IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
注2:原作1巻ゴーレムI戦の焼き直しぽいのが入ってます。
注3:写真集の下りに関しては(それぞれの)公式(人気投票)を基に書いております。
無人機との交戦で大打撃を受けた第3アリーナにて。
織斑一夏と凰鈴音、そして篠ノ之箒は、再度、無人機と相対していた。
瞬時加速を用いて零落白夜を当てにいこうとした一夏と、瞬時加速こそ用いる事はしなかったが、伸びやかな加速性能を用いて側面から斬りかかった箒だったが、見事に見切られ、一夏は振り回された腕に、箒は前蹴りでそれぞれ吹き飛ばされていた。
何とか体勢を整えた一夏と箒は、
「強ぇ……」
「くっ、手強いッ」
「なんなんだよ、アイツは」
眼の前のISに、苦戦を強いられている一夏達。退けば膨大な熱量のビーム、進めばコマのように回転しながらの土砂降りのような拡散ビームを放ち、鈴音の衝撃砲にもキッチリと迎撃してくるのだ。箒の銃器は掠りもしない為、今ではブレッドスライサー一振りのみを持っていたが、一夏と同様に、先程からいなされ、回避され、カウンターで蹴りを喰らったりしていた。
お互いのシールドエネルギーの残量を報告しあって、このままだとジリ貧になっていつかは敗北してしまうという認識に違いが無い事を確認した後、
「で、どうすんの?」
「正直厳しいよな……まぁ、鈴や箒が逃げる時間位は稼げるぜ」
「馬鹿にしないでくれる? 新兵のあんたが逃げないのに、代表候補生のあたしが尻尾巻いて退散するわけないでしょうが」
「私もここで退く訳にはいかない。ここで逃げてしまえば、自分を赦せなくなる」
「そうか。じゃあ、おみゃえらの背中くらいは守ってみせ……」
「…………」
「…………」
『はーいカットー、シーン23からやり直しなー』
低音ボイスが通信機からそれぞれのISへと流れ、一夏と箒はガックリと肩を落とした。同じ箇所でまた台詞を噛んだのだ。
頭を掻き毟る勢いで抱え込んだ鈴音の絶叫がアリーナに木霊した。
「だああああああんもおおおおおおお!! どうしてそこで噛むのよ!!」
「どうしてって……力量差で考えて俺や箒は守られる立場だろ、普通に考えてこの台詞、不自然過ぎるし」
「そんな事知るかッ!! 男なんだから『鈴、お前は絶対俺が守ってみせるっ』とか言ってみなさいよ!!」
「首ッ首ッ締まってる締まってる!! ロープ、ローーープ!!」
喧々囂々というよりは鈴音が噛み付き、一夏がタジタジ、箒はオロオロという状態を見て、今の今まで無人機役をだまーってこなしていた千冬はポツリと、
「こんなの悪い夢であって欲しい……」
と呟いた。
時は49時間前まで遡る。
一夏、箒、鈴音、セシリア、真耶の5名は、センクラッドの自室に集合という指令を受け、集まっていたのだが。
「うーん……」
「むぅ……」
「難しいわね、コレ……」
「ええっと……」
「これを、覚えないといけませんの?」
戸惑いの声をあげている5名に、センクラッドは腰に手を当てて勿論だと頷いた。
センクラッドが作った『台本』をたった今渡されたのだ。
読んでみれば、成る程、今回の無人IS機騒動をどうにか揉み消す為に『劇』をやれという事か、と全員が納得し、だが戸惑いを覚えていた。
IS学園に所属している以上、生徒会と織斑千冬の命令は絶対だ。それに、ここにいる全ての者達はあの事件の当事者であり、この劇が含んでいる意味を正しく理解してはいるのだが……
「あたしが知っている一夏はこんな事言わない」
「私が知る一夏もこんな事言わないな」
「わたくしもそう思います」
「俺も、シラフでこれを言うのは、ちょっと……」
と、台本の流れはともかくとして、細部に関しては微妙だという結果に落ち着いていた。
センクラッドは、むむ、と眉を寄せて、
「どのページだ?」
「ええと……64ページの所、かな」
「何……え、そうか? 一夏なら言いかねないと思ったのだが」
不思議そうに呟くセンクラッドに、一夏はちょっと待ったと手を挙げた。
「こんなの言った事無いよ俺」
