IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
1組・4組・5組の合同授業が終わったその昼休み、一夏はラウラに呼び出されていた。
模擬戦終了直後にプライベートチャンネルで『話がある』と言われたのだ。殆ど面識の無い相手にそう言われて戸惑う一夏だったが、相手を尊重する性質もあり、昼休みの裏庭、指定された場所まで来たのだ。
既にラウラは居た。空を眺めていた。陽光の照り返しを受けた白銀の長髪が柔らかい輝きを持ち、白磁の肌が橙色に染まるその佇んだ姿は、何処か幻想的で儚く、その瞳に宿している輝きは剣呑さと哀しみを灯らせていたが、一夏が手を挙げて挨拶すると、その輝きを消し去って、しっかりと頷くラウラ。
傍に寄った一夏は、何の用事で俺を呼んだんだ?と聞いた。
すると、
「単刀直入に聞くが、織斑一夏。貴様はこの学園をどう思っている?」
「え、いや、どうって言われても……」
いきなりそんな事を言われても、ただの学校じゃないのか、としか言えない一夏。その様子に眼光が徐々に徐々に鋭さを増していくラウラ。
突風が周囲の木々から落ちる葉を拾い上げ、2人の間を駆け抜けた。それは湿り気を帯びており、春先とは思えない不快な風。それを吸い込み、ラウラは問い続ける。
「言い換えよう、ISという兵器を学ぶ生徒達を見て、貴様は何も感じないのか?」
「あぁ、そういう事か」
ぽん、と手を叩いて納得する一夏。望まなくとも男性操縦者として此処に来て、真っ先に感じたのは、違和感であった。最初は何で違和感があるのか考えていたのだが、セシリアや箒と練習し、鈴音と対決し、他の生徒達と交流していく内に気付いた事がある。
ISを兵器として捉えている者と、ISをスポーツとして捉えている者で意識の差が明確に分かれている事を。
同室となった箒から先ず注意を受けていたのだ。ISとは、純粋な戦略兵器であり、人をいとも容易く死に至らしめる事が出来るものだと。
当時の一夏は、その意見に反論した。シールドエネルギーがあるし、ISを用いた戦闘行為は厳禁とされている、そもそも民間人に銃を向ける事が有り得ないだろ、と。
だが、箒はそれを完全に否定した。ISは麻薬のようなものだ、あの万能感で意識を狂わされた者も少なくは無い。ISを纏った一夏なら判る筈だ、そう告げたのだ。
一夏は、言葉を返せなかった。
自分が神になったかのような感覚、空を自在に、直感的に飛び回る事は、他の機器では出来ない事だ。しかし、初めてISに触れた時、脳を書き換えられるような、そんな感覚と痛みが走った際に感じたものは、歓喜ではなく、恐怖であった。
自らの常識を、IS側の常識へと上書きされたような、そんな感覚。世の操縦者はアレをどう受け取っているのだろうか。
「おい、織斑?」
「――あ、悪い、考えてた。俺も、多分ボーデヴィッヒと同じだよ。ISは軍事兵器だと思ってる。けど、そう思っていない奴も結構居る、気がする」
「そう感じた理由は?」
「り、理由? ええと、そうだなぁ。俺、ISの事を全然知らないまま育ってきたんだよ。で、此処に来て初めて勉強した時に、幼馴染の箒から教えてもらったんだ。アレは戦略兵器であって、スポーツ用の器具ではないって。そこからかな、何か違和感を感じてきたのは」
その言葉に、幾分か感心したような光を瞳に宿したラウラ。流石篠ノ之博士の妹、本質を見る眼はあるようだ、と。だが、それは篠ノ之箒の意見であって、織斑一夏の意見では無い。故に、そう返すと、頭を掻きながら一夏が、
「まぁ、そうなんだけどさ。俺は箒の意見に賛成だよ。返す言葉が無かったし。ただ、追加で言うと、そんな女子達を矯正していくのが教師の役目なんじゃないかって、思うけどな」
