IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
翌日の放課後。
自室を再びアリーナモードにして、センクラッドとラウラは対峙していた。
「ボーデヴィッヒさん。試合前に、お前さんの装備を教えてくれないか?」
「はい。射撃戦ではこの大型レールガンを使用し、中距離以下での戦闘ではこの6本のワイヤーブレードと、手首に仕込んでいるプラズマカッターで対処します」
指で部位を指しながら話すラウラの表情は、表面上はいつも通りのクールフェイスだ。どうやら昨日の事は少しだけでも割り切ったようだと、内心ほっと一息つくセンクラッド。
ちなみにシロウと千冬は此処には来ていない。二人とも自室で待機させたのだ。昨日逃げた罰をどうやって与えようかと考えてみたものの、思いつかなかったので待機を命じていた。
「ワイヤーブレードは鞭のように扱うのか?」
「はい。これらはPICを通して自在に操ることが可能です。集中力が必要ですが、ワイヤーブレードを扱いながらプラズマカッターやレールガンの同時併用が推奨されております」
「成る程、近付くにも遠ざかるにも、一度ワイヤーブレードの結界を突破せねばならないわけか……ああ、そうか、遠距離武装が少ないのは、一年が使えるアリーナの広さに制限がかかっているから、だったか?」
「良くご存知ですね」
流石にそこまで知っているとは思わなかったようで、目を丸くして驚くラウラ。
1年目は基礎訓練に明け暮れ、2年目からは基礎からの応用・発展、3年目では実戦に即した戦術や戦略構築と学ぶ分野がそれぞれ違う故に、使用するアリーナがそれぞれ変わっていくのだ。勿論、アリーナだけでなく、教室や講堂もそれに沿ったものが与えられている。
「最初に此処に来た時に、千冬からIS学園の教科書から機密情報を差っ引いた教本を与えられてな。まだ半分も読んでいないが、1章目にそう記載されていたのを思い出しただけだよ」
「成る程、そういう事でしたか」
素直に感心するラウラだったのだが、センクラッドは微妙な表情になってきていた。敬語を使われるのがどうにも微妙に背中が痒くなるのだ。
「あー、ボーデヴィッヒさん?」
「はい」
「敬語は抜きで頼む」
「え?」
「敬語を使われるのは好きじゃないんだ。砕けた口調とまでは言わんが、普段の口調に戻して欲しい。勿論、これで何かを決めるとかは無いのは確約する」
「――わかった」
「よし。それじゃ、俺の装備を教えておこう」
そう言うと、ラウラは一歩下がった。その行動に疑問を感じたセンクラッドが、
「どうした、ボーデヴィッヒさん?」
「いえ、昨日のようにウェポンラックが来るかと思ったので……」
「あー……そうだな、そこにいてくれると助かる」
実際はアレは単なる演出だったなんて今更言えるわけもなく、仕方無しに何度もウェポンラックを左右に移動させてはナノトランサーから使用する武器を出したセンクラッド。自業自得である。
色々装着したセンクラッドが、ウェポンラックを壁に埋め込むようにして引き上げさせて、
「お待たせ。さて俺の装備だが、実は見た目では判らない細工をしている」
「というと?」
「例えばだが、ハンドガンやセイバーは判りやすいと思う」
左側腰部分にあったホルスターからハンドガンを引き抜き、右手は通常状態は一見して懐中電灯のようにも見えるセイバーの出力をオンにして、緑色のフォトンを具現化させた。
「視ていてくれ――」
そう言うと、ハンドガンを構えて空間に撃ち込むと同時にハンドガンがホルスターごと格納し、左腕にシールドを瞬時に具現化させた。
同様に、右腕のセイバーを何度か振るった後、セイバーを格納した代わりに鞭を具現化させて、前方を打ち据えた後、ラウラに顔を向けた。
「こんな感じに武器の入れ替えが出切る。ISの拡張領域みたいなものだ」
「成る程、瞬時に入れ替える事で、距離や戦術を多彩に使い分ける事が可能という事ですか?」
「敬語」
「あ。可能という事、か?」
「宜しい。そろそろ、始めるとしよう」
そう言って、両手にハンドガンを持ったセンクラッドは、ダラリと腕を下げた。ラウラも、肩に乗せているレールガンを構えて、その時を待った。
「いくぞ」
