IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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あけましておめでとうございます、今年も宜しくお願い致します。


29:姿無き護衛と多大なる誤解と

 IS委員会日本支部へと赴く当日、千冬達がセンクラッドが滞在している部屋へと来る少し前の事。

 そこでは、センクラッドが語った内容に眉を顰めて問い質しているシロウと、それには何処吹く風で自分で淹れた緑茶に舌鼓を打つロビンフッドが居た。

 

「――正気か、怜治? 私以外の存在は隠しておくべきだろう。こちらの手の内を明かしすぎるのも考え物だぞ」

「それは判るが、ロビンに関しては出さざるを得ないと思っている」

「何故だ? メリットとすれば未知数の戦力の増加のみで、しかもそのメリットがそのままデメリットになり、火種や脅威とみなされる可能性の方が高いのは君も理解していただろうに」

「……と、言われても、な。アイツがボーデヴィッヒの試験中に乱入してこなければこんな事にはならなかったんだが」

 

 その言葉に凍り付くシロウ。まさか堂々とやらかすとは思っていなかったのだ。

 油が切れた機械のような、まさしくギギギっという音が聞こえそうな勢いで隣に座って緑茶をズズズっと呑んでいるロビンフッドに視線を向けた。

 すると、緑茶を半分ほど飲み終わって、満足気な表情を浮かべたロビンフッドが、

 

「ちょっとした意趣返しだけで手打ちにしたんだから、むしろ褒めてくれてもいんじゃね?」

「……君は本当に何という事をしてくれたんだ……」

 

 全く悪びれもせずに言い切ったロビンフッドに頭を抱え、釘どころか剣を刺して置くべきだったと文字通り後の祭り開催となったシロウにセンクラッドは、

 

「まぁ、お前さんと話をしたのがロビンで良かったと思うがな。少なくとも……彼女だったら確殺しに来ただろう」

「まだ話をつけていなかったのか」

「探知されない世界だったら今頃接触していたんだが……少なくともこの騒動に一段落が着くまでは回避したい。彼女からは蛇蝎の如く嫌われているからな」

 

 多大なる誤解と巡り合わせの悪さという点から見れば、センクラッドは被害者なのだが、そうも言えない事情がある。

 データから存在の復元、或いは世界との切り離しで再生成された者達の中には、神薙怜治を恨んでいる者もいる。あの霊子世界で起きた全ての異常と実験は、神薙怜治(センクラッド・シン・ファーロス)と、その特異性に眼を付けた存在によって引き起こされていた。

 故に、或いは幾度となく殺し合いを演じ、また或いは幾度と無く神薙怜治の手によってマスターを眼の前で殺されていくのを黙って見る事しか出来なかった者の中には恨み骨髄に達している者も居るだろう。

 かといって、この場に居るシロウやロビンフッド達が少数派かと言われればそうではない筈だ。むしろ宇宙船に乗っている者達の殆どは肯定か中立であり、明確に叛意や害意、敵意を持つ元サーヴァントの方こそが少数派……であれば良いな、とセンクラッドは願っていた。

 ただ、それはあくまでセンクラッドから見た視点であり、シロウはそこまで大事にならないと踏んでいる。

 本当に確殺するのなら、この世界に来て模擬戦をした時に、シロウ諸共殺しにかかってくれば良かったのだ。全力ではないが限界まで試合をしていたのだ、宝具を用いて攻撃されていればただでは済まなかっただろう。

 もしくは、ラウラとの模擬戦や、千冬達が観戦していた時にでも攻撃してくれば、討ち取れずとも周りを巻き添えにした結果、世界を敵に回させる事も出来た。

 気配は感じていたが、それらをして来なかったと言う事は、害意はないという事だろう。シロウはそれを確かめる為、あの模擬戦の後、何回かに分けて元サーヴァント達に会いに行っていたりするのだ、間違いはない。

 ちなみに、センクラッドがそれらの気配に気付けなかったのは、左眼に頼りすぎているからだ。殺意や害意、敵意や特に絶望に対しては確実に反応するが、そうでない場合――希望ならともかくとして、歓喜等の類には左眼は絶対に反応しない。それはフィルター以前に左眼の存在が『そう在るもの』だからとしか言えない。

