IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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次回で原作一巻分が終了し、オリジナル展開や原作イベント発生順の入れ替えが発生します。


22:秘密と過去

 千冬と真耶はセンクラッドが待機しているアリーナへと走っていた。

 二人とも、鬼気迫る表情であった。特に普段おっとりとした表情が人気の一つである筈の真耶の変貌振りは凄まじい。

 それも当然だろう。自分の預かり知らぬ所で襲撃とハッキングを同時にされて、その襲撃された者が篠ノ之博士の妹と中国代表候補生、そしてセンクラッドだったと知らされたのだ。

 護衛する筈の千冬がドイツの転校生に名指しで呼び出しをされ、真耶はフランスの転校生の受け入れ準備に掛かりっきりであった時に、そんな事が起きたのだ。何かの陰謀だと疑いたくもなるが、そんな事よりも今はセンクラッドの保護だと言わんばかりに、二人は走り続け、第3アリーナへとようやっと出る頃には、襲撃終了からおよそ7分経過していた。

 その中央に、二人が居た。表面上はいつもと変わらない様子だったが、生徒会からの情報では、Bピットがほぼ全壊する規模の攻撃を受けている筈なのだ。

 息を整え、開口一番に頭を下げて謝ろうとした千冬と真耶だったのだが、それよりも早く、センクラッドが申し訳なさそうな顔で、コアを右手の人差し指の爪先で回転させつつ、左手の人差し指で頬を掻きながら、

 

「あー、千冬に山田さん……見れば判ると思うんだが、ISをだな、その、なんだ……ついカッとなってというか、勢い余ってというか、余り自重せずにというか……とにかく、だ。ぶっちゃけこの通り、コア残して全壊させてしまったのだが、弁償とかしないといかんのか? 一応、正当防衛だと思うのだが……」

 

 千冬と真耶は唖然とした表情でそれを聞いていた。何か裏があるのかと表情から探ろうにも、本気で申し訳ない事をしたような、まるで子供が悪戯を見つけられたようなバツの悪いそれを浮かべていた。

 センクラッドがそう言ったのには理由がある。グラール太陽系のニューデイズにある教団内で、実の父親からまるで人形のような扱いを受けていた幻視の巫女を救う為、教団全てを相手取って大立ち回りを演じた際、自重せずに暴れまわったのだが、その結果、施設が文字通り壊滅的な打撃を与えてしまった事があった。

 その時は幻視の巫女の執り成しで幻視の巫女の護衛を一ヶ月間、その後はランクS以上の依頼を必ず定期的に受け、その成功報酬の4割を一年間、教団に納める事で話がついていた。

 余談だが、この男が汚れ仕事だろうが何だろうが請け負っていたのは、その事が理由だったりする。容赦の無い取立ては自業自得だとしても、ルツから返済の催促が嫌味付きで毎日来ていた事は、センクラッドにとっては悪夢以外何物でもなかった。

 それで、千冬達の形相が鬼のようなものだった事から、先の事をフラッシュバック的に思い出したのだ。

 本気で怒らせたのか俺、自重しておけば良かったという、的外れ通り越して暴投クラスの勘違いな大後悔をしている事も、理由に挙げられよう。

 千冬がシロウの方を見ると、頭を抱えており、視線がガッチリ合うと、すまない、手遅れだと言わんばかりに力なく首を振った。

 思わず千冬は解き放たれた野獣のように、一言吼えた。

 

「素か!?」

「は? 何がだ?」

「いやっなんでもない。むしろ我々が謝罪する立場なので、謝られると困るのだが……」

「そうですよ、ファーロスさん、謝られると私達もどうしていいか……」

「だが、シロウに自重しろと言われていたんだが、服代いやぁじゃなかった、とにかく自重せずにやらかしてしまったのでな……」

 

 そこで私を出すのか!?と思わず驚愕した表情でセンクラッドを見るシロウ。言ってはいたがそういう意味じゃないと言いたいのだが、此処で言おうものならば今まで話していた方針がバレてしまう為、即座に表情を変えた。

