IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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作者は無所属です。均等(に好きな部分があり、嫌いな部分がある)という意味で。
千冬に対して劣化している印象を受けた方、先に謝っておきます、申し訳御座いません。


25:披露と瞬殺と号泣と

「これは、一体……」

「教官、ISでチェックしてみましたが、現在座標が全てunknown表記です」

 

 ラウラに教官ではない、というツッコミを忘れるほど、千冬は動揺していた。千冬だけではなく、ラウラも大分混乱していたが。

 一瞬にして周囲の風景が変わったのだ、どういう技術なのか判らないが、少なくとも常識の範囲外の出来事だという事だけは、はっきりと理解できた。

 

「さて。部屋の設定を変えて高さと広さを確保したが、コレ位で良いか?」

「あ、あぁ。これ位ならISを展開しても問題ない広さだが……これは、どうやって?」

「仮想空間を現実とない交ぜにする技術があるんだが、それを応用した。といっても流石に限度を超えた広さは確保出来ないし、空間にダメージを与えすぎると元の部屋に戻るしな。といってもそうなるには相当量のダメージが必要だし、こちらの装備は非殺傷設定にするから問題は無い筈だ」

 

 相変わらずぶっ飛んだ技術を持つグラール太陽系のそれを聞いて、絶句するしかない三人。センクラッド自身は、亜空間技術の歪みを幾度と無く眼にしていたので慣れているのは当然なのだが、周りはそうではなく、シロウとて例外ではない。自室が与えられているとはいえ、こういう状態へと変化を遂げるシーンは見たことが無かったからだ。正直に言えば、シロウの部屋で至近距離戦の捌き方位をやると思っていたのだ。

 更に言えば、殺傷・非殺傷設定の切り替えも出来るとなると、安全かつ確実に犯人を確保出来るという事。管理社会としてみると相当な技術を持ち得る事とも同義だ。

 

「それじゃあ取り合えず、シロウの強さを見てもらうか。シロウ、こっちに。千冬達はそこで待っていてくれ」

 

 そう言って、センクラッドがアリーナの奥へと歩んだ。何やら考えがあるという事を察したシロウは、動揺を振り払って追従する。

 約150m程歩いて、ピタリとセンクラッドが立ち止まった事で、此処が目的の場なのかと確認してきたシロウに頷いて、指をパチンと鳴らした。

 すると、シロウとセンクラッドが立っている間に、まるで列車が通るように、仕切りのような形でウェポンラックが横切った。その長さは500m丁度、つまりアリーナの横一杯に広がった事になる。

 シロウは至近距離でウェポンラックが通った事に心臓が大きく跳ねたらしく、胸を抑えながら、

 

「心臓に悪いから、こういう手法を使うのなら前もって言ってくれ」

「一度やってみたかったんだよ。まぁ、取り合えず、何の銃が良い? 使い方は大体同じだと思ってくれ」

「……広々とした空間で撃ち合いをするのは無理があるのではないか?」

「問題ない。地形は後で変化させる。千冬達がISを纏った後でな。市街戦をイメージしたものにするよ」

「ふむ。それならアサルトライフルとハンドガン、それとオーソドックスなファイティングナイフはあるかね」

 

 シロウにそう言われてはたと気付いたセンクラッド。アサルトライフルという分類がグラール太陽系には無かった事を。

 センクラッドは頭を掻きながら、

 

「あーすまん。アサルトライフルは無かったな」

「何? それでは中距離や制圧射撃の時はどうしていたんだ?」

「盾構えてとっとと突っ込んで斬るなり、ショットガンやマシンガンをばらまくなりしていたな。それかグレネードで面制圧したり。後はライフルや弓で弱点を撃ち抜くかだったぞ」

 

 あんまりな答えに二の句が告げられないシロウ。それを見ながら、センクラッドは網膜投影されているデータベースを使用して、目的の物を幾つか見つけて選択した。

 すると、ウェポンラックが音も立てずに移動し始め、シロウの眼の前で一丁のハンドガンのロックが解除された。手にとって眺めると、全体的に白銀色でコーティングされておりグリップ部分にはGRMと小さく刻印されてあった。

 しげしげと眺めていると、ラックが急速に移動して、今度はライフルがガゴンという音と共にロックが外れた。

 

