IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
今回は、アメリカ国籍の黒人女子生徒です。
カッチ、コッチと古時計の秒針から発せられている正確に時を刻む音が、センクラッドが滞在している部屋を支配していた。何処までも静謐な空間に響き渡るそれは、悠久の時を感じさせるものだった。
黒テーブルに着いている三名の男達が表情は違えど、無言のままいるのだから、そう聞こえない事はないだけだが。
憔悴しきった表情の一夏がセンクラッドの部屋を訪ねてきたのが十分前の事だ。何か理由があっての事だろうと察したセンクラッドが部屋に通し、シロウが紅茶を淹れて出したのが数分前。そして今、ようやくその紅茶を一口飲んだ一夏は、
「ファーロスさん、助けて下さい」
と言って、テーブルに額をこすりつけんばかりの勢いで頭を下げた。
「……いや、一体どうしたんだ一夏。此処に来るのは珍しいというか、初めてだが、取り合えず何があったのかを説明してくれ」
やや困惑しながらそう言ったセンクラッド。確かに、何の状況での助けが必要なのかが判らないままでは助けようも無いだろう。
「俺もどうしてああなったのかがよく判らないんですけど――」
「待った。一夏、敬語は抜きで頼む。敬語を使われるのは、余り好きじゃない」
「あ、あぁ、わかったよ。箒と鈴とセシリアが喧嘩をしてしまって、収拾がつかなくなったんで助けて欲しいなって」
「喧嘩? 意見の相違でもあったのか?」
それなら三人の問題だろう、と言いたげなセンクラッドだったが、決まり悪そうに一夏が放った次の一言で、固まる事になる。
「いや、それが……ファーロスさんの事でも喧嘩をしてしまって……」
「…………すまん、もう一度聞きたいのだが、誰の事で喧嘩をしたんだ?」
「だから、ファーロスさんの事でも喧嘩したんだよ。だから困って此処にきたんだけど」
全く予想外な言葉を聞かされたセンクラッドは、正に青天の霹靂と言う表情を浮かべていた。シロウですら予測の範疇を超えていたようで、驚きながら、
「マスターの事で喧嘩とは穏やかではないな。一体どんな話をしてそうなったんだ?」
「というか、事で『も』と言っているという事は、他にもあったんだな?」
「ええと実は――」
時は一夏が相談しに来る一週間前。センクラッド達と鈴が邂逅を果たした翌々日の月曜日の事。
知識と技術を己のものにせんと、授業を精力的に受け終えた放課後、いつものように一夏はセシリアに遠距離戦の対策を教わり、箒はセシリアから射撃を教授して貰い、セシリアは一夏と箒から近接戦での粘り方を教わるという互助学習をしようと、第三アリーナへと移動し、ISを纏ってさぁ練習しようとした時の事だ。
「……あれ、何か人が多くないか?」
「そうですわね……何かあるのでしょうか?」
「だが、私達は此処の使用許可を既に貰っているぞ? 何かがあるのなら知らせて貰えると思うが」
はて?と首を傾げながらも一応は気を使ってアリーナの隅っこに移動をしてから練習を開始した三名だったが、ワッと歓声が上がったのを聞き、振り向くと、そこには打鉄を纏った黒い肌と綺麗に波打つ黒髪とダイナマイトボディが特徴の黒人女子生徒と――
「え、鈴?」
一夏の呟きの通り、中国の第三世代IS『甲龍』を身に纏った鈴音が、やる気十分と言った感じで一対の青竜刀を構えて対峙していた。
対する女子生徒は悲壮な表情で右手にアサルトライフルを持ち、左手は安定性を高める為か、銃身に添えていた。
不思議そうにそれらを見つめる一夏とは違い、セシリアと箒は視線を鋭くさせていた。アレが代表決定戦である事を見抜いたのだ。大方、既に代表と決まっていた女子生徒に、代表候補生である鈴が組の代表を譲らせる為に仕組んだのだろう。
