IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
23:要請と細工とオラクル細胞の可能性
「IS国際委員会という組織がある。これは、国家のIS保有数や動向の監視、及び使用目的に準じているか否か等の判定を行う組織であり、IS学園も例外無くその裁定に従わなければならない。国連が国家間の調停役を務める組織に対し、こちらはIS全体を監視、裁定や調停役を務めている組織だ。特に、国を超えて保有数が偏るIS学園に対しての監査組織だと思ってくれて良い。国連についての説明は?」
「把握してる」
「そうか。委員会に所属する為の資格は四つある。一つ目はIS企業に所属しており、かつ一定年数以上IS作成の現場を経験しているもの。二つ目は、ISの知識の造詣が規定以上有り、国家代表を3年以上務めたもの。三つ目は、モンド・クロッソと呼ばれるIS競技大会出場経験者。四つ目は、各国の首脳陣が指名した国家IS戦略防衛大臣を務めているもの。尚、過去に経験があるものも含む」
「そんな規定があるのか。それで?」
「……今回起きた事件に関して、当局は重大な関心を寄せており、重要参考人として、ええ……グラール太陽系惑星人親善大使センクラッド・シン・ファーロス、及び……IS学園教師兼グラール太陽系惑星人友好調停者織斑千冬に、IS国際委員会日本支部、或いはIS学園にて会談要請が来ている」
「成る程成る程――」
そこで、センクラッドは座っていた椅子の肘掛に肘を置いて、腹の前で手を組んで、言った。
「取り敢えず、千冬。もう一回その肩書きを言ってみてくれ」
「……あいえすがくえんきょうしけんぐりゃ、ぐらーるたいようけいわくしぇ……………………」
「ああ、うん、判った、俺が悪かった。涙目になるな」
あの事件から数時間も経たない内に、IS国際委員会から呼び出しがかかったという旨をその翌日の朝っぱら、つまり日曜の朝午前8時丁度に千冬からの説明を受けていたセンクラッドは、
「俺はいつの間にか親善大使になっているのだが、一体どういう事だ?」
「彼らからしてみれば、そうなっているのだろう。そもそも調停者が私という時点で相当アレなんだぞ。交渉した事なんて数える程しかないのに」
「自分でそれを言うかね、普通。まぁ、お互い苦労するよな。あぁ、出頭するのは別に構わんのだが、二人だけか?」
言葉の裏に、護衛(シロウ)はどうする?というものがあるというのを受け、気を取り直した千冬は、
「私の教え子で一人、腕が立つ者がいる。やや気難しい性格だがな」
「教え子? あぁ、ここの生徒か」
「いや、軍人だ」
瞬き一つして、ほう?と言ったセンクラッドの内心は、今は遠くにあるグラール太陽系在住の頑固一徹キャストのフルエン・カーツやお姉さん系の皮を被ったガチ軍人キャストのチェルシーを思い出していた。あいつ等にゃ散々振り回されたな、と二人に聞かれたらお前が言うなと抗議されるであろう感想を心に浮かべている。
「その教え子なんだが、合流は何時だ?」
「既に此処の宿舎に案内済みだ。護衛を終え次第、この学園の生徒となる」
その言葉を聞いたセンクラッドは、おや?と首を傾げて、
「……うん? 卒業生じゃないのか?」
「ああ、昔、一年間だけドイツで教官をやっていてな。その時の教え子だ」
「――君が、教官を?」
黒テーブルに音を立てずに三つ分、珈琲を出して、センクラッドの横に座ったシロウが、千冬の言葉を聞いて興味を示した。
意外な方向から言葉が来た事に内心驚きながらも千冬は、
「意外か?」
と返すと、軽く唸りながらシロウが答える。
「いや、ずっとIS学園の教師をやっていると思っていたのでね。モンド・クロッソ大会優勝からこっちに来ていると思っていたんだが」
「調べたのか?」
「マスターが調べていたよ。検索バーに君の名前を放り込んでみたら、ペディアという情報辞典に項目が乗っていたそうだ」
「成る程、ペディアか……」
どちらのペディアか判らないが、きっと普通の方だろうとアタリをつけて、それ以上追求しなかった千冬もシロウも気付いていない。