「鈴、アレに勝ったら、俺とデートしてくれ、キリッ。位言えるだろ。幼馴染なんだから」
「キリッて……というかファーロスさん、俺を何だと思ってるんだよ」
「そりゃあお前さん、アレだよ。客観的に見ればほぼ女子高に放り込まれた野獣、もしくはハーレム野郎」
異星人の割には俗っぽい言葉を知っている以前に、あんまりな言われように、酷くショックを受ける一夏。
鈴がポン、と手を打って、
「あー、そういえば女子高に1人男子って感じよね、今の状況」
「そう言われると、確かにそうですね。ダメですよ織斑君、エッチな事はダメです」
「……だが、だからと言って一夏が野獣のように誰かを襲うとは考えにくいのだが……」
「わかりませんわよ箒さん、案外殿方というものは、表面はクールに見えても内面はそうでない人が多数いますし」
と、副担任にまでボッコボコに言われてしまう一夏は、本気で泣きたくなってきていたので、眼の前で憤然とした表情を浮かべている千冬に、
「千冬姉、俺、泣いても良いよね?」
「この位で泣くな。私だって嫌なんだ」
「へ? 千冬姉も参加すんの?」
「千冬には無人機役をやって貰うぞ」
センクラッドののんびりとした声が、皆の耳朶に響くと、その内容に放課後のうららかな日差しをも凍りつかせた。
え?どういう事なの?という風に全員からガン見された千冬は、最近の騒動で頭痛やら胃痛やらでダメージを受け始めている我が身に鞭打ちつつ、
「無人機役というよりは、敵性IS機をやる。他に候補者がいないのでな」
「そういう事だ。真耶さんも放送席で一夏達を止める役があるし、これ以上人員を増やせば漏洩にも繋がる可能性が高い。残るIS操縦者は千冬しかいない。よって敵性IS機をやらせる事になった」
嫌々ながらも、渋々とした表情で頷く千冬に、5人がぽかんとした表情を浮かべていた。いや、説明を受けたので理解は出来るのだが、千冬がコレに参加するとは誰も思っていなかったのだ。精々場所の確保と機密漏洩を守る為に此処に居る位だろうと思っていたのだから。
いち早く立ち直った箒が手を挙げて、
「どうやって敵性IS機を?」
「打鉄の外装を無人機を模したものに変更する。ビーム砲に関しては倉持技研に似た様な物があったので問題は無い。外装に関してはツテがあってな。アレと似た外装のものを調達できた」
「へぇ、よくそんな発想が出てきたなぁ、それは千冬姉のアイディア?」
「そうだ。倉持技研の所長には緊急性の高い案件として報告し、データを私自ら採る事で黙って貰う事になっている」
倉持は変人が多いが口は堅いしな、と嫌々そうに呟いた千冬。どうにも苦手なのだ、あの倉持の鬼才と所長のコンビが。この事を取引として使った際、鬼才がつまらなそうに呟いた言葉が耳に痛く残っていた。
曰く「奇策に頼りすぎて足元掬われない様にね、ブリュン」と。
何がブリュンだ、称号を短縮して渾名として呼ぶ人間なぞあの男しかいなかったので、酷く狼狽した記憶があった。
ギリギリっと歯噛みしている千冬を全力でスルーした5人は、取り合えず台本で気になった部分を指摘し始めた。
「一夏が援軍に来るのに、セシリアが来ないのはおかしいと思うんだけど。一夏の武装ってそんな強力なの?」
「零落白夜を短時間展開してアリーナのシールドバリアーを強制的に破る……うーん、千冬姉、ここって?」
「零落白夜に関しては、お前も知っている通り、シールドエネルギーを無効化する特性がある。それを腰溜めに構えて突撃する事で、弾丸のようにお前ごとバリアーを突き破る事が出切る。ただ、シールドバリアーをオーバーロードさせない限りはすぐに復活するから、オルコットまで一緒には抱えでもしない限りは無理だろうな。咄嗟にやった、という事で済ましたいので、オルコットの出番はまだ後になる」
ISの知識が世界でも屈指のレベルに到達している、もっと言えば倉持技研とも繋がりのある千冬の言に、成る程と頷く全員。公式無敗記録者の名は伊達ではないのだ。
なら次に、とペラペラとページを捲っていた鈴音が、
「一夏が零落白夜を使って無人機の腕をアリーナのシールドバリアーごと斬り飛ばすってあるけど、この直前で何か言わせたいわね」
「え? 例えば何を?」