 

「本当に害意があるのなら、もう既に襲われていると思うのだがね」

 

 ただ、彼女だけではなく、幾人かは意地やら怒りやら哀しみやら害意やら好意やら納得やら不満やら何やらが入り混じって気持ちの整理がついていなかったようで、口が裂けても告げる事はするなと念を押されている。故に、そう告げるに留まっていた。

 

「そんな事言われてもな……普通なら主従変えての殺し合いなんざ何度も経験したくないだろう。俺なら真っ先に殺しにかかるぞ。そういう意味ではお前さん達は凄いとは思うが」

「過ぎた事を言っても仕方あるまい。それに、君は友人だろう? 私にとってはそれで十分だ」

「オレはそれに加えてセカンドライフ満喫の為だなぁ」

「クーとはまた違う返答だなオイ」

 

 すげぇな、と言わんばかりの返答に、だが鳩が豆鉄砲を喰らった様な表情を浮かべるシロウ。犬猿の仲とも言い切れず、しかしながらに嫌いではないのだが、どうにも付き合いにくい魔槍とルーンの英霊を持ち出された事……ではなく、その呼び方で、妙な気持ちになったのだ。

 ぶっちゃけ似合っていないという以前に違和感しかない。

 

「怜治、その呼び方は、何と言うかやめてほしい」

「うん? 何故だ? クー・フーリンだろう? フーリンだとなんつーか、日本人からしてみれば風と鈴の方の風鈴みたいになってしまうし、ランサーとかクラス名で呼ぶのは物扱いしているようで俺が嫌だ」

「でも大将、クーだとそれはそれでジュースみたいじゃね?」

「……それもそうだな」

「私の聞……予想では、その呼び方は相当に嫌がられていると思うのだが」

「いや、一応一通り呼んだ上で選択させたんだぞ? フーリン、クー、苗字名前どっちかにちゃん付けさん付け君付け、愛称の中から」

 

 最後に恐ろしい言葉が混じっていた為、思わずシロウは聞き返してしまう。ロビンフッドは思うところがあったのか、少し顔を引き攣らせていた。緑茶好きというのが後々発覚した際に着けられた渾名がクラス名を捩ってリョクチャーという何とも酷い愛称を提案され、土下座してでもロビンフッドでお願いしますと押し切る羽目にもなっていたのだ、そりゃ引き攣りもする。ちなみにシロウの場合はコーチャーだった。幾ら何でも酷いネーミングセンスだ。

 

「愛称、というのは?」

「君付けと組み合わせて、クランの猛犬アピールも加味しつつ、かつ相手に気取られにくいように配慮した結果、クンクンになった」

 

 刹那、シロウとロビンフッドの耳は音を聞く事を拒否し、脳は理解する事を拒絶しようとした。

 だが、残念な事に、シロウの場合は硝子で出来ている心と鍛え抜かれた鉄の様な腹筋と皮肉気な表情を浮かべる事に定評がある表情筋に絶大なダメージが入り、ロビンフッドの場合は甘いマスクが残念なマスクになる程度には誤魔化そうとして大失敗している顔面神経痛系笑顔を浮かべてしまった。

 投影魔術を扱うシロウや精密狙撃や破壊工作を得意とするロビンフッドにとって、イメージを作り挙げる事なぞ呼吸をすると同義のようなものだ。故に、2人とも期せずして全く同じイメージ――全身青タイツぽいきぐるみを着たナニカが笹代わりに朱い魔槍を喰ってやさぐれている、という何と言うか色々な意味で残念さと野性味溢れる美丈夫を想起してしまったのだ。

 そして、当時まだ記憶を取り戻していなかった神薙怜治がクー・フーリンに命じる言葉を容易に想像出来た事。これが致命打となった。

 

『クンクン、アタック!!』

『耐えろ、クンクン!!』

『ガードを崩せ、クンクン!!』

 

 あーこりゃ駄目だ。絶対に無理だ。実際無茶な。

 実際にはそんな事にはなっていなかったが、有り得たかもしれない妄想に、俯いて必死に笑いを堪えようとして盛大に失敗したシロウとロビンフッド。咳き込むようにして誤魔化している元英霊達を尻目に、センクラッドは腕組みをして当時を思い返していた。