 若干引き攣ってはいたがいつもの皮肉気な笑みを浮かべ、

 

「確かに、マスターは自重しない性格だからな。ただ、正直、ISを破壊するまでやらかすとは思わなかった」

 

 と、言った。嘘だ。あのISを破壊するのはセンクラッドにとっては確定した未来だった。それを見抜いていたからこそ、派手にやり過ぎるなと釘を刺したのだ。

 そう、出来ればスマートに銃等を使ってくれていたのなら、まだ良かったのだ。近接武器の場合は身体能力全体が必要になるが、銃ならば動体視力や反射神経、銃の反動を抑える筋力以外は銃弾や銃に理由付けが出来るからだ。それが寄りにも寄って拳である。しかも両腕から蒼白い炎を纏うように見せかけているナックルをわざわざチョイスしての鉄拳制裁、トドメにはフォトンを用いての短時間空中固定を用いた技を使用している。いっそ清々しい程の自重解除だった。

 大説教、数え役満確定であった。

 

「あの、ファーロスさんは悪くないと思いますよ? あのISが攻撃してきたのは間違いないのですから。それに、こちらの警備にも不備がありましたし」

「そうか。なら、今回はチャラという事でお願いしたい」

「そうして頂けると私達も助かります」

 

 あからさまにほっと一息つく一同。シロウは何処か煤けていたし、千冬と真耶は何の要求も無くてほっとしていたし、センクラッドはセンクラッドでまた0が大量についてある額を請求されるのは勘弁願いたいと思っていた。

 

「センクラッド、虫が良いと思うのだが、一つお願いしたいことがある」

「ぬ? 何だ、やはり金か?」

「いやそうじゃなく。今回交戦したISについてだ」

 

 片眉を上げて、話せと促すセンクラッドに、千冬は説明し始めた。どうでも良い事だが、それを見て真耶が軽く恐怖を感じていた。センクラッドは気付いていないのだが、片眉を上げると、眼を細める癖が有る為、どうしても眉間に皺がより、目付きが悪くなるのだ。

 

「無人ISに関してだが、今までのISには人が乗っている事が前提だった。それを覆されているのを知られるのは、此方にとっては不都合――」

「ああ、わかった。誰にも話さない事を誓うよ」

 

 あっさりと。

 至極あっさりと、センクラッドは千冬の言いたい事を悟って了承した。

 思考が硬直する千冬。今この男、何と言った?という表情をしている千冬に、センクラッドは苦笑した。

 

「お前さん、もしかして俺がそれを知って公表するとでも思ったのか? 公表や、或いはそれを盾に何かを要求する事は一切無い。それをやれば内政干渉に当たるしな。それに――」

「それに?」

 

 少しだけ言い淀み、だがハッキリとセンクラッドは空を見上げながら言った。

 

「俺は此処(地球)を気に入っている。此処は、故郷に似ている星というのもあるが、此処やお前さん達とは出来るだけ関係を壊さずにいたい。だから、そんな事で手を煩わす事はしないさ。この事が漏れれば、確実に戦争の火種になるのは俺でもわかる。そうなるのを俺は避けたい」

 

 ISというものは人類史上、最も急な変化だった。その反動はより激しいものとして人類全体に降り掛かるのは眼に見えている。

 今後、ISに無人機が誕生してしまえば、女性優遇の時代は終わりを迎える。

 男性側がISコアを奪取し、それを軸に戦争を起こすだろう。そうなれば後は泥沼だ。きっと、それを受けて、ISを持っていない国でも戦争は起きてしまう。

 ISは抑止力の象徴であるが、同時に女性側の象徴でもある。歯止めが無くなれば、残るのは暴力だけだ。そして古来から暴力というものは、常に女性や子供を真っ先に対象としてきた。

 別世界ではあるが、地球なのだ。

 センクラッド・シン・ファーロスとしては、女子供等の力の無い人々が、神薙怜治としては、自身の故郷である日本が、別世界であろうとも戦火に巻き込まれるのだけは御免だった。