アリーナの各所に設置されてあるスピーカーから、試合開始と号令を出した瞬間。
鈴音が女子生徒向かって真っ直ぐ突き進み、女子生徒は下がりながら持っていたアサルトライフルをフルオートで発射した。
それを見て、セシリアは若干不快そうに、
「あれでは当たる物も当たりませんわね」
「あの距離なら3点バーストに切り替えて不規則に、かつ小刻みに撃つ、だったな」
と、箒がセシリアに対して確認するように言った。それに頷いて、セシリアは、
「射撃方法もそうですけど、眼で狙いをつけているのは頂けませんわね。視線よりもセンサーを頼らないと、何処を攻撃するかがわかってしまいますもの。ただ、センサーだけを頼みにされても困りますけど」
「あー、そっか、センサーも使えば良いのか」
「一夏、ISで剣を振るう時も同じだぞ。眼で見ている方向に斬るのでは、回避は容易くなる。ISを動かす時に気をつけなければならないのは、一度人である事を忘れて、ISになる事から始めなければならない事だ」
「箒さんの言う事は中々ユニークですけれども、確かに、ISになる、という感じかもしれません。わたくしのブルーティアーズは、そういう感覚が必要ですし」
と感心するセシリア。解ってくれるかと相好を崩す箒。よくわかんねぇよと疑問符を浮かべている一夏。
そうこうする内に、女子生徒はどんどん劣勢へと追い込まれていく。従来のやり方での射撃は面制圧に向くが、それは腕が良く、かつ状況に適した行動でなければ意味を為さない。特に、ISは人型でありながら空も飛べるのだ。既存のやり方では通用する筈も無い。
事実として、鈴音は空地自在に動く三次元機動で音速に迫る速度の銃弾を見事にかわし切っていた。その動きは何の無理もなく、まるで生まれてきた時からそうであるような、自然で伸び伸びとした飛び方であった。いっそ優雅とも言って良い。
銃声が止み、カチンカチンという空虚な音が響いた事で、ようやく女子生徒は弾切れになった事に気付いた様な表情を浮かべた。
チャンスとばかりに緩急つけた動きから、最短距離で青竜刀を持って女子生徒を刻もうとする鈴音。
それらを見ている内に、一夏の脳裏に一筋の疑問が浮かんだ。
「ん? そういえば、何であの子、武器一つしか持ってないんだ?」
「あら、一夏さん、気付きましたのね」
「そりゃ昨日の今日だからな。ISには拡張領域ってのがあって、そこで武器やら何やらを出し入れする、だっけ」
「普通に考えればそうだろう。打鉄もラファールも、拡張領域には余裕を持たせている筈だ。武器がアレ一つなわけはあるまい。あの表情も意図して作ったものだろう」
という箒の指摘通り、焦燥した表情のまま、右手に持っていたアサルトライフルをサイドスロー気味に鈴へと投げつけた女子生徒は、投げた勢いのままその場で回転し、アサルトライフルを避けた鈴音の方向へ向き直る頃には、表情は獰猛な雰囲気を持つ笑みへと、右手にはサブマシンガン、左手には銃身を短くしたショットガンへと代えていた。ショットガンは鈴音の胴体からやや上を、サブマシンガンは鈴音の足元を狙ってまるでSの字を描く様に、不規則な感覚で連射した。しまった、と鈴音の声がセンサー越しに情報として伝わり、ほぼ同時にISが纏っているバリアーに着弾する歪みが入った音と、金属が擦れ合う嫌な音がアリーナに響いた。
間一髪でショットガンの回避には成功したものの、接近した状態でのサブマシンガンの掃射全てを避け切る事は物理的に不可能だった。もし、鈴音がイグニッションブーストと呼ばれる直線限定の爆発的な加速法を用いて接近していたのなら、その全てを喰らって敗北していた可能性もあった。それをしなかったのは万が一を考えての事だろう。油断はあっても慢心が無い好例だ。