 

「最初提案したら『殺すぞ』とか言われたんだが、由来を説明したら一応選択肢には入れたから、その内気に入ってくれると思うんだがなぁ」

「大将、そりゃ、無ぇよ、絶対に無ぇ」

 

 これ以上はやめてくれ、死んでしまうと言わんばかりに右手で腹筋、左手で背筋を抑えながら喉を盛大に鳴らして静かに爆笑という器用な笑い方をしているシロウやテーブルに突っ伏して陸に上がった魚でもこうはならんとばかりに見事な痙攣を引き起こしているロビンフッドに対し、お前らそこまで笑う事か?と呆れるセンクラッド。

 あの聖杯戦争において、愛称まで考えているのはセンクラッドしかいない。無銘という名のサーヴァントとしてセンクラッドと共に聖杯戦争を駆け抜けた時、今の名を決めるまで相当紆余曲折があった事を今更ながらにシロウは思い出していた。思い出したが故に、気になった点が出てくる。他のサーヴァントの愛称だ。

 だが、それを聞く前にノック音が響いた事で、この話は一度、中断となる。

 痙攣を引き起こしていたロビンフッドは大きく深呼吸をして、体内に残る笑いの残滓を振り切ってキリリっとした表情を浮かべ、シロウも体は剣、体は剣と念じて脳内でやさぐれている槍の英霊(パンダ仕様)を叩き出し、いつもの表情を浮かべて待機した。

 ようやく落ち着いたか、と呆れながら指で扉を開き、外で待っている2人を入らせると、センクラッドの予想した通り千冬の表情が硬くなった。

 ラウラから聞いていたのだろうが、実際に見ればやはり違うのだろう。それに、地球へ来訪した直後に言っていた『センクラッド1人で来た』と言う大前提が見事に崩れているのだ。シロウまでならともかく、3人目となると言い逃れは不可能だ、表情も硬くもなろう。

 センクラッドはそれを理解しながらも、飄々としたものだ。

 

「……センクラッド、彼は?」

「俺の友人でロビンという『見えざる護衛』だ」

「見えざる護衛?」

 

 初めて聞く単語に、千冬は眉を顰めて説明を促した。

 背もたれに深々と腰掛けているセンクラッドは、ロビンフッドに視線をやると、オッケーオッケーと頷いて立ち上がり、千冬の元へと歩み寄った。

 

「あんたが織斑千冬かい? 俺はロビン、家名は無い。特技は狙撃。大将の護衛を務めている。今後とも宜しくな」

 

 人好きのする笑顔で物騒な言葉と手を同時に差し出したロビンフッドに、千冬ではなくその背後にいたラウラが若干眉を八の字にした。毒と名言しなかった事に疑問を持ったのだ。千冬は握手をし、ラウラと自らの紹介をした後、

 

「それで、見えざる護衛とは?」

「まぁ、字の如くと言う奴だ。ロビン」

「あいよ」

 

 そう言うと同時、ロビンは音も無くその場から消え去った。まるで最初からいなかったかのような消え方に瞠目するIS学園側。反射的にISを起動しようとして、だが政治的或いは個人的な悪印象になると判断して寸での所でやめた千冬とラウラに、若干眉を上げてセンクラッドは、

 

「ロビンはそこに居る。手を差し出してみてくれ」

 

 その言葉に半信半疑ながらも手を差し伸べると、グッと手に圧力がかかり、上下に振られる事で、どうやら握手されているのだと気付く千冬。

 

「電磁・熱探知・音波系・光線類での探知は難しいだろうな。見えざる護衛だろう?」

「まるで、ISだな……」

 

 そう呟いた千冬の言葉は、ある種の正鵠を射ていた。従来のレーダーやソナー、サーマルにも引っかからずに自由に動き回れるISを捕捉するには、ISでしか探知は出来ないのだ。ロビンフッドが持つ『顔のない王』の特性や、今は皆サーヴァントではないので不可能だが、霊体化は少なくとも英霊や魔術師等の異能者でしか探知し得ない。

 

「まぁ、皆が皆それが出来るわけじゃないんだがな。どちらかと言えば技術ではなく、能力だ」

 

