IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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28:作為と策略

 Aピットへの扉を開けると、何とも言えない空気が皆を覆っている事に気付いたセンクラッドは、疑問を感じながらも、千冬達が居る方に視線を向け、全員集まっているという事を確認した後、進捗状況を知る為に口を開きかけたのだが。

 

「センクラッド、質問があるんだが」

「ん、どうした?」

「その、有翼人種だったのか?」

 

 意を決して、という風に聞いてきた千冬に、センクラッドは苦い表情を浮かべた。一夏の演技にあてられた事や、シロウに魔術素養無しと断言されたのも手伝って、ちょっとやらかしただけなのだ。

 付け加えるならば、エミリアに強化を依頼したせいで、Sランク以上の装備はあらかた尖ったセンスが光る逸品へと変貌していたのも原因の一つか。

 

「アレは俺の特性みたいなものだ」

「特性?」

 

 この発言は、ぼかして説明して切り上げるしかない事は重々承知の上での、それだった。

 故に、肩を竦めて、

 

「少しでも本気を出すとあんな風になる。本気と言うか、怒りと言うか。感情が昂ぶるとあぁなると思ってくれて良い。別に全員が全員、あぁなる訳じゃない。だから、俺の特性としか言えないな」

 

 実際は全くもってそんな事は無い。

 エミリアに依頼していないAランクまでの武具は強化と言う意味合いでは手付かずのものが殆どだが、Sランク以上、特にエクステンド・コードとフォトンブースター等の稀少素材を併用した限界強化や最適化を行った武具に関しては、気付いた時には余計な機能が盛り沢山付加されていたのだ。

 武器で言えば、フォトンを無駄に消費して武器の残像を回転させた状態で周囲に擬似展開する事が出来たり、シールドラインで言えば、耐精神攻撃や死と絶望の概念を完全に遮断するパーツにフォトンエネルギーを消費して翼や天使の輪を模したものを組み合わせて現実空間に投影したりと、やりたい放題やらかされていた。

 しかも、何気に特許や商標登録までしているのだからタチが悪い。レンヴォルト・マガシ大改造計画で余計な出費を出したり機材の無断使用をしてガーディアンズからこっ酷く怒られたエミリアが学習した結果がそれだ。

 当然センクラッドは「何だこのダッサイ上に微妙な改悪は」と抗議したのだが、真顔で「え? 何で? 強化もきちんとしたし、カッコ良くなったじゃん。あ、そうそう、特許取ったから問題ないよ。いいっていいって、あんたと私の仲じゃない」と返されて以来、色々諦めていたりする。

 ただ、その御陰で一部の特殊な者達からは絶大な人気を受けていたり、一部の常識人達からは微妙に距離を置かれたりしていた。

 例を挙げるとすると、前者代表が幻視の巫女、ミレイ・ミクナであり、後者代表はその双子の妹のカレン・エラである。全くの余談になるのだが、前ガーディアン総裁と現ガーディアン総裁の親子喧嘩はコレで再発している。

 

「特性、か。というと、シロウにも何か特性が?」

 

 いきなり水を向けられたシロウとしては、それ自体が意外だったようで、だが即答はしていた。

 

「マスターとは違うが、確かに私にも特性はある。尤も、マスターのように見えやすいものではないがね」

 

 そう言った後、このマズイ会話を打ち切る為にセンクラッドに対して目配せをするシロウ。

 それに気付いたセンクラッドは、

 

「さて、そろそろ動画の編集をしたいのだが、ISコアから映像抽出は?」

「いや、まだだ。そろそろ来ると思うのだが」

 

 その言葉に、千冬を除いた全員が疑問符を浮かべた。IS学園組は抽出や加工に関しての詳しい話を聞かされていなかった為、これ以上一体誰が来ると言うのか、と。これ以上は機密で増えないと聞いていたのだ、戸惑いの方が大きいだろう。

 だが、いち早く真実に辿り着く者が居た。

 箒は視線を鋭くさせ、千冬に、

 

「もしかして、篠ノ之博士、ですか?」

「あぁ。その通りだ」

 

 その言葉に、一部を除いた者達は眼を見開いて驚いた。まさか、保護手配中の篠ノ之束博士がISの中心部とも言えるこの学園に来るとは思いも寄らなかったのだ。

 だが、考えてみれば頷ける話だ。ISコアの記録改竄なぞ、ブラックボックス化しているところを知悉していなければ出来ない。故に、彼女が来るのは当然の帰結と言える。

 センクラッドとしては急な話だった為、千冬の方を向いて、

 