「ありがちだけど、ヒロイックサーガのような目立ち方をさせるのも悪くないと思うから、例えば、そうねぇ……俺に関わる皆を守る、守ってみせる、って感じの。戦闘でハイになっている新兵(あんた)なら言いかねないでしょ」
鈴音の指摘に、思わずギクリとする一夏。自分でも言いかねないと思ったのだろう。その様子を見た鈴音は、
「じゃ、決まりね。構成はこのままで台詞は決めておきましょうか」
「そうですわね。ええと私は……零落白夜で一時的にアリーナのシールドバリアをダウンさせた後、即座にブルーティアーズでアリーナ内に突入、無人機を蜂の巣に、ですか……織斑先生、大丈夫でしょうか」
「それに関しては問題ない。外装の下にシールドバリアをつけるそうだ」
なら、遠慮なく撃ち抜きますわ、と呟いたセシリアに全く他意は無かったのだが、負の怨念を撒き散らしている戦漢女にはそう聞こえなかったようだ。鬱々としながらも、今度の試験のレベルを上げてやる、絶対にだ。と固く心に誓う千冬は本当に大人気ない。
細部の台詞を煮詰め、あーでもないこーでもないと皆で添削し終わったのは、それから二時間後。
無事に纏め終わったセンクラッドが手を叩いて、
「よし、こんなものか。じゃ、台本の読み合わせするぞ」
「読み合わせ?」
聞き慣れぬ言葉に一夏が聞き返すと、鈴音が、
「最初から全部現場で練習と言う事は殆どないわよ。大体こういう部屋で台詞を読み合って覚えてから、そのシーンごとに撮影していくものだし」
「へぇぇ、詳しいな、鈴」
「そりゃそうよ。代表候補生以上にもなると、映画やドラマもこなす事も有り得るんだから、一夏も気合入れなさいよね」
「……え? どういう事だそりゃ」
「一夏さん、基本的にIS操縦者は国の看板を背負っているのもあって、そういう副次的要素も活用するのが主流ですわ」
と、セシリアに教えられた事で、そうなのか、と感心していた一夏だったが、そこで、はたと気付く。
気付いて、千冬の方を視ながら、
「じゃ、千冬姉や山田先生も撮影とかやってたのか?」
「……少しだけな」
「わ、私もその、少しだけ……」
「織斑先生の写真集、二部とも開始3分で完売いたしましたよね。手に入れるの苦労しましたもの」
「あー、あたしも結構苦労したわ」
セシリアと鈴音の言葉に、凍りつく千冬。持ってるのか!?と、愕然とした表情で2人を見る千冬に、勿論と頷く2人。
「一夏のお姉さんだし、ブリュンヒルデといえば相当人気あったから買いましたよ」
「ブリュンヒルデの滅多に見せない私生活、という写真集は――」
「わーわーわーわー!!!!」
黙ってろ小娘共、と言いたげに慌てて大声をあげて制止する千冬に、一夏は呆然なって口から言葉を零していた。
「……え、それってやばくね……?」
あの腐海を見せたのか……と呟いた一夏に、え?という風に食いつく鈴音。
「? ふかい、ってどういう事?」
「え、だって、千冬姉のプライベート写真集だろ……?」
「素敵な笑顔を浮かべて映ってましたけど……?」
「笑顔!? 千冬姉が!?」
「真耶さん、持っているなら是非その時の写真集を見せて欲しいんだが」
あああああ、一夏とセンクラッドが興味を示してしまったと頭を抱える千冬。あの1000%マジ取り繕いな感じで高級マンションを貸し切ったり、プライベートビーチとして土地を購入し、そこで水着撮影したりと言う、本人にとっては黒歴史以外何物でもない写真集を身内に、しかも眼の前で見られると思うと、本気で泣きたくなってくる千冬。
ここで脅そうものなら、センクラッドから鋭い舌鋒を浴びる事になるだろうし、かといって弟に生温かい眼で見られるのも嫌だという微妙な漢女回路スパーク状態の千冬の後ろで、今までだまーって紅茶をカップに入れたり緑茶を淹れたりしていたシロウが、ポンと千冬の肩を叩いた。
救いの手が、と思って顔を上げた千冬に、シロウは静かに。
「山田教諭が先程写真集持ってくると言ってそそくさと――」
「うわあああああああッッッ!!!」
此処に来てまさかの裏切りである。今まで会話に殆ど参加しなかったのは、この為かと頭を抱える千冬。
ちふゆは こんらんしている !!