「シロウ、一つ確認するべき事項がある」

「何だね?」

「今更だが、それ(赤原礼装)の実防御力はどの位だ?」

「本当に今更だな……ジェネレーターと直結してくれれば、供給次第で化けるとは思うが、今の段階では強化含めてそれなり、と言った処だ」

「――なら、ただのハンドガンとライフルとナイフとシールドラインだからな、今回貸すのは」

「? そうか」

 

 ただの、で引っかかたシロウだが、此処で聞くのは少々拙い可能性が有る事に気付いていた為、聞かずに会話を切り上げて、解析魔術を用いて装備の具合を確かめると、成る程、模擬戦用と言っても差し支えない程度の威力や防御力しかない。しかも、どの武器においても言える事だがフォトンを使用した通常設定と、相手を昏倒させる為の衝撃や電流を用いた非殺傷設定(スタンモード)の切り替えも御丁寧についている。ダガーはやや特殊な形状をしていたが、それでも似た様な形状のナイフを扱った事があるシロウにとっては、慣れてしまえば瑣末なものだ。

 ただ、シールドラインだけは着け方が判らなかった為、センクラッドに手伝って貰う羽目になっていたが。

 

「これで良し。ああそうだ。武器のモードをフォトンからスタンへ変更してくれ」

「判っているよ」

 

 手元にあるスイッチで切り替え出来るとは、これは相当便利なのではないか?と思いながら、スタンモードへと変更させたシロウに、センクラッドがカチリ、という音と共にシールドラインを起動させると、赤原礼装の模様の上に蛍光塗料のような緑色でコーティングされたシュールな元英霊が浮かび上がった。

 無言で、自身の概念武装に起きた変化を見、元マスターの顔を見、また一級品の概念武装を見てから、ジィィィィイっと元マスターの顔を見る元サーヴァント。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「……………………」

「いや、そんな顔されても……俺のだって同じ色だろう?」

「幾らなんでもこの色はセンスが無さすぎやしないかね……」

「そんな事言われてもな……通常のシールドラインの色はそれだから諦めてくれ」

 

 そう言われてしまえば何も言えず、項垂れるシロウ。落ちている肩にポンと手を置いて無言のエールを送るセンクラッド。中々にシュールな構図である。

 そして、いつの間にかセンクラッドも、データベースから呼び出して装着していた。左手にシールド、右手にセイバー、腰には二丁のハンドガンをマウントさせている軽装スタイルだ。本来は此処に鞭と短杖、そしてシャドゥーグとスライサーが入るのだが、手の内を晒す為ではない為、此処では割愛する。

 

「シロウ、今回の縛りは跳弾と術不可で頼む。設定がめんどくさい」

「強化もか?」

「あーいや、投影だけ不可で頼む。説明するのもアレだろうしな」

「了解」

 

 互いに準備が整ったという事を確認して、センクラッドは千冬達に声をかけた。

 

「おーい、ISを起動してくれー」

 

 のんびりした声でそう言うと、訝しげな顔をしながらも二人はISを起動させた。千冬は打鉄、ラウラはドイツ軍謹製機体『シュヴァルツェア・レーゲン』をそれぞれ身に纏ったのをウェポンラック越しに確認して、

 

「今から俺とシロウが模擬戦するから、くれぐれも見失わないようにな」

 

 益々怪訝な表情をする二人だが、その意味をすぐに理解する事になる。

 シロウとセンクラッドが背を向けて300m程離れた後、その変化は訪れた。

 

「いくぞ、シロウ」

「いつでも構わん」

 

 ISのハイパーセンサーが二人の声を拾い、ウェポンラックが凄まじい勢いで壁の中へ消えた後、唐突に地面が盛り上がった。

 

「な!?」

「これは――」

 

 それぞれが驚愕の声を上げる中、シロウとセンクラッドは落ち着き払った状態で武器を構えた。シロウはライフル、センクラッドはシールドとセイバーをだ。

 地面が隆起し、形が整えられていくと、どうやら市街地を想定したような、窓とドアがある建物が乱立しており、天井付近に黒と赤のメーターが表示された。それぞれがセンクラッドとシロウのシールドエネルギーだという事に気付いた時、戦いは始まった。