「今更だとは思うが、礼服を着た方が良いなら着替えるぞ」

「いや、普段着のままで良い。ただ、そうだな……不快な思いをさせるかもしれないのが、な」

「――まぁ、問題ないだろう。性格や性質が変わっているタイプの人間には慣れている」

 

 事も無げに答えたセンクラッドだが、グラール太陽系では、文字通り不倶戴天の敵であったカール・フリードリヒ・ハウザーや、ヒューマン原理主義者のヘルガ・ノイマン博士を筆頭を中心とするエンドラム・ハーネスの研究者達、旧人類の太陽王カムハーン等、厄介な性質や性格を持つ者達と相対し続けたのだ。

 また、英霊が存在する世界では、自身の特異性を研究する為に、或いはイレギュラーデータというだけの為にトワイライト・ピースマンを含めた多重融合意識体や、歪んだ思想や信念を持つ者達と殺し合いを演じていた過去がある。

 付け加えるならば、アラガミが跋扈する世界では、異星人としての自分のデータを採ろうと躍起になっていたペイラー・榊博士や、目的の為ならばあらゆる手段を使うヨハネス・フォン・シックザール支部長。

 狂気に陥り、最後は自身をアラガミへと変貌させて執拗に殺しにかかってきたオオグルマ・ダイゴ博士等、枚挙に暇が無い程には、癖しかない人物と真正面からやり合っていたのだ。

 差別や偏見、上から目線等を一通り経験してきたセンクラッドとしては今更何が来ても、という風に思えてしまうのも仕方の無い事だ。

 

「そうか……」

 

 それなら良いのだが、と零す千冬の心境は複雑だ。弟と自分を生かす為に必死に駆け抜けた結果が、ISを中心とする世界に変わり、その頂点に自分が居る。その結果として自らが背負うべきものはより大きくなり、今になって課せられた使命もあるのだ。

 それに加えて普段はスルーしていた親友の言動にも注意を払わねばならないときた。心穏やかなまま臨む事が出来ないので、吐息を一つ丸めて放り出す程度には、彼女は疲労していた。

 疲労しているが故に、気付いていなかった。

 それに気付いたセンクラッドは千冬の方に身体ごと向き直り、千冬の方――具体的に言うと、その背後の方に向けて、

 

「というか、さっきからそこに居るだろう」

 

 と指摘した事で、皆が慌てて振り向けば、そこには誰も居ない……ように見えるのだが、視線を鋭くさせた千冬は、ようやくそれが光学迷彩を含めた隠蔽技術の賜物で有る事を察知した。

 同時に、

 

「フッフッフ……よく気付いたねグラール人」

 

 妙な含み笑いをしながら、唐突にその場に現れた美女の姿を見て、センクラッドは眼を軽く見開いた。センクラッドだけではなく、この場に居る全員が言葉を失くしている。

 鮮やかな栗色の髪をストレートに伸ばし、耳の部分からは尖ったそれを持っている事に驚いたのだ。

 服装も鮮やかな緑色を基調とした貫頭衣を着ており、その肩に羽織っているマントは、薄っすらと外の景色を映し出しており、それがIS技術を流用した光学迷彩である事を物語っている。

 誰がどう見ても中世ファンタジーに出てきそうなエルフ、或いはグラール太陽系オウトクシティ在住の純フォトン信奉者のコスプレをしているその女性の名は、篠ノ之束という。

 センクラッドの予想よりもやや上方に位置する傾国足り得る美貌。箒に良く似た顔の造りをしているのだが、理性と狂気の狭間に居る者特有の瞳の輝きが、篠ノ之箒とは絶対的に違う存在で有る事を示している。

 姉はマッドな才色兼備か、と内心で判定しながらも、見開いていた眼を元に戻し、オラクル細胞で表情の固定化を命令したセンクラッド。

 それには理由がある。

 巧妙に隠蔽されているが、箒が姉である筈の束に憎悪に近い敵意を放って居た事に疑問を感じた為だ。

 現に、箒だけ表情が強張っているのだ。それにはシロウと一夏も気付いたようで、眉根を寄せて箒を見詰めている。

 

「じゃんじゃかじゃんじゃ~ん、実は私は此処に居た!! お久しぶりだね、ちーちゃん」

「居るならさっさと言え」

「いやぁ、何時気付くかな~と思ってたんだけど、案外気付かれないもんだねっ。というよりちーちゃん少し痩せた? また背負わなくて良い苦労でも背負ってるの? そんなもんピャッと投げちゃえば良いのに」