「すげぇ、ここまで取り乱す千冬姉、見たことないや」
「どんな黒歴史が視れるのやら。あぁ、一応言っておくが明日撮影だからな。千冬で遊んでいても構わんが、今日中に読み合わせまではしておけよ」
というセンクラッドが放った容赦の無い言葉に、はーいと声を出すIS学園生徒陣。
ぐったりとした風に、肩を落として落ち込む千冬。
「私が一体何をしたっていうんだ……」
「というか俺からしてみれば、千冬がそこまで恥ずかしがる理由が判らんのだが」
「センクラッドも一度写真集や動画を出すと良いぞ。気持ちが判る筈だ」
「いや、俺も出した事有るが、別にそこまで恥ずかしく無かったぞ?」
凍りつく一同。シロウは慣れたもので、全員のお茶の減りの量から逆算して、ワンサイズ大きいポットで紅茶を淹れ始めた。
ただ、動揺しているようで、腕がカタカタと震えていたのだが。
「……それは、今、見れるのか?」
今、という部分を強調する千冬に、勿論だと頷くセンクラッドだったが、
「その前に、きちんとこの騒動を終息させたらいつでも見せるから、早く読み合わせしててくれ」
そう言われてしまえば、突っ込めなくなる為、箒が来るまでは読み合わせをし始める学園生徒達。千冬は劇中では一切話さないので、脳裏にイメージを浮かべて、自身がどう動けば皆が動きやすいかを判断し始めた。
そうこうしている内に、プシューっというドアがスライドした音が部屋に響き渡り、センクラッドが視線を向けると、真耶がそこにいた。帰ってきたのだ。その手にはしっかりと二冊の写真集があり、
「ファーロスさん、織斑君、これが先輩の写真集ですよ」
「山田君…………」
怨嗟の声をあげる千冬だが、諦めたのか、肩を落として眼を瞑って現実逃避と言う名のイメージトレーニングをし始めた。
流し読みでもするか、と思っていたセンクラッドが真耶に礼を言って表紙を見ると、織斑千冬というタイトルが小さく記載されており、シンプルなタイトルから千冬らしさを窺い知る事が出来た。
ふむ、と言葉を零しながらページを捲ると――
「これは――」
そこには、綺麗な笑顔を浮かべた、黒いビキニを纏った千冬が居た。溌剌とはしていないが、胸を押し上げているポーズを取っており、妙な艶やかさがあるワンショットだ。
一夏の方はブリュンヒルデという写真集で、凛々しい顔つきをしたいつもの千冬姉がそこに居た。いつもと違うのは、コーヒーカップを持ち上げてこちらにウィンクしている位か。どうやらこちらは仕事中の一幕といったところの様だ。
ペラペラっと捲っている一夏の指が震えてきていた。俺の知っている千冬姉はこんなんじゃない、どんだけ詐欺ったんだよこの姉貴、という表情を浮かべながらも、一夏は写真集をだまーって読みふけっていた。
センクラッドは黙って次のページを捲ると、今度はバスタオルに身を包んだ千冬が上目使いでこちらを見ているショットときたもんだ。この写真集の方向性が何となく見えてきたセンクラッドは、生温かい眼でこの写真集を飛ばし読みし始めた。
元々、日本人の1学生であった頃ですら、この手の本やアイドルにはとんと興味を惹かれる事が無い少年だったのだ。色気をプッシュしたんだろうなぁ、背中や脇の肉から胸持って来てたりして、程度にしか視ていない。そういう意味では織斑一夏とセンクラッドは似ていた。
……のだが、一夏からみれば、話は違ってくる。
お互い黙って写真集を交換してから、その差は顕著になっていた。
ふぅん、まぁスタイルは良い方じゃないかね、カノンやチェルシーまではいかないが、アリサやナギサ辺りと同等か?そういや男性陣で一番売れたのってシズルだったよなぁ、露出って男女共通でウケが良いよな、位の感想で留まっているセンクラッドはともかくとして、実の姉の痴態(?)を本越しに眺めているような気がしている一夏としては、黙っていられなかったようだ。
