IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
流れ的に変な箇所で区切っていた為、章分け部分を変更致しました。
明日、後半部分を投下致します。
センクラッドの本音に対するツカエネェ云々は、05:謝罪と遭遇辺りを見て頂ければ(相当昔に張った伏線なので一応)
生徒会室へ楯無が入り、次いでセンクラッドとシロウが入って先ず眼にしたのは、生徒会室の中心からおよそ半分を占めている空中投影型ディスプレイだ。それを囲うようにしてテーブルと椅子が設置されており、そこには生徒が2名、仕事をしていたが、ドアを開けた音でそれらを中断し、立ち上がって一礼してみせた。
「というわけで、ようこそ、生徒会室へ」
振り向きざまに扇子を広げて『歓迎』という文字を見せながらそう言った楯無に、感心半分、呆れ半分の色合いで苦笑を閃かせるセンクラッド。
「お前さんの扇子に対する愛が判る位に芸が細かいな……あぁ今更だが、こちら、俺の護衛を勤めるシロウだ。シロウ、こちらが生徒会長の更識楯無という」
「初めまして、シロウさん」
「初めまして、更識嬢」
握手を求めてきた楯無に、しっかりと応えたシロウ。それを視てからセンクラッドは、
「それで、例の物は?」
「あちらにシッカリと」
「でかしたぞ、越後屋」
「いえいえお代官様も……って何で貴方が時代劇のお約束を知ってるのよ」
流石に驚いたようで、途中までノッていたのだが、堪えきれずにツッコミを入れた楯無に、此処に居る生徒会のメンバーが眼を丸くして思わず感想を零した。
「素でツッコミに回るお嬢様を久しぶりに見ました」
「珍しいものを見たねー」
あんまりな言われように表情を引き攣らせている楯無。その姿を尻目にしてセンクラッドは妙な物体を視つけた。
いや、扉を開けて入った時から視つけてはいたのだが、気のせいにしていたのだ。
なので、ソレをよく観察する為に足音を響かせるに任せて、ソレに近づき、上から下まで順繰りに観察し始める。
「……ふむ」
「ほえ?」
ほにゃ、とした顔の造りに、デカイハテナマークを想起させる表情を浮かべているソレを視る事10秒。
赤がかったロングヘアーのサイドにピンか何かでサイドテールとまではいかないが、そんな感じでヒョッコリと髪が出している。
服装はダボダボで、とてもじゃないが迅速な移動が出来るとは思えないのだが、オラクル細胞を通して視てみると、一通り全身を鍛えており、外からでは見え難くしなやかな、暗殺者を連想させる筋肉と脂肪がついている事が窺い知れた。ただ、暗殺向きの体型かと聞かれれば、でかい胸と尻が邪魔だと答えるだろう。つまり、アンバランスなのだ。
また、視線を動かさずにもう1人の生徒会役員を視ると、眼の前のポヤヤンとした女子と比較して、明らかに筋肉が発達していた。この場に居るほぼ全員が戦士としても最低限以上の有用な人物で有る事は間違いない。
尤も、センクラッドとしては、そんな事よりもどうにも眼の前のノホホンな女子を視ていると、とある存在を想起してしまうのだが。
「何だろう、お前さんを見ていると、パートナーマシナリーを思い出すな」
その言葉に、ほえ?という風にソレが聞き返した。
「ぱーとなーましーなりー?」
「イントネーションが違う。が、まぁ、そういう存在が俺の傍に居たという事だ」
「そーなのかー」
「うむ。ところで、お前さんの名前は? 髪の色からしてモンゴルの勇者ノホホン・サーンとかそんな感じか?」
「違うよー、生徒会書記の布仏本音だよー」
その言葉に、眼を見開いて、だが納得した。
「成る程、生徒会で楯無が使えない奴が居ると言っていたのはお前さんの事か」
「お嬢様……」
「ちょっ、言ってない、言って無いからッ!! ちょっと、センクラッド!?」
という外野の声は一旦無視したセンクラッドは、外見的な意味での疑問点を解消すべく言葉を続けた。
「ええと、何だ、日本人なのか?」
「そーだよー? 後仕事が増えるのは本当だよー」
「成る程。人材が山程要るというのはこの事か。まぁ良い。ええと……ヌホホホネンネだっけ?」
「のほとけほんねだよぅ」
「……すまん、どうやって書くんだ?」
「ええとねー」
