った楯無だが、内心では鋭い感性とカンが引っ掛かりを覚えさせていた。センクラッドが言った『コレ』という言葉、そしてそれを発した際、自身に向けた言葉ではないと捉えたのだ。日本語を扱う事に慣れていないわけではないだろう、少なくともファーストコンタクトからほぼネイティブに話していたのだ、今更そこを疑うのはナンセンスと言える。

 腹芸をこなせるような人物ではない、という見立てに加え、今それをする必要性も余り無い事が、楯無を僅かながら困惑させていた。話せば話すほど引っかかりを覚える人物だと感じつつも、

 

「他に何が出来るの?」

「何が、とはまたアバウトに聞くな」

「だって何が出来るか検討付かないんですもの。武器を自在に取り出せたり、背中から羽生やしたり、感情を読めたりって言われたら何でも出来そう、としか思えないわよ」

 

 言われて見れば確かにそうかもしれん、と思わず眦を下げて笑ってしまうセンクラッド。随分酷い厨二病を拗らせたものだ、我ながら。と思うのも当然だろう。だが、笑ったままで流せるわけも無いので、長く細い指をテーブルの上に這わせて考える事数分。

 タン、と軽く叩いて音を上げたセンクラッドが提示した答えは、

 

「少なくとも、身を守るには十分な能力を持っているとしか」

「また随分アバウトなのね」

「仕方ないだろう、色々考えたんだが、コレ位しか言えんよ。千冬とお前さんが知っている事が最大限の情報さ」

 

 そう言われてしまうと何も言えないのが地球側。交渉や水面下での遣り合いが下手でもどうにかなるという例だ。だが、それで終わらないのが更識楯無。

 

「……んー、でも正直言うと、剣術を実戦で使うとは思わなかったわ」

「ん? あぁ、篠ノ之さんとの勝負の事か」

「そそ。だって宇宙人と聞いたらまず思い浮かべるのは砲撃戦とか艦隊戦とかだと思うの」

「……気持ちは判らんでも無いが、俺の場合はむしろ近接戦の方がウェイトを占めていたぞ。出力特化してぶち込んでも余り意味が無かったからな」

「意味が無いって?」

「銃弾掻い潜ってぶった斬った方が効率良いんだよ」

 

 意味が判らないとばかりに眼をパチクリとさせる楯無に、まぁ、そらそうだろうなぁと思ったセンクラッドは補足説明を入れる事にした。

 手を掲げてセイバーを呼び出したセンクラッドを見てぎょっとする面子を尻目に、握り込んでフォトンの刃を形成し、

 

「これはとある物質を集束や圧縮をした後、力場を循環させて維持しているんだが、射撃武器は弾丸形式になるのでな。同じ出力だとしても差が出るんだよ」

「でも放出するなら一緒じゃないの?」

「放出し続けられるならな。残念ながら容量は決まっているし、補給場所も固定されている。媒介させるものにもよるが循環させればまたハナシが変わってくる」

 

 ぼかして教えたセンクラッドと、それでも言葉を引き出した楯無、どちらが多くの利を得たのかはそれぞれしか判らない事。

 ただ、楯無は技術者ではないし、布仏姉妹もIS技術者であっても純粋な科学者ではない。情報を引き出す事に腐心していれば良い……まぁ、それが最初にして最大の難関なのだが。

 ちなみにエネルギーを循環して維持する、というのは別にこの地球でもやっている事ではある。ただ、それを攻撃的エネルギーに変換して維持するとなると、センクラッドが手に持っているセイバーのような超小型の器具では不可能だ。

 楯無のISならPICと水とナノマシンを組み合わせで似た様な事は出来るが、だからといって純粋な攻撃エネルギーを力場に投影し、循環させて維持する事が出来るか?と聞かれたら首を横に振らざるを得ない。一夏が搭乗している白式の零落白夜ですら、エネルギーの放出・圧縮・集束までしか到達していない。

 全く以ってデタラメね、と思いつつも、楯無は情報を引き出していく。

 

「つまり、エネルギー切れとか起こらないって事?」

「まぁ、基本的には、滅多な事では起きないな」

「例えば?」

「例えば? あぁ、そうさなぁ……いやまぁ、ここから先はISが進歩したら、だな」

 