センクラッドがオラクル細胞で無表情を維持したまま思い出し笑いをしている事を。
アラガミ仕様により常時インターネット接続野郎と化しているセンクラッドは、網膜をディスプレイ代わりに使用しているので、周囲の人間には気付かずに情報を閲覧出来る利点がある。この発想は元居た地球でSF映画やアニメーションを好んで見ていた事で、その手の想像力が鍛えられた事に起因している。
ちなみに、マトモじゃないペディアに千冬がどう書かれていたかというのを端的に羅列するならば、人類史上最強のブラコンとか、日本が誇る白騎士とか、人のような物体とか、必殺技は千冬ちゃんキックとか、フィンランドの白い妖精に接近した女武者とか、人類最終決戦兵器船坂ろ号とか、心臓にISコアを埋め込む事でISと結婚した女とか、千冬がISだとか、本気でロクな事を書かれていなかった。
「センクラッド、何処まで見たんだ?」
「ん? あぁ、第二回モンド・クロッソでボイコットした後は紆余曲折を経てIS学園の教師となっている、位だったと思うぞ」
「そうか」
「織斑教諭、取り敢えず、打ち合わせをしなければなるまい。何を言って何を言わない方が良いか、判断がつかないのが実状だ」
「確かにそうだな。無人機について映像を送ったのなら難しいと思うが……」
「無人機については映像に細工をするよ。流石に素のままの状態で送るのは、な」
「妥当だな」
「それと、恐らく何らかの手段を用いてセンクラッドを懐柔しようとする筈だ、注意だけは払っておいて欲しい」
その言葉に、意味がわからんと眼をパチパチさせたセンクラッド。
「懐柔、と言われてもな。基本的に敵対姿勢を取ってない筈だが……」
「マスター、普通はあそこまで攻撃されては敵意を持つものだ。だから何かしらの手段を以ってこちらを懐柔してくる事自体は、多いに有り得る話だと思う」
「ああ、言われてみればそうだな。判った、気をつけておく。といってもどういうのが来るのやら。金か、食い物か、それとも女か、その全てか」
そう呟くセンクラッドは、何処か楽しげだ。そして、その内心を余す事無く汲み取れたシロウは、頭痛がしてきたのか、頭を抑えてやれやれと溜息をついていた。
千冬も嫌な予感が背筋を駆け抜けたのか、眼光と舌鋒を鋭くさせ、
「何か起きてからでは手遅れだからな。自重出来なかっただの、カッとなってつい、は無しだ」
「最近、千冬はシロウに似てきたな」
「最近、私はシロウの苦労が判ってきたよ」
しみじみと言われてしまっては、流石にセンクラッドも何かにつけてどーのこーのが言えなくなってしまう。その為、一言だけで留める事にした。
「千冬、先に言っておく」
「うん?」
「正直すまんかっ――」
皆まで言わせずにスパァン!!と虎印の竹刀を一閃させて、舌をガッチンと噛ませたシロウは千冬に顔を向けて、
「織斑教諭。マスターを独りにするのだけは絶対に避けたいので、私も付いて行って良いだろうか?」
「あ、あぁ、大丈夫だが……その、センクラッドは大丈夫、なのか?」
「シールドラインがあるから問題ないだろう」
「満開痛いぞ」
舌を噛み切りかけたセンクラッドは、地を這うような呻き声を上げてテーブルに突っ伏していたが、シロウの言葉にはとりあえずツッコミを入れておかねばならんと言わんばかりに、痛みを訴えた。
「お前さん、シールドラインがあるからと言って、何でも耐えれるわけじゃないんだぞ。自爆したら痛いに決まってる」
「まずそうなった原因を考えて欲しい。そうすれば、そんな事は言えないと思うのだがね」
完全にセンクラッドの負けである為、わかったわかったと手を挙げて降参のポーズを取るセンクラッド。
じっとりとした眼でそれを見ているシロウとは視線を合わせず、センクラッドは、
「まぁ、取り合えずだな、何時にしようか」
「出来れば早い内に、と言っていたな。センクラッドが決めた方が良いだろう。向こうとしてもそう望んでいる筈だ」
「ふむ……映像に細工をする時間は取りたいな。最低どの位の期間取れば良い?」
「そうだな……突貫でやって来週の頭には出来るはずだ」
「そんな短くて良いのか?」