 ただ、それを見逃すという事は、女尊男卑の世界を黙認するという事でもある。どちらを採るかは迷っていたが、自身に被害が及ばない確率が高い方を、センクラッドは採った。

 故に、その心境は、極めて複雑だ。

 

「だから、俺からは何も要求はしないさ。この件に関しては緘口令を敷くのが良いだろう」

「……すまない、センクラッド」

 

 センクラッドの内心はどうであれ、千冬達は感謝していた。同時に、不甲斐無くも思っていた。特に千冬はそうだ。今回呼び出されて転校生の受け入れ手続きをしていた矢先に起こった出来事だった。

 ISを常時持ち歩いている代表や代表候補生、専用機持ちとは違い、今の千冬は教師だ。故に、アリーナを突破出来る手段が無かった自分が如何に無力であったかを痛感していた。

 センクラッドを守る役目があったというのに、何たる様だと自嘲さえしていた。

 センクラッドは左眼越しに、後悔や自嘲の感情を視付け、溜息を吐きながら千冬に告げた。

 

「千冬。此処は、すまない、じゃないだろう」

「うん?」

「こういう時はありがとう、だ。頼み事を引き受けた相手には、ごめんだのすまないだのは必要ない。ありがとう、これで十分だ」

 

 その言葉に、眼を見開き、だがしっかりと頷いてみせた千冬が、頭を下げた。

 

「ありがとう、センクラッド」

「気にするな、俺は気にしない。それで、この後は一夏達と面談か?」

「面談かどうかはさておくが、その通りだ。この件に関しては緘口令を敷く」

「ふむ。逃げたISはどうした?」

「生徒会と上級生が連携して追い詰めたが、やはり無人機だったそうだ」

 

 その言葉に、渋面を作るセンクラッド。俺が黙っていても其処から漏れるのではないか、と懸念したのだ。

 だが、それを見抜いた千冬は首を振って、

 

「完全に撃破したのは海中でだ。周囲にはISは居ないのは確認済みだし、ジャミングをあのISが放っていた御陰で悟られてはいない。撃破したのは生徒会だ。上級生は引き上げさせている。今の生徒会は国家の利益よりもIS学園の存続に力を注いでいるし、私からも口止めを頼んでいるから、今回の事に関しては何一つとして証拠は無い」

「……成る程な」

 

 あの生徒会長が主導というのは性格的な意味で些か不安が残るが、実際は能力があるのだろう。でなければ生徒会長になれない筈だ、多分、きっと、いやちょっとは覚悟しとくか。と、楯無が聞いたら憤慨する感想を持ったセンクラッドは、

 

「他に何かあるか?」

「いや、無いよ」

「なら、一夏達の方に行ってあげてくれ。俺達は自力で戻れるから」

 

 襲撃はもう無いだろう、というのを見越しての発言だったのだが、千冬は再度首を振った。

 あってもなくとも、護衛はつけなければならないのだ。故に、真耶に視線を向け、

 

「一応だが、山田先生を護衛につけておく」

「判った。山田さん、宜しく頼むよ」

「はい、お任せ下さいっ」

 

 フンス、と気合を入れて答える真耶。正直護衛は体裁を取り繕う為だという事をセンクラッドもシロウも見抜いてはいたが、それに触れる事はしなかった。意味が無いからだ。

 テクテクと歩き、Cピット側から出て自室に向かう途中、センクラッドは、

 

「ええと、山田さん」

「? なんでしょう?」

「護衛という事は、やはりISを使って?」

「ええ、このネックレスが待機状態のISですよ。今日付けで私専用になりました」

 

 ほう、と声を漏らし、マジマジと見つめる。成る程、アクセサリーに擬態させているのか、しかし割と装飾に凝っているように見えた。

 少なくとも宝石類に関しては余り強くないセンクラッドだったが、それでも理解出来る程度には、見てきている。

 ……のだが。

 溜息をつきながらセンクラッドの頭を軽く叩くシロウ。

 