言外に、千冬姉が眼を光らせているだろうし、という意味を汲み取ったラウラは、まぁ、確かに、と頷く。
頷いて、ラウラは切り出した。
「私は、この学園は好きではない。IS適性と学力と国籍のみで選抜された者達が在籍しているからだ。そいつらには決定的に欠けているものがある」
「欠けているものって、何だ?」
「意識と、誇りだ」
それらは、一夏からしてみれば計り知れない重さを持っていた。同時に、得体の知れないナニカを感じ取り、顔を強張らせる。それは、貴様に無いものでもある、そうだろう?と言いたげにラウラの眼光は静かに鋭く輝いていた。
「意識と、誇り。どちらも決定的に足りていない。この学園に在籍するという事は、大多数の者達を蹴落としたと言う事だ。IS学園は狭き門だ。それをくぐった者達の母国を守る為に必要な誇り、ISを使っての殺し合いを強いられる可能性があるという意識が、まるで足りていない」
ラウラの言葉に反論しようとして、だが、何を言えば良いのか判らず、口を開閉させるに留まってしまう一夏。
千冬に似た様な事を言われた事を思い出したからだ。だが、そんな事を言われても少し前までは普通の学生だったのだ。銃の分解、地雷や爆弾の解体法なんて学ぶ筈も無い、ただただ平和な学校生活を享受していた、中学までは。
しかし今や自分は此処に居る。何一つとして望んでいないのに、此処にいなくてはならない。最初の授業の際に唯一の肉親から告げられた言葉は、織斑一夏にとっては苦痛以外何物でもないものだった。
それを知ってか知らずか、ラウラは舌鋒鋭く言葉を叩き込む。それはまるで、言葉の殴り合いのようでもある。
「それで織斑一夏、貴様はこの学園に来て一体何を望む? 流されて此処に来たのはこちらでも把握している。それを不満に思っている事もな。それを踏まえて、貴様は何を望む?」
「俺は……俺は、皆を守りたいんだ」
ラウラは、その言葉を鼻で笑う事はしなかった。普段なら失笑ものだと嘲笑を浮かべて散々こき下ろすのだが、今はそれをやる場合ではない。
一夏の願いは酷く曖昧だ。曖昧で、幻想を抱えている。この3年間でそれが変わるかもしれない、だがそれを待つ事は出来ない理由が、ラウラにはあった。もっと言えば、ラウラが敬愛している千冬に、だが。
故に、内心に浮かび上がる灼熱感を抑え込みながら、ラウラはその幻想を破壊する為に言葉を紡ぐ。
「その皆とは、何処までだ? 学園の生徒まで入るのか、特定の相手までなのか」
「それは……俺に関わる人たちを、俺は守りたい、そう思ってる」
その言葉に、判ってはいたが今度こそ落胆したと言わんばかりに息を細く長く吐き出したラウラ。眼を細め、敵意を出し始めるラウラに、うろたえるしかない一夏。
「例えばの話だ。貴様の幼馴染、篠ノ之箒と凰鈴音が傷つき、倒れたとする。両方助けるには時間が無く、両方助けようとしたらどちらも死に、迷っていればやはりどちらも死ぬ。助かるのはどちらかだけで時間も極僅かしかない。その場合は貴様は選べるのか?」
答えられない一夏。中学を卒業したばかりの少年に、その問いの重さは理解出来ないし、納得出来ない。理不尽な質問には答えられないのが、普通なのだ。
そういう反応は部隊でも散々見てきたラウラは、哂いもせず、真剣な表情を崩さないまま、問い続ける。民間人であった彼にこの手の問いは酷だという事は理解しているが、それでも言わねばならない事があるのだ。
「では質問を変えよう。凰鈴音と、セシリア・オルコット……いや、無関係の者なら、どうする?」
「そりゃ鈴――」
――本当に、その答えが正解なのか?
反射的に答え掛けた一夏を止めたのは、過去の自分だった。
本当に、助けられないのか?全てを守ると言っているのに?
