IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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第一章:邂逅編はこれで終了です。


EX―IS07:IS国際委員会日本支部

 人類史上初の異星人との会食が無事終了したその2時間後、IS国際委員会日本支部の最上階の倉持が所有する宿泊所兼仕事場で、倉持とヴァイツゼッカーは書類作成をしていた。委員会本部に送る書類と条約締結の書類だ。本来ならば他の者に任せるのだが、今回ばかりはそれが出来ない。実際に相対したのは自分達のみであり、また、まだ交渉の前段階なのに余計な事を仕出かす輩が居ないとは断言出来ない程、今の国際委員会も、政府も、世界すらも揺れているのだ、自分達だけしか頼れない。

 

「――ヴォルフ、君の意見を聞きたい」

 

 書類作成の文言を、アルコールが入っていた脳味噌を即効性のアルコール分解薬を用いて綺麗サッパリさせた後、フル回転させてどういう方向で書こうかと考えているヴァイツゼッカーだったが、空間に投影されている電子キーボードと眼鏡越しに表示されているディスプレイを操作している倉持の声で意識を現実へと浮上させた。

 

「それは、どういう意味でだ?」

「全てだね」

 

 言葉少なに呟いた一言。それは重い響きを持っていた。

 キーボードを一旦格納し、椅子に体重を預けたヴァイツゼッカーは、先の時間で起きた複数の事柄を思い出しながら、

 

「異星人にしては、此方の事を知り過ぎている気がするが、語学力に加えてインターネットを閲覧する適応力を加味しても、地球人の可能性はまず無いだろう。少なくとも、人間は手から炎を出さないし、瞬間移動じみた高速移動も出来ないし、重合金を素手で破壊する事は出来ない。おまけに翼も生やせはしない。ISを纏えば一部可能だが反応が無いからそれも違う。そして、同じ時代に全く違う未来兵器を生み出したと考えるのは甚だナンセンスだ」

 

 襲撃事件の真相を知っているという事をサラリと乗せた言葉をヴァイツゼッカーは吐き出したのだが、倉持は眉根一つ動かさずに、確かにね、と呟くだけであった。

 知っていたのだ。あの事件の真相を。複数筋から情報と映像が流れてきていたのだから、当然と言えば当然なのだが、それを表に出さないのは当然だろう。あの場でそれを出せばIS学園と異星人の面子を潰す事になる上に、無人機に関してのカードを相手から切られるという事になる。それは、愚策どころか自殺行為だ。

 

「それに、あの映像は彼が発案したのだろう?」

「あぁ、驚いたよ。致命的な弱点としてついてくると思っていたのにね。技術力の差はともかくとして、交渉の下手さと言い、本当に善人なのかもしれないよ、彼は」

「決め付けるのは早計だぞ、倉持。それを決めるのは、もう少し後にしろ」

 

 楽観的な思考を厳格な声で叩き伏せられたが、そうだねぇ、と一言だけ口にして、一旦作業を中断して倉持は頭上を見上げた。柔らかい薄橙色の灯で構成されたシャンデリアがまぶしく映る。

 この手の過飾されたインテリアは好きじゃないのに、と眉を顰めて呟く倉持に、唇の端を持ち上げたヴァイツゼッカーが、

 

「諦めろ。成金なり金持ちなりお偉いさんというのは形から入らないといけないものだ」

「君は貴族だから慣れているだろうけど、私は未だに慣れる事が出来ないよ。実家の畳が恋しい」

 

 その言葉に、今度こそ唇が苦笑を描いた。どこにでも居そうな風貌をした、もっといえば冴えない男性然とした眼の前の男が、親子揃って鬼才と呼ばれているのだ。そんな男が発する言葉ではないな、と改めてヴァイツゼッカーは思っていた。

 大きく伸びをした後、作業へ戻った倉持だったが、数秒の間を置かずして、

 

「――鮨屋での発言は記録したのかい?」

 

 唐突な言葉は何時も通りだ。別段驚きもせずに勿論と頷いて、だがヴァイツゼッカーは声に微々たる緊張を含ませて、言った。

 