「いつでも」
その言葉の後、右手に持ってあったハンドガンを瞬時に照準を合わせて射撃し、直後に敵意が腹部に焦点を当てているのを視て、左手のハンドガンで予測弾道地点へと弾丸を撃ち放った。
ラウラはレールガンを発射すると同時に、中距離を維持する為に空中に飛び上がった。
レールガンの弾丸はハンドガンの弾を弾いて直進し、センクラッドは咄嗟の判断で左手のハンドガンを格納、シールドを構えた。
ガゴォン!!という轟音がシールドに響き渡り、レールガンを見事防いだセンクラッドは内心では苦い表情を浮かべていた。最弱のシールドで防ぎきれるとは思ってはいなかったが、シールドラインのエネルギー低下が思った以上に大きかったのだ。勿体無い事をした、また補充に時間がかかるわけだ、そう思った。
だが、それに対する感想を浮かべつつも、センクラッドはその場から一足飛びで7m程下がると、今しがたセンクラッドが居た場所にレールガンが突き刺さった。
シールドではダメなら、とハンドガンに切り替え、左手で3射、右手で2射、それぞれラウラが回避するであろう予測地点へと放り込むように射撃した。
だが、空中で制約はあるとはいえ、常識では考えられない程の機動を描けるのが、ISなのだ。
急停止、急発進を用いての回避機動をしてくる敵と相対する事が殆ど無かったセンクラッドからしてみれば、あんまりな機動の描き方に思わずぼやいた。
「反則だな、その機動は」
勿論、聞こえていたものの、ラウラが返事をする事は無い。それよりも迅速に攻撃を当てる事に専念していた。先の失敗を無かった事と配慮してくれたのだ、それに報いる為にも、此処で無駄口を叩く必要は無いのだ、という心境だ。
ただ、空中に居っぱなしでは、千日手にも繋がりかねないし、そもそもが護衛としての能力を見せて欲しいというのだから、近接戦闘もやらねばならない。
故に、数発レールガンを打ち込んだ後、回避行動を取ったセンクラッドに向けて、瞬時加速を行った。
時間がゆっくりと流れ始め、だが数秒も立たない内に倍速状態になる意識の中、手からプラズマを放射して突っ込むラウラ。
その刃が届く寸前、センクラッドは右手に持つセイバーで受け止めるも、力場相殺の為のフォトン維持が瞬時に出来なくなったセイバーがオーバーロードを引き起こし、ダウンした。
驚愕の表情でラウラがセンクラッドの首元を薙ぎ払う形になってしまうも、センクラッドは表情筋一つ動かす事なく、ブリッジをする形で避け、そのままバック転をする要領でラウラを蹴り付けた。
何気に、かつ地味に焦っていた為、常人ならば骨が砕ける勢いで蹴りつけてしまった結果、恐ろしい勢いでアリーナの端へとすっ飛ばされるラウラだが、どうにか持ち直して振り向くと、今度は二刀流という形――つまりツインセイバーに構えを変えたセンクラッドが眼の前に居た。蹴り付けた後、オラクル細胞を活用して腕だけで跳び、距離を詰めたのだ。
それをセンサーで察知していたラウラは右手を掲げた。
参ったという風に見て取ったセンクラッドは、こんなものかと軽い失望を覚えながらも、寸止めをするかと思った矢先。
突然、身体が言う事を聞かなくなった。
「む!? これは――」
「アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。略称AIC。簡単に言うと、その空間一帯を限定的ですが停止させる技術です」
「ほうほう。と言う事は、初見殺しが出切る上に、一対一では相当優位に立てるな。AICをちらつかせて本命はレールガンとかも出来そうだ」
「はい。ただ、これは多大な集中力が必要な為、長時間維持出来ませんし、集中を破られたり、巨大な指向性エネルギーを持つものには通用しませ――」
「敬語敬語」
「あ」
思わずセンクラッドが突っ込むと、しまった、とばかりに口を空いている左手で覆ったラウラ。それがいけなかった。
「お?」
戦闘中の張り詰めていた空気がプツンと、一瞬だけ切れてしまったのだ。後はどうなるかなんてわかるものだ。
AICによって前のめりになっていたセンクラッドの運動エネルギーが封じられていたのだから、
「しまった」
「しまった!?」