 何だか良く判らん内に途中から嫌な雲行きになってきたぞ、と胸中でぼやいてぼかしに走ったセンクラッドに、楯無は頬を僅かに膨らませて食い下がる。

 

「そこまで話したんだから、もう少し話して貰いたいわね」

「無茶言うな。時間かかるんだよ、説明するのが」

 

 セイバーからフォトン供給をカットし、嫌そうな表情を浮かべるセンクラッド。フォトンアーツの説明は技術者でないセンクラッドには思った以上に難しい。教えるというのも違うしなぁ、アレは技術と能力のイイトコ取りだよなぁ、と思い返しつつも、頑として話す事をしない。技術的格差がどーのこーの以前に、説明がメンドクサイからだ。

 

「良いじゃない、減るもんじゃないし。というかちょっと持ってみたいから貸してよ」

 

 無理だろうけど、と予想をつけていた楯無だったが、センクラッドがしゃーねぇな、とばかりにぽーんと筒型の棒を放り投げてきた為、思考が停止した。周囲も凍り付いている。特にシロウは大きく眼を見開いてぽかんとした表情で固まっていた。このタイミングで貸すか普通!?と思っているのだろう。

 取り落とす事無く、持ち前の反射神経で危なげなくキャッチした楯無に、

 

「すぐ返して貰うぞ」

「え。あ、ええと、ありがとう」

 

 舌と思考が空回りしつつも、どうにかこうにかお礼を言えた楯無は、すぐに落ち着きを取り戻してセイバーを調べ始めた。握りの部分で中指と薬指にそれぞれスイッチが有る事以外は、銀色の筒としか見えない簡素な作り――

 

「それと、ISを起動したり、スイッチは押したりするなよ、絶対に」

「……ちなみにどうなるのかしら?」

「終了のお知らせ、と言う奴だ」

 

 何が、どのように、とまで言わなかったセンクラッド。そこに底意地の悪さを垣間見た気がして、楯無はげんなりとした表情を浮かべ、スイッチを押しかけていた指をゆっくりと解いた。

 手をヒラヒラとさせて投げて返せとジェスチャーしてくるセンクラッドに、若干イラっと来ている楯無がほんの少し力を込めてセイバーを投げ返すと、パシッという快音が部屋に響き渡った。

 実際は別にISを起動しようがスイッチを押そうが余り危険は無い。あるとしたらフォトンが出力される箇所を覗き込みながら起動したら即死する位だ。といってもセンクラッドが貸したセイバーはスタンモードになっている為、物理的なダメージは殆ど無い。せいぜい生体電流と魂にショックを与えられて「アバババババ」となる程度だ。もしそれが起きていたとしたら実にシュールな図が出来上がっていたであろう。

 そしてセンクラッドは失礼ながら大爆笑していたに違いない。

 

「他に質問は? 無いならこちらも聞きたい事があってな。お前さん個人についてだから、答えたくないなら答えなくても良いが、出来れば答えてもらいたい部類の奴だ」

「あら? 私に? 今一番興味がある人は眼の前にいるア・ナ・タだからお付き合いするのも――」

「いやうん、まぁ、そう言うだろうと思ったが、そうじゃない。その意味じゃあない」

 

 言い方ミスったな、と今度はセンクラッドがげんなりとした表情で楯無の妄言を遮った。一度大きく呼気を吐き出し、表情を改めて、爆弾を放り込んだ。

 

「織斑一夏と更識簪について。2人の関係を教えて欲しい」

 

 その直後。

 呼気すらも消えたように、静寂に包まれる生徒会室。予想外の質問に、飄々とした表情を維持しようとして、派手に失敗する楯無。本音はあちゃーと言う顔をしており、楯無以上に表情を崩す事が無い筈の虚も、それと判る程、動揺していた。

 接点が殆ど無く、そっち側に関する情報は殆ど無いと信じていたのだ。

 

「――」

 

 口を開いて、何かしら言葉を出そうとして、だが結局は口を閉じる楯無。完全に不意打ちだった。腹芸云々、異星人云々と色々な理由は幾らでもつけられる。

 だが、今このタイミングで、護衛関連の話題から大きく逸れた話題が出た、それは正に青天の霹靂だ。

 

