IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

25 / 57
20:決闘と襲撃と

 鈴音と箒の決闘当日。

 一夏の願いを聞き届けた事もあり、シロウとセンクラッドは第3アリーナへと向かう為に、時間を見て移動しようとしたその時、ノックが部屋に響いた。

 ドアをスライドさせてると、ノックの仕方から予想した通り、千冬が立っていた。苦々しい表情を見る限り、どうやら直前になって聞いたようだな、とアタリをつけたセンクラッドは、

 

「立ち話もアレだ、移動しよう」

 

 と言って、シロウ共々部屋を出た。暫く不機嫌そうな表情のまま、黙って歩いている千冬と、無表情のまま歩いているセンクラッド達の足音が廊下に響くに任せていたのだが、

 

「すまなかった、センクラッド。巻き込んでしまって」

「あぁ、まぁ、気にするな。IS同士の模擬戦を見れると思えば、安いものだ」

 

 センクラッドの言葉で、軍事的にどのような価値があるのかを見極める為か、と思考を巡らせていた千冬だったが、

 

「オルコットと一夏の対戦でも思ったが、ああ言う戦いが配信されているとなると、視聴率とか高く取れそうだな」

「そっちか」

「軍事的な価値という観点だけでは面白くもないだろう」

 

 やはりこの男、どうもやりにくいと内心で溜息をつきながら、曖昧に頷く千冬。シロウは内心で、そっちしかなかっただろうに、と確信さえしていたが、沈黙に勝るものは無いと判断している為、黙ってセンクラッドの護衛に徹していた。

 

「あぁ、センクラッド」

「何だ?」

「今回、私は外せない用事があるので、すまないが案内までしか出来ない」

「大丈夫だ、道は既に覚えている。しかし、お前さんも多忙だな。土曜返上で仕事か」

「相手方に指名されてしまってな」

 

 そう語った千冬の表情は微かに苦味を増していた。だが、単純な苦味ではなく、もっと複雑な感情を現している事を視て取ったセンクラッドは、そうか、と相槌を打つに留めた。余り立ち入った話を聞くことも無いだろうという判断もあるが、何でもかんでも聞いていたら外部の評価が変なものに変わる可能性もあると考えたのだ。

 コツコツという硬質な響きが三つとも消えたのは、第3アリーナの専用ゲートに到達した事を指していた。

 千冬が第3アリーナのカードリーダーにカードを通した後、ふとセンクラッドが居る背後に向き直って、

 

「センクラッド、以前買い物に使ったカードは持っているか?」

「勿論だ」

「なら、今後はそのカードで開けると良い。それさえあればある程度の場所なら自由に移動出来る」

「成る程、カードキーにもなっているわけか。便利なものだな」

 

 と感心するセンクラッド。グラール太陽系でも似た様なものがあったが、この時代にそれが出来るとは思ってもみなかったのだ。

 電子化はISのお陰で相当先へと進歩しているようだ、と胸中で呟いたセンクラッドは、

 

「何処に対応しているかがわからんのだが、適当に試して進めばいいのか?」

「少なくとも、第3アリーナと寮の行き来は出来るようになっている。後日、対応している箇所を地図にして渡すよ」

「助かる。それで、どっちのピットに篠ノ之はいるんだ?」

「篠ノ之達はAピット、凰はBピットに居る筈だ」

「わかった。それじゃ、また月曜以降にな」

 

 そう言って手を振って千冬と別れたセンクラッドとシロウは、突き当たりの廊下から互いに背を向けてそれぞれが居る目的地へと移動した。

 特に急ぐ事も無いか、と思ったセンクラッドはのんびりとBピットへ歩んでいたのだが、

 

「……」

 

 超極細のワイヤー程のチリチリとした敵意が、自身の前方右側から飛んできているのを察知し、即座にオラクル細胞に向けて、表情と目線にフィルタリングをかけるように命令を下した。命令と言っても最早それは反射に近い代物だ。