同時に乗せた言葉は同一。だが、センクラッドは落ち着き払った表情でラウラに覆いかぶさろうとする我が身を、腕の振りだけで身体を無理矢理傾けさせた。
そして、地面に手をつき、そこから大きく跳ねて、見事ラウラから3m程離れた場所へと着地する。
危うくラッキースケベを発動するところだった、と内心とんでもない事をぼやいているセンクラッドだったが、気を取り直して武器を構えて振り向くと、ラウラは抱きとめようとでもしたのか、両手を広げて硬直していた。
「……あー、うん。その、なんだ、ありがとう?」
首を傾げながら申し訳なさそうにそう言ったセンクラッドだが、余計羞恥を煽っているのに気付いているのかいないのか。居るんだろう、きっと。ただ、この手のシチュエーションは初めてだった為、取り合えず礼だけ言っておこうという、余計な心遣い溢れる言葉を放っていた。
「い、いえ。どういたしまし、て?」
ラウラは微妙に混乱しているようだった。本来ならばあのままいけば激突する筈だった為、避けるよりも受け止めた方が心証が良いのでは?と、少しだけ政治的な配慮をした結果がこのザマだったのだ。
微妙に居心地が悪くなるタイプの沈黙が数秒間続いたが、センクラッドが気を取り直して、
「もう少し見極めさせてくれ。お前さんのワイヤーブレードを絡めた戦術を視ていない」
「しかし、その武器では……」
というラウラの指摘に、そういや最弱のセイバーでやってたんだったと思い出したセンクラッドは、一度頷いて、
「日本にはこういう言葉がある。こんな事もあろうかと、という――」
そう嘯いて、両手に持っていたセイバーをAランクの(ツイン)クレアセイバーに変更した。明らかにフォトンの凝縮度合いと握りが変化した事を受け、ラウラが、成る程、と納得した。
余談だが、こんな事もあろうかと、をラウラはここで覚えた。日本の文化に対する誤解の一発目がセンクラッドだったのは、ほんの少しだけ黒い皮肉だろう。
「行きます」
「いつでも」
最初の時とは今度は逆の言葉を用いた二人だったが、激突にはさしたる時間はかからなかった。
ラウラが身体を錐揉みさせながらワイヤーブレードを3本、微妙にテンポをずらしてそれぞれ別の方向から放ってきたのを視ても、センクラッドは落ち着き払って敵意が自身の何処に放射されているかを確認した後、それをギリギリでかわすように、まずは右足と左足を置いていた場所を瞬時にスイッチして一本目を回避した。上から来るワイヤーブレードはやや強めの力を入れて左手のクレアセイバーで弾き、軌道をずらす事で最後のワイヤーブレードに当てさせるという離れ業をやってのける。
本命のプラズマカッターを捌く時間を得たセンクラッドは、そのまま右手のクレアセイバーで受け止めると、接触部分を支点にしてすぐさま身体を横にずらして、フォトンの刀身上をプラズマカッターをすべらすように、つまり、バランスを崩させるように誘導した。
見事、数瞬の時間、ラウラはバランスを崩した事を受けて、左手をハンドガンに切り替えて素早く2射するも、ハイパーセンサーでそれを読み取ったラウラは射線上にワイヤーブレード2本を置く事で防ぎ切り、残りのワイヤーブレードでセンクラッドを急襲した。
「惜しい」
言葉と裏腹に感心した風な声が居た場所にワイヤーブレードが殺到するも、虚しく空を切ったと同時に、ラウラはハイパーセンサーで視ていた筈のセンクラッドが唐突に眼の前に現れた事に、驚きながらも反射的に右手のプラズマカッターで切り裂こうとしたが――
「な!?」
センクラッドが持っていた筈のクレアセイバーが鞭に変更されており、それが自身の右手に巻かれている事に気付いたラウラ。
センクラッドはそのまま力任せにラウラを放り上げて、左手のハンドガンで精確にラウラの胴体を撃ち抜いた、筈だった。
だが、それは失策だ。ISは空や宇宙を自在に駆け抜ける事が出切る。一度空に浮かんでしまえば、PICとスラスターで姿勢制御して自在に飛べるのだから、意味が無い。
案の定、フォトンバレットは宙を切り裂くに留まり、ラウラはお返しとばかりにレールガンを発射した。
瞬時に鞭とハンドガンをクレアセイバーに切り替えたセンクラッドは、弾丸を十文字に切り裂いて、
「よし、ここまでにしよう」
と呟いた事で、試合は終了となった。