「彼は、今のIS観を完璧に覆したな」

「IS観だけではないよ。巧く使えば宇宙開発どころか、人類そのものに対する革命を起こせる。切るカードとしては極上で、極悪なモノがきたよねぇ……まぁでも、宇宙に進出して惑星を複数持つのなら、それ位しないと駄目だとは思ったよ。アレは正に、眼から鱗だった」

「確かに」

 

 しみじみと倉持が言った言葉に同意するヴァイツゼッカー。今までの基準はあくまで『地球人類』のみだった。だが、それが覆されようとしているのだ。地球人類から、異星人を加えた宇宙人類へと。

 あの時の会話は値千金どころの話ではない。

 ただ勿論、それをそのまま正直にこちら側に反映させようとしても無理だ。様々な思惑と勢力が絡み合う今の状況では、委員会だけでは確実に、文字通り滅びの一手になりかねない。理性よりも感情で表の世界が動いている現状では、特に。だが、使わない手は無い。切り方によっては倉持やヴァイツゼッカーの言った通り、全てを覆すものになるのだから。

 しかも、篠ノ之束が直接的に関与していない部分だ。それこそが鋭利な武器になり、死に至らしめる猛毒にもなり、蘇生するにも十分な良薬にもなる。

 

「問題は、それを何時使うか、だな」

「協力するのがベストだけどねぇ。交流自体には忌避感を感じていなかった。幸いにも彼と親しくなった者達の大半は国家代表候補生ばかりだし、一夏君とも親交を築いている。あの千冬さんや篠ノ之箒とも巧く付き合っているようだから、そこら辺を突いて行けば、博士込みで何とかなりそうだよねぇ」

 

 凪いでいる、のんびりとしていて穏やかな声質だが、言っている事は割とそうではないという典型的な例の塊である倉持の言葉に、ヴァイツゼッカーは確かにと頷くも、釘を刺す事は忘れない。

 

「何とかなりそう、では困るぞ倉持。何とかするのが今の我々の仕事だ」

「私は本来1企業の棟梁であって、政治屋だの政治家だのじゃないんだよ? まぁ、なってしまった以上はベストを尽くすけどね」

「だからこそ、倉持、貴様を推薦したんだ。責任感もあるし、そのインスピレーションをISだけに留まらすのは損だ」

 

 日本支部長についてだが、当初の予定では倉持ではなかった。織斑千冬を、という声が国内外含めて大多数だったのだが、その織斑千冬と国家IS戦略防衛大臣とヴァイツゼッカーが指名したのだ。寝耳に水であったが、ブリュンヒルデだの他国大企業のCEOだの政治家の大先生だのから推薦をされてしまった以上、引き受けるしかなかった。

 その事を思い出したのか、げんなりした表情で溜息をつく倉持。

 

「千冬さんも君も、私を過大評価し過ぎだよ。私はただの技術者だと言うのに」

「ISに関してならともかくとして、政に私心や野心を挟まない者が必要だったからな。おまけに口も堅いし意思も強い」

「買い被りすぎだよ……全く、どうしてこうなったのやら」

 

 そうぼやき続けながらも、キーボードを叩く勢いは当初の会話から些かも衰えてはいない。もし倉持が女性であったのなら、或いはもし倉持にISが使用できたのなら、ブルーティアーズは彼専用機となっていたかもしれない。マルチタスクの処理数という観点から見れば、男性で彼ほど使いこなしているものは皆無だ。

 それは、幼い頃からシューティングゲームをダブルプレイでクリアし続けていた事も要因の一つだろうが、元々の才能もあったのだろう。ちなみに、彼の変態的技術志向により、白式の初期段階の構想は構築済であった。ブレードオンリー、防御システム貫通特化の兵器、展開装甲等における理論だけを見るならば、何も篠ノ之束だけが考えたものではない。だが悲しいかな、その発想は有っても、それを実行するだけの技術力が追いついていないのだ。

 0から作り出す事よりも改良や改造を施す事に定評のある日本人の特性を、更に凝縮したような男である。

 

「ああ、そうだ」

 