 ISのハイパーセンサーで捉えた結果だけを言うならば、シロウがライフルを3発発射し、センクラッドはその弾道を視てから前進して最初の1発目を盾で弾き、2発目はセイバーで斬り払い、3発目は斬り払った体勢を利用して、上半身を右に捻るだけで回避した。

 そのままセンクラッドは、シロウの元に行くのではなく、右手にあった建物の中へと駆け込んでいき、シロウもその場に留まるような愚を冒すことなく、自身の右手側にある路地へと走り出した。

 それに掛かった時間は、瞬き二つする程度。確実に人外の速度を出し、銃弾を斬り払う、或いは回避するという常人には絶対到達出来ない領域の一端を見た千冬とラウラは息を呑んで経過を見守っていた。

 互いに位置を悟らせないように、足音を極限まで無くす歩法を採りながら、互いが互いを想定しあう位置を目まぐるしく変化させていく。

 初撃が入ったのは、2分後、シロウからの一撃であった。

 路地裏のような狭さの道を注意深く周囲を伺っているセンクラッドの背後で風が乱れた事をオラクル細胞が察知し、振り向いて盾を構えた瞬間、横手からシールドを持つ腕を精確に狙い撃たれた。

 

「グッ!?」

 

 スタンモードによって衝撃が増大したライフルの一撃は手に痺れに似たフィードバックを起こさせ、センクラッドが持っていた盾を見事に取り落とさせる事に成功する。それだけではない、取り落として地面に落ち切るまでの短い間に、2射、そのシールドをセンクラッドが居る場所から窓を経由して建物の中へと吹っ飛ばした。

 背後の風は囮か、と臍を噛んで、

 

「――ちぃ、相変わらず悪辣だな、お前さんのやり方はッ」

 

 センクラッドは捻りを効かせた後方宙返りをしながら、腰に差していたハンドガンの引き金に左手をかけ、マウント解除する事無く、角度を調節して真上へと射撃した。

 ギィンという硬質な音と、風を切って飛来してくる音で、いつの間にかシロウが建物の上から足音を立てずに落下してきた事と、ダガーによってハンドガンの弾丸を弾かれた事を悟ったセンクラッドは、着地とほぼ同時に右手のセイバーでシロウの攻撃を受け止め、ホルスターからハンドガンを引き抜いて至近距離で撃ち抜く為に照準をつけた。

 バジッという音と共に、互いの武器が干渉し合うが、それも一瞬の事。

 センクラッドがシロウの顔面へとハンドガンを撃ち出すよりも僅かに早く、シロウが身体を沈ませて左足を伸ばすようにしてセンクラッドの右踝を蹴り付けたが、それを足を上げることでかわし、そのまま足を垂直に振り下ろして足を砕きにいく。

 それに対しシロウは、伸ばした足で地面を蹴って下がりつつ右手に持っていたハンドガンで眉間、右足、そしてセンクラッドが回避する左側へ精確に発射した。

 未来予知を持つかのような精密無比な射撃に舌打ちを一つ飛ばし、足を踏み降ろした反動を用いて、シロウの予測通り左側に身体を逃がしながら、セイバーでハンドガンの弾丸を斬り払った。

 だが、シロウの攻勢はまだ終わらない。

 一度下がったシロウだったが、着地と同時に一足飛びにセンクラッドの懐に飛び込んだのだ。それは以前、この世界にきて初めてセンクラッドと模擬戦した時に、センクラッドが見せた動きに近い。

 

「ハァッ!!」

「ちぃッ!!」

 

 セイバーとダガーがかち合い、肘と膝がぶつかり合い、それでも尚、ダガーの間合いを崩さずに徹底的にインファイトに持ち込むシロウの、今まで見た事が無い攻めの姿勢に、センクラッドは面食らいながらも危なげなく捌いていく。

 

「いつもとは違う動きも出来るんだな」

「いつもの攻撃だと面白みが無かろう?」

「言ってろ」

 

 密接距離ではセイバーを有効活用する事が出来ず、そのまま押し込まれていくかに見えたセンクラッドだったが、シロウは予期せぬ反撃を喰らう事になる。

 ナイフを突き出すと見せかけて一歩後ろに下がり、意図的に剣の間合いを作り出すと同時、シロウはハンドガンを腹部に向けて引き金を引く。引っかかっていればセイバーで反射的に斬ろうとしてカウンターを取れる、やられる側からして見れば非常に嫌らしいやり口だ。