ラウラは至近距離でレールガンを切り裂かれて眼が点になっていた。近接戦闘に特化したIS操縦者でも同じ事をやれと言われてやってのける人物は数名しか居ない。音速の3倍以上の初速を持つ大口径弾を目視でX斬りするとは、とやや呆けていた。
「おーい、ボーデヴィッヒさん、何呆けているんだ? 一次合格だぞ、合格」
両手に持つクレアセイバーを格納して手を軽く振っているセンクラッドの言葉に、はっと我に返ったラウラ。
「一次合格、ですか? ですが、私は一度も攻撃を当てられませんでしたが……」
「…………」
「……?……あ、し、失礼しましった、ええと、攻撃を一度も当てられなかったのだが……」
「俺の中の基準を満たしていたから問題ない」
そう答えたセンクラッドの基準と言う言葉について、眉を八の字にして考え込むラウラ。普通は引っかかるだろう、基準とは一体どれを指し示しているのかと。
「まぁ、簡単に言うと、技術に振り回されていない、この場合はISに振り回されていない事だ。次に挙げるとすると、護衛対象の事を考えているかという点。抱き止めようとしていたからな。最後に挙げるのは、戦術設定にミスが無かったところか」
少なくとも、考えうる最大限の想定をしていたように、センクラッドからは視えていた。少なくとも、こちらの行動を読もうとしていた節を感じ取れただけでもポイントが高かった。
「まぁ、二次があるがな、この後」
「何をすれば?」
「簡単なハナシだ。まずISを解除してくれ。そうしたら地形を変える。そこから今度は移動する俺を守る事に専念してくれれば良い。民間人を模したダミーとそのダミーに扮した暗殺者が幾つか登場するので、ダミーは攻撃しないでくれ。緊急時の判断はお前さんに任せる。結構しんどいと思うが、頑張ってくれ」
言われた通りにISを解除していたラウラだが、その後の言葉に引っかかりを感じて聞き返そうと口を開いた瞬間、地形が変動した。
しかも、いつぞやとは違って瞬時に形成された風景は、何処かセンクラッドが観光していた浅草の町並みに似ていた。似ているだけで細部は違うし、一部グラール太陽系のニューデイズにあるオウトクシティが混じっていたのは、宇宙船のサーバーに入っているデータを流用したからだ。
鮮やかな水と紅の町並みの中に、様々な人種が投影され始めたのを視てから、のんびりとした足取りでゆっくりと歩み始めたセンクラッドに、慌てて歩調を合わせて歩むラウラ。ISを展開していない状態から護衛をさせ、緊急時という口ぶりから鑑みるに、知っているのだろう。通常、ISを展開する事は緊急時を除いて禁じられている事をだ。
教本をしっかりと読んで、知識としてきちんと蓄えているセンクラッドに感心する一方で、苦々しく思うのはこの学園の実態だ。
ISというのは建前はともかくとして、本質は人を殺し、軍を蹴散らし、国を滅ぼす事すら可能な、NBCR戦略兵器にとって代わった戦略兵器だ。
それなのに、全てとは言わないが、大体の生徒達は建前を信じ込んでIS学園に来ているのだ。競技と言っても取り扱い一つ間違えれば文字通り命取りになりかねない兵器を扱う為の心構えすらなっていない。覚悟の決め方も判らない輩ばかりだという事は知ってはいたが、実際見るまではそこまで酷くは無いだろうと思っていたのだが――
「――フッ!!」
センクラッドの斜め前方に居た日本人女性が、人ごみに紛れてセンクラッドに対してナイフを突き立てようとしていたのを見逃さずに、ナイフを持つ手首を横合いから掌底で上方に弾き、そのまま関節を極めてから投げ飛ばした。
ゴギリという音と共に関節が有り得ない角度で曲がったのを確認するよりも先に、ラウラは懐からファイティングナイフを取り出して相手の首筋に突き付ける。
思考が別に逸れていても、並列で物事を考え、行動出切るように訓練されているラウラにとって、この程度造作も無い事だ。
「お見事」
そう呟いたセンクラッドが、パチンと指を鳴らすと、女性が煙のように立ち消えた。
「次だ」
センクラッドがそう言った瞬間、前方から2名、横手の路地から1名の不審者がそれぞれ微妙な時間差でセンクラッドに走り寄ってくるのを察知したラウラは、まず前方の敵から対処する事にした。
