IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
時は、センクラッドがBピットへと歩き出した時間まで遡る。
一夏達の様子を見る為に、シロウは靴音をコツコツと鳴らしながら、やや重い足取りでAピットに向けて進んでいた。
先日、一夏が訪ねて来た時の事を思い出すと、どうにも溜息を付きたくもなる。一夏の鈍感さ加減は、あの一幕だけで十分に理解できていた。どの人種にも物怖じせずに接する事が出来るのは確かに美点だが、行き過ぎると鈍感と言われるのは、過去の自分にも言える事だ。
生前、魔術師としてセイギノミカタを志して生きた時代の話になるが、その時の自分は、過去に起きた大災害のせいで人の心の機微に大変疎かった為、その手のトラブルは嫌という位、経験していた。
最悪な事に、生前の自身の辿ってきた可能性の全てにおいて、恋愛関連の修羅場を経験しており、それが無自覚かつ自身が撒いた種なのだから始末に負えない。
故に、姿形は違えど、過去の自分を見ている気になってしまうのも仕方の無い事だろう。
捻じ切られそうになったり、磨り潰されそうになったり、切り落とされそうになったり、闇に取り込まれそうになったり、血を吸われかけたり、精気を抜かれかけたり、テムズ河へ蹴り落とされたり、放り投げられたり、既成事実を作られたり、気付かない内に婚姻届を出されていたり、義父と殺し合いになったり、首輪を付けられたり、脳味噌だけ取り出されたりと、枚挙に暇が無い。
思い返してみると、綺麗な思い出が何一つ無い事に気付き、視界がジワリと揺れて来た為、慌てて首を振って思い出を彼岸の彼方へとすっ飛ばした。
これはきっと、怜治によって第二の生を受けた際、何らかのトラブルでその手の綺麗な思い出が消失しているのだ、そうに決まっている。むしろ、今現在こうやってちゃんと生きているのだから、今後の事を考えた方が生産的だと無駄に強く言い聞かせていた。
そうこうする内に、Aピットの扉の前まで辿り着いたので、ドアから入り、シロウが見たものは、リラックスした状態の三人が、戦術についての最終確認をしているシーンだった。
放課後というのに誰も此処に居ないのは、貸し切ったといっていたからか、と見当を付けているシロウに、
「あ、シロウさん」
「ごきげんよう、シロウさん」
「こんにちは、シロウさん」
と、それぞれが挨拶をしてきた事を受け、シロウも挨拶を返し、
「それにしても、落ち着いているな。自然体のままで在る事が出来るとは、恐れ入る」
「この勝負、負ける事は出来ませんが、だからといって力んでしまえば、試合開始まで身が持ちませんから」
静かに、だがはっきりと箒は言葉を返した。気合に関しては十分、そして無理な力みも無い、凪いだ状態のままの箒を見て、シロウは感心していた。まだ10代半ばで模擬戦とはいえ、実弾を使った戦いをするというのに、その境地に至っているという事にだ。
感心した様子でいるシロウに、一夏はそういえばと言葉を出した。
「シロウさん、ファーロスさんは?」
「鳳嬢の方に向かったよ。何か言いたい事があるそうだ」
「言いたい事?」
何だそりゃ、とばかりに首を傾げる一夏だったが、セシリアは思い当たる事があったのか、もしかして、と呟き、
「以前、わたくしが言われた事を言いに言ったのでしょうか」
「あー、俺と喧嘩した時の」
「ええ、でもきちんと聞けるとは思えませんけど……」
そう言ったセシリアの言葉は、以前言われた時には、反発心しかなかった事を踏まえてのものだった。外部、とりわけ地球外生命体からアレコレ指図される謂れは無い、という風に受け取るしか出来なかったのだ、あの時は。
正しくとも正しくなくとも、通じない事がある。特にIS関連は今現在、最もデリケートな問題なのだから、尚更だ。
「まぁ、マスターの事だ、余計な事は多分言わないだろう」