だが、鈴音は伊達で中国代表候補生を務めているわけではない。その証拠に、持っていた青竜刀を寝かせて被弾箇所を最低限に抑えていた。
その結果に歯噛みしながら距離を取って、今度は両手をアサルトライフルに変更し、三点射撃で狙いを付けて撃つ女子生徒。決してインファイトを取らせないように、自らも高度を使って動き回りながら距離を取り続ける腕は、IS学園に入学して日が浅い一年生としてみるならば不自然だが、国で何らかの修行を積んでいたのなら納得できるそれであった。
その一連の行動を見た結果、不快そうな表情から一転して、感心したようにセシリアは呟いた。
「やはり多数決で決まったわけではないようですわね」
「一組だけだと思うぞ、あんな決め方したの」
実は一夏が言った様に、多数決で決めたのは千冬のクラスだけだ。それ以外は入学試験で既に決定されている。クラス代表とは言え、一応がつくが『代表』なのだ、迂闊な決め方をすれば、国家から物言いがつくに決まっている。
ただ、誤解の無いように言っておくが、一組での一夏とセシリアの決闘騒ぎまでは全て学園側で読み切られていた。
セシリアの出自から今までの行動を鑑み、一夏や箒の性格上、ほぼ確実にセシリアと激突すると分析した学園側は、千冬に多数決という形を持って事に当たる事を命じていたのだ。
もし、セシリアが爆発しなくとも、千冬が発破をかける予定だったりする。
「……そろそろか」
そう呟いた箒は、鈴音が乗る甲龍の動きを見ていた。明らかに油断が消えている動きになっていたのだ。回避の機動もより不規則になっており、弾幕として成り立つか成り立たないかの距離でヒラリヒラリと回避している。
それを受けて、一夏とセシリアも鈴音を注視し始める。
女子生徒の右手に持っていたアサルトライフルの残弾が0になった直後、それを地面に落として拡張領域から取り出す僅かなタイムラグに、鈴音は行動に出た。
ブレるようにしか見えない、コマ落としの様な速さで彼我の距離を0にした鈴音は、相手の視界を塞ぐ様に右の青竜刀を顔面ギリギリに、いつの間にか逆手に持ち替えていた左の青竜刀を女子生徒の膝裏の傍に置いていた。女子生徒が何らかの行動に出た瞬間、容赦なく切り刻むだろう。それは、誰が見ても確実に詰んだ状態だ。
「イグニッション・ブースト……」
呻く様に呟いた一夏の言葉通り、瞬時加速と呼ばれる加速法だ。文字通り瞬間的に最大加速を叩き出すその技法は並の技量では到底出来ない、逆に言えばそれが出来る事こそが代表候補生として最低限のランクであるとも言えるものだ。
使いどころを間違えず、そして躊躇わずにその技を事も無げに出した鈴音は、紛れも無く中国代表候補生としての実力があるという事だ。
拡張領域にアサルトライフルを閉まって両手を挙げた女子生徒。
数秒経過し、スピーカーから鈴音の勝利を告げるアナウンスが流れ、観客は歓声を上げ、惜しみない拍手をした。
一対の青竜刀を拡張領域にしまいこみ、握手を求めてきた女子生徒に対してガッチリと応える鈴音。
『中国代表候補生ってのは、伊達じゃないわけか』
『あんたこそ、それで代表候補生じゃないなんて、詐欺って感じだったわよ。終始ヒヤヒヤしっ放しだったわ』
『第三世代の能力を縛った癖に良くも言ってくれる。それと、アメリカってのは色々複雑でね、北アフリカの将軍様のようにはならないってわけ』
『――成る程ね、理解したわ』
『おっと、同情はよしとくれよ。アタシはいずれ、必ず実力で代表になるさね』
『なら、モンド・グロッソで待ってるわ』
『ヒュウ、言うねぇ。なら、その時には防衛タイトルになるだろうさ』