センクラッドの前に立ち塞がり、身体ごとナイフをぶつけてくる感じで体当たりしてきた男を、すれ違うようにかわしながら延髄に肘を叩きつけて弾みをつけた自身は前へと走り出す。
ナイフを持っている女性の腕を取り、肘を脇に抉る形で突き刺し、ISを部分展開させてパワーアシストをオンの状態で残り1人へと投げ飛ばした。
砲丸のようにぶっ飛んで横手から来た刺客にぶつかって動きを強制的に止められた二人に向けて、銃を取り出して構えたラウラに、
「成る程、一瞬だけ部分展開をしたのか」
「はい、こうすれば大抵は凌げますので」
「……うん」
「あ、いえ、その」
「普段から敬語の人種なのか?」
その言葉に首を振って答えるラウラに、何故だと首を傾げるセンクラッド。
シロウや千冬が居たら、無茶振りしているのだという事を指摘できるのだが、今は二人とも自室で待機と言う名のティータイムを満喫しているので不可能だ。
異星人から許可が出たとは言え、タメ口でいきなり話せる人間は殆ど居ない。居たとしても空気を読めない者、空気を読まない者、適応力が尋常じゃなく高い者、言葉を上っ面のみで判断する者、このいずれかだろう。
軍で生まれ、軍で育ったラウラにとっては、上官や民間人、重役諸々には敬語を使うのは呼吸をするのと同義な程度には染み付いているのだ。
特に異星人という最重要ゲストに位置する者には粗相の無いようにしようとしていたのだが、それなのにセンクラッドはタメ口にしてくれとお願いしてきているのだ、そこら辺不器用なラウラにとってはやりにくい事この上ない。
「……まぁ、追々慣れてくれれば良いさ」
犬っぽいと思っていたが、案外ネコっぽいなこの子、と思いながらセンクラッドは言い、ラウラは頷こうとして、ふとセンクラッドの背後から緑を基調とした服と金髪が特徴の男が迫ってきているのを発見した。
しまった、会話中にも来るのか、と気付き、地を這うようにして走り寄ってセンクラッドの背後に回ったラウラに、男はナイフで斬り払ってきた。
軌道を読み切って、相手の手首を蹴りつけるも、瞬時に手首を翻して足を斬りに来た男の行動に頬を引き攣らせながら、無理矢理足に制動をかけて避けたラウラの背中に冷たいものが走った。
今まで受けた事の無い鬼気に当てられ、反射的にISを起動するラウラに、男はニヤリと笑みを見せて、手の中に合ったナイフをくるりと回転させ、後ろへ大きく跳び退った。その距離はおよそ15メートル。明らかに人の範疇を超えた動きに、ラウラは驚きながらもレールガンを向けて、気付いた。
男が持っていたのはナイフではなく、矢だという事に。
それに気付いた瞬間、男の左手に弓が出現し、引き絞って、持っている矢で射撃してきたのを、眼ではなく、センサーとワイヤーブレードを使って精確に三つの矢を叩き落した。
「やるねぇ、お嬢ちゃん、真正面からとは言え、オレの矢を叩き落せるなんてそうそう出来ないもんだ」
軽薄な声だが純粋に感心したように言った男に、戸惑うラウラ。喋るとは思ってもいなかったのだ。
「何で此処に来たんだ?」
少し驚いたような声色でそう問いかけるセンクラッドに、眉根を寄せて振り返ったラウラ。イレギュラーな事態が起きていると察知したのだ。同時に、あの男はどうやらターゲットではなく、生身の異星人で有る事も理解した。
「そりゃまぁ、面白そうな事やってるので見に来たついでに、大将にちょっとした返しをしたくてね」
「その返しというのは、恩も含めて、というところか?」
眼を軽く見開いてヒュウ、と口笛を吹く男。
「よくわかってるねぇ。仕返しと恩返し、両方ってところだ。つーわけで、オレと一発、勝負してくんない?」
「日が悪い、また後で、とはいかんようだな」
「なんなら、そうさなぁ。その子と戦っても良いけど? 正面突破、久しぶりにやってみるのも良いし」
その言葉に相変わらずだなと苦笑するセンクラッド。戸惑っているラウラに、センクラッドは表情を改めて、
「ボーデヴィッヒさん、少し方向性が変わるが、彼と戦って欲しい。二次試験はそれで終了にする。IS込みでやってくれ」
「良いのですか?」
「……だから敬……まぁ、うん、奥の手込みでやってほしい」