テコテコという擬音がつきそうな感じで黒板に向かって歩いて行き、カキカキキュッキュと自身の名前を書き始めた本音だったが、引き攣った顔をしている楯無はこの後の展開を十分に読んでの事だろう。それを見て、はて、お嬢様は何故此処まで顔色が悪いのかと首を傾げるDQNネーム容疑者第3号。ちなみに、楯無は結局誰にも自分の名前について相談しなかった。今更ですかと言われても困るし、凹まれても困るしで先送りにしていたのだ。
故に、連立した欝フラグが、今まさに現出しようとしてた。
「こう書くんだよー」
「ぬの、ほとけ、ほんね、でノホトケ、ホンネか……よし、覚えた。それで、ええと、更識をお嬢様と呼んだそちらの女子は?」
「布仏本音の姉、IS学園整備課3年、生徒会会計の布仏虚と申します。うつほは、虚ろと書きます」
そう言って静かに頭を下げた虚に、ふむ、と腕組みをして、
「コレは、何というか……あぁそうか、アレなんだな? 生徒会に携わる条件に、実はドギュン゛!?」
瞬間的に強化魔術を行使し、刹那の時間でメートル単位の距離を0まで縮め、速度に加えて胴体を半回転させて威力を劇的に増やしたボディブローを叩き込まれて呼吸困難に陥っているように見えているセンクラッドに対し、その結果を起こした、つまり今まさにメギリメギリと拳を捻じ込んでいるシロウが冷え冷えと、そして淡々と言葉も叩き付けた。
「マスター。君は言葉を発する前に、一度深呼吸をして考えてから発言したまえ」
「俺が何をしたって言うんだ……」
膝から崩れ落ち、腹を抑えて呻くセンクラッド。
それを一切無視してシロウは呆然としている生徒会役員達に向けて言葉を放った。
「うちのが失礼した。それで、我々は何処に座れば良いかな?」
「え、あ、ええっと……あの、ファーロスさんは――」
「アレは何時もの発作なので気にしないで頂きたい」
「そ、そう……」
「余りの展開に流石の楯無も形無しだった。タテナシがカタナーシ――」
振り向き様に神速のフリッカージャブからのワンツーで顎を打ち抜いて、体勢をぐらつかせたところで延髄に肘を叩き込んで潰れた蛙状態になったセンクラッドを睥睨し、シロウは、
「マスター、前から言っているだろう。寝言は寝てから、戯言は死んでからと」
「とりあえずシロウ、もう少し落ち着いてくれないと、そろそろ本気で俺マストダイ」
それでも阿呆な事をのたまわないと駄目なのか、いい加減話が進まない為、無視してシロウは楯無達を促すと、若干どころかかなり引いたと言わんばかりの表情を浮かべた楯無が、テーブルの一角を指差しした。
割と容赦無くボコった挙句、その後の事はスルーだと言わんばかりのシロウと、よろけながら立ち上がったセンクラッドが小さく悪態をつきながら、楯無が差したテーブルへと移動して着席すると、楯無はいそいそと生徒会室の奥の扉を開けて、姿を消した。微妙に関わりたくないオーラと、関わってちょっぴり後悔し始めています的な雰囲気を出しているのはどうなのか。
虚は雰囲気や感情の変化を見せずに仕事に戻るも、椅子に座っても上体をフラフラさせているセンクラッドが気になるのか、時折チラリチラリと横目を向けていた。誰だってあんなん見せられたら気になってしまうものだ。
その結果、普段の虚にしては珍しく、少し遅れて躊躇いがちに、
「あの、ファーロス様。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、問題ない……暫くしたら復活するからほっといて構わん」
余りの不意打ちっぷりにオラクル細胞でガードする事が出来なかった上に、シールドラインを装着していたとはいえ、t単位の衝撃が貫通した結果がコレだよ、と思いながら呻いているセンクラッド。常人ならば即死する程の全身大火傷を負おうとも、物理的に巨大なミキサーにかけられようとも、英霊から痛烈な一撃を喰らおうとも、左眼とオラクル細胞の核があれば高速再生する肉体には関係ない、が、痛みはまた別問題だ。オラクル細胞で変質させない限りは基本的に人の感覚のままなのだ、痛いものは痛い。
異様で微妙な雰囲気が一新されたのは、それから20分後。
扉が開け放たれた音とシャラン、という鈴の音を聞いたセンクラッド達が視線を向けると、ウェイトレスよろしくトレイに皿を載せられるだけ載せて移動してくる楯無の姿があった。
大量に載っけているにも関わらず、軸が一切ブレず、軽やかな足取りで歩むその姿は一切の隙が無い。とても10代半ばを過ぎた少女が出来る芸当ではない動きに、シロウとセンクラッドは内心でだが驚きを禁じえず、感心してもいた。