さらりと多分を混ぜた辺り、センクラッドの事を良く理解していると言えよう。ただ物凄く残念な事に、余計な一言どころか余計な事しか言わず、挙句の果てには人類初の異星人との技術的ガチンコバトルを約束しているのだが。
「それで、勝算はあるのかね?」
「限りなく低いですが」
と言った箒は、可能性としては自身の敗北の方が大きい事を認めながらも、それを是としないという眼差しをシロウに向けていた。
良い眼をしている、と思いながら、箒が纏っているISが、鎧武者の形をしている打鉄では無い事に気付く。
「その機体、ラファール・リヴァイヴか。打鉄ではないのだな」
「ええ、鳳が二組のクラス代表と戦った際、防御と燃費に優れた機体というのが判ったので、同じ土俵で戦うのは厳しいと思い、ラファールに変更しました」
「成る程、そうなると、速度で翻弄するという事か。一撃離脱の戦術なら、ラファール・リヴァイヴを選択したのは間違いではないな」
その言葉に驚く三人。大まかだが、戦術の内容を言わずに当てたのだから、驚くのは当然だろう。
何故それを、と箒が質問をすると、シロウは肩を竦めて答えた。
「私はISに関しては門外漢だが、織斑教諭がマスターに渡した教本は読んでいるのでね。ラファール・リヴァイヴを選んだという事は、速度と武装を選択した結果だろう? 打鉄はラファールよりは武装と速度の選択肢が少ない代わりに、安定性と防護性に優れていると教本には書いてあった」
その言葉に成る程、と頷くセシリア。推測にしては恐ろしく的を射た答えを提示してきているシロウの戦術眼に、感心していた。
一夏も、その的確とも言える指摘にしきりに頷いていた。
「だが、気をつけた方が良い。相手は曲がりなりにも代表候補生だ。機体を見た瞬間に可能性として吟味してくるのは間違いない」
「確かにそうですね。ただ、幾つか策は用意してます」
「ほう。それは楽しみだ。ただ、策を弄しすぎて足元を掬われんようにな」
「はいっ」
打てば響くような返事に、少しだけ眦を下げるシロウ。これが若さというものか、と思ってしまうのは、今現在において情熱というものがガス欠状態だからか、それとも性分なのかは伏せておく。
時計を見ると、約束の時刻の5分前となっていた事を受け、シロウがそろそろか、と呟くと、セシリアが、
「そうですわね。箒さん、頑張って」
「ああ、勝ってくる」
「箒」
と、一夏に呼ばれたので、振り返ると、一夏がサムズアップをして、
「行ってらっしゃい」
「――ああ、行ってくるッ!!」
見送りの言葉を貰い、気合が最高潮に達した箒は、カタパルトからアリーナへと飛んで行った。その飛翔は、一年の初期でこなせる技術とは一線を画すものだった。
残っているセシリア達は、壁面に埋め込まれている大型ディスプレイで観戦する事にし、そこに移動した。
そして、備え付けられているタブレット型端末を三つ取り出したセシリアは、電源を入れてシロウと一夏に手渡した。
「これは?」
「ISのデータを映すタブレット端末ですわ。大型ディスプレイにはデータは映さないで、このタブレットタイプの端末で表示されますの」
「成る程」
大型ディスプレイにゴチャゴチャと情報が書かれるよりは、タブレット端末で確認した方が楽だという事に気付き、シロウは納得して、タブレット端末を起動させた。一瞬だけ、構造を解析して理解を早める魔術をかけようとして、不必要に使うべきではないと一度深く深呼吸をした。
いつもの癖が出るところだった、と思わず呟きかけ、
「いや、あぁすまないが、使い方は?」
「これを使ってくださいな」
と、手渡されたのは中々に厚い説明書だった。ただ、手渡される際、セシリアの指が操作ページに差し込まれていた事に気付いて、礼を言ってシロウはそのページを開いた。
数分もしない内に何となくだが使い方を理解したシロウは、タブレット端末で箒のISをチェックし始める。