その言葉に、あぁ、と理解したラウラは、男と対峙し、男は面白そうな表情でラウラを見た。小さい体躯だが、身に纏っている雰囲気は歴戦の勇士そのものだと言う事に気付いたのだろう。
「じゃ、一つ、お手柔らかに頼むぜ、お嬢ちゃん」
「ラウラ・ボーデヴィッヒです」
「オッケーオッケー。ラウラちゃん、ね。じゃ、やろうぜ」
軽い言葉と同時に、眼にも止まらぬ速さで6本の矢を速射した男の腕は、明らかに人の領域を超えていたが、何本来ようともラウラはセンサーと視覚と聴覚を駆使してワイヤーブレードでその全てを叩き落し、お返しとばかりにレールガンを発射するも、軌道を見切られて回避される。
それを何度か繰り返した後、男はラウラに、
「ラウラちゃん、千日手って言葉があるだろ?」
「同一の手を用いた、或いは反復する手段を用いての膠着状態を指す言葉、ですね」
ラウラは飛来して来る矢を叩き落し、レールガンで相手の回避先に置いていくように射撃する。
だが、避けて当然という風にヒラリヒラリと舞うように鮮やかに回避している男は、
「今の状況、そうだと思うかい?」
「違うと?」
飛び道具と言葉の応酬の中、センサーを最大限に密の状態を維持して、何か異常があればすぐに知らせるようにしておく。あちこちに突き刺さっている矢以外、特筆すべき事項は無いのだが、彼は何を言いたいのだろうか、と訝しむラウラに、男は人好きのする笑顔を見せ、
「そういう事」
と言った瞬間、ラウラの全身に強い倦怠感と眩暈が駆け巡り、グラリ、と視界が揺れた。
「な――」
「思ったより手強いんでね、毒を使わせてもらったよ」
その言葉に偽りは無く、ラウラの身体は確かに異常をきたしていた。だが、ISには何の反応も無かった。神経系或いは別種の毒があったとしても、ISに保護されているこの身体を蝕む事は絶対に出来ない。
元々ISは宇宙や深海、異常重力下でも活動出来る様に機密性や耐圧性は勿論の事、空気清浄もISのコアシステムには組み込まれている。
鼻部分と口部分をISのエネルギーでパイプ状に繋げ、コアを通して二酸化炭素や有害な毒物を無害な酸素に変換して循環させているのだ。どんな毒物や気圧下でも死に至らないのがISの大きな特徴の一つなのに、今自身が陥っているのは紛れも無く毒によるものだ。
がくりと膝をついて呼吸を荒げているラウラは、
「どうやって、毒を……」
「手品さ。さて、大将、コレはチェックメイトって言っても良いよな?」
「そうかな?」
そう返したセンクラッドは顔色一つ変わらずに、平然としたままだった。その事に疑問を持つ男。以前敵対した際、毒の結界やイチイの矢の毒を用いた奇策で瀕死の重傷を負わせる事が出来た。あの時は仮想空間だったが、実空間でも同様の効果を与える事が可能だ。
センクラッドがこの空間を支配していたとしても、その効果は満遍なく行き渡っている筈だと。
故に、やせ我慢だと思い、弓に矢をつがえて1射、試しに撃ち放った。やせ我慢ならよろめきながらもかわすだろうと。
しかし現実は違う。
センクラッドの手に異形の弓が現れ、緑色に光る矢を放って矢を迎撃した様に、眼を剥いて驚く男。弓兵のクラス補正が失われているとは言え、英霊が放つ矢は基本的には必中の一撃だ。
仮想世界ではともかく、現実でも同様にやってのけたセンクラッドの戦闘力を見誤っていたとばかりに舌打ちして、もう一度と弓をつがえた瞬間、身体が文字通り硬直した。
「な――」
「俺に気取られすぎだ。お前さんの相手はボーデヴィッヒさんだろうに」
息を荒げながらも、その瞳には闘志を燃やしているラウラが、何時の間にか距離を詰めており、右手を掲げていた。なけなしの集中力を振り絞ってAICで空間を固定化させて動きを止めたのだ。
レールガンを向けながら、
「私の、勝ちだ」
と息も絶え絶えに言うラウラ。
どんなカラクリかは判らないが、これを破るのは相当の労力が必要なのは確かだと判断した男は、手を挙げようとして、固定されている事を思い知って、
「わーった。降参だ。クソッタレめ。こんな切り札有りかよ。オレものっそいピエロじゃんか」
とぼやいた直後、周囲に溜まっていた解析不能の毒素が掻き消えるように消滅し、ラウラの呼吸は元に戻った。