「先んじて言っておくが、興味本位、というのもある。が、状況如何によるが一夏の身を守る為……かもしれん」

「どういう事かしら?」

「午前中に合同授業があった。そこで一夏、ボーデヴィッヒさん、簪さんがチームを組んで山田先生と模擬戦をしたんだが、どうにも一夏に対して敵意や憎悪を持っていた事と、強く自己嫌悪していたのでな。普通ならあそこまで強い感情を持つ事は無い。放置するにも少し問題があると思ってな。万が一があるのなら、アレはコトになりかねん」

「そう……」

 

 感情を読み取って察知したという事実を突きつけたセンクラッド。余り首を突っ込む事ではないのだが、だからといって放置した挙句、一夏に危害が加わり、結果死亡した、なんて事になったら寝覚めが悪いが為の、発言だ。

 楯無は迷っていた。コレを察知したのが一夏だったら、一夏に頼めば良いし、元より生徒会に引き込んで総合的に鍛え上げるのはIS学園の総意なのだから、実力をつけるその過程で簪の事を頼むつもりでもあった、勿論布仏姉妹をサポートにつけて、だが。

 だが、現実は全く違う様相を呈している。センクラッドが気付き、危険だと訴えてきている。

 何もかもが想定外。

 しかし――

 

「お嬢様、無理に話さずとも宜しいかと」

「――虚?」

「ただ、ファーロス様は気にしないと思いますが」

 

 迷い、言葉に詰まっていた楯無の背中を押すように、皆のカップに紅茶を注いで回っていた虚が聞こえるか聞こえないかの声量で呟く。少なくとも悪人ではないと、言外に忍ばせて。そこで、楯無は思い出した、千冬からセンクラッドの過去や人となりを聞いていた事を。

 たった1人を救う為に、組織を敵に回し、最終的にはテロリストを撃滅せしめた英雄だと。

 しかし、楯無個人の問題にセンクラッドを引っ張り込めば周囲がどう言うかなぞ判っているし、そもそもそれを完全に信じる事は出来ない。ブラフではないだろうが、その過程がまるで違う。此方を助けるメリットが無い。デメリットの方が多いだろう。

 ……と、そこでセンクラッドは溜息混じりに言葉を吐いた。

 

「技術的、精神的格差ってのはな、この際考えなくて構わん」

「え?」

「困っている人が居たら可能ならば出来るだけ助けてやれ、そう教わっているからな。話してくれるなら、知恵位は出してみるさ。それに、お前さん相当悩んでいるだろう? 俺に指摘されたから、ではなくて、もっと昔から」

 

 感情を見透かしたわけではなく、あんだけ悩んでますオーラを出しているのだから誰だって読み取れる。ただ、後半の言葉はセンクラッドの勘がそう告げていたから出たのだ。

 結局、楯無は話すことにした。

 

「……と言っても、私と簪ちゃんの仲が悪い事と、一夏君の専用機のせいだったり、あの子自身の性格の問題だったりするから……でもあの時、私が気付いてあげれば良かったのかな――」

 

 しかし、説明がド下手であった。

 妹メガッサラーヴな想いと、しかし途中から全く以って好かれなくなった事を思い出して瞬時にダンプトラックに潰された缶のような精神状態に陥った楯無。そんな状態で説明しようにも無理がある。というか既に独り言の域に突入している。

 これには流石に虚も、妹が絡むと途端にダメな子になるのはどうにもならないのか、と呆れを含んだ溜息を空中に放出した。

 全く要領を得ない言葉に、こういう問題が絡むとポンコツになるのはどの世界でも同じか、と悟ったセンクラッドが、

 

「……先ず最初に聞きたいんだが、簪はお前さんの妹で良いんだよな? 従姉妹とかじゃなくて」

「え。えぇ、そうよ」

「で、何で一夏の専用機のせいなんだ」

「簪ちゃんは日本代表候補生なのよ」

 

 ふむ、と声を漏らして納得するセンクラッド。意図が伝わった事に多少の驚きを覚えながら――何せ異星人なのだ、教本を読んだとしても、それと今回の会話で読み取れるものなんてたかが知れているというのに――楯無は補足説明をつける。