……のだが、その動きよりもむしろ彼女が着ている服が学生服から非ヨーロッパ系のメイド服に変わっている事に突っ込みを入れた方が良いだろうと、センクラッドは思った。シロウは、あぁ、そういうタイプか、と遠い眼をしている。昔付き合っていたり好意を寄せてきた女性の中にコスプレをエロ方向で活用してきた者を思い出しているのだろう、きっと。
センクラッドが呆れを多分に含んだ視線を楯無の足元に当てた。
黒い革靴に白いニーハイ、膝上どころか太もも付近までしか丈が無い紫紺色のミニスカート、それらの間には黒いガーターベルトがあり、無駄に色気を出している。
乾いた視線を上へと向けていけば、胸元が大きく開いている純白色のブラウスに、首に巻いてある紫色の鈴付きチョーカー、挙句の果てには猫耳カチューシャである。
似合っているといえば似合っている、いや似合いすぎているというべきだろう。日本人とは思えない巨乳が胸元から零れるか零れないかの瀬戸際で止めているそれは、娼婦に有り勝ちな下品さと手軽な色気を出しながらも、その動きや表情は清廉かつ洗練されたもので、アンバランスな魅力を出しているのはセンクラッドも認めざるを得なかった。
「……取り合えず、だ。ツッコミ待ちだと思うから言わせて貰う。秋葉系か」
「あら、メイド喫茶に行った事あるの?」
「ネットで見たので知識はある」
予想通りのツッコミが来て喜びながらも、それを表に出さず、音1つ立てずテーブルに料理を乗せていく楯無。柳眉を寄せて粘度、温度共に0付近まで低下した視線を向ける虚の方向には一切向かないのは、やらかしているという自覚があるからだろう。
此処で楯無が自重していようものなら、それはそれで虚達としては驚天動地モノなのだが。何せブリュンヒルデだろうとも、各国首脳陣だろうとも、自らのスタンスを崩さないのが『更識楯無』なのだから。
「まぁ、考えてみれば盗撮と盗聴が趣味なんだから、露出が追加されてもおかしくはないな」
「何でそうなるの!? 私程清廉潔白な人って居ないのに」
「鏡視てモノを言え。それでも判らないなら、アレだ。その鏡は歪んでいるから買い換えさせておけ。出来れば自分以外の人に頼んでな」
……まぁ、スタンス崩そうが崩さまいが、例え幻視の巫女であろうともガーディアンズ総統だろうとも、英霊だろうがアラガミの少女だろうが、そんなの関係無しに誰彼構わずほぼ言いたい放題、ほぼやりたい放題を信条とする男にとっては意味の無い記号だ。
センクラッドが楯無を弄る方向性を盗撮盗聴に加えて露出まで加えるのは、その方が俺が面白いから、という至極残念かつ最低な思考の持ち主だからだろう。
ちなみに、どこぞの天災や眼の前の生徒会長にも共通した考えでもある。
その生徒会長はジト眼でセンクラッドに対して非難してみせた。
「ファーロスさん、前々から思っていた事だけど、私の扱い酷くない?」
「一夏達の喧嘩の一部始終を覗き見した挙句、俺が仲裁しても一切姿を見せなかったお前さんが俺にどーのこーの言うのは100年早い」
コレ言ったらぐぅの音も出ないだろう、と思いながら言い放ったセンクラッドだったが、楯無が「ぐぬぬ……」と言った為、つい、
「シロウ。俺は今、こっちに来てからガチでぐぬぬと言う女の子を視たわけだが」
「頼むから私に振らないでくれ」
どう思う、シロウ?と振ったセンクラッドに、辟易した様子で返すシロウ。いや、判っていたのだ、この短時間で楯無の表向きの人間性を把握した為、センクラッドが嬉々として弄り倒すであろうという事は。ただ、楯無が自爆が趣味なのかと突っ込みたくなる程の服装チェンジをするまでは想定していなかったのだ。これではフォローしようもない。
メイド服さえなければ、その辺にしておけ位は言えただろうに、と胸中でぼやくシロウ。似た様な2人の気質で苦労が2倍だ。救いがあるとすれば凍死しかねない温度の視線を楯無に送り続けている虚の存在だろう。
「……」
「……」
シロウが視線を当てている事に気付いた虚が視線を合わせて数秒。2人がお辞儀を同時にしたのを視た現在進行形のダメ人間1組が顔を見合わせて、
「何だ何だ、眼と眼で通じ合うナニカがあったのか?」
「恋しちゃったのかしら」
「……少なくともお互い上司で苦労している事を理解しあっただけだよ」