 瞼にリラックス状態で瞬きをする様に、眼球は適度に視線を巡らす様に動かしているが、それらは既に擬態化している。

 センクラッドが敵意の感覚を辿っていくと、そこにあったのは天井に取り付けられている監視カメラの一つだった。

 そ知らぬ顔の表情を固定化しながら、そのカメラを通り過ぎると、その敵意は消え去り、その代わりに前方からまた同じ敵意がセンクラッドに絡んできていた。

 何度かそれを繰り返し、Bピットへ通じる扉を開けた瞬間、敵意は完全に消失した。何者かが、センクラッドに敵意を抱きながらカメラを見ていたな、と確信したセンクラッドだったが、その敵意の質にはまるで馴染みが無い事に疑問を感じていた。

 人が発する敵意というのは、フィルタリングをかけて視るのなら、それは『人の敵意』でしかない。だが、フィルタリングを解除して視るのならば、その敵意というのは『個人の敵意』となる。つまり、特定が容易となるのだ。

 その分、センクラッドにかかる負担は半端無く上がる為、常用は出来ないのだが、それでも幾つかの敵意を向けられたシーンでは、フィルタリングを解除して記憶しているのだが、それでも心当たりが無かった。

 監視カメラを視ている学園側の人間の誰かに恨まれている可能性が高いのは残念な結果だと内心で呟き、Bピットへと入ったセンクラッド。

 ドアが開く音で一瞬だけ反応したのは、鈴音だ。だが、センサー越しに視たのだろう、一夏ではないと知って、明らかに落胆していた。

 解りやすいなぁ、と思いながら、センクラッドは挨拶をする。

 

「こんにちは、凰さん」

「こんにちは、ファーロスさん。一夏達ならAピットにいるわよ?」

「知ってる。俺はお前さんに言いたい事があって来ただけだ」

「言いたい事?」

 

 何なのさ?という表情を浮かべていた鈴音だったが、

 

「以前、オルコットにも言ったが、相手を下に見て自分を上に上げるような発言は控えた方が良い」

 

 という言葉に、眼を細めながら無遠慮な値踏みする視線を向ける鈴音。何かその手の視線は久しぶりだな、と場違いな感想を持つセンクラッドに対して、

 

「ふぅん、でもあんたのその言葉こそ、あたしを下に見ていると思わないの?」

「まぁ、それを言われると何も言えなくなるのだがな。日本の諺で、それはそれ、これはこれ、というものがあるとか」

「ないわよ、それ諺じゃなくて単なる棚上げじゃない」

「あぁ、それだ、棚に上げる、だった。ありがとう」

「いえいえ、どう致しまして……って違う、そうじゃないでしょっ」

 

 何なのこの宇宙人は、という視線に、腕を組み、顎に手を当てて考え込むようなポーズを取りながら、センクラッドは答えた。

 

「とまぁ、棚に上げないと何も言えなくなるのだが、それは一先ず置いとこう。単純に相手を見下したり、事実だとしてもそれを引き合いに出してどうこうやるのは余り上策とは言えないな」

「どうしてそう思うの?」

「ここは学園だろう? クラスとして見ればライバルになるからといって、仲まで険悪にする必要は無い」

「甘いわね。クラスとかじゃなくて、国家を背負って戦うのだから、これ位は当たり前よ」

「その前に学生だろう」

「その前に代表候補生よ」

 

 思わず苦笑してしまうセンクラッド。何よ?と半眼で見つめる鈴音に反省の色はない。自分に自信があるのは良い事だが、と呟きながら時計を見ると、もうすぐで試合開始の時間だという事を知り、手短に済ますか、と思うセンクラッド。

 

「なら、一夏も敵だろう」

「一夏は別、幼馴染だし」

「特別扱いはやめた方が良い。国家を背負う覚悟があるのなら尚更だ。身内贔屓というのは、時に国すら傾ける原因になる」

「だとしても、あんたに言われる筋合いはないわね。あたしも棚上げして言うけど、あんたがあたしより強いとは到底思えないもの」

「成る程、つまり……弱者は切捨て、強者に従う、か」

 