ISの能力によって二人の会話を拾った三名は、それぞれ違う感想を抱き、それぞれが同じ結論を出す事になる。
銃器を扱わず、格闘戦のみで勝った幼馴染に、一夏は感心していた。ただ、感心だけでは無く、鈴音がいずれ立ち塞がる高き壁だとも認識していた。自分にはあんな綺麗な回避は出来ず、泥臭くいく事が精一杯な現状だ。だが、必ず俺は鈴音に勝つ、勝ってみせる。そう決意した。
鈴音からしてみれば残念過ぎる結果となるのだが、この時から一夏は鈴音をライバルとして視始める事となる。
セシリアは、あの黒人女子生徒がアメリカ代表候補生でない事に驚いていた。もし、彼女が差別されずに専用機を与えられていたのなら、今回の勝負はそもそも成立していなかったと推察している。
代表候補生が一つの組に集まる事等、滅多に無い事なのだ。それこそ3人以上が同じクラスになったとしたら、その組だけ異常に強くなり、結果として生徒の為にならなくなる。その場合は、鈴音は他の組に転入していただろう、と。
箒は、鈴音の剣の運び方が実戦向きである事を看破していた。そして、それは人が扱うやり方ではなく、ISでの格闘戦に慣れた動きであるという事も。
そしてあの会話から推察するに、射撃用の武器が有る事も把握していた。一夏をどうやって鍛え、そして己もどうやれば鈴音に勝つ事が出来るかをイメージし、それを実践する為に必要な事を脳裏に描いていく。
「オルコット、頼みが、ある……」
「セシリア、お願いがあるんだ、けど……」
「一夏さん、ちょっと宜しく、て……」
出した言葉は異なるが、タイミングは同一で、考えていた事も似た様なものだというのがお互いの表情からわかり、三人は一様に照れ笑いを浮かべた。
咳払いをして、真剣な表情をする面々。仮想敵は凰鈴音。必要なのは弛まぬ挑戦と繰り返しだ。
そう思って練習を開始しようとした三人だったが、
「一夏!!」
という嬉しそうな鈴音の声に、一気に空気が弛緩した。
「一夏、あたしの活躍見てた?」
どうよ?とばかりのドヤ顔に、一夏は変わってねぇなぁと思いながらも頷いた。
「すげぇな、残弾数見切ってのイグニッション・ブーストとか、勉強になった」
「へぇ、凄いじゃない一夏。アレが博打じゃないってどうしてわかったの?」
「流石にあのタイミングで博打を打ちにはいかないだろ、俺じゃないんだから」
「あっきれた。ただのカンじゃないそれだと。あのタイプのアサルトライフルなら弾倉の形を見て何発かなんて解るでしょうが」
「いや、そんなん言われても、俺、此処に来たのまだ一ヶ月も――」
と言いかける一夏だったが、鈴音に、
「此処に来た以上、言い訳は無し。敵に負けた理由を何個もつけて言っても意味が無いでしょ?」
「ぐっ――」
言葉に詰まる一夏。こればっかりは箒もセシリアも助け舟を出す事は出来ない。鈴音が言う通り、負けた理由を述べたところで、敵がはいそうですかと納得して、じゃあもう一度、なんてある筈が無いのだ。その事は千冬が言っていた言葉にも含まれていたのだから、尚更言い返すことも出来ない。
故に、努力するとしか言えない一夏。
「ま、それはそれとして。一夏、あんたはアタシの幼馴染なんだから、色々手解きしてあげるわよ?」
「え。でも、鈴はええっと……何組だ?」
「二組よ。って事はあんた、知らないで此処に居たの!? 何しに此処に居たのよ。さっきの時なんて邪魔でしょうがなかったんだけど」
邪魔ってお前……と絶句する他ない一夏。一方邪魔扱いされたセシリアと箒は、
「すまないな、凰。二組の代表決定戦がここで行われるとは聞いていなかったのだ」
「そうですわね。織斑先生からは何も聞かされてなかったので、此処で一夏さんと練習しようとしていたのですけど」
と、青筋を立てながらそれぞれが言ったのだが、セシリアの言葉に反応し、一転して胡乱気な視線を向ける鈴音。
