IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
Aピットに集まった一夏達だったが、誰もが不服、或いは浮かない表情を浮かべていた。千冬の下した命令は正しいのは、ISに触れて間もない一夏でも理解出来ていた。連携が取れていない上に、上級生の方が戦力としては高い以上、自分達が追撃に入る事は無いのだ。
だが、納得出来るかと言えば、それはまた別だ。抑制が効いたのは偏に千冬が担任だったからだ。他の者が担任だったら誰かは聞かずにそのまま追撃に入っていただろう。ブリュンヒルデだから、一夏の姉だから、ここに集まったのだ。
センクラッドが佇んでいる第3アリーナ出口側の扉が開くと、千冬が厳しい表情で入ってきた。
「集まっているな」
「織斑先生……」
「千冬姉、もう一機の無人ISはどうなったんだよ?」
その瞬間、頭を割と手加減無く叩かれた一夏は余りの痛みに蹲ってしまった。
「織斑先生と呼べ。学園を襲撃した正体不明機はその後、東京湾上空で生徒会と上級の混成チームが挟撃し、撃破した」
「……そのISには人が乗っていたのですか?」
双眸を鋭くさせて聞いたのは、箒だ。その質問はセンクラッドが撃破したISが無人だった事を受けてだ。それに、正体不明機としか言わず、無人という言葉は一切無いのだから聞きたくもなるだろう。
それを否定し、千冬は答える。
「学園から逃走した正体不明機も、人は乗っていなかった」
ざわり、と声が上がった。やはり、というセシリアが零した言葉通り、嫌な予想ほど外れないものだ。
頭を抑えながら一夏が手を挙げ、千冬が発言を許可すると、
「ええっと、結局誰がここを襲わせたとかは、その、わからずじまいですか?」
「それを知る為に、ISコアに解析をかける手筈となっている。それと、この件に関しては絶対に口を開くな。冗談抜きで個人の生死のみならず、全世界を巻き込む事になる」
はい、と口を揃えて答える一同。
どの国も未だ開発に成功していない無人機を使っての、ゲストであるグラール太陽系星人への攻撃。
この一文だけでも全世界が割れかねない内容を孕んでいた事に、全員が気付いているからだ。
万が一、無人機の量産が可能になったとしたら、女尊男卑に変わった世界が、再度引っ繰り返りかねない。否、それどころか、急な変化についていけなかった大多数の男達がそれを機に暴動や反乱を起こすだろう。そうなれば、今度は争いの終着点が無い泥沼の争いが待っている。
更に言えば、今回の攻撃対象が一番拙かった。よりにもよって異星人を狙ったのだ。万が一これによってグラール太陽系星人による報復が始まったとしたら眼も当てられない。
正しく、人類の危機であった。
「織斑先生」
手を挙げたのは、セシリアだ。
「その、ファーロスさん達からは何か……」
セシリアが言った言葉に、千冬以外の表情に緊張が走った。危うく殺されかかっていたのだ、最悪、怒髪天を突く勢いで「よろしい、ならば戦争だ」等言い出してしまっていたら確実にこの場にいる全員は最前線に送られる事になるだろう。
「その事だが――」
珍しく千冬に困惑の色が浮かんでいた。
「もしかして、戦争、とか……」
恐る恐る一夏がそう言うが、それは無いと首を振って答えられた事により、一応は安堵の表情を見せる一同。
「逆に謝罪されてしまった」
空気が凝固した。生徒達は、眼を瞬かせてお互いの表情を見合っていた。幻聴だと思ったのだ。殺されかかったのに謝罪とは、一体どういう事なのだと、千冬を除いた全員の表情が物語っていた。
手を挙げたのは、鈴音だった。
「どういう事ですか、織斑先生」
「やりすぎてしまった、と言われて、な」
「は?」
やりすぎた?何を?と、理解の外に放り投げられた鈴音の反応に、全力で同意する一同。明瞭を得ない千冬の説明だったが、大きく溜息をついた千冬自身が、捕捉を加えた。
何処か投げやりな感じで、
「どうやらセンクラッドは、コア以外を全損させたのは拙いと判断したようでな……それで、謝罪をされてしまった。センクラッドが言うには、余り手加減しないで攻撃したそうだ」
「余り……?」
「手加減て……」
絶句するセシリアと一夏。ちなみに千冬はこれでも言葉を選んでいた。本来の言葉で言うならば「ついカッとなってやった」だの「自重できなかった」だの言ってたのだ。こんなのを伝えてしまったら色々大変な事になるだろう。
一応、センクラッドの事を友人として扱っている千冬の、僅かなりとも配慮をしての言い方だった。