 皮肉気にクッと笑うセンクラッドに、苛々とした感情を向ける鈴音。いつもよりも幾分か低い声になっているのは、センクラッドの言い方にカチンときたからだろう。

 

「何が言いたいの?」

「いや、何。お前さんより強い人間の言う事なら絶対に聞くというのなら、もう何も言う事は無いな、と」

「だから、何が――」

「解らないか。なら言い方を変えよう。篠ノ之さんやオルコットさんの言う事、きちんと聞いておいてくれ」

 

 隠そうともしない、笑声でコーティングされた言葉が鈴音の耳に入った瞬間、派手な音を立てて空気と床に罅が入った。憤怒の形相を以ってセンクラッドを睨みつける鈴音の体は、溢れ出る嚇怒とISを纏っている。床の罅は鈴音の右手の装甲のせいだ。

 

「もう一度言ってくれない? 誰が、誰の言う事を聞くのかって」

「凰鈴音が、篠ノ之箒かセシリア・オルコットの言う事を聞く。俺はそう言った」

 

 言うじゃない、と呟いた鈴音の声は完全に罅割れていた。

 冷静さで眼の前の男を叩き潰す行動を止めたのではない。眼の前の男がただの地球人だったのならば有無を言わさず素手で殴り飛ばしていただろう。

 それが出来ないのは、単純な話、宇宙人だからだ。

 もしここで大事にでもなれば、凰鈴音の未来は物理的に閉ざされる。否、凰鈴音個人だけでは済まない。家族にまで累は及ぶだろう。故に、せいぜい威嚇行為しか出来ない。それが悔しくて堪らなかった。

 眼の前の男は、白騎士事件以前に大量に居たとされる、男だから優遇されている事を嵩にかかって言ってくる奴と同種だ。とんだ下種野郎が宇宙人とは、グラール太陽系の人間も大した事はない、と思い込む事で、何とか溜飲を下げようとしている鈴音だったが、センクラッドが放り込む言葉によってそれを阻止されてしまう。

 

「そこまで殺意を向けられる事をした覚えはないのだがな。単純なハナシ、お前さんが篠ノ之さんに勝てるとは到底思えないのだから言った、ただそれだけだ」

「言うじゃない。第二世代と第三世代のISでは勝負にならない事を知らないの? それに、搭乗時間の差なんて100じゃ済まない程あるのよ? 素人ではないかもしれないけど、それでもその差は明らかだわ」

「お前さんが第三世代の性能をフルに使えるわけがないし、そもそも以前のオルコットと同じ事を言うが、お前さんも搭乗時間云々以前の問題だ」

 

 どこまでこの男は人の逆鱗を撫で回せば気が済むのだろうか。歯軋りすらしてしまう程に、今や鈴音の怒りは深く根深いものとなっていた。ちなみに此処で課題をこなそうとしていた整備課の生徒達は、帰りたいよう、と涙目になっている。いつぞやの時とは面子が違えど、火の粉が降り掛かりそうになるのは同一だった。以後、センクラッドがピットに入るたびに、整備課の生徒達はビクビクしながら過ごす、或いはその場から逃げ出すハメになる。

 

「まぁ、ゆっくり見物させてもらうさ」

「あんた、言いたい事だけ言って去る気?」

「何か言いたい事でもあるのか?」

「あんたに、決闘を申し込むわ」

 

 ざわり、と空気が戦慄いた。IS搭乗者が生身の人間に向けて言う言葉ではない。それは決闘ではなく、最早虐殺だ。

 対するセンクラッドは、感嘆の表情すら浮かべていた。そこまで振り切るものなのか、と感心していたのだ。

 自己主張が強い余り、別の意味で視野狭窄に陥っているかな、と思いながら、

 