 そこまで情報を与えるのかというシロウの視線をスルーするセンクラッド。そこまで言及し、特に技術ではなく能力と言ったのにはキチンとした理由がある。

 技術として言うならば、実は脅威としてはやや下がる。量産或いは試作どちらでも構わないが、結局の処、それは何らかの法則や科学的或いは力学的根拠から推測する事は出来るだろう。

 だが、能力。この一言では全く違う様相を呈してくる。情報を集束して法則は成り立つのに、その個人個人の能力というのならば情報が圧倒的に足りない。超能力や魔術、その分野においてこの世界は圧倒的に未熟と言えるので、尚更だ。

 

「さて、もう良いだろう」

「あいよ」

 

 すると、当たり前の様に出てきたロビンフッドが、握手をやめて自分の席に戻って緑茶を啜り始めた。その戻る直前に、ラウラに向けて今後とも宜しくと言う意味でウィンクを飛ばしたのだが、ラウラとしては反応しにくいものだった故、曖昧に頷いてみせる。

 

「それにしてもセンクラッド、余り言いたくは無いが最初に言っていた言葉と随分違うな?」

「ん?」

「人数だよ。当初はセンクラッド1人で来たと言っていただろう。それが今や3人だ」

 

 あぁ、それか。と呟いて、センクラッドは、

 

「嘘は言っていなかったが。グラール太陽系星人という意味ではあの船は俺しか乗っていない。サーヴァントは、グラール太陽系星人として登録されていないからな」

 

 その詭弁に、思わず柳眉を動かす千冬だったが、続いての言葉で、

 

「ただ、まぁ、正直すまなんだと思っているよ。こちらとしてはアレ以上の騒動にはしたくなかったというのが一番の理由であり、本音だ。侵略する意図というのは全く無いし、俺の目的に大きく反する。どうせ表に出てくるのは俺と、最悪もう1人程度だと判断していたんだが、あの襲撃があったからな――」

 

 それを言われてしまえば、千冬は何も言えなくなってしまう。ただ、この会話は両者共に規定路線だ。千冬はジャンボジェット機クラスの大きさを持つ宇宙船で本当に1人で来たと言われても眉唾物だったし、むしろ増えて納得している部分もあった。

 センクラッドは、不本意ながらも襲撃と護衛を絡めて人数の増加の許容という部分に理由付けをしたいが故の、発言だ。

 

「誠意、と言う点なら、見えざる護衛やサーヴァントについてもう少し込み入った話をする、と言う所でどうだろう?」

「……そうだな、こちらも襲撃は予想外だった」

 

 千冬の言い訳めいた言葉が手打ちを示した事により、意識しないまま同時に千冬とセンクラッドは息を吐いた。ピリっとした緊張が辺りを重くしていたのだ。この手のやり取りを好まないという意味では共通項があり、曲がりなりにもセンクラッドを友人として見始めていた千冬としては、公私を分けているとは言え、やはり気が重かったのだ。センクラッドとしても、千冬がファーストコンタクト時からある意味支えて貰っていた為、嘘をつき続けていた事が多少なりとも負い目となっていた部分があった。

 また、ラウラとしても護衛対象であるセンクラッドに悪感情を抱いておらず、立場的にも心情的にも千冬の味方であるが、この話題が不本意である事は察していた為、ある種のもどかしさを感じている。

 

「そろそろ2人とも、座ったらどうだ。マスターが説明するにも座っていた方が良かろう」

 

 タイミングを見計らったシロウの言葉に、救われた様な表情を浮かべながら是非も無いと頷いて座る2人に、

 

「飲み物は? 一通りあるから言ってくれ」

「私は珈琲、ミルクと砂糖入りを」

「出来れば緑茶を」

 

 意外な一言に眼を瞬かせるシロウ。ラウラが珈琲なのは何となく判るが、千冬が緑茶をリクエストするとは思わなかったのだ。

 材料はあるのだが、返事が遅れてしまうのは仕方のない事。

 ただ、その硬直した状態をいち早く抜け出した、というよりも別に硬直していなかった人物が口を挟んできた。

 

「あ、じゃあオレが淹れてやるよ」

 