「……一夏と? ふぅん。ま、良いけど。これからはあたしが一夏の面倒を見るから」
「は!? 貴女、自分が何を言っているか解ってますの?」
「いや、あんた達こそ何よ」
「わたくしを知っていない!? イギリス代表候補生である、セシリア・オルコットを知らない!?」
「代表でもない奴の顔なんて知らないわよ。というか普通なら他国の代表候補生を知るわけないでしょ。あんた自意識過剰すぎて鬱陶しい」
ズバッと言い切られ、セシリアは憤死しかねない勢いで怒りのボルテージが上がっていた。ちなみにこの時、自室に居たセンクラッドは左眼のお陰でバッチリ気付いていた。ただ、何でそんなに怒っているのかは把握していなかったが。
「で、あんたも代表候補生?」
「一夏の幼馴染だ」
「ふぅん。あたし、あんたの事知らないんだけど?」
「私も知らんな」
冷え冷えとした口調で切り捨てるように言う箒。一夏は慌てて、
「え、ええっとだなっ、昔言ってただろ、ほら、鈴が転校してくる前に転校したって言う幼馴染だよ」
「は? ああ、剣術馬鹿だっけ」
記号でしか物を覚えてないセカンド幼馴染に、今度こそ頭を抱える一夏。興味が無い事にはとことん関心が薄いのはファースト幼馴染の姉と良く似ているのだが、実は血縁者だったりして、と、現実逃避をしてしまう。
それが、裏目に出る。
「一夏、オルコット。このちんちくりんは放っておいて、私達は練習をするぞ」
「ちんちくりんって――」
「そうですわね。礼儀知らずは放っておいて、わたくし達は練習いたしましょうか」
「え、あ、おい」
一夏の両脇を抱えて、その場を後にする二人は、間違いなくキレていた。喉元まで罵声が出掛かっていたが、寸でのところで我慢が利いたのは、偏にセンクラッドが一夏とセシリアの罵り合いを諌めた時の言葉が耳に残っていたからだ。
「ちょっと、待ちなさいよ!!」
「待たん」
「お断りいたしますわ」
「いや、二人とも、ちょっと待ってくれよ。というか離してくれ」
と一夏に止められた事で、渋々手を離す二人。ふふん、と胸を張って得意気な顔をする鈴音に、一夏が滅多に見せない厳しい表情を作って、
「鈴、二人に謝ってくれ」
「は? どうしてよ?」
「流石に失礼だろ。箒は俺の幼馴染だし、セシリアは俺の友達だ。友達や幼馴染が侮辱されて良い気はしない」
だから謝ってくれ、と言われてしまえば、確かに言い過ぎたかと鈴音も渋々ながら納得し、頭を下げて、
「確かに言い過ぎたわ。ただ、コーチ役はあたしがやるから」
「へ?」
「貴様とは、一夏がいずれクラス対抗戦で戦う事になるだろう。敵の施しは受けん」
「そうですわ。わたくしと篠ノ之さんで十分ですもの」
ここで、鈴音は虎の尾を踏み切ってしまう言葉を発する。
「何よ。一夏に負けそうになった癖に。それにあんたも。異星人に負けたでしょ、そんなのに任せられるわけないじゃない」
何でそれ知ってんだよ……と呆然と呟く一夏の胸中は、もう絶対にトラブルだ、この後トラブルしかない。と悲観しきっていた。
当然の如く、空気が凍結した。
「代表決定戦を観ていた癖に、わたくしを知らないと仰いました?」
「何故貴様がその事を知っているのだ?」
「情報は鮮度が命よ。それ位は調べずとも入ってくるのが中国なの。それに、あたしは普通なら知らないって言ったでしょ」
ふざけた奴だ、と呟いた箒は薄い笑みを浮かべていた。人は極限まで怒りを覚えると、口許が緩むというが、正に今、それを一夏は目の当たりにしていた。
此処までキレた箒を見たのは一度しかなかった為、本格的に拙いと制止しようとしたのだが。
「確かに私は敗北した。だが、だからといってあの人を引き合いに出すのはやめろ」