「マスター、セクハラという言葉を知っているかね?」

「は? あ。あぁ、申し訳ない、物珍しさについ見てしまった」

「い、いえ、大丈夫ですよ」

 

 たゆんな胸元をジィィィイっと穴が空くほど凝視されていたIS学園のスイカちゃんこと真耶は、顔を赤らめながら手をパタパタと振っていた。

 何やら微妙な沈黙になってしまったので、それを打開する為にセンクラッドは言葉を紡いだ。

 

「真耶さん」

「はい?」

「それは、良いものだと思う」

 

 スパーンとセンクラッドの頭を叩いたのは、やはりシロウだ。あ痛、と声に出したセンクラッドは、ジト眼になっているシロウに対し、

 

「何をする」

「君の発言は、初見の人にとってはわざととしか思えないのをいい加減自覚したまえ」

「アクセサリーの出来を誉めただけだろう」

「……山田教諭、この通りマスターは言葉が足りない事が多々ある。申し訳ないがそこら辺を加味して欲しい」

「な、成る程……いえ、私も自意識過剰だったかもしれませんし」

 

 何の話だよ、とぼやくセンクラッド。途中でその意味には気付いてはいたのだが、ここで「ああ、胸の方だと思われてたわけか。そっちも十分だと思うぞ。むしろ歴代最高記録に近い」とか言ってしまったら今度は鉄拳制裁が下ると認識していた為、気付かないフリをしていた。この男、何らかの理由で失言途中で気付いた場合でも気付かないフリをする人種の為、タチが悪い。

 そんな話をしながら、自室に辿り着いたセンクラッド達は、真耶が一礼してIS学園側へと戻り、センクラッド達は自室へと戻った。

 扉を閉めた後、ロックをかけたセンクラッドは、テーブルに着いて深々と溜息をつき、シロウは冷蔵庫からゴルドバジュースのパックを取り出し、コップを二つ持ってテーブルに置き、やれやれとセンクラッド同様に溜息をつきながら座った。

 

「では、情報交換を始めよう。シロウ、今回の襲撃をどう思う?」

「怜治が居るBピットのみを狙った事と言い、織斑教諭が護衛から外れていた事と言い、ハッキングと言い、計画的に行われたのだろう」

「だが、一体何の目的で俺を狙ったんだろうな。危害を加えたら星間戦争になる可能性位は考えている筈だ」

 

 確かに、と呟いたシロウは腕を組み、瞳を閉じて思考を走らせていた。

 センクラッドも、腕組みをして同様のポーズを取って言葉を紡ぐ。

 

「こちらの技術力を測るとしても、こんな手荒な事は出来ないと思うのだが」

「怜治、一応聞いておくが、その眼で測ったのだな?」

 

 と、シロウは左眼の事を指して確認した。当然だと頷き、ゴルドバジュースを一口飲んだ後、答えるセンクラッド。

 

「眼から読み取った情報は、微弱だが超高度から遠隔操作が行われていた事。そして敵意は俺にのみ向けられていた事だ。これらは間違いない」

「篠ノ之嬢と凰嬢には?」

「向けられていなかったな。まさしく眼中に無い状態だ」

 

 ふむ、と息を吐いて考える二人。IS開発者の身内を狙ったわけでも、代表候補生を狙ったわけでもなく、異星人を攻撃する事が目的という線が濃厚だという事を再認識したセンクラッドは、しかし、と続けた。

 

「俺だけを狙う意図が不明だ。Aピット側にはシロウが居たが攻撃されていない。それにBピットには整備課の生徒が襲撃前までは居た」

「襲撃前まで?」

「凰に決闘を申し込まれてな」

 

 その言葉に、シロウはじっとりとした視線を送った。そして、センクラッドは言った瞬間にしまったという表情を浮かべた。これは説教確定コースだと思いながら、シロウの発した言葉に自身の言葉を被せるようにして一旦話を途切れさせた。

 それで逃げ切れるのならオカンは要らんのだが。

 