 倉持は、ふと思い出したようにキーボードを打つ手を止め、ヴァイツゼッカーに対して視線を向けた。いつもの神経質で冴えない男然とした視線ではなく、全てを射抜くような眼だ。それに疑問を感じ、何だ?と返すと、

 

「結果はどうだった?」

 

 そんな言葉が返ってきた。何の話だと言わんばかりに眉を顰めるヴァイツゼッカーだったが、良く見ると倉持の視線はヴァイツゼッカーから少しズレていた。ゆっくりと振り向くと、成る程、そういう事かと納得した。

 

「此処に入ってくる時位、ノックをしたらどうだ、ミューゼル」

「窓から入ってきたんだけど? まぁ、そうね。次からはそうするわ」

 

 金色に輝く髪と世の大半を恍惚とさせる美貌に全くの不釣合いな死の匂いを微かに漂わせているミューゼルがそう嘯き、両手に持っていた珈琲を2人に手渡し、音を立てずに長い足を組んでソファーに座った。

 

「4人程、ちょっかいかけようとしていたわ」

 

 その言葉で、空気中に緊張が疾る。双眸を糸の様に細める倉持と、剃刀のような視線で見詰めるヴァイツゼッカー。その言葉は、センクラッド達が乗るリンカーンに攻撃しようとしていた者がいるという意味だ。

 

「誰だ?」

「武器はRPG-32にタボール、それからガリルとSVU-A等、新型も含まれていた。人種はマチマチ。それと、高速道路の高架下にこんなのも埋め込まれていたわね」

 

 そう言いながら拡張領域から取り出したものを見て、2人は呻き声をあげた。建物の解体にも使われる事もあり、値段以上の効果を持つ殺傷兵器。

 

「プラスチック爆弾……高架下って、ここは日本だよ……?」

「しかもセムテックスか」

「うちの部下が気付いてなければ、ドカンといってたかもしれない。全くあの子のカンというかその手の嗅覚というものは本当に鋭くて助かるわ」

「その部下、ちゃんと労っておけよ。世界を救ったんだからな」

「嫌がりそうだけど、伝えておくわ」

 

 割と……まぁ、本当に割とという感じだが、足がつきやすいC4ではなく、セムテックスを選択したり、装備や人種も多国籍であったりと絞らせないように仕向けている事は明白だとばかりに溜息をついたヴァイツゼッカーに追い討ちをかけるように、ミューゼルがセムテックスを持つ手をヒラヒラとさせながら、

 

「それと、コレについてだけど」

「まだ何かあるのか?」

「識別用のマーカーが無かったわ。勿論、自作の可能性もあるけど、構造上から見て、限りなく低いわね」

 

 その言葉に、最悪だと天井を仰ぐヴァイツゼッカー。爆弾探知機に映らないように作成されたセムテックス、条約無視にも程がある。しかし、マーカーがついていないからといって特定が容易になるわけでは無い。

 セムテックスの開発元であるチェコにISコアが供給されていない事で、今の国際社会とは孤立化している傾向にあった。ISを供給されている国とされていない国、それは持つ者と持たざる者の関係に近い。まず捜査に関して協力的ではないのは確実だ。

 

「……それで、吐いたのか?」

「締め上げる前に自決……いえ、殺害、かしら、あの場合」

「どういう事だ?」

「拘束して尋問し始めた途端に、血を吐いて死んだのよ。歯に仕込んでいた形跡は無かったから、ナノマシンによる遠隔操作かは解剖してみないとわからないけど、恐らくは、ね」

 

 その言葉に絶句するヴァイツゼッカー。倉持も強張った表情を浮かべていた。

 センクラッドや千冬達を狙う輩が、予想していた以上の装備と闇を感じ取れたのだ。失敗即ち死、それは裏社会や世界の闇に身を置く者ならば常識といっても良いが、それでもやはり慣れる事は無い。倉持もヴァイツゼッカーも、表の人間なのだから。

 気を取り直した倉持が引継いで、

 