地上に降り立った箒の手に、ショットガンとアサルトカノンが呼び出され、装備すると、箒は眼を閉じて鈴音を待ち続けていた。
「篠ノ之嬢は、ショットガンとアサルトカノン? 近接武器ではないのか」
やや意外そうに言ったシロウに、一夏は、やっぱり驚くよなぁ、と思って、
「俺も最初驚いたんだけど、箒が必要だからって言ってたんだよ」
「相手が乗ってくれれば、或いは、というレベルの話ですけどね」
「成る程、策あっての事か」
そうこうする内に、鈴音がBピットからカタパルトで射出されてきた。表情は憤怒に染まっているのを大型ディスプレイ越しに見つけてしまい、シロウは嫌な予感が背中を走るのを自覚した。
「……マスター、自重出来なかったか…………」
小さく呟いたシロウの背中は、隠し切れない哀愁を漂わせていた。
セシリアと一夏は、センクラッドが鈴音を挑発したのだと、シロウの台詞から推測していたが、一夏の場合は何故そんな事になったのか理解出来ていなかった。
セシリアは、何となく言ってしまった事を何点か予想していた。その一つはドンピシャだったのだが、それは知る由も無い。
ただ、双方共に、何となくシロウに同情したくなる気持ちになったのは確かな事だ。
『逃げずに此処に来たのは褒めてあげる。ただ、無謀には変わりはしないけど』
『無謀で結構。往くぞ』
鈴音の安い挑発に乗らずに、淡々と返す箒の心境は、こんなところで負けるわけにはいかないというものだ。自分はもっと高みへと上り詰めてみせるという意気込みを、たった二言で現していた。
双方共に、武器を構え、スピーカーから試合開始の電子音が鳴り響いた。
早々に決着を付ける為か、やや直線的な機動を描きながら一対の青竜刀を構えて箒の元へと突き進む鈴音に対し、箒は一度空へと上がってから、等距離を維持しつつ、ショットガンとアサルトカノンを交互に発射し、距離を縮ませない様に射撃している。
それを見たシロウは、銃器の扱いが想像していたレベルよりも下手だという印象を抱いた。故に、近接武器を使わずに銃器を使う箒に、違和感を覚え、
「篠ノ之嬢の銃の腕だが、アレはわざとやっているのか?」
「わざとに近い本気、ですわね。ただ、練習初期の段階から比べれば雲泥の差ですけれども」
苦笑いしながらセシリアはそう言い、一夏も、
「弓なら中る、とか何とか言ってたけど、流石にISの武器に弓は無いからなぁ」
と零していた。その言葉に成る程と頷くシロウ。中てれる、ではなく、中ると断言する程だ、負け惜しみを言うような娘ではなかったのだから、相当の力量があるのだろう、と判断していた。
そうこうしている内に、試合は進んでいく。
射撃の精度がイマイチな射撃に、シロウだけなく、鈴音も引っかかりを覚えていたが、それでも上へ下へと鮮やかに回避してみせる辺り、代表候補生としても、一年生としてもその腕は非凡と言えよう。負けず嫌いという性分が服着て歩くと言われている鈴音が詰んだ努力は並大抵のものではない事を示していた。
「鈴の奴、殆ど避けてるな……」
「あの回避は相当努力したのでしょう、被弾しても問題ない程度の場所を見つけては、そこに移動してますわね。この数十秒の間に、篠ノ之さんの射撃の癖を見抜いたようです」
「すげぇ……」
それを見た一夏はただただ感嘆しか出ない。本格的にISを学び始めてまだ一ヶ月程度の自分でも理解出来た。いや、アレはIS操縦者を夢見る若者達に、現実を知らしめるレベルのものだ。
どんな動きをすれば、代表候補生と呼ばれるそれになるのか、どんな読み方をすれば、代表候補生と呼ばれるそれになるのか。
それが今の一夏には理解出来た。それと同時に、自分がどのレベルに居るのかも痛感していた。
そして、それが判るのは何も一夏達観戦者達だけではない。最も理解している人物は、戦っている箒だ。
――回避先が読み切れん、代表候補生というものはこれほど差があるものなのか!?