「そういえば、自重出来なかったのだな。君は本当に――」

「まぁ、それは後で。とにかく、凰に決闘を申し込まれた途端、整備課の生徒達は蜘蛛の子を散らすようにして居なくなった」

「成る程。凰嬢の言葉で整備課の生徒達がその場から逃げ出したという可能性もあるわけか」

「俺の説教癖を読み切って、凰をぶつけたという事か? この短時間で?」

「この学園での生活と、外での君の様子を誰かが報告を上げていたとしたら、ある程度の行動は読み取れるものだよ。特に怜治、昔はともかくとして、今の君は判り易いタイプだ」

 

 直情ではないが、確かに判り易いと自分でも思っていたので、うーむ、と唸りながらセンクラッドは顎に手をやった。

 カッチコッチと正確に時を刻む秒針を意味も無く見つめながら、

 

「その場合、凰と整備課の生徒達がグルという可能性が出てくるが、有り得るのか?」

「0ではない。まぁ、限りなく低いと思うがね。ただ、常に最悪の可能性を考慮しておいた方が良いだろう」

 

 成る程、と頷いて、センクラッドはゴルドバジュースを飲み干した。

 何だか無性に珈琲が飲みたくなった。酸味を抑えて苦味の利いたブラックコーヒーを。

 体をオラクル細胞で再構成されて以来、よりハッキリと味覚が精密になったのか、今まで敬遠していた珈琲が嗜好品となっていた。

 ナノトランサーからテーブルに珈琲ディスペンサーを、手の中に珈琲の豆を現出させて、シロウに手渡した。

 

「シロウ、ブラックで頼む」

「判った。しかし、つくづく思うのだが、ナノトランサーというものは便利なものだな。私にも欲しい位だ」

「お前さんは投影があるだろう。刃物と衣類限定だったか?」

「流石に仕組みが複雑な機械や遺伝子が関係してある食べ物までは出来んよ。そもそも投影というものは本来、こんなに便利なものではない」

 

 意外な言葉に、眼を瞬かせるセンクラッド。自身が知る投影魔術と、シロウが指す投影魔術に齟齬があるという事か?と疑問を抱いたセンクラッドは、続けてくれ、と頼んだ。

 コーヒーディスペンサーの電源を入れて、手早く豆を入れて抽出ボタンを押したシロウは、意外そうな表情を作った。以前教えた気がしたのだが、と呟くも、すぐに原因に思い当たった。二つ前の世界、つまりシロウ達英霊が居る世界で、センクラッドはその特異性からムーンセルと呼ばれる記録装置に魂を閉じ込められ、様々なデータを検証する為に、数え切れない程のループを強いられていたのだ。その過程で記憶が磨耗したのか、という事に思い当たったシロウは、顔を向けて、

 

「本来の投影魔術は、様々な知識を持ち、他系統の魔術よりも多く魔力を消費してようやく数分程度、現世に現出させる魔術だ。通常、儀式等で扱う為に必要なものを代替する際に使われる程度で、刀剣や銃弾、衣類等では絶対に実用に耐えうるものは出来ないとされている」

「……お前さんが使っている投影とはエライ違いだな。同じ言葉だが、お前さんの方が上位系統なのか?」

「いや、全く同じものだよ。ただ、私は……普通の人間ではないのでね。君にも話しただろう? 私が私として歩き出した理由を。無銘という英霊の所以を」

 

 人を人足らしめるモノを大災害においてゴッソリと失い、それで死んでいった見知らぬ者達の為に生涯を駆け抜け、最期はその虚ろな内面故に、親友に裏切られて命を落としたセイギノミカタ。それこそが私の基だと、シロウは呟いた。

 

「君に名を貰って以来、そう名乗っているが、元々私は欠損していた人間だ。欠損していたが故に、人の枠を超えた投影魔術を行使出来る様に為ったと思っている。投影魔術とは、投影する対象の全て、1から10までを知って初めて真贋わからぬ贋作へと昇華する。贋作は所詮贋作だが、そこまで再現できた存在は世界の修正を受けずに済むようになり、破壊されるか、術者が破棄を命じない限りは世界に留まる事が可能だ。本来、人が作り出すイメージというものは、身勝手で穴だらけ故に、世界が修正をかけて抹消するのが道理。それを捻じ曲げられるのは私しか居ないだろうよ」