内心から湧き出てくる疑問、疑念、そして過去に対する悪意。それらがないまぜになって喉元まで出掛かっていた言葉を封じ、代わりに出てきたのは自分でも落胆する程の、在り来たりな答え、判りやすい逃避。
「その状況にならないと……わかんねぇよ。ただ、俺は誰かを見捨てる事はしたくないし、しない」
「……それが貴様の答えか」
落胆の意気は無い。ここから出てくるのは純粋な敵意。織斑千冬の弟であるという自覚が無い者に対する敵意。
もはや隠そうともしない冷え冷えとした敵意に、一夏は戸惑うしかない。そもそも何でそんな事を言われなければならないのか、一夏には理解出来ないし、不気味さを感じてもいた。
「というか、何でそんなに絡んで来るんだよ。お前には関係ないだろ」
そう言って、切り上げて逃げようとする一夏。だが、逃がす事を是とする筈が無い。此処で逃がせば、一夏は覚悟も意識のないまま、遠くない時期に大火傷を負うだろう。ラウラはそれを看過出来ない。織斑一夏が、織斑千冬の弟であり続ける以上は。
ビッと指を立てて、ラウラは理由を羅列していく。
「2つある。貴様が教官の弟だから、というのが1つ。貴様が自分の存在価値を完全に自覚していない、この2つだ」
その言葉に顔を歪める一夏。ラウラの言葉が、一夏の心の奥底にあったコンプレックスを抉り出したのだ。
そんな事、判っている。
自分が結局誰から見ても『記号』に過ぎない事なんて自分が良く判っている。だが、それを見ず知らずの他人に面と向かって言われるのは、苦痛だ。
無意識の内にくいしばっていた歯の隙間から、言葉を滲み出す一夏。その色は果てしなく昏い。
「判ってるよ。俺がどう思われているかぐらい、自分の立場ってものも」
「そうか、それなら良い……なら、貴様がISを起動させた直後に起きた誘拐未遂は当然、知っている筈だな?」
「――え?」
ボーデヴィッヒは、今、何と言った?
知らない言葉、知らない事件。
呆然とした一夏に、ラウラは淡々と事実を紡いでいく。
「貴様を誘拐しようとする者達は多い。あの時――貴様が藍越学園に行けなかった時も、中学時代、貴様が金になるアルバイトをしている時にも、いつでも貴様は狙われていた。いつでもだ」
薄氷の上。
そんな言葉が、一夏の脳裏を掠めた。今まであった憤りや悔しさが消し飛ぶ位の、衝撃。
深く動揺している一夏を冷ややかに見つめながら、ラウラが、
「貴様だけではない。貴様とある程度以上に親しくなった者達は有形無形の圧力がかかっている。常にそれを跳ね除けてきたのは、日本政府と教官だ。貴様は、今までずっと、守られてきていた。ISが発表されて以来、ずっとだ」
ラウラの言葉が、酷く遠い。認めたくない自分と、納得した自分がせめぎ合っている。
考えてみれば、そうだった。ISが発表され、ISの根幹部分であるコアを造れるのは篠ノ之束しかいない。なら、束に近しい者達を誘拐し、言う事を聞かせようと考える者達が居てもおかしくはない。
だが、誘拐されたのは、あの一度きり。
それ以来無かったのを、不思議と思った事もある。だが、それ以上に安堵していた自分が居た。それを感じた時、心にどうしようもない程の灼熱が生まれた。
だってそれは――
「それと、貴様を殺害しようとする者も居る」
「ッ何で――」
何で?判っているだろう。俺はただ1人のIS操縦者だ。今後、同じような奴が出なければ俺を殺す事で女性の地位は守られ続ける――
即座に答えに辿り着き、表情を凍らせた一夏に対し、ラウラは評価と、自身の右の眉を多少だが上げた。意外だったのだ。誰かから与えられた環境のみで生活していた、ありふれたジャパニーズティーンエイジャーだと思っていたのだから。
「理解したようで何よりだ。貴様のような奴が何人も出ない限りは、貴様も、貴様と親しくなった奴らも、この先一生、狙われ続ける。それは決定事項だ」
「だから、俺は強くなるんだよ。俺と関わる人達を、全員守れる位に」
眦を上げて決意を再度表明する一夏に、その純粋な意思に対して、内心でだが感心の声を上げるラウラ。