何だそれは、と呟いたセンクラッドだが、全ての皿を置き終えた楯無が着席するのを視て、口を閉じた。ちなみに楯無は投影を解除したディスプレイを挟んで座っている。当然座り方1つ間違えれば領域が見えかねない。
鷹の眼を持つシロウは勿論の事、センクラッドもそれに気付いていたが、シロウの場合はそれを指摘するのは自分では拙かろうという想いから、センクラッドの場合はツッコミ待ちだという事が何となく理解出来た為、今回はスルーしている。全部にツッコミ入れていたら身が持たない事を、これまでの人生で悟っていた為だ。適度にツッコミを入れ、適度にスルー、それが長生きの秘訣だと。
2人の思考を読み切った結果、少々残念そうな表情を浮かべた楯無が、
「それでは、グラール太陽系惑星人との友好を願って、いただきます」
手を合わせて唱和し、食事が始まった。
静々とパスタをフォークで絡め、長ネギや豚肉等の具材と併せてパクリ、と口に含んだシロウは、相好を崩した。
成る程、言うだけはある。噛み応えもあり、だが良い意味で芯は残っていない。また、豚肉も下ごしらえがキッチリしているからか、ソースとの相性やセンクラッドが薄味が好きという情報を考慮した味付けとなっている。
ネギは風味の強いものを選んだようで、時折味の外から不意に訪れる風味がアクセントとなっているのも見逃せないだろう。
次いで、備え付けられていたサラダから一通り装い、口に運んでみれば、野菜臭さが余り無く、歯応えもシッカリとした水気を含んだものをチョイスしているようで、これもまた旨い。サラダソースは胡麻に酢をメインにし、隠し味にシナモンを使っているようだ。
「ふむ、これはなかなか」
「旨いな」
異星人組が口を揃えてそう言った事に、年相応の単純な感情を目尻と口許で表す楯無。誰だって褒められて悪い気はしないものだ。打算無しに褒められる場合は特に。
それから数分経過して、ふとセンクラッドは気付いた。本音の前に置いてあるもの、それはサラダのみであり、パスタは無いという事にだ。幾らなんでも食べなさ過ぎだろうと怪訝に思ったので、
「あー、本音さん」
「ふぇ? なーにー?」
「それだけか?」
「コレがあるから大丈夫ー」
ごそごそと取り出したのは、棒型チョコ&ナッツで有名なお菓子だった。それを視たセンクラッドは、虚の方を向いて、
「アレを取り上げてパスタを喰わせて貰っても良いかな」
「喜んで」
「えぇええぇえ!?」
「えーじゃないだろう、えーじゃ。食生活の乱れは肉体と精神の乱れにも繋がるからな」
何処と無く喜々として本音のポケットや手に持っていた御菓子全てを没収した後、少なめに盛り付けたパスタを置く虚に、思わず涙目になって抗議する本音。
「横暴だー職権乱用だーお姉ちゃんのバカー」
「この場合、俺が命令したような感じだと思うんだが」
「ううぅぅぅぅうー……」
と、からかいを多分に含んだセンクラッドの言葉に撃沈され、元々丸顔だった顔を更に丸くしてぷんすかする本音。リスの頬袋みたいだ、と大分失礼な感想を抱くセンクラッドだったが、流石にそれは言わない。それを別の人間に指摘したら、戦場にて誤射という名の狙撃を散々にやらかされたのだ。戦いに駆り出されないとは言え、無闇に火の粉を被りにいかんでも良いだろう、特に女性の容姿や雰囲気に関しての物言いは流石に怖くて言えない。褒めてりゃ基本的に問題無いのだ。そう、出来れば褒めて、こっそりかつさらりと「こうすればもっとよくなる」的な物言いをすれば良い……とシロウと協議した結果、そんな結論に至ったセンクラッドなのだが、その考えこそがトラブルの原因でもあるという事をあんまし理解していなかったりする。
それから十分後。
元々食べる速度が学生時代から早かったセンクラッドが早々に喰い終わり、次いで虚が手を合わせてキッチンルームへと立ち去り、シロウと楯無がほぼ同時に終わり、センクラッドの指摘と注意によってパスタをノタノタと食べている本音が食べ終わった頃、虚が戻ってきた。ティーポット一式をトレーの上に載せて。
表情を改めたのは、まぁ、当然というかなんと言うか、とにかくシロウだ。それに気付いたセンクラッドは額に手をやった。まーた悪い癖が出たな、と。
出されたミルクティの湯気の立ち具合や、ポットや皿受けの置き方等、一部始終を丹念に観察し、一口こくりと飲むシロウ。
僅かな蜜のような、上品な甘さと静やかな花の香りが呼気と舌に混ざった。この味は知っている。