「解剖と調査は亡国機業(そっち)でお願いしても?」

「そう言うと思って既に死体は回収済みよ。結果が出次第、貴方の息子に渡しておくわ。ただ、余り期待しないで頂戴。ちょっと見てみたけど使用していた武器も防弾チョッキも、足がつきそうなモノは全て抹消済。今頃解析を行っているけど厳しいでしょうね。セムテックスに関しては諜報部とマフィアに情報をあげさせるように指示しておいたわ。それと、こっちの離反者は今の所ゼロ。ただ、グレーは増えてきているけど」

「馬鹿者共め、人類を滅ぼす気か」

 

 そう吐き捨てるヴァイツゼッカーの言は何一つとして間違っていない。少なくともセンクラッド単体で容易に束博士謹製の無人機ISを破壊したのだ。シロウと名乗る護衛も同等以上の力を持っていると考えるのが自然だ。となれば、彼らと敵対した場合、IS機だけではなく旧世代と呼ばれている兵器をフル動員しても勝てるかどうかが判らない。アレが本気だと願うのは勝手だが、この場にいる三人はそれは絶対にないと確信さえしている。

 仮に万が一、勝ったとしよう。勝って、一体どうなるというのだ。彼らを殺すなり捕らえるなりした後、いつかは必ず、彼らを救い出そうと、或いは報復する為にグラール太陽系から惑星3つ分の軍隊が来る。そうなれば、人類は文字通り破滅だ。

 

「そうさせないように私達がこっち側に来たのだけれど」

「貴様達と協同するとは思わなかったがな」

「確かにねぇ。此処まで協力的な『組織』ってのも、しっくりこないかな。いや、ありがたいんだけど、ねぇ?」

 

 表側の重役達の台詞に、苦笑を禁じえないミューゼル。ミューゼルですら表舞台に上がるとは思っても見なかったのだ。あの会合の後に王がミューゼルに下した命令はセンクラッドの護衛と情報収集だった。接触までは考えていたが、それ以上の命令が下りてくるとは思ってもみなかったミューゼルは、珍しく唖然としていたものだ。

 ただ、それすらもデュノアは読んでいた。デュノア曰く「コントロール出来ない市場や世界は旨みが全くないですし、新しい商売チャンスを逃す事はしないですよ」と言っていたが、それだけではないだろう。

 ただ、確かに亡国機業の存在意義と大きく関わってくる以上、彼らを護るのは自然だと、後でだが、そう思ったのである。

 

「使えるモノはなんでも使え、そう割り切って欲しいけど」

「勿論割り切るさ。ただでさえ地雷原の只中でタップダンスを踊るような状況なんだし、遠慮なく使わせてもらうよ」

 

 倉持の独特の言い回しに、苦笑の色を深めるしかないミューゼル。彼の性格上、発言した以上に、遠慮どころか容赦なく使ってくるだろう。しかもカードの切り方は亡国機業に属している彼の息子以上に巧い。流石にデュノアとは方向性がまるで違うし、才覚もデュノアの方が上だが、それでも彼の人の使い方は的確で、予想もしないやり方に加えて鉄板なやり方をも提唱してくるだろう。

 

「あぁ、そうだ。ミューゼルさん」

「何かしら?」

「君達の事だから彼に接触したと思うけど、その感想を教えて欲しい。出来るだけ詳しく」

 

 その言葉に、薄っすらと浮かべていた苦笑が消えた。が、それ以上の変化は無く、

 

「残念だけど、まだ接触出来てないの」

 

 その言葉に表情を僅かに変える倉持。嘘をついているわけではないのだが、やはりそう取れるのだろう。IS学園のセキュリティを誰にも気付かれないまま無効化し、潜入する力量があると知っているが故に。

 真実、ミューゼルは現時点で接触はしていなかった。妙な確信に囚われていたからだ。

 この距離から少しでも詰めてしまえば、自分の命をチップにしなければならない、しかもその賭けは秒刻みでやり直しを要求してくる、そんな確信が心の底から脂汗を伴って噴出していた。殺気も敵意も威圧感もなく、ただ死を覚悟させた存在を、ミューゼルと彼女の部下はおぼろげな予感ではなく、確信として感じ取っていたのだ。距離にして4kmも離れていたのにも関わらず、尋常ではない存在を感知した故に接触する事無く、限りなく遠くから眺めていた時に、襲撃しようとしていた勢力を察知したのだ。そういう意味では僥倖とも言える。