急に身体が正常な状態に戻った事に戸惑いを覚えながらも、AICを解除せずに警戒しているラウラに、男は抗議の声をあげた。
「ちょ、コレ解除してくれよ、オレ降参って言ったんだけど!?」
「あー、ボーデヴィッヒさん、解除してやってくれないか? こういう事やらかす奴だが、割と大事な友人なのでな」
「割とってヒデェ、オレも頑張って一緒に戦った仲じゃんよ」
ループの事を持ち出して抗議する男に苦笑するセンクラッド。
殺しあったり主従の誓いがあったりと敵味方めまぐるしく変わった英霊の1人だったのを思い出したのだ。ある意味顔の無い王という異名の面目躍如だったな、と内心呟いて、
「まぁ、割とというのは冗談だ。お前さんもシロウも俺にとっては掛け替えの無い戦友だよ」
「あーやっぱさっきのナシ。言い方が気持ち悪い」
「気持ち悪いて……」
絶句してしまうセンクラッドに、ラウラがおずおずと、
「ええと、解除しても?」
「あぁ、解除してやってくれ」
些か投げやりな風に言ったセンクラッドの頼みを受けて、ラウラは掲げていた腕を下ろしてAICを解除した。
身体に自由が戻り、感心した風に男は言った。
「すげぇな、アンタの宝具、対人じゃ無敵だな」
「ほうぐ?」
何だ、ほうぐというのは、という風に呟いたラウラに、男は疑問を浮かべた。
「アレ宝具じゃないの? マジで?」
「ええと、ほうぐ、というのはもしかして、ワンオフアビリティの事ですか?」
「ワン……何だって?」
「ボーデヴィッヒさんが使うのは確かに宝具の一種だな。ここではそうは呼ばないがな。第三世代の技術だ」
「第三世代の? って技術!? アレが!?」
と絶句する男。彼からしたら誰でも扱える能力として聞こえたのだろう。俺らの時代終わってるじゃんとばかりに嘆く男に、戸惑いを隠せずセンクラッドを見るラウラ。
センクラッドは頷いて、
「二次も合格だ。これから宜しく頼むよ、ボーデヴィッヒさん」
「あ、ありがとうございます」
戸惑いは有れど、無事に護衛を務める事が出切ると知ってほっと一息つくラウラだったが、打ちひしがれている男が気になるのか、チラチラと横目で見てしまう。
それを感知したセンクラッドは、指を鳴らしてラウラの眼の前に扉を現出させ、
「さ、明日からかは判らないが、取り合えずここらでお開きにしよう」
「はい、ではまた明日以降に」
「あぁ、またな」
そういってラウラを帰らせる事に成功したセンクラッドは、ジットリとした視線を男に送った。
「――で、このタイミングで現れたという事は、シロウに何か言われたわけか」
その言葉に、口笛を吹きながら明後日の方角を見て誤魔化そうとする男に、
「そんなので誤魔化されんが。というかお前さん、わざと宝具とかぬかしやがったな。シロウから説明されてただろうに、よくあんなリアクション取れたものだな」
「まぁ、ちょっち情報出しすぎたかなーとは思ったけど、結果オーライじゃね?」
「じゃね? じゃねぇよ。全然オーライじゃねぇよ。これ以上宇宙船に人が乗ってるとバレたら冷や汗どころの騒ぎじゃなくなるんだぞ」
「まぁまぁ、しっかし大将、オレがシロウと話していた事知ってたのか?」
疑問と言うよりは確認という口ぶりでそう聞いてきた男に肯定の意思を示すセンクラッド。実際確信を持ったのは相対してすぐの事だ。
本当に仕返しをしたいのなら、前日のシロウとの模擬戦の時に死角をついて狙撃すれば事足りたのだ。いかにシールドラインとオラクル細胞の多重防御があるとは言え、通常の法則とは異なる破壊力を秘めたものに効くのか定かではない。
概念武装という未知の領域にあるものを防げるかどうかはハッキリ言って試していなかったのだ。現に、シールドラインとオラクル細胞の多重防御をもってしてもイチイの毒は完全には防げていなかった。男が考えていた通り、やせ我慢だったのだ。
オラクル細胞で表情を固定していなければ、それがバレていただろう。
故に、男が放った矢を自身の弓で相殺出来た事に、誰よりも驚いたのはセンクラッド自身だったりする。あのシーンは遥か彼方の過去の力に、遥か彼方の未来の力が拮抗した瞬間でもあった。
「あのタイミングで仕掛けてきたからな。お前さんが本気で殺しにかかってくるのなら姿隠して狙撃だの、毒物使って暗殺だのやってくるだろうしな」