「投げれるか、阿呆」

 

 呆れながらそう返す千冬に、パチパチっと眼を瞬かせる束。

 

「あれ? ちーちゃん何か、変?」

 

 そう言った瞬間、こめかみを鷲掴みされる束。ミギリミギリという音を立てて全力全開のアイアンクローをしている千冬は、引き攣った笑みを浮かべて、

 

「相変わらずだな。頭を割って左右を入れ替えても駄目なお前に言われたくない」

「いきなりひどい!? ちーちゃんそれ人体実験て言うんだよ!! マッドだよ!! というか入れ替えても駄目ってどういう事なの!?」

「お前が言うな。手遅れなだけだ」

「もっとひどい!!」

 

 喧々囂々わーわーぎゃーぎゃーと騒ぐ二人……というか束と千冬が互いで遊んでいる図を見て、周囲は唖然としていた。史上最強の腕を持つ女と史上最高の頭脳を持つ女とは思えない会話だからだろう。

 センクラッドは、これでは話が一向に進まんと呟き、千冬達に向けて靴音を鳴らしながら歩み寄ると、2人は気付いたようで、千冬はアイアンクローを外し、咳払いを一つしてから数歩後ろに下がった。

 こめかみを揉み解している束に向けて、

 

「お前さんが篠ノ之束博士、か。動画作成を担当をさせて貰うセンクラッド・シン・ファーロスだ。宜しく頼む」

 

 そう言って、センクラッドは頭を下げると、束は鷹揚に頷いて、

 

「君がセンクラッド・シン・ファーロス、か。私が天災の篠ノ之束だ。宜しく頼む」

 

 張り合いたいのか、センクラッドと似た口調で話し、全く同じ角度で一礼してきた束に、千冬は苦い表情を浮かべている。何かやらかしそうだ、と思ったが故だ。

 なんかメンドウザイという第一印象から全くブレない、予想していた程度のメンドイ人種で助かったと思っているセンクラッドは、

 

「それで、細工をする為に動画を貰いたいのだが」

「あいあい、すぐに終わるから任せてよ。というわけでいっくん箒ちゃんその他烏合の衆、IS展開しといて」

 

 その他扱いされた者達は絶句しながらも、それぞれISを展開して待機したのを見て、テキパキとした動きでケーブルをブッ刺し、データを取り込んでいく束。空中に投影されたディスプレイと電子キーボードを周囲に人数分展開して目まぐるしく指を跳ねさせる様は、どこか老練なピアニストを想起させる。

 ただ、一夏と箒のデータを見て、一瞬だけ眼を危険な色に光らせた束だったが、何事も無く陽気な口調で、

 

「しっかし箒ちゃんも大きくなったねぇ、お姉ちゃん嬉しいよ」

「……そうですか」

「筋肉もIS用に絞ってたんだね。箒ちゃんならすぐ日本代表になれるんじゃないかなっ、私の妹だしね」

「そうだと、良いんですけどね」

 

 箒の返す言葉は空虚な程に余所余所しい。直ぐに全員がそれに気付いたようで、どうやら姉妹仲は悪いようだと推察していた。

 ただ、センクラッドの左眼はそれを否定している。狂気と理性の狭間に居る姉と、いっそ冗談だと思いたい程度の殺意を隠している妹の文字通り心無い会話に、違和感が膨れ上がっていた。

 ただの姉妹喧嘩ではこうはならないと判断した為だ。

 何かが有ったのだろう、此処まで決定的に割れてしまった何かが。ただ、そこに踏み入るのは俺のやるべき事ではない、と思っているセンクラッドは、心の片隅にそれを置いた。

 

「いっくんのパラメータはなんかデタラメだね~。男の子だからエラーログ出っ放しだよ」

「エラーって……それってマズイんじゃないですか?」

「動いて問題ないならいいんじゃない? 全部バラしていいなら修復出来るかも?」

「…………いや、俺諸共解体されたくないんで……」

「ちぇ~。いっくんは意気地無しだなぁ」

 

 げんなりとした表情を浮かべて、首を横に振った一夏に、頬を膨らませてとんでもない事を言っている束に、一夏は力無く「勘弁してください」とだけ返していた。意気地の有無で人生終了の提案をされるとは、この人相変わらず過ぎる、と思っている一夏との会話は、

 

「イメージから動画を作成するなんて、面白い考え方をしてるんだね、グラール人って皆そうなの?」

 