 だが、センクラッドも幾戦もの戦場を潜り抜けた英雄足りえる実力者だ。

 ハンドガンの銃身を鈍器に見立ててシロウのハンドガンを弾いたセンクラッドは、そのまま銃身をシロウの顔面へと流れるように動かし、躊躇いなく引き金を引いた。それは、バランスを崩したシロウの額に見事に吸い込まれ、ダメージ判定を残した。

 

「グッ!?」

 

 よろけたシロウはセンクラッドがセイバーを繰り出すと予測して、ダガーを置くように斬りつけたが、それはセンクラッドが誘導させた動きだ。

 今度はセイバーを使ってダガーを封じるような動きを繰り出し続けるセンクラッドは、続いてハンドガンで顎を狙って繰り出すも、シロウもハンドガンで叩き落とし、お返しとばかりに叩き落した反動を利用して引き金を引いた。

 それを半歩右にずれながら回転する事で脇に当たる筈だった銃弾をかわし、セイバーで真横に薙ぎ払うもダガーに阻まれた。

 そこからハンドガンでの殴打を含めた至近距離の高速剣銃戦闘が始まった。

 千冬達は、ISを纏わずして高速戦闘を繰り広げている二人に見惚れていた。

 緑色のフォトンで構成された武器がぶつかり合い、銃器がかち合って火花が出たり、銃口から緑の華を咲かせる様は、ある種の完成された芸術にも思える程、美しく危険なものだ。

 数秒も経たずして数十合を超える打ち合いをし続ける二人は、既に人外の領域を二足も三足もすっ飛ばしている。

 フォトンの弾丸やセイバーや銃身が頬を掠めようとも、眼を見開いて戦うシロウは恐れを知らぬというよりは、眼付近に何かが来ても瞬きをしない訓練を積んでいるからだ。センクラッドの場合はオラクル細胞と左眼の御陰で眼を瞑ろうが開こうが関係無くなっているのだが。

 嵐の様にフォトンと火花を撒き散らしながら戦う二人だが、

 

「相変わらず、瞬きをしないのな、お前さんは」

「訓練すれば誰でも出来る芸当だよ。君もやっているだろう?」

「俺の場合はその必要も無くなっているからな」

「だろうな」

「ああ、そうだシロウ。もうそろそろコレをやめても良いか? ケーキが喰いたい」

「もうかね? 本当に燃費が悪いな君は」

 

 こんな会話の間も互いの身体に一撃入れんと両手両足をフルに使っての肉弾戦は、いっそシュールと言って良い。

 事実、千冬達がハイパーセンサー越しにそんな会話を聞いた時には、絶句していた。

 ガツンと、互いのハンドガンが交差して、しかしカチリという引き金の引いた音のみが響くと、二人は構えを解いた。内蔵されているフォトンが枯渇したのだ。こうなってしまうと宇宙船や自室に戻ってフォトンジェネレーターに接続しない限り弾は出なくなる。フォトンカードリッジ方式ではない内蔵型フォトンリアクターの弱点が露呈した形だ。

 

「こんなものか」

「そうだな」

 

 溜息をついて、互いの戦果を確認すると、シールドエネルギーの判定ではシロウ、怪我の判定ではセンクラッドに分があった。

 センクラッドは盾を持っていた左腕にライフルを喰らっており、継戦能力の大幅な低下という判定が下っていた。

 シロウはシールドエネルギー自体は減ってはいなかったが、顔面にダメージをモロに受けた為、通常ならば衝撃で気絶しているという判定が下されていた。偏に強化魔術を自身にかけていたから、気絶しなかったのだ。

 

「……まぁ、こんなものだな」

「そうだな」

 

 手札をこれ以上明かす事も無いだろう、という意味で両者共に頷き、センクラッドが指を鳴らすと市街戦用の設定が解除され、起伏が元に戻り、千冬達が肉眼で確認する事が出来るようになった。

 戦闘中に吹き飛ばされたシールドを回収すべく、落着地点に向けて歩くセンクラッドとは別に、シロウは先に千冬達の元へと戻った。

 