 

 そう言って締め括ったシロウの表情は、ただ凪いでいた。起きるべくして起こった事、過去に対しては過去と既に受け入れ、自身を誇張せずに、在るがままの自分を晒せる男の姿が、そこに在った。

 そうか、と呟いたセンクラッドの表情も、シロウと同様であった。人として欠損しているのは自身とて同じ事。他の人間がそうであったとしても、センクラッド自身は変わらずに接する事が出来るというのは、シロウにとってありがたかった。

 

「大幅に話が逸れたが、魔術とは違い、ナノトランサーはあらゆるものを格納できるだろう? 一つ位分けて欲しいものだが」

「一応、予備はあるが、恐らくお前さんは使えないと思うぞ」

「あるのか」

 

 そりゃな、と頷いてセンクラッドはナノトランサーについて説明し始めた。

 

「まず、ナノトランサーは次元格納庫とも呼ばれている、指定された領域に接続して、そこで物の出し入れをする。その際に量子圧縮と解凍が入るわけだ」

「……空間招転移、魔法に近い魔術のようなものか」

「それはよくわからんが、多分そうだな。ただ、これを扱うには基本的には特定の遺伝子が必要だ」

「成る程、グラール太陽系の遺伝子か」

 

 その通りだと頷いたセンクラッドは、シロウから出来立ての珈琲を受け取ると、ズズズと啜った。

 マナー違反だぞ、という視線をカップで受け流し、鼻に抜ける香りを一通り楽しんだセンクラッドは、カップを置いて、

 

「まぁ、あっちでは異種族間の戦争が何百年も続いていたんだ。本来ならコレに、各種族用、もっと言えば個人の縛りも入っていたんだが、現在では相当緩いな。もしかしたら、こちら側の人間でも扱えるかもしれん。俺の為のチューニングという可能性もあるが」

「ISのようにか?」

「男性縛りになるのか?」

 

 お互い苦笑して、ナンセンスだなと、肩を竦めた。

 やれやれ、と言葉に出して、センクラッドは、

 

「ナノトランサーに関しては後で試すとしてだ。いい加減に話を元に戻すが、凰さんと俺とのいざこざで居辛くなった生徒達は、凰さんが出撃した際に全員逃げ出した。その後、攻撃が来たわけだが、その時に一つ、思った事がある」

「ふむ?」

「殺気を感じた際、俺は壁面に埋め込まれていたディスプレイを見ていたんだが、嫌な予感がしてな。ゲートを破られた際、中央に飛び出してタワーシールドを全開にして抑えたのだが、そうしなかったら恐らくアリーナの扉も貫通していただろう」

 

 眉間に皺が寄ったシロウに、おかしいと思うだろう?と呟いたセンクラッド。珈琲を静かに見つめるシロウの視線は鋭い。脳内で情報を検証しているのだろう。カッチ、コッチと古時計が時を刻む音が、10は響いた後、シロウは検証し終わったのか、視線をセンクラッドに合わせた。

 

「もしそうなっていたら、学園にダメージが行き過ぎているな……」

「タワーシールドで抑えていなかったら全壊していただろうな、あの部屋は。それに、あの無人IS機の出力全開のビームは、二回視ている。一回目は襲撃直後、二回目はシロウも居たな、あの砲撃だ」

「その事で質問があるのだが、良いかね?」

「何だ?」

「あのビーム砲の直撃を受けて無事だったのは、タワーシールドがある御陰だというのは理解した。それを踏まえて聞きたいのだが、シールドラインはそういう括りなのか? 例えば、そうさな、バックラーとかあるのかね?」

 