極めて穏やかに、そっとテーブルの上に写真集を置いた一夏は、俯いている千冬に対して、
「これは何ですか?」
「写真集、だ」
「これは何ですか?」
「…………調子に乗っていた頃の私が撮らせた写真集です」
「何をしてますか?」
「笑顔を浮かべています」
「何をしてますか?」
「…………黒ビキニで男受け良さそうに笑っています」
「黒ビキニとは何ですか?」
「下着のような水着です」
「それを着て、男受けが良さそうに笑っているのですか」
「そうです」
「黒ビキニで男受け良さそうに笑っているのですね」
「はい」
穏やかなのに絶対零度の空気という意味が判らない状態になっている部屋で、センクラッドは、拳を握り締めてじっと俯きながら千冬の負の思念が自分自身に向かって「死にたい死にたい死にたい」と念じ続けている事を左眼から察知し、生温かい眼で見守っていた。
ちなみに、センクラッド以外の、シロウを含めた全員は既にドン引きしている。
普段とは全然違う一夏を目の当たりにした一同は取り合えず、一夏をガチギレさすのはやめておこう、と心に決めた。
ただ、徐々に徐々にめんどくさい光景になってきた為、センクラッドが珍しく助け舟を放り投げる事にしたようで、
「一夏、そこまで怒る事は無いだろう。オルコットさんや凰さんもこういう写真集出しているのだろうし、今後一夏も出さなければいけないのだからな」
その言葉に、今の今まで瞳のハイライト部分が消えたかのような、流石はブリュンヒルデの眼光を受け継ぐ者と感心出来そうな眼で灰になっている姉を冷ややかに見つめていた一夏は、うへぇと顔を歪めて、
「俺、不器用だからこんな事できねぇよ……」
「何、俺でもやれたんだ、やろうと思えば何だってやれるさ。さて、それじゃそろそろ読み合わせをしてくれ」
と、流れを変える事で、一夏を正気に戻させた。千冬としては怒れば良いのか、礼を言うべきなのかが判断つかなかった為、目礼するだけに留めてイメージトレーニングを再開した。
ちなみに、鈴音もオルコットも水着披露はしていたが、年齢や経験が物を言うのか、あそこまで扇情的には撮れてはいなかったりする。
そして、なんやかんやで黙ってはいるが、真耶の写真集はそれはもう凄い勢いで異性から売れた。瞬殺と言っても良い。
その勢いは千冬が出していた写真集と同等だった。
眼鏡着用でロリ爆乳の水着にYシャツ姿というものは、希少価値と資産価値を併せ持つレアな存在であるが故の、当然の結果だった。
別にその事には全く気付いていなかったのだが、センクラッドがふと、真耶も写真集を出しているという事を思い出した為、
「真耶さん、真耶さん」
「はい、どうしましたファーロスさん?」
とほんわかした笑顔を見せてくる真耶に対し、少しは空気を読んだのか、センクラッドは真耶にしか聞こえないような声量で、
「後で、真耶さんの写真集も見せて欲しいんだが」
と言った。
ボンッという音が立ちそうな程、顔を赤らめさせて手をパタパタと振る真耶だったが、真剣な表情で視詰めて来るセンクラッドに根負けしたようで、後でで良ければ、と頷いた。
ちなみに、この一件がバレた際、シロウ共々異星人はムッツリという有り難くないイメージを持たれてしまうのだが、それはまた別のお話。
読み合わせが終わり、シロウが出した料理に舌鼓を打ち終えた翌日の今、つまり時は先の一夏の失敗へと戻る。
何度も一夏が台詞を噛む為、センクラッドは溜息をついて代案を出す事になった。
『わかった、流れはそのままで、自由に動いてくれ。合わせてくれるだろうからな』
その言葉に渋面を作ったのは鈴音とオルコットだ。合わせるのが大変というのもあるが、覚える努力を放棄させているようにも、そして今まで覚えてきた事が無駄になるようにも聞こえたのだ。