「それは、代表候補生としてか?」

「あたし個人の意思よ」

「浅はかだな。周りはそう思わんよ。IS乗りが生身の人間、しかも宇宙人に決闘を申し込むのは前代未聞……ではないな、二番目か」

「一番目は篠ノ之箒ね。それで、受けるの? 受けないの? 受けなくても良いけど」

 

 その挑発的な言葉に一切動じず、一瞬だけ思考を巡らす。この話をシロウに告げたらきっと説教だろう。大方、鈴音の事を言えないだの、同列だの、極力控えろと言ったのにだのと言われるのは、もう確定した未来だ。故に、

 

「受けよう。お前さんはISで良い」

 

 キッチリと、ISの部分に強調をして挑戦を受ける事にした。どの道、後でお説教が入るのならば、とことんまでやってしまおうと、駄目な方向に自ら振り切ったのだ。後々に繋がる地雷だとしても、自分が選び取って起爆する結果の方がスッキリする。自分だけスッキリする方を取る当たり、性根が捻くれているのは間違いない。

 対して、鈴音はぽかんとしていた。この男、生身でISとやるのか、と。

 

「あんた正気? 生身でISとやるわけ? それとも宇宙船に乗るの?」

「勿論、生身でだ。何、遠慮は要らん。但し、やるのはお前さんが今回の問題を片付けてからだ」

「――あぁ、成る程、そういう事ね。良いわよ、やってやろうじゃない。その代わり、あたしが勝ち抜いた時は覚悟しなさい」

「勝ち抜けるならな。そら、そろそろ時間だ。篠ノ之さんがピットから出てきたぞ」

 

 フンッ、と顔を思いっきり背け、怒りの残滓を撒き散らしながらピットから出て行った鈴音を皮切りに、次々と整備課の生徒達が出て行った。この場から逃れたい事に加え、決闘する事を周囲に知らせる為だろう。

 コレは大事になったな、と他人事のように呟き、ピットの右手側壁面に埋め込まれている大型モニターと、その近くにあった8台のタブレット端末を内、2台を起動させる。ヴンという音と共に、大型モニターは第三アリーナを映し出した。

 この手の物には説明書が何処かにある筈だ、と思いながら周囲を見ると、大型モニターの近くに説明書用のラックがあり、取り出してパラパラと捲って目的の部分を発見した。

 その部分を軽く流し見しながら、先に起動させた2台のタブレット端末を操作し、それぞれを箒機と鈴音機に割り振る事で、全体の流れと個々の動きが把握出来るようにしたのだ。

 箒が纏うISを右手のタブレット端末でチェックすると、機体名やISの残エネルギー等の大まかなデータが現れた。

 

「機体名はラファール・リヴァイヴ。フランス第二世代最後発IS。拡張領域拡大による汎用性の向上に加え、操縦性を重視しながらも第三世代に匹敵する高機動を実現した四枚の多方向推進翼が特徴、か。箒の初期装備は、左手が近接連装型散弾銃のレイン・オブ・サタディ、右手がアサルトカノンのガルムか……妙だな、近接武器を初期に持ってこないのか……まぁ、良い。対する凰の機体は――」

 

 あの剣技を使わないのか、と僅かな引っかかりを覚えながら、左脇に抱えていたもう一つのタブレット端末を見ると、予想した通り、甲龍(シェンロン)という機体名と第三世代ISという説明以外、何のデータも出てこなかった。

 僅かに驚いた表情を浮かべ、センクラッドは呟いた。

 

「……しぇんろん? 漢字の誤植か?」

 

 センクラッドが持った感想は一般人が持つ感想だった。流石にあの漢字ではシェンロンとは普通読まない。姫茶でキティーと読ます程度には無理がある読み方だ。

 まぁ良い、と頭を振って視線を大型モニターへと移すと、丁度、戦闘開始のコールが発信されていた。

 両手に持つ青竜刀で切りかかる為に、加速して箒の元へと突っ込んだ鈴音に対し、箒は焦らずに距離を離しながらレイン・オブ・サタディとガルムを一定間隔で撃った。

 当然のようにランダム三次元機動で鮮やかに回避したのを見て、箒は下がりながら持っていた銃器をそれぞれ別の方向に放り投げた。

 