センクラッドは思わず聞き返した。元の地球を知っている分、ISがあっても他の技術は余り進歩していないのでは、と考えていたのだが、千冬の言い分からしてみるとそうでもないようなので、驚いていた。
「一応ツテがあるからな、ある程度ならば誤魔化しも出来る。ただ、正直なところ少しでも長く取りたいのは本音としてはあるよ」
「ふむ……ん? あ、少し待ってくれ」
うーむ、と腕組みをして、顎に手を這わせて考え込んだセンクラッドを不思議そうに見つめる二人。
あーでもないこーでもない、と一人で何やら言葉を転がしていたが、不意に表情をニヤリと悪人のような笑みに変えた瞬間、
「却下だ」
シロウと千冬の声が全く同じタイミングでセンクラッドに叩きつけた。
その結果に、センクラッドは眼を丸くして、
「は? え、俺まだなんにも言ってないんだが」
「何となく嫌な予感がしたんだよ」
「私も同感だ」
「いや、お前ら仲良いな……いやそうじゃなかった。取り合えず話をしよう」
微妙に嫌な予感を感じたまま、二人はセンクラッドの言葉に耳を傾けると、
「映像の細工は俺がやろう」
「は?」
「またお前ら同時か。仲良過ぎるだろう、常識的に考えて」
と、のほほんな感じでのたまっているセンクラッドに対し、頭痛を感じている二人は珈琲を飲んだ。やたら酸味を感じるのはきっと豆のせいだと思い込む事でどうにか自分を誤魔化した二人は、
「普通、襲撃された者がする事じゃないだろう」
「学園側の非を自ら庇う形で持っていく方が有り得ないんだが」
語る言葉の意味は殆ど一緒であったが、センクラッドはそれを首を振って否定した。
「前に言った筈だ。無人機が世に出回れば、この世界は終わりの無い大戦に突入する可能性が高いと。俺はそれを食い止めたい。まぁ、だからといって今後も俺を狙い続けてくるようなら、それはそっち側(人類)の総意と言う事にするとは思うが、それは今じゃない。だから、この件に関しては協力するのは妥当だと思うんだが」
「なぁ、センクラッド。そこまでしてくれるのは一体何故なんだ? この星が故郷に似ているだけで、そうなるものなのか?」
「千冬、理由はそれだけじゃない。というか、そこじゃない」
むむ?と首を傾げて考えるも、当然答えは出ない。当たり前だ、殺害されそうになったのに、それを見逃し、更には細工まで手伝う程の理由なんて何処に有るというのだ。
センクラッドは、真剣な表情で千冬を見つめて、言った。
「お前さんがいるからだ」
スパーン!!と銀髪ロリ印のハリセンで即座に叩いたシロウ。絶対に言葉が足りていない事が瞬間的に察知出来たのだ。もうどうしようもないほど拗れさすつもりかこのたわけが、と内心ではあらん限りの罵倒をしていた。
言われた本人は脳停止を起こしていた。
「シロウ、今のタイミングでどうして叩かれたのかが理解できんのだが」
「また言葉足らずで誤解を招く言い方をしたからだ」
「最初の接触の時に千冬が出てこなかったら、きっとこんな形にはならなかったと思うからこそ、言ったんだぞ」
「――あ、ああ、そっちか、成る程」
頭を軽く振って、自身の中に植え付けられ掛けていた妄想を振り払う千冬。センクラッドがもし心の全てを読み取る力があったのなら、失礼ながら大爆笑していたに違いない。実際はそんな能力は無いので、ミラクル妄想神姫★ちふゆんというネーミングセンス皆無な渾名で呼ばれる事が回避され、センクラッドが撲殺されかけるバイオレンスな未来は回避出来たわけだが。
「他に何があるんだよ。千冬じゃなくて他の搭乗者だったら、例えば最初の頃のオルコットのようなタイプだったら俺が男と言うだけで見下していたかもしれんのだぞ? それを考えたら確実にベストな人選だったろうに」
「マスター、それならば、山田教諭でも良かったのでは?」
「いや、それは有り得ない」
断言して、センクラッドは、インターネットで記載されている戦力情報を視ながら持論を展開した。