ただ、千冬が肩を竦めているのを見て、何かしら閃いたのか、プライベート通信で鈴音は確認した。
『織斑先生、ここからはつまり、模擬戦(いつも)のように動き回れって事でしょうか?』
『与えられたものをただこなすというのは皆の性に合わないだろう。私が合わせてやる。ここからは私を墜とす気で来い』
『成る程、わかりました』
この言葉を皮切りに、皆の動きが眼に見えて変わった。いままでぎこちなかった動きが、どこに当てるかという流れは頭の隅程度まで追いやって戦う事で、緊張を孕んだ良い動きへと変化し始めたのだ。ブリュンヒルデと呼ばれた世界最強の胸を借りれる機会は滅多に無いのだ、貪欲に経験を吸収する事で、今後の成長が爆発的に伸びる可能性もあるのだから、本気になるのも頷ける話だ。
それを放送席越しに見つめていたセンクラッドは、成る程、そういうやり方かと看破し、感心したように頷いていた。本人は適当なものである。
「コレなら問題はないな。俺も準備してくるか」
「そうですね、あの後は一発本番ですから……」
そう、真耶が言った通り、一夏が噛んだ理由はそこにもある。
その後のシーンは全て一発勝負、そこからはやり直しが一切きかないとなれば、映画や撮影で慣れている鈴音やセシリアはともかく、箒や一夏は動きが固くなるのは仕方が無い事だ。
だが、眼に見えて良くなった、というよりも考えなしになった一夏はともかくとして、箒の動きはまだ少々ぎこちない。
誰かを守りたいという、曖昧だが確固たる願いの為に強くなる一夏や、国を背負ってきているセシリア達とは違った意味でISに乗る理由があるのだ。
確かに千冬と戦えば伸び代を更に伸ばす事は可能だろう。
しかし、それでもぎこちなさは取れないのは、偏にあの無人機について考えてしまうからだ。本当に姉がやっていたとしたら、と思うと、やるせない気持ちで一杯になってしまう。
一つの事に集中する事が得意な箒だったが、今はそれが悪い調子へと繋がっていた。
「――!?」
だが、ロックオンされている事に気付いた箒は、思考を破棄して慌てて回避行動を採ると、ギリギリのタイミングで今まで居た場所に拡散ビームが放射されたのを見た。
ほっと一息ついていると、スラスターを吹かせた鈴音が箒の元へやってきて、
「あんた、こんな時に呆然としているんなら逃げ回っててくんない?」
「な――」
「言っとくけど、あたしは本気よ。一夏も必死になってる。それなのにあんたは何なの? 皆が死ぬかもしれないのに、此処はしっかりしないといけないトコでしょうがッ」
と叱り付けた鈴音の声色こそは憤怒に染まっていたが、瞳には激情を映していない。むしろ、心配半分、怒り半分と言った所か。
ISは表向きは競技として用いられているが、使い方を誤れば容易く死に至るのだ。実際に事故というものは幾つか起きていた。
現状呆けている、とまではいかないが、身に入っていない箒は、そのラインを踏み越えてしまう恐れがあった。
だから、鈴音が叱り付けたのだ。
首を振ってから鈴音を見据えた箒は、瞳から一切の迷いを消していた。思うことはあれど、後にすると決めたのだろう。一夏が見ていたら、こうなった箒は梃子でも動かないな、と零していただろう。
「――すまない、雑念が入っていた。凰は私の後ろから衝撃砲を撃って欲しい」
「? あぁ、わかったわ。でも、それって意味が無いと思うけど」
ハイパーセンサーで気取られて終わるんじゃ?という言外の指摘に、フッと小さく笑みを浮かべ、問題ないと呟いた。
「参る!!」
そう呟き、箒は一夏と斬り結んでいる千冬に向けて一直線に突き進む箒に、衝撃砲を放つ鈴音だったが、一向に避ける素振りを見せない為、焦りで声をあげかけるが、そこで閃いて、あっと声をあげた。