 

「簪ちゃんの専用機は、倉持技研で造られてたの。打鉄弐式……第三世代用の新型としてね。でも、一夏君の専用機、白式って言うんだけど、ほら、一夏君って世界で唯一の男性操縦者じゃない?」

「もしかして、人数が足りないから放置されたのか?」

 

 そそ、と肯定する楯無。確かに一夏の特異性を考えればそうなるとは思うが、此処でセンクラッドは引っかかりを覚えた。

 

「倉持技研以外に任せる事は出来なかったのか? 打鉄はシェア的にも大きい機体だろう。その後継機なら是が非でも組み上げたいものだろうに」

「日本で唯一、コア以外を単独で組み上げる事が出来る企業だからよ。それに、一夏君は日本国籍だから」

「……国籍で縛ったわけか」

 

 くだらない、とばかりに吐息混じりに呟いたセンクラッドに、楯無は何もいえなかった。ただ、反論するとしたらコレが世界規模で合作なんて事は絶対にならない。アラスカ条約がある為、技術開示はしているが、だからといってノウハウまで与えようとする者なぞ居ない。儲け、或いは有利になる部分はかっさらい、儲けにならない不利な部分は投資として見切るか、切り捨てるか。それがこの世界の企業と国の正しい在り方なのだから。

 

「今なら開発しても問題ないだろう?」

「そうしたいのは山々なんだけど、白式に使われている技術が問題なの」

「どういう事だ? ISの技術は開示や共有されていると教本に書いてあったが」

「製作元は倉持技研なんだけど、そこに篠ノ之博士が手を加えたの。だから解析もしなければならなくなった結果、人がまるで足りていない状態に、ね。それに……IS学園は3年間、情報や技術の共有と開示の義務から外れることが出来るの」

 

 楯無が話せば話すほど、センクラッドのテンションが降下していく。いや、関わる選択をしたのは自分だから仕方ないとは言え、初っ端からコレである。

 一夏の機体は入学してから学園に届けられた。と言う事は向こう3年間は倉持技研が独占するという事だ。それに、各国の専用機が何でIS学園に来たかがようやく判った。技術の開示や共有を遅れさせる為だ。

 

「……このままだと永遠に打鉄弐式が完成しないと言うわけか」

「そうね。あの子が単独で組み上げようとしているけど、今のままじゃ厳しいでしょうし」

「何?」

 

 単独でISを組み上げる、と聞いてセンクラッドは思考する為に下げていた顎を跳ねる様にして持ち上げた。機材はともかくとして、単独であんな複雑そうな、時代の最先端の、更にその先を往く兵器を作り上げられるものなのか。

 グラール太陽系の2大天才であるエミリアやシズルなら、大いに有り得るだろう。だが、それ以外となるとセンクラッドは首を傾げざるを得ない。2大天才クラスの頭脳を持つ者がこの世界にゴロゴロいるわけでもない。居たのなら男性用ISが普及したり、ISに対するカウンター兵器が普及している筈だ。

 そして、簪がそんな才媛には思えなかったセンクラッドは首を傾げて、

 

「そいつは普通に考えて無謀と言う奴じゃないのか? それともISは単独で組み上げる事が出来るものだったりするのか?」

「まぁ、そうなんだけど、ね……私が独りで組み上げたから、対抗しようとしてるのよ」

 

 その言葉に、今度こそ頭を抱えるセンクラッド。前例を出したのが眼の前の少女。その妹が真似しようとするのもある意味納得できるのだが、難易度は極端に上がるのは想像に難くない。

 自分が出来ない領域を誰かに任せて効率化を図る、いわば合理的な考えを持つことは出来なかったのだろうか。

 

「姉妹喧嘩の原因は、独力でISを組み上げた、だけじゃないだろうな?」

「流石にそれはないわよ。ただ……私の家はちょっと特殊で。歴史ある名家って奴なの」

「ふむ?」

「更識家に関わる者は有能な者しかいない。私は最年少で当主になって――」

「あーうん、判った、もう良い。つまりシスコンなんだなお前さん達」

 