 ロビンフッドがそう口を出したのだが、シロウはあからさまに胡乱気な視線を向ける。

 

「……君が、緑茶を?」

「あ、何だよその言葉。もしかしてオレが緑茶淹れられないと思ってたりするわけ?」

「正直無理が有りすぎる」

 

 ズバっと快音が響き渡る位に真正面から切り込んできたシロウに対し、ビキリと眉根に山脈を築かせるロビンフッド。緑茶という存在に出会ってからというもの、コツコツと練習を重ねてきた自身の緑茶道(?)を否定された事で頭に来たのだろう、軽薄な声に重石をつけてシロウに叩き付けた。

 

「これでも緑茶だけならシロウよりゃ巧く淹れられるぜ?」

「ほう、本人を眼の前にしてその言い分とは、君も言うようになったな。ならば淹れてみたまえ。直々に吟味してやろう」

 

 同時に立ち上がってキッチンへと歩みだした元英霊達を、やや唖然としながら見送るIS学園側と、お前ら本っ当に馬ッ鹿じゃねぇのと言う風な視線で見送る元マスター。

 千冬がぽつりと、

 

「……いつもあぁなのか?」

「一応言っておくが、アレでも仲は良いし、腕も立つんだ」

 

 額に右手を当てて大きな溜息混じりに答えるセンクラッド。

 実際仲は良いのだ、罠についてや狙撃についての戦術や対軍勢の立ち回りのいろは等で話し合っているのを目撃した事もあるし、互いの身の上話で盛り上がっていたり、童貞(ロビンフッド)が非童貞(シロウ)にエロトークを振った挙句、ハンカチ噛み締めて自爆していたりと色々視てきている。

 問題は、緑茶と紅茶の嗜好……ではなく、台所の紅神霊ことシロウに、よりにもよって緑茶を持ち出したのだ。

 そりゃイギリスの英霊に「――――ついて来れるかい」とか言われてしまえば、一応日本人の括りに入っているシロウとしては「ついて来れるか、だと……フッ、君の方こそ、ついて来い――――!!」と言い返すしかないだろう。というかたった今、その会話がセンクラッドの耳朶に放り込まれた。吟味は何処へ行った贋作王。

 何やら妙な雰囲気になっているキッチンに極力眼を向けないまま、センクラッドは一度咳払いをして、

 

「それで、時間はあるんだよな?」

「あ、あぁ、余裕を持ってきたからな」

「なら良いか。姿無き護衛というのは、先程見せたものだが、サーヴァントの一種、もしくは称号だと思ってくれて構わない。一人一人特性は違うが、括りとしては同じだ。ただ、ロビンの様に姿を隠せる、或いは認識させない能力を持つ物は、往々にして暗殺や暗殺阻止、つまり護衛に携わる事が多い」

 

 暗殺という言葉が出てきた為、表情がほんの僅かだが強張ってしまうラウラ。あの毒は解毒も防護も効かないのだから、脅威だと認識するのは当然だ。一方の千冬は説明前の段階、つまり姿無き護衛という言葉だけで、その可能性に思い当たった為、大した変化は無かった。

 

「まぁ、ロビン程それが似合う奴はいないと思うがな」

「少し外れる事を聞きたいのだが、センクラッド、パートナーマシナリーの様に1人1体という制限は無いのか?」

 

 千冬の言で、ラウラはパートナーマシナリーという言葉に聞き覚えがあり、その記憶を掘り起こしていた。

 パートナーマシナリー。

 グラール太陽系で、ガーディアンズや軍、または傭兵会社等に所属している者達の一部が使っている、あらゆる補佐を担当する機械の事だ。キャストやヒューマン、ニューマンにビーストとは違い、身長が恐ろしく低く設定されてあるのが特徴の一つである。これには理由があり、人型を模した場合のトラブルや人権問題に発展する可能性を見越して人形のような造りになっている。ただ、小さいとは言えその戦力は仕えるマスター次第で天井知らずに上がり、掃除炊事洗濯その他諸々の平時における能力も基本的に高い。

 と、センクラッドが記者会見で語っていたとラウラは思い出していた。

 センクラッドは肩を竦めて、

 