「まず生徒を出していれば、未成年に責任を丸投げしたとIS学園は叩かれた筈だ。この時点で楯無達実力者でも補佐程度にしか回れず、教師や従軍経験者が出撃せざるを得ない。もし敵対するような者だった場合、戦績を見た限りでは山田先生を含めた他の教員では荷が重いし、敵対しないとアピールしたいなら集団やチームで動く事は厳禁だ。交渉は一対一が基本だからな。故に、一騎当千の最大戦力をぶち当て、かつISコア間のプライベート通信で交渉役の言葉をその者が話せば問題発生に関するリスクはかなり低減される筈だ」
まぁ、これは推論であり、確証は無い推測だがな、と締め括ったセンクラッドに、千冬は素直に感心していた。シロウも大分納得できる内容だった為、成る程と頷いており、正解は?という風に千冬を視ていたのだが、ここで千冬は大ポカをやらかしてしまう。
「成る程、あれはそういう人選でもあったのか」
「……え、違ったのか?」
「あ、いや、まぁ……」
千冬が素直に感心していたので、コレは正解だろう、と思ってドヤ顔になりかけていたセンクラッドだったが、実は不正解だという事が千冬の言から判明した為、大分間の抜けた表情になっていた。
シロウも、センクラッドの展開した持論には有る程度の信頼性があった為、まぁそうだろうな、と思っていたのだ。
「織斑教諭、本当はどういう人選で貴女が出てきたんだ?」
「え、いや、まぁ、その………………そうッセンクラッドが言っている事は概ね正しい――」
「……お前さん、咄嗟に嘘つけないタイプか。しかも想定外な事が起きると思考停止してしまって、アドリブには滅法弱いが、マニュアルさえあれば完璧にこなすタイプでもあるな。外面は良くても家に居ると自堕落になるタイプってそういう性質が多いんだよな、確か……で、何でそんなに判るのって顔をしているという事は、ドンピシャか。お前さんほんっとに判りやすいな」
ズッバズッバズッバズッバと言い当てられた千冬は最早うろたえるしかない。思わずすがるような視線をシロウに向けるが、シロウは生温かい眼で柔らかく笑うに留めていた。ただ、若干頬が引き攣っている辺り、シロウもセンクラッドの容赦の無い性質切開には思うところがあったのだろう。
救いの手がこの場からは出なかった事で、色々諦めて千冬は、
「私の友人がIS製作者だったからだ」
「は?」
「ああ、最初に言っていたツテはその事か。だが、それで何でお前さんが出てくる事になったんだ?」
「……色々あるのだよ、色々とな」
哀愁漂う表情に、流石のセンクラッドも追求を止めざるを得なかった。
千冬としては、一夏をIS学園に強制入学させた事に対しての嫌がらせも兼ねていて、束と親友だから困った時の天災頼みもあったんだ、なんて口が裂けても言えない。センクラッドはともかくとして、シロウが持つ地球人のイメージがストップ安付近まで低下する事は眼に見えているからだ。
「それで、どういう細工をするんだ? まさか映像を一から作るとかそういう事をするわけではないだろう?」
尋ねられた言葉に対し、センクラッドは自身のこめかみを指でトントンと軽く叩いて、
「頭の中で想像して、それを映像として出力する」
簡単だろう?と言ったセンクラッドは、本当に出来て当然のような顔をしていたが、二人はそうはいかない。
唖然呆然と言った表情で、千冬とシロウはセンクラッドを見つめていた。
「ん? どうした二人とも。今説明しただろう」
「すまない、意味が判らないのだが、一体どういう事だ?」
「いや、だから、脳内でビジュアルを描いて、動画として再生するんだよ。以前記者会見ついでにグラールの惑星やデータを見せただろう。アレの応用だ。後はそのデータを皆でチェックして提出。俺からの提出だと言えば信憑性も高まるだろうさ」
「仮にそうだとしても、ISコアから抽出する作業がある。その擦り合わせも必要だろう」
「細工がどの程度入るかを教えてくれればそっちに合わせる事が出来る。問題ないさ」
自信満々にそう言い切ったセンクラッドに、やや呆然としたままの千冬の口から、凄いな、と言う言葉が転がり落ちた。