 いきなり矛先が変わる事で、打ち切られる事になる。

 それに対しては、眉一つだけ上げてセンクラッドが、

 

「皆が皆、同じ考えをしているわけじゃない。が、少なくとも知人には似た発想を持ちそうなのは居るな」

 

 グラール屈指の大天才2人ならやりかねんな、と思った故の、言葉だ。

 実際、邪神封印の後は亜空間航法についてかかりきりになっている2人だったが、センクラッドが旅立って数年後、キャストの力を借りて亜空間理論とSEEDに対する寄生防御を組み合わせ、人と機械を接続する新しいインターフェースを開発している。センクラッドがオラクル細胞ありきでやっていた事を科学の力のみで成し得たのだ。

 

「やっぱり住んでいる場所が違うと考え方も違うもんだね~」

「だがそれは、この世界でも同じだろう? 住んでいる地域によっても言葉に訛りが出たり、考え方や主義主張も変わるのと同じさ」

「ん~そういうものかな?」

「世界はそうやって回っていると、俺は思っている。少なくとも、お前さんもそうだろう。ISを創るには既存では当て嵌まらない考えを持つしかあるまい」

 

 どこか寒々しさを覚えながら言葉を返すセンクラッド。箒と一夏は面食らっていた。あの束が自分達と血縁者以外と会話が続いている事にだ。人間の顔を覚えられないし興味がないと常日頃から言って、文字通り徹底的に他人を排斥していた束とは思えない程、会話が続いているのだ。

 特に千冬は、厳しい表情でそれを見ていた。妙に嫌な予感がするのだ。それも、今までにない別種の嫌な予感だ。これは、父や母が消える直前に感じたそれと似ている。

 

「一回目、で~きったっと。一応言っとくけどまだケーブル抜かないかんね」

 

 そう呟いた束が手をパンパンと叩き、胸元からデータディスクを取り出して、センクラッドにポンと手渡した。

 

「はい、これがそれぞれのデータ。一応こっちでデータは改竄したから、後は君の番だね。さー今すぐチャッチャとやってみせてくれまいかっ」

「任せてくれ。ただ、コレの読み取り機は?」

「ん? コレ位パパッと読み取れるでしょ? インターネットタダ乗りできるんだし」

 

 あんまりな言い方に、センクラッドは溜息をついた。そこまで万能ではないのだが、と。

 まぁ、オラクル細胞を介してデータを内部に取り込む事も出来るのだが、それをやりたくない理由がある。単純な話、物凄く美味しくないのが匂いからして判ったからだ。常人には理解出来ないのは当然だが、アラガミで言う処の偏食細胞でコーティングされた部分はゲロマズなので近寄りもしないのと似ている。このデータディスクからは妙な異臭が漂っているのだから、喰いたくも無くなる。

 特にシロウに飯を作らせてからは舌が肥えてしまった為、非常時以外は出来れば喰う事はしたくなかったのだが……

 

「……時間も押しているんだよな?」

「そりゃ世界中から狙われている束姉さんだからね」

「仕方ないか……」

 

 げんなりとした表情を浮かべながら、手に取ったデータディスクを口に放り込み、ガーリゴーリと喰ったセンクラッドを見て、呆然とする一同。束とて例外ではない。

 え、どういう事なの……という表情を浮かべている束を尻目に、モグッシャガリゴリ、モグッシャガリゴリと異音を立てて喰うセンクラッド。

 本当に不味そうに嚥下したセンクラッドは、ナノトランサーから初恋ジュースを呼び出して、プルトップを開けて中身を一気に流し込んだ。

 この何ともいえないジタバタしたくなるような味が好きになったのは絶対オラクル細胞のせいだな、と思いながらも、舌に残るエグ味を打ち消す事に成功したセンクラッドは、一息ついて、瞳を閉じて取り込んだデータを収集し始める。

 一夏達の行動を記録したデータディスクをオラクル細胞と融合させる事で、イメージをより精緻にさせ、自身の記憶に残っている一連の襲撃事件の流れと今しがたやった劇とを置き換えていく。その作業は数分もかからず終わった。

 そして、予め頼んであったタブレット端末に接続する為のケーブルを懐から取り出して、タブレット端末のデータリンク部分に差し込む。電子化された情報の保存場所に、オラクル細胞が先の情報を送信し、データリンク成功の電子音が響き渡ると、センクラッドは一際大きな溜息をついて、ケーブルを外して懐に入れた。グラール太陽系にあったデータリンク制御を応用すればこの程度は出来るものか、と内心呟いて、