『付け焼きの銃じゃ、あたしには当たらないわよ!!』

『だろうな』

 

 そう叫びながら苛烈な一撃を見舞う鈴音に、淡々と返しながら、間一髪といった風な回避をし、尚下がる箒。戦闘前のいざこざで鈴音の動きが単調化していない事を見て、センクラッドは、成る程、確かに代表候補生だ、と呟いた。

 甲龍はどうやら加速が余り宜しくないようで、箒が操るラファールと速度差が余り無く、ただ下がるだけではなく、フェイントを交えた動きを仕掛けてくる箒に、鈴音は翻弄されかけていた。

 埒が明かないと判断したのか、

 

『ちょこまかと!!』

 

 と、叫びざま、鈴音は両手に持っていた青竜刀を連結させ、何と箒に向けて全力で投げ飛ばした。流石に意表を突かれたのか、咄嗟に両腕と両足を使ってガードをするが、体勢を崩してしまう。当然、シールドバリアーが削られた事によって、残エネルギーがガリガリっと減っている。

 戻ってきた青竜刀を前へ加速しながらキャッチし、再度突貫し、青竜刀を大上段で振り下ろす鈴音に対し、

 

『このっ!!』

『――ハッ!!』

 

 ガギン、と火花を散らして青竜刀を受け止めたのは、一対の長剣だった。拡張領域からようやく目的の物を取り出せたのだ。戦闘機動中に武器を呼び出すという、酷く集中力が要る行為をやってのけた箒は、流石は篠ノ之博士の妹と言われてもおかしくはない。本人は本気で嫌がるだろうが。

 タブレット端末からチェックがかかり、解析完了の電子音が響いた事を受け、

 

「近接ブレード、ブレッド・スライサーか……刀じゃないのか」

 

 と呟くセンクラッド。流石に専用機でもない限り、通常、拡張領域に別の武器を入れるのは極めて不可能に近い。IS学園で使用するラファール・リヴァイヴと打鉄に限って言えば装備の流用は確かに出来るが、箒はそれを是としなかった。

 刀でなくとも、剣ならば似た様な動作で振るえるとばかりに受け止めていた青竜刀を押し返し、一対あった長剣の一つを地面へ捨てて正眼の構えを取った箒は、此処からが本番だと言わんばかりの気迫と鬼気に満ち溢れていた。

 

『今まで手加減していたってわけ?』

『さぁな。そっちも本気を出したらどうだ? 全力でやれないならこの勝負、意味が無い』

 

 と言って、四枚の推進翼を直線加速に向く状態へと変更させ、鈴音へと突っ込む箒。その余りの速さに、センクラッドは僅かだが驚きを覚えた。下がっていた時の速度よりも明らかに上なのだ。それも、通常想定されるべき前進速度を遥かに上回った加速を伴って移動していた。

 成る程、打鉄では到底不可能な緩急自在の機動性に眼をつけたわけか、とセンクラッドは納得すると同時に、その戦術は以前、センクラッドが箒に勝利した際に使ったものだと看破し、それを転用するに足りる発想と技術に舌を巻いた。篠ノ之博士の妹というのは、伊達ではないわけか、と呟いたセンクラッドだったが、箒のISが急激にエネルギーを減らし、箒が吹っ飛ばされたという事実に、思考が停止した。

 

『グッ!?』

『出してあげたわよ、あたしの本気』

 

 そう呟いたのは、鈴音だった。何に吹っ飛ばされたのか理解出来なくとも、状況で判断したのか、箒は咳き込みつつも、

 