衝撃砲の直撃を受けてシールドエネルギーを減らした箒だったが、その際、ラファール・リバイヴの四枚の推進翼を大きく広げ、スラスター部分を収納してエネルギー吸排口を展開した。
衝撃エネルギーの凡そ7割を吸収した直後、スラスターが一気に推進稼動し、結果的に瞬時加速へと繋がっていく。
奇しくもそれは、モンド・グロッソのタッグ部門にて当時アメリカ代表を務めていたナターシャ・ファイルスとイーリス・コーリングが強襲を仕掛ける際に見せた手法だったが、箒はそれを再現したのだ。
卓越したIS知識と、箒の感性と思考が組み合わさって出来た荒業である。
瞬時加速するとは思わなかった千冬が、反射的に一夏をビームで撃ち抜いて箒を相手にしようとするも、零落白夜の刀身で無効化されてしまい、それが出来なくなる。
それは、致命的な隙が出来たと同義だ。
「一閃ッ」
という声と共に、瞬時加速を利用した一撃が千冬の腹部に食い込み、そのまま振り切ってその場から残像と音を残して消え去る箒。
衝撃のエネルギーの7割はダメージとして受けきるも、残り3割は冷静に受け流して回転しながらアリーナのAピット入り口まで吹き飛ばされる千冬。
そして――
「俺は、守ってみせる。俺に関わる皆を、全てを、守るんだぁぁぁぁああ!!!!」
Bピットに辿り着いて様子をタブレット端末越しに伺っていたセンクラッド曰く「ヒーローとしてみると100点満点だが、ありゃ後でベッドでジタバタコースだな」という自身の経験から基づいた言葉をポツリと零す位にはキマッている一夏の瞬時加速からの一撃は、見事に千冬の右腕砲身部分とAピット側のシールドエネルギーのみを斬り飛ばした。
「セシリアァアッ!!」
一夏の絶叫の様な呼び声に、セシリアは見事に応えてみせた。
切り開かれたAピット(道)から間髪居れず飛び出したセシリアが千冬とすれ違うように駆け抜けたが、その形態は軽装になっていた。
置いてきたのだ、千冬とすれ違う直前に、4基のレーザービットを。
駆け抜け、振り向くその瞬間まで、レーザービットを複雑に操作し、レーザーで千冬を織るように射抜き続けたセシリアの瞳は、静かに閉じられており、呼吸すらも止めて意識を集中していた。
此処まで精緻な動きが出来たのも、身体動作の殆どを停止させていたからだろう。
そして、瞳を閉じたままブルーティアーズを複雑に操作していたセシリアは、振り向きながらレーザーライフルを両手で構えて照準をつけ、瞳をゆっくりを開けて吐息をつくように一言、呟いた。
「――チェックメイト、ですわ」
スターライトmkIIIから射出されたレーザーは狙い違わず胸部装甲に直撃し、爆発を起こした。
本来、濛々たる黒煙で視界を遮られようとも、ハイパーセンサーの補助で変わらず見れるのだが、ジャミングを仕掛けられているという設定上、判断が微妙に着きにくい程度の乱れが反映されていた。
「やったか?」
「センサーの反応は余り芳しく無いですが……此処まで叩いたのですから、もう攻撃能力はあらかた削れている筈ですわ。ただ――」
「油断は出来ない……か」
一夏は、どうやら頭から芝居が抜け落ちているようで、凛々しい視線を黒煙に向けていた。対して、セシリアは本気の姿勢で取り組んでいると感心していた。まぁ、普通は忘れないのでそれが正しい反応なのだが。
ただ、この後の展開は一夏の言った通りで、各々のハイパーセンサーが高エネルギー反応を感知した。
一斉に回避行動を採った一夏達だが、その行き先はBピットだった。
「しまった!?」
という声は鈴音だ。皆も驚愕の表情や悔恨の表情を浮かべている。だが、それは杞憂だ。