 

「これで良いだろう」

 

 と、切り上げると同時に、タブレット端末から映像を再生させた。

 成る程、確かにISコアからの映像として見ても、現実に起こった出来事に修正をかけたものと判っていても、それは現実と何ら変わりのない映像として見れる程の完成度を誇っている。それぞれが感嘆の声をあげる中、横合いからケーブルを接続したのは、束だ。

 そのまま空中にディスプレイを投影し直して、暫く情報の洪水を流し読みすると、大きく頷いて、カタカタっと凄まじい勢いでデータの修正を始めた。

 まぁ、付け焼きじゃ修正箇所も多いか、と頬を掻いて事態を傍観するセンクラッドだったが、実際はセンクラッドが思っている部分ではない。センクラッドの体内に取り込んだコア側のデータを反映し過ぎていた為だ。タブレット端末で視たという設定以上の映像が幾つか出ていたのだ。そこを修正し、各コアとの擦り合わせを行っていく手際は、見事と言って良いだろう。少なくとも、初見であるはずのデータを流し見しながら修正を加えるという常人には到底不可能な事をやってのけるのは、人類では束、グラール太陽系ならばルウやエミリア、シズル位しか居ない。

 

「ねぇねぇ、グラール人。皆が皆、イメージだけでプログラムを書き換える事が出来るってこと?」

「……いや、どうだろうな。俺自身、技術屋じゃないからこういう手段を使っているだけだ」

 

 首を捻りながらそう答えたセンクラッド。自身が発した言葉の重さを、多分判っていないのだろう。少なくとも、事の重大さが判ったのは、千冬に箒と束だけのようだ。

 自分が想像したものを現実に反映する能力。文字だけで視れば、技術としてならば人類は既に持っている。

 例えば、紙と鉛筆があれば、絵や文字という状態で現実に反映させる事が出来る。

 例えば、PCがあれば、プログラミングという手段を用いて現実に反映させる事が出来る。

 それに置き換えるならば、センクラッドが居れば、想像や妄想という手段を用いて現実に反映させる事が出来る。

 

「ふぅん。凄いね~、まるで神様だ」

 

 他意の無い、ただ心の篭っていない言葉遊びのような、そんな束からの感想で、幾人かは気付いた様で、眉根を寄せて考え込み始めていた。

 センクラッドは唇を赤い三日月のように鋭く広げる。笑みにしては恐ろしく苦いその表情は形容しがたい。

 それに気付いたのだろう、束は首を傾げて、

 

「ん? どうしたの?」

「いや、神というのが存在していたなら、と考えただけだ」

 

 眼の前に居たのなら喰い荒らしていただろうな、と胸中で昏く呟くに留め、口を結ぶセンクラッドに興味をそそられたのか、

 

「グラールって宗教は無いの?」

「人型の神という概念は殆ど存在していないと言っても良い。エネルギーを信奉したり、星自体を崇めたりしてはいるが、それだけだな。少なくとも形あるものは崇められていない」

「ふぅん……地球とは全然違うね」

 

 そこで、会話が途切れたのは、興味が薄れたのもあるだろうが、データの修正が終わったのが大きい。

 うーん、と伸びをしてケーブルをしまった束は、

 

「はい、終わり。後はちーちゃんの出番だね」

 

 暗に地球側との会談を言っている事に気付いた千冬は、頷いて、

 

「す――ありがとう、束」

 

 と、礼を言った。

 眼をパチクリとさせて、束は、

 

「いいって事よ。というかちーちゃん、やっぱ何か変だよ?」

 

 いつものパターンなら、礼ではないと思ったのに、と言う表情を浮かべている束に対し、千冬は少しだけ笑って、

 

「私は成長しているという事さ」

 

 と、呟くに留めていた。センクラッドの一言を思い出して言葉を選び直した、何て本人の居る前では言いにくいのだろう。

 ちなみに、正直にそれを言っていたとしたら、確実に真顔で台無しにしていた。女帝云々怪しさ爆裂等々と。

 

「む。その言い方だと私が成長していないように受け取れる気がそこはかとなくしないでもない。というわけで、その言葉を修正して貰うよ、ちーちゃん」

「私は成長しているが、束は成長していないと言う事さ」

「修正どころかまさかのピンポイント!? 酷いよちーちゃん!! こんなに頑張っているのにその仕打ちは――」

「というわけで、センクラッド。後は会談の時期だが、今週末はどうだ? 来週になると少し忙しいのでな」

 