 ともすれば自慢にも聞こえる事実を淡々と語っていた楯無をバッサリと切り捨てるセンクラッド。遮られた楯無は、センクラッドの見も蓋も無い言葉に絶句していた。しかも簡略の仕方が的確過ぎて何も言えないときている。

 

「大方アレだな。優秀で何でもこなす姉と比較され続けて卑屈になった妹、という構図だろう」

「……だいたいそんな感じね」

「お前さんに聞きたいんだが、一方的に敵視される前に、フォローを入れなかったのか?」

「いや、その……多忙だったのと、簪ちゃんなら大丈夫かなぁって」

 

 私の妹だし、と言いたげに、だが視線を逸らしてそう告げた楯無に対して、半眼にならざるを得ないセンクラッド。楯無の妹だからといって万能でも飄々としているわけではない。能力と性質は環境とDNAによって左右されるのだ、例え双方が優秀な遺伝子を持っていたとしても、環境次第ではその芽は出ない。

 まさか、千冬もそういう考えじゃないだろうな、と危惧し、もしそうならばキッチリ話を詰めてやらんと、と要らぬ決意をするセンクラッドが、更にとんでもない事に思い当たった。

 篠ノ之箒が抱く篠ノ之束に対する敵意って、この2人を放置し続けたらあぁなるのかもしれん、と。

 

「姉に負け続け、代表候補になったは良いが男性操縦者のせいで専用機が未だ与えられず、このままいけば姉を超えようとして失敗。極まれば恨み節まみれになった結果、テロに走ったりするか世の理不尽さに嘆いて自殺でもするんじゃないか」

 

 その言葉で、生徒会長とか更識とかそういうものが全てぶっ飛んだようで、見事に青褪めた楯無の肩にそっと手を置く虚。食事が終わった後、ティーポット片手に給仕まがいの事をしていたのだが、話の内容がどんどんきな臭い方向へ行った為、楯無の背後に立ち続けていたのだ、敬愛する主をフォローする為に。

 

「大丈夫です、そんな事はさせません」

「そうだよー。私もフォローしてるしー」

 

 常に冷静であるが故に相手を落ち着かせる事を得意とする虚と、へらりとした笑顔と気の抜けた口調を向ける事で、無駄な緊張をそぎ落とす事を天然のままやってのける本音。

 この2人によって楯無は瞬時に元の冷静さを取り戻した。といっても、内心では簪の事で後悔し続けているのだが。

 センクラッドも別種の後悔を吐露するかのように、額に手を当てて呻いた。

 

「しかし、大小あるが全員悪いケースとは……」

 

 その言葉に力無く苦笑する他無い楯無。そう言われても仕方の無い事だと判っているからこその、ほろ苦く唇は弧を描かざるを得ない。

 それを汲み取ったセンクラッドは肩を竦めて、

 

「まぁ、簪さんの事は概ね把握した。一夏と併せて接触してみるか」

「一夏君も? 何か考えが浮かんだの?」

「面倒な事はセットで片付けるべきだろう」

 

 と言っても、別にカッチリとした筋書きがあるわけではない。一夏と千冬、簪と楯無。世界最強の姉と学園最強の姉、その下に居続け、何らかの負い目やコンプレックスを持つ弟と妹。これを使わない手はないだろう、要は似た環境に居る者同士を使うという事だ。

 ただ、人間関係の修復なぞ殆ど力技でしかやった事が無いセンクラッドは、シロウ達にも助力を乞う事でアイディアを整形しようと考えていた。

 

「……ありがとう、ファーロスさん」

「一応言っておくが、余り期待するなよ。それと、お前さんにも出張ってもらうからな」

「え゛」

「当たり前だろう。本人同士が話さないと拗れるもんだぞ、この手のハナシってのは。今の内に覚悟しておけ。嫌われるかどうかはお前さん次第だからな」

「うぅぅう……そこをどうにか」

「ならんならん。どうにもならん。修復不可能にしたいなら逃げても構わんが」

 

 にべもなくバッサリと斬り捨てたセンクラッドに、肩どころか首までガックリとさせる楯無。いや、本当は判っているのだ。何時か、しかも早い内に向き合わなければならない事なんて。