ここまで言われても、初志貫徹の意思を失わない事は難しいものだ。しかし、それは口だけに過ぎない。自分の中で明確な優先順位をつけられない者が理想を語ったところで虚しいだけだ。
「貴様を殺そうとする者、友人達を殺そうとする者、それら全てから守ろうとするのか?」
「……そうだよ。俺は、守りたい――」
しかし、このままでは意味の無い口論になるのも、十分理解している。故に、ラウラはここでカードを切った。
冷えた笑みを浮かべながら。
「では守る為なら、殺せるのだな」
沈黙。
重い、重い沈黙。
うろたえていた筈の一夏の表情は消え失せ、端正な顔立ちも相まって、まるで人形めいた貌へと変化していた。同時に、気配も変わる。殺意とは無縁の人生を送ってきた筈の少年から鋭い刃の様な殺気が、ラウラへと真っ直ぐに向けられていた。
10秒程度して、一夏が言葉を口から出した。それは、逃避だ。
「ふざけんな。何でそうなるんだよ」
「答えろ」
「殺さない。俺は誰も殺さない」
「もう誰も殺さないし、誰も殺させない、ではないのか?」
「てめぇ!!」
激昂して胸倉を掴んできた一夏に揺るぎもせず、冷厳な視線を向けるラウラ。掴まれる直前に関節を極めて投げ飛ばしても良かったのだが、そうはしなかった。織斑一夏という存在を測る為には、単純な暴力は要らない。もっと酷く、もっと抉るものが必要なのだ。
例えば――
『第2回モンド・グロッソ』
隠匿された過去。
それをラウラはプライベートチャンネルを使って暴露した。
「!?」
『ドイツで行われたモンド・グロッソの決勝戦。教官――織斑千冬は棄権し、姿を消した』
すらすらと、まるで見てきたように事実をぶち撒き始めたラウラの言葉に、まるで瘧に罹った様に震え出す一夏。それは、隠しようも無いトラウマめいた過去を暴かれ始めたという証左に他ならない。
『その直後、織斑千冬は現役を引退、一時的にだがドイツにてISを運用する特殊部隊の教官を買って出た。あれ程どの国の招聘にも応じなかった者を動かしたのは、一体何か。当時のマスコミはこぞって調べたが、結果は出なかった。だが、推測で書く者達もいた。そこに真実があったかもしれないという前提や願いで、だ』
「やめろ」
『モンド・グロッソが行われたドイツにはブリュンヒルデの弟、織斑一夏も居た。本来、日本で守られている筈の貴様が何故ドイツに来たか。そして織斑千冬がドイツで教官を務める直前、貴様は日本へ帰国した。肉親を大切にしている教官が、貴様を日本に残したのは一体何故だろうな?』
「やめろッ」
視線だけで射殺す事が出来るのなら、一夏はラウラを殺していただろう。溢れ出る殺意を隠そうともしない一夏に、ラウラは淡々と裏側の事実、つまり闇に葬られた筈の真実を晒しあげた。
『まだある。教官が棄権し、行方を眩ませたその直後、1つのグループが壊滅していたな。軍人崩れの、金さえ貰えれば何だって請け負うその道のプロ達だ。面白い事に、このグループのデータが全て改竄されていたのだが、誰がやったのか』
青褪めた顔色の一夏が、繊維を引き千切る様な強さでラウラの胸倉を捻り上げられても、言葉は止まらない。
冷厳そのものの瞳と灼熱を宿した瞳とで、凄まじい視殺戦が起きていた。
それは、己の過去を暴かれて激昂した者と、相手の過去を知っていて、それを突きつけた者の戦いだ。
『織斑一夏。我々は真実を知っている。だが公表するつもりは無い』
「何が狙いなんだ」
『貴様の意識改革だよ。このままでは貴様は良い様に扱われるだけだ。まずはそれを防ぐ』
表情や眼光はともかくとして、嘲笑も、憎悪も、敵意も混じっていないその声。
ラウラはセンクラッドを護衛する任務の他にも、織斑一夏に揺さぶりをかけ、ドイツへと来させる為の布石を打つという任務を受けていた。しかし、ラウラはその命令をわざと曲解した。
織斑一夏をこのままにすれば、必ず千冬に被害が及ぶ、そう判断したからだ。半ば信仰と化している千冬に対する忠誠心と恩義が、そうさせていた。
だが、一夏にそれは届かない。赤の他人に思い出したくも無い過去を抉り抜かれる事を許容するには、まだ幼すぎた。
「何だよ、それ」