「パートナーマシナリーとは違うな。ただ、1人のマスターにつき1人のサーヴァント、というのは基本にして共通項かもしれんが」

「つまり、ロビンは誰かから貸し出されたと?」

「いや、俺のサーヴァントだよ」

 

 その言葉に、意味が判らないとばかりに眉根を寄せる千冬。

 

「どういう事だ?」

「本来サーヴァントはそういった制限が課せられてはいるが、例外も有るという事だ」

「……やはりセンクラッド、お前は英雄ではないのか? 制限がある者達の、その制限を取り払えるという事だろう?」

「繰り返すが、英雄は俺じゃないよ。俺のやった事は赦される事じゃあない」

 

 ムーンセルのデータを破壊、或いは強奪し、亜空間装置と自らの存在を以ってサーヴァント達を勝手に受肉させるという暴挙を起こし、善悪も秩序も混沌も関係無しに、強制的に世界から対価を取り立てた闇金の取立て屋のような者を英雄とは呼べないだろう。ただ、その事を知る由も無い千冬達にとっては、センクラッドの言葉に首を傾げてしまう。

 単独で幻視の巫女を救い出したり、テロリストを組織ごと壊滅させたりしたのなら、少なくとも英雄足り得るのでは?と思うのも致し方の無い事だ。

 だが、同時にセンクラッドが呟く言葉には後悔が無く、しかし透き通ってはいるが昏い色を宿している事も千冬は察していた。

 センクラッド(異星人)の事を知ろうとすればするほど判らない事だらけになるな、と心の奥底に言葉を沈めて千冬は、

 

「事情は、聞けないのだな?」

「悪いが、これだけはな。ただ、お前さん達に迷惑は絶対かからない類のものだとは断言しておく」

 

 予想した通りの答えに、機密かと吐息を一つ放り出す千冬だったが、本命の事を聞く為に、即座に、

 

「――ならロビン以外に、姿無き護衛、或いはお前をマスターとするサーヴァントはいるのか?」

「まだまだ居る」

 

 あっさりと認めたその言葉に絶句する千冬とラウラ。シロウが見せた模擬戦での腕を見る限り、或いはラウラを苦戦まで追い込んだ者達が、或いは無人機ISを瞬殺したセンクラッドと比肩しうる存在が『まだまだ』居るというのだ、背筋も凍り付くだろう。

 まぁ、後ろで「――――オレの勝ちだ、シロウ」「――――ああ。そして、私の敗北だ」とか言っている阿呆共の存在は、凍り付いていた背筋をヒンヤリ程度に、割と真剣に説明しているマスターの表情をゲンナリさせる程度には効果があったが。というか紅茶ならともかくとして緑茶勝負で日本人が負けるとは一体全体どういう事だよ、とセンクラッドは内心で突っ込みを入れていたりする。

 全開で煤けている表情を浮かべながら、ラウラの前に珈琲を置くシロウと、勝ち誇った子供臭い笑顔を浮かべながら千冬に緑茶を差し出すロビンフッドを視て、センクラッドはジットリとした視線を向けた。

 

「で、一応聞いてやるがどっちが勝ったんだ?」

「ギリチョンでオレ」

「僅差で敗北したよ……よもや、緑茶で負けるとは思わなかった」

 

 そう言って勝ち誇った表情のロビンフッドと項垂れているシロウを見ていると、本当にこいつ等一体何なんだと言いたくなる千冬。

 ラウラはマイペースに珈琲をズッ、と一口飲んで、ハッとした様な視線を向けて、慎重にチビチビと飲み始めた。余程美味かったのだろう、やや眦が下がって幸せそうな雰囲気を出し始めている。

 それを見たシロウは幾らか救われたようで、ヒビ入りまくりだった日本人としての誇りと、或いは自らの硝子の心を修復し始めていた。

 千冬も、何と無しにロビンフッドから手渡された緑茶を息を吹きかけてから一口、コクリ、と口に通すと――

 

「これは――」

 

 舌を火傷しない、ギリギリのラインに位置する絶妙な温度。

 苦味の外側にあるほのかな甘みが、熱と共に程好く舌を刺激し、唾液を分泌させてくる感覚が自分でもわかるほど、その旨みはハッキリと主張していた。ここまで主張する緑茶――分類的には抹茶に分類されるが――は千冬ですら初めてであった。