『成る、程、見えない砲撃か。銃弾ではなく空気を圧縮して打ち出すもの……』

『御名答。龍咆って言う武器よ。それとこの機体は、燃費を重視して造られたから、エネルギー切れを狙うのはやめた方が良いわよ!!』

 

 そう言うと同時に、鈴音は龍咆を撃ち出した。

 箒は空から地へと逃げるが、やはりどうしても見えない砲弾を避けるには分が悪いのか、時折直撃を喰らってエネルギー値を減らしていた。

 先の行動とは逆に、距離を取りながら砲撃をする鈴音と距離を詰めようと足掻く箒という形で試合は進行していく。

 この時、鈴音は勝利を確信していた。慢心も油断もなく、頭の切り替えが恐ろしく早い鈴音は、異星人とのやり取りで血が上っていた頭を強制的に冷却しきっていたのだ。無論、怒りは心の奥底に封じ込めていた。この怒りを解き放つには、2戦全勝しなければならないのだ。感情は抑えるべき時に抑え、解き放つ時に解き放つのだと中国代表候補生になる前に、本国から文字通り叩き込まれていた教えの賜物である。

 それに、鈴音はわざわざ砲撃する際に体をある一定まで箒の方へ向いていた。龍咆の砲身には射角制限が無いのだが、その情報をむざむざ披露する事はしない。引っかかれば儲け物、引っかからずとも燃費勝負になれば甲龍に負けは無いのだから。

 だが、箒はまだ諦めていなかった上に、鈴音が想定する『篠ノ之博士の妹』のポテンシャルを大きく超える行動を見せる。

 龍咆を防ぐ際、角度が悪かったのか、ブレッド・スライサーが持ち手から弾かれ、明後日の方角へと飛んでいくのを確認し、今度こそ仕留めると言わんばかりにイグニッション・ブーストで彼我の距離を詰めに行く鈴音。箒がどの場所に移動するかを読んでの必勝の一撃、その筈だった。

 真剣な表情で見入っていたセンクラッドが思わず感嘆の吐息を漏らした。

 

『ガッ!?』

 

 鈴音がイグニッション・ブーストを行う直前、実は箒はその動きが来るという事を把握していた。それは、あの黒人生徒と戦った際に見せたイグニッション・ブーストにおける直前の動作を見ていたからだ。

 ほんの一瞬、鈴音が見せたイグニッション・ブーストの準備動作、甲龍の非固定浮遊部位が通常の動きとは異なるそれをするというのを見ていたのだ。

 剣の道は見の道、篠ノ之流剣術を修める際、骨の髄まで染み付いていた言葉が、箒を救ったのだ。

 そして、今、鈴音を撃ち抜いたのは、相当前に投げ捨てられていた筈のレイン・オブ・サタディであった。

 

「成る程、イグニッション・ブーストを誘導したのか。銃器を蹴り上げてからの射撃とは……」

 

 そう呟いたセンクラッドの声は、紛れも無く感嘆と賞賛に満ち溢れていた。

 センクラッドの言う通り、箒は鈴音が肉薄する数瞬前に、銃を蹴り上げ、這い蹲るようにして手に取りざま、射撃したのだ。一か八かの博打だったのだろう、成功した箒の表情は、紛れも無く安堵に満ちている。

 しかし、それでもその手を休ませずに、連装ショットガンの面目躍如だと言わんばかりに、速射する箒に、たまらず鈴音は後ろに下がる。箒は後を追わずに、悠々とガルムを落とした場所まで行き、逆腕に装備した。

 

『やるじゃない。ここまでしてやられると清々しいわ』

『墜とせると思ったのだが、存外硬いな』

『当然よ。安定性と装甲に定評のある機体なんだから。それに――』

 

 鈴音のエネルギー量は四分の一にまで低下していた。対する箒も同様の数値まで落ち込んでいるが、与えた衝撃は箒に軍配が上がるだろう。少なくとも、千冬や一夏が見たら眼を剥くのは間違いない。篠ノ之箒が銃を扱う事を苦手としているのは、学園の教師陣にも幼馴染にも知るところであった。