 

「理由は?」

「嫌な予感、というよりも近付いたら死ぬ、と警告されたから」

 

 その言葉に、技術屋の2人は意味が判らないとばかりに顔を見合わせた。まぁ、それが普通の反応だろう。ミューゼルや彼女の部下でさえ、死の気配を与えてきた存在を完全には看破出来ていないのだ。そういう存在が居るという事までは判ったのだが、何処にその存在が居るかまでは判らなかった。

 

「あー、つまりそれって、君達気付かれていたって事かな?」

「そうね。割と最初から気付かれていたのかもしれない」

 

 ミューゼルに視線が飛んできていた時期は、最初から、つまりIS国際委員会日本支部で案内役として紛れていた時から既に気付かれていた節がある。あの異星人達が自身を見る眼は性や好色のそれでは断じて無く、完全に観察者と戦士の視線だった。手を抜いたつもりは全く無かったのだが、看破されていたと見て間違い無いだろう。

 尤も、相手方は亡国機業等の『組織』には疎い筈なので、護衛だと思われていたのかもしれないが、楽観論で全てを失うわけにはいかないミューゼルとしては、その可能性を低く見積もっており、それを可能性で終わらせない為にも一手打つ事にする。

 

「なので、私も護衛という形で辻褄を合わせてくれると助かるんだけど」

「――外部からという事か」

 

 IS学園内に閉じこもっているならば、千冬やラウラに任せっきりでも良いだろう。だが外出する場合はそうも言っていられない。超遠距離からの狙撃や民間人を巻き込んでの攻撃やテロに遭う可能性は、確率として見てみれば低めだが有り得るのだ。故に、秘密裏にこちら側が依頼した外部協力者という方向で引っ張ってきてもおかしくは無い。

 無いのだが。

 

「亡国機業と知れると面倒な上に、貴様のデータは全て偽造だろう? そちらの失策をある程度までフォローするのはまぁ構わんが、そこはどうする?」

「精度に関しては全く問題ないわ。スコール・ミューゼルは今は表にも存在する。デュノア社のラファール・リヴァイヴ及び第3世代機のテストパイロットとして、ね」

「……亡国機業が開発したんじゃなかったっけ、君のISは」

「建前って結構大事よ?」

 

 胡散臭いなぁと言いたげな倉持のツッコミにも何処吹く風でミューゼルは返した。

 ヴァイツゼッカーは、耳に入ってきた情報を吟味し、やがて成る程と頷いて、

 

「デュノアもそっち側か」

「言っておくけど健全な会社よ? 叩いてもゴシップ程度しか出ないあたりは」

 

 意外な事だが、ISという莫大な利権に絡んでくる子飼いの政治屋や下請け企業、お抱えのジャーナリスト等はデュノア社では一切存在していない。それは亡国機業のサポートもあるにはあったが、デュノア社の社長の腕と慧眼があるからこそ、とも言えた。ゴシップも社長の隠し子や愛人と正妻といった極めて個人的な問題、経営上に何ら絡んでこない問題のみである。

 逆に言えばそれが無ければ胡散臭い程清廉潔白な会社であったのだ。社員の不満も殆ど無く、ハラスメント問題や賃金に関する意識のズレも表向きはほぼ皆無。更に、今のご時世では珍しく実力至上主義を掲げている為、社外での衝突は多いが社内に関しては非の打ち所が無いと言える程、デュノア社は健全だった。

 ジャーナリストに延々探られ続けるよりは喰い付き易い汚点を出した方が良いと判断した結果がそれなのだろう、と倉持は予想していた。その予想は半分当たりで、半分外れなのだが。

 

「話を戻すが、バレたらデュノアのスキャンダルどころの騒ぎじゃないな。昔なら粛清されていただろう」

「今も昔もそう変わらないと思うけどねぇ……少なくとも、一蓮托生なのは変わりは無いし」

「確かにそうね。成功すれば異星人との交流、失敗すれば身の破滅、リターンもリスクも大きいのは確かよ」

 