以前、といってもオラクル細胞を制御した後の話になるが、その際にやれる事が増えたかどうかを試す為、様々な事をやってみたのだが、その内の一つの『想像による身体の神機化』に応用が利くのではないかと思いつき、試行錯誤の末、自身の脳内の記憶や想像力で動画を放映出来るまでに至ったのだ。最初こそ二次元アニメのキャラクターを描くのすら四苦八苦していたのだが、回数をこなす事で3Dモデリングや実写まで再現出来る様になっていた。勿論、完璧ではない。人間の想像力なんてたかが知れているのだ。故に、元となる映像やデータ、実物や素材があればあるほど、精巧になっていくわけだ。
「ま、というわけで、ISコアから抽出した動画が欲しい。あと、細工要員だな。話の擦り合わせをせねばならん。それと、千冬が言う護衛とも顔を合わせたいから、そっちのセッティングも頼む」
「判った。手配しよう」
そう言って千冬は懐から携帯電話を取り出すが、そこで眉根を寄せた。
「……センクラッド、圏外なのだが、これは?」
「ああ、すまん、外に出ないと電波の送受信は基本的には出来ない。一応防諜してるんでな。面倒だとは思うが、一度外に出てくれ」
「成る程。判った」
そう言って千冬は立ち上がって部屋の外に出た。その後、シロウは感心半分、呆れ半分に、
「怜治、君の言っている動画再生の技術はグラール太陽系のものなのか?」
「いんや。アラガミだな。オラクル細胞と人の想像力を合わせたらこんなんできちゃいました、的な感じだった」
「君の発想力は凄いな……私を頼らずとも、変則的な意味では投影魔術も再現可能と言う事ではないか?」
「魔術とは全然違うよ。元になるデータや素体は絶対に必要だ。少なくとも想像力だけでは完成には程遠いレベルしか出来ないぞ。ただ、時間をかければかける程、精巧にはなるがな」
「そんなに違うのか?」
「ああ、やってみようか?」
気軽に言われたので、見れるものならば見てみたいと頷いたシロウの眼は、子供のようなキラキラとした輝きを宿していた。その眼を視て思わず微笑ましく感じたセンクラッドは、まず眼を閉じて外界からの情報をシャットアウトする。
記憶に残っている品々や人々の内、これは微妙になるだろうと思われるものを見つけ、集中し始めた。
センクラッドの左腕が粘土細工のようにグニャリグニャリと練り込まれていくのを見て、シロウは思わず息を呑んだ。
想像していたよりもずっとおぞましく感じるのは、やはり同じ人だからだろう。人の腕が眼に見えぬものに捏ね繰り回されているような変化を見て、良い眺めだと言う人物は殆ど居ないだろう。居たとしてもシリアルキラーや美しいものを美しいと思えず、醜いものを美しいと感じるような人間破綻者位だ。
一分程経過して、ようやくといった感じで一息ついたセンクラッドは、自身の左腕を見て、あぁやっぱり微妙だと溜息をついた。
シロウはまじまじと『それ』を見つめて、はて、どこかで見たような?と首を傾げた。少なくとも、赤い服ぽい何かを来た、人のような物体だという事は把握出来たのだが、肝心の顔がヘノヘノモヘ字だった事と、側頭部からニョッキリ角のようなものが飛び出ていた為、よくわからなかった。
「やはり巧くいかんな……」
「怜治、それは何だ?」
「遠坂凛だ」
ぶはっ、と唾ごと吹き出したシロウに対し、眉を顰めて汚いと指摘したセンクラッドに、悪意は一切無い。遠坂凛というキャラクターモデルを使っていたあのウィザードに対しての印象は、その時は強かったかもしれないが、今となっては思い出すことも余り無いのだ。幾らなんでもその状態で似せようとするのは無理がある。
だからといって、センクラッドがやらかした感は確実に否めないのだが。
「こ、これが、凛!?」
「何でそんなに驚くんだ? モデルが無いし、ムーンセルからアイツのデータを(強奪)パクる意味がなかったんだから、こんなもんだぞ、俺の頭の中の遠坂は」
「い、いや、幾らなんでもこれは酷すぎるだろう!! もっと特徴あった筈だ。こんな角みたいなものではなくて、ツインテールだったし、気の強そうな、ええとそうだ、猫のような眼差しだっただろう!!」
「そんな気炎上げて言う事の程かぁ? 其処まで言うのなら、少し待ってろ、反映するから」
溜息をついて、しょうがねぇなぁと言いながら集中して、センクラッド的に反映させたものを見せると、シロウはビキリと青筋を立てて怒鳴った。