 ただ、周囲がどう思おうとも、簪に対する楯無の愛情は深い。深い故に、完全に拒絶される事を極端に恐れているのだ。しかも、暗部を取り仕切る更識の当主としている為、万が一だが簪を斬り捨てねばならない可能性もある。幾ら当主といってもまだ10代半ば、相手の心ならばともかくとして、自分の心の柔らかい部分を抉ったり固めたりするには、まだ若さが目立つ時期だ。

 

「しかし……まぁ、悪くないな、お前さん」

「どういう事?」

「ごめんなさいとか言わずに、ありがとう、と言っただろう」

「こちらが頼み事をしているんだから誠意を見せるのは当然でしょう?」

 

 本当に不思議そうに聞き返してきた楯無に、思わずセンクラッドは瞳を閉じてフッと笑ってしまった。それを見て、はて、と益々疑問符を追加していく楯無に、

 

「千冬は謝ってきたからな、礼より先に」

「……あぁー」

 

 周囲からは女帝と言われても、かなりの苦労人である千冬の人生をデータでだが知っている楯無は、苦笑した。謝る事が先で礼を言うような生き方を赦されなかった千冬に、楯無は少しばかりの同情を寄せていたのである。

 本心を完全に曝け出す事が出来ないという点では似た者同士である千冬と楯無。表層上の違いはあれど、その内面やポジションは割と似ているという事を自覚している楯無が、

 

「ほら、織斑先生も色々苦労しているから」

 

 と誤魔化すのは当然の帰結だ。

 だろうな、と適当に返すセンクラッドは、表情を辟易したと言わんばかりのそれに変化させ、

 

「しかし、どうにかならんのか、このトラブル発生率は。いや、首を突っ込む俺もアレなんだがな」

 

 と半ばぼやきになっている事実を呟きながら、センクラッドはカップに視線を落とした。この世界に来たのが3月末と考えるとまだ3ヶ月程度しか経過していない。

 このトラブル発生率はどの世界でも低くなる事は無いか、と内心でぼやくのも仕方の無い事だ。

 中身が殆ど残っていないのは判ってはいたが、やはりこういう場は苦手でつい、人間だった時の癖で飲み物を多く採ってしまう。余り良くない癖だと反省していると――

 

「どうぞ」

 

 コトリ、と新たなカップが置かれた。反射的にありがとう、と言おうとして気付く。細く白い腕ではなく、練り込まれた鉄のような腕でカップを出しているという事、そして声もどこか気取っているというかスカしているというか、そんな男の声で有る事に。

 油が切れたブリキ野郎の如く、ギギギッと顔を向けると、澄ました顔で紅茶を運んでいる執事ぽい馬鹿が其処に居た。ご丁寧にマイエプロンまで投影している。

 道理で質問が出なかったわけだ、と思いながらも、冷ややかな目線を直撃させたセンクラッドが、

 

「おい」

「どうかしたかね、マスター」

「何故にお前さんが紅茶を出しているんだ?」

「色々手一杯だったようだからね、私が気を利かせて紅茶を淹れてみたのだよ。あぁ、勿論、虚嬢から許可を得ての事だ。流石に無断といいう事はしていないよ」

 

 楯無……というよりもボロを出さないように、或いは親身になろうと集中し過ぎたせいで、気配を薄くしたシロウの行動に気付かなかったのだ。如何にオラクル細胞を持ち、幾万の戦場を渡り歩いたとしても、視野角が狭まるのは人の型を取っている以上は仕方が無い。無駄に頑張ったシロウが何もかも悪い、と脳内ジャッジを下したセンクラッドが口を開くよりも先に、眼に光を取り戻した楯無が、にんまりとした笑顔を咲かせて、

 

「あら、そのエプロンは?」

「こんな事もあろうかと、持参したのだよ」

「マイエプロンね。そこまで似合う人もそうそう居ないと思うわ」

「ありがとう」

 

 煙に巻かせやがった、煙に巻きやがった。

 と言いたげな表情を浮かべているセンクラッドに対し、シロウが、

 

「あぁ、マスター。もしかしてもう飲み物は要らなかったのかな? それは失礼した。そろそろ君も飲み物を欲しがるだろうと思って用意したのだが、要らぬお節介だったという事か」