そう思いながらも、必死で自身が思う回避予測点にあわせた射撃を行うが、殆ど掠りもせずに回避される現状に、臍をかんだ。
知識だけならばIS搭乗者の中でも相当上位に食い込む位置に居る箒だが、机上では学べない経験の差が、この現状を招いている事は既に自覚していた。
だが、悔しさだけではなく、紛れも無く戦士としての鈴音を認める気持ちもあった。確かに、これだけの腕があるのなら、という想いも生まれてくる程だ。
しかし、だからといっておいそれと譲れるものでもない。篠ノ之束の妹という重荷は誰にも理解出来ないものだ。一生涯付いて回るだろう。此処で負けてしまえば、自分はきっと、諦め癖がついてしまう。そして、何時かはただの記号以下に成り下がる。それだけは絶対に嫌なのだ。
……果たして、気付いているだろうか。その想いが何を示しているのかを。
何度も回避された後、そろそろ頃合と見た箒は、装備していた銃をそれぞれ別の方向に投げた。餌は撒いたつもりだ。後は引っかかるまで此方がどうにかして凌ぐだけだと、決意を新たに、鈴音を睨みつけた。
その視線から真っ向対立した鈴音は、加速をつけた一撃を見舞う。
『付け焼きの銃じゃ、あたしには当たらないわよ!!』
『だろうな』
袈裟懸けに振り下ろされた青竜刀を、淡々とした一言つきで紙一重でかわした箒に、鈴音は一瞬だけ眼を見張った。射撃の腕からして、知識先行の人間だと思っていたのだ。油断でも慢心でもなく、計算違いという自身を殴りたくなるミスを犯している事に気付き、唇を強く噛んだ。
斬撃を放とうと構えるも、既に間合いの範囲外に移動している箒を見て、鈴音はISの知識を十分に活かしながら、身体能力を巧く扱うタイプだと推測した。適正ランクCの響きに騙された形だ。
何度も追い縋って攻撃を仕掛けても、武器を持たずに回避に専念する箒には命中していない。それだけではない、ラファール・リヴァイヴの高機動性を最大限に活用している為、純粋な相性で分が悪かった。甲龍は高い防御性能と、エネルギー消費低下による継戦能力と迎撃に比重を置いた第三世代機体だ。第三世代に匹敵する高機動が特徴のラファール・リヴァイヴに追い縋るには、コンセプトからして反していた。
何故あの動きが出来て、何故あんな射撃なのだ。考えたくも無いが、もしかしたら、と思いかけた鈴音は、その思考を封殺した。感情の高ぶりを抑えなければ、どこかで必ず付け込まれる事を知っていた。
故に、気持ちをコントロールしながら、鈴音は一手打つ事にする。青竜刀を組み合わせた投擲、そして戻ってくる青竜刀を加速しながら取って斬りかかるのだと。
僅かな時間しか経過していないが、濃密な戦いを繰り広げている二人をディスプレイ越しに見ていたシロウは感心していた。
「篠ノ之嬢の動きは素晴らしいな。あの射撃が手を抜かれたものだと錯覚してもおかしくはない」
「それを狙っての動きでもありますからね。ただ、あそこまで運動能力が高いのは、本人の資質もあるのでしょうけれども」
「資質、か……」
自分には縁が無い言葉だったな、と口の中で言葉を潰して、映像を見続けるシロウ。
同じくディスプレイをじっと見つめるセシリアの双眸は鋭い。イギリス代表候補生として、箒の動きも、鈴音の動きも勉強になるのだ。
二人がそう会話している時、一夏はその後ろで、ディスプレイを凝視していた。
2人の幼馴染の動きが尋常ではないという事実、白式という専用機を与えられているのに、それを巧く使いこなせない自分。同じ練習をしていた筈なのに、箒は第二世代ISであれだけの素晴らしい回避を見せている。
なのに、自分はどうだ。セシリアとの対決では敗北し、飛翔もままならず、あまつでさえ墜落して皆の笑いものになっている。
悔しかった。
ただただ、悔しかった。嫉妬に近い悔しさは、自身の不甲斐無さに眼を向ける。
もっと鍛えなくては、誰も守れない。今よりももっとずっと強くならなくてはならない。でも、ISの事なんてさっぱりだ。電話帳と教科書を間違って捨ててしまったりした過去の自分を殴ってやりたい。あれさえなければ――
そこまで考えた時、唐突に肩を叩かれ、驚いた一夏がそっちを見ると、シロウが其処に居た。セシリアは心配そうな表情で一夏を見つめている。
