IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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EX―IS01:記録の一部

 篠ノ之束。

 インフィニット・ストラトスを開発し、世界の軍事バランスと男女格差を崩壊させた張本人。

 親友とは別のベクトルを向いている倣岸不遜な表情が稀有な事に、必死とも取れる真剣な表情でウィンドウディスプレイを見つめながら、手元にあるキーボードを打ち鳴らしている。

 そのウインドウディスプレイに表示されているのは、センクラッドがこの世界に現れた瞬間を再現する為のシミュレーターで、今現在、様々なパラメーターを打ち込んでは再現に失敗し、条件を変えては再現に失敗するというトライアンドエラーを繰り返していた。

 

「うーん。流石に記録を取っていない状態で再現は無理かぁ……あーあ、勿体無いけど諦めよう。それよりも――」

 

 束は少しばかり後悔していた。

 不可能、という言葉を常日頃から打破していた彼女だが、今回ばかりはお手上げであった。

 表舞台から姿を消し、裏社会からも巧く逃れながらISの更なる研究をしていた彼女に、一切の油断も慢心も無かった。

 だが、この予測は出来なかった。何時如何なる時でも敵から対応する為、あらゆる場所に仕込み、入り込んでいる警戒システムは、彼女の自己防衛の為にしか働かなかったし、彼女自体、世俗に興味を持っていなかった為、世紀の瞬間に立ち会えなかったのだ。

 残念な事に、地球の全てを監視できても、宇宙空間の全てをフォロー出来るような監視システムは構築出来ていなかった。

 気付いた時には宇宙船に対して眉を顰める位の量の通信が飛び交っており、迂闊に通信を飛ばすわけにはいかない状況であった。

 故に、手を拱いて見るしかなく、業腹だが傍観するしかなかったのだ。

 しかし、得る物もあった。記者会見時に気付いた事があり、今からそれの検証をするのだ。

 たった独りで宇宙船に乗って来たという事実も気になるし、黒尽くめの不思議な服装にも興味がわいたが、今は彼の言動と唇の動きに注目していた。

 

『――これがニューデイズと呼ばれる星で、首都オウトクシテイにはニューマンと呼ばれる……そうですね、地球で言うところの、創作上のエルフに近い種族が住んでおり――』

 

 やはり、そうだ。あの男、間違いなく自分の口と舌で話している。記者会見が行われた直後のデータと、記者会見終了直前のデータを見比べても、それは変わっていない。変わっていたとすれば、日本語の丁寧さに上達が見られる事位か。

 となると、ファースト・コンタクト時の大量の通信で粗方学んでしまった可能性もあると言う事。翻訳に特化した種族なのかもしれないが、そうでない事はこの会見で見て取れている。

 

『この星に来た目的というのはありますか?』

 

 その質問に、やや困ったと言った表情を見せるセンクラッド・シン・ファーロス。

 

『いえ、特には』

『どういう事でしょうか?』

『実のところ、この星に訪問する予定はありませんでした。この太陽系の文明Lvでは、こちらを関知する事は出来ないと判断していた為です』

『つまり、こちらが発見しなければ、接触は控えていたという事でしょうか』

『その通りです。想定外でした』

『その割には、日本語が巧く扱えているように見えますが?』

 

 その挑発的とも取れる言葉に、センクラッドは苦笑いを浮かべた。

 

『先の通り、グラール太陽系の惑星ニューデイズにおいて近い言語があった為です。でなければもっと時間がかかっておりましたし、現在も学習させて貰っています』

『どのように学習しているのでしょうか?』

『聞いて学習する事、軍事的な制限をしていない電子ネットワークから情報を閲覧して学習する事、それだけですよ』

 

 その言葉にざわめきが沸き起こる。前者が真実ならば、デューマンという人種は篠ノ之束博士以上の天才という事になる。腹正しい事に束自身から見ても、そう見ざるを得ない。

 だから、束は見極めねばならない、その言葉が真実なのか嘘なのかを。

 

『今も電子ネットワークから情報を取得しているという事でしょうか?』

『そうですね、現在進行形で取得させて頂いております』

 

 この時、束を初めとする幾多の科学者、もっと言えばリアルタイムで聞き取った人間は彼の周囲に何らかの信号が送受信されているかを調べていたが、結果はNOと出ていた。しかし、ブラフで片付けるには余りにも異常なのも確かだ。

 仮にそれが本当にブラフで地球人だった場合、束と同等の天才、もしくは組織力でそれに比肩し得る者達が一切関知しない間に宇宙船の建造からワープ航法まで独自で編み出した事になる。あれだけの規模を隠蔽しながら製作し、痕跡を残さずにテスト航行までするのは自分という前例はあるが、不可能に近い。

 また、世界が女尊男卑となり、多くの人々を失業に追いやったISに対抗して、何の行動も採らなかった事がおかしな話である。何らかの理由は欲しい所だ。例えば、ISなど取るに足らない存在だとでも――

 そこまで考えて、ようやく束はギリッと無意識に歯をかみ締めていた事に気付き、肩の力を抜く為に一度大きく深呼吸をした。

 まだ情報が足りない。そして冷静さを失うな。検証を続ける事を放棄したり怠ったりする事は科学者として恥ずべき事。そう言い聞かせながら、映像を再生させていく。

 

『次の質問ですが、技術の提供や交流は考えているのでしょうか?』

『惑星法が制定されておりますので、その質問の回答は控えさせて頂きます』

 

 極めて穏やかに、だが初めて明確な拒否の姿勢が来た瞬間だ。フラッシュの焚く量が増えるが、表情に変化が無いセンクラッド。

 束は映像を一時中断し、センクラッドの瞳孔を注意深く観察するも、眼を細めも瞳孔が収縮もしないものは、恐らく何らかの機能を使ったものだと推測し、記者会見の続きを見つめた。