「うへぇ……そこまで読まれるとは」
「それで、一体どうしたんだ? ブラックモア卿の仇討ちではないとすると、この世界に降りたいのか?」
その言葉に渋い表情を浮かべる男。
初代マスターの事を持ち出されるのは想定の範囲内だったが、その後が頂けない、と言わんばかりに、
「まさか。この世界で役立てるとしたら、このハンサム顔だけだぜ?」
「良くそんな台詞を臆面も無く言えるな」
「事実じゃん」
「まぁ、そうだが。このままでは話が進まないのだが」
「ま、簡単に言うと、だ。大将、護衛役はオレも務めさせてくれないかって事」
片眉を上げて、ほう?と呟くセンクラッドに、若干後退る男。微妙に顔が怖いのだ。
くどいようだが、センクラッドの眼帯も相まって、インテリマフィアが浮かべるであろう、恫喝めいた表情を浮かべているのだ。普通は怖い。
「ちょ、そんな怒る事じゃないっしょ。マジで」
「いや、怒ってないんだが……」
「……その顔、素?」
「よくわからんが、多分そうだ」
マジか、それは予想外の外、とやや呆然とした風に呟く男に、いい加減話が進まないとばかりに促すセンクラッド。
男は頭をポリポリと掻きながら、
「んー、ほら、オレのマントは姿を隠せるじゃん。切り札としてオレが居た方が良いだろって事」
「それは、確かにそうだが。良いのか?」
「何が?」
「俺は……まぁ、お前さんやシロウ達全員に言える事だが、無理矢理データを引っこ抜いて蘇生させたようなものだ。それに、俺のせいでループに付き合わせた事もある。正直に言えば、恨まれこそすれ――」
「マジでそう思ってるなら、いつかのように遠慮なくシュパーンと撃ち抜くよ?」
男が吐き捨てた言葉には、紛れもない怒気が孕んでいた。違うのか?と問いかけるセンクラッドに両手を挙げて勘弁してくれよと言いたげに、
「不平不満があるんなら、アンタの自室に速攻で攻め懸けてるだろうさ。皆が皆そうじゃねぇだろうけど、少なくともオレは感謝してる。宝くじがポンと当たったような、そんな降って沸いた第二の人生なら、今度こそオレはやりたい事をやるって、そう決めたんだよ、オレはね」
「……そうか」
「それに、アンタは敵だったが、オレのマスターでもあったんだ。ダンナの台詞じゃねぇけど、恨み言をいつまでもグチグチ言うなんざ、オレらしくねぇだろ?」
と、そっぽを向きながら言う男に、眦を下げて、
「――ありがとう」
頭を下げるセンクラッド。調子狂うなぁ、と頭をガシガシとかいて、男は手を伸ばした。
それの意味を察したセンクラッドも手を差し伸べ、ガッシと力強い握手をする。
「ま、今後とも宜しくって事で」
「あぁ、宜しく」
「そうだ、大将、あんたの呼び名って此処だと違うんだろ? 何て名前なんだ?」
「センクラッド・シン・ファーロスだ」
「大将でいっか」
覚え切れなかったのか、すっぱりと大将で通そうとする男に、センクラッドは半眼で見つめて、
「お前さん、一応言っておくがこの世界は地球と殆ど一緒だからな? 間違っても神薙とか怜治とか言うなよ? 百歩譲ってマスターかシンだからな?」
「だったら、オレの事もロビンフッドと呼ばないほうが良くね?」
「……それもそうだな……だとすると偽名か。安直で良いならロビンだが」
「もうちっとセンス良い名前にして欲しいんだけど」
「例えば?」
逆にセンクラッドにそう聞かれて、うーんと唸ったロビンフッドが、
「ユーリってのはどうよ?」
「ユーリ? 日本人女性で居る名前だぞ?」
「あーそっか、んじゃもうロビンで良いんじゃね? 安直かもしんないけど返事しやすいし」
「そうだな、それでいこう。そろそろシロウ達も退屈している頃だが、お前さんは顔合わせでもしておくか?」
「ちょっと気張りすぎたし、今日はやめとく。当日までに顔合わせさせてくれれば良いよ」
「判った。あぁ、ロビン。俺の部屋に来るのはいつでも構わんぞ。逆にお前さんのところにも行くかもしれんがな」
あいよー、と手をヒラヒラさせて自室へと消えたロビンフッド。
センクラッドも、自室への扉を具現化させてドアを開け、戻った。
これより幾日経ったある日、護衛として顔合わせをする事になった際、千冬が「まだ増えるのか……」と呟いたりしているのは、また別のお話。