「私とマスターの実力は示せたと思うのだが、どうだろうか?」

「想像以上だったよ。皆あんな動きが出来るのか?」

「そうさな……少なくともマスターや私に比肩する者達は1000人を下るまい。ただ、全体で見ると極僅かに留まるのも、また事実だがね」

 

 1000人……とラウラが呆けたように呟いた。ISの機数の倍以上の者達が先の動きを出来ると考えれば、脅威以外何物でもない。

 救いがあるのは、センクラッドとシロウが友好的な人物だという事。

 これはきっちり護衛を果たさねばなるまい、と改めて決意するラウラと千冬に、シールドを回収し終えたセンクラッドが話しかけた。

 

「ただいま。何の話をしていたんだ?」

「センクラッドの強さは、グラールではどの位なのか聞いていたんだよ」

 

 その言葉に怪訝な表情を浮かべたセンクラッドは、シロウに尋ねた。

 

「うん? どれを話したんだ?」

「君とタッグマッチをしていた時の話だよ」

「……あー、アレか。というかアレはタッグマッチと言って良いのか?」

「事実だろう?」

「まぁ、確かにタッグだったが」

 

 若干複雑な表情と声色になるのは仕方の無い事だろう。シロウが居た世界ではムーンセルに閉じ込められて殺し合いを強制された際、勝者となろうとも、所定の手順を踏んだ者達とは違い、センクラッドは異質な存在だった。故に、サーヴァントや対戦相手を変えて巻き戻し、つまり最初からやり直しを喰らっていたのだ。普通なら敬遠する話題だ。

 それを判っていたのだろう、シロウも早々にその話題を切り上げて、

 

「それで、織斑教諭。ボーデヴィッヒ嬢の実力を示すのは、そちらで一騎打ちという形になるのか、それともこちらのどちらかと模擬戦をするのか、どちらの形でやるのだね?」

「勿論、私とボーデヴィッヒで戦わせて貰うよ。IS同士なら設定を弄る必要は無いしな。それと、これを」

 

 と、千冬が内ポケットから出したのは、IS学園で配備されているタブレット型端末だ。

 受け取ったシロウが、成る程、と頷いて、

 

「これでシールドエネルギーを見ることが出来るわけか」

「そうだ。半分を切ったら終了の合図が出る様に設定している」

「便利なものだな、それは」

 

 会話をそこで切り上げた千冬は、ラウラに向けて、

 

「遠慮はいらんぞ。第三世代ISとお前の力でぶつかって来い」

「はい、きょ……先生」

 

 危うくラウラは教官と言いそうになって、言葉を詰まらせながらも訂正していた。いずれ慣れるだろう、と千冬は思っていたが、ラウラは妙に恥ずかしくなっていた。教官を先生というワードに置き換えれば済むのだが、妙にシックリこないのだ。そう、例えるならば先生に向かってお母さんと間違えて言ってしまうアレに近いのかもしれない。

 それはともかく、伝説のブリュンヒルデの胸を借りれるのだ、高揚しない訳がない。少しでも良い処を見せて、成長したなと言われたいラウラは、気合を入れ直して自らを鼓舞した。

 スラスターを使ってふわりと浮いた二人が、ある程度の距離を離して、さてやるかと言う処に、センクラッドの声がハイパーセンサー越しに届いた。

 

『あぁ、二人とも。ちょっと』

 

 疑問符を浮かべてセンクラッドの方に向き直ると、何時の間にかセンクラッドとシロウは壁際までさがっていた。良く見ると、センクラッドとシロウの左腕にはシールドが装着されている。

 

『流れ弾には気をつけているから、こちらの事は気にせずにやってくれ』

「わかった。開始の合図はセンクラッドが言ってくれ」

『了解。それでは、始め!!』

 

 その声と同時に、ラウラはまず距離を取った。近接戦闘では無類どころか瞬殺されてもおかしくない技量差があるのだ、近接型には中距離以上を維持して手堅くいくのが鉄則、そうラウラは考えた。少なくとも、打鉄よりも速度が出る機体で対峙しているのだ、基本的には間違いではない。

 だが、千冬が呼び出した兵装を見て、その考えは誤りだと気付く事になる。

 打鉄の両肩に荷電粒子砲がマウントされ、両手でそれを支えた千冬が悪戯に成功した子供のような笑みをラウラに向けた。

 同時に、センクラッドやシロウも気付いたようで、

 