 束からの抗議を華麗にスルーした千冬の言葉に、同じくスルーする事にしているセンクラッドは頷いた。

 

「それで良いんじゃないか? 会談場所も相手の指定している場所で構わん」

「判った。束、この後センクラッドと何か話す事があれば、場を設けるが」

「ん~……」

 

 束としては正直、目的を達成出来たので、とっとと退散しようかと考えていたのだ。今回の検証をしながらも、第四世代の作成にも取り掛からねばならないし、無人機の強化や各国に対する監視や制裁と、やる事が今は多いのだ。

 ただ、異星人の部屋を見てみたいのもまた事実だ。良いインスピレーションになるのは自明の理。様々な物から色々な発想に繋げた結果がISだ。それを発展させたり、もしかしたら新しい技術を閃く事が出来るかもしれない。

 しかし、現実問題として束は追われる身だ。3秒程考えて、諦める事を選択した束は、

 

「ごめんねちーちゃん。今はちょ~っと忙しいから、また今度で」

 

 と千冬に対して少し申し訳なさそうに言った。ただ、束がそういうのを予想していたのか、千冬は全く表情を変えずに、

 

「そうか。では、皆、そろそろ解散とする。今回此処で起きた事は全て忘れろ。あの映像が真実だ」

 

 その言葉に全員が応と頷き、展開していたISを待機状態に戻してIS学園生徒組はピットから退室した。残っているのはシロウにセンクラッド、束と真耶と千冬だ。

 ふと、センクラッドの脳裏に疑問が走った。幾らなんでも生徒達が束と交流しないのは、おかしいと感じたのだ。

 

「千冬。篠ノ之博士に生徒達がISについての質問とかしなかったのは何故だ? 幾つか質問が飛び交うと思っていたんだが」

「……あいつが質問に答えてくれるような奴だったら皆そうしていただろうさ」

 

 そう呟いた千冬に、人嫌いなのかと判断したセンクラッドはそれ以上聞く事をやめ、真耶に首を向けて、

 

「そろそろ俺達も帰るよ。真耶さん、護衛をお願いしても良いかな?」

「はい、お任せ下さい」

「じゃあな、千冬。また来週にでも」

 

 手をヒラヒラとさせながらセンクラッドが退室し、シロウは眉間に皺を寄せながらも、一礼してセンクラッド達についていき、そうしてAピット内には千冬と束しか居なくなると、

 

「それで、束。態々プライベート通信を使って2人きりになりたいとは一体何が有った?」

「ん~と。確証がまだ無いから何とも言えないんだけど。ちーちゃん。あのグラール人ってどんな奴?」

「どんな?」

 

 そう聞かれてみて、顎に手を這わせて考え込む千冬。一夏や箒だけではなく、セシリア達も良い意味で成長していたり、この年になって説教されたり、たまに馬鹿をやらかして説教したり、という間柄を何と呼べば良いのか。

 少なくとも、悪い奴ではなく、むしろ良い奴だろう。

 そう判断した千冬は、正直な心境を打ち明けた。

 

「当て嵌まるかどうかはさておくが、友人だな」

 

 その言葉に、ふむぅ、と渋面を作って何事かを考え込む束。それを見て、どうした、と問いかける千冬に、溜息をついて束は忠告した。

 

「いっくんならわからないでもないけど、あんまり親しくならない方が良いよ。後が辛くなるだけだし」

「それは……判っているさ」

「だといいんだけどね~。それと、これ」

 

 束が懐から取り出したのは、小さなUSBメモリだ。それを束から渡された千冬は、怪訝な顔をして束を見つめた。

 束から何かを渡されるという事は滅多に無い、というよりは白騎士と暮桜以来で、ISに関連する物しか渡された事が無いのだ。

 故に、今回もISの事かと推測する千冬だが、このタイミングで渡されるという事は、恐らくだが非常に重要なものなのだろう。

 

「自室で見れば良いんだな?」

「勿論。それと、近い内にもう一度此処に来るから、その時にグラール人の部屋を見せて欲しいんだけど」

「……会談という名目ならやれるが」

「うん、それで良いよ。あとちーちゃん、気をつけてね」

 

 何を、と聞こうとして、既に束がこの場から居ない事に気付いた千冬は、開きかけた口を閉ざして、首を力無く横に振って、Aピットから退室する為、足を前に踏み出した。

 その歩幅は、何時もよりも少しだけ小さい。


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