『貴様が思っている以上に、貴様は世界から必要とされているし、邪魔だとも認識されている。その事をキチンと理解して貰わなければ困るのでな。だから――』
「――織斑。貴様に忠告だ。今のままでは、貴様は教官の負担にしかならない」
「何をっ」
「貴様は足手まといだ。弱く惨めで、浅はかでもある。危機に陥った時、結局貴様は姉を頼る、必ずな。もしくは姉の友人を。貴様が頼らずとも、周りはそう動く、あの時のように」
「もうそんな事はさせねぇよ!! 俺は、俺はこの力で――」
――何をするつもりだ? もう判っているだろう、白式の武器の特性を。人を殺せるという事を。
冷え切った声が、酷く胸に突き刺さる。ラウラの視線にも、同じような意味が込められている事は明白で、故に、一夏はそれ以上の言葉が出てこない。
ISは、兵器。
一瞬にして人を殺せる武器だ。例え競技用と言われていても、それを鵜呑みにする事は、IS学園に入ってからの一夏には到底出来る事ではない。箒が、千冬が言っていた言葉が重くのしかかる。
ISは、人を殺せる。容易に、呆気無く殺せる兵器なのだ、と。
特に、白式のワンオフ・アビリティの零落白夜は、絶対的な攻撃力を以って相手のシールドエネルギーを無効化し、強制的に絶対防御を発動させてシールドエネルギーを削るもの。絶対防御を発動すればシールドエネルギーはあっという間に空になる。展開し続ければ、操縦者ごと両断する威力を持つ。
それは、従来のIS以上に人を容易に殺害する事が出来るという事、そしてIS操縦者を殺す事に特化した機体であるという事でもある。
「――ボーデヴィッヒ」
「何だ?」
「何で、ここまで俺に言ってくるんだ?」
「言っただろう、貴様が、教官の弟だからだ」
言葉の表側だけを取るならば、本当にそれだけだろう。だが、一夏はそれだけではない、何かがおかしいと気付き始めていた。そう、この手の言葉は何度も聞いてきた。今になって思えば、ISが公表され、白騎士事件が発生し、世界がISを受け入れ、千冬がモンド・グロッソで優勝した、その節々で。
大人達が自分に向けてきた言葉と視線。それらが今、ラウラと合致した。
「あぁ、そうか。つまり、お前は」
「そうだ。私は貴様が大嫌いだ。そして気に入らない。全世界の男達や軍に所属している者達の大半はそう思っているだろうがな。腑抜けた心構え、叶わない幻想を持ち、それでいて大して強くも無い、機体性能に助けられている貴様を見て、そう思わぬ者は皆無だろうよ。このままでは貴様は誰も守れやしない。いつか必ず、何処かでツケを支払う事になる。そして、そのツケを支払うのは、教官達だ」
「そんな事にはさせやしねぇよ。それを証明してやる」
強い意志と激情に裏打ちされた言葉は、重く、そして鋭い響きを伴ってラウラに向けられた。冷え冷えとした敵意を眼光に乗せ、一夏のに冷笑を浮かべるラウラ。
「今ここで、か?」
「ふざけんな。ISは緊急時と指定されたカリキュラム以外での起動は認められていないだろ」
「それ位は覚えているか」
「当たり前だろ。ツーマンセルトーナメントで証明してみせる」
コレ位か。ラウラはそう思った。
一夏を焚き付ける事は成功した。後は、本人の頑張りと、周囲の環境だ。それに、どうしようもなくなる前に、ラウラ自身が助けに入れば良いだけだ。その為の布石は今日この場で打った。
後は、ツーマンセルトーナメントで一夏を下し、ラウラが優勝する事だけ。どれだけ一夏が未熟なのか、そして想いだけでは決して勝てないものも有る事を、謂わば現実を知らしめるのが、今回の目的だ。
全ては、教官の為。一夏の為ではなく、敬愛する教官の心労を取り除く為。
「良いだろう。現実というものが如何に惨いものか、貴様に教えてやる」
「言ってろ」
火花を幻視させる程の、強い感情のぶつかり合い。1つは敵意。1つは憎悪。
憤然とした様子の一夏が胸倉を掴んでいた手を放そうとしたその瞬間。
「2人とも、何をしている」
地を這うような低音で、凍り付くような重圧を伴った声が、その場に響き渡った。
弾かれたように声の主を見る2人。
そこには、センクラッドと、その護衛のシロウが立っていた。その表情は、共に険しい。