「一夏、余り思い詰めない方が良い。君はまだまだ伸びる余地があるだろう? 篠ノ之嬢や鳳嬢と自分を比較する事は無い」
「そうですわ、一夏さんは頑張っていますし、まだ一月ですもの。それにわたくしとの決闘で、一夏さんは十分肉薄してましたわ」
「あー……うん。ごめん、ちょっと思い詰めてたっぽい。ありがとな、セシリア、シロウさん」
首を振って浮かない表情を消し去った一夏が二人に礼を言った。だが、それでも心は晴れない。セシリアに肉薄出来たのも、機体に救われたのが大きい。もしお互いに第二世代の機体を使って戦ったのなら、完封されて終わっていたという事実に気付いたのは、皮肉にもISを本格的に学び始めてからだ。
故に、セシリアが言う言葉は、一夏の心を癒せず、逆に抉った形となっていたのだが、一夏はそれを悟らせない。折角出来た友人関係を壊したくないという思いがあるからだ。
『グッ!?』
『出してあげたわよ、あたしの本気』
箒の苦鳴と、静かな口調でそう告げた鈴音の声に被さるようにして、三人がそれぞれ持つタブレット端末に電子音が響いた。鈴音が纏う甲龍の非固定浮遊部位(アンロックユニット)に龍咆と言う名称がデータに書き込まれ、次いで箒が発した言葉通りのスペックが表示された。
厳しい表情でそれを見るセシリア。
「砲身も砲弾も見えない兵器……わたくしのブルーティアーズとはまた違ったベクトルで厄介な兵器ですわね」
「確かに、アレでは回避しにくい事この上無い。どうにか射線を掻い潜って背後や側面から攻撃する他あるまい」
鈴音が龍咆を撃つ時、確実に体をその方向に向けている事から、シロウはそう指摘したのだが、一夏はそれに疑問を抱き、手を挙げて意見を述べようと口を開いた。
「シロウさん、ちょっと良いかな?」
「うん? どうした、一夏?」
「いや、砲身も砲弾も見えないのなら、もしかしたら砲身が360度回転するとか有り得そうじゃないかなって。だって非固定浮遊部位に装備してるなら、自由に動かせるって事だろ?」
数瞬、間が空いたのは、指摘したものが一夏だから、というものが大きい。シロウはISの知識が教本頼みだった為、その発想自体が出て来なかったし、ISの知識はある程度あるセシリアは、その知識が常識として当て嵌めていた為、気付けなかったのだ。
未だ素人感覚、言うなれば戦いのプロでも無く、ISに触れてまだ日が浅い、アマチュアの発想を持つ一夏だからこそ、その発想が出たとも言える。
「……確かに、そうですわね。という事は、鳳さんの動きはブラフという事も……」
「十分有り得るか。しかし一夏、どうしてそれに思い当たったのかね?」
「ええっと……前にセシリアと箒、三人で話した時に。セシリアが眼に頼らないで、センサーも使って相手をみないといけないって言ってたのと、箒がISを乗る時には、一度人である事を忘れろって言ってたからさ。じゃあどう考えれば良いのかなって思って、自分なりに考えてみたんだけど」
一夏のその言葉に思わず唸りを上げた二人。IS問わず常識外の事を何気なく指摘出来る一夏の観察眼や記憶力、そして何よりもその発想力に感心していた。まだ無意識のみでそれらが可能な点は、若さによるもの。後は経験を詰めば大化けするな、とシロウは一夏を再評価した。
「一夏さん、貴方今凄い事を言ってますのよ」
「へ?」
「確かに。少なくとも私達だけではその可能性を見落としていた」
二人に褒められ、何だか照れくさい気持ちになって頬を掻く一夏。素直に賞賛されている事に気付いたのだ。それによって先のもやもやした感情は薄くなっていた。
だが、その表情も真剣な表情に変わった。箒が持っていた近接ブレード、ブレッド・スライサーが、龍咆によって弾き飛ばされたのだ。
一夏の表情の変化を見た二人は、大型ディスプレイに視線を向けると、今まさに鈴音が箒に肉薄しようとイグニッション・ブーストと呼ばれる超加速を使用する前であった。
セシリアと一夏は表情こそ真剣だったが、焦燥感が無い事に気付いたシロウは箒の動き、もっといえば箒の足元に転がっているショットガンに眼を向け、即座にこれから起こる事を把握した。
「篠ノ之嬢もなかなかえげつない事をする」
シロウの言葉が二人の耳に入った直後、箒は足元にあったレイン・オブ・サタディを真上に蹴り上げて掴み、そのまま連射した。