「近接ではなく、距離を維持した武装にしたのか。面白い事をする」

 

 公式大会において、千冬はただ一振りの剣で無敗を誇っていたのだが、だからと言って射撃武器が扱えないわけではない。射撃武器の特性や弱点を知悉せねば、如何にセンスがあろうとも無敗で居られなかっただろう。

 ただ、ラウラですらそれを知りえなかった。実際、千冬から教わっていた一年は、ISについての理解や扱い方を徹底的に学んでいたのだが、銃器に関してはノータッチであった。ISを用いての射撃のコツ程度はマニュアル化されていた為、必要無かったとも言えるし、怠慢とも受け取れたが、成果は出していたのだから、何も言えない。

 膨大な火力を持つ荷電粒子砲を避けようと予測を振り切る機動を描いたラウラだったが、それを嘲笑うかのようにロックオン警告が消え失せた。

 

「ガッ!?」

 

 消えたのではなく、ノーロックで当てて来たという事を知ったのは、一発目の直撃を受けてからだった。その衝撃にバランスを崩したラウラに再度、ロックオン警告が響くが、どうにもならずに直撃を受けて吹っ飛ばされると同時、シールドエネルギーが残り半分を切った事で、ブザーがアリーナに響き渡った。

 正しく瞬殺だった。

 

「……なぁ、シロウ」

「……なんだ、マスター」

 

 乾いた表情でその結果をタブレット端末よりも早く見抜いた主従コンビが、ぽつりと言葉を紡ぎ出した。

 

「大人気ないよな、千冬」

「大人気ないというよりも配慮が足りないと思うのだが。あぁほら、ボーデヴィッヒ嬢が静かに泣き始めたぞ」

「あちゃー……千冬気付いてないな、もう少し動きを見ないととか一向に変わってないとかトドメな上にブーメランだろう。仮にも特殊部隊の隊長を瞬殺するなよ……」

 

 目幅一杯に涙を溜め込んで俯いているラウラに対してあの仕打ちをしている千冬は全く気付いていなかった。あまつさえ、もう勝負ついてるからと言わんばかりにISを待機状態に戻しているのだから、ハイパーセンサーで感知する事も無い。流石は織斑一夏の姉なだけはあるな、と呟いたセンクラッドには一切触れずに、シロウが、

 

「あー……まだ気付かずに説教しているんだが……」

「IS解除しちゃってるしなぁ……大声出して指摘してやるのはボーデヴィッヒさんからしてみたら死にたくなるだろうし、どうすりゃ良いんだよ」

 

 どうすればって……と困惑するしかないシロウ。泣き止ますにも遠すぎるし、知らせるにも遠すぎる。ついでに言えばほぼ初対面の者が慰めるのも心の距離的な意味で遠すぎたのだから、こちらのやる事は一切無いとしか言い様が無かった。

 故に、生温い表情でセンクラッドに、

 

「……ところでマスター、テーブルと椅子を出して欲しいんだが。そろそろティータイムだろう?」

 

 そう進言したシロウ。完全に逃避行為であったが、センクラッドも何かもうフォローしようが無いからそれで良いかとばかりに、ナノトランサーから小型のテーブルと椅子、ついでに小型冷蔵庫に保存してあったシフォンケーキと、魔法瓶に入っている紅茶を取り出して、ささやかなお茶会を開き始めた。

 数十秒の間、無言でケーキをパクつきつつ、紅茶を飲んでいる二人は、互いに視線が微妙に千冬の方向を向いているのを確認したにも関わらず、

 

「シフォンケーキと紅茶って何で合うんだろうな」

「程好い甘さを引き立たせるからではないかね」

「しかし旨いな」

「そうだな」

 

 お互い上の空での会話なので、何処となく空虚なそれとなっている事に、互いに気付いてはいるのだが、千冬がどうフォローするのかを見ていたかったという本当にダメな理由によって無かった事にされていた。

 

「……あ、千冬が気付いてオロオロしだしたぞ」

「あんだけグズグズ泣いているのに気付かずに今まで得意気に説教していたのも凄い話だと思うのだが」

「今までどんだけ我が道爆走してんだよあの堕落教師」

「ボーデヴィッヒ嬢の立場が完全に無くなってしまったのにも気付いたようだぞ、どうやって言い訳するのやら」

 