「勿論、謝罪するのは此方の方だから、弁償という事はさせなかった。取り敢えずは、戦争や不利な条約だのは無いと見て良いだろう」
その言葉に大きく息を吐く一同。特に箒と鈴音は、最初からその場に居たのに何も出来なかったが為に、安堵も人一倍強かった。
「ファーロスさん、あれでも手加減してたのですね……」
ぽつりと零すのは、セシリアだ。通常のイグニッション・ブーストを凌駕する勢いで最初の一撃を叩き込んだセンクラッドの速さは、常人の眼では決して捉えられない、疾風のような速さだった。
ISのセンサーの補助を借りて、ようやく認識出来る速さだったのだ。速さだけではない。手から蒼白い炎を出したという事は、発火現象を引き起こせるという事だ。地球では絵空事だったバイロキネシスを、グラール太陽系は能力として持っている事になる。そして、シールドバリアを貫通し、金属すらひしゃげさせる程のダメージを与えても無事な拳。根本的に体の造りが違うのは、あの戦いでハッキリと判明したと言えよう。
技術的格差に能力的格差。これはセンクラッドが全世界へ向けて記者会見を行った際に使った言葉だ。
素手と超能力、そして大熱量のビーム砲すらも無効化するテクノロジー。確かに、今の人類では到達出来そうに無い格差があるように思えた。救いがあるとすれば、恐らくは飛翔能力は無いと見れる。が、それに関しては根拠が何一つとして無いのが実情だ。それに空を飛べずとも宇宙船がある。あの宇宙船が何らかの攻撃手段を持っているのは火を見るより明らかだ。
「それと、センクラッドとISの戦闘についてだが、第3アリーナに設置してあったカメラは全てジャミングないし無人IS機の初撃で機能不全に陥っていた為、記録できなかった。誰かISに記録してある戦闘データを提出して欲しい」
「あたしのISから抽出します。多分、この中で一番注目していたのはあたしだと思うので」
「そうか。なら、鳳、今日中に上げて欲しい」
「わかりました」
「では、何か質問は無いか?」
手を挙げたのは、今までずっと黙っていた箒だった。
「今回の事件に関してですが、生徒に怪我は無かったのですか?」
「現在確認中だが、恐らくは無事だろう」
「わかりました」
それを聞いて、俯くと、箒は眉根を寄せて思考し始めた。
「もうないな? では、解散。明日は日曜だ。きちんと休めよ」
そう言って千冬はAピットから出て行った。次いで、ぞろぞろと一同が出て行くが、箒だけがその場に残っている事に不審を抱き、一夏が声をかけた。
「箒? どうしたんだ?」
「……いや、何でもない。帰ろう、一夏」
「おう」
箒は、嫌な予感がしていた。ISを打倒出来るかもしれない異星人との技術的交流を、果たして姉は望んでいるのだろうか、と。やけに胸が騒ぐのは、もしかしたら、という考えが脳裏に過ぎっているからだ。
同時に、在り得ないとも思っていた。曲がりなりにも単独でISを発明した科学者なのだ。人間性は人類史上最低最悪だが、そこまではしないと信じたかった。
「そういえば、試合、どうするんだ?」
と、何気なく一夏が聞いた為、箒は頭を切り替えて、鈴音を見た。挑戦的な目付きをした鈴音が頷き、
「完全に決着をつけるなら、もう一回やりたいところね。ただ、やるとするなら少なくともクラス対抗後ね。それまでにはセシリアと対戦しないといけないけど」
「そうか。なら、それで良い」
すんなりと鈴音の言葉を受け入れた箒。その言葉に驚いたのはセシリアだけではない。一夏も顔色を変えていた。
「ど、どうしたんだよ箒。いつもの箒なら、まだ負けてはいないとか言って再戦の約束をするだろ」
「一夏、冷静になれ。あの試合、あのまま行っていたのなら負けていただろう?」
そう言った箒の表情は、いっそ清々しかった。確かに、あの時乱入が無ければ、負けていたと感じているのは箒だけではなく、一夏やセシリアも思っていた事だ。
ただ、微妙に納得がいっていない表情で一夏は、
「でも、最後までやってないから判らないだろ? どこでひっくり返せるか判らないしさ」
「一夏、私の肩を持ってくれるのは嬉しいのだが、敗北しかけたという事実は変わらないし、手札が足りていなかった。戦略でミスしている以上、挽回も出来ない。それに、鈴音には一応だが一矢報いている。再戦するならもう少し腕を磨いてから出直すさ」
淡々と述べた箒の敗北を認める気持ちに揺らぎは無かった。自分の今現在の力量を正確に測り、鈴音の力量や機体と比較して出した結論だ。そこに悔しさは有ったし、今日の自分を明日の自分が越えるように努力する事も誓っていた。