 その箒が射撃を使ったのだ。陰で血が滲む努力をしていたのは間違いない。

 

『――あんたの射撃、付け焼きなのは確信できたわ。もしあんたが射撃の腕も一流だったのなら、あたしは負けていた』

 

 その言葉に、奥歯を噛み締める箒。鈴音の指摘通り、箒の射撃戦闘においての腕は三流に毛が生えた程度。ショットガンの反動予測しての撃ち方をマスターしてさえいれば、畳み掛ける事も出来た。それが出来ないという点からの指摘に、間違いは無い。

 

『それに、あんたは致命的なミスを重ねている』

 

 そう言って龍咆を撃ち始める鈴音。決してインファイトには持ち込ませない為の砲撃なのは明らかだった。舌打ちを響かせながら、上下左右に動き回る箒。被弾しないように動くため、どうしても大きな動きになっていくのを避けられない。

 そしてそれは、鈴音が狙ってやっている事だった。

 

『一つ目のミスは腕の問題。二つ目のミスはあんたの銃の選択。ガルムとレイン・オブ・サタディを見るに、一撃で高い効果を持つもの。少なくとも現在あるものは接近戦を想定してのものしかない』

 

 その指摘に悔しそうな顔をしながらも、回避行動を採り続ける箒。エネルギー残量は同程度だが、戦局は徐々に徐々に、箒から鈴音へと傾いていく。

 

『そして三つ目のミス。あんたの想定していた回避行動をあたしが採らなかった事』

 

 イグニッション・ブーストで突っ込んだ際、箒が採った行動を見て、これは不味いと思い、反射的にレイン・オブ・サタディから一歩でも遠く回避行動を採ろうとしていた鈴音だったが、その直後、脳裏に疾った刹那の閃きに身を任せたのだ。

 本来の回避先にあったのは、ガルム。

 つまり、弾倉にまだ弾が残っている爆弾がそこにあったのだ。それを無意識の内に把握した鈴音は、己の閃きに誘導されるように、あえてレイン・オブ・サタディがある方向に回避してみせた。甲龍の頑強さを信じて。

 

『残念ね、どれか一つでもミスがなかったら、あたしは負けていた』

 

 そう言って、一対の青竜刀を連結させ、龍咆と、そして言葉とを同時に投擲した。

 

『これで終わりよ!!』

 

 必勝の一撃を期待しての、龍咆の連続射撃と、弧を描いて箒の元へと殺到する青竜刀。それを避ける機動力は、ラファール・リヴァイヴには無かった。

 

「言うだけの事はある、というわけか……ぐッ!?」

 

 そう呟いた瞬間――

 感じたのは、左眼に視えた極悪な殺意。人が持つものとしては余りに強い感情だった為、フィルタリングしていた筈の左眼が歓喜に歪み始めると同時に、タブレット端末や大型モニターに、上空からバリアを破壊し、アリーナの地面まで続く一本の光の柱が映った。

 その直後、あまりの輝度で焼ききれたのか、映像がオフラインとなったが、音声は生き残ったのか、激しい轟音を伝え、足元が揺れた。

 たたらを踏んで、だが耐え切れずにしゃがみこみ、悪態を付きながら、センクラッドは暴れ出す左眼を制御しようと、眼帯越しに爪を突き立てた。

 

「喚くなッ!!」

 

 鋭く大喝すると、左眼は一際大きな激痛を残して歪むのを止めた。ジクジクと爪を立てた箇所から血が溢れてくるのを無視して、首を上げる。殺意はセンクラッドに向けられていたのだ、あの巨大な光の柱が光学兵器なのは間違いない。

 とすれば、次に来るのは決まっている。

 視線をカタパルト、つまりアリーナ側へと向けた瞬間――

 学園に張られているシールドを破った光と殺意が、Bピットへと雪崩れ込むのをセンクラッドは視た。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。