 

『その惑星法とは?』

『簡単に言えば、その惑星の文明と精神の成熟度を計測し、想定を上回った場合のみ、こちらから接触をするというものです』

『我々はISを発明し、貴方の宇宙船を発見致しましたが?』

 

 この発言をした女新聞記者の社会的な死はここで確定していた。ISの発明者である束からしてみればお前が発明したわけでも無いし、お前が発見したわけでもない。それに先程から随分と挑発的な発言だ、一体この女は何様のつもりだろうか。苛々とした気分でその映像を眺め続ける束。

 

『IS、というのは、織斑千冬が乗っていた機体の事でしょうか?』

『そうです』

『成る程。確かに、先程申し上げた通り、想定外でした』

『という事は、想定以上と受け取ってもかまいませんか?』

『えぇ、構いません』

『ならば、技術提供はするのでしょうか?』

 

 その発言に、今度こそ隠しきれない苦笑いを浮かべるセンクラッド。

 

『何でそこで笑うんですか?』

『失礼致しました、先程申し上げた通りです。惑星法の制定により――』

『ハッキリ言ってください!! 何でそこで笑うんですか!?』

『言った方が宜しいですか?』

 

 センクラッドは苦笑したまま怜悧な視線を向けるが、それに気付いたのは本人以外、もっと言えば女尊男卑の風潮に染まりきっていない、或いは染まっていても普通の判断力を持った人々だ。哀れな事に本人は気付かず、大声というよりも金切り声で喚き立てるように騒いだ。

 

『言ってみてください。言ってみてくださいよ、何がおかしいんですか!!』

『簡単なことです。精神的に未熟だからですよ』

『未熟ですって!?』

『確かに、こちらを捕捉できたという事は文明的には水準を満たした事になります。ですが、それに精神が追いついていない事は多々有ります。今回はそのケースかもしれません』

 

 言外に、お前は未熟だという指摘に顔を真っ赤にして言い返そうとする記者を、どこからともなく現れた黒服の男達が羽交い絞めにし、強制的に退出させていった。

 

『離しなさい!! 私を誰だと思ってるの!? 離しなさい、離してッ!!』

 

 ドアがバタン、と閉じられ、暫し気まずい以上の雰囲気が記者会見の場を支配する。

 それを崩したのは、センクラッドの方からだった。

 

『――話を戻しましょう。惑星法を盾にしたように聞こえたと思いますので、それ以外の理由を挙げます。技術の提供や交流ですが、私一存では決められません。地球に所属する人々の成長を阻害、或いは歪める結果となる場合がある為です。その為、一時帰国してから判断を仰ぐ事になります』

 

 何事も無かったかのように話を進めるセンクラッド。余談だが、あの女新聞記者は数日後に交通事故で世を去る事になるが、不思議な事にマスコミは報道しなかった。

 

『質問宜しいでしょうか?』

『どうぞ』

『差し支えなければで良いのですが、本来はどのような目的が有ったのかを教えて頂きたいのですが』

 

 これは機密だろう、と思っていた者達は、ここで予想を裏切られる事となる。そうですね、と思案し、言葉を捜しているセンクラッドだったが、やがて「あぁ」と頷き、

 

『敢えて言うならば、旅をする為、ですかね』

『え。旅、ですか?』

『旅と言うよりも交流や旅行、という方がシックリ来ると思います。別に未開拓惑星を探索する為に旅をしているわけではなく、グラール太陽系と同盟或いは通商条約を結んでいる国々を見て回る事ですので』

『個人旅行、というわけですか?』

『その通りです。云わば趣味というものです。他に質問はありますか?』

 

 男が手を挙げ、起立して口を開く。

 

『どの位ここに滞在なさるのですか?』

『転移に必要なエネルギーが溜まるまでですが、そうですね……少なくとも、何事も無ければ夏までには戻る予定です』

『グラール太陽系との通信は可能ですか?』

『この地域からは難しいですね。いずれにせよ、一度転移しなければなりません』

 

 この発言は、地球人類側にとって大きなアドバンテージになる可能性を秘めていた。もしこれが本当ならば、例えばだが、今この場でセンクラッドを攻撃をし、生け捕りや殺害しても問題ないという意味を持つ。

 最も、そんな事をして万が一それが明るみに出た場合、袋叩きにされる事も視野に入れて行動しなければならない為、今はまだ行動を移そうとする輩は居なかった。

 

「旅、かぁ……」

 

 束はその言葉に、ある種の憧憬を感じた。見知らぬ世界、見知らぬ種族。ISを手に入れても地球人類は未だに重力の井戸の中で這いずり回っている。この男についていけば、新しい世界や種族、価値観に出会えるかもしれない。

 だが、篠ノ之束という科学者はそれを是としない。傲慢な言い方になるが、篠ノ之束が発明したISのお陰で、人類は宇宙への切符を手に入れているのだ。後は人類がある程度協力すれば、或いは、精神的成熟を待たずして宇宙へ羽ばたいていけると信じている。

 しかし、あの宇宙船や彼が所有している技術は気になる。ならば――

 

『そろそろ時間も押して来たので、次の質問を最後の質問とさせていただきますが、他に質問がある方は?』

 

 ふと思考の海から戻ってくると、チャプターは最後と指定されていたが、束は最後まで見ずに装置を切り、ある実験を開始する為の最終調整を行い始めた。既に全体は完成している。後は実験データを採集する為に、様々な組織を誘導し、思いのまま操るだけだ。

 

「――楽しみだなぁ」

 

 クスクスと、どこかしらを病んでいる者特有の笑顔を浮かべながらも、キーボードを叩く音は鳴り止まない。

 彼女の夜はまだまだ始まったばかりである。


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