その結果、イグニッション・ブーストによって超加速した鈴音は、その弾幕へと自ら突っ込む形となり、大幅にシールドエネルギーを削られてしまう。これは、超加速した故に、途中で曲がれなくなる為だ。勿論例外はあるが、それは代表クラスの腕と、それにあった機体のチューニングが必要であり、この場合はどちらも当てはまらない。
「篠ノ之嬢が言っていた策とはこれの事か」
「その通りですわ。イグニッション・ブースト直前に起こる動作を見極めてカウンターを繰り出す。流石は篠ノ之博士の妹ですわ、ISの知識は確かに豊富で、それを戦術に組み込む事も出来るとは。勘もあったのでしょうけれども、それを信じる強さも持ち合わせているのですから」
「箒の勘は鋭いからなぁ……俺の考え、良く読みきってくるし」
「それは君が判りやすいからだろう」
「それは一夏さんだからでしょう」
「二人ともひでぇ」
シロウとセシリアは思わず、だが間髪入れずに一夏にツッコミを入れ、一夏がぼやいた。その空気に、ツッコミを入れられた一夏も、シロウとセシリアもつい口許に笑顔を咲かせる。
和やかな雰囲気だったのだが、再度、空気に緊張が混じる。
鈴音のエネルギーが箒と同等、25%以下まで切っていたのだが、予想以上に減っていない事に二人はマズイ、と呟いた。
「畳み掛けるには、射撃の腕が追いつきませんでしたか……後三日、いいえ二日あれば……」
「こうなると後は近接戦しかないけど、鈴が近付けさせてくれるかどうか」
「無理だろう。鳳嬢は篠ノ之嬢の武器と射撃の腕を看破している。龍咆の消費エネルギーよりも篠ノ之嬢が受けるダメージの方が大きい。何か奥の手があるならば引っ繰り返せるが」
「手札はもうありませんわ。前に出れば二刀流と龍咆、後ろに下がれば下がるほど龍咆の精度はあがるでしょうし」
「そうか――」
三人とも、鈴音の勝利のみが見えていた。セシリアは頭を切り替えて、鳳の近接時の戦闘能力とをどう捌くかをシミュレートし始めていおり、シロウは冷静に起こる事を受け入れようとしていたし、一夏はただ頑張れ箒、と念じていた。
その直後だ。光がディスプレイの中央を満たし、次いでディスプレイが機能不全に陥り、轟音と共に床が揺れたのは。
「うお!?」
「きゃ……」
「む」
予想外の衝撃を受けた三名の内、一夏はIS学園に入ってから篠ノ之流剣術を学び直した事もあって、即座に重心を落として膝のバネを使って持ち直した。
ただ、セシリアはそうはいかない。正規の訓練を受けているといっても、そもそも空を飛ぶことが基本のISに、対震訓練なんてものは存在していない。故に、大きく体のバランスを崩し、倒れかけた。
「大丈夫かね?」
という声と共に、セシリアの腰に手を回し、揺れから身を守ってくれた存在に気付いた。シロウだ。端正な顔立ちに、今は心配そうな表情を浮かべている。
宇宙人だが、下心が無い友好的な異性と触れ合うのが初めてだったセシリアは、今現在、自分がどういう体勢でいるかを把握し、シロウを間近に見て、ぽかん、とした表情から徐々に徐々に顔が赤くなり、慌てて体を起き上がらせようとして、更にバランスを崩すという悪循環に陥ってしまう。
「オルコット嬢、落ち着きたまえ。揺れは既に収まっている」
「え、あ、あら、わたくしとしたことが――」
確かに地揺れが無い事に気付いて、ごにょごにょ何事かを言いながら、ようやっと自身の足で立ち上がった。
それを確認して、シロウは腰から手を放し、厳しい視線をアリーナ側へと送った。セシリアのフォローを入れるのは此処までと判断したのだ。それよりもマスターの安否が気になるシロウは、二人に、
「今のが奥の手かね?」
「い、いや、そんなわけない。上から光が降ってきたってことは、もしかしてテロとか?」
「まさか、ここはIS学園ですわよ? 40機程度のISが此処にあると言うのに、そんな事をしたら袋叩きに合うのは確実ですわ」
「でも、実際起きているって事は、箒達が危ない!!」
慌てた一夏は、カタパルトの横にある空中投影型ディスプレイにアクセスし、開放を選択するが、エラー音が鳴り響き、エラーコードを見て、思わず叫んだ。
「第3アリーナ全体がレベル4でオールロック……シールドバリアーフル稼働だって!? 何でだよ!!」