「あの人、ねぇ……指にタコが無かったし、そんなに強いとは思えなかったけど」
「なら貴様が弱いだけだ」
その一言に、スゥッと眼を細める鈴音。言うじゃない、と呟く鈴音。
そこに、セシリアも、
「そうですわね。人を過小評価している者に、一夏さんを任せる事は出来ませんわね。それに、一夏さんを鍛えるのはわたくし達一組の役目ですわ。そもそも二組が入ってくるのは筋違いと言うもの」
と、参戦したのだからもう大変だ。胸中だけではなく表情すらも真っ青になった一夏が、どうにかしようと頭を回転させるが、カラカラと音を立てて回るだけで、何の解決法も導き出さなかった。
何事だと周囲も様子を伺ってきているのを察知し、一夏は眩暈すら覚えていた。
「あんた達がそこまであの宇宙人を評価するのは何故なの? あたしからして見れば、あのほっそい体の何処が強そうに見えるのかわからないし。あんたと対決していたシーンを何度も観直したけど、別に人間離れした部分なんて腕が伸びる程度だったし、IS有りなら普通に完勝出来るでしょ」
確かに、鈴音の指摘は尤もだった。あの試合を切り取って見る限り、ISさえ起動してしまえば脅威にならないと見るのが普通だ。遠距離、或いは空中から射撃、或いは爆撃するだけで事足りるだろう、と鈴音はそう思っている。
だが、セシリアはともかくとして、箒は違う。剣を交えた箒だけが本能で理解していた。ISがあっても勝てるかどうかが解らない、不気味な、底知れぬ恐怖を感じていた。
故に、箒は言葉を返す。
「貴様もファーロスさんと戦えば解る。それに、オルコットが言った通り、一夏を鍛えるのは一組の使命だ。肩入れするのなら、まずクラス代表を降りてからだ」
「あたしは代表の前に幼馴染だから関係ないわよ」
「私情を交えるな。底が知れるぞ」
「へぇ……代表候補生に喧嘩売るっての?」
「喧嘩? まさか」
鼻で哂い、箒は剃刀の様な視線を向け、
「IS学園で喧嘩という言葉を聞くとは思わなかった。試合なら理解できるが」
「それこそ何の冗談? あんた、代表候補生でもないのにやりあえるって言いたいのなら、自信過剰過ぎて臍で茶が湧き出すわよ」
「代表候補生ではないが、篠ノ之博士の妹だ。ISの事は把握している」
「そんなの知ってるわよ。あたしが言いたいのは搭乗時間の差を知識だけで埋められるのかって事。しかも、あんたIS適正低いじゃない」
知っていてこの物言いは良くも悪くも凰鈴音という人物の性格を浮き彫りにしていた。
それはともかくとして、IS適正まで調べられていた事に驚く箒と、その物怖じしない言い方に呆れを通り越して感心してしまうセシリア。
「ま、良いけど。あたしが勝ったらあんた達は一夏から手を引く。あたしが負けたら、謝罪をして大人しくしておくわ」
「良いだろう、アリーナの許可が出次第、私と貴様が戦う、それでいいな?」
「あんただけ? あたしは二対一でも構わないけど」
何処までも不遜な物言いだったが、オルコットは心を鎮めて、首を横に振った。
「わたくしがやるのは、篠ノ之さんが負けた後、貴女が完全な状態での決闘を望みますわ」
「ふぅん。良いけど。見届け人は誰?」
「一夏とオルコット、それにファーロスさん達で十分だろう」
あれよあれよと言う間に、箒vs鈴音の決闘が決まってしまい、一夏はその場にしゃがみこんで、今年は厄年だと呻いた。IS絡みの騒動で人生をぶち壊されている一夏からしてみれば、特に今年は厄年だろう。今後もどんな騒動に巻き込まれるか、想像しただけで胃がキリキリと幻痛を起こしていた。
これが、一夏から見たお話だ。
そして時は現在へと戻り、
「――それで、どうにかして仲直りさせようとしたんだけど、ああなった二人をどうやって止めようかって……」