 やはりそうきたか、と呟いたセンクラッドは、珈琲を呷って気合を入れ直した。此処から先は、シロウだけではなく、アラガミが跋扈する世界で親しかった者達にも言ってはいない。

 そろそろ言うべき時かもしれんな、とぽつりと言葉をカップに落とし、センクラッドは告げた。

 

「まぁ、そろそろシロウに言おうと思っていたのだが、タワーシールドというのは、オラクル細胞で構成された盾の事だ」

「オラクル細胞……? 確か、アラガミとゴッドイーターが持つ武器(神機)を構成する細胞だったな……うん? だとしたら、おかしな事になる。確か、アレは適合者でなければ、神機に喰われてしまうんだろう?」

「あぁ、シックザール支部長……俺が居た極東支部のリーダーと取引してな、適合試験をきちんと受けた上で、新たにオラクル細胞を打って貰った」

 

 シロウは絶句していた。そんな事があったとは一切聞かされていないのだ。アラガミが跋扈する世界においてシロウがした事といえば、センクラッドを鍛える事位で、実際にアラガミと相対した事は無かった。それには理由がある。

 センクラッドがゴッドイーターやアラガミについての知識を得たのは、その世界に転移してすぐの事だ。アラガミの進化の系譜やオラクル細胞の多様性を聞いたセンクラッドは、英霊やグラール太陽系の技術をアラガミに用いる事で、対策をされる事を恐れたのだ。

 万が一、それらに耐性やその属性を持ったアラガミが出現した場合、今まで何とか存続していた人類が滅ぶ可能性がぐんと跳ね上がると判断した。故に、センクラッドはシロウを外界に出さなかったのである。

 しかし、それを知らなかったシロウからしてみれば、自殺行為以外何物でもない。オラクル細胞を抑える偏食因子を継続的に投与しなければ、内側から喰われてアラガミ化してしまう事を他ならぬセンクラッド自身から聞かされていたからだ。

 

「……本当に大丈夫なのか?」

「最初は良かったんだがな。途中でミスをして実際喰われかかったよ。正直危うかった」

 

 さらっと言うセンクラッドに眼を剥き、シロウはしかし、と言った。

 

「君の状態は以前と変わりなく見える。どういう事だ?」

「アラガミ化するよりも先に、ある程度は制御出来るようになった、それだけだ」

 

 どうやって、とは両者共に言わなかった。言っても意味が無いからだ。大切なのは事実であって過程ではない。

 それに、センクラッドは余り此処から先は言いたくは無かった。余り思い出したく無いのだ。オラクル細胞と左眼の暴走の原因は、生餌にされかけたあのミッションを、もっと言えば、人を壊すほどの絶望と怒りを持ってしまい、結果的に狂気に囚われてしまった、無力なただの人間達のせいだった。

 結局それらは己の手で決着をつけたのだが、やはり思い出したくも無い想い出なのだ。

 その苦悩を汲み取ったのか、シロウはそうかと頷くに留め、

 

「まぁ、怜治に二段構えの防御策があるという事が判っただけでも良い。だが、くれぐれも無茶はしないようにな」

「問題ない、死なないように努力している。で、何処まで話したんだっけ?」

「確か……そう、怜治を襲撃する動機についてだった」

「動機、か……俺を攻撃して得をする人物……いるのか?」

「現時点では情報が足りないな。検討をつけるにせよ、誤った解釈で検証は出来ん。ただ、言えるのは、今回の世界も一筋縄ではいかんという事だ」

 

 確かにな、と呟き、センクラッドは立ち上がった。風呂に入る為だ。流石にあの後だ、体が気持ち悪くて仕方がない。

 のだが、ガシっと腕を掴まれたセンクラッドは、視線を上げた。

 そこには、

 

「まぁ、風呂に入りたい気持ちは十分にわかるが、その前に――」

 

 正座で説教だ、と非常にいイイ笑顔で、だが青筋が縦横無尽に走って残念なイケメンになっている元サーヴァントが居た。

 センクラッドは、先程の努力宣言を放棄し、精神的な死を覚悟した。

 自業自得だ。


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