高出力のビーム砲がBピットを突き抜けようとするが、アリーナのシールドバリアー越しに、Bピットの出口からも高出力のレーザーが放たれたのだ。
当然、挟まれたシールドエネルギーはオーバーロードし、消え去り、ビーム同士の干渉が始まった。
耳慣れぬ異音を発しながらも相当時間拮抗し、やがて両者のビームが消え去ると、辺りは異様な沈黙に包まれた。本来なら、颯爽と搭乗したセンクラッドがシールドでガードする場面だったのだ。此処からアドリブが入っているのは明白だが、そこ以上に驚くべき点は、Bピット側から出てきた極太のレーザー砲だ。
千冬すら絶句していた。倉持技研の、鬼才謹製のビーム砲を6割出力とはいえぶっ放したのだ。第三世代打鉄弐式用の装備の一つとして考えられている兵器に拮抗するグラール太陽系の技術の凄さを改めて見せ付けられた形だろう。
そして、暫くするとハイパーセンサーからコツリ、コツリという硬質な音を伴って姿を見せたセンクラッドの姿は異質であった。
黒のスイーパーシリーズを纏っているのは何時もの事だ。
巨大なレーザーキャノンを右肩に担いでいるのも、まぁ普通だろう。
左腕に巨大な、トリコロールカラーに近い、やたらと派手なフォトンと合金併用型シールドを装着しているのも、規定路線だ。
だが、その服には幾何学的な白い模様が浮かび上がり、そして何よりも特筆すべきものが、その背に有った。
服に入っていた模様の色と同じ、純白に輝く一対の大きな翼が、広がっていたのだ。
誰も、声を挙げる事が出来なかった。その神々しさに……ではなく、そんなギミックを披露するとは一言も言っていなかったのだ、センクラッドは。故に、シロウは頭を抱えて「あのたわけ」と罵倒していたりする。
カツン、と一際高く靴音を上げて、アリーナを睥睨出来る場所で止まったセンクラッドは、千冬に鋭い視線を投げかけ、
「聞け。これ以上我々やIS学園を攻撃するのであれば、我々は反撃を辞さない。侵入者よ、この学園から立ち去るが良い。さもなくば我が力を持って、敵対する者達の一切合財を薙ぎ払おう」
音吐朗々たる低音声。どこまでも不遜で、どこまでも黒いその声は、不思議な事にセンサーを通さずとも良く聞こえる。
瞳には怜悧な輝きを持つも、不定間隔で羽ばたく大翼が、怒りを示すかのように風を伴ってセンクラッドの髪と服をはためかせていた。
はっと我に返った千冬が、センサーを上空に伸ばすと、シールドエネルギーが消え去っていた。
イレギュラーな事はあったが、どうやら問題ないようだと判断した千冬は、そのまま上空へと飛び去って行く。
追おうとする一夏達だが、プライベート通信で、以前襲撃された際、千冬が止めた言葉をそのまま再生した音声が流れた事で、Aピットへと皆が戻っていき。
それを見届けたセンクラッドは、服に装着していた対光属性(純白色)のSランクシールドライン――ヒゼリセンバを黒色の服装に紛れるような色合いを持つAランクシールドライン――ラボル・カテイに変更し、タブレット端末で、
「はーいカットー。お疲れさーん。では、全員Aピットに集合」
と、先程の声とは打って変わって、むしろオツカレチャーンとでも言うのかお前はという位、軽い声で撮影完了を知らせた。
一夏の厨ニ溢れる台詞に、以前シロウに頼み込んでも出来なかった魔術(の掛け声)ぽい事をやりたいという想いが再燃したせいで、あんな事をやらかしたセンクラッドだが、その心は青々とした空並に、晴れやかだった。
ちなみに、ヒゼリセンバ等の耐属性固定概念を持つSランクシールドラインには、エミリアの協力の下、強化をして貰う代わりにそれぞれ翼を仕込まれていた。お陰様で一部の者達からは熱狂的な人気を得ていたりするのだが、それは外伝で語られるべき話だ。
水疱瘡の次はノロウィルスです。
この忙しい年末に一体何の恨みがあるのでしょうか。