 ミューゼルが言った通り、異星人との交流を無事成功させた場合、初期から関与しているIS学園は勿論の事、IS国際委員会やそれに属するメンバーも恩恵を受ける事になる。その順番が遅いか早いかの違いがある故に、倉持達も亡国機業も手を結んだのだ。無論、火種として扱ってくる者達の排除、つまり一定の平和維持活動も多分に含まれている。比率としては倉持のみが後者だが。

 冷めてきた珈琲を啜り終えた後、ヴァイツゼッカーはコップをテーブルに置いて、今後の方針を確認した。

 

「護衛として登録するのはミューゼル、貴様だけで良いのか?」

「そうね。ただ、外出時には私以外も付いていくけど。もう少ししたらティアーズ型の受領も済むし、そうすれば外で起こる問題は事前に潰せるでしょう」

「サイレント・ゼフィルスか? まだ完成していないと聞いていたが」

「テストパイロットという名目でうちの子が担当する事になったの。尤もデータに関しては全てダミーだけど」

「……そういう事をあんまり堂々と言わないでくれるかな」

 

 支部長と監査部長の前で、と言った倉持に、眼を丸くしてそれもそうね、とわざとらしく言うミューゼル。こういう故意犯なところが苦手だと息子がぼやいていたな、と思い出しながら珈琲を啜ろうとしたが、既に中身が空っぽになっている事に気付いて、

 

「あぁミューゼルさん、おかわりを2つお願い」

「……人の事言えないけど、貴方も大概図太いわね」

 

 苦笑して珈琲を作りに立ち上がったミューゼルを見送ったヴァイツゼッカーは双眸を細め、口許をほんのり苦く緩ませて呟いた。

 

「ミューゼルの言う通りだな」

「使えるモノなら何だって使うってさっき言ってただろう?」

「普通に考えて、亡国機業の幹部に珈琲を作らせる男なぞ、貴様しかいないだろうよ」

「ならヴォルフもやれば良いだろうに。こんなので貸し借りは思わないさ」

 

 それもそうだが、そういう事を云いたいわけじゃないのだが、まぁ何時もの倉持だから仕方ないと割り切って、情報の選別をし続けている倉持にヴァイツゼッカーは、

 

「それで、どれを流すんだ?」

「そうだねぇ。本部には無人機と会食以外のデータ、かな。会食のデータに関してはPCには保存しないでおこう。どこぞの天災に『発掘』されても困るし」

「確かに」

 

 勝手にデータベースを覗いてきた挙句、場合によってはそのデータを除いてくる天災。

 そんな篠ノ之束博士を苦々しく思っているのは、ヴァイツゼッカーだけではなく、最早世界の共通事項だ。倉持位だろう、どうでも良いじゃないかというスタンスを貫いているのは。尤も、お互いが興味を持っていない上に衝突する可能性も殆ど無いからそうやっていられるのだろうけれども。

 靴音一つ出さずに、唐突に視界外からカップが現れた。ミューゼルの仕業だ。

 別段驚きもせずに珈琲を受け取り、同時に啜る2人。その直後に倉持はUSBメモリをミューゼルに渡した。会談のデータが入っているのだ。

 

「それじゃ、私はそろそろ帰るわ。これ以上起きていると美容の大敵だし」

「ミューゼル、サイレント・ゼフィルスを受領したら倉持に連絡してくれ」

「はいはい」

 

 直後、ミューゼルは窓を開けて外へと出た。ヴァイツゼッカーは気合を入れ直して、空中ディスプレイと電子キーボードを呼び出し、監査部から見た日本支部の動向と異星人に対する報告書を書き始めた。ミューゼルや倉持と会話した事で、何を書くべきで何を書かないべきか、明確な区切りが自身の中に出来たので、もう暫くすれば書き終える事が出来るだろう。




活動報告の方に第一章の後書きぽいのを書きます。
伏線リストだの原作との相違点等を記載したりするので、気になる方はどうぞ。

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