「……貰うよ」

 

 声と表情だけはすまなそうに、だが瞳の奥に宿る輝きは明らかに真逆のそれを宿しているのを見ながらも、センクラッドは反論する事は無い。別に悪い事をしているわけではないのだ。シロウやセンクラッドのデータはこの地球上には一切無いのだから、身バレというのも現時点では無い。

 そこまで考えた結果、尤もシンプルな答えに落ち着く。

 すなわち。

 

「お前の紅茶は、旨いからな」

 

 出された紅茶に罪は無いのだから。

 

 

 おまけ。

 

 生徒会の面々がシロウの紅茶を一口含んだ途端、表情が激変した。本音は無邪気に喜んでいただけだったが、楯無は驚愕していた。茶葉は生徒会が用意したものを使ったのだが、純粋な腕の差で味がこうまで変わる事を、楯無ですらも予測できなかったのだ。

 故に、確認の意味を込めて聞いたのだが「勿論、君達が使っている茶葉を使わせてもらったよ」と返してきた為、完全に腕の差だという事が判明してしまったのだ。

 ただ、一番の予想外な出来事は。

 

「シロウさん、お願いします。どうか、ご教授を」

「いや、その、待って欲しい。頭をとにかく上げてくれないか?」

「教えて頂けるのでしたら幾らでも頭を下げますので」

「待て、君今頭を下げているだろう。むしろ上げて欲しいというか……」

 

 深々と頭を下げて弟子入りをせがむ虚、それに対して大いに困惑するシロウの図だろう。 

 是非弟子に、いやそのなんだ困る、お願いします、勘弁してくれ、というやり取りをなまあたたかーい眼差しで見詰めるセンクラッド達。

 

「……興味ある、もしくは得意な分野で上を行く者が居たらこうなるのは明白だろうに」

「でも初めて見たわ、あんなに必死な虚ちゃん。時間制限があるからだろうけど」

「あのままじゃ土下座しかねないよねー」

「あー、困ってる困ってる。凄い困ってるなシロウ」

「助け舟は出さないの?」

「ネットで視たのだが、こういう時に言う台詞があってな。確か……そう、ざまぁ、だった筈だ」

 

 助けないの!?と絶句する楯無だが、センクラッドとしては釘を刺したのにやらかしたのだ、自業自得どころか自業自爆な所業をしでかした馬鹿を助ける義理は無い。ガチで困っているシロウという珍しい状態を視れるから、という理由も多分に含まれている。

 結局。

 弟子入りは認めなかったがちょくちょくアドバイスをあげるという点を落とし処にして解放されたシロウに、センクラッドは仄かな笑みを浮かべて言い放った。

 

「お前さん、護衛失格な」

 

 ビシリと凍り付くシロウに、センクラッドは今年一番の爽やかな笑みを見せるのであった。

 非常に大人気無い。

 

 

 おまけのおまけ

 

「……うん、いや、そうだな、正直すまんかった」

「良いよぉう゛ぇっつにぃ? オレの事忘れてたとか、ぜぇんぜん気にしてないしぃ? 折角作った料理が無駄になった事も怒ってないしぃ?」

「めっちゃ気にしてるじゃないか……」

「大将、ナンか言った?」

「何も言ってないです……」

 

 自室へと戻ると、存在すら忘却の彼方へとブン投げられていたロビンフッドが腕を組んで睥睨してきていたわけで。

 手土産でもあれば少しは怒りゲージを減らす事が出来たものを、すーっかり忘れていたせいでそれも無し。

 そりゃキレても仕方ないよね、と言わんばかりに狂戦士の如く怒り狂ったロビンフッドに延々と嫌味つきで正座で説教をされるセンクラッドであった。

 ちなみにシロウも結構な勢いで忘れ去っていたのだが、帰ってきた早々にシロウ自身の部屋へと姿を消しているというか全力で逃げたので、被害に合わずに済んでいる。

 

「おのれシロウ……」

「大将?」

「何も言ってないです……」

 

 それに気付いたとしても、怨嗟の言葉1つ出しただけで超反応する伝説のゲリラ兵の前では、余りに無力だった。

 全方位で大人気無い。


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