 色々気付いたものの、泣いているラウラに非が無い事を知っているのは千冬自身が知悉していた。問題は、知悉しているからといってどう対処すれば良いのか判らないという点だ。

 特殊部隊の隊長に返り咲いた、所謂地獄を見て成長したエリートの根底を叩き折ったようなものだ。そんな経験した事が無い千冬が言っても、空虚なだけだ。

 

「あー困ってる困ってる。凄い困ってるな、千冬の奴。そこでハチミツ金柑喉飴取り出して包み紙から出すとか誰得なんだよ」

「……一応、泣き止ませようとするのは評価してもいいが、アレでは子供をあやすのと同じだろう。思春期の女子にする事ではあるま……食ったな」

「アレで持ち直したのか? 凄いなオイ」

「ボーデヴィッヒ嬢が何か言い始めたぞ」

 

 グシグシと顔をISスーツを纏っている手の甲で拭いながら、ラウラはしゃくりあげつつ、

 

「どうせ私は、ピエロですよ。教官の足元にも、及ばないのを知っていましたけど、本気でやられ、たら瞬殺というのも判っていましたし」

「い、いや、ボーデヴィッヒも良くやったと思うぞ、私を知るものならば距離を取るのは正しいし」

「荷電粒子砲で三秒以内に秒殺されました。近接戦闘なんてものは、無かったんです」

「え、ええっとほら、何と言うか、奇策を用いただけだ。それに、打鉄だと追い付くのが難しいからな、そこで倉持技研でテストを兼ねて依頼されていたものを使ったわけだ」

「そんなテスト段階の、武器で、やられたのですか、私は」

「く、倉持技研の鬼才自らが手がけたものでなっ。性能は第三世代に比肩しうる武装だ。ただ、燃費と連射性が悪いから、そこを改良してもらわないとダメだと思うが」

「いっそ私も、改造して、貰った方が良いのかも、しれませんね。護衛の実力を見せ付ける筈が、この体たらく――」

 

 言ってて泣けてきたのか、目一杯に涙を溜め込んでいたラウラは、グジグジとまた泣き出した。鼻を啜っている事も隠そうともしない。大分自棄になっている証拠だ。

 今回の戦いは初手から間違っていた。千冬は自身の実力を出す事無く、ラウラの実力を引き出せば良かったのに、それをせずにフェイント交えてのノーロック射撃からのロックオンシュートなんてやらかしたのだ。

 一年間鍛えた教え子をフルボッコにする方式は、使い方さえ間違わなければ上手に潜在能力を引き出す為のカンフル剤となるが、今回はそんなものではない。

 ラウラの中で半ば信仰化されていた千冬に対する偶像が、本日音を立てて崩れさった。それも、轟音を立てて。

 

「――あー、ボーデヴィッヒさん?」

 

 ぐじぐじと滂沱の涙やら鼻水やらで現在大変残念な事になっているラウラの耳に、遠慮勝ちだがはっきりとした声が入ってきたのを受けて顔を上げると、困った表情のセンクラッドが屈み込んで顔を覗いてきていた。流石にもう逃避しても意味が無いと悟ったのだ、どうにかして落ち込んでいるラウラを励まそうという心意気を持って、シロウとセンクラッドが歩み寄ってきた事にも気付けない程、ラウラと千冬は通常の状態ではなかった。

 無表情のまま、ティッシュペーパーの箱を持って、シャッシャッと音を立ててティッシュの紙を出してセンクラッドに渡すシロウ。最初は説得する方がシロウの筈だったのだが、シロウに「護衛の私が言っても意味が無いので、君自身が言うしかあるまい」と全力でブン投げてきた為、眩暈を覚えながら説得を快諾したという経緯があった。

 アラガミが居た世界でも似た様な事あったなぁ、アリサやカノンの時以来だよなぁ、と思いながらも、手際良くシロウから渡されたティッシュで色々大変な事になっているラウラの顔を拭いていく。手馴れたものである。

 

「あの堕落教師の全方向フルボッコは色んな意味で擁護出来んが、明日で良いから俺と手合わせしてくれないか?」

 