すっかり冷めた紅茶を口に含むセンクラッド。渋い表情なのは、紅茶だけのせいでは無いだろう。シロウも渋面を作っている。
「シロウ、どう思う?」
「好きにやらせておくべきだろう。こちらが抗議するほどでもあるまい」
「だそうだ」
投げやりな口調でそう伝えたセンクラッド。勝手に俺達巻き込まれていたのか、とぼやくのも忘れてはいない。シロウから見ても同意見なのだ。正しく好きにしろ、と言いたい二人。
ただ、それでも尚、言い募ろうとする一夏の名を呼んだセンクラッドは、首を振って、言い聞かせるように、
「凰さんの言い分も、まぁわからんでもない。俺やシロウの戦力が未知数なのだから、想定する事は通常不可能だろう。だからといって他人を侮辱しているのはどうかと思うが」
「それに、君が言っても聞かなかったのだろう? 私やマスターの言葉が届くとは到底思えんがね」
「いや、ほら、ファーロスさんなら箒やセシリアに言い聞かせられると思ってさ」
「言いたい事はわかるがな、一夏。例え俺が言ったところで変わらんよ。篠ノ之さんは見たまま愚直な位、真っ直ぐだ。オルコットさんも自身を侮辱されたという事は家を侮辱されたと思っているだろう。オルコットさんにとって、家というものは一夏が思っている以上に重い物だと思う。だから、退くことはない。それに、俺からしてみても凰さんは間違っていると思う。クラス対抗戦がある以上、ライバルである事は変わりはしない。それに、特例や特別扱いというものは、後々になると不利になる要素になるものだ。俺達を介してどうにかするというのはお互い為にならないからやめておいた方が良い」
淡々とそう告げるセンクラッド。がっくりと項垂れて諦める一夏。
深い溜息をついている一夏の肩をポンと叩いて、センクラッドは呟いた。
「で、どっちを応援する事にしたんだ? ファーストか、セカンドか」
何気ない質問だったのだが、ピシッと石化した一夏を見て、センクラッドは、あぁ、そういう流れか、と呟いた。
「シロウ、コレは俺の予想だが、どっちを応援するかで一夏は板挟みになったと思うのだが」
「どちらに顔を向けても角が立つ、故に私達を頼ったか。中々策士だな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!! そんなつもりは無かったんだよ!! ただ、どっちも応援したいと言ったら物凄く怒られて」
ああ、こいつは乙女の敵だとジト眼になるセンクラッド。オルコットはともかく、箒と鈴音に関しては確実に一夏の事が好きなのだろう。あの嫉妬の感情の強さはかなりのものだった。
シロウとしても、こいつは小学生か、と呆れていた。
「……まぁ、良い。お前さんの女性関係の酷さは理解したとして」
「え!? いや、そんな曲解して受け取られても――」
「御託は要らん。で、何時だ?」
その言葉に、きょとんとした表情を見せる一夏に対し、深々と溜息をつくセンクラッド。もう投げやり全開と言いたげな、全身に疲労感を滲ませながら、
「凰さんと篠ノ之さんの試合の日時だ。観戦はする、それで良いだろう」
「あ、ええと、再来週の土曜日の放課後、第3アリーナを貸し切ってやるって」
「判った」
そう言って、センクラッドはシロウに目線をやった。シロウが頷いて、一夏に退室を促し、一夏が一礼して出て行くのを見届けた後、二人は顔を見合わせて溜息を大きくついた。
「……取り合えず、俺は凰の方に行くから、シロウはオルコットの方を頼む」
「判った……しかし、何と言うか、彼は鈍感過ぎやしないかね? 幾らなんでも気付くと思うのだが」
「あんなんだったら俺でも気付くぞ」
全く、何やら妙な事に巻き込まれたものだとぼやくセンクラッド達であった。