「レベル4ですって!?」
それを聞いたセシリアが一夏の元へと駆け出し、ディスプレイから現在の状態を再度表示させたが、結果は僅かに変わっただけだった。
その僅かに増えた情報を見て、二人は絶句した。
「ハッキングされてる……」
「嘘だろ、一体どうやって、ってうわ!?」
轟音が再度響き渡り、凄まじい揺れに立っていられなくなったのか、オルコットはしゃがみ込み、一夏は何とか耐えた。
何処かが攻撃されたのだろう。
シロウは厳しい表情で、思案していた。
此処に来ての襲撃には絶対に何らかの意図があってのものだろう。その狙いは――
「拙い……一夏、オルコット嬢、すぐにISを纏いたまえ。この襲撃、可能性としては三つ、考えられる」
「三つ? あ、いや、でも確かISは無断で使用してはいけないんじゃなかったっけ……」
「緊急時は別ですわ。それより、可能性が三つあると仰いましたけれども――」
躊躇している一夏だったが、セシリアはやや躊躇ってからISを纏った事を見て、自分も白式を呼び出した。
厳しい表情のまま、シロウは告げる。
「一番高い可能性は、篠ノ之博士を誘き寄せる餌として、篠ノ之嬢を誘拐する事だ。さっきまでの戦いでエネルギーは25%を切っていた。誘拐するには容易な状況だろう」
その言葉に、さっと顔を青褪めさせた一夏。セシリアは、その可能性を危惧していた事もあり、それを肯定する。
次に、と言葉を出したシロウは、一夏の豹変振りに驚く事になる。
「一夏、君を狙っての事もあるだろう。篠ノ之嬢をおとりにして君が現れるのを待っている可能性だってある」
「……俺が、目的?」
俯き、背筋が凍るような声で呟いた一夏は、何時もの一夏ではなかった。横に居たセシリアが思わずたじろぐほどだ。
だが、すぐに顔をあげた時には、負の感情の残滓はあれど、箒を心配する表情を浮かべる、いつもの一夏だった。
一旦それを思考の隅に保存したシロウが、最も考えたくない可能性を提示する。
「最後に、マスターを狙った可能性だ」
「ファーロスさんを? いや、流石にそれはないと思う」
「そうですわ。異星人を攻撃して、万が一でも怪我や死亡させたら、国家どころの騒ぎではなくなりますもの」
「確かにな。だが現状、完全に閉じ込められている。これをどうにかしない事には何も出来ん」
腕組みをして扉を睨みつけるシロウ。方法は、無い事も無い。投影魔術と肉体強化を組み合わせればこの程度の扉を切り裂く事など造作も無い。だが、それをしてしまえば、リスクが高まる。異端を排斥する動きも今は出ずとも、後々芽吹く可能性が0ではなくなる。
しかし、怜治に危害が加わる可能性がある以上、見過ごす事も出来ない。ならば是非も無い――
「シロウさん、セシリア」
「――む? どうしたのかね?」
「どうしました?」
「少し下がっていてくれ」
言われるがまま二人は下がり、それよりも二歩前に出て扉の前へと立った一夏は、右手に神経を集中させ、
「おぉぉぉぉお!!」
雄叫びと共に零式白夜を一閃した。
一秒の間を置いて扉が斜めにずるりと落ち、ガランゴロンと轟音を立てて倒れた様を見て、あんぐりと口をあけるセシリア。
シールドバリアーと物理的な強度を併せ持つ要塞クラスの防壁を、まるで熱したバターにナイフを入れるような鮮やかさで両断した一夏の武器と技量に、流石のシロウも驚いていた。
アレを喰らいそうになっていたと思うと、セシリアの背筋が凍りついてしまうのは仕方が無い事だ。
だが、
「ええっと、ちょっと、その、手が滑ったって事で」
ばつの悪い顔をして、自分でも苦しい言い訳だと思っているのだろう、出した言葉は、先の切れ味とは全く逆に、なまくらでもそうはならないような駄目駄目さを醸し出していた。その言葉に脱力するセシリア。もう少し何か無かったのかと思っていたのだが、シロウはそれに追随し、
「――そうだな、事故なら仕方が無いな。一夏、オルコット嬢、先に行くぞ」
と言って、アリーナへと駆け出した。
「行こう、セシリア」
「……そうですわね、これが最善だと、今は信じましょう」
と、自分に言い聞かせるようにして、シロウの後を追うセシリアと一夏。
次回、グロ表現に挑戦してます(人死にとかではありませんし、軽めだと思いますが)