 また、二口飲めば、今度は甘みが内側へ、苦味が外側へ移動するかのような味の変化が起こり、呼吸をすれば鼻腔には深くも透明な香りが吹き抜けていく。

 一口一口、呼吸も合わせれば味が様々な味覚へ訴えてくるその圧倒的な茶の美味さに、千冬は翻弄されていた。

 やや呆然としながらも、ロビンフッドに視線を向けると、ニカッと笑ってサムズアップし、

 

「大将が一番大事にしていた茶ッ葉使ってみたんけど、やっぱ旨ぇよなコレ」

「おい待てロビン。お前さん、まさか『ミクナ』を使ったのか?」

 

 ミクナとは、ニューデイズで採れる緑茶葉の中でも最上級グレードにしか付けられないものを指し、1袋でグレードSの武具に匹敵する価値を持っている。幻視の巫女の家系を冠するものだけあり、手間が掛けられているが故にかかる費用も茶にかけられるそれとは大きく剥離しており、比例して年間産出量は遥かに少なく、それ故に教団の上層部にしか殆ど出回らないという文字通り幻の茶だ。淹れる者が淹れれば天上至福の味、素人が淹れれば地獄絶望の味へとなるのも大きな特徴で、贅沢な罰ゲームをする際に用いられる場合もある。

 本人は否定しているが、英雄と称される偉業を幾度と無く成し遂げてきたセンクラッドでさえ、その茶を買うのにはミレイ・ミクナやカレン・エラ(を通す場合は更にイーサン・ウェーバーも)を通さなければ入手出来ないのだ。

 しかも一回の購入も量制限が有る為、ナノトランサーと自室で保存してあるミクナの量は、かなり少ない。毎年一回、ミレイ・ミクナの誕生日に合わせて飲んでいるセンクラッドにとって、ロビンフッドの発言は看過出来ぬものだった。

 だが、そんな事情を知らないロビンフッドは、胸を張って、

 

「そりゃ大将、負けられない戦いが此処にある、なら手を抜く事は出来ない。特にシロウの腕は超一流。つーわけで使える物は何だって使うのは当たり前っしょ。しかもアレだけ厳重に保管されているなら一発で上物だと判るし」

 

 その言葉に、頭を抱えるセンクラッド。シロウは同情の視線をセンクラッドにやっていた。以前、グラール太陽系についてセンクラッドが話してくれた際に、大切な思い出を語る上で欠かせない者達や、その関連した出来事を聞いていたのだ。故に、ミクナ等の稀少な、そして想い出が詰まった品物だけは使わずに勝負していたのだが、そんな話を聞いていないロビンフッドからしてみれば関係無い。むしろシロウが手を抜いてくれるならそこをシュパーンとやってやんよと言わんばかりにやらかしていた。

 ただ、今面と向かってそれを言えば、千冬に対して失礼に当たるとギリギリの処で気付いたセンクラッドは、小さく溜息をつく事で遣る瀬無さを解消した。

 

「……センクラッド、このお茶はもしかして貴重なのか?」

「かなり貴重だが、お前さんなら構わん。その価値はある」

 

 故に、申し訳なさそうに言う千冬をフォローする為に、センクラッドは吐息混じりにそう返した。

 シロウも別の意味でだが溜息をついた。恋愛ごとに疎い主従コンビだが、一歩間違えればセンクラッドの言葉は口説きにかかっているとも取れるし、政治的な意味合いを持つという事にも繋がりかねないものだ。後で注意しておくか、と心に決意を浮かべたのだが、そういう事を知らないロビンフッドとしては、ニヤっと笑みを浮かべて、

 

「お、大将もしかしてクールビューティー派?」

「は?」

「いやいや、隠さなくたって良いって。いやぁ、色恋沙汰に興味が無かった大将も、とうとうって奴かぁ」

 

 何この既視感、とセンクラッドの口から零れた言葉に、誰も反応していない。ラウラは眼を剥いてセンクラッドを凝視していたし、シロウはセシリアに言っていたような言葉をまさか時と人を変えてロビンフッドが言うとは思わなかったし、千冬は千冬で完璧に予想外の外の外の外あたりからぶっ飛んできた驚愕の事実(?)に言葉を失っていた。