「そうね。あんたがイグニッション・ブーストを使いこなせるようになったら、もう一回再戦しましょ。それまでは決着はお預けって事で。今縛っても良いんだけど、全力勝負の方が良いんでしょ?」
無論だ、と鈴音の言葉に強く頷く箒。並々ならぬ決意と意気を感じさせる箒に、鈴音は大きく俯き、
「じゃ、その時まで待つわ。それまで一旦一夏は預けておくって事で」
「セシリアと戦わないのか?」
「当分出来ないわよ。こんな騒動になって、しかも第3アリーナのピットが破壊されてるし、授業にも支障出るでしょうし」
成る程、それもそうだな、と頷く箒。鈴音はセシリアに確認すると、セシリアもそれに肯定の意思を示した。
大きく伸びをしながら、鈴音は言った。
「ま、代表決定戦では、あたしが勝つわよ。一夏を代表に据えた事、後悔すると思うわ」
「何だよそれ。もう勝った気でいるのか?」
「勿論。ギッタンギッタンにしてやるんだから」
そう言って快活な笑顔を見せる鈴音。不穏な内容なのにこの娘が言うと、あまりそう聞こえなくなるのは本人の性格に寄るものが大きい。コレが箒だったりしたら怖い筈だ。何せ人類初の異星人にケンカを売った剣術娘だし。
と、一夏が愚考していると、ジト眼になった箒が、
「一夏、今私に置き換えただろう」
「え!? いや、そ、そんな事ねーよ。ただ、鈴が言うとあんまし怖くないなって」
「ほう、私だと怖いという事か」
「何? あたしがちんまいからそういう事言うわけ?」
「い、いや、そっちじゃなくて……ああもう、ステレオで言うの勘弁してくれよ」
とぼやいた一夏に、一同は吹き出した。一夏をいぢって遊ぶのは鈴音が得意とする事だが、箒まで参加したのだ。もう手がつけられないとばかりに、
「セシリア、助けてくれよ」
と泣き付こうとしたのだが、セシリアも澄まし顔で切って捨てた。
「一夏さん、わたくしに肉薄した殿方は、もっと潔かったですわ」
「うぉあぁ……皆ひでぇよ」
頭を抱えてみせた一夏だったが、内心ほっとしていた。もう少し罵倒のし合いになると思っていたのだ。
だが、実際は違う。鈴音のそれは確かに礼を欠いた発言だったが、実力を示した事は間違いない。
水に流すかどうかは鈴音の今後の対応次第だ。だから、今は休戦という思いが、セシリアと箒にはあった。
それに、箒としては実際に戦って、その太刀筋から悪い人間では無いという事を読み取っていた。剣に生きる者にとって、一度交えればどんな性質を持っているのかは大体把握できる。故に、既に箒は鈴音の事を許していた。
「ま、それはそれとして。一夏、あんた約束覚えてる?」
「いきなり話を変えるなよ。っていうかどの約束だよ?」
「え?」
逆に聞き返されて、何かあったっけ?という表情を浮かべた鈴音に、ジットリとした眼で見る一夏。
「おい、もしかして約束一個しか覚えて無いというオチかい、鈴ちゃんや」
「り、鈴ちゃんゆーなっての!! え、約束? あれ!?」
本気で一個しか覚えていない鈴音はちょっとしたパニックになっていた。
一夏は案外細かい男だったりするのだ。
当時、料理が一夏より下手だった鈴音が対抗心をバリバリに燃やして「料理上手になったら毎日酢豚を食べて欲しい」という約束を交わしたのだが、一夏が「酢豚じゃ飽きるからバリエーション増やしてくれ」という要望もついたり。
「あれ!? じゃねーよ。鈴、まさか約束一個しか覚えて無いとかそういうオチか? 俺覚えていたの数えてみたけど3つ4つはあるぜ?」
「うっそぉl!?」
あわあわしている鈴音に、溜息をついて一夏が羅列し始めた。
「昔、鈴が虐められてたろ? その時に助けたら、逆に俺が虐められて、互いに力を合わせてどうにかしたろ。その時に、困った事があったらお互い即相談しようと言ってたよな」
「あ、あぁ、そんな事あったねぇ」
「お前……他にも、迷子になった鈴を探した時に言ったろ、取り敢えず迷子になる位なら電話してくれって」
「い、いぃ!? そんな事まで覚えてんの!?」
「いやそんな事ってお前……」
プチパニックに陥る鈴音。呆れる一夏。苦笑してみている二人。という構図が出来上がっていた。
のだが。
最後に覚えていた一夏の約束で、箒とセシリアは凍りつく事となる。
「後はアレか。料理上手になったら毎日酢豚を食べて欲しいって約束。酢豚じゃ飽きるからバリエーション増やす事も追加で約束させただろ?」
「あああ!! それっ!! 一夏それよ!!」
「どれだよ」