 予想外の言葉に、暫し硬直するラウラ。良いのですか?という視線に、頷くセンクラッド。

 

「今回は正直判定不可能だと思う。だから、俺自身の手で判断したい……千冬は教官向きでも全く以って教師向きじゃ無い事がわかっただけでも儲けものだ」

「ぐっ」

 

 言葉を詰まらせる千冬だが、睨む事は出来ない。センクラッドの言う通りだからだ。シロウに目線が合うと、肩を竦めて処置無しのポーズを取られてしまう。

 

「まぁ、そういうわけで、明日、また部屋に来ると良い。だから――」

 

 一度言葉を切って、言おうか、言わまいかを迷って、しかし結局は思い切って言う事にし、ラウラが零しかけている涙を拭いながら言葉を出した。

 

「――だから、そう泣かないでくれ。可愛い顔が台無しだ」

 

 シロウが吹き出しかけて慌てて顔を背けた。センクラッドもシロウを真似てキザったらしい事をやろうとして壮絶な自爆をしてしまった感を自覚している為、オラクル細胞に表情管理は任せて心の中ではのた打ち回っていた。心境を述べれば、もう泣きたい俺が泣いちゃいたいむしろ俺の存在が痛いといったところか。

 千冬は乾いた表情でセンクラッドをガン見していた。よくもそんな寒い言葉を、と思ったようだ。誰だってそう思う。

 

「……はい」

 

 ぎこちなく頷いたラウラは、泣き止もうとしていた。その様子にセンクラッドは内心はほっとしていたが、外面は相変わらずオラクル細胞で制御している為、無表情のまま、ゆっくりと同じように頷いてみせた。

 もう大分ヤケッパチになったのか、センクラッドは言葉を紡いだ。

 

「まぁ、お前さんはきっと、笑顔が似合う。どこかのタイミングで笑顔を見せてくれ」

 

 もう君は喋るな、私が笑死してしまうと言う風に、ヒクヒクと腹筋を崩壊させているシロウには後で説教をかましてやる、絶対に、と心の中で誓うセンクラッド。

 

「それは、命令ですか?」

「命令ではなく、自然にそう出せるようになれば良いと思っている」

「わかりました」

「あー、ごほんごほん、センクラッド。そろそろ時間だろう。明日また会うのなら、ここらで……な、何だ、何でそんな顔で私を見る?」

 

 そりゃそうだろう、と言わんばかりの英雄と英霊と教え子の冷たい視線にうろたえる千冬。センクラッド達の中では、一夏の姉という事が良く判った言葉だった。

 

「……まぁ、また明日な、ボーデヴィッヒさん」

 

 と言って、パチンと指を鳴らすと、ラウラの眼の前に扉が現れた。驚く二人に向けて、

 

「出口だよ。ここを開けて出て行けば、俺の自室から出れるよ」

「便利ですね……」

「便利すぎるのも考え物なんだがな。さ、もう行きなさい」

 

 そう言ってやんわりと急かすセンクラッドに一礼して出て行くラウラ。では私も、とそそくさと出て行こうとする千冬にセンクラッドは待ったをかけた。

 

「どうした、センクラッド?」

「一応言っておくが、後でフォローしとけよ。慣れない事をしたから舌が攣りそうになった」

「あ、あぁわかった」

「おい千冬、まさかお前さん、俺がフォローしたからとか考えて――」

「また明日な、センクラッドッ」

 

 バビュン、という効果音がつきそうな勢いで逃げ出した千冬を見て、深々と溜息をつくセンクラッド。

 気を取り直して、さぁあのキザ野郎に説教だなと振り向くと――

 

「あの野郎……」

 

 珍しくシロウも逃走していた。流石に腹筋崩壊してまで笑う事も無かったと思ったのだろう。ちなみに、シロウとセンクラッドしか居なかったら、確実に地面をダンダン叩きながらヒーヒー笑っていた。

 悪態をつきながら、指を鳴らして空間を自室に戻したセンクラッドの背中は、煤けすぎて真っ黒になっていた。




非殺傷設定について
ファンタシースターには、フォトンを用いた殺傷可能状態と、相手を気絶や機能停止に抑えるスタンモードが実際にあります。

アリーナについて
ファンタシースターにて亜空間技術の応用をまんま流用してます(ラグオルステージのアレです)

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