 

「……取り合えず、何でそういう風に思ったのかを詳しく言ってみてくれ」

「サーヴァント(周り)でも大将の浮ついた話聞いた事ないし? しかも大将とある程度親しく話せているって事は気を許してるって事っしょ? しかも貴重な茶を飲ませても構わないときた。んでもって、千冬ちゃんみたいなクールビューティ系は周りにいなかった。こりゃもうアレっしょ、絶対。後はカンだけど」

「千冬ちゃん……」

「それはまた……鋭い勘だな」

「だろぅ?」

 

 絶句している千冬は取り合えず脇に置いておいて、斜め45度上をカッ飛ぶ御近所のオバサン的な推論に、皮肉交じりに言おうとして、しかし、もうなんだか色々めんどくさくなってきたセンクラッドは平坦な口調で言った。

 ただ、途中で諦めて平坦な口調で言ってしまえば図星を突かれて動揺した結果、その口調になって肯定しているようにも受け取れるわけで。

 

「――え?」

 

 と言葉を零した千冬には何の落ち度もない。異星人に対する恋愛的政治的なあれこれどーのこーのが脳裏を稲妻のように駆け抜けていたとしても仕方ない事だ。

 ラウラは限界まで眼を見開いてセンクラッドを凝視していた。あぁでも、教官は文武両道、才色兼備だし、宇宙人からも好かれる容姿なのかもしれない、と妙な納得をしかけていたりする。

 シロウの場合、全力でロビンフッドを罵倒しかけたが、何とか自制し、しかし結局の処、本人が否定せずに自分が否定すれば、それは逆の意味に捉えかねない事を悟って沈黙するしかなかった。

 正しくカオスな状況に陥っているこの部屋で、逸早く抜け出したのはラウラだ。

 

「――先生、そろそろ時間では」

「あ……あ、あぁ、そうだな。そろそろ行かなくては」

 

 腕時計を見て気も漫ろな感じで呟く千冬。どうやって切り返すか考えているのだ。これが地球人ならば『断る』『貴様なんぞ知らんし、興味も無い』『寝言は寝て言え、戯言は死んでから言え』等罵倒に近い拒絶を言い放つのだが、相手はグラール太陽系星人だ。

 考えてみれば、アプローチぽいのは確かにあった。黛のインタビューでは良い友人関係云々と言っていたし、ファーストコンタクト云々の際には千冬でなければ、と言っていた。

 故に『まずはお友達から』といった方が良いのか、それとも『一夏が自立するまでは』と返すべきか、あぁでも一夏や篠ノ之にも良い影響与えてくれたし、と真剣に悩んでいたりする。

 ……まぁ、全力で無為な、だがセンクラッドから視ても全く以って笑えない懊悩なのだが、それを知るには結構後になる。

 センクラッドは気持ちを切り替えて、

 

「千冬、ロビンは姿を隠して護衛をさせるが、良いか?」

「そう、だな。センクラッド、ロビンの他にも護衛をつけるのか?」

「場合によっては増えるかもしれんな」

「まだ増えるのか……」

「まぁ、安心してくれ、今のところは増えない。襲撃の度合いによりけりだ」

 

 そう言ってセンクラッドは立ち上がった。

 隠し切れない動揺を伴いながらも、表情だけはいつものクールビューティを維持してセンクラッドの部屋から出て先導し始める千冬とラウラを見て、シロウは、本気で申し訳ない気分になっていた。

 センクラッドは、最後尾を務めるロビンに、地獄の底から響いてくるような低い声で、

 

「ロビン、明日俺とシロウとで模擬戦(ガチンコ)な」

「何で!?」

 

 悲鳴交じりの抗議を無視し、センクラッドはシロウと明日の戦術という名のフルボッコ方法を視線で語り始めていた。

 端的に言うなれば、前衛がセンクラッド、後衛がシロウ、無限の剣製、巻き込み上等の壊れた幻想、Sグレード以上の武器と耐毒完備のSグレードシールドライン使用及びシロウ限定で貸与、辺りか。

 翌日、緑色のボロ雑巾が一丁出来上がっていたかどうかは、それはまた別のお話。


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