興奮クライマックスな鈴音とは対照的に、しずかーに突っ込む一夏。
「そう、つまりあたしが言いたかった約束はそれって事!!」
「いや、俺が覚えていた約束の数か記憶力を誉めてくれよむしろ最初に」
ああ、確実に一歩間違えればKYなところは変わってないとしみじみと一夏は思っていた。そこに、顔を青褪めさせた箒が意を決して一夏に問いかける。
「い、一夏」
「う? どうしたんだ箒、そんな顔して」
「い、いや、その約束、果たすのか、ホントに?」
「そりゃ約束だからな」
その言葉に、ガックリと膝をつく箒を慌てて支えるセシリア。
次いで、一夏は大暴投を行う。
「いや、正直今はその約束は必要ないんだけどさ」
「へ?」
「は?」
「え?」
ぽかーん、と口を開けてる三名に、だってさ、と続きを告げる。
「いやほら、中学生の時、俺働いてたからさ、少しでも飯代をケチろうと頑張ってた時に渡りに船だったからなぁ」
「ま、待て一夏、中学生ではアルバイトは出来んぞ?」
「ああ、友人のツテがあってさ、そこでアルバイトさせてくれてたんだよ、五反田食堂って言うんだけど」
「え、ええ!? あんた、あそこでアルバイトしてたの!?」
「他にも近所の居酒屋のバックルームを担当してた事もあるぜ。御陰で無駄に筋肉ついたついた」
懐かしいなぁ、ネコさんどうしてっかなぁ、と遠い眼をする一夏。衝撃の新事実を聞いて固まる女性陣。
鈴音は、アルバイトが理由で奢って貰う感覚だったという事を知ってショックを受けていたが、それよりも何故そんな状態になっているのか、知りたくなり、
「っつーか、い、一夏、何でそんなアルバイト漬けになってんのよ?」
「ああ、皆知らないんだっけ。俺の親、姉貴残して蒸発したんだよ。といっても俺覚えて無いんだけどな、親の事何一つ」
さらっと爆弾を投下した一夏の表情は、その内容とは裏腹にさばさばしていた。
その余りにも重過ぎる新事実に凍りつく面々。
「お、覚えていないとは、一夏さん、一体どう言う事ですか?」
「んーと、俺が確か四歳になる前あたりで蒸発したらしいんだよ、千冬姉がそう言ってた。で、俺は四歳より前の記憶が無いから、多分その何処かのタイミングで親父もお袋も居なくなったんじゃないかな」
「そ、そうだったのですか……」
苦労人と感じさせない一夏の様な振る舞いは、実は相当出来た人間でなければ出来ない事を、自分の家の事情から知っているセシリアは、ある種の尊敬の念を一夏に抱いた。金に苦労しても、金にがめつくないその精神は、立派なものだ。
箒は剣道をやめた理由がそれだと知って、あの時事情も聞かずに罵倒してしまった事を後悔していた。
「ま、まぁ、約束を覚えてくれただけでも良いわ」
と言うに留めておく事にする鈴音。流石にこの状態で、一夏と私は夫婦になる約束を、という脳内お花畑な事を言い出せるわけがない。
「一夏。もし、親が名乗り出てきたらどうするのだ?」
「どうもしないと思うぞ。だって、何らかの事情があって居なくなったんだと思うしさ。それを恨んでもなぁ……自分が生き難くなるだけだろ?」
苦労したけど、それはそれだよと、本心からそう思って言っている一夏に、箒は嫉妬に近い羨ましさを感じていた。
自分は姉のせいにして今までずっと生きてきたが、一夏は親を恨まず、憎まずに、前を向いて生きている。過去しか見えていない自分とは大違いだと、自嘲していた。
「それに、千冬姉もいたし、箒や鈴、弾達やセシリアとも友達になれたろ。別に世の中悪い事ばっかじゃないさ」
そう締め括った一夏は、数秒しても沈黙している周囲に、疑問を抱いた。
「――あれ、どうしたんだ皆?」
「一夏さん……貴方本当に凄い人だったのですね……」
「え、何で? どうしたんだよセシリア? 千冬姉はともかく、俺は普通の人だぞ?」
「一夏……多分同世代でトップだぞ、その良く出来た人間性は」
「そ、そうかぁ? 普通だろ、コレ位」
「あんたが普通なら、うちの親はどうなんだって話になるわよ……」
「え、いや、そんな自分の親御さんを引き合いに出さんでも……」
と、皆からしみじみと言われてしまい、逆に困る一夏。本人としてはそれが普通だったのだ。家を守るのは幼かった自分で、稼ぐのは姉で。あれからその関係は少しだけ変化したが、それでも世話を焼くのが一夏で、それでも一夏を守るのは千冬というのは変わらない。
なので、関係もだが、大して変わってないと思うんだがなぁ、と零す一夏であった。
余談だが、この日を境に、箒達の一夏に対する態度はかなり柔らかくなった。