キームンだ。
セイロンやアッサム、ウバ等のミルクを入れて味わうタイプのものだが、それとは違う、独特の香りと舌ざわりが特徴で、最もミルクの比率が高めにする事を推奨されているもので、好き嫌いが分かれる紅茶だ。摘む時期としても丁度良いので出してきたのだろうが、コレは腕も良くなければ、言い換えれば知識と茶葉だけではどうにもならない旨みがたった一口の中に凝縮されていた。
カップ、ポット等の器具、水、茶葉、才能、知識、経験のいずれかが欠けては届かない神域とも呼べる場。そこに手をかけてきたのは、10代半ばの少女。どれほどの才覚を持ち、修練を持って当たってきたのか、シロウには想像しか出来ない。だがその想像、神域の場に、虚は足を踏み入れかけているのだ。
言うなれば、好敵手。高みに昇らんとし、そしてまだその先を感じさせる才覚と味を持つ者。数年後には今の自分を超えているのは確実だ。まぁ、あくまでそれは数年後の今の自分だがね。
何て考えながら、
「ふむ。よもやその若さで此処まで引き出せているとは」
感心した口振りのシロウに、首を傾げる虚。流石に知らないのだ、シロウが紅茶を淹れる事が出来て、しかもそれが神の領域に手が届いている等、想像の埒外だろう。
だが楯無は違う。千冬から聞いているのだ。故に、興味があったのだ、自身が最も信頼する配下に匹敵する、その腕に。
しかし。
キラキラした眼でシロウと虚のやり取りを見ようとしていた楯無だったのだが……
「シロウ、取り合えず言っておくが、やらんで良いからな」
「何!?」
「えぇ!?」
バッサリと斬って捨てたセンクラッドに、思わず抗議の声をあげるシロウと楯無。特に楯無の驚愕っぷりは驚天動地といったところだ。せっかくシロウが仕掛けてくるように仕向ける為に虚には言わず、いつものように紅茶を淹れさせたのに、それを潰されてしまったのだから非難がましい声をあげるのは仕方ないだろう。
シロウの場合は折角の披露の場を潰された事に対しての抗議だ。が、センクラッドは、半眼で楯無をジィっと視詰めた。ふと、天啓が閃いて表情を切り替えたシロウに気付けずに。
「で。シロウはともかく、何で更識まで驚いているんだ」
「え。ほら、もしかして紅茶の淹れ方知ってるのかなぁって」
内心冷や汗つゆだくながらも、欠片も見せずにチリンと鈴の音と共に可愛く首を傾げ、眼を軽く見開いて誤魔化しに入る楯無。ここで素直に「実は紅茶淹れられるの知っていた上に、虚に対抗してくれそうな反応してたって聞いてたから☆」とか言おうものならセンクラッドは確実に盗撮盗聴犯罪長とか言う。絶対に言う。ここでセンクラッドが左眼を使っていた場合はバレるのだが、幸運にもセンクラッドは視ていなかった。
戦闘関連以外では極めて楽観的な、或いは突き抜けた阿呆な考えの持ち主であるセンクラッドはともかくとして、護衛であるシロウはそういう考えは持っていないのは明らかだ。無闇に警戒されるのは避けるべきだと思考している楯無。だったら最初から阿呆な事をするな、というハナシでもあるが、指摘した処で「アーアーキコエナーイ」と言うだろう、というか以前から似た様な事を虚は言っていたのだが、結果は言わずもがな。
……まぁ、センクラッドとの邂逅でどういう人となりかをガッチリと把握したからなのだが。
「茶葉を蒸したり淹れたりして飲む方法なんてどんな世界でもあるぞ。ええと、確かこの場合はグローバルルール、だったっけな。そう言っても良いんじゃないかな」
並行世界の地球はともかくとして、実際、グラール太陽系ではあったのだ、そうセンクラッドが返すのも当然と言える。言えるのだが、楯無は何処か腑に落ちないな、と感じた。というのも、センクラッドが一瞬表情を翳らせたからだ。不必要に表情を動かし、だが瞬時に元の表情に戻す、動揺ではないがそれに通じる感情の推移を、更識である楯無が見逃す事はない。
しかし、それだけで地球人と推測するには、今までのデータが否定している。故に、楯無はその情報を記憶野に保管すべきノイズとして残した。
「ま、それはともかくとして」
「そうだな。俺も確認しておきたい事がある」
「護衛の事ね」
今までぬるま湯に浸かっているような、弛緩していた空気がギリギリと引き絞られた。
此処からが本題だ、表面上は変わらずとも、内心は緊張を孕み、結果的に空気は硬質化していく。