「猫のようなと言っただろう!! 誰が猫の眼にしろと言った!!」
「えぇー……何か居そうだろう、ネコトーサカ・カオス、みたいな?」
「みたいな? じゃない。何がカオスだ、自分で駄目だという事が判っているじゃないか。即刻やり直しだ、リコールだっ、リメイクだッ!!」
「……なぁ……コレはコレで面白いからアリだと思うんだが」
「な・し・だ!!」
「ええー、ナシかよ……」
俺はモデリング担当じゃないんだぞ、とぼやくセンクラッドは、そういやアレか、遠坂凛とシロウは前世で何かあったような素振りを見せていたな、と言う事を思い出した。
「なぁ、シロウ。聞いて良いか?」
「なんだね?」
「お前さん、そんなに遠坂に肩入れするという事は、やっぱり前世で付き合ってたんだろう? 中身も似ているとかなんとか言ってたし、確かツインテールがどーのこーのとも付き合っていた女の数自慢でに言ってたよな」
その言葉に、ピシリと石化するシロウに、あぁやっぱりか、と呟いたセンクラッドは、とりあえず意味もなく、シロウが復活するまで遠坂凛ぽいどを捏ね繰り回して遊び始めた。
10秒ほど経過した後、シロウはコホン、と咳払いをして復活したが、
「では怜治、凛の事は置いといて、次に精巧に出来るモノの話をしようか。君の持っている……おい怜治、何で凛のツインテールがクルクル回っているんだ?」
「ギミック搭載してみた、どうよこれ?」
『ワタシ、ウィザード、トオサカリン。コンゴトモヨロシク。オモシロイ? ネェ、オモシロイ?』
「全然面白くない。というか何で顔はデタラメなのに声だけ似せられるのだ」
『ウルサーイ!! イイ、アンタハワタシノサーヴァント!! ナラ、ワタシノイイブンニハゼッタイフクジュウッテモンデショウーーー!?』
「止めろ、頼むから止めてくれ。でないと、人生初の元マスター殺しをしかねん」
「わかったわかった。まぁ、なら、アレだな。シロウの武器を投影してくれるのが一番手っ取り早いだろう」
初めからそう言えと吐き捨てるように言ったシロウは、憤然としながらも干将・莫耶を投影した。
それをテーブルの上にコトリと置いて、さぁやってくれと言わんばかりに顎をしゃくった。余程腹に据えかねたのか、眼光が鷹を通り越して紫電の如き鋭さを放っていた。
遊びすぎたか、と内心で呟いたセンクラッドは、手にとって質感や長さ等を調べ、グラール太陽系で復元したそれとは外殻のみ同一で有る事を確認した後、剣を置いて両手を変換し始めた。
音を立てずに変換されていくその様を、何と言えば良いのか。少なくともシロウにはそんな魔術や技を見たことが無い。
「こんなものだろう」
そう呟いて両手をかざしてみれば、確かに、肘から先が干将・莫耶になっていた。シロウがそれに手を置いて解析すると、成る程、長さやモデリングに関しては干将・莫耶だったが、属性や概念に関しては異常(エラー)や読み取り不能(ノイズ)を吐き出していた為、本当に外殻のみしか象れないという事を確認して、
「成る程……確かに、投影魔術とは異なる。オラクル細胞が変質した結果が、コレなのか」
「そういう事だ。まぁ、解除するから手を退けてくれ。巻き込まれたら眼も当てられん」
そう言って、センクラッドは両手を剣から素手の状態に戻して手をプラプラと振った。
「身体を変質させる事で、何か弊害は無かったのか? 例えば、世界の修正を受けるとか」
「うーん、想像力やデータが足りずに何かを模るのに失敗する事は多々あるが、元の身体に戻るのは今まで失敗した事は無いな。恐らくだが、呼吸とかそういうレベルと同じなんだと思う、元に戻す方がな。それで、世界の修正云々に関してだが、例えになるが、整形手術で如何に似せようとも、そいつはそいつだろう? 特に、俺の場合はオラクル細胞を使っての模造だから、俺として認識されてるんじゃないかな。一度もその手の修正は喰らっていないし――」
と、そこで千冬がドアを開けて入ってきた為、一度話は中断だという風に、お互い視線でやりとりした後、同時に頷いて千冬に視線を向けた。